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週刊東洋経済 2017年3月25日号

震災時の居場所を共有し 家族の絆を支える ココダ』 夏野剛が認めた、いまの時代だからこそ必要なサービス 列島を揺るかす大規模災害となった東日本大震災から 6 年か経過した。その後も震 度 5 を超える地震は断続的に発生し、多くの被害をもたらした昨年の熊本地震も記憶 に新しい。天災は忘れた頃にやってくる。被害を最小限に食い止めるためには日頃の 備えか大切た。ゼネテックか開発した防災アプリ『ココダヨ』はそうした需要に応え、 大切な家族の安心・安全をサホートする。 制作・東洋経済企画広告制作チーム B 5 ー e55 ゼネテック 東京湾北部 2016 年 9 月 21 日 13 時 12 分 最大震度 6 弱 マグニチュード 無事を報告する 000 ・ 00 ・ 18 : 鈴木家 0 かなり揺れたけど、大丈夫 ? > 111111 111111 イをイ 18 : 35 山梨の実家 ・こちらはみんな無事です。〉 マイベージ 避難所報 災書情報 3

世界 2016年07月号

は、神戸にずっと住んでいて、一二年前に、阪神・淡路大震 が借り上げて被災者に供与する「みなし仮設」を意味する。 災に出くわした。この地震からの住まいの再建は、参考にな 避難所に身を寄せる人たちの多くは、公的支援を必要とし、 それ以外に避難所を出る手立てをもっていない。「生活再建る先例が乏しいことから、手探りで進められた。しかし、そ れ以降、大規模な災害が増え、住宅復興の経験が重ねられた。 で不安に感じること」では「住宅」 ( 七五人 ) 、「今、行政にカ 鳥取西部地震 ( 二〇〇〇年 ) 、新潟県中越地震 ( 〇四年 ) 、福岡 を入れてほしいこと」では「住宅の支援」 ( 七〇人 ) が目だっ 県西方沖地震 ( 〇五年 ) 、能登半島地震 ( 〇七年 ) などでは、住 て多かった。同社が震災発生から間もない一〇日後に実施し 宅被害からの回復が重要な課題となった。さらに、二〇一一 たアンケート調査では、避難理由の五割強は「余震が怖い」 であった。住宅安定を得られず、公的対策を求める人たちの年に東日本大震災が発生し、大津波に襲われた東北太平洋沿 岸地域では、大量の住宅を建てる事業がいまなお続いている。 避難が長引いている。 災害時の市町村は、被災者の申請に応じ、住宅被害の状況加えて、近い将来、とてつもなく大規模な震災が発生すると いう予測がある。大災害が珍しいとはいえない時代がすでに を調べ、その程度を認定する罹災証明書を交付する。被害の はじまっている。 度合いは、「全壊」「大規模半壊」「半壊」「一部損壊」などに ここで重要なのは、阪神・淡路大震災のときに「単発の特 分けられ、さまざまな被災者支援策の適用の根拠となること から、被災者にとって、重要な意味をもつ。罹災証明書の発異な仕事」のように感じられた住宅復興は、いまでは「一連 の経験」のなかにある、という点である。住まいを再生に導 行は、調査に必要な人手が不足し、さらに余震、悪天候が重 を く手段は、多くの工夫を施され、少しずつ発展してきた。こ なったことから、円滑には進まなかった。熊本県によると、 生 再 の文脈のなかで住宅復興に挑戦するには、過去の教訓をふま 申請は五月一八日までに一一万二七六〇件に達したのに対し、 の ( 3 ) えて政策をつくり、さらに " 目の前。の状況に取り組むとこ 発行は三万五九八四件 ( 三一・九 % ) にとどまった。この点は、 住 罹災証明書の調査・交付に関する体制のあり方についての再ろから新たなアイデアを試す、というアプローチが必要かっ に 可能になる。熊本地震の被害から住む場所を取り戻す施策も 地検討の必要を示唆した。 また、孤立・完結した仕事ではなく、これまでの災害経験の 「特殊な仕事」から「一連の経験」へ 震 延長線上に位置している。 地 熊では、住宅復興の政策をどのように組めばよいのか。筆者 ロ

