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完訳 日本の古典 第五十五巻 芭蕉文集 去来抄


完 訳 日 本 の 古 典 55 芭 蕉 文 集 去 来 抄 井 本 農 ー ・ 村 松 友 次 ・ 栗 山 理 一 校 注 ・ 訳 0 ′ ク 0

完訳 日本の古典 第五十五巻 芭蕉文集 去来抄


完 訳 日 本 の 古 典 第 五 + 五 巻 ~ 巴 蕉 文 集 去 来 抄 昭 和 年 貶 月 日 初 版 発 行 定 価 一 瓦 0 〇 円 校 注 ・ 訳 者 井 本 農 一 村 松 友 次 栗 山 理 一 発 行 者 相 賀 徹 夫 印 刷 所 凸 版 印 刷 株 式 会 社 発 行 所 株 式 会 社 小 学 館 〒 期 東 京 都 千 代 田 区 一 ッ 橋 一 一 ー 三 ー 振 替 口 座 東 京 八 ー 二 〇 〇 番 電 話 編 集 ( 〇 三 ) 二 九 二 ー 四 七 六 三 製 作 ( 〇 三 ) 二 三 〇 ー 五 三 三 三 販 売 ( 〇 三 ) 二 三 〇 ー 五 七 三 九 ・ 造 本 に は 十 分 注 意 し て お り ま す が 、 万 一 、 落 丁 ・ 乱 丁 な ど の 不 良 品 が あ り ま し た ら お と り か え い た し ま す 。 ・ 本 書 の 一 部 あ る い は 全 部 を 、 無 断 で 複 写 複 製 ( コ ピ ー ) す る こ と は 、 法 律 で 認 め ら れ た 場 合 を 除 き 、 著 作 者 お よ び 出 版 者 の 権 利 の 侵 害 と な リ ま す 。 あ ら か し め 小 社 あ て 許 諾 を 求 め て く だ さ い 。 Pr1nted in Japan N. lmoto T. Muramatu ( 著 者 検 印 は 省 略 R. Kuriyama い た し ま し た ) ISB N 4 ・ 09 , 556055 ・ X 1985

