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検索対象: 現代日本の文学 42 島尾 敏雄 井上 光晴 集

現代日本の文学 42 島尾 敏雄 井上 光晴 集から 355件ヒットしました。

現代日本の文学 42 島尾 敏雄 井上 光晴 集


「 紙 の 夜 に 」 ( 潮 三 月 号 ) 、 「 鱶 ね む る 志 々 岐 島 」 ( 潮 別 冊 春 季 号 ) 、 「 鳩 を 文 学 界 三 月 号 よ り 連 載 、 九 月 に 完 結 。 七 月 『 虚 構 の ク レ ー ソ 』 舎 の 小 さ い 梯 子 」 ( 潮 別 冊 夏 季 号 ) 、 「 清 潔 な 河 口 の 朝 」 ( 文 学 界 六 月 ( 新 潮 文 庫 ) 、 『 井 上 光 晴 集 』 ( 大 光 社 、 現 代 文 学 の 実 験 室 ) 、 「 心 優 し 号 ) 、 「 赤 鰭 楼 の 後 継 者 た ち 」 ( 展 望 六 月 号 ) 、 「 階 級 」 ( 群 像 十 月 号 ) 。 き 反 逆 者 た ち 」 を 「 世 界 」 七 月 号 よ り 連 載 開 始 、 現 在 連 載 中 。 八 月 一 月 短 篇 集 『 皮 膚 の 眼 』 ( 勁 草 書 房 ) 、 五 月 短 篇 集 『 九 月 の 土 曜 日 』 短 篇 集 『 鬼 池 心 中 』 ( 新 潮 社 ) を 刊 行 。 三 月 十 六 日 、 新 日 本 文 学 会 ( 潮 出 版 社 ) 、 六 月 長 篇 『 乾 草 の 草 』 ( 講 談 社 ) 、 十 一 月 短 篇 集 『 清 潔 を 退 会 。 匹 十 四 歳 な 河 口 の 朝 』 ( 文 藝 春 秋 社 ) を そ れ そ れ 刊 行 。 「 長 く 歩 い た 後 」 を 「 文 昭 和 四 十 五 年 ( 一 九 七 〇 ) 「 コ ー ヒ ー 店 > の 地 下 」 ( 人 間 と し て 創 刊 号 ) 、 季 刊 誌 「 辺 境 』 の 編 芸 」 に 三 月 号 よ り 連 載 開 始 。 現 在 連 載 中 。 四 十 一 一 歳 集 発 刊 を 準 備 、 六 月 創 刊 号 を 刊 行 。 「 辺 境 」 を 発 表 。 座 談 会 「 現 代 昭 和 四 十 三 年 ( 一 九 六 八 ) わ き ろ 「 脇 櫓 を 漕 ぐ 」 ( 国 語 教 育 一 月 号 ) 、 ル ポ 「 三 派 系 全 学 連 は 孤 立 し な 文 学 の 原 点 」 ( 文 芸 三 月 号 、 黒 田 喜 夫 、 野 坂 昭 如 と ) 、 評 論 「 七 〇 年 か っ た 」 ( 週 刊 朝 日 二 月 二 日 号 ) 、 「 た た か い の 朝 」 ( 朝 日 ジ ャ ー ナ ル 夏 へ の 告 発 」 ( 週 刊 朝 日 臨 時 増 刊 七 月 二 十 五 日 号 ) 、 「 カ リ ー ニ ン 橋 二 月 二 十 五 日 号 ) 、 「 蕩 児 の 帰 棟 」 ( 文 学 界 四 月 号 ) 、 「 状 況 」 ( 三 田 文 の 下 で 」 ( 現 代 の 眼 十 一 一 月 号 ) 、 「 嬰 児 の う た 」 ( 群 像 四 六 年 一 月 号 ) 学 五 月 号 ) 、 戯 曲 「 蜘 蛛 た ち 」 ( 新 日 本 文 学 五 月 号 。 