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検索対象: 完訳 日本の古典 第十八巻 源氏物語 ㈤

完訳 日本の古典 第十八巻 源氏物語 ㈤から 10000件見つかりました。
1. 完訳 日本の古典 第五十七巻 雨月物語 春雨物語

完訳日本の古典第五 + 七巻雨月物語春雨物語 昭和年 9 月日初版発行 定価一九〇〇円 校注・訳者高田衛中村博保 発行者相賀徹夫 印刷所大日本印刷株式会社 発行所株式会社小学館 〒期東京都千代田区一ッ橋一一ー三ー 振替口座東京八ー一一〇〇番 電話編集 ( 〇三 ) 一一三〇ー五六六九製作 ( 〇三 ) 一一 三〇ー五三一一一三販売 ( 〇三 ) 二三〇ー五七六八 ・造本には十分注意しておりますが、万一、落丁・乱丁 などの不良品がありましたらおとりかえいたします。 ・本書の一部あるいは全部を、無断で複写複製 ( コピー ) することは、法律で認められた場合を除き、著作者およ び出版者の権利の侵害となります。あらかしめ小社あて 許諾を求めてください。 Printed in Japan ◎ M. Takada H. Nakamura 1983 ( 著者検印は省略 ISBN4 ・ 09 ・ 556057 ・ 6 いたしました )

2. 完訳 日本の古典 第五十七巻 雨月物語 春雨物語

さくらやま のは戦後になってからのことであった。現在十巻本の形を伝える伝本として、桜山文庫本 ( 鹿島則幸氏蔵 ) 、 うるしやま せいそう 小津家旧蔵の西荘文庫本、漆山本 ( 「捨石丸」と「樊噌」を欠く ) の三本が数えられているが、いずれも「文化 五ロ 五年春三月瑞竜山下の老隠戯書于時歳七十五」の奥書があって、文化五年本と称されている。富岡本 雨 ( 自筆巻子本 ) は、この文化五年本を改稿したもので、最も完成された形を示しているが、「序」「血かたび はんかい あまつおとめ 天ロ ら」「天津処女」「海賊」「目ひとつの神」「樊噌上」の五編のみの欠本である。この最終稿のかたちを示すも 一三ロ 月のには、ほかに田原本と称する富岡本の転写本があるが、「序」と冒頭の三編しか分っていない。また富岡 だんかん かんす 本の残り半分と推定される断簡が天理巻子本の名で天理図書館に収められている。このほか、ごく初期の腹 さっす 案を記した天理冊子本、「春雨草紙」 ( 佐藤古夢本 ) と命名された下書き草稿が現存している。 いそう その位相『春雨物語』を読む場合、その作品としての位相と方法の特殊性をしつかり見定めながら接する よみほん について必要がある。『春雨物語』は、同じ読本に分類はされているが、『雨月物語』に直接つながるかた ちはもっていない。『雨月物語』を刊行した安永五年 ( 作者四十三歳 ) から、『春雨物語』が形を得た文化五 、だた 年 ( 作者七十五歳 ) の間には約三十年の距りがあって、その間に秋成は、文人知識人としての自己を確立し、 古典の考究に没頭するとともに、五十四歳の退隠以後は、自己を凝視する情神の成熟を経験していた。そう した作者の精神の変化は、当然のことながら、物語を書く作者の位置とその書き方 ( ェクリチール ) に違い を生じさせていた。そうした位相の相違は、何よりも二つの序文の違いによく現れている。 『雨月物語』の序文においては、文字言語を象徴する漢文体を用いることによって、虚構の位置と知的で鋭 角的な小説の一「ロ語がみずから指示されていたが、読者に直接コミュニケートする姿勢はむしろ明瞭に示され ていた。署名による社会的な位置づけと有効性を消去していたところに戯作の本質があって、自己が戯作と げさく

