声 - みる会図書館


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1. リング

いて自分の手をひっこめた。感触があったからだ。ぬるっとした羊水、あるいは血、そし て小さな肉の重み。浅川は放り出すようにして両手を広げ、手の平を顔に近づけた。匂い が残っている。薄い血の匂い、母胎から流れ出したものか、それとも : : : 。濡れた肌ざわ りもあった。しかし、実際に手が濡れているわけではない。浅川は目を映像に戻した。ま だ、赤ん坊の顔が映っている。泣いてはいても顔は穏やかな表情に包まれ、体の震えは股 の間に伝わり、ちょこんとついている小さなモノまで揺らしていた。 次のシーンには百個ばかりの人間の顔。どの顔にも憎しみと敵意がこめられていて、そ れ以外の際立った特徴は見られない。平板な板に塗り込められた数々の顔は、徐々に画面 の奥に下がってゆく。そして、ひとつひとつの顔の大きさが小さくなるに従って、顔の絶 対数は増え、大群集に膨れ上がっていった。首から上だけの群集というのも変ではあるが、 湧き上がる音声が大群集のそれを思わせる。顔は口々になにかを叫びながら、数を増やし、 小さくなっていく。なんと言っているのか、うまく聞き取れない。集団のざわめき、非難 かっさ、 じみた声の質。ののしり声。明らかに、歓迎したり喝采したりしている声ではない。やっ グとひとっ聞き取れた。「嘘つき ! 」という言葉。それから、もうひとつ。「詐欺師 ! 」顔 ンの数はおそらく千を越しただろう。しかも、まだ増え続け、比例して声は大きくなる。数 は万を越え、黒い粒子となって画面を埋め尽くし、電源の入らないブラウン管の状態と同 じ色に変わっても、なお声だけは残っていた。そして、やがて声も消え、若干の残響が耳 に残る。そのまましばらくの間、画面は静止したように見えた。浅川は、どうにもいたた

2. リング

304 と女の声がした。竜司は堪え切れず、悲鳴をあげてしまった。高野舞の声に自分の悲鳴が 重なり、竜司はとうとう愛しい人の声を聞きそびれてしまった。鏡に映っているのは、他 でもない百年先の自分の姿であった。さすがの竜司も知らなかった。まったくの別人とな り果てた自分と出合うのがこんなに恐いものとは : 呼び出し音が四回鳴るのを聞いて、高野舞は受話器を持ち上げ、「もしもし : : : 」と言 った。しかし、それに答えたのは、「うおおおおおーという悲鳴であった。一本の電話 せんりつ 線を戦慄が駆け抜けた。竜司のアパートから高野舞の部屋に、恐怖はそのままのかたちで 伝わったのだ。高野舞は驚いて、受話器を耳から遠ざけた。うめき声はまだ続いている。 最初の悲鳴には驚き、そして、後に続くうめきには信じられないという気持ちがこめられ ている。これまでに数回イタズラ電話を受けたことがあったが、それとは違うなとすぐに 後を襲ったのは、しんとした静寂・ : 受話器を握り直す。うめき声ははたとやんだ。 , 午後九時四十九分 : : : 、最後に愛しい女の声を聞きたいという願いは無残に破れ、逆に 。すぐ手 断末魔の悲鳴を浴びせかけて、竜司は絶命した。意識は虚無に包まれていく・ : 許の受話器からは、また高野舞の声が流れ出ていた。床の上に両足を大きく広げ、べッド に背を当て、左手をベッドマットの上に投げだし、右手は「もしもしと囁き続ける受話 器に伸び、頭をうしろに折ってかっと見開いた両目で天井を見上げていた。虚無が入り込 0 ささや 0

