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天声人語にみる戦後50年 上


天 声 人 語 に み る 戦 後 年 上

天声人語にみる戦後50年 上


天 声 人 語 に み る 戦 後 50 年 上 1945 ・ 9 ~ 1970 ・ 12 朝 日 新 聞 論 説 委 員 室 編 朝 日 文 庫

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「 天 声 人 語 に み る 戦 後 50 年 上 」 執 筆 者 一 覧 嘉 治 隆 一 ( か じ り ゅ う い ち ) 1896 年 ( 明 治 29 年 ) 生 ま れ 。 1934 年 ( 昭 和 9 年 ) 朝 日 新 聞 社 入 社 。 論 説 主 幹 、 出 版 局 長 な ど を 歴 任 。 1978 年 ( 昭 和 53 年 ) 死 去 。 「 天 声 人 語 」 1945 年 ( 昭 和 20 年 ) 9 月 ~ 1946 年 ( 昭 和 21 年 ) 4 月 。 荒 垣 秀 雄 ( あ ら が き ひ で お ) 1903 年 ( 明 治 36 年 ) 生 ま れ 。 1926 年 ( 大 正 15 年 ) 朝 日 新 聞 社 入 社 。 社 会 部 長 、 リ オ デ ジ ャ ネ イ ロ 支 局 長 、 マ ニ ラ 総 局 長 、 論 説 委 員 な ど を 歴 任 。 1989 年 ( 平 成 元 年 ) 死 去 。 「 天 声 人 語 」 1946 年 ( 昭 和 21 年 ) 4 月 ~ 1963 年 ( 昭 和 38 年 ) 4 月 。 入 江 徳 郎 ( い り え と く ろ う ) 1913 年 ( 大 正 2 年 ) 生 ま れ 。 1936 年 ( 昭 和 11 年 ) 朝 日 新 聞 社 入 社 。 編 集 委 員 、 論 説 委 員 な ど を 歴 任 。 1989 年 ( 平 成 元 年 ) 死 去 。 「 天 声 人 語 」 1963 年 ( 昭 和 38 年 ) 5 月 ~ 1970 年 ( 昭 和 45 年 ) 4 月 。 疋 田 桂 一 郎 ( ひ き た け い い ち ろ う ) 1924 年 ( 大 正 13 年 ) 生 ま れ 。 1951 年 ( 昭 和 26 年 ) 朝 日 新 聞 社 入 社 。 編 集 委 員 、 論 説 委 員 な ど を 歴 任 。 1987 年 ( 昭 和 62 年 ) 退 社 。 「 天 声 人 語 」 1970 年 ( 昭 和 45 年 ) 5 月 ~ 1973 年 ( 昭 和 48 年 ) 3 月 。

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天 声 人 語 に み る 戦 後 50 年 上 1995 年 7 月 15 日 第 1 刷 印 刷 1995 年 8 月 1 日 第 1 刷 発 行 表 紙 ・ 扉 編 者 発 行 者 印 刷 製 本 発 行 所 朝 日 新 聞 論 説 委 員 室 川 橋 啓 一 凸 版 印 刷 株 式 会 社 朝 日 新 聞 社 定 価 は カ バ ー に 表 示 し て あ り ま す 0 Asahi Shimbun 1995 Printed in Japan 振 替 00100 ー 7 ー 1730 編 集 = 書 籍 編 集 部 販 売 = 書 籍 販 売 部 電 話 03 ( 3545 ) 0131 ( 代 表 ) 〒 104-11 東 京 都 中 央 区 築 地 5 ー 3 ー 2 伊 藤 鑛 治 ISBN4 ー 02-261101 ー 4

