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世界史の誕生 : モンゴルの発展と伝統

280 『集史』には、まだ全訳がない。次は、原本の第一巻だけのロシア語訳である。 L. A. Khetagurov, O. I. Smirnova tr. , R 房ミミミ S トミ 0 S ミ・ , Tom l, Kniga pervaya 陸 Kniga vtoraya. lzdatel'stvo Akademii Nauk SSSR, Moskva 年 Leningrad, 1952. なお、前出の The Successors 、 G ミ S K ミは、同じく『集史』の第一巻の、チンギス・ ーン ( 元朝の成宗皇帝 ) までの部分だけの英訳で ーンの息子たちからテムル・オルジェイト・ ある。 『フラーン・デブテル』には、次の日本語訳がある。 稲葉正就・佐藤長訳『フウラン・テプテルーチベット年代記ー』 ( 法蔵館、一九六四年 ) 『元朝秘史』は、十四世紀に、モンゴル語原文を漢字で音訳して漢訳を附した本が、明朝の太祖 洪武帝の命によって編纂刊行された。この本の音訳漢字を口 1 マ字化したのが、次のものである。 白鳥庫吉訳『音訳蒙文元朝秘史』 ( 東洋文庫、一九四一一年 ) 『元朝秘史』のモンゴル語原文からの全訳としては、原本が含む漢訳を除けば、次の一九〇六年 に完成した日本語訳が世界でもっとも古い。文体は擬古文である。 那珂通世訳注『成吉思汗実録』 ( 大日本図書、一九〇七年。筑摩書房、一九四三年 ) 「元朝秘史』のロ語体の日本語訳には、次のものがある。ただし正字体の漢字、歴史的仮名遣い を用いる。 小林高四郎訳注『蒙古の秘史』 ( 生活社、一九四〇年 ) もっとも手に入りやすい『元朝秘史』の日本語訳は、次のものである。擬古文とロ語文の折衷の

長谷川伸全集〈第16巻〉

〔小説〕百番目の女 ( 「オール読物』三月号 ) 高橋お伝の血 ( 「キン 昭和三十四年 ( 一空九 ) 七十五歳 グ』八月夏の読切小説集 ) 新日本捕虜志その劇は週刊朝日』八月一月五日夜、「私の秘密」テレビ) の対面で、五十四年ぶり・ に国府台野砲兵第一連隊補充大隊時代の友人 ( 笹本正時 ) に逢う。 十日特別号 ) 相手の眼で、とっさに昔の友人であることが判ったという。十月十 〔戯曲〕七九六名収容 ( 七月作未上演 ) 日夜、「人生はドラマだ」 (Z9>) の第一回、「長谷川伸」に出演 . 〔ラジオドラマ〕同じ奴 ( 六月八日夜 Z 市村羽左衛門・細川 する。 ちか子 ) 〔戯曲〕金百両如来 ( 「舞台』〈第二次〉四月号未上演、ただし作品 昭和三十ニ年 (IR") 七十三歳 一月十日、冬夏会 ( 勉強会 ) 発足。出席者は、土師清二、山岡荘そのものは昭和二十六年三月に完成していた ) 昭和三十五年 ( 一九六 0 ) 七十六歳 、村上元三、一尸川幸夫、鹿島孝一一、棟田博、玉川一郎、志智双 六、池波正太郎、邱永漢、赤江行夫、西川満。このころは、健康状久々に、大作「印度洋の常陸丸」の執筆にかかる。十月、二十六日・ 態があまりよくなかったにもかかわらず、二十六日会 ( 戯曲 ) 、新鷹会、新鷹会、冬夏会は、長谷川伸の喜寿の記念として「長谷川伸戯 会 ( 小説 ) 、冬夏会、八日会 ( ラジオドラマ ) などの勉強会が自宅で曲集』上、下を刊行した。この秋、紫綬褒章を辞退。 〔小説〕印度洋の常陸丸 (r 大衆文芸』一月号ー昭和三十六年二月・ 行われ、後進の指導、相談相手などで、ゆっくり療養するひまもな 号 ) かった。二月初旬から風邪ぎみだったのが悪化し、二月二十八日、 〔ラジオドラマ〕阿丁という名の万吉 ( 四月十六日夜 Z 松本 築地明石町聖路加病院に入院、治療の結果、三月二十三日退院し 幸四郎 ) た。内外タイムスに随筆「生きている小説」の連載をはじめる。 昭和三十六年 ( 一九六 D 七十七歳 〔小説〕三代目扇歌と女 ( 『週刊朝日』三月二十九日特別号 ) ガラ 永年にわたって資料を蒐集し、また小説としては最後の作品となっ シャ夫人由縁の母子 ( 『オール読物』十月号 ) 〔ラジオドラマ〕飛騨の旅笠 ( 九月六日夜松本幸四郎・水た「日本敵討ち異相」の執筆を始める。 〔小説〕日本敵討ち異相 ( 「中央公論』十二月号ー昭和三十七年十・ 谷八重子・市川中車・守田勘弥 ) 一一月号 ) 昭和三十三年 ( 一空 0 七十四歳 昭和三十七年 ( 一九六一 D 七十八歳 譜「わが一代記」 ( 一月二十・二十一・二十二日 Z X) 「絵本太閤記 の教科書」 ( 九月二十日 ) 「お便り有難う」 ( 十月二十一日文一月、大衆文学と演劇に尽した多年の功績と「長谷川伸戯曲集』 年化放送 ) 「随想あれこれ」 ( 十一一月八・九・十・十一日 ZXX) な ( 昭和三十五年十月上巻十二月下巻新小説社 ) の完成に対し 9 ど、ラジオ随筆を通じての活躍が目立った。また、各勉強会を通て、朝日新聞社より、「朝日文化賞」を贈られた。また、長谷川伸の じて、後進の創作指導と人づくりに心血をそそぐ。 最後の仕事となり、文字通り絶筆となった随筆「我が足許提灯の記い

