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1. 世界史の誕生 : モンゴルの発展と伝統

280 『集史』には、まだ全訳がない。次は、原本の第一巻だけのロシア語訳である。 L. A. Khetagurov, O. I. Smirnova tr. , R 房ミミミ S トミ 0 S ミ・ , Tom l, Kniga pervaya 陸 Kniga vtoraya. lzdatel'stvo Akademii Nauk SSSR, Moskva 年 Leningrad, 1952. なお、前出の The Successors 、 G ミ S K ミは、同じく『集史』の第一巻の、チンギス・ ーン ( 元朝の成宗皇帝 ) までの部分だけの英訳で ーンの息子たちからテムル・オルジェイト・ ある。 『フラーン・デブテル』には、次の日本語訳がある。 稲葉正就・佐藤長訳『フウラン・テプテルーチベット年代記ー』 ( 法蔵館、一九六四年 ) 『元朝秘史』は、十四世紀に、モンゴル語原文を漢字で音訳して漢訳を附した本が、明朝の太祖 洪武帝の命によって編纂刊行された。この本の音訳漢字を口 1 マ字化したのが、次のものである。 白鳥庫吉訳『音訳蒙文元朝秘史』 ( 東洋文庫、一九四一一年 ) 『元朝秘史』のモンゴル語原文からの全訳としては、原本が含む漢訳を除けば、次の一九〇六年 に完成した日本語訳が世界でもっとも古い。文体は擬古文である。 那珂通世訳注『成吉思汗実録』 ( 大日本図書、一九〇七年。筑摩書房、一九四三年 ) 「元朝秘史』のロ語体の日本語訳には、次のものがある。ただし正字体の漢字、歴史的仮名遣い を用いる。 小林高四郎訳注『蒙古の秘史』 ( 生活社、一九四〇年 ) もっとも手に入りやすい『元朝秘史』の日本語訳は、次のものである。擬古文とロ語文の折衷の