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一 4 そ ん な 毎 日 だ か ら 、 天 人 に 命 を と ら れ た 人 が い る 。 大 病 に か か っ た 人 が い る 。 こ ん ど 、 戦 後 五 十 年 間 の お も な 天 声 人 語 を 通 読 し た 。 名 文 ぶ り を 改 め て 確 認 で き た が 、 穫 は も う 一 つ あ っ た 。 天 人 は 戦 後 日 本 の 貴 重 な 庶 民 史 だ 、 庶 民 の ロ と な り 耳 目 と な っ て 書 か れ た 歴 史 だ 、 と い う こ と で あ る 。 敗 戦 の 日 か ら わ ず か 二 カ 月 後 に 、 天 声 人 語 は 「 木 を 植 え よ う 」 と 書 き 、 翌 月 に は 「 国 語 の 問 題 」 を 論 じ て い る 。 あ の こ ろ の 私 は 毎 日 が 空 腹 で 、 木 よ り も 国 語 よ り も 、 ま ず サ ツ マ イ モ だ っ た 。 も ち ろ ん 、 天 人 は 「 空 腹 」 も 忘 れ て い な い 。 四 六 年 か ら 四 九 年 に か け て 食 糧 輸 入 、 食 糧 デ モ 、 米 の 遅 配 、 水 稲 農 林 一 号 な ど の 話 題 が 続 い て い る 。 い ま で は 歴 史 の ひ 帝 銀 事 件 、 金 堂 炎 上 、 金 閣 炎 上 、 も く 星 号 の 悲 劇 、 一 一 重 橋 の 惨 事 な ど 、 と こ ま 、 記 憶 も 薄 れ が ち だ が 、 天 声 人 語 の 記 述 は い ま で も 色 あ せ ず 、 あ の 情 景 を い き い き と 甦 ら せ て く れ る 。 そ れ に 、 日 本 が 長 寿 世 界 一 に な る ま で の 経 過 、 日 本 が 世 界 に 冠 た る 公 害 ・ 薬 害 の 国 に な る ま で の 背 景 が 、 つ ぶ さ に 読 み 取 れ て 興 味 深 い 五 一 年 、 社 会 党 の だ ら し な さ に 対 し 、 早 く も 天 声 人 語 は 「 腐 木 は 彫 る べ か ら ず 」 と 決 め つ け て い る 。 六 六 年 に は 文 化 大 革 命 の 熱 気 に 水 を か け 、 紅 衛 兵 の 乱 暴 を た し な め る 。 か と 思 う と 、 六 八 、 九 年 に は 日 本 の 過 激 学 生 の 駄 々 っ 子 ぶ り を 相 次 い で 糾 弾 す る 。 そ こ に あ る の は 「 悪 い も の は 悪 い 」 と い う 庶 民 の 健 康 な 判 断 基 準 で あ る 。 朝 日 新 聞 社 論 説 主 幹 中 馬 清 福 一 九 九 五 年 六 月

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近 藤 ニ 郎 子 供 た ち と と も に ナ チ の ガ コ ル チ ャ ッ ク 先 生 ス 室 に 消 え た 教 育 者 の 評 伝 佐 藤 忠 男 解 説 、 写 真 、 豊 富 な デ ー タ 。 日 本 映 ・ 画 3 0 0 永 久 保 存 版 日 本 映 画 ガ イ ド 髙 橋 治 イ ワ シ 、 ア ジ 、 サ バ は 美 味 い 青 魚 下 魚 安 魚 讃 歌 カ ラ ー 写 真 入 り 好 ェ ッ セ イ 長 坂 寿 久 最 近 、 映 画 を 見 な く な っ た 映 画 で 読 む ア メ リ カ オ ト ナ に 贈 る 映 画 の 擲 か 日 取 朝 日 新 聞 東 京 裁 判 記 者 団 開 戦 の 前 夜 か ら 断 罪 の 下 る の 東 京 裁 判 田 日 ま で 、 太 平 洋 戦 争 の 全 容 庫 朝 日 新 聞 東 京 裁 判 記 者 団 「 戦 後 五 十 年 」 ー ー 我 判 を 通 文 東 京 裁 判 田 し て 知 る 太 平 洋 戦 争 〈 の 道 日 朝 日 新 聞 論 説 委 員 室 編 敗 戦 の 焦 上 の 中 か ら 驚 異 的 朝 天 声 人 語 に み る 戦 後 年 上 な 経 済 成 長 の 歩 み ま で 辿 る 週 刊 朝 日 編 戦 後 五 十 年 。 二 百 余 の 値 段 戦 後 値 段 史 年 表 の 変 化 を 示 す デ ー タ ブ ッ ク 小 野 田 寛 郎 敗 戦 を 信 じ ず 、 三 十 年 間 戦 わ が 回 想 の ル バ ン グ 島 い 続 け た 元 情 報 将 校 の 手 記 ( 以 下 続 刊 ・ 毎 月 日 刊 ) ( 発 行 順 )

