受話器 - みる会図書館


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1. リング

304 と女の声がした。竜司は堪え切れず、悲鳴をあげてしまった。高野舞の声に自分の悲鳴が 重なり、竜司はとうとう愛しい人の声を聞きそびれてしまった。鏡に映っているのは、他 でもない百年先の自分の姿であった。さすがの竜司も知らなかった。まったくの別人とな り果てた自分と出合うのがこんなに恐いものとは : 呼び出し音が四回鳴るのを聞いて、高野舞は受話器を持ち上げ、「もしもし : : : 」と言 った。しかし、それに答えたのは、「うおおおおおーという悲鳴であった。一本の電話 せんりつ 線を戦慄が駆け抜けた。竜司のアパートから高野舞の部屋に、恐怖はそのままのかたちで 伝わったのだ。高野舞は驚いて、受話器を耳から遠ざけた。うめき声はまだ続いている。 最初の悲鳴には驚き、そして、後に続くうめきには信じられないという気持ちがこめられ ている。これまでに数回イタズラ電話を受けたことがあったが、それとは違うなとすぐに 後を襲ったのは、しんとした静寂・ : 受話器を握り直す。うめき声ははたとやんだ。 , 午後九時四十九分 : : : 、最後に愛しい女の声を聞きたいという願いは無残に破れ、逆に 。すぐ手 断末魔の悲鳴を浴びせかけて、竜司は絶命した。意識は虚無に包まれていく・ : 許の受話器からは、また高野舞の声が流れ出ていた。床の上に両足を大きく広げ、べッド に背を当て、左手をベッドマットの上に投げだし、右手は「もしもしと囁き続ける受話 器に伸び、頭をうしろに折ってかっと見開いた両目で天井を見上げていた。虚無が入り込 0 ささや 0

2. リング

めいている。 「うるさい ! 静かにしろ どな 浅川は受話器を手の平で押さえ、振り向いて竜司を怒鳴りつけた。 「どうかしたのか ? 吉野が声のトーンを落とした。 「いえ、なんでもありません。吉野さん、お願いしますよ、頼りになるのは : 言いかけた浅川の腕を、竜司が引っ張った。浅川は怒りに任せて勢いよく振り返ったが、 そこに見たのは思いのほか真剣な竜司の顔であった。 「オレたちはばかだ。オレもおまえも冷静さを失っている 竜司が小声で言った。 「ちょっと待ってくださいと浅川は受話器を下げる。「どうかしたのか ? 」 「なぜこんな簡単なことに気付かない。なにも山村貞子の足取りを年代順に追う必要はね たど えんだ。逆から辿ったって構わねえじゃねえか。なぜ、ー 4 号棟でなければならないん グだ、なぜ、ビラ・ロッグキャビンでなければならないんだ、なぜ、南箱根パシフィックラ ンンドでなければならないんだ ? 」 浅川はあっという表情をして、あることに思い至った。そして、いくらか気分を落ち着 けて、受話器を持ち直した。 「吉野さん」 235

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303 竜司は電話のところまで這って浅川の家の番号を回しかけたが、直前で、彼は今大島に いることを思い出した。 : あの野郎、びつくりするだろうな、オレが死んじまったらよお。 胸への強い圧迫が、肋骨をきしませる。 竜司はそのまま、高野舞の番号を回した。生への激しい執着と、あるいは最後に声だけ でも聞きたいという願いと、そのどちらが高野舞を呼び出そうという衝動を生み出したの か、竜司自身区別がっかない。ただ、一方では声がする。 あきら ・ : 諦めろ、彼女を巻き込むのはよくねえ。 だが、もう一方では、まだ間に合うかもしれねえという希望の声。 机の上の時計が目に入った。九時四十八分。竜司は受話器を耳に当て、高野舞が電話ロ に出るのを待った。頭がムズムズとして無性にかゆい。頭に手をやってポリポリかくと、 何本かの髪の毛が抜ける感触があった。二回目の呼び出し音が鳴ったところで、竜司は顔 を上げた。正面の洋服ダンスには縦長の鏡がついていて、そこに自分の顔が映っていた。 グ竜司は肩と頭で受話器をはさんでいるのも忘れ、ぎよっとして鏡に顔を近づけた。その拍 子に受話器は落ちたけれど、竜司は構わず鏡の中の自分を見つめた。鏡には別の人間が映 すきま っていた。頬は黄ばみ、干乾びてゴワゴワとひび割れ、次々と抜け落ちる毛髪の隙間には 褐色のかさぶたが散在している。 ・ : 幻覚だ、幻覚に決まっている。竜司は自分に言い聞 かせた。それでも感情を抑制することはできない。床に転がった受話器から、「もしもし」 ほお ろっこっ