2. チャタレイ夫人の恋人 : 完訳

完訳チャタレイ夫人の恋人

3. 漢語林 改定版

ぐれている。右は、上。〔史記、田叔伝〕 ①ふみ。⑦貴ぶべき書物。「経典」④書籍。「古典」 2 の【典範】のり。おきて。てほん。規則。 8 り ( 法 ) 。法則。手本。 3 みち ( 道。おしえ ( 教 ) 。つね ( 常 ) 。【典墳】①中国古代の三皇・五帝が書いたと伝える三 ④礼。礼式。「祝典」 6 よりどころ。しきたり。「出典」 6 た墳・五典の略称。②古書。古典。 【具第グ 兼 だしい。また、みやびやか。上品。「典雅」⑦つかさどる ( 主 ) 。【典舗・典《鋪】質屋。 筆目旦目 ⑧質に入れる。国さかんいわん。大宝令の官制で、大宰府の【典△謨ン①「書経」の二典 ( 尭典第ウ・舜典ン ) 三謨 典 ①そなわる。 AJAJ のう。つっている。 2 そなえる。そ四等官。 ( 大禹謨ウ・皋陶謨ョウ・益稷ク ) をいう。②転じて、 具 るえておく。準備する。Ⅱ備。 3 そなえな。〇したく。準備。客乗一おき・すけ・つかさ・つね・のり・ふみ・みち・よし 古代の聖賢のりつばなことば。 会意。冊 + 一ハ。冊は、書物の象【典薬 ( 藥ア曻ク国昔、宮内省にあった役所で、宮中 菊な。。倶。 60 ふさに。詳」くどま 0 く。国名①段。「 ( 「 形。一ハは、物をのせる台の象形。との薬のことをつな分 ) った。その長官は、典薬頭。 一道具。「政争の具」 2 料理で、きざんで汁や混せ飯などに入 , マ」い書物の意味から、転じて、みち・のりの意味を表す。【典礼 ( 禮 ) 】①一定の儀式。儀式作法。②儀式をつ L れるもの。マ栄典・恩典・外典・楽典・旧典・訓典・経典・慶典・原か戛」る役。 菊客 AJO 第具下場 文形声。目 ( 貝 ) + 廾。音符の廾典・古典・五典・香典・国典・祭典・祀典・字典・事【典例】よりどら ? 」なる先例。しきたり。 画 一戸は、両手でさ六けるの意味。典・辞典・釈典・祝典・出典・掌典・賞典・瑞典・聖【典麗】正しく美しい。整 0 て美しい。 8 貝は、かいの象形。金品を両手でけ置く、そな意典・大典・通典・特典・内典・仏典・宝典・法典 【典論】書名。三国、魏ギの文帝 ( 曹丕の著。もと、 一味を表す。 【典衣ン①衣服を質に入れる。②君主の衣服をつかさ五巻。六朝文学批評論の先駆であるが、現在はその一部 マ雨具・家具・絵具・玩具・器具・供具・敬具・エどる官。〔韓非子、二柄〕 しか伝わらない。 具・香具・祭具・什具をウ・寝具・葬具・装具・道具・農【典謁 ( 謁 ) 】来客の取り次をつか」る。また、その役。 一並ア部第ージ。 一酋〒酉部 ~ ージ。 【典雅ン①正しくみやびやか。②古い書籍。古書。 入具・備具・表具・武具・仏具・文具・文房具 【具眼アンものことの善悪を判断する眼識 ( 見識 ) のあるこ【典楽 ( 樂 ) 】昔、音楽をつかさどった官。 ↓リ部一元。ヘージ。 と。また、その人。 「た、実際にあらわれる。【典冠】君主の冠をつかさどる官。〔韓非子、一一柄〕 【具現アン①ことこまかにあらわす。②実際にあらわす。ま【典儀ン①のり。てほん。②儀式。③中国、南北朝時 4 かねる八 代、朝廷の儀式をつか」った官。④国昔、朝賀・即位八 【具象プ , ウ形にあ - れていること。具体。↑抽象。 礼などの儀式をつな」った官。多く少納言第任じた。 【具上】ウことこまかに申し上ける。具申。「その文書。 第〉争兼 【具状 ( 状 ) ア , ウ事情をこまかに書いてさし出すこと。また、【典拠 ( 據 ) 】芻正しいよりどころ。 「来。【典刑】①昔からのおきて。②てほん。模範。「古文典①かねるあわせる。あわせて手に入れる。 2 かねて。あわ 【具申プンことこまかに申し上ける。具上。 せて。 A に。国①かねる 2 。 : ・しがたい。 : ・で亠い。 2 か 【具臣プン員数に入っているだけで、なんの能力もない家刑」③一定して変わらない刑罰。 ねて。前もって。あらかじめ。「兼題」 【具足】′①完全にそろっている。具備。②器具の総称。【典型】かた。てほん。模範。儀型。 道具。③⑦国甲胄ウ ( よろいかぶと ) 。鎧。④同伴【典故ン典拠となる故事。しきたり。「と、刑務所の長。客かす・かた・かぬ・かね・ A 者。部下。また、同伴すること。 【典獄】①裁判をつかさどること。また、その官。②国も冐〔兼〕は正字。〔無〕は俗字。 会意。 fi ( 又 ) + 林。又は、手の象 【具体 ( 體 ) 】に①全体を完全にそなんていること。②形を【典侍】国①内侍司蓍ルのの次官。ないしのすけ。②宮文 そなえていて、それとはっ去のわかること。また、実際的な内中の女官で最も地位の高いもの。 形。林は、並んで植えられている稲 容をそなえていること。具象。↑抽象。 の意味。並んだ稲をあわせて手につかむさまから、かねるの 【典章】ウのり。おきて。典制。制度文物。 意味を表す。兼奪日符に含む形声文字に、線鎌 ~ ・廉・ 【具体 ( 體 ) 的】イ形におれて ( 実際的に内容があっ【典常】ウ人として常に守るべき道。 て ) わかりやすいさま。具象的。抽象的。 マ気兼・摂兼・井兼 L 簾 ~ ・謙・嫌ながある。 【典制】のり。おきて。典章。制度文物。 【具陳】第ことこまかに申しのべる。 【典籍】書物。書籍。 【兼愛】翳自分と他人とを区別せす、すべての人を自分同 【具備完全にみらっている。具足。 様に、無差別平等に愛すること。中国の戦国時代に墨子 【典△膳】天子の食膳をつか」る官。 【典属 ( 屬 ) 国 ( 國ラク漢の武帝のとき設けた官で、降の唱えた説。 服した異民族のことをつな邑った。 【兼学 ( 學 ) 】一一種類以上の学問を兼ね学ぶ。 【典当 ( 當 ) 】品物を質に入れて金をかりること。また、そ【兼官】本官のほかに、別の官をかけもっこと。 第「曲血典 の品物。質ぐさ。抵当。担保。 【兼業】ウ本業のほかに、別の業務をかねること。 文 金 テン diän 5 ケン第】 jiän