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る 田 嶋 隆 カ ゲ キ な コ ラ ム ニ ス ト が 、 入 江 為 年 監 修 / 朝 日 新 聞 社 編 大 平 首 相 死 去 、 三 笠 宮 寛 仁 ハ ソ コ ン ゲ 1 マ ー は 眠 ら な い こ の イ カ レ た 世 の 中 を 斬 る 入 江 相 政 日 記 第 十 一 巻 親 王 の 結 婚 と 皇 籍 離 脱 問 題 入 江 為 年 監 修 / 朝 日 新 聞 社 編 浩 宮 英 国 留 学 、 天 皇 ご 成 婚 綱 島 理 友 ポ ッ キ ー 、 か つ ば え び せ ん 入 江 相 政 日 記 第 十 一 一 巻 六 + 年 か ら 退 官 の 記 者 会 見 お 菓 子 帖 : : ・ 。 楽 し く て ウ マ い 章 鈴 木 了 司 毎 日 お 世 話 に な る ト イ レ と 青 山 南 東 京 の 外 国 人 人 。 彼 ら は ト イ レ と 付 き 合 う 方 法 学 入 門 仲 良 し に な る あ の 手 こ の 手 外 人 の E*O+«O 暮 ら し な せ こ の 街 に や 0 て 来 た の か 阪 下 圭 八 「 君 」 「 僕 」 な ど 日 常 の こ と ば 熊 井 明 子 名 作 を い ろ ど る ネ コ 百 態 。 こ と ば の 散 歩 道 の 語 源 を 史 料 と と も に 探 る 猫 の 文 学 散 歩 夏 目 漱 石 か ら 赤 川 次 郎 ま で 早 野 透 田 中 角 栄 と 新 潟 三 区 の 歴 史 岩 田 一 平 最 新 の ハ イ テ ク を 駆 使 し て 田 中 角 栄 と 「 戦 後 」 の 精 神 に み る 戦 後 日 本 政 治 の 軌 跡 縄 文 人 は 飲 ん べ え だ っ た 日 本 古 代 史 の ナ ゾ に 迫 る ″ 久 保 田 競 編 最 新 の 脳 研 究 の 成 果 を や さ 村 上 義 雄 い じ め 、 体 罰 ・ : 子 ど も の 肉 脳 の 謎 を 解 く ① し く 伝 え る 書 き 下 ろ し 文 庫 ル ボ ・ い じ め 社 会 声 が 訴 え る 管 理 教 育 の 歪 み 久 保 田 競 編 身 近 な 疑 問 に 丁 寧 に 答 え 、 篠 山 紀 信 ・ 中 平 卓 馬 篠 山 の 写 真 に 、 中 平 が 文 章 脳 の 謎 を 解 く ② 脳 研 究 史 の 巨 人 た ち も 紹 介 決 闘 写 真 論 で 応 酬 す る 写 真 論 の 名 著 。 興 津 要 川 柳 や 狂 歌 に 詠 ま れ た 味 を 夢 枕 貘 ほ か 天 野 礼 子 ・ 野 田 知 佑 の 二 氏 江 一 戸 食 べ も の 誌 通 し て み る 江 戸 庶 民 の 日 常 地 球 と 遊 ぶ を 加 え た 三 人 に よ る エ ッ セ ー 西 丸 與 一 ミ ナ ト 横 浜 で 法 医 学 者 が 見 金 子 勝 昭 な ぜ か 不 当 な 扱 い を 受 け て 法 医 学 教 室 と の 別 れ 聞 し た 、 さ ま ざ ま な 人 生 模 様 ゲ の 哲 学 き た 身 体 現 象 に つ い て 考 察 高 橋 郁 男 地 震 ・ 事 故 な ど の 緊 急 時 の 宮 本 治 雄 ナ ガ シ マ 、 大 鵬 、 モ モ 工 : ・ 一 一 ッ ク 人 間 ナ 人 間 の 行 動 を 検 証 ・ 考 察 戦 後 ヒ 1 ロ 1 ・ ヒ ロ イ ン 伝 説 人 々 を 沸 か せ た ス タ ー 群 像 ( 発 行 順 )