完訳 日本の古典 第五十五巻 芭蕉文集 去来抄


方 丈 記 神 田 秀 夫 ( 武 蔵 大 学 ) 日 本 の 古 典 」 全 巻 の 内 容 永 積 安 明 ( 神 戸 大 学 ) 徒 然 草 荻 原 浅 男 ( 千 葉 大 学 ) 国 古 事 記 国 国 と は ず ・ が た り ・ CÜ 久 保 田 淳 ( 東 京 大 学 ) 小 島 憲 之 ( 大 阪 市 立 大 学 ) 佐 竹 昭 広 ( 成 城 大 学 ) ー 萬 葉 集 木 下 正 俊 ( 関 西 大 学 ) ロ 遺 物 試 小 林 智 昭 ( 専 修 大 学 ) CÜ 小 林 保 治 ( 早 稲 田 大 学 ) 中 田 祝 夫 ( 筑 波 大 学 ) 回 日 本 霊 異 記 市 古 貞 次 ( 東 京 大 学 ) 囮 ー 囮 平 家 物 語 小 沢 正 夫 ( 中 京 大 学 ) 回 古 今 和 歌 集 囮 謡 曲 集 三 道 小 山 弘 志 ( 国 文 学 研 究 資 料 館 ) 佐 藤 健 一 郎 ( 武 蔵 野 美 術 大 学 ) 表 章 ( 法 政 大 学 ) 竹 取 物 語 囮 謡 曲 集 ロ 風 姿 花 伝 佐 藤 喜 久 雄 ( 学 習 院 大 学 ) 片 桐 洋 一 ( 大 阪 女 子 大 学 ) 福 井 貞 助 ( 静 岡 大 学 ) 回 伊 勢 物 語 北 川 忠 彦 ( 京 都 女 子 大 学 ) 安 田 章 ( 京 都 大 学 ) 松 村 誠 一 ( 成 蹊 大 学 ) 囮 狂 言 集 土 佐 日 記 大 島 建 彦 ( 東 洋 大 学 ) 国 御 伽 草 子 集 伊 牟 田 経 久 ( 鹿 児 島 大 学 ) 木 村 正 中 ( 学 習 院 大 学 ) 回 蜻 蛉 日 記 好 色 一 代 男 康 降 ( 早 稲 田 大 学 ) 永 井 和 子 ( 学 習 院 大 学 ) 松 尾 聰 ( 学 習 院 大 学 ) 回 回 枕 草 子 冒 好 色 五 人 女 東 明 雅 ( 信 州 大 学 ) 阿 部 秋 生 ( 実 践 女 子 大 学 ) 今 井 源 衛 ( 梅 光 女 学 院 大 学 ) 回 回 ー 源 氏 物 語 7 田 好 色 一 代 女 和 泉 式 部 日 記 谷 協 理 史 ( 筑 波 大 学 ) 藤 岡 忠 美 ( 神 戸 大 学 ) 国 日 本 永 代 蔵 中 野 幸 一 ( 早 稲 田 大 学 ) 紫 式 部 日 記 大 養 廉 ( お 茶 の 水 女 子 大 学 ) 万 の 文 反 古 更 級 日 記 神 保 五 彌 ( 早 稲 田 大 学 ) 世 間 胸 算 用 鈴 木 一 雄 ( 明 治 大 学 ) 夜 の 寝 覚 冒 井 本 農 一 ( 実 践 女 子 大 学 ) 中 村 俊 定 ( 早 稲 田 大 学 ) 図 芭 蕉 句 集 堀 信 夫 ( 神 戸 大 学 ) 堀 切 実 ( 早 稲 田 大 学 ) 堤 中 納 言 物 語 稲 賀 敬 一 一 ( 広 島 大 学 ) 久 保 木 哲 夫 ( 都 留 文 科 大 学 ) 国 芭 蕉 文 集 ・ 去 来 抄 農 一 ( 実 践 女 子 大 学 ) 栗 山 理 一 ( 成 城 大 学 ) 無 名 草 子 国 近 松 門 左 衛 門 集 森 修 ( 大 阪 市 立 大 学 ) 鳥 越 文 蔵 ( 早 稲 田 大 学 ) 橋 健 一 ズ 岐 阜 女 子 大 学 ) 四 大 鏡 冒 雨 月 物 語 高 田 衛 ( 都 立 大 学 ) 今 昔 物 語 集 7 質 馬 淵 和 夫 ( 中 央 大 学 ) 国 東 文 麿 ( 早 稲 田 大 学 ) 中 村 博 保 ( 静 岡 大 学 ) 本 朝 世 俗 部 今 野 達 ( 横 浜 国 立 大 学 ) 春 雨 物 語 栗 山 理 一 ( 成 城 大 学 ) 新 間 進 一 ( 青 山 学 院 大 学 ) 国 梁 廛 秘 抄 国 蕪 村 集 ・ 一 茶 集 暉 畯 康 降 ( 早 稲 田 大 学 ) 曰 ロ 峯 村 文 人 ( 国 際 基 督 教 大 学 ) 3 国 新 古 今 和 歌 集 当 〔 古 典 飼 華 集 冒 山 本 健 吉 ( 文 芸 評 論 家 ) 松 田 成 穂 ( 金 城 学 院 大 学 ) 石 埜 敬 子 ( 跡 見 学 園 短 期 大 学 ) 増 古 和 子 ( 上 野 学 園 大 学 ) 丸 山 一 彦 ( 宇 都 宮 大 学 ) 松 尾 靖 秋 ( 工 学 院 大 学 )