4. 漢語林 改定版

1289 中国学芸年表 ( 1644 ~ 1912 ) ー一六三六 ) 。叉清〉崇徳元年。国号を大清と一六一宅島原の乱。 本阿弥光悦一六一宅 改む。 烏丸光広一六一穴 一 0 丁丑一六一宅宋応星、「天工開物」を著す。 三己卯一六一元陳継儒 ( 一五五ヘー一六三九 ) 。・都敬 ( 一会へー一六三一六三九鎖国令。 松花堂昭乗一六一一九 一三庚辰一六四 0 張端図一五 ?() ー一六岩 ? ) 。 一四辛巳一六四一流賊李自成 ( 一六実ー一六四五 ) 、洛陽を占領。・張 溥囎ウ ( 一六 0 一一ー一六四一 ) 。 一六癸未一六四三〈清〉崇徳八年。太宗 ( ? ー一六四三 ) 没、世祖嗣ぐ。天海一六四三 一七甲申一六李自成、北京に侵入、毅宗ハウ自殺して、明、滅 亡。・倪元瑯第。 ( 一発一ー一六四四 ) 。・凌濛初芻冖 , ( ? ー一六 ) 。「白案驚竒」 一六四四 世祖順治元甲申世祖 ( 一六三ヘー一六六一 ) 、李自成を追い、北京を都 として中国に君臨。清時代、考証学盛ん。・明 の遺王遺臣、南方に逃れ回復を計る。 一一乙酉一六四五明の劉宗周 ( 一五大ー一六四五 ) 。・文震亨。ウ ( 一五沢庵一六四五 会 5 一六 ) 。・楊文ソウ ( 一五九七ー一六四五 ) 。 三丙戌一六四六明の黄道周 ( 一五会、一六四六 ) 。「博物典彙」・馮 夢竜 , ウ ( 一五詣ー一六四六 ) 。「古今小説」・阮大鍼 小堀政一 ( 宗甫・ ′イセイ ( 一五全ー一六四六 ) 。「春燈謎」「燕子箋」 遠州 ) 一六 四丁亥一六四七明の曹学俺セ , ( 一亳四ー一六 ) 。 中江藤樹一六哭 五戊子一六哭文従簡 ( 一亳四 5 一六哭 ) 。 六己丑一六四九艾儒略りヤク ( イタリヤ人宣教師、ジュリオ・那波活所一六哭 アレニ。一五へ了一六咒 ) 。「職方外紀」「西学凡」「出谷時中一六咒 △デカルト一六吾 像経解」 九壬辰一六五一一王鐸 ( 一五空ー一六五一 l) 。・陳洪綬 ( 一五究ー一六五一由井正雪の 乱。徳川家光 一六五一 l) 。・万寿祺キ ( 一六 0 三ー一会 D 。 一五九六ー一六七一 l) 、日一六五一 一 0 癸巳一六吾一明の独立ウ ( 戴曼公「 ' 。 松永貞徳一六吾 本に帰ヒ。 二甲午一六五四侯方域 ( 一六一ヘー一六五四 ) 。明の隠元 ( 一究一一ー一六 当 l) 、日本に渡行。黄檗宗を開く。 一六「大日本史」 一五戊戌一六犬馬驢ウ ( ? ー一六五 0 。車項聖謨又一五発ー一六編集の史局開設。 一六己亥一六五九明の毛晋 ( 一五究ー一六発 ) 。「十三経」「十七 史」「津逮秘書」を刊刻。 * 朱之瑜 ~ 戈舜水ン。一 六 00 ー一六へ一 l) 、日本に帰化。水戸光圀に招かる。野々村仁清一六六 0 一へ辛丑一六六一明の永明王、ビルマに逃れて捕えられ、清に 送遠殺害。明の大統絶滅。・衛匡国羇ウ。ク ( オー ストリア人宣教師、マルチン・マルチニ。一六一四 ー一六六一 ) 。一六四三年渡来。途中一時帰国中出版の ツ。ハにおける中国地図の 「支那地図」はヨーロ 最初。「韃靼戦争記」 聖祖康煕元壬寅一六六一一聖祖康熙帝 ( 一六五四ー一七一三 ) より高宗乾隆帝 ( 一△。