世界 2016年07月号

県栗原市築館で観測されただけである。熊本地震では、四月 日震 みやぞの 6 地 引な低 一四日の前震で熊本県益城町宮園、四月一六日の本震で熊本 4 主が にしはらこもり ~ の 県西原村小森と益城町宮園で震度 7 が観測された。ただし、 時 3 布 分層れ④ 日 0 断ず 本震の震度については、説明が必要である。当初気象庁は、 みなみあそ きくち 3 正横間 おお 月 3 四月一六日の本震で、熊本県南阿蘇村、菊池市、宇土市、大 づまちかしままちうき ャ : っし 帯ま 津町、嘉島町、宇城市、合志市、熊本市で震度 6 強が観測さ 層分 断 0 活区 れたと発表した。四月二〇日一八時になって、益城町宮園と の間間 久齠 中区区 西原村小森の現地調査によるデータの回収と解析で、震度が 奈 の久岸 帯奈北 7 であったと発表したのである。もちろん熊本県の広い範囲 帯祐 層日島 断②半 層月 で震度 6 強が観測され、甚大な被害が予想されていたが、一 / 、。各間土 区⑥ 四日の前震によって被災したことで、一六日の本震のデータ ⑥旗 田本 ら白間 が送られなくなったことは、今後改善すべき課題である。 か一区 ①野土 の高宇 図①⑤ 前震、本震、余震 島で初めて適用された。この時の震度 7 は、神戸市内などの 四月一四日夜の地震は、地震規模がマグニチュード 6 ・ 5 、 甚大な被害を後から調査して初めて分かった値であった。当 一六日末明の地震は、マグニチュード 7 ・ 3 の大地震であっ 時問題となったのは、最も被害の大きなところからは、被害 た。一連の地震活動でマグニチュードが最大のものを本震、 の状況が報告されず、強い揺れが生じたことが直ちには分か それより前に発生したものを前震、後で発生した地震を余震 らずに、応急対応に支障が出たということである。そこで、 という。これは地震学で用いられる学術用語であり、本来は、 神戸の震度 7 の教訓から自動的に震度が報告されるように、 地震活動が終了した段階で、どの地震が本震であるかが識別 計測震度のシステムが導入されたのである。 される。しかし、防災的観点から、時々刻々と変化している その後、震度 7 は二〇〇四年新潟県中越地震の時に新潟県地震活動の推移をみながら、リアルタイムで判断しなければ 長岡市東川口、一一〇一一年東北地方太平洋沖地震の時に宮城 ならないことがある。今回の地震では、一四日夜の地震はマ 4 月 16 日 M7.3 4 月 14 日 M6.5 4 月 15 日 M6.4 つきだて

世界 2016年07月号

135 、、、ひらた・なおし東京大学地震研究所教授。地震研究所地震予知 研究センター長。東海地震判定会会長。文部科学省首都直下地震防 災・減災特別プロジェクトリーダーな ども務めた。専攻は観測地震学。著書 に「首都直下地震」 ( 岩波新書 ) ほか。 ~ 一問いかけるもの平田直 って決められている指標であった。そのため、建物の種類や 熊本地方を襲った大地震は、改めて日本が地震列島である ことを私たちに知らせることとなった。激しい揺れは今も熊都市構造の相違によって、各国で異なる震度階級が用いられ ている。例えば、欧米などでは改正メルカリ震度階震 本、阿蘇、大分地方で続いている。小論では、熊本地震から 度 ) が用いられている。震度では、 1 から肥の震度階級 学ぶ教訓は何なのかを考えてみる。 がある。 ニ度の震度 7 現在日本で用いられている震度は 0 から 7 まであり、震度 5 と震度 6 には、 5 弱、 5 強、 6 弱、 6 強があり、全部で間 九州中部には多くの活断層があり、地震活動が活発な地域 ましきまち 階級である。震度 7 は、一九四八年の福井地震の被害の程度 だ。益城町で震度 7 を観測した四月一四日夜九時半の地震は、 ひなぐ が、その時点での最高震度階級である震度 6 では適切に表わ 九州中部の日奈久断層帯の北端、高野ー白旗区間で起き、そ ふたがわ の二八時間後の一六日未明に起きた地震は布田川断層帯北東せないことから、一九四九年一月から設けられた震度階級で ( 2 ) ある。さらに、日本では一九九六年四月から、震度計という 側の布田川区間で発生した。これらの二つの地震で、益城町 では震度 7 の揺れが二度観測され、大きな被害がもたらされ計測装置で測定した値が用いられている。これを計測震度と た ( 次頁図 1 ) 。 震度 7 は、一九九五年の兵庫県南部地震で、神戸市や淡路 震度は、元来は体感や周囲の揺れの状況、被害の程度によ 正 本旨ロ育の 地震 「内陸の浅い地震」カ 世界 SEKAI 2 0 16.7