完訳 日本の古典 第五十五巻 芭蕉文集 去来抄


241 解 説 き よ り く 元 禄 六 年 四 月 の 『 許 六 離 別 の 詞 』 、 七 月 の 『 閉 関 之 説 』 な ど も 、 芭 蕉 の 胸 中 に あ っ て 、 し か し 俳 諧 で は 十 分 言 い 尽 せ な い こ と を 盛 り こ ん で い る と い え よ う 。 そ の た め に 、 初 期 の 俳 文 の よ う な 句 文 映 発 の 妙 味 は 薄 れ て い る と し て も 、 芭 蕉 を ま っ て 初 め て 書 け る 重 厚 な 俳 文 の ス タ イ ル が 確 立 し て い て 、 読 者 は 芭 蕉 が 風 雅 に 沈 潜 ( 井 本 農 一 ) し て 行 く 、 強 い 気 息 を 感 得 す る こ と が で き る で あ ろ う 。 参 考 文 献 / 村 松 友 次 小 学 館 昭 四 七 『 芭 蕉 文 集 』 ( 日 本 古 典 文 学 大 系 ) 杉 浦 正 一 郎 / 宮 本 三 『 芭 蕉 』 ( 鑑 賞 日 本 古 典 文 学 ) 井 本 農 一 角 川 書 店 昭 郎 / 荻 野 清 岩 波 書 店 昭 三 四 『 校 本 芭 蕉 全 集 』 第 六 巻 「 紀 行 ・ 日 記 篇 俳 文 篇 」 井 本 農 五 〇 『 芭 蕉 文 集 』 ( 新 潮 日 本 古 典 集 成 ) 富 山 奏 新 潮 社 昭 一 / 弥 吉 菅 一 / 横 沢 三 郎 / 尾 形 仂 角 川 書 店 昭 三 七 五 三 『 芭 蕉 集 ( 全 ) 』 ( 古 典 俳 文 学 大 系 5 ) 井 本 農 一 / 堀 信 夫 『 芭 蕉 集 』 ( 鑑 賞 日 本 の 古 典 ) 井 本 農 一 尚 学 図 書 昭 集 英 社 昭 四 五 五 七 『 松 尾 芭 蕉 集 』 ( 日 本 古 典 文 学 全 集 ) 井 本 農 一 / 堀 信 夫 へ い か ん の せ つ

完訳 日本の古典 第五十五巻 芭蕉文集 去来抄


455 解 説 参 考 文 献 『 連 歌 論 集 俳 論 集 』 ( 日 本 古 典 文 学 大 系 ) 木 藤 才 蔵 / 井 『 連 歌 論 集 能 楽 論 集 俳 論 集 』 ( 日 本 古 典 文 学 全 集 ) 伊 地 知 鐵 男 / 表 章 / 栗 山 理 一 小 学 館 昭 四 八 本 農 一 岩 波 書 店 昭 三 六 『 蕉 門 俳 論 俳 文 集 』 ( 古 典 俳 文 学 大 系 ) 大 礒 義 雄 / 大 内 初 『 芭 蕉 の 芸 術 観 』 栗 山 理 一 永 田 書 房 昭 五 六 夫 集 英 社 昭 四 五

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芭 蕉 文 集 井 本 農 一 村 松 友 次 校 注 ・ 訳