ハスカル一六六一一 ー一七究 ) にかけ、大規模の出版事業行わ松平信綱一六六一一 る。・鄭成功。ウ ( 朱成功・国姓爺ャ。一六一一四ー酒井田柿右衛門 一六六一 l) 。鄭芝竜 ( 一六 0 四 5 一六六一 ) と日本人田川氏の ( 初代 ) 一六六三 間に生まれ、廈門「・台湾に拠って明朝の回復 を計る。 三甲辰一六六四明の銭叢益 ( 一五へ一了一六六四 ) 。 * 藍瑛 ( 一五へ五ー 一六六四 ) 。 五丙午一六六六湯若望 ( ドイツ人宣教師、アダム・シャール。△一六六六ニュート ー一六六六 ) 。一六一三年渡来。「崇禎暦書」また、望ン、万有引力 発見。 遠鏡などを製作。 六丁未一六六七文柑舅 ( 一五突」一六六七 ) 。 一 0 辛亥一六七一呉偉業 ( 一六 0 九ー一六七一 ) 。「永和宮詞」 石川丈山一六亠一一 リョウっウ 一一壬子一六七一一周亮工まウ 三癸丑一宅三三藩 ( 雲南の平西王呉三桂・広東の平南王尚 之信・福建の靖南王耿精忠 ) の乱起こる ( 一六 八一 ) 。・宋碗 ( 一六一四ー一六当 ) 。・襲鼎孳ハ ( 一六一 五ー一六七三 ) 。・蕭雲従ウ ( 一五突ー一奄三 ) 。・黄 向堅 ( 一六 0 九ー一毫三 ) 。 狩野探幽一六 一四乙卯一五孫奇逢 ( 一五へ四ー一宅五 ) 。 一六丁巳一六毛張爾岐ウ ( 一六三ー一六七 ) 。・王鑑 ( 一五究ー一六七△スピノーサ一六 一九庚申一六へ 0 魏祺乂一六一一四ー一六へ 0) 。・王時敏 ( 一五空ー一六へ 0 ) 。林春斎 ( 鵝峰 ) 一六 ・李漁 ( 一六一一ー一交 0 ) 。「笠翁十種曲」 山崎闇斎一六へ一 一一一壬戌一六へ一一顧炎武 ( 亭林。一六一三ー一六へ一 l) 。「日知録」 ( 一六一ヘー一六へ三 ) 。・呂留良 ( 一六元西山宗因一六へ一一 一三癸亥一六へ三施関章ュン , ; ウ 一三甲子一六会呉兆騫《 . ケ , ( 一六三一ー一六へ四 ) 。・傅山買 ( 一六宅 ー一六へ四 ) 。・沈筌劈 ( 一六一一四ー一六へ四 ) 。・顧見童 ( 一六 山鹿素行一六会 0 六ー一六会 ) 。 毛戊辰一六へへ南懐仁 ( ベルギー人宣教師、フェルビース「中朝事実」 ト。一六一一三ー一六へへ ) 。一六五九年渡来。暦法の改革、大 砲の鋳造などを行う。「坤輿全図・同図説」 一穴己巳一六へ九ロシアとネルチンスク条約を締結。・襲賢一六き湯島に聖堂 建立。 元庚午一六九 0 「大清会典」 ( 一六一一巻 ) 完成。・汪腕第 ( 一六一一四ー一熊沢蕃山一究一 究 0 ) 。・王武 ( 一六三一一ー一六き ) ・惲格 ( 南田。一六三三土佐光起一六九一 ー一六九 0) 。 = 一一壬申一容一王夫之 ( 船山。一六一九ー一六九一 l) 。・顧祖禹 ( 一六三 ー一六九一 D 。「読史方輿紀要」・宣重光ウ。ウ ( 一六一一 三ー一六九一 l) 。 ー一六九三 ) 。・鄭竄誓 ( 一六一三ー一六九井原西鶴一六空 一一三癸酉一六九三冒襄蓊ウ ( 一六二 ー一六九四 ) 。「読礼通考」・徐枋松尾芭蕉一六九四 三三甲戌一六九四徐乾学 ( 一六一一一一 話乙亥一究五黄宗羲 ( 一六一 0 ー一六 ) 。「宋元学案」「明儒学案」