4. リング

受話器をフックに掛け、そこに手を置いたまま浅川はなかなか動こうとしなかった。必 要以上に持ち上げて相手の顔色をうかがう自分の声がまだ耳に残っていて、どうにもやり きれない気分であった。電話の相手はいかにも尊大な態度で秘書から受話器を受け取り、 こちらの企画を聞くに従って、次第に声の表情を和らげていった。最初は広告の依頼と勘 違いでもしたのだろう。それから素早く頭を回転させて、自分の半生が記事になるメリッ トを計算したのだ。 「トップインタビ = ー」と題する企画は九月から連載されたもので、一代で会社を興した 社長にスポットを当て、その苦労や努力を記事にまとめるものであゑ一応、取材のアポ イントメントを取ることに成功したのだから、もう少し満足そうに受話器を置いてしかる べきなのに、浅川の気よ重、 をしいかにも俗物といったこの男から聞き出すのは、毎度おき まりの苦労話、自分がいかに才知に長け、チャンスをものにし、のしあがってきたか : こちらから礼を言って立ち上がらなければ延々と果てしなく続くサクセスストーリー。 んざりだった。浅川はこんな企画を考えた人間を恨んだ。雑誌を維持するためにはどうし ても広告が必要で、そのための布石として後々役に立っことはわかりきっている。しかし、 もう 浅川は、会社が儲かろうが損をしようがあまり関心はなかった。大切なのは、面白い仕事 にありつけるかどうか、ただそれだけだ。想像力を伴わない仕事は、肉体的には楽でも精

5. リング

それ以外、一体なんと言ったらいいのか。意味不明なシーンの連続、しかし、たったひ とつだけ理解できたのは、コレを見た者はちょうど一週間後に死ぬということ。そして、 それを避ける方法が記されている個所が、テレビのによって消されてしまっているこ と。 : だれが消したんだ ? この四人かフ 顎ががくがくと震えた。もし、四人の若者たちが同時刻に死んだことを知らなければ、 こんな馬鹿なことがと笑い飛ばすことができただろう。ところが、彼は知っている、言葉 通り、四人が謎の死を遂げたことを。 その時、電話が鳴った。浅川はその音に心臓が飛び出す思いであった。受話器を取って 耳にあてる。ナニモノかが身をひそめ、じっと闇の中でこちらをうかがっている気配がす る。 「 : : : もしもし」 浅川は、震える声でやっとそれだけ言った。返事はない。暗く狭い場所で、なにかが渦 グを巻いている。地鳴りに似たゴーツという低い音と、湿った土の匂いがあった。耳もとに ン伝わる冷気に、うなじのあたりが総毛立つのがわかる。胸への圧迫は強くなり、地中深く おも 逾い回る虫が足首や背中にくねくねとまとわりついてくすぐっている。言うに言われぬ想 いと、時をかけて熟成した憎しみが、受話器の中を伝ってすぐそこにまで上ってきた。浅 川はがしゃんと受話器をたたきつけた。ロもとを押さえながら、トイレに走る。背筋を走 あご

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308 「あの、竜・ : 「先生、亡くなられましたー 一体、どれくらいの間絶句していただろう。呆けたように「はあ ? と答えたきり、う つろな目で天井の一点を見つめ、握っていた受話器が滑り落ちそうになったところでよう やく浅川は、「いっ ? 」という問いを投げかけていたのだった。 「昨夜の十時頃 : : : 」 竜司が浅川のマンションで例のビデオを見終わったのが、先週の金曜日の九時四十九分 だったから、まさに予告通りの時刻である。 「それで、死因は ? 」 日町くまでもないことだ。 「急性心不全 : : : 、はっきりとした死因はまだわからないそうですー 浅川は立っているのがやっとの状態だった。事件は終わったわけではない、第二ラウン ドに突入したのだ。 「舞さん、まだそちらにおられますか ? 」 「はい、先生の遺稿の整理がありますので」 「僕、今からすぐうかがいます、帰らないでお待ちください」 浅川は受話器を置くと同時に、その場にへたり込んだ。妻と娘の締め切り時間は明日の

