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検索対象: 古代の皇位継承 天武系皇統は実在したか

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古代の皇位継承 天武系皇統は実在したか


系 」 天 皇 の 時 代 と す る 通 説 に 対 し て 、 こ の 時 代 の 天 皇 が 「 天 智 系 」 で あ っ た と 主 張 し て い る わ け で は な い と 思 わ れ る 。 だ が 、 近 年 は 、 七 〇 一 ( 大 宝 元 ) 年 の 大 宝 律 令 施 行 の 前 後 か ら 天 智 を 皇 天 智 は 皇 統 の 統 の 始 祖 と す る 意 識 が 顕 著 に な っ て き た と す る 見 方 が 強 ま っ て い る 。 始 祖 に あ ら す た と え ば 、 井 上 亘 氏 は 奈 良 時 代 の 皇 統 を 「 天 武 系 」 と す る 通 説 を 鋭 く 批 判 し て 、 持 統 以 降 の 王 権 を 「 持 統 系 、 よ り 本 源 的 に は 天 智 系 と み る の が 妥 当 」 と 理 解 し て い る ( 『 日 本 古 代 の 天 皇 と 祭 儀 』 吉 川 弘 文 館 、 一 九 九 八 年 ) 。 水 林 彪 氏 も こ の 井 上 説 を 基 本 的 に 認 め た 上 で 、 藤 堂 説 に も 依 拠 し な が ら 、 七 世 紀 末 か ら 八 世 紀 初 頭 に か け て の 時 期 に 、 「 天 武 ー 草 壁 ー 文 武 、 と い う 「 天 武 系 」 皇 統 観 念 と 、 「 天 智 ー 持 統 ー 草 壁 ー 文 武 」 と い う そ 、 つ こ く 権 「 天 智 系 」 皇 統 観 念 と の 相 克 が あ っ た と 述 べ て い る 。 水 林 説 に よ れ ば 、 「 天 武 系 」 意 識 と の 智 「 天 智 系 」 意 識 は や が て 「 天 智 系 」 皇 統 観 念 に 一 元 化 さ れ て い っ た と い う ( 「 律 令 天 皇 制 の 皇 統 意 識 と 神 話 ( 上 ) ( 下 ) 」 『 思 想 』 第 九 六 六 号 ・ 第 九 六 七 号 ) 。 出 し か し 、 水 林 氏 が 依 拠 す る 藤 堂 説 が 、 天 智 を 皇 統 の 起 点 と は 見 な し て い な か っ た こ と に 創 留 意 す る 必 要 が あ ろ う 。 藤 堂 説 に よ れ ば 、 天 智 は あ く ま で も 律 令 国 家 の 初 代 天 皇 、 律 令 国 家 の 起 点 と な る 天 皇 と し て 認 識 さ れ て い た の で あ る 。 こ の 点 に 関 し て 、 天 智 の 顕 彰 と 皇 統