5. チャタレイ夫人の恋人 : 完訳

落部分があるのではないか、この書物は削除版だというがいつまでこんなかたちの出版を放 置しているつもりか。いつのまにか、そういうような質問が編集部に寄せられる時代になっ ていた。昭和二十五年にはじまり、昭和三十二年最高裁判所大法廷にまで争われた「チャタ レイ夫人の恋人ー裁判、あの大文学裁判のことを知っている人々はすでに少数派になってい 伊藤整訳、『チャタレイ夫人の恋人』の完全訳版が出版されたのは、昭和二十五年四月だ った。上下二巻で出版され、下巻は同年五月に発行された。出版元は小山書店。同店の企画 恋した「ロレンス選集、の最初の配本がこれだった。この選集はロレンスの主要作品を含み、 つねあり 全体で十七巻になるはずだった。訳者として伊藤整のほか、吉田健一、福田恆存、中野好夫 にしきみはた などがいた。第二次世界大戦が終わり、一一一一〔論の自由が錦の御旗となり、思想的にも風俗的に も開放的になった時代の空気のなかでの出版だった。 英国貴族の若い奥方が、領地の森の管理人と肉体的な関係を持っ話。その肉体的交渉が赤 裸々に語られる話ということで、この訳書はたちまちベストセラーになった。そうして、当 然のなりゆきとして警視庁当局の目をつけるところとなり、同年六月訳書は出版社の倉庫か らばかりでなく全国の小売店の店頭からも押収された。九月に入って、発行人小山書店主小 わいせつ 山久二郎と訳者伊藤整は猥褻文書頒布のかどで、刑法百七十五条で罰すべきものとして起訴 された。これがチャタレイ事件の発端だった。東京地方裁判所で行なわれた裁判は昭和二十 六年五月八日に始まり、総計三十六回の公判が行なわれ、翌昭和二十七年一月十八日に判決 564 はんぶ