劇 団 青 俳 に よ り 「 作 家 の 仕 事 ・ — 」 ( 文 学 五 月 号 ) 、 「 作 家 の 仕 事 ・ Ⅱ 」 ( 文 学 九 月 号 ) 、 紀 伊 国 屋 ホ ー ル で 上 演 。 三 月 十 四 日 よ り 八 日 間 ) 、 「 海 へ 行 く 駅 」 ( 潮 『 井 上 光 晴 新 作 品 集 』 ( 五 巻 ) 勁 草 書 房 刊 行 完 結 。 一 月 、 『 地 の 群 れ 」 別 冊 秋 季 号 ) 、 「 残 虐 な 抱 擁 」 ( 群 像 九 月 号 ) 、 評 論 「 陰 画 の 主 題 」 ( 群 新 装 版 ( 河 出 書 房 ) 、 七 月 『 死 者 の 時 」 ( 角 川 文 庫 ) 、 八 月 『 妊 婦 た 像 十 一 月 号 ) 、 「 鋏 の よ う な 海 」 ( 風 景 十 一 月 号 ) 、 「 明 日 の 岸 辺 」 ( 文 ち の 明 日 』 ( 角 川 文 庫 ) 、 十 一 月 『 階 級 』 ( 講 談 社 シ リ ー ズ ) 刊 行 。 学 界 十 一 月 号 ) 、 「 安 ら い の 場 所 」 ( 新 潮 十 一 一 月 号 ) 、 「 西 海 の 役 者 た 九 月 「 地 の 群 れ 」 文 学 座 公 演 ( 紀 伊 国 屋 ホ ー ル 、 木 村 光 一 脚 色 ・ 岩 ち 」 ( 世 界 十 一 一 月 号 ) 。 「 気 温 十 度 」 ( 潮 別 冊 ) 、 「 象 の い な い サ ー カ ス 」 村 久 雄 演 出 ) 。 十 一 月 、 宮 崎 に て 九 州 高 等 学 校 国 語 研 修 会 の た め に ( 潮 別 冊 ) 、 「 空 想 よ り 科 学 へ 」 ( 潮 別 冊 ) 。 一 月 長 篇 『 階 級 』 ( 講 談 社 ) 、 講 演 。 四 月 長 篇 『 他 国 の 死 』 ( 河 出 書 房 ) 、 七 月 長 篇 『 黒 い 森 林 』 ( 筑 摩 書 房 ) 、 十 二 月 長 篇 『 残 虐 な 抱 擁 』 ( 講 談 社 ) 、 短 篇 集 『 気 温 十 度 』 ( 筑 摩 書 房 ) を 刊 行 。 な お 、 「 戦 争 は 終 っ た 、 そ し て : : : 」 と 傍 題 を 付 し た 自 叙 伝 の 「 虚 構 伝 」 を 展 望 一 月 号 よ り 十 一 一 月 号 ま で 連 載 。 七 月 、 秋 山 駿 と 対 談 「 私 の 文 学 」 、 十 一 月 、 有 明 工 業 高 等 専 門 学 校 六 週 年 記 念 講 演 。 四 十 三 歳 昭 和 四 十 四 年 ( 一 九 六 九 ) 「 阿 蘇 」 ( 新 日 本 文 学 一 月 号 ) 、 「 せ む し た ち の 冬 」 ( 文 学 界 三 月 号 ) 、 「 鬼 池 心 中 」 ( 群 像 五 月 号 ) 、 「 と び 」 ( 潮 別 冊 冬 季 号 ) 。 「 象 を 撃 つ 」 は さ み

