場合 - みる会図書館


検索対象: リング
77件見つかりました。

1. リング

しかたにテンポがある。山村貞子がひそんでいる場所を捜していたわけでもないのに、あ れよあれよという間に彼女の身にふりかかった災難と、その埋葬場所が明らかになってし まったのだ。だから竜司から「大き目の金物屋の前で車を止めてくれ」と言われた時、浅 日は、ああこいつもオレと同じことを考えているなと安心した。それがどれ程苦しい作業 になるのか、浅川にはまだ想像できなかった。もし完全に埋められてなかったら、ビラ・ ロッグキャビンの周辺から古井戸を発見することはそう難しくはない。そして、井戸の場 所がわかれば、その中から山村貞子の遺骨を拾い出すこともたやすい。すべて簡単なこと のように思われたし、そう思いたかった。午後一時の日差しが温泉街の坂道に反射して眩 しい。平日ののんびりした街のムードと、この眩しさが、浅川の想像力を濁らせていた。 たった四、五メートルの深さではあっても、狭い井戸の底は光溢れる地上とはまるで違う 世界を形成していることに、浅川はまだ気付かない。 きやたっ 西崎金物店の看板が目に入って、浅川はブレーキを踏んだ。店先に並んだ脚立や芝刈り そろ 機から、必要なものは全部この店で揃うだろうと確信できる。 グ「買う物はおまえに任せるよ」 ンそう言い残して、浅川は近くの電話ポックスに走った。ドアの手前で立ち止まってカー ド入れからテレホンカードを一枚抜き出す。 「おい、呑気に電話かけてる場合じゃねえだろ 竜司の文句は、浅川の耳に届かない。竜司はぶつぶつ呟きながら店に入り、ロープ、 259 のんき つぶや あふ まぶ

2. リング

281 だ。そして、水。ビデオの中で、ば 1 さんがなんと言っていたか思い出せ」 : その後からだの具合はどうじゃ。水遊びばかりしているとぼうこんがくるそ。 水遊び、水遊び、そうだ、山村貞子はあそこの真っ黒な泥水に浸かって今も水遊びを続 けている。いっ終わることもなく、延々と続く地下水との戯れ。 「山村貞子はな、井戸に落とされた時、まだ生ぎていたんだ。そして、死が訪れるのを待 彼女の場合、三つの条件はそろってい ちながら、井戸の内側に怨念を塗り込めていった。 , たんだよ」 : どから ? のろ 「だから : ・ 三浦博士が言うにはよ、呪いをとく方法なんて簡単なんだ。ようするに、 解放してやればいい。遺骨を、狭い井戸の底から拾い上げ、供養を済ませた後に故郷の地 に埋葬してやればいい。広く明るい世界に引きずり出してやるんだ」 さっき、・ ( ケツを取りに縁の下からい出た時、浅川はなんともいえない解放感を味わ った。同じことを山村貞子にしてあげればいいというのか ? 彼女はそんなことを望んで グいるのかフ ン 「それが、オマジナイの中身だっていうのかい ? 」 「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」 「あやふやだな」 竜司はもう一度浅川の胸倉を引いた。

3. リング

159 に質問攻めにすることもなく、妙に黙り込んだまま自分なりに察してしまったらしい。ど ぬぐ のような解釈に達したのか知るよしもないが、不安感は拭えないらしく、朝の連続ドラマ を見ながら何度も腰を浮かせかけて、外の音に敏感に反応していた。 「一切、このことには触れるな。オレ自身、どう答えていいのかわからないんだよ。とに かく、オレに任せろ」 静の不安を押さえるため、浅川はそう言う他なかった。決して、弱気な姿を妻の前にさ らしてはならない。 まさに家を出ようとしたちょうどその時、電話が鳴った。竜司からである。 「おもしろい発見があるんだ。おまえの意見をぜひ聞きたいー 竜司の声は少し興奮気味である。 「電話では無理かい ? 実は、今、レンタカーを取りに行くところなんだ」 「レンタカー ? 「電波の発信場所を捜してこいと言ったのはおまえだろ」 グ「なるほどね。まあ、そっちのほうは放っておいて、とにかくすぐに来いよ。ひょっとし ンたら、アンテナなんて捜す必要がなくなるかもしれねえ。前提そのものが崩れちまう : かもネ」 南箱根パシフィックランドに行く必要が生じた場合、彼の部屋からそのまま直行できる ように、浅川はレンタカーを借りた上で竜司の部屋に寄ることにした。