3. 完訳 日本の古典 第五十七巻 雨月物語 春雨物語

読み、かっ読ませるように書いていた当時の書き方のルー 昭和七年、東京都生れ。昭和三十一年、早稲田大学卒。 ル ( 趣向 ) ーーーもちろん、小説の表層ではなく、深層を読 近世小説専攻。現在、静岡大学教授。主著は『雨月物語 むわれわれ近代の読者は、このルールに拘束される必要は評釈』 ( 共著 ) 『春雨物語他 ( 日本古典文学全集 ) 』 ( 共著 ) 。 ないーーにおいて、挿絵も小説的な修辞の一部をなしてい付属静岡中学校長としてもご多忙な毎日である。 たわけで、題材としての『懐硯』が暗示されていたと同時〈編集室より〉 に、その題材からの脱化、つまり俳諧的な転換といったも☆第十回配本『雨月物語・春雨物語』をお届けいたします。 のも、この図によって示されていたと想像されるのである。三十五歳で書かれた『雨月』、六十九歳の折に出来た『春 俳諧的な転換があったとすれば、もちろん、相似よりは相雨』と、三十五年の隔りを持って成った二大代表作です。 ☆次回 ( 五十八年十月 ) 配本は、お待たせしておりました 違を示すためのものであった。 それにしても、「二世の縁」を書いた時の秋成の頭のな『源氏物語二』 ( 阿部秋生・秋山虔・今井源衛・鈴木日出 かにこの詐欺僧説話の記憶があったとすると、また新しい男校注・訳定価千七百円 ) です。 醜女末摘花を誤って手折ってしまうが、同情を持って見 読み方を求められていたことになるようである。 せいがいは 守る光源氏 ( 末摘花 ) 、青海波を舞い人々の注目を一身に 集める晴がましさの陰に、永遠の人藤壺が不義の子を出産 〈著者紹介〉 ( 紅葉賀 ) 、春の夜に朧月夜と契ってしまう多情な源氏 ( 花 高田衛 ( たかだまもる ) 昭和五年、富山県生れ。昭和二十八年、早稲田大学卒。宴 ) 、正妻葵の上と想い人六条御息所の車争いに端を発し、 中近世文学専攻。現在、都立大学教授。主著は『上田秋長男タ霧を生んだ葵の上は、御息所の生霊にとり殺される 成年譜考説』『上田秋成研究序説』『雨月物語他 ( 日本古 ( 葵 ) 、源氏の思慕を退けるために藤壺は出家、朧月夜尚侍 典文学全集 ) 』 ( 共著 ) 『八大伝の世界』。主に関八州を中との秘かな逢瀬は発覚する ( 賢木 ) 、そして五月、源氏は 昔逢った花散里を訪問する ( 花散里 ) 。 心とした絵馬の収集を趣味とされている。 光源氏十八歳から二十五歳までを描く六帖を収めました。 中村博保 ( なかむらひろやす ) しこめ