6. 長谷川伸全集〈第16巻〉

〔小説〕百番目の女 ( 「オール読物』三月号 ) 高橋お伝の血 ( 「キン 昭和三十四年 ( 一空九 ) 七十五歳 グ』八月夏の読切小説集 ) 新日本捕虜志その劇は週刊朝日』八月一月五日夜、「私の秘密」テレビ) の対面で、五十四年ぶり・ に国府台野砲兵第一連隊補充大隊時代の友人 ( 笹本正時 ) に逢う。 十日特別号 ) 相手の眼で、とっさに昔の友人であることが判ったという。十月十 〔戯曲〕七九六名収容 ( 七月作未上演 ) 日夜、「人生はドラマだ」 (Z9>) の第一回、「長谷川伸」に出演 . 〔ラジオドラマ〕同じ奴 ( 六月八日夜 Z 市村羽左衛門・細川 する。 ちか子 ) 〔戯曲〕金百両如来 ( 「舞台』〈第二次〉四月号未上演、ただし作品 昭和三十ニ年 (IR") 七十三歳 一月十日、冬夏会 ( 勉強会 ) 発足。出席者は、土師清二、山岡荘そのものは昭和二十六年三月に完成していた ) 昭和三十五年 ( 一九六 0 ) 七十六歳 、村上元三、一尸川幸夫、鹿島孝一一、棟田博、玉川一郎、志智双 六、池波正太郎、邱永漢、赤江行夫、西川満。このころは、健康状久々に、大作「印度洋の常陸丸」の執筆にかかる。十月、二十六日・ 態があまりよくなかったにもかかわらず、二十六日会 ( 戯曲 ) 、新鷹会、新鷹会、冬夏会は、長谷川伸の喜寿の記念として「長谷川伸戯 会 ( 小説 ) 、冬夏会、八日会 ( ラジオドラマ ) などの勉強会が自宅で曲集』上、下を刊行した。この秋、紫綬褒章を辞退。 〔小説〕印度洋の常陸丸 (r 大衆文芸』一月号ー昭和三十六年二月・ 行われ、後進の指導、相談相手などで、ゆっくり療養するひまもな 号 ) かった。二月初旬から風邪ぎみだったのが悪化し、二月二十八日、 〔ラジオドラマ〕阿丁という名の万吉 ( 四月十六日夜 Z 松本 築地明石町聖路加病院に入院、治療の結果、三月二十三日退院し 幸四郎 ) た。内外タイムスに随筆「生きている小説」の連載をはじめる。 昭和三十六年 ( 一九六 D 七十七歳 〔小説〕三代目扇歌と女 ( 『週刊朝日』三月二十九日特別号 ) ガラ 永年にわたって資料を蒐集し、また小説としては最後の作品となっ シャ夫人由縁の母子 ( 『オール読物』十月号 ) 〔ラジオドラマ〕飛騨の旅笠 ( 九月六日夜松本幸四郎・水た「日本敵討ち異相」の執筆を始める。 〔小説〕日本敵討ち異相 ( 「中央公論』十二月号ー昭和三十七年十・ 谷八重子・市川中車・守田勘弥 ) 一一月号 ) 昭和三十三年 ( 一空 0 七十四歳 昭和三十七年 ( 一九六一 D 七十八歳 譜「わが一代記」 ( 一月二十・二十一・二十二日 Z X) 「絵本太閤記 の教科書」 ( 九月二十日 ) 「お便り有難う」 ( 十月二十一日文一月、大衆文学と演劇に尽した多年の功績と「長谷川伸戯曲集』 年化放送 ) 「随想あれこれ」 ( 十一一月八・九・十・十一日 ZXX) な ( 昭和三十五年十月上巻十二月下巻新小説社 ) の完成に対し 9 ど、ラジオ随筆を通じての活躍が目立った。また、各勉強会を通て、朝日新聞社より、「朝日文化賞」を贈られた。また、長谷川伸の じて、後進の創作指導と人づくりに心血をそそぐ。 最後の仕事となり、文字通り絶筆となった随筆「我が足許提灯の記い

7. 長谷川伸全集〈第10巻〉

物市立み 45812 長谷川伸全集第十巻 ある市井の徒ほか細 全十六巻・第六回配本 一二〇〇円 昭和四十六年八月十五日発行 著者長谷川伸 発行者朝日新聞社角田秀雄 印刷所凸版印刷 発行所朝日新聞社 東京大阪北九州名古屋 0 装幀原弘 帯挿画岩田専太郎 6

8. 長谷川伸全集〈第7巻〉

布立曾 458U9 長谷川伸全集第七巻 相楽総三とその同志はか 全十六巻・第十回配本 一三〇〇円 昭和四十六年十二月十五日発行 著者長谷川仲 発行者朝日新聞社角田秀雄 印刷所凸版印刷 発行所朝日新聞社 東京大阪北九州名古屋 装幀原弘 帯挿画岩田専太郎 6 0393 ー 240107 ー 0042