文藝春秋2016年8月号

新国のために死ねるか 文藝舂秋の新刊 自衛隊特殊部勝設者の思想ど行動 「他国とのお付き合い」で戦争をするなんてまっぴら御免。 自衛隊員は今日にでも国のために死ななくてはならないのだから、伊 ~ 滕祐靖 ( 元海上自衛隊「特別警備隊」先任小隊長 ) この国には命を捧げる価値があってほしい ダーク 国ル ・麻薬、偽札、武器、違法ポルノ、サイバー攻撃、殺人請負 買えないものは何もない悪魔のネットショッビングの実態 0 セキ、リ - 集団スプラウト町藤一 ' 華 佐争・中→ 週刊誌記者近松門左衛門 最新現代語訳で読む根崎心中安殺油地獄小野幸惠藤の考 0 、 心中事件と聞けば駑籠で駆けつけ、取材し、翌週には舞台に。 監修・鳥越文蔵乃一糸か初 今、読んでも面白いスキャンダルの極致 格ま ( 早稲田大学名誉教授 ) ・ 世当 一一人工知能と経済の未来建智羊 幻昭〔国 価の た定 2030 年雇用大崩壊 し所 わずか十五年後に来る驚愕の未来で 表れ しのか ? 僕たちはどうやって生活してゆけばい、 7 月の あなたの会社も家族も狙われている 自動翻訳機の発達で 英な嶝第くなる ! ほどんとが失業する・ : 近門左衛門の正体は 「週刊文春」の 好 , たちまち 5 刷 ! ・ 780 円 チイ . ナ・、 最強のストラ . を