4. 現代日本の文学 18 石川 淳 集

第一一巻に発表。五月、「狐の生肝」を「新潮」に発表、小説集「霊一月、「横綱の弁ーを「酒」に寄稿、「おあいにくさま」を「中央公 薬十二神丹」および「石川淳集」 ( 新選現代日本文学全集 ) を筑摩論」に発表。一一月、新潮社版日本文学全集「森外」に解説「森 書房より刊行。六月、上田秋成没後百五十年記念講演会において外の作品について」を寄稿。一一月、「石川淳全集」を筑摩書房より 「秋成私論」を講演。七月、「敗荷落日」を「新潮」に発表、「独立刊行しはじめる。翌年十二月全十巻完結。四月、編「文壇よ の精神について」を「東京新聞」に三回連載。七月と十月の一一回、もやま話」 ( 青蛙書房刊 ) に放送対談「石川淳の巻」を収録、「越天 「影ーを「中央公論文芸特集 , に連載。八月、「獅子のファルス」を楽」を「小説中央公論」に発表。五月、多年にわたる作家業績によ 「新潮」に発表、「秋成私論」 ( 講演会速記による ) を「文学」に掲り第十七回芸術院賞を受賞。六月、「一冊の本」を「朝日新聞」に 載。十一月、「裸婦変相」を「新潮」に発表、「思想は食へるもの寄稿。七月、「ことばに手を出すな」を「新潮」に発表。九月、俳 か」を「近代日本思想史講座」 ( 筑摩書房刊 ) 月報 3 に寄稿、小説優座上演台本「おまへの敵はおまへだ」を「群像」に発表、ついで 集「影」を中央公論社より刊行。十一一月、「にせ神父」を「別冊文筑摩書房より刊行。公演プログラムに「挨拶」を寄稿。同月より十 藝春秋」に発表。 月にかけて、同台本は東京・新潟・名古屋・大阪・神戸・岐阜の各 昭和三十五年 ( 一九六〇 ) 六十一歳地で上演された。十月、「京都ぶらぶら」を「きようと」秋号に寄 一月、「初芝居三ッ物」を文学座公演「熱帯樹」プログラムに寄稿、稿。十月より翌年九月まで、「夷斎遊戯ーと題して、「芝居」「宇野 「ほととぎす」を「新潮」に、「大徳寺」を「声」に発表。二月、浩一一」「十日の旅」「画譚難肋について」「細香女史」「ドガと鳥鍋 「五十音図について」を筑摩書房版「古典日本文学全集 , 第三十四と」「即興」「読まれそこなひの本」「武林無想庵ー「スカ・ ( ン」「小 、といふ字のつくもの」「文学賞ーの十一一篇を「文学界ーに連載。十 巻付録に寄稿、「自由について」を「東京新聞」に三回連載。三月 一月、「わが小説」を「朝日新聞」に寄稿。十二月、「二人権兵衛。 「蕪村風雅」を「俳句」に、四月、「遠くから見たアルべール・カミ こを「中央公論」に発表。五月、「戦中遺文」を「新潮」に発表、を「別冊文藝春秋」に発表。 六十三歳 「新釈古事記ー神々ー」を筑摩書房版「古典日本文学全集」第一巻昭和三十七年 ( 一九六一 l) に収録刊行。六月、「夷斎饒舌」を筑摩書房より刊行。七月、「喜寿五月、「自転車とカボチャと」を「中野重治全集」 ( 筑摩書房刊 ) 第 と 童女」を「小説中央公論」に発表。八月、「寄酒祝」を吉川幸次郎十巻月報に寄稿。五月より十月まで、「レス・ノン・ヴェル・ハ 「知非集」付録に寄稿。九月、「政治についての架空演舌」を「新題して、「車」「禅」「道具」「居所」「型」「アメリカ村」の六篇を 潮」に発表、「新釈雨月物語」「新釈春雨物語」を筑摩書房版「古典「世界ーに連載。七月、芥川賞選考委員となる。 日本文学全集」第二十八巻に収録刊行、巻末に「秋成私論」のほか昭和三十八年 ( 一九六 = I) 六十四歳 「樊嗜下の部分について」を併載。十月、「死後の花嫁」を「小説中一月、「金鶏ーを「世界」に発表。同月、「荒魂。を「新潮」に連載 央公論」に、十一一月、「ばけの皮」を「別冊文藝春秋」に発表。 しはじめる。十六回にて三十九年五月完結。三月、「夷斎遊戯」を 昭和三十六年 ( 一九六一 ) 六十一一歳筑摩書房より刊行、渋谷区代々木上原に転居。八月、「わが万太郎」

5. 完訳 日本の古典 第一巻 古事記

をろに」かき鳴らして、オノゴロ島を作ったという創成神海人がよき塩の結晶を得るために唱えた呪詞ではなかった さき したた 話を踏まえた歌謡とか寿詞とかいったものが歌唱されたのか。そうであればこそ「其の矛の末より垂り落つる塩累な おのごろしま ではなかろうか。大嘗祭において古詞を奏上する語部は、 り積りて島と成りき。是れ游能碁呂島なり」の文脈へ必然 ( 五八・七・三 ) 『延喜式』によると、美濃国以下七か国をあげているが、的に続くのではあるまいか その中でも小島である淡路を特にあげているのは注目に値 する。 《著者紹介》 四むすび 荻原浅男 ( おぎはらあさお ) 前記の三重采女の献歌は四十八句、記紀歌謡中の最長の 明治四十一年、長野県生れ。昭和九年、東京大学卒。古 詞形をもったすぐれた宮廷讃歌で、『古事記』巻頭の創世代文学専攻。現在、千葉大学名誉教授。主著は『古事記 あぶら 神話にある「浮きし脂」や、「水こをろこをろに」の詞を逸文集成』『古事記の世界』『古事記他 ( 日本古典文学全 用いている。同書の創世神話の原文「塩許々袁々呂々邇」 集 ) 』『古事記への旅』。若い時から続けられている和歌 の下に「此七字以レ音」と注がわざわざ付してあるのは、 の朗詠は、荻原節ともいわれ、教室を湧かしている。 これが長い間、伝承成句として尊重されてきたためである。《編集室より あまがたりうた 三重采女の献歌に「天語歌」の歌曲名が付けてあるが、こ☆第九回配本『古事記』をお届けいたします。人間味にあ あまかたり・ヘ れは海人語部の伝えた歌と解すべきであろう。 ふれた古代人の息吹を存分に味わってください。 以上述べてきたことを要約すれば、おおよそ次のように☆次回 ( 五十八年九月 ) 配本は『雨月物語・春雨物語』 ( 高 なると思う。「塩 ( または水 ) こをろこをろに」の詞は、瀬田衛・中村博保校注・訳定価千九百円 ) です。怪奇・ 戸内の海人の師楽式土器による製塩工程で、藻塩から作っ幻想の世界を描いて最高傑作といわれる『雨月』、古典や かんすい た濃い鹹水をこの土器の中で、棒状のもの ( 神話の「天の沼史実に材を採りながら、永遠不変の人間の心奥を描いた 矛」 ) を使ってかき回しながら煮つめて結晶させる。その『春雨』は、上田秋成の二大作です。 時に発する鹹水の擬声語であると同時に、この作業をする巻末に、秋成年譜を一覧表にしました。 かさ