反・幸福論 (新潮新書)

く人智・人力を超えた絶大な自然の威力です。改めて、人間の「幸福」というものも、 すべてこの自然の手のひらに乗っている本当にささやかなものにすぎないということを 思い知らされるわけです。 東京都知事の石原慎太郎氏はこの絶大な威力を「天罰」だといいました。もちろん、 りさい 石原氏が言ったのは罹災者たちのことではなく、「我欲」にはしる今日の日本人に対し ての比喩的な言い方です。今後、おそらく東海、南海、東南海地震、そして東京大地震 もくるでしよう。今回の地震はその中のひとつだと見ておいた方がよい。「天罰」とい うのも、このすべてをあわせた日本人全体へ向けられた言い方です。 昔の人も、人智・人力を超えた想像を絶する災害を「天災」といい、それを「天罰」 しわざ や「神罰」だといったりした。リ 涓り知ることのできない「天」の仕業なのです。 震災からの数日はあらゆるテレビ局がずっと震災関連の生番組を放映していました。 数日たってようやく一、二の民放が夜遅くなって通常番組を放映し始めました。チャン ネルを切り替えてみると、いつもよくでてくるお笑いタレントたちが大声で笑いはしゃ いでいます。私は結構テレビを見る方で、この種のバラエテイも何の気なしによく見て いたのですが、この時ほどバカバカしく感じたことはありません。被災地の光景とこの 740