文學界 2016年08月号

一九九九、三〇九ー三一〇頁。 ー三一二頁。傍点は原著者。 ( ) 司馬遼太郎、同書、三一 (E=) このような乃木 ( または乃木の家族 ) に対する偶像化の影は大 日本帝国末期に時代と妥協した朝鮮の作家たちにもあらわれて します。たとえま、。、 ノク・テウオンの『軍国の母』 ( 一九四一 l) 、 キム・サンドクの『母のカ』 ( 一九四三 ) 、チェ・マンシクの 安人戦記』 ( 一九四四 ) のような作品です。 ( リ司馬遼太郎「あとがき二」、上掲書、三一五頁。 ( 四 ) 司馬遼太郎、同書、三一九頁。 ( ) ルカ 1 チ『ルカーチ著作集 3 歴史小説論』、伊藤成彦・菊盛 英夫訳、白水社、一九六九、三三ー三四頁。 ( 幻 ) 拙稿「歴史小説とは何か」、『文化科学』、一一〇一〇年秋号。 ー一一三二頁。 ( ) 司馬遼太郎「あとがき二」、上掲書、三二一 ( ) 司馬遼太郎「あとがき一」、上掲書、三〇九頁。 ( 幻 ) イ・ムニョル『不滅』 ( 第一一巻 ) 、民音社、二〇一〇、一九五ー 一九六頁。 ( ) イ・ムニョル、同書、二〇二頁。 ハトンタッチするか ( % ) 漱石が日本に到着した日 ( 十月十四日 ) 、 のように今度は伊藤博文が満州旅行を始めます。彼もまた漱石 のように大阪商船でひとまず大連に向かいました。そして長春 を経由して十月二十六日にとうとう哈爾浜に到着します。 ( ) 小森陽一『ポストコロニアル』、岩波書店、二〇〇一、六二ー 六四頁。 ( ) 若松伸哉「安重根へのまなざしーー漱石「門」と鵐外訳「歯痛」」、 「日本近代文学』、二〇〇五年七一一号。 ( 四 ) 夏目漱石『門』、『漱石全集』 ( 第四巻 ) 、岩波書店、一九六六、 六四四ー六四五頁、新字・現代仮名遣いに改めた ( 以下同 ) 。 傍点と傍線は引用者。 ( ) 夏目漱石、同書、六四三ー六四四頁。 ( 引 ) 夏目漱石「こころ』、「漱石全集』 ( 第六巻 ) 、岩波書店、一九六 六、二八六ー二八七頁。 ( ) ちなみに乃木希典自身は伊藤博文が暗殺で死んだことを内心羨 います。これは当時明治の元老たちがもっ ましがっていたとい ていた一般的な考えだったようです。畳の上でカなく死ぬより は満州の地で刺客の手にかかって死ぬほうがずっと侍らしい最 期だと考えていたのです。 ( 芻 ) 事実『坂の上の雲』の批判のひとつが当時の朝鮮に対する言及 をほとんどしなかったことです ( この無言及が「無視」、「目を そらすこととして解釈された ) 。ところが司馬遼太郎はすく なくとも日本の相手であったロシアの立場に立って当時戦争を 見つめるのに少なからぬ紙面を割きそれなりのバランスをとっ む ています。 シムチョン ( ) このような日本史の圧縮はファン・ソギョンが『沈静』で試み を 4 こ要」か亠の一り . 土亠 90 イサン ( 肪 ) 私はキム・ヨンスの小説『グッパイ、李箱』に登場する誤謬を 一卩 ひとっ指摘したことがあります。 人 国 ( ) イ・ムニョル「不滅』 ( 第一巻 ) 、民音社、二〇一〇、三六四ー 韓 三六五頁。 ( ) イ・ムニョル、同書、三五七頁。 ( ) 司馬遼太郎「あとがき四」、上掲書、三三六 ー三三七頁。

長谷川伸全集〈第16巻〉

661 解説 解説 昭和三十五年十月に、「長谷川伸戯曲集』上下二巻が刊行されたが、いまでは稀覯本になっている 9 著者の喜寿を祝うため、門下の者たちが講談社に頼み、それぞれ書きおろしの短篇小説一篇ずつを書 いて、「講談倶楽部』別冊の形で出してもらった。その稿料すべてを、戯曲集出版の費用に当てたの であった。作者は全戯曲百六十七篇の中から九十三篇を自撰し、全般にわたって自分で筆を加えた。 この全集の第十五巻戯曲集—には、二十三篇を収め、最終巻のここには、二十篇を入れた。作者が、・ 後世に残してもよいと信じた九十三篇の中から選んだものの、併せて半ばにも及ばない篇数なので、 しかし巻数と頁数を制限されているので、こうならざる もちろん二冊で完全な戯曲集とは言えない。 を得なかった。編集会議で選んだ戯曲は、上演回数の多い作品を主に、作者独自の作劇法が明らかに 示されている作品を選んだ。この中では、「九十九両」だけが未上演になっている。 「一本刀土俵入」は、昭和六年五月に書かれ、「中央公論』に発表されるとすぐ、東京劇場で六代目・ 尾上菊五郎が上演した。この作品に関する挿話はおびただしく、作者の随筆集「股旅の跡』の、私の 観た菊五郎、の項にもくわしい。六代目菊五郎に続いて、新国劇の島田正吾、中村翫右衛門、先代車 川猿之助、尾上松緑、中村勘三郎、市村竹之丞などのほか、これを上演した役者は数多い。地方での 無断上演を加えると、「臉の母」と並んで、上演回数の最も多い作品になる。今後も、くり返して上、 演されるであろう。 「雪の渡り鳥」は昭和五年九月の作で、「講談倶楽部』に掲載され、初演は翌年の四月、新宿の新

長谷川伸全集〈第15巻〉

当市立、、 . 4581 ? 長谷川伸全集第十五巻 戯曲 - 臉の母ほか 全十六巻・第三回配本 一三〇〇円 昭和四十六年五月十五日発行 著者長谷川伸 発行者朝日新聞社角田秀雄 印刷所凸版印刷れ 発行所朝日新聞社 東東大阪北九州名古屋 0 装幀原弘 帯挿画岩田専太郎◎ 0393 ー 240 ⅱ 5 ー 0042