4. リング

リング 「北品川まで : : : 」 行ぎ先を聞いて、木村は小躍りしたい気分になった。北品川は会社の倉庫のある東五反 田のすぐ先で、そろそろ帰庫しようとしていた木村の進行方向と同じである。タクシード ライバーが仕事のおもしろさを実感するのは、自分の読みに従って流れがうまくつながっ じようぜっ た時だ。木村はいつになく饒舌になった。 「これから取材ですか ? 」 疲れのせいで充血した目を窓の外に向け、ぼうっと考えごとをしていた浅川は「え ? 」 と聞き返した。自分の職業をなぜ知っているのだろうと、疑問に思いながら。 「お客さん、新聞記者じゃないんですか」 「週刊誌のほうだけど、よくわかりますねえ」 二十年近くタクシーに乗っている木村は、乗せた場所や服装、言葉遣いから、ある程度 客の職業を推測することができた。一般的に人気のある職業に就いて、しかもそれを誇り に思っている客の場合、仕事に関係した話題にはすぐ乗ってくる。 「たいへんですねえ。こんな早くから」 「いや、逆です。今から帰って寝るところですよ 「あ、じゃあ、わたしと同じだ」 普段の浅川には仕事に対する誇りなどなかった。しかし、今朝は、初めて自分の記事が 、リーズをようやく終え、 活字になった時の、あの満足感を取り戻していた。ある企画のゾ

5. リング

134 「先生がお帰りになりましたら、お電話差し上げるよう伝えておきます。 : : : 浅川さん、 ですね」 受話器を置いてもなお、女の声は残っていた。柔らかな響きが耳に心地いい。 カーベット敷きのべッドルームからべッドがなくなったのは、陽子が生まれた時であっ た。赤ん坊をベッドに寝かすわけにもいかず、かといって四畳半の部屋ではベビ 1 べッド を置くスペースもない。しかたなく、これまで使っていたダブルべッドを捨て、その代わ りに布団を上げ下げすることにした。二組敷かれた布団の空いたスペースに、浅川はもぐ そろ り込んだ。三人揃って寝る場合のみ、三人の寝場所は決まっていた。静と陽子の寝相はあ まりに悪く、眠りに落ちて一時間もすれば最初の位置から大きく移動している。ために、 後からもぐり込む浅川はいつも空いたスペースを捜さざるを得ない。もし浅川がいなくな ったら、その分のスペースを埋めるのにどれほどの時間がかかるだろう。静が再婚相手を すきま 見つけるという意味ではない。人によっては、配偶者を失うことによって生した隙間を永 久に埋めることのできぬ者もいる。 ・ : 三年、三年というのが妥当な線じゃないだろうか。 実家に戻り、両親に娘の面倒を見てもらいながら仕事に出る静の顔が、それなりに生き生 きと輝いていることを浅川は無理にイメージした。女は強くあってほしかった。自分がい なくなった後、共に生き地獄に堕ちる妻と子を想像するのは、耐えられないことであった。 五年前の、千葉支局から本社出版局に移ったばかりの頃、浅川は同じ新聞社系列の旅

6. リング

神的に疲れる場合が多い。 浅川は四階の資料室に向かった。明日のインタビューの下調べもあったが、それ以上に 気に掛かることがあった。興味深い二つの事故を結ぶ客観的な因果関係。ふと頭に浮かん だのだ。どこから手をつけていいかわからなかったが、俗物社長の声を頭から振り払った すきま 隙間にすっとさし挟まれた疑問。 ・ : 果たして、九月五日の午後十一時前後に生じた原因不明の突然死はこの二件だけな のだろうか ? そうでなければ、つまり他にもこれと同様の事件が起こっているとしたら、偶然である 確率はより一層ゼロに近づく。浅川は九月初旬の新聞に目を通してみることにした。商売 柄、新聞は丹念に読んではいる。しかし、社会面の記事などは見出しだけ目を通してさっ とページをめくってしまうことが多く、何かを見落としている可能性が充分にあった。そ んな予感がした。引っ掛かることがある。一ヶ月ばかり前、社会面のほんの片隅に奇妙な 見出しが載っていたような気がする。掲載されたのは左下の小さなスペースで : : : 、載っ グた場所だけは覚えている。見出しを読んでおやっと思ったが、「おい、浅川」と呼ぶデス ンクの声に振り向き、そのまま忙しさに紛れて読みかけのままになってしまったのだ。 浅川は九月六日の朝刊から調べ始めた。必ず手がかりを発見できるという確信があり、 宝物を捜す子供のように胸をときめかせていた。暗い資料室で一ヶ月近く前の新聞を読む という、ただそれだけの行為にすら、俗物のインタビューでは味わえない精神的高揚感が