3. リング

129 とはまずあり得ない。少なくとも浅川には、音楽用カセットテープだろうが、ビデオテー プだろうが、そのケースだけを捨てた経験はなかった。 「お宅、ビデオテープをケースに入れて保管していますか ? 「ええ、もちろん」 から 「まことに恐れ入りますが、そちらに空のケースがひとっ余ってないかどうか、調べても らえないでしようか」 「はあ ? 」 間の抜けた声であった。質問の意味は理解できても、その奥にある動機がわからず、行 動を鈍らせてしまっている。 「お願いします。 : : : 実は、人の命がかかってるのです」 特に家庭の主婦の場合、人の命うんぬんには弱い。手間を省いて行動に走らせたい場合、 この言葉は充分なインパクトを持つ。しかも、浅川は嘘を言っているのではない。 「ちょっと、お待ちください」 グ 思った通り、声の響きが変わった。受話器を置いたあと、かなりの間があった。もしケ ン ースも一緒にビラ・ロッグキャビンに忘れてきたとすれば、あの管理人に捨てられている 。声が戻った。 リだろう。しかし、そうでなければ、金子宅に残っている可能性が高い 「中身のカラのケースですね ? 」

4. リング

202 よう頼んだ。 「先生、新聞社の方がお見えです」 研究生は役者らしくよく響く声で、壁際に座って皆の演技を見守る演出家の内村を呼ん だ。内村は驚いたように振り向き、相手が。フレス関係だと知ると、相好をくずして吉野に 近づいてきた。どこの劇団も、プレス関係者を丁寧にもてなす。新聞の文芸欄にちょっと 載せてもらっただけで、チケットの売上げが大きく伸びるからだ。一週間後に迫った公演 の稽古風景でも取材にきたのだろう・ : 新聞社にはこれまであまり大きく取り上げら れたことがなかったので、内村はこの機会にとばかり愛想をふりまいた。しかし、吉野が やってきた本当の理由を知ったとたん、内村は急に興味を失ってオレは今忙しいんだよな という態度を取り始めた。そして、キョロキョロと稽古場を見回し、椅子に座った五十過 ぎの小柄な男優に目を止めると、「真ちゃん」とかん高い声で近くに呼び寄せた。五十過 ぎの男に向かってちゃんづけで呼ぶこと : いや、それよりも内村の女つぼい声やヒョ ロヒョロとアイハランスに伸びた長い手足が、筋肉質の吉野には気持ちワルイと感じた。 自分とはまるで異質な存在がここにいる、と。 「真ちゃん、二幕まで出番ないでしよ。しゃあ、さあ、この人に、山村貞子のこと話して やってくれない。覚えてるでしよ、あの気持ちワルイ女」 真ちゃんと呼ばれた男優の声を、吉野はテレビで放映する洋画の吹き替えで聞いたこと がある。有馬真は舞台での活躍よりも声優としての活躍のほうが目立っていた。 / 彼もまた

5. リング

133 がる立日がした。 「なにやってんだよお ! 今頃まで : : : 」 どな 浅川は相手を確かめもせず怒鳴りつけた。相手が竜司だと、知らぬ間に言葉遣いが汚く なゑそう考えると不思議な存在であった。どんな友人に対してもある程度の距離を置き、 ばりぞうごん 決して態度を崩さない浅川が、竜司にだけは平気で罵詈雑言を浴びせかけることができる のだ。だからといって、彼は竜司を親友と思ったことは一度もなかった。 しかし、返事は意外にも竜司の声ではなかった。 「もしもし : 、あの・ : いきなり怒鳴られ、おどおどした女の声。 「あ、すみません。間違えました 浅川は受話器を置こうとした。 「あの、高山先生のところにおかけでは ? 」 「あ、ええ、そうですけれど : : : 」 グ「先生はまだ帰っておられませんが : : : 」 ン浅川は、この若く魅力的な声の主が誰か気になった。高山先生と呼ぶところをみると、 : : : ? ・まさ力とう田じ 、、。竜司を好きになる女 家族の者でないことは察しがつく。恋人 性などいるはずがない、浅川は先入観でそう思い込んでいた。 「そうですか、僕は浅川という者ですけど」