UP 2016年08月号

集団的自衛権の思想史ー 憲法九条と % 日米安保 四六判 / 本体 1900 円川聞〕 篠田英朗〔著〕 平和構築を専門とする著者は、安保法制をめぐる議論の中で「日本砌囲ん 国憲法の国際協調主義が瀕死の重傷を負っている」ことを憂慮、日本神 区 の憲法学の歴史にその淵源を探りつつ、 ( 集団的 ) 自衛権がわが国で田 & 代ゅ どのように語られてきたかを詳細に追う 国際正義とは何かーネーシ「冒しての責任社 a ・ミラー〔著〕 / 富沢克・伊藤恭彦・長谷川一年・施光恒・竹島博之〔訳〕 <LO 判 / 本体 3000 円一、」 私たちは、貧困等さまざまな不幸にあえぐ世界の人びとに対して、 国境を越えてどんな責任を負っているのかグロ 1 バル化が進む現代、 風 先進国の人間にとって、避けて通ることのできない問題である。 平安語の宝庫、ついに成るー峰岸明著四六倍判 / 各 34000 円呈飜 鵝送刈 平安時代記録語集成上巻 下巻附記録語解義は録 平安時代の日記から蒐集した〈記録語〉約三万を集成。 内容案内送呈価書 示図 日本古代の交通・交流・情報巻俵 3 一退跡と技術舘野和己・出田和久編 ( 最終回 ) 判 / 5500 円版 2 豊島直博・木下正史編 ここまで・ 立〈、 四六判 / 2400 円 わかった 飛鳥・藤原京倭国から日本、 区 4mg 己 桜井好朗著 京 四六判 / 2200 円 吉野の霧太平記 ( 読みなおす日本史 ) 年 野添文彬著文京岳 イめぐる相克判 / 5800 円 沖縄返還後の日米安呆米軍基地を 弘山 古代日本の 須田勉著 18 0 0 円 国家プロジェクト 国分寺の誕生 百 日 物産陳列館から 頴原澄子著士ロ 四原爆ドーム 広島平和記念碑へ 選書〈風のビブリオ〉 3 A5 変型判 各本体 800 円 世界史リプレット、人 0 新日本山岳誌 一口 1 」 1 っ 0 ー明朝第ニの創業者 永楽帝 格 9 1 荷見守義著政治と軍事の両面から明王朝の組織改編を緬田 断行し、全権を掌握した永楽帝。父帝朱元璋への恭順と反 0 内 逆を繰り返し、しだいに王朝の仕組みを独自の仕様につく 容区 田 り替えていった。これこそ第二の創業者たる所以である。 代 @ムハンマド・アブドウフ社 東 松本弘著 ーイスラームの改革者 出 4 ムハンマド・アブドウフは、イスラーム世界で知らぬ者は いない近代エジプトのウラマーである。彼の「伝統と近代文 明の中間を行く」姿勢は、現代イスラームが最も必要として 山「 しるはものとい、んよ , っ 新日本山岳を、 ー新日本山岳誌 本 山 岳 全国 4000 山を網羅した、最新・最大の 山岳百科事典。 600 名の脚による 10 年 ぶり待望の改訂 ! 菊判 2016 頁 18000 円 日本山岳会 ナカニシャ出版 〒 606-8161 京都市左京区一乗寺木ノ本町 15 tel 075-723-0 Ⅱ 1 www.nakanishiya.co. JP/ く税抜〉