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261 「そこにいる力い ? 声が聞こえた。まだ言葉にならない、破裂音。 「陽子ちゃん 静は、陽子の耳に受話器を押しつけた。 そう聞こえた。本人はパパと言っているつもりだろうが。言葉が届いたわけではない。 息遣いや唇から漏れる空気の音、あるいは唇やほっぺたが受話器に触れる音のほうが大き みみもと かえ く耳許で響いた。そのせいか却って、娘の存在を身近に感じることができる。こんなこと から逃げ出して、今すぐにでも陽子を抱き締めたい衝動が胸をつく。 「陽子、待ってろな。パ。、、 もうすぐプーブで迎えに行くからな」 「え、そうなの、い っ来てくれるの ? 」 いつの間にか静に代わっていた。 「日曜日。そうだ、日曜日にレンタカー借りて迎えに行くから、みんなで日光にでもドラ グイ。フして帰ろう ン「わ、本当 ? : : : 陽子ちゃん、よかったわねえ、 ハバが今度の日曜日、ドライプに連れて いってくれるって」 耳の奥が熱くなる。果たしてこんな約束をしてしまっていいのだろうか。医者は患者を 必要以上に喜ばせることを決して言わない。 / 後のショックを小さくするためにも、期待を パを求めて必死に母の膝を上る音。 ひざ

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260 ケッ、スコップ、滑車、サーチライトなどに次々と手を伸ばした。 これが声を聞く最後のチャンスかもしれないと、そんな焦りが浅川を急かしていた。時 間の余裕がないことくらい充分に承知の上だ。デッドラインまでの持ち時間は九時間を切 っている。浅川はテレホンカードを押し込んで、足利の妻の実家の番号を押した。受話器 を取ったのは義父であった。 「あ、浅川ですけれど、静と陽子を呼んでもらえますかー 挨拶も一切抜きで、いきなり妻と娘を電話口に出せというのもかなり失礼ではあった。 そんたく しかし、義父の気持ちなど忖度している暇はない。義父はなにか言いかけたが、こちらの 差し迫った状況を理解してか、すぐに娘と孫を呼んでくれた。義母が先に出なくてよかっ たとっくづく思う。義母に受話器を渡したりしたら、長ったらしい挨拶をだらだらと際限 なく続けて、待ったをかけるチャンスさえ容易に見いだせなくなってしまう。 「はい、もしもし 「静、おまえか」 妻の声が懐かしかった。 「あなた、今どこにいるの」 「熱海だ。そっちのほうはどう ? 「ううん、別に変わりはない。陽子、すっかりおじいちゃん、おばあちゃんになついちゃ あいさっ

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307 えない。浅川は写真を視界の外に置いた。山村貞子に見つめられていると、仕事がはかど らなかった。 近所の定食屋でタ飯を食べ終わって、浅川はふと、今頃竜司は何をしているのだろうと まんやりと彼の顔を思い出しただけだ。ところ 気になった。気になったというより、ただに が、部屋に戻って仕事の続きをしていると、頭の端に浮かぶ竜司の顔が徐々にはっきりし ていった。 あいつ、どうしてるのだろう、今頃。 頭に浮かんだ竜司の顔の輪郭が、時々二重にずれて見えたりする。妙な胸騒ぎがして、 浅川は電話に手を伸ばした。七回ばかり呼び出し音が鳴ったところで受話器が上がり、浅 日はほっとする。しかし、聞こえてきたのは女性の声であった。 「 : : : はい、もしもし」 消え入りそうな、か細い声。浅川はその声に聞き覚えがあった。 「もしもし、浅川ですが」 グ「はい」という小さな返事。 ン「あの、高野舞さん、ですね。このあいだはどうもごちそうさまでした」 高野舞は「いえ、どういたしまして、と小さくつぶやいたまま、受話器を持ち続ける。 「あの、竜司君 : : : 、そちらにおりますか ? 」 なぜ早く竜司に代わらないのだろうと、浅川はいぶかしんだ。

10. リング

来に至る太い線が眠りの前と後で切断されていた。 「もしもし : ・・ : 」 管理人は、相手が電話口にいるのかどうか心配になった。わけもわからず、浅川の胸に 喜びが湧いていく。竜司は寝返りをうって、薄く目を開いた。口からよだれを流している。 . も、つろう 記憶は朦朧として、手探りして行き当るのは暗い風景ばかりだ。長尾医師を訪ねビラ・ロ ッグキャビンに向かったところまではどうにか思い出すことができたが、それから先がど うにもあやふやだった。暗いイメージが次々とあふれ出て、息がつまりそうだ。強烈な印 象を持った夢を見たにもかかわらず目覚めたとたん夢の内容を忘れてしまった、そんな気 分であった。しかし、不思議と晴れ晴れとしている。 「 : : : もしもし、聞こえますか ? 「あ、はい 浅川はどうにか返事を返して、受話器を持ちかえた。 「チェックアウトは十一時です」 グ「わかりました。すぐに支度して、出ますー ン 管理人の事務的な言い方に合わせ、浅川も事務的に答えていた。キッチンかち、ちょろ ちょろと細く流れる水道の音が聞こえる。昨夜寝る前、しつかりと蛇口を締めなかったよ うだ。浅川は受話器を置いた。 さっき開きかけた竜司の目が再び閉じていた。浅川は竜司の体をゆすった。