6. リング

325 これからの歴史 接潜り込む。これがどういう結果を生むか、今はまだ知りようがない。 に、いや人類の進北にどう係わってくるのか : : オレは、家族を守るために、人類を滅ぼすかもしれない疫病を世界に解き放とう としている。 浅川はこれからやろうとすることの意味を恐れた。ほんのかすかな囁き声もあるには ある。 ・ : 妻と娘を防波堤にすれば、それですむことじゃないか。宿主を失えばウイルスは 滅ぶ。人類を救うことができるんだそ。 しかし、その声はあまりに小さい。 車は東北自動車道に入った。混雑はなかった。このまま行けば、充分に間に合う。浅 川は肩に力を込め、ハンドルにしがみつく格好で車を運転していた。「後悔なんてしな 。オレの家族が防波堤になる義理などどこにもない。危機が迫った以上、どんな犠牲 を払ってでも守らねばならないものがある」 グ決意を新たにするためもあり、浅川はエンジン音に負けぬ声でそう言った。果たして ン竜司ならば、こんな場合どうするか。その点について、彼は自信があった。竜司の霊は 浅川にビデオテープの謎を教えたのだ。つまり、妻と娘を救え、と示唆したことになる。 そのことが心強い。竜司ならこう言うだろう。 ・ : 今、この瞬間の自分の気持ちに忠実になれ ! オレたちの前にはあやふやな未来 ささや

7. リング

307 えない。浅川は写真を視界の外に置いた。山村貞子に見つめられていると、仕事がはかど らなかった。 近所の定食屋でタ飯を食べ終わって、浅川はふと、今頃竜司は何をしているのだろうと まんやりと彼の顔を思い出しただけだ。ところ 気になった。気になったというより、ただに が、部屋に戻って仕事の続きをしていると、頭の端に浮かぶ竜司の顔が徐々にはっきりし ていった。 あいつ、どうしてるのだろう、今頃。 頭に浮かんだ竜司の顔の輪郭が、時々二重にずれて見えたりする。妙な胸騒ぎがして、 浅川は電話に手を伸ばした。七回ばかり呼び出し音が鳴ったところで受話器が上がり、浅 日はほっとする。しかし、聞こえてきたのは女性の声であった。 「 : : : はい、もしもし」 消え入りそうな、か細い声。浅川はその声に聞き覚えがあった。 「もしもし、浅川ですが」 グ「はい」という小さな返事。 ン「あの、高野舞さん、ですね。このあいだはどうもごちそうさまでした」 高野舞は「いえ、どういたしまして、と小さくつぶやいたまま、受話器を持ち続ける。 「あの、竜司君 : : : 、そちらにおりますか ? 」 なぜ早く竜司に代わらないのだろうと、浅川はいぶかしんだ。

8. リング

うが息苦しくなってしまう。この角ばった顔で笑いかけられると、普通の人間ならいやら しい印象を受けてしまうだろう。 竜司は、グラスから氷を取り出し、ロに放り込んだ。 ・ : 聞いてなかったのか、オレの話を。危険だって言っただろ」 浅川は押さえた声で言った。 「じゃあ、なんで、オレに相談を持ちかけた ? 助けてもらいたいんだろ ? ほお 竜司は頬に笑みを浮かべたまま、ロの中の氷をガリガリと噛み砕く。 「ビデオを見なくたって、手助けする方法くらいあるさ 竜司はうつむきかげんに首を振った。顔からはまだ薄笑いが取れない。浅川は不意の怒 りに襲われて、ヒステリックに声を上げた。 「おまえ、信じてないんじゃねえのか ! オレの話したこと : : : 」 爆弾と知らず開いた小包のように、何の準備もなくビデオを見てしまった浅川には、そ れ以外に竜司のニヤけた笑いを説明する言葉がなかった。あれほどの恐怖を経験したのは 初めてだ。しかも、終わったわけではない。あと六日間。恐怖は真綿で首を締めるように じわっじわっと輪を縮めてくる。先で待ち構えるのは、死。それなのに、こいつは、自ら 進んで、あのビデオを見たいなどと言う。 こわ 「でかい声出すなって。オレが恐がってないもんだから、不満なのかい ? しし、刀、浅Ⅱ . 前にも話した通り、オレはもし見れることなら、世界の終わりを見たいと思っている人間