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作 品 解 説 こ ゝ の と せ の ( 柴 の 戸 ) 延 宝 八 年 ( 一 六 八 0 、 三 十 七 歳 ) 末 の 作 で あ ろ う 。 本 文 は 梅 人 編 『 続 深 川 集 』 ( 寛 政 三 年 刊 ) に よ る 。 わ れ そ の く 我 其 句 を 識 て ( 乞 食 の 翁 ) 天 和 一 兀 年 ( 一 六 八 一 、 三 十 八 歳 ) 末 の 作 。 本 文 は 真 蹟 懐 紙 ( 小 林 豊 広 氏 蔵 ) に よ る 。 ゅ め み と せ み つ 深 川 三 ま た の ( 寒 夜 の 辞 ) 天 和 元 年 冬 の 作 。 森 々 庵 松 後 ( 寛 政 十 年 没 ) の 三 回 忌 追 善 集 『 夢 三 年 』 ( 松 雨 編 、 寛 政 十 二 年 序 ) に 載 る 。 松 後 が 生 前 に 記 録 し た 、 と あ り 、 信 じ て よ い で あ ろ う 。 題 名 ・ 署 名 は 松 後 ま た は 松 雨 の 加 え た も の で あ ろ う 。 草 の 戸 さ し こ め て ( 「 蓑 虫 ノ 説 」 跋 ) 貞 享 四 年 ( 一 六 八 七 、 四 十 四 歳 ) 秋 の 作 。 ( イ ) 芭 蕉 真 蹟 。 ( ロ ) は 真 蹟 よ り の 杉 風 模 写 と 思 わ れ る も の 。 ( イ ) を 推 敲 し 、 素 堂 の 文 章 と の 呼 応 が 緊 密 。 み の ゝ く に ( 十 八 楼 ノ 記 ) 貞 享 五 年 秋 の 作 。 文 末 「 貞 享 五 仲 夏 」 と あ る が 、 諸 種 の 文 献 か ら 芭 蕉 の 岐 阜 入 り は 六 月 八 日 と 思 わ れ る 。 本 文 は 伝 真 蹟 ( 岐 阜 市 岡 本 氏 蔵 ) に よ っ た 。 あ ん ぎ や 北 陸 道 に 行 脚 し て ( 銀 河 ノ 序 ) 数 種 が 伝 わ る が 、 長 文 で 、 ま と ま り も よ い 『 風 俗 文 選 』 ( 許 六 編 、 宝 永 三 年 刊 ) 所 収 を 掲 丿 っ ) 0 げ ん じ ゅ う あ ん の き 幻 住 庵 記 元 禄 三 年 四 月 六 日 よ り 七 月 二 十 三 日 ま で の 幻 住 庵 々 住 の 記 。 ( イ ) は 『 猿 蓑 』 ( 元 禄 四 年 刊 ) に 載 る 定 稿 。 ( ロ ) は 富 山 県 入 善 町 米 沢 家 蔵 支 考 旧 蔵 芭 蕉 真 蹟 。 ( ハ ) は 『 芭 蕉 文 考 』 所 収 。 ( ロ ) よ り も 初 稿 と 考 え ら れ る 。 ( ニ ) は 『 言 語 と 文 芸 』 号 所 載 の 初 期 草 稿 真 蹟 断 簡 。 も ち づ き ぎ ん き よ う 望 月 の 残 興 ( 堅 田 十 六 夜 之 弁 ) 元 禄 四 年 八 月 十 六 日 、 門 人 ら ( 路 通 ・ 丈 草 ・ 惟 然 ほ か 近 江 の 俳 人 ) に 誘 わ れ て 、 舟 で 堅 田 な り ひ で の 竹 内 茂 兵 衛 成 秀 を 訪 れ 観 月 の 句 会 ( 連 句 会 ) を し た 時 、 書 い て 竹 内 氏 に 贈 っ た 一 文 。 こ こ で は 芭 蕉 真 蹟 を 模 刻 し た と い う 『 堅 田 集 』 ( 寛 政 十 年 刊 ) に よ っ た 。 こ ゝ か し こ う か れ あ り き て ( 栖 去 之 弁 ) 元 禄 四 年 冬 か ら 芭 蕉 は 日 本 橋 橘 町 の 借 家 に 入 っ た 。 翌 五 年 二 月 末 か 三 月 ご ろ の 作 。 ひ ょ う ぜ ん 江 戸 俳 壇 の 俗 悪 さ に 飽 い て 、 飄 然 と 旅 に 出 た く な っ た 時 の 一 文 。 本 文 は 『 芭 蕉 庵 小 文 庫 』 に よ っ た 。 芭 蕉 を 移 す 詞 元 禄 五 年 ( 四 十 九 歳 ) 五 月 中 旬 、 第 三 次 芭 蕉 庵 が 完 成 し た 頃 の 作 。 ( イ ) 鶴 岡 市 平 田 家 蔵 の 芭 蕉 自 筆 『 三 日 よ も ぎ が し ま ず し ろ ま る 月 日 記 』 稿 本 所 収 。 当 時 来 庵 し た 図 司 呂 丸 に 書 き 与 え た も の 。 ( ロ ) 土 芳 編 『 蕉 翁 文 集 』 ( 写 本 ) に 載 る 。 闌 更 編 『 蓬 莱 嶋 』 ( 安 永 四 年 刊 ) に も ほ ば 同 文 が 載 る 。 ( ハ ) 川 口 竹 人 『 芭 蕉 翁 全 伝 』 に 「 其 の 頃 深 川 の 庵 再 興 の 記 文 」 と し て 掲 げ る 。 や や 疑 問 も あ る が 、 草 稿 か き よ り く 許 六 離 別 の 詞 ( 柴 門 の 辞 ) 元 禄 六 年 四 月 末 の 作 。 彦 根 藩 士 森 川 許 六 の 帰 国 に 際 し 書 き 与 え た 。 本 文 は 許 六 自 筆 巻 子 『 癸 酉 記 行 』 に よ る 。 へ い か ん の せ つ 閉 関 之 説 元 禄 六 年 秋 の 作 。 本 文 は 『 芭 蕉 庵 小 文 庫 』 に よ る 。

