吉野 - みる会図書館


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1. リング

品のない印象を与えるが、吉野は意外と人に気を遣うところがある。 「忙しいかよ 「ええ、まあ」 吉野は、浅川がまだ社会部にいた頃の三年先輩で、現在三十五歳だった。 「実は、横須賀通信部に問い合わせたところ、吉野さん、ここにいるってことだったので 「なんじゃい。オレに、なにか用でもあるのかい ? 」 浅川は、先ほどコビーした記事を差し出した。吉野は異常な程長い時間をかけてじっと それに見入った。自分の書いた記事なのだから、そんな熱心に読まなくても内容はわかっ ているはずなのに、彼はロに運ぶ好物の。ヒーナツツを空中で止めたまま、全神経をそこに そしやく 集中させた。今はゆっくりと咀嚼している。まるで、記事の内容を逐一思い出し、一緒に 胃の中で消化しようとするかのように。 「これがどうかしたのか ? 」 吉野は真剣な顔になっていた。 「いえね、もっと詳しく聞きたいと思いまして」 吉野は立ち上がった。 「よし、隣で茶でも飲みながら話そう」 「時間、だいじようぶですか

2. リング

212 ほど美しいにもかかわらず、二十五年という時の流れに浸食され、残った印象は「不気 味」、あるいは「気持ちのワルイ女」。本来なら、「素晴らしく美しい女だった、と言うの が普通だろう。吉野は、明らかな特徴を押しやってまで顔を覗かせる「不気味ーさの正体 に、強く興味をそそられた。 十月十七日水曜日 吉野は、表参道と青山通りの交差点に立って、もう一度手帳を取り出した。 南青山六ー一、杉山荘。それが、二十五年前の山村貞子の住所であった。番地とアパ ト名とのアイハランスさに、吉野は絶望的な気分を味わっていた。通りを曲がって、根津 美術館のすぐ横のプロックが六ー一であるが、吉野が心配した通り、杉山荘なる安アパ トがあったはずの場所には、豪壮な赤レンガのマンションがそびえていた。 ・ : どだい無理な話さ。二十五年前の女の足取りなんて、わかるわけねえ。 あと残る手がかりは、山村貞子と同期で入団した四人の研究生。貞子と同期で入った七 人のうち、どうにか連絡先がわかったのは四人だけであった。彼らが貞子の消息に関して 何も知らなかったら、完全に糸は途切れてしまう。吉野は、そうなりそうな気がしてしか たがない。時計を見ると午前十一時を回っていた。吉野は近くの文房具店に飛び込み、こ のぞ

3. リング

232 浅川は不服そうな顔をしていた。 「なあ、少しは自分の頭で考えろや、おまえさん、ちょっと人に甘え過ぎだぜ。もし、オ レになにかあって、おまえ一人でオマジナイの謎を解くハメになったらどうする ? 」 そんなことは有り得ない。浅川が死に、竜司ひとりでオマジナイを解くことはあるかも しれない、しかし、その逆のパターンはない。浅川はその点にだけは確信を持っていた。 通信部に戻ると早津が言った。 「吉野って方から電話がありましたよ。外からなので、十分したらもう一度かけ直すって 言ってました」 浅川は電話の前に座り込み、いい知らせであることを祈った。ベルが鳴った。吉野から であった。 「さっきから何度も電話してるんだが : : : 」 吉野の声にはささやかな非難が含まれている。 「すみません、食事に出ていてー 「それでと、 : ファックス届いたかい 吉野の口調がわずかに変わった。非難の響きが消え、その代わりに優しさが含まれる。 浅川はいやな予感がした。 「ええ、おかげでとても参考になりました」 浅川はそこで受話器を持つ手を左から右に代えた。