7. リング

その観点にたってもう一度ぐるりと見回した。おそらく、見晴らしのいい場所を選ぶだろ % う。こんなところに家を建てる理由は他にない。見晴らしの特にいいところ、それはどこ だ ? 浅川は、遥か下に並ぶ温室の屋根に目を凝らしながら自らの位置を変え、風景の変 化を探った。しかし、どこからの眺めもあまり変わらない。ただ、家を建てるとしたら、 へいたん ー 4 号棟の隣のー 4 号棟あたりが一番建てやすい。横から見ると、そこだけが平坦に なっているのがわかる。浅川は < ー 4 号棟とー 4 号棟の間に四つんいになって、草を 刈り、大地の感触を手で確かめた。 井戸の水をくんだ記憶が彼にはなかった。浅川は、自分には井戸というものに直接触れ た経験がないことに思い至る。特にこんな山間部の場合、井戸はどんな作りになっている のだろう。果たしてほんとうに水が湧き出るのだろうか、そういえば、谷底を東の方向に 数百メートルばかり歩くと、高い樹木に囲まれた沼がある。思考がどうもうまくまとまら なかった。こんな時、なにを考えながら作業をすすめるべきなのか、よくわからない。頭 への充血、を感じる。時計を見ると三時近い。あと、七時間でデッドライン。こんなこと をしていて間に合うのだろうか、考えるとよけい思考が散乱してしまう。井戸のイメージ がうまくつかめない。古井戸の跡には何がある ? ぎっと、石が丸く積み上げられている んだ。崩されて、地中に埋められていたら : 、ああ、だめだ、そうなっていたら間に合 わない。掘り起こすことなんてできるはずがない。また、時計を見てしまった。三時ジャ スト。さっき、バルコニーの上で、ウーロン茶を五百 o o 近く飲んだにもかかわらず、も

8. リング

129 とはまずあり得ない。少なくとも浅川には、音楽用カセットテープだろうが、ビデオテー プだろうが、そのケースだけを捨てた経験はなかった。 「お宅、ビデオテープをケースに入れて保管していますか ? 「ええ、もちろん」 から 「まことに恐れ入りますが、そちらに空のケースがひとっ余ってないかどうか、調べても らえないでしようか」 「はあ ? 」 間の抜けた声であった。質問の意味は理解できても、その奥にある動機がわからず、行 動を鈍らせてしまっている。 「お願いします。 : : : 実は、人の命がかかってるのです」 特に家庭の主婦の場合、人の命うんぬんには弱い。手間を省いて行動に走らせたい場合、 この言葉は充分なインパクトを持つ。しかも、浅川は嘘を言っているのではない。 「ちょっと、お待ちください」 グ 思った通り、声の響きが変わった。受話器を置いたあと、かなりの間があった。もしケ ン ースも一緒にビラ・ロッグキャビンに忘れてきたとすれば、あの管理人に捨てられている 。声が戻った。 リだろう。しかし、そうでなければ、金子宅に残っている可能性が高い 「中身のカラのケースですね ? 」

9. リング

を夢中で引きちぎろうとする智子の姿を思い浮かべるたびに、目に見えないモノの影を想 たと 像した。そして、彼女を駆り立てた喩えようのない恐怖を。 「わからねえな。おまえさんよお、先入観を持ち過ぎてるんじゃねえか。どんな事件だっ て、共通点を捜そうと思えば何かしら見つかるものだ。ふたりともようするに心臓の発作 で死んだってことだろ。なら、苦しかったはずだ。頭かきむしったり、夢中でヘルメット を取ろうとしたり : : : 、案外、普通のことじゃねえのか」 その可能性もあると認めながら、浅川は頭を横にふった。簡単に言い負かされるわけに をい力ないのだ。 「編集長、胸ですよ、胸、苦しかったのは。どうして、頭をかきむしる必要があるんです 「おまえさん、心臓の発作を起こしたことあるのかい ? 」 : ないですよ 「じゃ、医者に聞いたのかい ? 「何を ? 」 「心臓発作を起こした人間が頭をかきむしるかどうか 浅川は黙る他なかった。 , を : そりや、 彼よ実際に医者に聞いていた。医者はこう答えた。 ないとも限りませんねえ。あやふやな答えであった。逆の場合はありますがね つま りクモ膜下出血や脳出血の場合、頭が痛くなると同時にお腹のあたりが気持ち悪くなるか か」

10. リング

165 「一瞬画面を覆うこの黒い幕はなんだ ? 竜司はコマ送りをして、黒く塗りつぶされた画像を出した。連続して三コマから四コマ 黒い画像が差しはさまれている。一コマは三十分の一秒だから、時間にして約〇・一秒程 「現実の風景に現れて、イメージした風景に現れないのはなぜだ ? よく、見てみろよ、 この画像。一面真っ黒ってわけじゃない」 浅川は画面に顔を近づけた。確かに、真っ黒じゃない。薄く。ほんやりと、白いモヤのよ うなものがかかっている。 「ほやけた影・ : こいつはな、残像だ。そして、見ているうちに、自分が当事者に陥っ てしまったような、生々しい臨場感は ? 」 : : 黒い幕、黒い幕。 竜司は浅川の目の前で大きくひとつまばたきをして見せた。 、「ひょっとして、コレ、まばたきか」 つぶや グ浅川は呟いた。 つじつま ン「そうだ、違うかい。そう考えれば、辻褄が合うんだ。人間は直接目で見る以外に、心の 中にシーンを思い浮かべることができる。その場合、網膜を通すわけでないから、まばた きは現れない。しかし、現実に目で見る風景は、網膜に映る光の強弱によって像が形成さ れるんだ。その場合、網膜の乾きを防ぐために、我々は無意識のうちにまばたきをしてい