PRESIDENT 2016年5月16日号

↓・ N E W S F 一 L E 熊本地震「病院で感じた『東日本大震災』との違い」 四月一四日、熊本県・益城町周辺をない医師もいました ている棟もあって、仕方なく廊下で処殊。油断して家に帰り、被災した人も 震源とする最大震度七の大規模地震が益城町で住家の被害を調査した結果、置していましたよ。まさか熊本でこん多いのではないでしようか」 発生した。国内で震度七が観測された全壊一〇二六軒、一部損壊を含む半壊なに大きな地震が起こるなんて」 特殊といえば、本震発生時にあれほ のは四回目で、東日本大震災以来初 が四三七四軒となり、全住家の半数近震度七の地震が九州地方で観測されどのメディアが現地にいた地震は過去 さらに、一六日未明、同県の阿蘇、熊 くで被害が確認された。一一〇日の段階るのは、一九二三年の観測開始以来は に例かない。東京から撮影のために駆 本などで震度六強の地震が短時間に連で確認されている死亡者数は四七人。じめてのことである。それだけにショ け付けた番組ディレクタ】は、一六日 続して発生した。「本震」とされるこ同旧の避難所には約九万五〇〇〇人ックを感じている人も多く、断続的なの本震に巻き込まれた の地震の七・三は、阪神大震災と同 余 ~ 辰によるストレスも大きいようだ。 「一五日の朝に福岡入りして、その後 じだがエネルギ】量は約一・四償たと 車で熊本へ。丸日取材して、ホテル いう。度大きな地震が起き、次第に の部屋でデータ整理をしているときに こ第町ホテノか伊壊する 落ち着いていくという常識から外れ、 地震が起きました。一階の部屋だった 、記者は覚悟した 一九日正午までに、合わせて六一〇回 のに、壁がうねるようなすごい揺れで、 以上の地震が起きている。 今回の地震は、木造家屋に大きな被ホテルが倒壊するかもしれないと、さ 震源に近い大病院に勤める医療スタ 亠家害を出しやすい周期 5 一一秒の揺れがすがに覚悟しましたね。揺れが収ま 0 ッフは、地震発生からの数日間を振り 強く、阪神大震災との共通点が多いとて外に出ると、さっきまであった家が 返って次のように語る されている。では、東日本大震災と比倒壊していたり、道が陥没していたり 倒 で 「一四日の地震はたしかにすごかった べてどうなのか震災直後、宮城県に正直、一五日に現場入りしたときは『田 5 震 です。でも、この段階では倒壊した建 地取材に行った記者は語る ったより被害が小さいな』と感じてい 物も少なく、重症患者どころか怪我人 たのですが、改めて『これは大変なこ 起「東日本大震災は、たしかに今回とは も少なかったので『歪十中の幸い』と 桁違いの死者を出しました。ですが、 とだ』と思いましたよ」 いう気持ちでした。翌日には比較的落 その大半は地震というよりも直後の津 一一〇日現在も、行方不明者の捜索は を日 ち着いてきたので、立ち上げた医療チ 波による『溺死』。そのため、病院に続いている。断水による衛生環境の悪 1 ムも日一したほどだったんです。が身を寄せており、で避難生活を運はれる急患は少なく、逆に生き残っ化や、食糧不足を訴える声も聞こえて真 写 そのタイミングで本震が来て、今度は送る人も多いという。一六日の地震でカ こ人はほとんど怪我もないような状態くる。さらに一九日になって、「エコ オ どんどん重症患者が運はれてきました。 怪我をし、病院に行ったという人も、 だったと聞いています。残念ながら、 ノミ 1 クラス症候群」による死亡者も フ 時は病院の外まで行列ができて、ト混乱した現場を目撃していた 重症患者が多かった阪神大震災で学ん出るなど、地震の被害は今も広がって通 リア 1 ジ ( 患者の重症度に基づいて治療の 「揺れのあと、あちこちから救急車のだ救助の教訓はあまり生かせなかった いる。一日も早い復興を願うとともに、時 優先度を決定すること ) を行ったほど。 サイレンが聞こえて、街は一瞬で騒然ようです。今回は大きな地震が間隔を被害に遭われた方にお見舞い申し上げ文 帆 ます。 自宅で被災して、病院に戻ってこられとなりました。病院に行くと、停電しあけて一一度起こるなど、地震自体が特 志 高 大 2 PRESIDENT 2016.5.16

黄泉がえり (新潮文庫)

能の全セクションで防災訓練にあたるという例は、全国的にも、あまり聞いたことはな かですよ」 中坊部長は、何度もうなずいた。それからボソリと言った。 「よか口実ば思いついたばいね。市も、やるじゃなかや。たてまえは、防災訓練か地 震の地の字も出さんでね」 「何か、私もモヤモャしとったつのとれたですよ。この訓練案は、大々的にバックアッ プしまっしょ え「おお。やれやれ ! 地震報道のでけんぶん、存分に、防災記事で支援せえ」 がカワヘイは思った。これで市民たちの動揺が鎮静化できる。これほど自分が住む地域 泉の行政に誇りを持てたのは初めてだった。 黄 ゅうか 名倉いずみと、吉井結香は、図書室前の廊下で待っていた。 かつのり 山田克則と話をするためだ。 いずみも、結香も心配でたまらずにいる。皆が噂しあっていることが真実なのかどう