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7 凡 例 『 お く の ほ そ 道 』 に つ い て は 久 富 哲 雄 氏 の 協 力 を 得 た 。 一 、 現 代 語 訳 は 、 で き る だ け 原 文 の 味 わ い を 忠 実 に 伝 え る よ う 留 意 し 、 と こ ろ に よ っ て は 語 順 を 変 え て 訳 出 一 、 本 書 に は 、 つ ぎ の 付 録 を 付 し た 。 ま ず 、 芭 蕉 文 集 の 巻 末 に は 、 紀 行 ・ 日 記 編 主 要 諸 本 異 同 表 : : : 主 要 な 諸 本 間 の 異 同 を 表 示 し た 。 ま た 「 校 訂 付 記 」 に つ い て は 、 底 本 を 活 字 化 す る 上 で の 諸 問 題 に つ い て 略 記 し た 。 こ れ ら 二 編 は 西 村 真 砂 子 氏 を 煩 わ し た 。 紀 行 ・ 日 記 編 地 図 : : : 紀 行 ・ 日 記 を 読 み 解 く 便 宜 の た め に 付 し た 。 次 の 『 お く の ほ そ 道 』 地 名 巡 覧 ・ 主 要 人 物 略 伝 と も ど も 久 富 哲 雄 氏 を 煩 わ し た 。 『 お く の ほ そ 道 』 地 名 巡 覧 : : : 本 文 中 の 地 名 ・ 寺 社 名 な ど に つ き 、 順 次 、 解 説 し た 。 『 幻 住 庵 記 』 『 望 月 の 残 興 』 地 名 一 覧 : : : 近 江 を 舞 台 と す る 二 作 品 の 地 名 を 解 説 し た 。 『 幻 住 庵 記 』 『 望 月 の 残 興 』 出 典 解 説 : : : 両 作 品 の 踏 ま え る 典 拠 を 解 説 し た 。 主 要 人 物 略 伝 : : : 芭 蕉 と 同 時 代 の 人 物 に つ い て 、 五 十 音 順 に 配 列 し 、 解 説 し た 。 登 場 す る べ ー ジ を 付 し 、 索 引 と し て も 利 用 し 得 る も の と し た 。 初 句 索 引 : : : 本 文 中 の 句 に つ い て 、 初 句 を 五 十 音 順 に 配 列 し た 。 次 に 、 『 去 来 抄 』 巻 末 に は 、 主 要 俳 人 略 伝 : : : 同 門 評 を 中 心 に 、 主 要 な 俳 人 を 選 び 、 五 十 音 順 に 配 列 し 、 主 た る 登 場 ペ ー ジ を 付 し た 。 初 句 索 引 : : : 本 文 中 の 句 に つ い て 、 初 句 を 五 十 音 順 に 配 列 し た 。