古代の皇位継承 天武系皇統は実在したか


著 者 紹 介 一 九 五 七 年 、 東 京 都 に 生 ま れ る 一 九 八 六 年 、 学 習 院 大 学 大 学 院 人 文 科 学 研 究 科 史 学 専 攻 博 士 後 期 課 程 中 退 一 九 九 七 年 、 博 士 ( 史 学 ) 学 習 院 大 学 現 在 、 学 習 院 大 学 ・ 日 本 大 学 ・ 立 教 大 学 、 各 非 常 勤 講 師 主 要 著 書 古 代 王 権 と 大 化 改 新 蘇 我 氏 四 代 白 村 江 壬 申 の 乱 天 皇 と 日 本 の 起 源 古 代 日 本 の 女 帝 と キ サ キ 古 代 の 皇 位 継 承 天 武 系 皇 統 は 実 在 し た か 二 〇 〇 七 年 ( 平 成 十 九 ) 十 一 月 一 日 第 一 刷 発 行 と お や ま み つ お 著 者 遠 山 美 都 男 ラ 発 行 者 前 田 求 恭 イ 2 一 フ 2 刻 発 行 所 士 ロ 川 弘 文 館 史 東 京 都 文 京 区 本 郷 七 丁 目 一 一 番 八 号 歴 郵 便 番 号 一 一 三 ー 〇 〇 三 三 電 話 〇 三 ー 一 二 八 一 三 ー 九 一 五 一 〈 代 表 〉 振 替 口 座 〇 〇 一 〇 〇 ー 五 ー 一 一 四 四 http://www.yoshikawa-k.co.jp/ 印 刷 Ⅱ 株 式 会 社 平 文 社 製 本 Ⅱ ナ シ ョ ナ ル 製 本 協 同 組 合 装 幀 Ⅱ マ ル プ デ ザ イ ン 0 Mitsuo Töyama 2007. printed ⅲ J 叩 an ISBN978 ー 4 ー 642 ー 05642 ー 7 竄 く 日 本 複 写 権 セ ン タ ー 委 託 出 版 物 > 本 書 の 無 断 複 写 ( コ ピ ー ) は , 著 作 権 法 上 で の 例 外 を 除 き , 禁 じ ら れ て い ま す . 複 写 を 希 望 さ れ る 場 合 は , 日 本 複 写 権 セ ン タ ー ( 03 ー 3401 ー 2382 ) に ご 連 絡 下 さ い .

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と 見 え る 。 天 智 が , ハ 七 〇 年 に 施 行 し た 庚 午 年 籍 が 、 氏 姓 の 基 本 を 定 め た 画 期 的 な 成 果 で あ 、 天 智 は 戸 籍 制 度 や 氏 姓 制 度 の 根 幹 を 定 め た 天 皇 と し て 認 識 さ れ て い る 。 こ の よ う に 天 智 は 、 律 令 に 代 表 さ れ る 法 や 制 度 の 制 定 者 ・ 創 始 者 と し て 顕 彰 さ れ て い る の で あ っ て 、 皇 統 の 起 点 ( 始 祖 ) と し て 権 威 化 さ れ て い る の で は な い 。 そ れ も そ の は ず で あ っ て 、 彼 に は 文 武 ほ ど の 傑 出 し た 血 統 カ リ ス マ が 認 め ら れ な い 。 す で に 述 べ た よ う に 、 天 智 は あ く ま で 叔 父 ー 姪 婚 の 所 産 で あ り 、 そ の 血 統 的 条 件 は 草 壁 ・ 大 津 ・ 長 ・ 弓 削 ・ 舎 人 と い っ た 皇 子 た ち と 同 一 線 上 に 並 ぶ 。 文 武 の 血 統 的 権 威 は 、 草 壁 ・ 阿 閇 の 結 婚 と い う さ ら な る 近 親 婚 に よ っ て 生 み 出 さ れ た も の で あ っ た か ら 、 天 智 ら の そ れ を 凌 駕 し て い る 。 や は り 、 森 田 氏 の い う と お り 、 天 智 顕 彰 と 皇 統 意 識 と は 区 別 し て 理 権 解 す べ き な の で あ る 。 以 上 見 て き た よ う に 、 文 武 は 六 九 九 ( 文 武 一 一 I) 年 以 後 、 律 令 国 家 の パ イ オ ニ ア と い う べ き 天 智 が 制 定 し た と い う 「 不 改 常 典 」 に よ っ て 、 そ の 天 皇 と し て の 権 威 や 正 当 性 が 保 証 さ 咄 れ る こ と に な っ た 。 そ の 後 、 文 武 の 息 子 ( 聖 武 天 皇 ) や 孫 ( 孝 謙 天 皇 ) も 、 「 不 改 常 典 」 が そ の 天 皇 と し て の 権 威 や 正 当 性 を 保 証 す る も の と 認 識 さ れ た 。 彼 ら は い わ ば 文 武 の 権 威 や 正 当 性 を 受 け 継 ぐ 天 皇 で あ り 、 そ の 意 味 で 文 武 を 始 祖 と す る 皇 統 に 連 な る 天 皇 と 見 な さ れ