9. チャタレイ夫人の恋人 : 完訳

新潮文庫 完訳 チャタレイ夫人の恋人 ロレ 伊藤 伊藤 新 潮 ンス 整訳 礼補訳 社

10. 文學界 2016年08月号

一九九九、三〇九ー三一〇頁。 ー三一二頁。傍点は原著者。 ( ) 司馬遼太郎、同書、三一 (E=) このような乃木 ( または乃木の家族 ) に対する偶像化の影は大 日本帝国末期に時代と妥協した朝鮮の作家たちにもあらわれて します。たとえま、。、 ノク・テウオンの『軍国の母』 ( 一九四一 l) 、 キム・サンドクの『母のカ』 ( 一九四三 ) 、チェ・マンシクの 安人戦記』 ( 一九四四 ) のような作品です。 ( リ司馬遼太郎「あとがき二」、上掲書、三一五頁。 ( 四 ) 司馬遼太郎、同書、三一九頁。 ( ) ルカ 1 チ『ルカーチ著作集 3 歴史小説論』、伊藤成彦・菊盛 英夫訳、白水社、一九六九、三三ー三四頁。 ( 幻 ) 拙稿「歴史小説とは何か」、『文化科学』、一一〇一〇年秋号。 ー一一三二頁。 ( ) 司馬遼太郎「あとがき二」、上掲書、三二一 ( ) 司馬遼太郎「あとがき一」、上掲書、三〇九頁。 ( 幻 ) イ・ムニョル『不滅』 ( 第一一巻 ) 、民音社、二〇一〇、一九五ー 一九六頁。 ( ) イ・ムニョル、同書、二〇二頁。 ハトンタッチするか ( % ) 漱石が日本に到着した日 ( 十月十四日 ) 、 のように今度は伊藤博文が満州旅行を始めます。彼もまた漱石 のように大阪商船でひとまず大連に向かいました。そして長春 を経由して十月二十六日にとうとう哈爾浜に到着します。 ( ) 小森陽一『ポストコロニアル』、岩波書店、二〇〇一、六二ー 六四頁。 ( ) 若松伸哉「安重根へのまなざしーー漱石「門」と鵐外訳「歯痛」」、 「日本近代文学』、二〇〇五年七一一号。 ( 四 ) 夏目漱石『門』、『漱石全集』 ( 第四巻 ) 、岩波書店、一九六六、 六四四ー六四五頁、新字・現代仮名遣いに改めた ( 以下同 ) 。 傍点と傍線は引用者。 ( ) 夏目漱石、同書、六四三ー六四四頁。 ( 引 ) 夏目漱石「こころ』、「漱石全集』 ( 第六巻 ) 、岩波書店、一九六 六、二八六ー二八七頁。 ( ) ちなみに乃木希典自身は伊藤博文が暗殺で死んだことを内心羨 います。これは当時明治の元老たちがもっ ましがっていたとい ていた一般的な考えだったようです。畳の上でカなく死ぬより は満州の地で刺客の手にかかって死ぬほうがずっと侍らしい最 期だと考えていたのです。 ( 芻 ) 事実『坂の上の雲』の批判のひとつが当時の朝鮮に対する言及 をほとんどしなかったことです ( この無言及が「無視」、「目を そらすこととして解釈された ) 。ところが司馬遼太郎はすく なくとも日本の相手であったロシアの立場に立って当時戦争を 見つめるのに少なからぬ紙面を割きそれなりのバランスをとっ む ています。 シムチョン ( ) このような日本史の圧縮はファン・ソギョンが『沈静』で試み を 4 こ要」か亠の一り . 土亠 90 イサン ( 肪 ) 私はキム・ヨンスの小説『グッパイ、李箱』に登場する誤謬を 一卩 ひとっ指摘したことがあります。 人 国 ( ) イ・ムニョル「不滅』 ( 第一巻 ) 、民音社、二〇一〇、三六四ー 韓 三六五頁。 ( ) イ・ムニョル、同書、三五七頁。 ( ) 司馬遼太郎「あとがき四」、上掲書、三三六 ー三三七頁。