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み よ う さ だ ひ か り ど う お ば わ ぎ わ 光 堂 清 衡 が 阿 弥 陀 堂 と 葬 堂 の 意 味 を 兼 造 郡 鳴 子 町 名 生 定 に 属 す る 。 太 上 天 皇 尾 花 沢 現 、 山 形 県 尾 花 沢 市 。 当 時 は 天 領 。 「 小 黒 崎 み づ の 小 嶋 に あ さ り す る た づ そ ね て 建 立 し た も の で 、 十 五 年 を 要 し て 天 西 南 一 里 の 地 に 最 上 川 の 河 港 大 石 田 を ひ な く な る た っ し ゆ み だ ん 鳴 成 波 立 ら し も 」 ( 続 古 今 ・ 雑 中 ) ほ か に 治 元 年 ( 一 一 = 四 ) に 完 成 し た 。 須 弥 壇 は 三 か え 、 仙 台 ・ 山 形 ・ 新 庄 へ の 交 通 の 要 衡 よ る 歌 枕 。 と し て 繁 栄 し て い た 宿 駅 。 『 曾 良 旅 日 記 』 集 個 あ り 、 中 央 の 壇 に 清 衡 の 棺 を 納 め 、 向 文 っ て 右 に 基 衡 、 左 に 秀 衡 の 棺 が 納 め て あ み づ の 小 嶋 『 曾 良 旅 日 記 』 五 月 十 五 日 の 五 月 十 四 日 の 条 に 「 尾 羽 根 沢 」 、 元 禄 三 蕉 条 「 名 生 貞 ノ 前 、 川 中 ニ 岩 嶋 ニ 松 三 本 、 る 。 堂 の 内 部 は 黒 漆 塗 に 金 箔 を 押 し 、 内 年 刊 『 日 本 行 脚 文 集 』 に 「 尾 羽 沢 」 、 同 し つ ば う し よ う ′ 」 ん 其 外 小 木 生 テ 有 。 水 ノ 小 嶋 也 。 今 ハ 川 原 、 四 年 刊 『 日 本 賀 濃 子 』 ・ 同 十 年 刊 『 国 花 陣 の 四 隅 に は 、 い わ ゆ る 七 宝 荘 厳 の 巻 柱 向 付 タ ル 也 。 古 へ ハ 川 中 也 」 。 い ま の 荒 万 葉 記 』 に 「 お は ね 沢 」 、 正 徳 五 年 跋 を 構 え る 。 光 堂 建 立 後 百 六 十 五 年 の 正 応 雄 川 の 中 の 岩 の 小 島 で 、 小 黒 ヶ 崎 山 の 南 『 和 漢 三 才 図 会 』 に 「 尾 花 沢 」 な ど と 見 元 年 ( 一 一 一 公 ) 征 夷 大 将 軍 惟 康 親 王 の 命 に え る 。 よ り 、 平 貞 時 ・ 宣 時 が 覆 堂 を 造 り 、 近 世 西 に あ る 。 順 徳 院 「 人 な ら ぬ 岩 木 も さ ら に か な し き は ミ づ の 小 嶋 の 秋 の 夕 暮 」 に 入 っ て は 後 水 尾 天 皇 の 勅 命 に よ り 、 寛 や ま が た り よ う ( 続 古 今 ・ 雑 上 ) ほ か 小 黒 崎 と 詠 み 合 さ れ 山 形 領 山 形 藩 の 領 地 。 当 時 、 松 平 大 和 永 初 年 に 修 補 を 加 え ら れ た 。 光 堂 は 昭 和 た 歌 枕 。 守 直 矩 十 万 石 の 所 領 。 四 十 三 年 に 復 元 大 修 理 が 成 り 、 新 覆 堂 の り ゅ う し や く じ 立 石 寺 貞 観 二 年 ( 八 六 0 ) 慈 覚 大 師 の 創 建 中 に お さ ま り 、 旧 覆 堂 は 経 蔵 の 北 東 方 向 な る ご 現 、 玉 造 郡 鳴 子 町 。 鳴 子 温 泉 。 し と ま え せ き 尿 前 の 関 鳴 子 の 西 約 半 里 の 所 に あ っ た 関 に 成 る 宝 珠 山 立 石 寺 。 天 台 宗 。 「 立 石 寺 に 移 建 さ れ 、 重 要 文 化 財 の 指 定 を 受 け た 。 所 。 陸 奥 国 伊 達 領 の 、 出 羽 国 新 庄 領 と の 最 上 ニ 立 。 山 寺 ト 云 。 本 尊 鬼 子 母 神 。 寺 な ん ぶ み ち 間 の 関 所 で あ っ た 。 「 し と ま へ の 関 と て 領 二 百 七 十 石 余 ・ : 」 ( 日 本 賀 濃 子 ) 。 現 、 南 部 道 南 部 街 道 。 平 泉 地 方 か ら 南 部 氏 の や ま で ら き び し く 守 ル 」 ( 陸 奥 鵆 ) 。 山 形 市 山 寺 に あ り 、 俗 に 山 寺 と 呼 ぶ 。 城 下 、 盛 岡 地 方 へ 通 じ る 街 道 。 お ば ね ぎ わ 岩 手 の 里 現 、 宮 城 県 玉 造 郡 岩 出 山 町 。 慶 出 羽 の 国 東 山 道 八 か 国 の う ち 。 「 出 羽 国 尾 花 沢 ↓ 三 0 十 二 郡 大 上 々 国 東 西 五 十 日 」 ( 日 本 賀 濃 長 八 年 ( 一 六 0 一 D 仙 台 に 移 る ま で の 伊 達 政 も が み が わ 子 ) 。 現 、 秋 田 ・ 山 形 両 県 。 最 上 川 我 が 国 三 大 急 流 の 一 。 現 、 山 形 県 宗 居 城 の 地 。 芭 蕉 来 遊 当 時 は 岩 出 山 伊 達 あ ず ま の 南 境 、 飯 豊 山 ・ 吾 妻 火 山 群 に 源 を 発 し 家 三 代 宗 親 の 治 政 下 。 左 京 大 夫 顕 輔 「 思 く ち で わ く に て 北 に 流 れ 、 米 沢 ・ 山 形 ・ 新 庄 の 各 盆 地 へ 共 岩 手 の 山 に と し を へ て 朽 や は て な ん 出 羽 の 国 ↓ 天 も が み し よ う う も れ ぎ を 灌 漑 、 庄 内 平 野 を 西 流 し て 酒 田 港 の 付 谷 の 埋 木 」 ( 千 載 ・ 恋 一 ) ほ か に よ る 歌 枕 。 最 上 の 庄 現 、 山 形 県 最 上 郡 ・ 北 村 山 郡 一 お ぐ ろ ぎ き 帯 の 地 方 。 中 世 、 最 上 氏 の 領 地 。 近 で 日 本 海 に 注 ぐ 。 『 古 今 集 』 東 歌 「 最 小 黒 崎 荒 雄 川 の 北 岸 で 小 黒 ヶ 崎 山 と 呼 ば 上 河 の ば れ ば く だ る 稲 舟 の い な に は あ ら れ る 小 山 。 岩 出 山 町 の 西 北 四 里 、 現 、 玉 い わ で ど も さ と 〔 三 0 〕 か ん が い