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5 天 武 系 皇 統 は 実 在 し た か る 。 そ の 天 皇 の 名 前 は つ ぎ の と お り 。 桓 武 天 皇 嵯 峨 天 皇 天 智 天 皇 光 仁 天 皇 ・ も ん と / 、 じ ゅ ん な 清 和 天 皇 光 孝 天 皇 淳 和 天 皇 文 徳 天 皇 し ら か わ か ざ ん む ら か み 白 河 天 皇 花 山 天 皇 村 上 天 皇 醍 醐 天 皇 あ ん と く た か / 、 、 ら ご し ら か わ 後 鳥 羽 天 皇 像 安 徳 天 皇 高 倉 天 皇 後 白 河 天 皇 ご ほ り か わ っ ち み か ど 土 御 門 天 皇 後 堀 河 天 皇 四 条 天 皇 像 後 字 多 天 皇 こ 、 つ ご ん ご む ら か み 後 醴 醐 天 皇 後 村 上 天 皇 光 厳 天 皇 光 明 天 皇 こ ま っ ご え ん ゅ う す ・ こ 、 つ 後 光 厳 天 皇 後 円 融 天 皇 後 小 松 天 皇 崇 光 天 皇 ご か し わ ば ら ご っ ち み か ど し よ 、 つ こ 、 つ ご は な ぞ の 称 光 天 皇 後 花 園 天 皇 後 土 御 門 天 皇 後 柏 原 天 皇 よ 、 つ こ 、 つ ご よ 、 つ ぜ い ご な ら お お ぎ ま ち 後 陽 成 天 皇 後 奈 良 天 皇 正 親 町 天 皇 陽 光 天 皇 後 光 明 天 皇 後 西 天 皇 後 水 尾 天 皇 明 正 天 皇 中 御 門 天 皇 桜 町 天 皇 霊 元 天 皇 東 山 天 皇 桃 園 天 皇 後 桜 町 天 皇 後 桃 園 天 皇 光 格 天 皇 た い し よ う 明 治 天 皇 大 正 天 皇 仁 孝 天 皇 孝 明 天 皇 こ れ ら の う ち 陽 光 天 皇 と は 正 親 町 天 皇 の 第 一 皇 子 で 、 後 陽 成 天 皇 の 父 で あ る 誠 仁 親 王 さ ね ひ と

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な ぜ そ の よ う に 考 え る か と い え ば 、 吉 野 盟 約 か ら 四 年 後 の 六 八 三 ( 天 武 十 か る の み こ あ へ の ひ め み こ 珂 瑠 皇 子 誕 一 l) 年 、 草 壁 と 天 智 の 娘 阿 閇 皇 女 ( 後 の 元 明 天 皇 ) と の 間 に 珂 瑠 皇 子 ( 後 の 生 の 波 紋 文 武 天 皇 ) が 誕 生 し て い る か ら で あ る 。 こ の 皇 子 は 、 叔 父 ー 姪 婚 の 所 産 で な が の の み こ 王 あ る 天 智 自 身 は も ち ろ ん 、 同 じ く 叔 父 ー 姪 間 に 生 ま れ た 草 壁 や 大 津 、 さ ら に は 長 皇 子 ・ と ね り の の み こ ゅ げ の の み こ 世 弓 削 皇 子 、 舎 人 皇 子 ら よ り も 高 い 血 統 的 権 威 を 備 え て い た と い っ て よ い 。 そ も そ も 草 壁 と 阿 閇 が 結 婚 し た の は 、 珂 瑠 の よ う な 血 統 的 権 威 を 備 え た 皇 子 を 生 み 出 す た め で あ っ た と 考 え ら れ る 。 こ れ ほ ど ま で に 特 殊 な 血 統 を も っ た 皇 子 は 前 後 に 例 が な く 、 彼 が 天 皇 に な れ ば 間 違 い な く 一 定 の 起 点 た り う る 。 こ の よ う に 皇 統 の 起 点 ( 始 祖 ) と な る 特 別 な 血 統 を も っ た 皇 子 を 生 み 出 す た め の 結 婚 を 企 て 、 推 し 進 め た の は 、 や は り 天 武 と そ の 皇 后 持 統 で あ っ た と 見 な す の が 妥 当 で あ ろ う 。 い 、 つ 皇 位 以 上 の よ う に 理 解 す る な ら ば 、 吉 野 盟 約 で 確 定 さ れ た 「 持 統 ↓ 草 壁 ↓ 大 津 」 継 承 順 位 は 、 六 八 三 年 以 夂 「 持 統 ↓ 草 壁 ↓ 珂 瑠 」 と い う よ う に 変 さ れ る こ と に な っ た と 見 ら れ る 。 こ り 大 津 の 皇 位 継 承 の 可 能 性 は 事 実 上 失 わ れ た と い わ ね ば な ら な い 。 こ と ) わ れ る 亡 き 天 武 は 、 文 武 両 道 に 秀 で 人 望 も 厚 い 大 津 に 期 待 す る と こ が 、 そ の 証 拠 は 乏 し い 。 む し ろ 、 天 智 め た 後 継 者 で あ る 友 を し て 即 位 し た 天 武 が 、