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世 界 は 挙 げ て 、 こ の 戦 争 を 契 機 と し て 形 容 実 質 と も に 大 変 転 を 遂 努 力 を 欠 い て は い な か っ た か 。 さ お げ つ つ あ る 。 こ の 世 界 政 局 に 棹 さ し て ゆ く 日 本 再 建 の 発 程 に ま す 確 固 た る 政 治 基 盤 の 樹 立 が 求 め ら れ る 。 / 」 う か い 首 相 宮 殿 下 は 、 特 に 言 論 洞 開 を 強 調 遊 ば さ れ た 。 こ の 御 言 葉 を 戴 い て 、 本 欄 も 「 天 声 人 語 」 と ひ き ゅ う 改 題 し 、 今 後 と も に 匪 躬 の 誠 心 を 吐 露 せ ん と す る も の で あ る 。 憲 法 改 正 * 4 憲 法 改 正 の 大 問 題 に 関 し て 特 に 御 用 掛 を 仰 せ つ け ら れ た 近 衛 公 は 、 京 大 名 誉 教 授 佐 々 木 惣 一 博 士 の 協 力 を 求 め た 。 憲 法 論 、 い な 帝 国 憲 法 の 解 釈 論 に 二 つ の 潮 流 が あ り 、 一 つ は 天 皇 親 政 論 で あ り 、 今 一 つ は 、 天 皇 機 関 説 と 称 さ れ る も の で あ る こ と は 、 あ ま ね く 人 の 知 る と こ ろ で あ る 。 前 者 は 、 故 穂 積 八 束 博 士 、 上 杉 慎 吉 博 士 等 に よ っ て 代 表 さ れ 、 後 者 は 、 美 濃 部 達 吉 博 士 、 佐 々 木 博 士 等 の 学 説 傾 向 を 指 称 す る 。 し か も 、 こ の 天 皇 機 関 説 に つ い て は 近 年 こ れ を 難 撃 す る 勢 力 が 年 に わ か に 台 頭 し 、 つ い に そ れ は 大 き な 政 治 動 向 を 形 成 し 、 美 濃 部 博 士 は 貴 族 院 に 議 席 を 失 う に 至 昭 っ た こ と も 周 知 の 通 り で あ る 。 年 4 こ の 近 年 の 日 本 を 支 配 し た 国 定 憲 法 論 強 要 の 傾 向 は 、 今 日 ま ず 清 算 を 求 め ら れ つ つ あ る 。 あ り て い に い っ て 、 今 日 、 憲 法 解 釈 に つ い て 、 美 濃 部 、 佐 々 木 両 博 士 流 の 学 説 が よ り 多 く 受 け 入 れ ら れ ん と す る 傾 向 に あ る こ と は 掩 い 難 い お お

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に 迎 え ら れ た の は 日 本 文 化 の 幸 福 で あ る 。 同 氏 の 援 助 で わ が 古 美 術 が 世 界 文 化 に 正 し く 貢 献 す る よ う に あ り た い 。 嵐 の 中 の 天 皇 敗 戦 後 、 初 の 天 長 節 で あ る 。 天 皇 を 神 格 化 し な い よ う に し て 祝 賀 式 を 行 っ て も 差 し 支 え な い 、 つ う ち ょ う と い う 文 部 省 通 牒 の 表 現 が 、 占 領 下 の 天 長 節 の 性 格 を 物 語 っ て い る 。 天 皇 に 関 す る 国 民 の 考 え も ず い ぶ ん 変 わ っ た が 、 天 皇 の 性 格 そ の も の も 大 き く 変 貌 し た 。 第 一 は 去 年 の 九 月 二 十 七 日 、 陛 下 の マ 元 帥 御 訪 問 で あ る 。 こ れ で 天 皇 が 連 合 軍 最 高 司 令 官 の 下 位 に 在 み ず か る こ と を 親 ら 国 民 の 前 に 示 さ れ た 。 第 二 は 新 年 の 詔 書 で 、 親 ら 神 性 を 否 定 さ れ た 。 そ れ か ら 陛 下 は 人 間 と し て 国 民 の 中 に 入 っ て ゆ か れ 、 天 皇 と 国 民 と の 間 に 、 奏 上 や 御 下 問 で は な く 自 由 な 会 話 が 初 め て 生 ま れ た 。 家 庭 的 な お 集 い の 写 真 も 出 た 。 以 前 は 、 天 皇 は 神 な る が 故 に 親 子 夫 婦 の 愛 情 を 国 民 の 前 に 示 さ る べ き で な い と い う 不 文 律 が あ っ た の だ 。 二 ・ 二 六 事 件 の 時 、 宮 中 三 殿 に 奏 す る 御 告 文 に 、 陛 下 は 親 ら 朱 筆 を 執 っ て 、 「 自 分 の 時 代 に な っ て 国 家 の 軍 隊 が 私 兵 化 し た の は 皇 祖 皇 宗 に 対 し て 誠 に 申 し 訳 な い 」 と 書 き 加 え て 涙 さ れ た と 聞 。 陛 下 の 不 幸 と 国 家 の 非 運 は 、 こ の 頃 か ら 急 坂 を 下 り 始 め 、 軍 閥 は つ い に 国 を 破 り 国 民 を 今 日 の 悲 境 に 陥 れ た 。 天 皇 の 性 格 も 改 正 憲 法 が 本 極 ま り に な れ ば 、 落 ち つ く 処 に 落 ち つ く わ け で あ る 。 嵐 の 中 に 立 っ と 、 一 ろ