6. 完訳 日本の古典 第五十三巻 万の文反古 世間胸算用

編集室より》 世界について理解できない人がいても、これはやむを得な いことである。ただそのような人々が、もしも社会の指導☆第十七回配本『万の文反古・世間胸算用』をお届けいた します。町人物第一作の『日本永代蔵』に続く、西鶴作品 層の中にいたら、私には絶対に尊敬できない。どんな人で 二冊めの配本です。金銭にまつわる人間の種々相は、サラ あっても、『万の文反古』や『世間胸算用』に登場する 人々の行動から、自分をも含めての人間の弱さ、醜さ、悲金全盛の現代を奇妙に映し出す鏡ともなっています。 しさについて思いを馳せる人であったら、知己として手を☆次回 ( 五十九年五月 ) 配本は『源氏物語三』 ( 阿部秋 さしのべたくなる。この「完訳日本の古典」の『万の文反生・秋山虔・今井源衛・鈴木日出男校注・訳定価千七 古・世間胸算用』が、そのような読者の手に多くわたるこ百円 ) です。光源氏の青年期から壮年期にかけて、物語は 大きくうねりながら進んでいきます。 とを、私はひそかに願っている。 藤壺女御との不義の契りから生じるさまざまな不都合から、 《著者紹介》 源氏が都を離れるに至る須磨の巻には、物語中でも名文と 8 いわれる〃仲秋の名月の夜〃の描写があります。また、大 神保五彌 ( じんばうかずや ) 大正十二年、山口県生れ。昭和二十四年、早稲田大学卒。暴風雨の一大スペクタクルから書き起される明石の巻での、 かいこう そうにん 近世文学専攻。現在、早稲田大学教授。主著に『井原西明石の君との邂逅は、桐壺の巻での高麗の相人の予言を実 鶴集三』『洒落本・滑稽本・人情本』 ( 共著。ともに「日本現へと導きます。そして、許されて帰京してからの目をみ 古典文学全集」 ) 『為永春水の研究』『洒落本大成』 ( 共編 ) はらせるような源氏の政治的手腕の発揮。花散里、末摘花、 など。校務のほかにも、国文学研究資料館や、この夏か空蝉、紫の上、秋好中宮など多彩な女性が物語を彩ります。 えあわせ みおっくしよもぎう 須磨・明石・澪標・蓬生・関屋・絵合の六帖を収めました。 ら事務局を引き受ける近世文学会の準備に奔走されてい ひきうた る。だが、築地にうまい酒あり、と聞けばとんで行く余巻末の「引歌一覧」は、和歌・歌謡・漢詩のアンソロジー として、独立して鑑賞することもできて楽しいと、望外の 裕こそ、早大近世文学研究室の伝統。 ご指摘もいただきました。