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こ の 時 、 桓 武 が 前 天 皇 で あ り 亡 父 で あ る 光 仁 を 「 天 帝 ー と 合 祀 し 、 光 仁 に 対 し て も 祭 文 を 献 上 し て い る こ と が 注 目 さ れ る 。 「 天 帝 」 と は 字 宙 の 支 配 者 で あ り 、 中 国 で は 皇 帝 の 任 命 権 者 と い う べ き 絶 対 的 な 存 在 で あ っ た 。 そ の 「 天 帝 」 と 光 仁 と を 合 祀 し た と い う こ と は 、 光 仁 が 「 天 帝 」 の 指 名 ・ 命 令 ( い わ ゆ る 天 命 ) を 受 け た 最 初 の 皇 帝 、 す な わ ち 王 朝 の 開 祖 、 皇 統 の 始 祖 と 位 置 づ け ら れ た の に 等 し い 。 桓 武 は 、 天 智 や 文 武 、 聖 武 と い っ た 過 去 の 天 皇 の 誰 か で は な く 、 自 分 の 父 天 皇 を 天 命 を 受 け た 王 朝 の 開 祖 、 皇 統 の 始 祖 と し て 祭 り 上 げ た の で あ る 。 桓 武 は 、 光 仁 を 起 点 ( 始 祖 ) と し た 中 国 的 な 皇 統 意 識 を 生 み 出 そ う と し て い た と 考 え ら れ よ う 。 桓 武 は 、 強 い て 命 名 す る な ら ば 光 仁 と い う 中 国 的 な 君 主 を 始 祖 と す る 皇 統 を 樹 立 し よ う と し て い た こ と に な る 。 「 昊 天 上 帝 」 に 奉 じ ら れ た 祭 文 の 後 半 に 見 え る 「 高 紹 天 皇 」 と は 光 仁 を あ め む ね 換 光 仁 ・ 桓 武 の 転 指 す 。 光 仁 の 諡 号 は 「 天 宗 高 紹 」 天 皇 と い っ た の で あ る 。 こ れ は 、 光 仁 の 諡 号 の 意 味 識 が 死 去 し た 七 八 一 年 十 二 月 の 翌 年 正 月 に 献 上 さ れ た も の で あ る が 、 彼 が 意 皇 皇 統 意 識 の 上 で ど の よ う に 位 置 づ け ら れ て い た か を 知 る 手 掛 か り に な る 。 光 仁 の 諡 号 が 作 ら れ た 段 階 で は 、 中 国 的 な 皇 統 意 識 は 未 成 立 で あ っ た か ら 、 「 天 宗 高 あ め の ま む ね と よ お お じ 紹 」 天 皇 の 「 天 宗 」 と は 、 文 武 の 諡 号 「 天 之 真 宗 豊 祖 父 」 天 皇 の 「 天 之 真 宗 」 に 通 ず る と

