初瀬 - みる会図書館


検索対象: 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩
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1. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

185 手習 を、かひなきにこそあめれ、命さへ心にかなはず、たぐひなきいみじき目を見度も初瀬詣でをした。↓宿木 3 一 二四ハー・東屋一七六ハ こころううち ぐ るはといと、い憂き中にも、知らぬ人に具して、さる道の歩きをしたらんよとそ一四参詣の効もなかったようだ。 一五死ぬことまで思うにまかせす。 ら恐ろしくおばゅ。、いごはきさまには一一 = ロひもなさで、浮舟「、い地のいとあし , っ一六妹尼をさす。同行を迷惑がる。 宅空から見られるような恐怖感。 のみはべれば、さやうならん道のほどにもいかがなど、つつましうなむ」との一 ^ 強情を張るといった拒み方で はなくて。 たまふ。もの怖ちは、さもしたまふべき人そかしと思ひて、しひてもいざなは一九宇治で物の怪に襲われた人だ から、恐怖心も無理からぬとする。 ニ 0 「古川」は初瀬川。「古」「経 ず。 る」の掛詞。初瀬には情けない思 い出しかないとする。「初瀬川古 浮舟はかなくて世にふる川のうき瀬にはたづねもゆかじ二本の杉 ふたもと 川の辺に二本ある杉年を経てま ふたもと たも逢ひ見む二本ある杉」 ( 古今・ と手習にまじりたるを、尼君見つけて、妹尼「二本は、またもあひきこえんと 雑体・旋頭歌読人しらす ) 。 たはぶごと おもて 一六七ハー注 = 三。 思ひたまふ人あるべし」と、戯れ言を言ひあてたるに、胸つぶれて面赤めたまニ一↓ 一三注 = 0 の引歌の下の句による。 あいぎゃう 再会したい恋人がいるのだろう。 へるも、いと愛敬づきうつくしげなり。 ニ三「二本」から薫と匂宮の二人を ニ四 言い当てられたかと狼狽する。 妹尼ふる川の杉のもとだち知らねども過ぎにし人によそへてぞ見る 一西「ふる川の杉」は浮舟。杉の縁 みなひと の「もとだち」は素姓の意。素姓は ことなることなき答へを口とく一言ふ。忍びてといへど、皆人慕ひつつ、ここに ともかく、亡き娘の身代りと思う。 は人少なにておはせんを心苦しがりて、心ばせある少将の尼、左衛門とてある一宝事情を人に知られたくない。 ニ六ここが初出の女房。中将の訪 わらは 問をも予測しての用意である。 おとなしき人、童ばかりぞとどめたりける。 一九お あ ふたもと ニ六 一セ

2. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

荻の葉ずれの音にも劣らぬくらいに中将からしきりと便たいことと思い、お礼参りのつもりで参詣なさるのだった。 りのあるのも、ほんとにわずらわしいことよ、男の心とい 「さあ、ごいっしよしましよう。誰にも知れたりしません。 っとめ うものはむやみと一途なものであった、とかって思い知ら同じ仏でも、ああした尊いお寺でお勤行してこそ霊験もあ 語 物された折々のことも、だんだんと思い出されてくるにつれらたかで幸運に恵まれるという例が多いのです」と言って めのと 氏 て、女君は、「やはりこうした筋のことを、この中将にも同行を勧めるけれども、女君は、昔、母君や乳母などがこ 源 あきらめてもらえるような尼姿にしてくださいますよう」 れと同じことを言い聞かせてはたびたびお参りさせてくれ と言って、お経を習い誦んでおられる。心中にも仏にお祈 たものを、何のかいもなかったようだ、死のうとした命ま りしていらっしやる。このように、何かにつけて世の中の でも思うままにならず、ほかに例もない悲しいめを見せら ことを思いあきらめているので、若い女の身ながら風流めれたのはほんとに情けなく思われるのに、そのうえ、知ら いたことをとくに求めるではなく、もともと暗く内気な性ない人といっしょに、そんな道中をあちこちするとは、と 分なのであろう、とはたの者は思っている。けれども、顔思うと、そら恐ろしい気持になる。強情を張るといった断 だちが見る目にもたのしいほど見ばえがしていかにもかわり方ではなくて、「気分がほんとにすぐれませんので、そ いらしいので、ほかのすべての不満は大目に見て、明け暮のような遠い道のりもどうなりますか、などとはばかられ れの慰めにして眺めている。たまさか女君が笑顔をお見せまして」とおっしやる。尼君は、いかにも女君がこうして になると、珍しくありがたいことと喜んでいる。 何かにおびえておられるのも無理はないと思って、強って ニ 0 妹尼初瀬にお札参九月になって、娘の尼君は初瀬に参は誘わぬことにする。 ふた り浮舟少数で居残る詣する。長い年月まことに、い細い身 はかなくて世にふる川のうき瀬にはたづねもゆかじ二 しの もと の上で、恋い偲ばれる亡き娘のこともあきらめられぬ思い 本の杉 ( こうして頼りない有様でこの世に生き長らえている情けな でいたところへ、こうして他人とはとてもお思いになれぬ ひと ふたもと 女を授かって慰められたのだから、観音のご利益をありが い身の上なのだから、わざわざ初瀬川の二本の杉を尋ねてい ( 原文一八四ハー ) はっせ

3. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

をぎ 一秋風に荻がそよぐ、その葉ず 荻の葉に劣らぬほどほどに訪れわたる、いとむつかしうもあるかな、人の心 れの音にも劣らぬほど頻繁に便り はあながちなるものなりけりと見知りにしをりをりも、やうやう思ひ出づるまがある意。「秋風の吹くにつけて も訪はぬかな荻の葉ならば音はし 語 物まに、浮舟「なほかかる筋のこと、人にも思ひ放たすべきさまにとくなしたまてまし」 ( 後撰・恋四中務 ) 。 一一以下、浮舟の心中。 うち 三「あながち」の人であった匂宮 源ひてよ」とて、経習ひて読みたまふ。心の中にも念じたまへり。かく、よろづ との体験を通して、一途な男心に 五 す につけて世の中を思ひ棄つれば、若き人とてをかしやかなることもことになく、懲りたという気持。↓浮舟四〇ハー 九行・五二ハー六行。 かたち 四中将に色恋の情を捨てさせる むすばほれたる本性なめりと思ふ。容貌の見るかひありうつくしきに、よろづ べく、早く私を尼姿にしてほしい 意。出家を望む気持。 の咎見ゆるして、明け暮れの見ものにしたり。すこしうち笑ひたまふをりは、 五以下、妹尼らの目に映る浮舟 ひと の姿態。憂愁を抱える女と見る。 めづらしくめでたきものに思へり。 六他の欠点はすべて大目に見て。 セ浮舟の小野の生活が半年経過。 九月になりて、この尼君、初瀬に詣づ。年ごろいと心細き 〔一 ^ 〕妹尼初瀬にお礼参 ^ 亡き娘のこと。 うへ り浮舟少数で居残る 身に、恋しき人の上も思ひやまれざりしを、かくあらぬ人九他人とも思われず、悲しみを 慰めてくれる人。浮舟をさす。 しるし まう かへりまら′ くわんおん 一 0 初瀬の観音の奇特な霊験を思 ともおばえたまはぬ慰めを得たれば、観音の御験うれしとて、返申しだちて詣 、、お礼参りをしようとする。 一一浮舟を参詣に誘う言葉。道中、 でたまふなりけり。妹尼「いざたまへ。人やは知らむとする。同じ仏なれど、 誰にも知れたりはしないとする。 しるし ためし 三あのような尊い霊場で。霊験 さやうの所に行ひたるなむ験ありてよき例多かる」と言ひて、そそのかしたっ あらたか↓玉鬘団一六二ハー一〇行。 めのと れど、昔、母君、乳母などの、かやうに言ひ知らせつつ、たびたび詣でさせし一三以下、浮舟の心中。彼女は何 ( 現代語訳三七一一ハー ) とが 四 おとづ はっせ

4. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

草枕を結んで旅寝をしているけれど、もしも紅葉狩りに興じ 「女郎花」に「女」を言いこめた表現。物語では、女房ら て野のむしろに臥していたのなら、これほど旅の思いに心を と戯れる薫が、中将のおもとを相手に「女郎花みだるる野 ノ、だ ) ノ、こと・も . なかったろ , つに。 辺に・ : 」と詠んだ歌に、これを否定的にふまえて、大勢の 物語では、薫の思い人の小宰相の君が、薫に「あはれ知る女たちに立ちまじろうとも浮名は立つまいとした。また、 物 氏・ : 」と詠みかけ、さらにこの歌を引いて「かへたらば」と弁のおもとの、薫への切り返しの言葉「おほかたの野辺の 源言い添えた。もしも自分が浮舟に代って死んだとしたら、 さかしらをこそ聞こえさすれ」 ( 一四一ハー七行 ) も、この歌 あなたはこうも心を痛めただろうかと、ややひがんでみせ によっている。 ・一と ・・ 4 思ふてふ言よりほかにまたもがな君一人をばわ はっせがは ・・ 4 祈りつつ頼みぞ渡る初瀬川うれしき瀬にもなが きてしのばむ ( 古今六帖・第五「わきて思ふ」 ) れあふやと ( 古今六帖・第三「川」 ) あなたを思っているという言葉以外に、自分の気持を表す言 心のうちに祈り祈り、それを頼みに生きているのだ。初瀬川 葉はないものか。あなた一人を、とりわけ思いしのばうとし ているのだ。 の二本杉のように、あの人に逢えるといううれしい機会もあ るのではないかと。 物語では、宮の君に関心を寄せる薫が、取次の年配の女房 前出 ( ↓玉鬘団四二七ハー下段など ) 。物語では、浮舟に仕えた し訴えた言葉。この歌を引いて、「言より外を求められは 女房たちが過往を回想して、浮舟が京に迎えられたら自分べる」と言い、自分はまじめに「思う」という言葉以外の たちもうれしいめをみるだろうと夢みたとする。浮舟が生言い表し方を、捜さすにはいられない 、とする。 前、熱心に初瀬詣でをしていただけに観音の霊験が信じら 誰をかも知る人にせむ高砂の松も昔の友ならな おきかぜ れて、この歌がいっそうふさわしい ( 古今・雑上・九 0 九藤原興風 ) をみなへし 女郎花多かる野辺に宿りせばあやなくあだの名 これからは誰を親しい友としようか。齢久しい高砂の松では、 よしき をや立ちなむ ( 古今・秋上・ = 一一九小野美材 ) しよせん松でしかなく、昔なじみの友にはならぬのだから。 女郎花のたくさん咲いている野辺に泊ったとしたら、女とい 前出 ( ↓松風団四一一ハー下段 ) 。物語では、宮の君が薫に応 っしょに泊ったわけでもないのに、浮気だとの浮名を流してずる言葉。自分の友とできる者の一人とていない孤立した しオ , っ」ろ - , つ。 さまをいう。零落した宮家の姫君らしい現実感覚といえよ = ロ

5. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

。しかが」と , っしろめたげに思ひて一言ひければ、さも一言ふべきことといとは一僧都の、相手への思いやり。 ニ移動できるぐらしし。 、こま回復し ゐ ているか しう思ひて、いとせばくむつかしうもあれば、やうやう率てたてまつるべきに、 五 三陰陽道でいう方違えである。 ロなかがみふた こすぎくゐん うぢの 物中神塞がりて、例住みたまふ所は忌むべかりけるを、故朱雀院の御領にて宇治↓帚木田七四ハー注一三。 六 氏 四母尼の住い。後文によれば、 ゐんもりそうづ 源院といひし所、このわたりならむと思ひ出でて、院守、僧都知りたまへりけれ比叡山西坂本の小野の里 五源氏の兄。実在の朱雀院も重 まう やど きのふ はっせ ば、一二日宿らんと言ひにやりたまへりければ、「初瀬になん、昨日みな詣でねた表現。宇治院は朱雀院の別荘 として伝領。 やどもりおきな 六院の預り人を、僧都が。 にけるーとて、いとあやしき宿守の翁を呼びて率て来たり。宿守「おはしまさ 七院守に留守番を頼まれた老人。 ものまうで ばはや。いたづらなる院の寝殿にこそはべるめれ。物詣の人は常にぞ宿りたま ^ お越しなら早いほうがよい。 九誰も使っていない意。 一 0 京からの社寺詣での人々。 ふ」と言へば、僧都「いとよかなり。おほやけ所なれど、人もなく心やすきを」 『蜻蛉日記』でも、初瀬詣での折、 とて見せにやりたまふ。この翁、例も、かく宿る人を見ならひたりければ、お宇治院に中宿りしている。 = 「故朱雀院の御領」は公領。 ふすま 三宿泊用の簡略な衾や敷物など、 ろそかなるしつらひなどして来たり。 一通りの準備。 まづ、僧都渡りたまふ。いといたく荒れて、恐ろしげなる一三「大徳」は僧の敬称。呼びかけ。 〔ニ〕僧都、宇治院にお 一四荒れた場所に住みついている だいとこ もむき怪しき物を発見 所かなと見たまひて、「大徳たち、経読め」などのたまふ。妖怪変僊を追い払うための読経。 一五同じような僧、もう一人が。 あざり 一六何か変ったことでもあるのか。 この初瀬に添ひたりし阿闍梨と、同じゃうなる、何ごとのあるにか、つきづき 挿入句。後述の内容を先取りする。 うしろかた ひとも うっそう しきほどの下﨟法師に灯点させて、人も寄らぬ背後の方に行きたり。森かと見宅古木や鬱蒼とした森林には、 ゐん げらふ 四

6. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

巻名救い出されて小野の山荘に移された浮舟が、憂悶の情をわずかに手習に託したことによる。 よかわそうず はっせもう 梗概そのころ、横川の僧都という高徳の僧がいた。僧都の母が、僧都の妹の尼との初瀬詣での帰途、にわかに発病したの やま一ろ で、山籠りをしていた僧都も、母尼の病と聞いて下山し、一行は宇治院に宿泊することになった。その院の裏手で、僧都 は、変化のもののような姿で倒れていた若い女を発見し、これを助けた。妹尼は、この正体不明の女を、亡くなった娘の かわりに初瀬の観音から授かったものと信じて、手厚く看護した。この女こそ宇治で失踪した浮舟である。 ふもと 浮舟は、比叡の麓の小野の庵に移されてもなかなか正気に戻らなかったが、夏の終りごろ、妹尼の懇請に応じて下山し た僧都の加持によって、ようやく意識を回復した。自分が死にそこなったことを知った浮舟は、ただただ情けなく、尼に してほしいと頼む。熱心な懇願に、僧都はやむなく五戒だけを授けた。妹尼は浮舟を娘と思って慈しみ世話をするが、浮 舟はかたくなに口を閉ざして、わが身の上を語ろうとはしなかった。秋の夜、尼君たちは月をめでて琴を弾いたりもする が、浮舟はその中に加わろうともしない。わずかに、その憂悶の情を手習に託すのみである。 小野の庵を妹尼の亡き娘の婿であった中将が訪れてきた。妹尼は、娘を忘れかねて時折この僧庵を尋ねてくる中将に、 めあわ 是非とも浮舟を娶せたいと思っていたのである。中将は浮舟をかいま見て心を動かすが、浮舟は、そうした周囲に、冊わ しさをつのらせるばかりであった。九月、礼参りのために初瀬に出かけた妹尼の留守中に中将が訪れ、執拗に浮舟に迫っ たが、浮舟は、母尼の居室に逃れた。不安な一夜を、眠れぬままに、わが半生の不幸な流転の足どりを振り返りつつ明か した彼女は、その翌日、折よく明石の中宮の招きで下山し立ち寄った僧都に懇望して、ついに出家を遂げた。帰庵した妹 尼は驚き悲しむが、本人はようやく心の安らぎを得た思いである。 おいきのかみ 翌年の春、仏道にいそしむ浮舟は、ト / 野を訪れた妹尼の甥の紀伊守の話から、その後の薫の動静を知った。悲嘆が一通 りでないこと、一周忌の法要を営むことーーー浮舟は、どこまでも自分を忘れることのない薫の噂に、無量の感慨に沈むの であった。一方、浮舟生存の消息は、女一の宮の夜居に侍した横川の僧都の口から明石の中宮の耳にも入っていた。春雨 の夜、浮舟のことを嘆く薫に、中宮は、同じく事情を知る小宰相の君を介して、僧都の語っ・た話を伝えさせた。事の真相 に驚いた薫は、叡山を訪れる折に横川まで足をのばしてみることにした。 〈薫二十七歳から二十八歳の夏。ほば蜻蛉巻と重なる〉

7. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

「招ぎ」をもひびかす語。物語では、中将から浮舟へ頻繁浮舟が薫を回想して、「薄きながらものどやかにものした まひし人とする。ここでいう「薄き」は、薫の思い方が 4 にもたらされる消息についていう。この歌の「荻の葉 : ・音 深くないという意であるから、必ずしもこれを引歌としな はしてまし」を底流させながら、「荻の葉に劣らぬほどほ 語 くてもよいかもしれないが、「薄きながらも・ : 」の語気が、 どに」とする。「荻の葉」からその葉ずれの音を想像させ、 物 この歌の文脈に近い 氏さらに「訪れ」の語音をも重ねて律調的になっている。 はっせがはふるかはヘ ふたもと 源 ・・ 6 山鳥のほろほろと鳴く声聞けば父かとそ思ふ母 ・・ 7 初瀬川古川の辺に二本ある杉年を経てまたも あ ( 玉葉・釈教・ = 六一四行基 ) かとそ思ふ 逢ひ見む二本ある杉 ( 古今・雑体・旋頭歌・一 00 九読人しらず ) 山鳥のほろほろと鳴く声を聞くと、父かと思う、あるいは母 初瀬川の古川のほとりの二本杉。年をとったら再び逢おう一一 かとも思 , つのだ。 本杉。 けそう 前出 ( ↓玉鬘団四二七ハー下段 ) 。物語では、浮舟の孤独な手物語では、中将の懸想を避けるべく母尼の部屋に身を隠し た浮舟が、ようやく夜明けを迎え、鶏の声を聞いてほっと 習歌「はかなくて・ : 」にふまえられた。浮舟自身の意識で は、初瀬の地の象徴として「二本の杉」と詠んだにすぎなする。その鳴き声から、「母の御声を聞きたらむは、まし ていかならむ」と思うところに、この歌をふまえた。 かったが、おのずと匂宮と薫との関係を詠んでしまったこ ・・たらちめはかかれとてしもむばたまのわが黒髪 とになる。この手習歌を見つけた妹尼は、その具体的な人 ( 後撰・雑三・一一一四一僧正遍照 ) をなですやありけむ 間関係など知るよしもないが、「二本は、またもあひきこ 母親は、このように髪を削ぎ落して出家せよというつもりで、 えん・ : 」と、あなたには恋人がいたらしいとの冗談を言い 幼いころの私の黒髪を撫でたのではなかっただろうに。 かける。浮舟と妹尼の、「二本杉」をめぐる何気ないやり 詞書によれば、遍照が出家剃髪した時の歌。「たらちめ」 とりが、浮舟を震えあがらせることになった。 ひとへ ・ 1 夏衣薄きながらぞ頼まるる一重なるしも身に近は「たらちね」に同じ、母親の意。物語では、出家を決意 ( 拾遺・恋三・全三読人しらす ) ければ した浮舟が、大事な美しい黒髪を惜しみながら、「かかれ 夏衣は薄いながらも頼もしく思われる。一重であることが、 とてしも」と、この歌を口ずさむ。いよいよ出家となると、 かえって身近で親しいものだから。 慈母の情も顧みられて、感情が複雑に揺れ動く ・・ 2 白雪の降りてつもれる山里は住む人さへや思ひ 夏の薄衣に、男女の仲の親近感を見てとった歌。物語では、

8. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

源氏物語 348 そうず よかわ の空で亡くなられるのではなかろうかと驚いて、急ぎ駆け 〔一〕横川の僧都の母尼、そのころ、横川になにがし僧都とか そうりよ つけておいでになった。年が年であるからいまさら惜しむ 初瀬詣での帰途発病すいって、まことに尊い僧侶が住んで いたのであった。八十歳あまりの母と、五十歳ばかりの妹こともない病人であるのに、僧都自身も、それにまた弟子 きとう の中でも験力のすぐれた者が加持祈疇をして忙しく動いて とがいたのである。この二人の尼君が以前に願をかけた、 みたけしよう はっせ いるのを、この家の主人が聞いて、「手前どもでは御嶽精 そのお礼参りに初瀬に参詣したのだった。僧都は側近の高 じん あじゃり 弟である阿闍梨を付き添わせて、仏像や経巻の奉納供養を進をしておりますのに、たいそうお年を召した方が重病で 。しかがなものでしようか」と、気がか いらっしやるのよ、 行ったのである。多くのことをすませて帰る途中、奈良坂 おももち りそうな面持で言ったものだから、僧都は、それももっと という山を越えたころから、この母の尼君は気分がわるく なったので、「こんな様子では、残りの道中をどうも無事もな言い分だと気の毒に思って、それにこの家はまったく に帰り着くことがおできにはなれまい」と大騒ぎして、宇手狭でうっとうしくもあるし、また母尼君も持ち直したの なか で、そろそろお連れして帰らなければならないのだが、中 治のあたりにもともと知合いの家があったのでそこにとど めて、今日一日ほど休ませておあげになるが、それでもひ神がふさがっていて、いつもの住いは避けなければならな すぎくいん やまごも い方角にあたっていたので、故朱雀院の御領で宇治院とい どく苦しがるので横川にそのことを知らせた。僧都は山籠 った所はこのあたりであろうと思いついて、その院の預り りの誓いがかたくて、今年いつばいは下山すまいと念じて いたのだけれども、もう命もおばっかない様子の母親が旅人は僧都が存じ寄りであったから、一日二日宿をとりたい、 手 て ならい がみ

9. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

( 現代語訳三五四ハー ) かかる人なん率て来たるなど、法師のあたりにはよからぬニ 0 女を自分の娘にしたいので、 〔六〕女依然として意識 その血縁の者が捜し出して連れ戻 不明、妹尼ら憂慮する ことなれば、見ざりし人にはまねばず。尼君も、みな口がすのではないかと、気が気でない。 ニ一以下、妹尼の推測 しづごころ ゐなか ひと 一三高貴な身分に思えるこの女。 ためさせつつ、もし尋ね来る人もやあると思ふも静心なし。 いかで、さる田舎 ニ三宇治は初瀬・奈良への物詣で びと ものまうで 人の住むあたりに、かかる人落ちあぶれけん、物詣などしたりける人の、心地の途中にあるので、こう推測する。 ニ四 一西継母などが、悪だくみをして ままはは などわづらひけんを、継母などやうの人のたばかりて置かせたるにゃなどそ思置き去りにさせたのだろうか。 ↓一五六ハー一三行。 第一と ひ寄りける。「川に流してよ」と言ひし一言よりほかに、ものもさらにのたま = 六女への敬語の初出。身分ある 女と察する妹尼の気持の反映。逆 はねば、し に妹尼に敬語がっかないのは、彼 、とおばっかなく思ひて、いっしか人にもなしてみんと思ふに、つく 女の心中に即した語り口による。 づくとして起き上がる世もなく、いとあやしうのみものしたまへば、つひに生毛妹尼は、どうにも不安に思い 三 0 夭人並の健康状態に。 す ゅめがたり くまじき人にやと思ひながら、うち棄てむもいとほしういみじ。夢語もし出で = 九以下、女のさま。後文による と、物の怪のため。↓一六二ハー あぎり 三 0 長谷寺で見た夢 ( ↓一五五ハー ) て、はじめより祈らせし阿闍梨にも、忍びやかに芥子焼くことせさせたまふ。 の内容を、ここで人々に明かす。 うちはヘ、 かくあっかふほどに、四五月も過ぎぬ。いとわ三一護摩をたく意。 習〔を僧都の加持により、 三ニ浮舟が入水をはかったのは三 物の怪現れ、去る 月末。一一か月が経過。 びしうかひなきことを思ひわびて、僧都の御もとに、 手 三三看護、祈疇の効果が見えない。 お 妹尼なほ降りたまへ。この人助けたまへ。さすがに今日までもあるは、死ぬ三四死ぬはずのない運命の人に、 深く取り憑き正気を失わせた魔物。 りゃう まじかりける人を、憑きしみ領じたるものの去らぬにこそあめれ。あが仏、 = 宝懇願しての呼びかけ。 ニ七 っ 三三 ニ八 三五 三四 ニ九

10. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

349 手習 きのう と言いに使いの者をおやりになったところ、「初瀬に昨日 う」と、そこに立ちどまって灯を明るくして見ると、何か みなお参りに出かけておりまして」と言って、じつにみすがうずくまっている姿である。「狐が化けたのだ。憎いや ばらしい留守番の老人を呼んで連れてきた。「お越しにな つ。正体をあばいてやるそ」と言って、一人の僧はもう少 るのでしたらどうぞすぐにでも。どうせ寝殿は空いている し近くに歩み寄ってみる。もう一人は、「そんな、おやめ ようでございます。ご参詣の方はいつもお泊りになりま なされ。よからぬ魔性のものであろう」と言って、そのよ す」と言うので、僧都は、「それは都合がよさそうだ。朝 うな魔物を退散させるための印を結んでは、それでもやは やしき 廷のお邸であるが、誰もいなくて気がねがいらないから」 りじっと見つめている。もしも僧たちに頭髪があったら太 と言って、その様子を見に人をお遣わしになる。この老人 く逆立つにちがいないほど恐ろしい心地がするけれど、こ はいつもこうして宿泊人の扱いにはなれているので、一通の灯をともしている大徳がなんの恐れるふうもなく無頓着 りの支度などをすませてから戻ってきた。 にずかずかと近寄ってその様子を見ると、髪の毛は長くっ やつやと美しくて、大きな木の根元のひどくごっごっした 〔ニ〕僧都、宇治院におまず僧都がお移りになる。じっさい もむき怪しき物を発見ひどく荒れていて、いかにも恐ろし ところに身を寄せたままはげしく泣いている。「こんなこ だいとこ そうな所よ、とごらんになって、「大徳たち、経をお読みとはめったにあるものではございませんな。僧都の御坊に なさい」などとおっしやる。あの初瀬までお供をしていっ立ち会っていただきたいですね」と言うので、「いかにも た阿闍梨と、もう一人同じような僧とが、いったい何事が不思議なことだ」というわけで、一人は僧都のもとにまい げろう あったというのだろう、案内役としては格好の下﨟の法師って、これこれのことが、と申しあげる。僧都は、「狐が たいまっ に松明をともさせて、誰も近寄らない寝殿の後ろの方に行人に化けるとは昔から聞いているが、まだ見たことはな った。森になっているのかと思われるような木陰を、いか い」とおっしやって、寝殿からわざわざ下りておいでにな る。 にも気味のわるいあたりよと思って、のぞきこんで見ると、 白い物のひろがっているのが目にはいる。「あれは何だろ 母の尼君たちがこちらへ移ってこられるというので、下 おか