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は 幾 億 年 も の 末 知 の 神 秘 に 包 ま れ て い る 。 し か も 単 な る 冒 険 的 遠 征 で も な く 、 領 土 的 野 心 の 探 検 で も も ち ろ ん な い 。 大 自 然 の 秘 密 に 近 づ こ う と す る 学 術 科 学 の 探 究 だ 。 人 類 が 住 ん で い る 地 球 は 、 北 半 球 か ら 文 明 の 夜 明 け と な っ た 。 南 半 球 か ら の 地 球 観 測 は ほ と ん ど な さ れ て い な い 。 ま し て 地 軸 の 南 端 か ら は 、 地 球 の 鼓 動 を 探 る 聴 診 器 が か っ て 当 て ら れ た こ と が な か っ た 。 世 界 九 カ 国 に ま じ っ て ″ 科 学 日 本 み も そ の 一 翼 を に な う わ け だ 。 戦 後 、 日 本 は 狭 い 窮 屈 な 国 に な っ た 。 息 が つ ま り そ う で あ る 。 大 空 も つ い 先 ご ろ ま で 「 わ が 空 は わ が 空 な ら ず 秋 の 空 」 で あ っ た 。 海 も プ ル ガ ー ニ ン ・ ラ イ ン 、 李 ラ イ ン 、 原 水 爆 ラ イ ン に と り 囲 ま れ 、 八 方 ふ さ が り だ っ た 。 満 天 の 暗 雲 の 中 に ポ ッ カ リ と 青 空 が の ぞ い た の が 、 南 極 へ の 道 だ ち つ ば け な 島 国 と は い え 、 日 本 の 民 族 精 神 は 古 来 雄 飛 の 翼 を も っ て い る 。 か っ て そ れ は 誤 れ る 指 導 に よ っ て 海 外 侵 略 の 邪 道 に 墜 ち た 。 い ま は 南 極 の 新 天 地 に 向 か っ て 、 正 し い 翼 を 勇 ま し く 羽 ば た か せ よ う と し て い る 。 明 治 の こ ろ 来 日 し た ク ラ ー ク は 札 幌 郊 外 の 林 間 で 「 ポ ー イ ズ ・ ビ ー ・ ア ン ビ シ ャ ス 」 と 馬 上 に 和 さ け ん で 去 っ た 。 そ の 声 の 下 か ら 内 村 鑑 三 、 新 渡 戸 稲 造 ら の 少 年 が 大 志 を 抱 い て 成 長 し た 。 い ま 、 南 極 の オ ー ロ ラ の 中 か ら 「 少 年 よ 、 大 志 を 抱 け 」 と 声 な き 声 が 呼 び か け て い る 。 海 鷹 丸 に も 二 十 年 七 名 の 若 い 学 生 が 乗 っ て い る 。 乗 船 の 若 人 だ け の こ と で は な い 。 無 数 の 若 い 世 代 が 目 を 輝 か し て 南 極 に 夢 と 希 望 を は せ て い る 。 二 万 七 千 六 百 マ イ ル の 大 航 海 に 出 た 海 鷹 丸 よ 。 健 や か に 、 そ し て 佳 い 便 り を 。