完訳 日本の古典 第五十五巻 芭蕉文集 去来抄


記 さ れ て い る 。 元 禄 九 年 に 蕉 門 の 人 々 の 元 禄 二 年 、 父 と 共 に 江 戸 に 移 り 、 幕 府 の 人 の 序 を 得 て 『 ひ さ ご 』 を 編 む 。 五 年 九 医 員 に 準 ぜ ら れ 、 の ち 法 印 に 進 ん だ 。 寛 月 江 戸 に 下 り 、 芭 蕉 庵 で 越 年 し た 。 六 年 句 を 集 め た 『 初 蝉 』 を 出 し 、 そ の 杜 撰 を 許 六 に 批 判 さ れ 、 翌 年 『 菊 の 香 』 を 出 板 文 七 年 ( 一 六 六 七 ) 父 の 命 に よ り 『 続 山 井 』 二 月 『 深 川 集 』 、 七 年 夏 『 市 の 庵 』 を 出 を 編 集 し た 。 板 。 十 月 、 芭 蕉 は 大 坂 で 没 し た が 、 な ぜ し て 訂 正 し た 。 元 禄 十 一 年 、 芭 蕉 没 後 初 支 考 か 病 床 に も 侍 せ ず 、 葬 儀 に も 追 善 の 席 に め て 出 板 さ れ た 『 泊 船 集 』 は 芭 蕉 の 遺 句 か が み も 出 て い な い 集 』 で 、 疎 漏 も 多 く 、 非 難 を あ び た 。 各 務 氏 。 別 号 に 東 華 坊 ・ 西 華 坊 ・ 野 盤 じ よ う ・ そ う ば ね ん 丈 草 三 三 六 牡 年 子 ・ 見 龍 ・ 獅 子 庵 な ど 。 変 名 に 蓮 一 一 房 ・ と し ぶ み 白 狂 ・ 渡 部 ノ 狂 な ど 。 享 保 十 六 年 二 月 七 内 藤 氏 。 別 号 、 懶 窩 ・ 仏 幻 庵 ・ 太 忘 軒 そ 久 米 七 郎 左 衛 門 利 文 。 別 号 、 暮 年 ・ 万 日 没 、 六 十 七 歳 。 蕉 門 十 哲 の 一 人 。 美 濃 の 他 。 寛 文 一 一 年 、 尾 張 犬 山 藩 士 内 藤 源 左 年 ・ 知 焉 ・ 道 敬 な ど 。 向 井 去 来 の 実 弟 で 、 た が み の あ ま 国 山 県 郡 北 野 に 生 れ た 。 蕉 門 に 入 っ た の 衛 門 を 父 と し て 生 れ た 。 三 歳 の 秋 生 母 に 母 の 生 家 久 米 氏 田 上 尼 の 養 子 と な り 、 長 崎 に 住 ん だ 。 万 治 元 年 ( 一 六 夭 ) 生 れ 。 享 は 元 禄 三 、 四 年 の 頃 と い う 。 同 五 年 松 死 別 し 、 継 母 に 仕 え た 。 幼 少 の こ ろ 漢 詩 ち つ き ょ 保 十 一 一 年 十 月 四 日 没 、 七 十 歳 。 島 ・ 象 潟 を 遊 歴 し 、 そ の 記 念 と し て 『 葛 文 や 禅 を 学 び 、 十 四 歳 の 時 、 大 山 に 蟄 居 し た 寺 尾 直 龍 に 仕 え た が 、 元 禄 元 年 二 十 正 秀 の 松 原 』 を あ ら わ し た 。 以 後 、 各 地 を 遊 七 歳 で 、 異 母 弟 に 家 督 を 譲 り 、 遁 世 し た 。 水 田 氏 。 通 称 、 孫 右 衛 門 。 