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検索対象: 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩
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1. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

317 蜻蛉 胸にしみて悲しいお話ではありませんか。わたしも昨日ち お方であろう。宮がお目をかけておられる方々にしても、 らと耳にしたことでした。あなたがどんなにお嘆きかと、 それそれに並一通りでなく、このうえない方々ばかりなの ひと お見舞も申しあげなければと考えておりながら、ことさら に、それをさしおいて、この女にお心のありたけを傾けら どキ、よう ずほう 他人にお漏しにならぬことのようにお聞きしておりましたれ、世間で大騒ぎをして修法だの読経だの祭りだの祓えだ ので」と、何くわぬふうにおっしやるけれども、ご自身で のと、その道々の者たちが忙しくお勤めしているのは、こ ひと もまったくこらえがたいお気持になられるので、言葉少な の女をお思いになるあまりのご病気のせいだったのだ。い にしていらっしやる。大将は、「しかるべき筋のお相手とや、この自分とても、これほどの高い身分で、当代の帝の してでもお目にかけたいと考えておりました者でして。 御娘を賜っておりながら、この女をいとしく思わずには、 や、しぜんお目にとまることもごギ、いましたでしょ , つか、 られなかった気持は宮に劣っていただろうか。まして、今 やしき お邸にもお出入りする縁故がございましたのですから」な は亡くなってしまったのだと思うと心を静めようにもすべ どと、少しずつ当てつけて、「ご気分のすぐれないときに がないではないか。とはいえ、もう嘆いてみたところで、 は、こうした埒もない世間話をお耳にお入れ申してお心を それも愚かしいことだ。未練がましいことはやめよう」と 騒がせられるのも不都合なことでございます。どうそ十分悲しみをこらえてみるけれども、あれやこれやさまざまに お大事になさいまし」などと申しあげておいて、大将はお 心が乱れて、「人木石にあらざればみな情あり」とロすさ 帰りになった。 んで臥せっておいでになる。 大将は、「よくもまあ宮は思いつめていらっしやったも 女君の野辺送りの作法なども、じっさい簡単にすませて ひと のよ。してみると、あの女はほんとに薄命な一生だったけ しまったのを宮のほうではどうお思いであろうか、と大将 れど、さすがにすぐれた宿運に恵まれたのだった。宮は当 はいたわしくもあり、またはりあいもないことともお思い みかどきさき 代の帝や后があれほどまでに大事にしておられる親王であ になり、「母親の身分が低く、残された兄弟のある者は簡 り、顔だちや風姿からして、当今の世の中にはまたとない 略に、などと世間ではよくそんなことを言うようだし、そ ひと

2. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

源氏物語 282 この自分に対してじりじり思いつめていらっしやる宮にし るので、親に大事がられる身はなんとも窮屈なもの、とお うわさ ても、やはりじつに移り気なご性分のお方ともつばらの噂 嘆きになるのももったいないことである。あれこれと尽き なのだから、今しばらくの間はともかく、やがてはどうな せぬ思いのたけをお書きになって、 ることか。あるいはまた、このままお見捨てなく京にそっ ながめやるそなたの雲も見えぬまで空さへくるるころ とお囲いくださって、これから先もずっと通い人としてお のわびしさ しの ( あなたのことを恋い偲んで眺めやる宇治の方角の雲も見え世話くださるとしても、そうなれば今度は二条院の上がな ないくらいに、このわたしの心ばかりか空まで真っ暗になっ んとお思いになることか。万事この世は隠し通せるもので ているこのごろのなんとわびしいことよ ) はないのだからーーあのけしからぬお仕打ちのあったタ暮 の出来事、ただそれだけの縁によって、宮はこうして自分 筆にまかせて散らし書きをしていらっしやるのも、おみご ふぜい とであり 、、かにも風情がある。とくにそう分別のあるわをお捜し出しになったようだから、なおさらのこと、自分 がこの先どのような有様でいるにしろ、それを大将がお聞 けでもない若い女、いには、こうした宮のお気持に接しては きつけにならぬはずがあろうか」と、あれこれと考えてい 恋しさが一段とつのるにちがいないけれど、最初から契り くと、自分としてもこちらの落度から大将に疎んぜられ申 を交された大将の様子が、やはりそのお方のほうはなんと いってもほんとに思慮深くてお人柄がご立派であると思わすのはなんとしてもつらくてたまらぬことにちがいない、 と思案に乱れている折も折、その大将殿からお使者がやっ れたりするのも、男女の仲を知った初めてのお相手だから てきた。 であろうか。「このような情けないことを大将がお耳にな これとあれとお二方のお手紙を見比べるのも、まことに さって、この自分に愛想づかしをなさるようなことになっ いやな気持なので、やはり綿々と言葉を連ねてある宮のお たら、どうして生きておられようか。早く京に迎えられる 手紙を見ながら横になっていらっしやると、侍従と右近と ようにと気をもんでいる母君からも、とんでもないけしか が、顔を見合せて、「やはり宮にお気持が移ったのですね」 らぬ娘よと、さぞかし見放されることになろう。こうして

3. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

( 原文一四三ハー ) きわめたわけではないから自分には分らないけれども、夜とを、こうした御里住みの間になさっておいでですか」な 寝覚めがちに所在ないのだから多少は色めいたしぐさもま どと、気もなさそうにお尋ねになる。「姫宮はどちらにい ねてみようか」などと思ってみるにつけても、やはり今は らっしやっても、別段これといっては。いつもただこ , っし その気になれない。 てお暮しあそばすようです」と言うので、大将は、なんと わたどの 三 0 〕薫、女一の宮を想大将は例によって西の渡殿に、先日結構な御身の上よ、と思うにつけても、わけもないため息 いつつわが宿世を思うと同じようにわざわざお越しになる がついうつかりもらされたのも、これはおかしなとあやし が、それもおかしな話である。姫宮が夜になって御母后の む人があってはと、それを紛らわすために、差し出された わごん もとにおいでになったので、女房たちは月を見るとてこの和琴をただそのまま調子も調えずお掻き鳴らしになる。律 渡殿にうちくつろぎ、おしゃべりに興じている折なのであ の調子は、響きが不思議にも秋の季節にふさわしく聞える 」と そう つまおと った。箏の琴をじつにやさしく手すさびに弾いている爪音 ので、聞きにくいはずもないけれども、しまいまでお弾き にはならないのを、なまじ聞かせていただいただけにかえ がおもしろく聞える。大将が不意にそば近く寄っていらっ しやって、「どうしてこうも人を悩ませるような音色に弾って、と音楽に熱心な女房は死なんばかりに残念な気持に いていらっしやるのです」とおっしやると、一同が驚いた なっている。大将は、「わが母宮とてこの姫宮に負けをお すだれ ようであったが、少し巻き上げてあった簾を下ろしたりな とりになるご身分だろうか。こちらは后腹と申すだけの違 みかど どもせず、起き上がって、「でも、こちらには似ているよ いはあるにしても、それそれの父帝がたいせつにお育てあ 蛉 うな兄がございましようか」と応対する声は、あの中将のそばした有様は変りがなかったものを。なんといってもや おもととか言った女房なのだった。「いや、このわたしこ はりこの姫宮が格別に貴いご運勢でいらっしやったのは、 そ姫宮の御母方の叔父なのですが」と、たわいもないこと なんとも不思議というものだ。明石の浦は奥知れない所で をおっしやって、大将は、「姫宮はいつものようにあちらあったな」などと、さまざま思い続けるにつけて、この自 の母宮のおそばにいらっしやるようですね。どのようなこ分の宿運はじっさいたいしたものなのだ、もしもそのうえ か

4. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

なく、行く末長く頼りになりそうなお心柄なども、格段に この春のころに、都合がよかったらそちらへお移しするこ ふらち . りムうけん すぐれていらっしやる。あまりにも心外不埒な自分の了簡とにしましよう」と、大将がそのお心づもりをおっしやる などが、もしもこのお方のお耳にはいりでもしようものな につけても、女君は、「宮が、落ち着いて逢うことのでき 語 物ら、それこそ容易ならぬ恐ろしいことになるだろう。不思 そうな所を用意したと昨日もお便りくださったものを、こ 氏 議なくらい正気の沙汰とも思えぬほど打ち込んでくださっ うした大将殿のご用意もご存じなくてそんなつもりでいら 源 ている宮をお慕いするのは、まったくそんなことのあって っしやるとは」と、胸がいつばいになってくるが、けっし てそちらになびいていいわけのものではないのだ、と思う はならぬ軽々しい踏みはずしなのだ。この殿から厭わしい まなかい 女と思われ、お見限りになってしまわれたら、そのときの とすぐさまに、先日の宮のお姿が幻となって眼間に浮んで 心細さがどんなものかは、これまでよくよく身にしみて分 くるので、我ながらなんと情けなくあさましいこの身よと っていることなので、女君のあれこれと思案に乱れている、 思い続けて泣いてしまった。大将は、「あなたのお気持が、 おももち こんなにくよくよなさらずおっとりとしていたときのほう その面持を大将がごらんになって、「しばらく逢わずにい が、わたしは落ち着いていられてうれしかったのに。誰か た間に、格段に世の中の人情が分ってきて、ずっと大人ら すみか しくなったものよ。こうした所在ない住処だから、思いの限 がわたしのことで何かあなたにお聞かせしたことでもある のですか。少しでもあなたに対していいかげんな気持でし りをしつくしているのであろう」とお思いになるにつけて もいじらしいので、いつもよりも心をこめてお慰めになる。 たら、こうまでして訪ねてまいれるようなわたしの身分で 「あなたのためにいま造らせている所は、おいおい見られもないし、また容易な道のりでもありますまいに」などと るようになってきましたよ。先日検分してきましたが、こ おっしやって、折からの月初めのタ月夜に、少し端近な所 こよりも懐かしい水のほとりで花見もおできになれそうで に横になって外の景色を眺めていらっしやる。男は、過ぎ す。三条宮もすぐ近い所です。離れていて明け暮れ案じて去った日の悲しい恋をお思い出しになり、女は女で、今か いるとい , っこともこれからはしぜんなくなるでしようから、 らその身に添う憂いを嘆き加えて、お互いに物思いの尽き

5. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

いとばかりお思い申している。「いや、気のきかないことわれ、またこの宮に対しては女房たちがすっかりなれなれ しくお打ち解け申しているらしいのも不本意でならない。 3 でした。道をあけることにいたしましよう。とりわけ、あ あして何かご遠慮なさっているのはそのわけがきっとある「宮の熱心で強引なおふるまいに、女のほうはあのように 語 して負かされ申すことになるのだろう。この自分のほうは、 物のでしようから」と言って、大将がお立ち出でになるので、 自分たちの誰もがこのように慎みのない者ばかりだろうと宮との御ゆかりのこととなると、なんとも残念なことにい 源 まいましくつらいことばかりではないか。なんぞして、こ お取りになるのがつらい、と情けながっている女房もいる。 ひと 〔一九〕薫、女房らへの感大将は東の高欄に寄りかかって、折のあたりの女房の中にも、そうありふれた女ではなく、例 想につけ中の君を偲ぶからタ日の傾いていくにつれて、花 によって宮が夢中になって打ち込んでおられるような女が にわさき のひもとくお庭前の草むらを見渡していらっしやるが、たあったら、それをこちらのものにして、自分が苦しい思い はらわた だ無性にせつないお気持になられて、「中に就いて腸断ゅをさせられてきたのと同じように、せめて宮にも穏やかな ひと るは秋の天」という句を、ひっそりと口ずさみながらすわらぬ思いを味わわせてあげたいもの。真実、思慮のある女 であったら、自分のほうに心を寄せてくれるのが当然では っておいでになる。すると、先ほどの女房のそれとはっき ふすま ないか。とはいえ、そうした物事の分る心の持ち主は、め り分る衣ずれの音がして、母屋の襖の所を通って向こうに ひょうぶきようのみや ったにいるものではない」と思うにつけても、「対の御方 はいって行くようである。ちょうどそこへ兵部卿宮が歩い ていらっしやって、「今ここからあちらへまいったのは誰が、宮のおふるまいをふさわしからぬものに思い申されて、 なのか」とお尋ねになると、「姫宮の御方の中将の君でご この自分との仲がとんでもない方向に進んでいく、そうし ざいます」と申しあげる声がする。なんと不都合な答えよ たことで世間の思惑を苦にしながらも、やはり振り捨てが まれ たいものと分ってくださっているのは、思えば世にも稀な うではないか、あの女は誰なのかと、かりそめにもせよ目 をつけている男に、すぐさまこうして無造作にその名を申お方と胸うたれるではないか。そのようなわきまえのある ふびん しあげることがあるものかと、大将はその女房が不憫に思女が、大勢の女房たちの中にいるだろうか、立ち入って見 きぬ ひと

6. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

な気がいたしますので」と申しあげなさるので、女宮は、 はいよいよやきもきなさって、ご自分の御乳母の、遠国の 「どのようなことに気がねしなければならないのか私には受領の妻となって下国する者の家が下京にあるので、「ご ひと 分りませんものを」とお答えになる。大将は、「主上にな く内密にしている女を、しばらくかくまっておきたいのだ ど、あしざまにお耳に入れる人もございましよう。世間の が」と、ご相談になられたところ、その受領は、どういう 人のロの端というものはまったくにがにがしく不都合なも人だろうかと不審に思うものの、宮が重大なことのように ひと おそ のでございますよ。しかし、その女は人並に取り沙汰されおばしめしなので、お断りするのも畏れ多く、「それでは るほどの者でさえございますまい」などとお申しあげにな どうそ」と申しあげたのだった。宮はこの隠れ家をご用意 る。 なさって、多少ほっとしたお気持になられる。その受領は、 〔一三〕薫の準備の様子こ大将は、この女を新しく造った家に この三月の末ごろに任国に下る予定だったから、すぐその とごとく匂宮に漏れる引き取ってしまおうとお思いたちに 日のうちに女君を引き取ろうと、お心づもりあそばす。 なるが、さてはそのための新築だったのか、などと派手に 「これこれのつもりなのです。けっしてご油断なく」と女 吹聴する者がありよしょ 。オいかなどと、それが困るので、ご君のもとへ言っておやりになりながらも、ご自身でお出向 ふすま く内密に襖を張らせる仕事などを、なんのことはない、ほ きになるのはとてもご無理でいらっしやるが、一方、宇治 おおくらのたい かに人もあろうに、あの内記が妻とする人の父親で大蔵大のほうでも、乳母がじっさいやかましいので、宮をお迎え 輔を勤めている者に、気心が知れていて心安く頼めるとい するのもむずかしかろう由をお知らせ申しあげる。 舟 うところから仰せつけになったものだから、話が次々に伝 三三〕中将の君来訪、弁大将殿は、女君のお引取りを四月十 わって、すべて残らず宮のお耳にはいってしまったのだっ の尼と語る浮舟苦悩日と決めていらっしやるのだった。 ずいじん 浮 た。「何人かの絵師なども、御随身たちのなかから親密な女君は、「さそふ水あらば」という気にもなれず、我なが 家司などをお選びにな 0 て、内々とは申せ、さすがに念入ら不可解な、い 0 たいこれからどうしたらよいのだろう、 りにお描かせになっておられます」と申しあげるので、宮 とひたすら水に浮いているような不安をおばえるいつばう ひと めのと

7. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

まな演奏が行われるなかにも、宮のお声はまことにおみご大将が同じ気持であるのも胸にこたえる。なんとつらいこ うめえ うた となもので、「梅が枝」などをお謡いになる。何事によら とよ。これほど情の深い最初からの男をさしおいて、この なんびと ひと ず、何人よりも格別にお上手でいらっしやるお方であるの自分のほうに思いを寄せてくれるはずの女がどうしてあり 語 物に、たわいのない色恋沙汰に夢中におなりになるのだけが、 えよう」と、いまいましくお思いになる。 罪深いご性分であった。 明くる日の朝、雪がじつに高く積っていた折、宮は昨夜 源 みかど 雪がにわかに降り乱れ、風などもはげしいので、管絃の の詩を献上なさろうとして帝の御前に参上なさったが、そ とのいどころ お遊びも早くに切りあげた。この宮の御宿直所に人々が参のお顔だちはこのごろまさに男盛りのお美しさである。あ 上なさる。お食事を召しあがったりしてしばらくお休みに の大将の君も宮と同じ年ごろで、もう二つ三つお年上とい なっている。大将がどなたかになんぞ仰せになろうとして うちがいもあってか、少し大人びていらっしやるご様子や 少し端近くに出ていらっしやると、雪のしだいに積ってゆ 心づかいなどが、わざわざこしらえたようで、高貴な男の くのが星の光にうっすらと見えているなかで、「闇はあやお手本にすることもできそうなお方でいらっしやる。帝の なし」さながらの香りを思わせるような御身の薫り、風情御婿の身として何一つ不足はないと、世間の人もそれを当 ころも - ) よひ ぎんしよう で、「衣かたしき今宵もや」と吟誦していらっしやるのも然と思っているのだった。学問などにかけても、また政治 おく こうしたなんでもない一ふしを口ずさみにおっしやる向きのことにかけても、誰に後れをおとりになることもあ のにもしみじみとした風情のそなわっているお人柄である るまい。詩の披講が終ってから、どなたもご退出になる。 から、なんとなくじつに奥ゆかしい感じである。ほかにい 宮の御作詩を人々がおみごとなものと感心し、朗吟してほ くらも歌があるだろうに、宮は寝たふりをしながら、お心 めそやしているけれども、ご本人には格別の関心もおあり が波立っている。「あの宇治の女に対していいかげんな気でなく、 いったい皆どんなゆとりがあってわざわざこんな ひと 持ではないようだな。あの女の寂しい独り寝に思いを馳せ ことをしているのだろうと、お気持はただうわの空で、あ ているのはこの自分だけだろうという気がしていたのに、 らぬ思いに虚けていらっしやる。 ひと やみ うつ

8. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

57 浮舟 匂宮「いと忍びたる人、しばし隠いたらむ」と語らひたまひけれま、 。いかなる一六「いと忍びて」とはいえ。 宅薫が浮舟を引き取ってしまっ 人にかはと思へど、大事と思したるにかたじけなければ、受領「さらばと聞ては一大事、という焦燥感。 天宮自身の乳母で、遠国の受領 まう ニ 0 つごもり こえけり。これを設けたまひて、すこし御心のどめたまふ。この月の晦日方にの妻として下る者の、その夫の家 が下京あたりにあるのを。 くだ 下るべければ、やがてその日渡さむと思し構ふ。匂宮「かくなむ思ふ。ゅめゅ一九内密の女をかくまいたい意。 薫に先立ち浮舟を引き取りたい。 うち め」と言ひやりたまひつつ、おはしまさんことはいとわりなくある中にも、こ ニ 0 乳母らは三月末ごろに離京。 ニ一決して人に気取られぬように。 こにも、乳母のいとさかしければ、難かるべきよしを聞こゅ。 一三宮自身が宇治を訪れることは。 ニ三↓「さかしき乳母」 ( 五一ハー末 ) 。 うづき 大将殿は、四月の十日となん定めたまへりける。さそふ水 = 四浮舟引取りの日程を。 三三〕中将の君来訪、弁 一宝「わびぬれば身をうき草の根 の尼と語る浮舟苦悩 を絶えて誘ふ水あらばいなむとそ あらばとは思はず、いとあやしく、いかにしなすべき身に 思ふ」 ( 古今・雑下小野小町 ) 。 ニ六 かあらむと、浮きたる心地のみすれば、母の御もとにしばし渡りて、思ひめぐ = 六「浮き」は、前注の歌にもよる が、「浮舟」の歌 ( 四七ハー ) 以来、わ ずほふ が身を形象。↓五五ハー注一三。 らすほどあらんと思せど、少将の妻、子産むべきほど近くなりぬとて、修法、 毛左近少将の妻、浮舟の異父妹。 どきゃう 読経など隙なく騒げば、石山にもえ出で立つまじ、母ぞこち渡りたまへる。乳昨年八月結婚。出産は五月ごろか。 夭こちら宇治の浮舟のもとに。 さうぞく 三 0 母出で来て、「殿より、人々の装束などもこまかに思しやりてなん。いかでき ニ九薫から、女房の着物までも。 三 0 なんとか無難に万事準備を。 よげに何ごともと思うたまふれど、ままが心ひとつには、あやしくのみぞし出三一乳母。ここは自称。↓一一三 三ニ宮に連れ出されることや、宮 との仲が露顕することなど。 ではべらむかし」など言ひ騒ぐが、心地よげなるを見たまふにも、君は、「け ひま ニ九 だいじ ニ七 ニ四 め かた 三ニ

9. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

275 浮舟 ( 原文四三ハー ) ぬ面持である。 とはあるまいから、それをいかにも危なそうにしてくよくよ かすみ 山のほうは霞に隔てられており、寒々とした洲崎にたた することはないのです ) ふぜい すむ鵲の姿も、場所が場所とて風情のある眺めであるが、 わたしの気持は今にお分りになりましよう」とおっしやる。 宇治橋がはるか遠くまで見渡されるところへ、柴を積む舟女君は、 があちこちで行きちがっているなど、よそではあまり見ら 絶え間のみ世にはあやふき宇治橋を朽ちせぬものとな れないものばかりいろいろと取り集めている所なので、大 ほたのめとや 将はごらんになるたびに、やはりあの当時のことがたった ( 絶え間ばかりが多くて危ない宇治橋ですのに、それでもや 今のように感じられて、ほんとにこうした姫宮にゆかりの はり朽ち絶えるものがないものと思って頼りにせよとおっし 人でなくとも、向い合っているだけでも、なかなか得がた やるのでしようか ) おうせ い逢瀬の情けのほども尽きぬというものである。なおさら大将は、これまでよりもいっそう見捨てては帰りにくく、 とうりゅう のこと、この女君が懐かしいお方になそらえてみても、そ ほんのしばらくの間でもここに逗留していたいと思わずに うひどく劣っているわけではなく、だんだんと人の心も分はいらっしゃれないけれども、世間の取り沙汰がわずらわ ってきて、都の風情になれてゆく様子がかわいらしいにつ しいので、いまさらそれも愚かしかろう、いずれ気がねの けても、以前より格段にたちまさってきたような心地がな いらない形にして逢うことにしよう、などとお思い直しに さるのだが、女のほうは、さまざまの思いのつもる胸の中なり、夜明け前にお帰りになった。じっさいよくもあれだ に催される悲しみの涙がどうかするとあふれてくるのを、 け大人らしくなったものよと、以前にまさっていじらしく 大将はどう慰めることもおできにならず、 お思い出しになるのであった。 さくもん 「宇治橋の長きちぎりは朽ちせじをあやぶむかたに心 〔一六〕薫の浮舟を偲ぶ吟二月十日ごろ、宮中で作文の会のお さわぐな 誦に、匂宮焦慮する催しがあるというので、この宮も大 ( 長い宇治橋のように末長いわたしたちの縁は朽ち絶えるこ将もそろって参内なさった。折にふさわしい管絃のさまざ かささぎ

10. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

ない」などと何かにつけてかわいそうにお思いになる。死るにつけても、「もしあの女が生きているのだったら今夜 けが の穢れということもあるまいけれど、お供の人の手前もあ はこうして帰っていくこともなかろうに」と、そんなこと あいさっ るので、屋内にはお上がりにならず、お車の榻をお取り寄ばかり思っていらっしやる。尼君に挨拶をお取り次がせに 語 つまど 物せになって妻戸の前に腰かけていらっしやったのだが、そ なったけれども、「ただもうまったく忌まわしいこの身の 氏 れも見苦しいので、こんもりと茂っている木の下に苔を御上をばかり思いつめておりまして、いっそう何のわきまえ 源 敷物にしてしばらくすわっていらっしやる。これからのち もなく惚けておりまして、ただうち臥しております」と申 はここへやってくることもつらく情けない心地がするにち しあげて、こちらへは出てこないので、わざわざお立ち寄 とばかりあたりをごらんになって、 りにはならない。大将はお帰りの道すがらも、女君を早く われもまたうきふる里を荒れはてばたれやどり木のか に京へお引き取りにならなかったことが悔まれ、川の水音 なきがら げをしのばむ が聞えている間はお気持が乱れるばかりで、「せめて亡骸 ( このわたしまでがまた、この疎ましい思い出の宇治の古里 だけでもと思うのに、それさえも捜し出せぬままとは、な を捨て去って、荒れるにまかせてしまうことになったら、 んと情けない仕儀ではあるよ。 いったい女君はどんな有様 ったい誰がこの宿に昔を偲ぶことになるだろうか ) になって、どこの水底の貝殻といっしょになっているのだ あじゃり 山寺の阿闍梨は、今は律師になっているのだった。大将ろう」などと、やりばのないお気持になっていらっしやる。 はその律師をお呼びになって、女君の法事のことについて 〔 0 薫、中将の君を弔あの母君は、京の邸で子を産むはず さしず 指図をおさせになる。念仏の僧の人数をふやしたりしてい 問、遺族の後援を約束になっている娘のことで、穢れをや らっしやる。さだめし罪障の深い女君の死にざまとお思い かましく避け慎んでいるので、いつもの自邸には帰ってい になるので、それの軽くなるような追善を行うべく、七日 くこともできず、落ち着かぬ仮住いばかりしていて、気持 七日に経や仏像を供養するようになど、その旨をこまごまの安らぐ折もないうえに、またこちらの産婦のほうもどう と仰せになって、すっかり暗くなったので京へお帰りにな なることかと案じていたが、これは無事にお産がすんだの ( 原文一一七ハー ) しの しじ ひと やしき