週刊エコノミスト 2017年3月14日号

、イヾン 玄 崎 山 字 題 問われる震災復興① そして震災 6 周年の話題を独占しス 6 年目の再出発・新しい街ができた おしかおながわ そうな活気を見せているのが、 宮城県牡鹿郡女川町女川浜 女川駅前の商店街「シ 1 パルピア女コ 川」だ。女川町の被害は甚大で、埠頭工 東日本大震災から、まもなく 6 年船渡まで、レンタカ 1 で数日かけてっても、復興どころか復旧すら進ま を迎える。長いようで短い 6 年だっ巡った。当時、主要道路の交通事情ない被災地の深刻さばかりが印象に施設がなぎ倒されたり、建物が横転 するなど震災の凄まじさをする た。果たして、被災地は復興したのは既に支障はなくなっていたが、沿残った。 そして、 6 年目 ようやく各町の一つである。 だろ、つか。そもそも復興とは何なの岸部は我が目を疑うよ、つな光景とへ 駅舎流失など大きな被害を受けた か。それを考えるために 1 筆ぶり ドロに埋もれたり、凄まじいカで破地での変化が顕在化してきたように 思う。 5 県の序部をまたぐ規模ゅ女川駅周辺は、約 200 内陸側に に現地を訪ねた。 壊された建物の残骸が至る所にあっ えに被災地の間で格差が生まれ、中移設して、年 3 月に再開にこぎつ 初めて被災地を訪れたのは 201 1 年 7 月だった。仙台から石巻、女 以降、丕疋期ではあるが、数カ月には復興の意味を問いたくなる場所けた。 併せて、駅から海へとまっすぐに ー、南三陸、気仙沼、陸前高田、大ごとに訪れるようになった。何度通もある。 ー 1 、い プロムナ 伸びる約 250 麕の歩行者専用道路 と商店街シ 1 パルピアを開設、昨年 肥月にグランドオ 1 プンした。 駅からシ 1 パルピアを望むと、海 がとても近く感じられる。震災以降、 被災地は津波被害対策から、海が見 episode 10 連載第回 ・を」 - 第をな感 、」 0 筆者撮影 真山仁 トミ 04 ミ 4 2 2017.3.14

世界 2016年07月号

物的改善の必要が大きい。その劣悪さは、応急生活向け住宅役立て、より良質の効果をあげることが期待される。 は低質でよく、被災者には一時的な耐乏を求めてよいという 考え方にもとづく。しかし、阪神・淡路、東北などの被災地 ( 2 ) 債務付き / アウトライト住宅 では、狭く、遮音・断熱性能が低く、しだいに劣化するプレ 被災した住宅の所有形態は、住宅復興の施策内容を左右す ハプ仮設に多数の被災者が長期にわたって住まざるをえず、 る。熊本では、被災者の震災前住宅の種類は、まだ明らかに その建築は、生活再建を促すどころか、阻害する側面をもっ なっていないが、その多くは持ち家に住んでいたとみられる。 ていた。この経験をふまえ、熊本県は、西原村と甲佐町に建阪神・淡路大震災は、都市化した地域に発生し、多数の「借 てるプレハプ仮設に関し、敷地面積を広げ、談話室・集会家被災」をもたらした。仮設世帯の九割近くは、震災前に賃 所・ペンチの設置によって住民交流を促し、さらに、入居期貸住宅に住んでいた。しかし、その後の震災の多くは、農山 間が長期化した場合の劣化を緩和するために、基礎を鉄筋コ 漁村に発生し、そこでは「持ち家被災」が広がった。東日本 ( 9 ) ンクリートにすることとした。被災者は応急段階から生活再大震災では、震災前の住宅が持ち家であった世帯は、仙台都 建に向かおうとする。それを支える環境としてプレハプ仮設市圏を除けば、すべての自治体で八割を超えた。熊本を含む を位置づけ、その内容をさらに改善する施策が望まれる。 地方圏では、大量の持ち家の消失にどのように対応するのか 既存の恒久住宅である民営借家を使ったみなし仮設には、 が重要な検討課題になる。 高い物的水準、迅速な供与などの強みがある。東北の被災地 持ち家被災において、問題になるバターンの一つは、住宅 を では、これらの利点をもつみなし仮設の大量供給が被災者救 ローン債務が残ったままでの住宅喪失である。これに関し、 生 再 済に役立った。一方、集団立地のプレハプ仮設の″可視性。 東日本大震災では、被災ローン減免制度 ( 個人債務者の私的整 の が高いのに対し、みなし仮設の入居者は、分散しているため、 理ガイドライン ) が新たに用意された。この仕組みを使用すれ 住 さまざまな生活支援施策の″視野″に入るとは限らず、また、 ば、住宅ローンなどの返済が困難になった被災者は、金融機 地個人情報保護の観点から、ボランティアグループなどに住所関との交渉をへて、一定の現預金を手元に残したうえで、債 が知らされず、その援助対象になかなか含まれない。さらに、 務の免除・減額措置などを受けられ、さらに「プラックリス 地みなし仮設の入居者は、入居期限後に安定した住まいを確保 ト」には登録されない。東北の被災地では、一三四七件の債 ( 間 ) 熊できるとは限らない。熊本のみなし仮設は、東北での経験を務整理が成立した。災害時の債務整理ガイドラインは、二〇