別 号 、 竹 青 歴 、 多 く の 著 述 を あ ら わ し て 勢 力 を 拡 大 ふ み く に し た 。 芭 蕉 没 後 、 美 濃 派 を 樹 立 し た が 、 上 洛 し て 旧 友 史 邦 の 紹 介 で 芭 蕉 に 入 門 、 堂 ・ 節 青 堂 。 享 保 八 年 八 月 三 日 没 、 六 十 低 調 卑 俗 で 、 後 に 蕪 村 は 麦 林 ( 乙 由 ) と な 同 四 年 の 『 猿 蓑 』 に は 跋 文 を よ せ て い る 。 七 歳 。 膳 所 藩 士 、 の ち 医 を 業 と し た 。 俳 ら べ て 「 支 麦 の 徒 」 と 軽 視 し た 。 元 禄 六 年 ご ろ 近 江 に 移 っ て 無 名 庵 に 住 み 、 諧 は 初 め 尚 白 に 師 事 し た が 、 の ち 芭 蕉 の し や ど う 三 0 八 三 三 八 三 七 一 洒 堂 芭 蕉 没 後 は 同 九 年 龍 ケ 岡 に 仏 幻 庵 を 結 び 直 門 と な る 。 元 禄 初 年 、 邸 宅 が 類 焼 し た ち ん せ き 住 ん だ 。 元 禄 十 七 年 二 月 没 、 四 十 三 歳 。 時 「 蔵 焼 け て 障 る も の な き 月 見 哉 . 、 と よ 浜 田 道 タ 。 一 に 高 宮 治 助 。 前 号 は 珍 タ ・ し や ら く ど う 『 風 俗 文 選 』 に 去 来 の 「 丈 草 誄 」 が あ る 。 み 、 芭 蕉 か ら 賞 さ れ た と い う 。 元 禄 四 年 伝 珍 碩 。 そ の 居 を 洒 落 堂 、 の ち 略 し て 洒 堂 。 二 月 、 義 仲 寺 の 側 に 無 名 庵 を 建 立 し て 、 人 近 江 膳 所 で 医 を 業 と し た 。 俳 諧 は は じ め 風 国 げ ん じ よ 芭 蕉 に 尽 し た 。 芭 蕉 の 三 回 忌 の 頃 に は 公 有 尚 白 に 学 び 、 そ の 縁 で 芭 蕉 に 入 門 。 直 接 、 伊 藤 玄 恕 。 元 禄 十 四 年 七 月 三 日 没 。 享 年 主 芭 蕉 に 師 事 し た の は 元 禄 二 年 ご ろ で 、 同 未 詳 。 京 都 の 人 。 古 医 方 の 医 家 で 、 名 古 職 を 辞 し 、 医 を 業 と し た が 、 没 後 は 丈 草 三 年 芭 蕉 は 洒 堂 亭 に 遊 び 「 洒 落 堂 ノ 記 」 と 並 ん で 龍 ケ 岡 に 葬 ら れ た 。 追 善 集 に 屋 玄 医 門 。 芭 蕉 が 大 坂 で 病 臥 し た 折 、 を 作 っ た 。 ま た 幻 住 庵 に 入 っ た 芭 蕉 を 時 野 付 近 に そ の 養 生 所 を 設 け た こ と は 、 風 『 水 の 友 』 が あ る 。 -4 三 四 九 三 夭 三 八 七 折 訪 ね て 教 え を う け て い る 。 六 月 に は 越 野 坡 国 が 後 見 し た 芭 蕉 追 善 集 『 木 が ら し 』 に 三 = 四 三 毛 一 一 三 九 ふ う - 一 く ら ん か 三 三 五 三 四 四 ま さ ひ で 三 四 一 一 三 七 六 三 三 一 一 三 四 五 ず さ ん