チャタレイ夫人の恋人 : 完訳

落部分があるのではないか、この書物は削除版だというがいつまでこんなかたちの出版を放 置しているつもりか。いつのまにか、そういうような質問が編集部に寄せられる時代になっ ていた。昭和二十五年にはじまり、昭和三十二年最高裁判所大法廷にまで争われた「チャタ レイ夫人の恋人ー裁判、あの大文学裁判のことを知っている人々はすでに少数派になってい 伊藤整訳、『チャタレイ夫人の恋人』の完全訳版が出版されたのは、昭和二十五年四月だ った。上下二巻で出版され、下巻は同年五月に発行された。出版元は小山書店。同店の企画 恋した「ロレンス選集、の最初の配本がこれだった。この選集はロレンスの主要作品を含み、 つねあり 全体で十七巻になるはずだった。訳者として伊藤整のほか、吉田健一、福田恆存、中野好夫 にしきみはた などがいた。第二次世界大戦が終わり、一一一一〔論の自由が錦の御旗となり、思想的にも風俗的に も開放的になった時代の空気のなかでの出版だった。 英国貴族の若い奥方が、領地の森の管理人と肉体的な関係を持っ話。その肉体的交渉が赤 裸々に語られる話ということで、この訳書はたちまちベストセラーになった。そうして、当 然のなりゆきとして警視庁当局の目をつけるところとなり、同年六月訳書は出版社の倉庫か らばかりでなく全国の小売店の店頭からも押収された。九月に入って、発行人小山書店主小 わいせつ 山久二郎と訳者伊藤整は猥褻文書頒布のかどで、刑法百七十五条で罰すべきものとして起訴 された。これがチャタレイ事件の発端だった。東京地方裁判所で行なわれた裁判は昭和二十 六年五月八日に始まり、総計三十六回の公判が行なわれ、翌昭和二十七年一月十八日に判決 564 はんぶ

長谷川伸全集〈第11巻〉

奉行所派遣の幕吏戸田又太夫が、帝政ロシャの海軍中尉フ 永代落ちから四十六年の嘉永五年十二月十六日、浅草の オーストフ等に攻撃され、南部津軽両藩の兵ともども、慘歳の市の雑沓が甚だしいのを或る武士が防ごうとして、脇 敗遁走して引責自殺したことをいったのである。 差を抜き頭上で閃めかした。事情と場所が違うので、逃げ なだれ そこで前いった永代落ちのとき、頭上で抜刀を振廻した惑う人々がつくる大きな人雪崩が忽ち出来て、歳の市の店 武士のことだが、どこのだれであるか、恐らくはこのことが二、三十というもの残らず踏みこわされ、怪我人が数多 カ小学校の教科書に採りあげられた頃も、それから後の今出たという。これは喜多村篤庭の「聞くのまにまに』にあ も人に殆ど知られずにいるが、永代落ちから四十年後に久る。飛ンでもない烏が鵜の真似をしたものである。 ( 昭和二十七年七月「サンデー毎日』増刊 ) 松助殿が自宅の幽篁庵で、岩瀬百樹に、その人は「南町奉 行組同心渡辺小左衛門といいし半老人なりし」と語ったと いうことが、「蜘蛛の糸巻』 ( 岩瀬百樹 ) に実は書かれてい 唐人お吉と四人の女 るのである。百樹は山東京山のことで、永代落ちのとき現 場近くに行き合わせ惨事を目撃した一人である。そうして 又、渡辺小左衛門なら惨事のその日、町奉行組同心として唐人お吉を今みたいに、だれしも知っている人物にした 水死者検視役を勤めた一人である。惜しむらくはこの人ののは、昭和三、四年ごろ朝日新聞の連載小説で、完結とと つまびら 伝を詳かにすることが出来ない。 もに単行本となった「時の敗者』 ( 十一谷義三郎 ) に始る。 渡辺小左衛門のことに似たものに、甲州下吉田の長兵衛といってもその以前にお吉を書いた小説類がなかったので がある。長兵衛が江戸にあるとき大火が起り、永代橋に避はない。松田竹の島人 ( 竹嶼 ) といって昔の新聞小説書き 難者が溢れ危険が甚だ迫ったとき、群集中にあった長兵衛が、「唐人お吉』を雑誌に書いたのが、少くとも最初に近 が刀を抜いて、我は人斬り長兵衛なりと叫んで二、三人をかったと思う、が佳い作品ではなかったのですぐ忘れられ ろ少しく斬った。ために人が恐れて近づかず橋は墜落を免が れた。世にこれより人斬り長兵衛と綽名したというのであ その他にもお吉を書いた人があったが、それも又人々の 材る。頭の上で抜刀を振廻したのと、少しではあったろう記憶に残る作ではなかった。そうした後に時の敗者』が 7 が、二、三人斬ったのとでは、その差は深川祭と大火ぐら新聞に連載され読者の間では好評であったが、それだけで いのヒラキである。 は読者以外の広がりにはならなかった。そのころの東京湾 ) 0

長谷川伸全集〈第10巻〉

物市立み 45812 長谷川伸全集第十巻 ある市井の徒ほか細 全十六巻・第六回配本 一二〇〇円 昭和四十六年八月十五日発行 著者長谷川伸 発行者朝日新聞社角田秀雄 印刷所凸版印刷 発行所朝日新聞社 東京大阪北九州名古屋 0 装幀原弘 帯挿画岩田専太郎 6