7. 現代日本の文学 41 中村 真一郎 福永 武彦 集

する。五月、「夜の寂しい顔ーを「群像」に発表。「賭はなされた」 ( 一 l) 」に収む。秋から冬にかけて、急性胃炎のため国立東京第一病 の翻訳を人文書院版サルトル全集にて刊行。新潮文庫の石川淳「紫院に入院。 苑物語」に ^ 解説 > を執筆。六月、長篇「風土」 ( 完全版・限定千昭和三十四年 ( 一九五九 ) 四十一歳 部 ) を東京創元社より刊行。七月、パスカル・ビア「ポードレー四月、「世界の終り」を「文学界」に、「未来都市」を「小説新潮、 ル」の翻訳を人文書院より刊行。八月、「鬼」を「キング」に発表。に、「素人探偵誕生記」を光文社版「推理小説作法」に、発表。五 九月、探偵小説「電話事件ーを「宝石」に発表。十月、「死後ーを月、「愛の試み愛の終り」の限定版 ( 三十部 ) を人文書院より、メ ードレール「。ハリの憂愁」の翻訳を岩波文庫にて 「群像ーに発表。ポ ースン「矢の家」の翻訳を創元推理文庫にて、刊行。六月、作品集 刊行。十一一月、書下ろしの「古事記物語」を岩波少年文庫にて、探「世界の終り」を人文書院より刊行。七月、「廃市」を「婦人之友」 偵小説集「完全犯罪」を講談社より、刊行。この年三月、神西清死に連載 ( 九月号完結 ) 。平凡社版世界名詩集大成「フランス篇Ⅱ」 す、「神西清氏のこと」を「詩学」五月号に寄す。 を編集、・ホードレール、マラルメ、ランポー、ヌーヴォーを訳出、 昭和三十三年 ( 一九五八 ) 四十歳「フランス詩史ーフランス象徴主義についての簡単なノート」を附 一月、・「地球を遠く離れて」を船田学の筆名で「別冊小説新す。夏、「ゴーギャンの世界」の大部分を書く。九月、「飛ぶ男」を 潮」第十一一巻一一号に発表。一一月、エッセイ「失われた愛」を毎日ラ「群像」に発表。十一一月、角川書店版近代文学鑑賞講座「中島敦・ イ・フラリー「恋愛と結婚」に発表。作品集「心の中を流れる河」を梶井基次郎」を編集し、評論「中島敦その世界の見取図」「梶井 東京創元社より刊行。京都に遊ぶ。三月、「愛の試み愛の終り」を基次郎その主題と位置」をそこに発表。 人文書院より、「神西清詩集」を編纂し東京創元社より、刊行。六 昭和三十五年 ( 一九六〇 ) 四十一一歳 月、新潮社版「堀辰雄全集 ^ 普及版 > 」の月報に「各巻・解説し一月、エッセイ「失われた美ー西本願寺本三十六人家集をみて」を ( 十一一月完結 ) を連載。七月、「影の部分ーを「群像ーに、探偵小説「芸術新潮」に、評論「今昔物語の世界」を筑摩書房版古典日本文 「眠りの誘惑」を「小説新潮」に、エッセイ「現代小説に於ける詩学全集「今昔物語集」に、発表。・ホヴェイダ「推理小説の歴 的なもの」を「季節 , に、発表。ェッセイ「深夜の散歩」を「エラ史」の翻訳を東京創元社より刊行。一一月、「樹」を「新潮」に、「風 譜リイ・クイーンズ・ミステリ・マガジンーに連載 ( 三十五年一一月号花」を「人間専科」に、発表。三月、小品「冬の信濃追分」を「ア 完結 ) 。十月、「堀辰雄と外国文学との多少の関係について」を角川ルプ」に、「画家のアフィシ、」を「芸術新潮ーに、発表。四月、 書店版近代文学鑑賞講座「堀辰雄」に、文芸時評「文壇の沈滞につ新潮社版日本文学全集「堀辰雄集」を編集し ^ 解説 > を執筆。五 月、現代語訳「古代歌謡」を筑摩書房版古典日本文学全集「古事記 年いて」を「群像」に、発表。佐藤春夫、大井広介と共に・ a ・ ・短篇探偵小説第一回日本コンテスト銓衡委員をつとめる。十風土記日本霊異記古代歌謡」に収む。六月、「退屈な少年」を「群 一月、文芸時評「小説の方法について」を「群像」に発表。現代語像」に発表。七月、作品集「廃市」を新潮社より刊行。八月、「・ヒ 訳「今昔物語」を河出書房新社版日本国民文学全集「王朝物語集エール・ポナールと芸術家の幸福」をみすず書房版現代美術「・ホナ