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ね っ ぞ う 詮 捏 造 さ れ た 実 体 の な い も の で あ っ て 、 天 智 の 制 定 に 仮 託 さ れ て い る に す ぎ な い と い う 見 方 は い ま だ に 根 強 い も の が あ る 。 し か し 、 前 に 述 べ た よ う に 、 天 智 は 生 前 に お い て 王 位 継 承 の 改 造 を 目 指 し 、 弟 天 武 と 自 識 分 の 娘 と の 結 婚 ( 叔 父 ー 姪 婚 ) を 推 し 進 め て い た 。 そ れ が 「 不 改 常 典 」 の 名 で 呼 ば れ て い る 可 能 性 は 十 分 に 認 め ら れ よ う 。 た だ 天 智 は 、 こ の よ う な 近 親 婚 に よ っ て 生 ま れ る 、 彼 と 文 同 じ 血 統 的 条 件 の 王 子 ( 草 壁 ・ 大 津 ・ 長 ・ 弓 削 ・ 舎 人 ら ) に よ る 王 位 継 承 を 考 え て い た に す ぎ な か っ た 。 天 智 は 彼 ら よ り も さ ら に 特 殊 な 血 統 を も っ 文 武 の よ う な 皇 子 の 誕 生 や そ の 即 位 ま で 構 想 し て は い な か っ た は ず で あ る 。 文 武 の 誕 生 と そ の 即 位 を 推 進 し た の は 天 武 と 持 統 、 と く に 後 者 で あ っ た と 見 ら れ る 。 し た が っ て 、 六 九 七 年 の 文 武 即 位 後 に 、 文 武 の 天 皇 と し て の 権 威 や 正 当 性 を さ ら に 強 化 し よ う と し た 持 統 が 、 文 武 の 血 統 的 な 権 威 の 起 源 を か っ て 天 智 が 推 進 し た 近 親 婚 に も と め る こ と に し た 可 能 性 は 極 め て 高 い 。 そ の 意 味 で 、 文 武 の 権 威 や 正 当 性 を 保 証 す る 法 の 制 定 者 が 天 智 で あ る と い う の は あ く ま で 仮 託 で あ り 虚 構 に す ぎ な い こ と に な ろ う 。 そ れ に し て も 、 六 九 七 年 の 文 武 即 位 の 段 階 で は 天 智 や 「 不 改 常 典 」 は ま っ た く 登 場 し な か っ た の に 、 ど う し て 七 〇 七 年 に な っ て 天 智 の 制 定 に 成 る と い う 「 不 改 常 典 」 が あ ら わ れ