4. リング

因はまだわかっていない。他殺の疑いは今のところないものと思われる。 て′」た たったこれだけの記事であったが、浅川には確かな手応えがあった。まず、死亡した女 子高生は姪の智子と同じく横浜の私立女子高に通っていて共に十七歳。レンタカーを借り た男も、品川駅前で事故死した青年と同じく予備校生であり年齢も共に十九歳。死亡推定 ほとん 時刻も殆ど同じ。死因はやはり不明。 この四人の死には必ず接点がある。決定的な共通点を発見するのにそう時間はかからな この記事のコ いだろう。なにしろ浅川は大手新聞社の内側にいて、情報には事欠かない。 いったん 。ヒーを取ると、彼は一旦編集局に向かった。とてつもない金鉱を掘り当てたという満足感 で足は次第に速くなり、浅川はエレベーターを待っ時間さえもどかしく感じていた。 横須賀市役所記者クラブ。吉野は専用の机に座って原稿用紙にペンを走らせていた。東 京本社からここまで、高速道路が混んでさえいなければ一時間で来てしまう。浅川は吉野 グの後ろに立っと、声をかけた。 ン 「吉野さんー 吉野に会うのは一年半ぶりであった。 。まあ座れやー 「お、おう、浅川か。どうしたんだ。横須賀くんだりまで : ひげ 吉野はあいている椅子を引っぱり出して浅川にすすめた。顔中髭だらけで、見るからに

5. リング

吉野は切らずに待っていた。「吉野さん、劇団の線はひとまずおいてください。それよ り、至急調べてもらいたいことが出てきました。南箱根パシフィックランドのことはもう お話ししたと思いますけど : : : 」 「ああ、聞いている。リゾートクラ。フだろ 「ええ、僕の記憶では、確か十年程前にゴルフ場ができ、それに付随するかたちで、現在 いいですか、調べてほしいのは、南箱根パシ の施設が整っていったと思うんですが : フィックランドができる以則、そこに何があったのかということ 吉野が走らせるべンの音が聞こえる。 「何があったって、おまえ、ただの高原じゃねえのか」 「そうかもしれない、でも、そうじゃないかもしれない そで 竜司がまた浅川の袖を引いた。「それと、配置図だ。いいか、パシフィックランドがで きる前、あの地に他の建物が建っていたとしたら、その建物の配置図も手に入れるよう、 電話の主に言ってくれ 浅川はその通り吉野に伝え、受話器を置いた。絶対に手がかりを掴んでくれと、強く念 じながら。そう、だれにだって念じる力はあるのだ。 十月十八日木曜日 つか

6. リング

199 直接問題になってくるのは、もちろん山村貞子の半生である。 「娘のほうから頼みますよ 「わかった。じゃあ、明日さっそく劇団飛翔の事務所にでも顔を出すか」 浅川は腕時計を見た。まだ午後の六時を少し回ったところだ。劇団の稽古場なら充分に 開いている時間だろう。 「吉野さん、明日と言わず、今晩頼みますよ 吉野は大きく息をついて首を軽く振った。 「なあ、浅川。考えてくれよ、オレにだって仕事があるんだ。今晩中に書き上げなければ ならない原稿が山ほどあるんだよ。本当は明日だって : : : 」 吉野はそこで言葉を止めた。これ以上言うとあまりにも恩着せがましくなる。彼はいっ も男らしい自分を演出することに細心の注意を払っていたのだ。 「そこをなんとか頼みますよ。いし 、ですか、僕の締め切りはあさってなんです」 この業界の内幕を知っている浅川には、とてもそれ以上強く一言えなかった。ただ、無言 グで吉野の返事を待っ他ない。 : って、いってもよお。しようがねえなあ。わかった、なるべく今晩中にどうにかす るよ、ま、約束はできんが 「すみません、恩にきます 浅川は頭を下げて受話器を置こうとした。

7. リング

ものだから、ああだこうだとうるさくてうるさくて : ください 「で、何を聞きたいってんだ ? 」 「その後、死因は判明したんですか」 吉野は首を振った。 「ま、ようするに、突然の心臓停止ってやつだが、どうしてソレが起こったかについちゃ 何もわからねえ」 「他殺の線は ? 例えば首を締められたとか」 「あり得ない。首筋に内出血の跡はなかった」 「薬物・・ : : 」 「解剖しても、反応はでなかった」 「とするとこの事件は、まだ解決 : : : 」 「おいおい、解決もクソもねえ。殺人じゃねえんだから事件でもなんでもないんだよ。病 死、あるいは事故死、それで終わりさ。捜査本部も当然ナシ」 素っ気ない言い方だった。吉野は椅子の背もたれに背中をあずけている。 「死亡した人間の名前を伏せてあるのはどうしてですか。 「未成年だしよ。 : それに、一応心中の疑いもあったからな」 吉野はそこで何かを思い出したようにふっと笑うと、体を前に乗り出した。 お願いしますよ。詳しく教えて