世界 2016年07月号

に続き、日奈久断層帯によって切断されている。中央構造線場合によっては、地震規模自体がさらに大きな地震が発生す ることもある。最初の揺れから数日間は、損傷を受けた建物 の一部が活断層になっていることに注意する必要がある。ま に戻ってはいけないということである。 た、布田川断層帯の中央と西側の区間 ( 宇土区間、宇土古北岸 日本全国で内陸の浅い地震が起きる証拠は、すでに十分得 区間 ) や、日奈久断層の中央部と南部の区間 ( 日奈久区間、八代 られている。日本列島に広く分布する活断層であり、普段か 海区間 ) など、今回の地震で未破壊であった所が破壊されて ら発生している中小の地震であり、そして、今回の熊本地震 大地震の起きる可能性も否定できない。しかし、現時点では、 何らかの影響があったという証拠はない。もちろん、引き続である。もちろん、海域で発生するマグニチュード 8 クラス あるいはそれ以上の巨大地震のことを忘れてよいわけではな き注視していく必要はある。 。頻度と災害の規模からは、南海トラフで発生する巨大地 三〇年以内に七〇 % 程度の確率で起こるとされる南海トラ 震と、首都圏で発生するマグニチュード 7 クラスの地震の危 フ巨大地震の前には、内陸で地震が増える可能性があるとも 険性は、内陸の浅い大地震より高いからである。 言われている。しかし、それが熊本地震かどうかは判断でき ない。次の南海トラフ地震が発生した時に振り返ってはじめ て、この熊本地震が南海トラフ地震の前触れであったと判断文献 ( 1 ) 地震調査研究推進本部・地震調査委員会 ( 二〇一六 ) 、平成一一八 できるのである。南海トラフの巨大地震が起きることは間違 年 ( 二〇一六年 ) 熊本地震の評価 いないので、引き続き注意は必要である。 h p ミ w . static. ) h 一 n ・ go.jp 、「 esou 「 ce 、 mo ョ h 一 y 、 2016 、 2016 ー kumamoto. P 第 ( 2 ) 地震調査研究推進本部・地震調査委員会 ( 二〇一六 ) 、平成一一八 最後にー首都直下・南海トラフ地震も見すえて 年四月一六日熊本県熊本地方の地震の評価 h p ミ www.st籌一c.ラh 一 n ・ go.jp 、「 esou 「 ce 、 mo 日 h 一 y 、 2016 、 2016 kumamoto 2. 熊本地震の教訓は、今回体験したような強い揺れが日本中 pdf どこでも起こり得ると認識し、ただちに備える必要があると ( 3 ) 気象庁三〇一六 ) 、「平成二八年 ( 二〇一六年 ) 熊本地震」につ いて ( 第六報 ) いうことである。建物の耐震化は、備えの第一歩である。さ 震 地 h 宅ミ www.jma・ go. ) p 、 ) ma 、 p 「 e 1604 、 15g 、 k 引 9u201604151530. pd 「 らに、内陸の浅い地震が発生した直後は、二 5 三日間は、同 ( 4 ) 地震調査研究推進本部・地震調査委員会 ( 二〇一三年 ) 、九州地 程度かあるいはさらに強い揺れに見舞われる可能性が極めて 域の活断層の長期評価 ( 第一版 ) 検高い。少なくとも、強い揺れをもたらす余震は必ず起きる。 http://jishin ・ go.jp 、 main 、 chousa 、 13feb—chi kyushu/k—honbun. pdf 1