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聖 武 天 皇 の 皇 統 再 建 計 画

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藤 堂 氏 に よ れ ば 、 六 九 九 ( 文 武 三 ) 年 に 「 新 造 」 さ れ た 天 智 陵 が 藤 原 宮 天 智 は 律 令 国 大 極 殿 の 中 軸 線 上 の 真 北 に 配 置 さ れ た の は 、 天 智 を 藤 原 宮 の 「 天 極 」 家 の 初 代 天 皇 成 ( 北 極 星 の こ と 。 天 皇 号 の 由 来 で あ る 天 皇 大 帝 は そ の 神 格 化 と さ れ た ) に 位 の 融 置 づ け よ う と す る 意 図 が あ っ た か ら で あ る と い う 。 こ れ に よ り 天 智 は 歴 代 天 皇 の な か で も 皇 画 期 を な す 極 め て 特 別 な 存 在 と さ れ 、 「 天 命 」 を 受 け た 初 代 皇 帝 、 律 令 国 家 の 初 代 天 皇 と 文 位 置 づ け ら れ る よ う に な っ た と い う 。 以 上 の よ う に 考 え る な ら ば 、 奈 良 時 代 を 「 天 武 系 」 の 全 盛 時 代 と す る 通 説 は 、 根 本 的 に 見 直 す 必 要 が あ る と 藤 堂 氏 は 提 唱 し て い る の で あ る 。 こ の 藤 堂 説 を 参 考 に す る な ら ば 、 六 九 九 年 の 斉 明 陵 ・ 天 智 陵 の 「 新 造 」 過 程 で 、 と く に 天 智 陵 が 特 別 な 場 所 を 選 ん で 造 営 さ れ た こ と に よ っ て 、 天 智 に 関 し て ま っ た く 新 た な 評 価 、 新 し い 権 威 が 生 み 出 さ れ た こ と に な る 。 そ れ は 持 統 が 主 導 し た も の で あ っ た と 見 ら れ る が 、 七 〇 一 一 年 に 持 統 は 死 去 す る 。 そ の 後 、 七 〇 七 年 の 元 明 即 位 の 時 に 文 武 の 権 威 や 正 当 性 を 保 証 す る 法 と し て 天 智 制 定 の 「 不 改 常 典 」 が 登 場 す る こ と に な る の は 、 持 統 の 異 母 妹 元 明 が 、 持 統 に よ っ て 創 始 さ れ た 天 智 の 新 た な 評 価 や 権 威 を 踏 襲 し た 結 果 と 考 え る こ と が で き よ う 。 だ が 、 こ こ で 注 意 し な け れ ば な ら な い の は 、 藤 堂 氏 は 天 智 が い わ ゆ る 皇 統 の 起 点 ( 始 祖 ) と 認 識 さ れ て い た と は 明 言 し て い な い こ と で あ る 。 藤 堂 氏 自 身 は 、 奈 良 時 代 を 「 天 武

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4 吉 野 行 幸 ー 持 統 の 即 位 事 情 : ・ 盟 約 ー 吉 野 へ の 道 / 大 津 皇 子 の 「 謀 反 」 / 珂 瑠 皇 子 誕 生 の 波 紋 / 即 位 ー 再 び 、 吉 野 へ の 道 / 「 大 君 は 神 に し ま せ ば 」 / 斉 明 ・ 天 智 へ の 帰 属 意 識 文 武 皇 統 意 識 の 形 成 文 武 天 皇 と 「 不 改 常 典 」 史 上 最 初 の 皇 太 子 / 持 統 の 天 皇 位 の 由 来 / 「 不 改 常 典 」 の 登 場 / 本 当 に 天 智 が 制 定 し た か 創 出 さ れ た 天 智 の 権 威 斉 明 ・ 天 智 陵 の 「 営 造 」 / 天 智 陵 の 特 殊 な 位 置 / 天 智 は 律 令 国 家 の 初 代 天 皇 / 天 智 は 皇 統 の 始 祖 に あ ら す / 法 ・ 制 度 の 創 始 者 と し て の 天 智 「 倭 根 子 ー か ら 「 天 之 真 宗 」 へ ・ 「 倭 根 子 豊 祖 父 」 と は 何 か / 持 統 の 諡 号 と の 対 応 性 / 持 統 ・ 文 武 の 諡 号 改 定 の 意 味 / ホ ノ ニ ニ ギ と し て の 文 武 / 文 武 が 「 大 行 天 皇 」 と さ れ た 理 由 皇 統 の 護 持 者 た ち : 不 比 等 に 下 賜 さ れ た 経 済 的 特 権 / 「 藤 原 朝 臣 」 独 占 の 意 味 / 不 比 等 に 課 せ ら れ た 特 命 / 草 壁 皇 子 へ の 準 天 皇 待 遇 / 文 武 の 遺 詔 の 重 み / 皇 統 護 持 の た め の 「 中 継 ぎ 」 天 皇 / 皇 統 護 持 の 名 の も と に 2 4 5 2