8. 完訳 日本の古典 第五十七巻 雨月物語 春雨物語

現在のところ、「安永五歳孟夏 ( 四月 ) 吉旦 / 書肆 / 京都寺町通五条上ル町梅村判兵衛 / 大 坂高麗橋筋壱町目野村長兵衛」の刊記の見える、梅村・野村合刻本を初版と認定できる。初版 げだい 五ロ 二 = ロ 本の外題はすべて異なる書体で、第一、第三、第五冊は「雨月もの語」、第二、第四冊は「雨月物がたり」 うげつものがたり だいせん 雨と、表紙左肩の題簽で示されている。内題は「雨月物語」、柱刻は「雨月」。底本とした東京都立大学国文学 五ロ 研究室本 ( 初版再摺本と認められる ) によって、書誌を記すれば次のとおりである。 二一一口 きようかく 書型半紙本一一二・四 x 一五・九センチ / 匡郭 ( 本文一オ ) 二〇・二 x 一四・四センチ / 目次な し / 本文毎半葉十二行 / 丁数第一冊十九丁 ( 序一丁を含む ) 、第二冊十五丁、第三冊十七丁、 第四冊二十丁、第五冊十七丁 巻頭の作者の自序によれば、「明和戊子 ( 五年 ) 晩春 ( 三月 ) 。雨霽月朦朧之夜。窓下編成。以界 成稿と刊行しんし 梓氏」。すなわち明和五年 ( 一七六 0 三月、脱稿し、書肆に与えられた。明和五年は作者秋成は三 せんしきじん 十五歳、ここでは「剪枝畸人」の筆号を用いている。ところが、刊行はなぜかかなり遅れたのであった。 明和八年正月刊の野村長兵衛板行『諸人一代道中図之解』は奥付に、「雨月物かたり / 剪枝山人著怪談 全五冊近日出版」の近刊予告をのせている。また明和九年正月刊の梅村判兵衛板行の『絵本松の緑』、同 『絵本筆の錦』は、ともに奥付に「著者三余山人古今奇談雨月物語全部五冊追而出来」の近刊予告をの せていて、この明和八、九年頃になってどうやら、『雨月物語』が板行態勢に人っていたことがわかるので ある。しかし、実際に刊行をみたのは更に後の安永五年 ( 一七七六 ) であった。著者は四十三歳になっていた。 この刊行遅延を理由に、『雨月物語』の脱稿を、明和五年ではなく安永五年に近い時期に想定する説もある が、やはり自序の日付は一等資料としてみるべきであろう。刊行の遅延については、出版の際に何か特別に しよし

9. 完訳 日本の古典 第五十七巻 雨月物語 春雨物語

春雨 物物 雨月物語 春雨物語 日本の古典 完日本の古典学 定価 1 , 900 円 I S B N 4 ー 0 9 - 5 5 6 0 5 7 ー 6 C 1 5 9 5 \ 1 9 0 0 E

10. 完訳 日本の古典 第九巻 古今和歌集

335 巻第十三恋歌三 0 恋人の家を訪れたがむなしく引き返した歌 に始り、そのために浮名が立ったこと、せつ かく逢ったが夢のようにはかなく過ぎたこと、 その翌朝の悲しかったことなどをうたった歌 えしやじようり へと続いていく。「会者定離」の宿命におびや かされた恋人たちにとって、恋に伴う情緒は 喜びではなく、彼らは別離の不安に恐れおの のいている。 ついたち 一三月 ( 陰暦 ) の一日ごろ。朔日は月の第 一日目または上旬。「より」は動作の行わ れる場所・時間を示す助詞。「に」「ころに」 とある古写本もある。ニひそかにの意であ るが、忍ぶ恋の場合に多く用いられる語。三 女と語り合って。「ものらー↓評。『教長註』に よひついたち コトトモの意で、小野道風が女性にあてた消 弥生の朔日より、忍びに人にものら言ひて、のちに、 息にコトラの語があるという。「らは、事物 ありはらのなりひらのあそん 雨のそほ降りけるによみて遣はしける 在原業平朝臣をおおよそに示す接尾語。四「そほ降る」は、 雨が霧のようにしめやかに降る意。『邦訳日 よる ね 起きもせず寝もせで夜をあかしては春のものとてながめ暮し葡辞書』に「 sou ぎソプフル細雨が降る詩 歌語」とある。五一夜を明かした翌日の今日、 は。「は」はあることを提示し、下にその説明 っ 等をもとめる形をとる助詞。六長雨を春の 景物と見て、物思い ( 昨夜眠られなかった程 ふけ に恋の思いに苦しんだ、その延長 ) に耽って なが 一日を暮した。物思いの意の「ながめ」に「長 雨」をかける。「つ」は、話手の意志が加わっ た完了を表す助動詞。 お 古今和歌集巻第十一一一 なりひらのあそん 業平朝臣の家に侍りける女のもとに、よみて遣はしけ る こひのうた 恋歌三 としゆきのあそん 敏行朝臣 616