9. リング

103 「別に、なにも : 浅川は竜司の母親の声を初めて聞いたが、特別緊張の響きが含まれていたとは思えない。 「背後でガャガヤ人の声がしたとか : : : 」 「いや、べつに。そんなことはなかった。ごく普通の朝の食卓って雰囲気だ」 「そうか、それならいいんだ。ありがとよ」 「なあ、どういうことなんだ ? なぜ、こんなことをする ? 」 竜司はどこかほっとした表情を浮かべ、浅川の肩に腕を回して顔をぐっと自分のほうに みみもと 引きつけ、ロを耳許にもっていった。 「おまえは、ロもかたそうだし、信頼が置ける。だから、話してやる。実はよお、オレ、 今朝の五時頃、女を犯してきた」 浅川は驚きのあまり声も出なかった。明け方の五時頃、竜司は、アパートに一人住まい の女子大生の部屋に忍び込んで乱暴し、警察に訴えたら承知しないそと脅し文句を残して、 そのまま学校に来てしまったというのだ。だから、ひょっとして今頃、警察が家のほうに グ来てはいないかと気になり、浅川に電話をかけさせて家の様子を探らせた。 ンそのことがあって以来、浅川と竜司はしばしば口をきくようになった。もちろん浅川は イの砲 竜司の犯罪を人に言いふらしたりはしなかった。そして、翌年、竜司はインター ( 丸投けで三位に入賞し、そのまた翌年には現役で大学医学部に入学した。浅川といえば、 そのまた翌年、一浪の末、ようやく有名大学の文学部に合格したのだった。

10. リング

303 竜司は電話のところまで這って浅川の家の番号を回しかけたが、直前で、彼は今大島に いることを思い出した。 : あの野郎、びつくりするだろうな、オレが死んじまったらよお。 胸への強い圧迫が、肋骨をきしませる。 竜司はそのまま、高野舞の番号を回した。生への激しい執着と、あるいは最後に声だけ でも聞きたいという願いと、そのどちらが高野舞を呼び出そうという衝動を生み出したの か、竜司自身区別がっかない。ただ、一方では声がする。 あきら ・ : 諦めろ、彼女を巻き込むのはよくねえ。 だが、もう一方では、まだ間に合うかもしれねえという希望の声。 机の上の時計が目に入った。九時四十八分。竜司は受話器を耳に当て、高野舞が電話ロ に出るのを待った。頭がムズムズとして無性にかゆい。頭に手をやってポリポリかくと、 何本かの髪の毛が抜ける感触があった。二回目の呼び出し音が鳴ったところで、竜司は顔 を上げた。正面の洋服ダンスには縦長の鏡がついていて、そこに自分の顔が映っていた。 グ竜司は肩と頭で受話器をはさんでいるのも忘れ、ぎよっとして鏡に顔を近づけた。その拍 子に受話器は落ちたけれど、竜司は構わず鏡の中の自分を見つめた。鏡には別の人間が映 すきま っていた。頬は黄ばみ、干乾びてゴワゴワとひび割れ、次々と抜け落ちる毛髪の隙間には 褐色のかさぶたが散在している。 ・ : 幻覚だ、幻覚に決まっている。竜司は自分に言い聞 かせた。それでも感情を抑制することはできない。床に転がった受話器から、「もしもし」 ほお ろっこっ