8. リング

リング 「男のほうはよ、ジーンズと一緒にブリーフを膝まで下げていた。女の子のほうもよ、 ンティを膝まで下げていた」 「とすると、その、最中だったってわけですか」 「最中ってわけじゃない。 これからやろうとしていたところだ。お楽しみはこれからって え、その時 ! 」 吉野はパンと手を打った。 「なにかが起こった」 いかにも、相手の気持ちを高ぶらせる語り口であった。 「なあ、浅川。正直に言ってくれよ。おまえ、この事件に関係したネタを掴んだんじゃね えのか : : : 」 「秘密は守るからよお。手柄を横取りする気もない。ただ、オレには興味があるだけだ」 浅川は黙り込んだ。 「なあ、オレは聞きたくてうずうずしてるんだぜ 考えてみる。やつばりだめだ。まだ言わないほうがいし 。しかし、嘘は通用しない。 「すみません、吉野さん。もうちょっと待ってもらえますか。まだ、なんとも言えないん ですよ。二、三日のうちには必ずお話しできます。約束しますよ」 失望の色が吉野の顔に浮かんだ。 ひざ つか

9. リング

リング 「いいってことよ。こっちのほうがおもしろそうだ 市役所のすぐ横に小さな喫茶店があり、コーヒーが二百円で飲める。吉野は席につくと すぐカウンターを振り返り、「コーヒー二つ」と声を上げた。それから、浅川のほうに向 き直ると、ぐっと体を近づけた。 「いいか、オレは社会部の記者になって十二年になる。この十二年間、オレは様々な事件 に出合った。しかし ( だ。これ程妙チクリンな事件に出合ったのは初めてだ」 吉野はそこまで言うと水を一口飲み、先を続けた。 「なあ、浅川。交換条件といこうじゃないか。本社出版局勤めのおまえが、どうしてこの 事件を調べ始めたんだい ? 」 まだ手の内を見せるわけこよ 冫をいかない。浅川だけのスクープにしておきたかった。吉野 のようなやり手に知られたりしたら、あっという間にひっかき回されて獲物をさらわれて とっさ しまう。浅川は咄嗟に嘘をついた。 「たいした理由はないんですよ。僕の姪っこがこの死んだ女子高生と友達で、根掘り葉掘 り聞くもんですから、この事件のこと。ですから、こちらに来たついでに : へタな嘘だ。吉野は疑わしそうな目をキラッと光らせたかと思うと、しらけて徐々に身 体を引いていった。 「ホントかよ」 「ええ、なにしろ女子高生でしよ。友達が死んだってだけでも大変なのに、妙な死に方な

10. リング

わかりきっていた。編集長に全てを打ち明け、しばらくの間仕事からはずしてもらうのが 得策と思われた。編集長の協力を得られれば、それに越したことはない。問題は、編集長 がソレを信じるかどうかだ。また、例の偶然を持ち出して、鼻先で笑うに決まっている。 証拠のビデオがあっても、最初から否定してかかればあらゆるものは自分の論理に従って : おもしろい、と浅川は思う。 配列され、納得のいくように変形されてしまう。しかし、 一応、ブリーフケースに入れてビデオを持ってきているが、もしこれを編集長に見せれば、 どんな反応をするだろうかと。いや、それ以前に、彼はこれを見ようとするかどうか。昨 夜遅く吉野に事の次第を話したところ、彼は信じた。そして、その言葉を裏づけるように、 絶対にビデオは見たくない、見せないでくれとも言った。その代わり、できるだけのこと は協力しようとも : : : 。吉野の場合、信じるべき土壌があったことは確かだ。芦名の県道 沿いの車の中から辻遥子と能美武彦の変死体が発見された時、吉野はいち早く駆けつけて 現場の空気に触れている。化け物以外にこんなことは為し得ないとわかっているはずなの に、捜査員のだれもがそのことを言い出さない、あの息詰った雰囲気。もし吉野が、あの グ時の空気に触れていなかったら、こうすんなりと信じたかどうかわからない。 とにかく、浅川は今、一個の爆弾を抱えていた。編集長の目の前でチラつかせて威嚇す れば、そこそこの効果は上げるはずであゑ単なる興味という点からも、浅川は使ってみ 1 たいという誘惑に駆られるのだった。