現代日本の文学 42 島尾 敏雄 井上 光晴 集


英 作 脚 色 、 高 山 図 南 雄 演 出 ) 。 ラ ジ オ ・ ド ラ マ 「 雪 と 背 嚢 」 ( 、 評 論 「 敗 北 し か か っ て い る 〈 戦 争 〉 」 ( 展 望 八 月 号 ) 、 「 ア メ リ カ 帝 国 主 義 批 判 」 ( 潮 五 月 号 ) 、 「 他 国 の 死 の こ と 」 ( 毎 日 新 聞 一 月 三 日 田 甫 一 郎 演 出 ) 一 一 月 、 長 女 荒 野 ( あ れ の ) 誕 生 。 三 十 六 歳 号 ) 、 「 私 の 小 説 作 法 」 ( 毎 日 新 聞 八 月 一 日 号 ) 、 「 作 品 の 質 と 稼 ぎ 」 昭 和 三 十 七 年 ( 一 九 六 一 l) 「 亡 霊 」 ( 現 代 の 眼 五 月 号 ) 、 戯 曲 「 ス ク ラ ッ プ 」 ( 新 日 本 文 学 五 月 ( 東 京 新 聞 十 一 一 月 十 八 日 号 ) 、 「 〈 妊 婦 た ち の 明 日 〉 の 現 実 」 ( 五 月 十 号 ) 、 「 乢 の 谷 」 ( 文 芸 六 月 号 ) 、 長 篇 「 荒 廃 の 夏 、 の 連 載 を ( 新 日 本 日 号 ) 、 「 生 き る た め の 憂 」 ( 世 界 八 月 号 ) 、 「 被 爆 者 を 差 別 す る 立 場 」 文 学 九 月 号 ) か ら は じ め た 。 「 退 職 者 同 盟 と ヤ キ ト リ 」 ( 現 代 の 眼 十 ( 西 日 本 新 聞 八 月 十 五 日 号 ) 、 「 合 理 化 と 戦 う 〈 長 期 抵 抗 路 線 〉 」 ( 中 幻 ) 、 「 奥 能 登 」 央 公 論 六 月 号 ) 、 朝 日 ジ ャ ー ナ ル の 「 現 代 語 感 」 の 執 筆 グ ル ー プ に 二 月 号 ) 、 風 土 記 「 佐 世 保 」 ( 朝 日 ジ ャ ー ナ ル 6 ・ 入 る 。 一 一 月 、 小 金 井 市 緑 町 の 借 家 よ り 世 田 谷 区 桜 上 水 の 団 地 に 移 ( 朝 日 ジ ャ ー ナ ル 2 ・ 7 ) 十 二 月 、 父 、 伊 万 里 で 死 亡 。 三 十 七 歳 住 。 「 熱 い レ 1 ル 」 ( 文 芸 六 月 号 ) 、 「 赤 毛 の 犬 」 ( 群 像 十 一 月 号 ) 、 『 荒 昭 和 三 十 八 年 ( 一 九 六 = l) 「 地 の 群 れ 」 ( 文 芸 七 月 号 ) 、 「 『 民 芸 の 死 』 覚 え 書 」 ( 世 界 十 一 月 号 ) 、 廃 の 夏 』 ( 河 出 書 房 十 一 月 刊 ) 。 こ の 秋 、 日 ソ 文 学 シ ン ポ ジ ュ ー ム 出 か ん せ 、 「 コ 1 リ ア の 陥 穽 」 ( 小 説 中 央 公 論 十 一 月 号 ) 、 「 消 滅 」 ( 小 説 中 央 公 席 の た め ソ ヴ ェ ー ト 旅 行 。 レ ニ ン グ ラ ー ド 、 エ レ ・ ハ ン 等 を 廻 り 、 モ 論 十 一 一 月 号 ) 、 「 遺 書 」 ( 世 代 十 一 一 月 号 ) 、 風 土 記 「 石 狩 川 」 ( 朝 日 ジ ス ク ワ に 約 五 十 日 滞 在 。 「 黒 髪 の 碗 」 を 「 淡 交 」 十 月 号 よ り 連 載 開 1 ) 、 始 。 翌 年 十 一 一 月 完 結 。 ャ ー ナ ル 6 ・ 9 ) 、 「 あ る 勤 皇 少 年 の こ と 」 ( 朝 日 ジ ャ ー ナ ル ・ 四 十 歳 昭 和 四 十 一 年 ( 一 九 六 六 ) 評 論 「 三 十 代 作 家 の 『 近 代 化 』 の 内 面 」 ( 思 想 十 一 月 号 ) を 発 表 。 三 十 八 歳 「 似 た 男 」 ( 文 学 界 一 一 月 号 ) 、 「 赤 い 手 毬 」 ( 中 央 公 論 六 月 号 ) 、 「 眼 の 昭 和 三 十 九 年 ( 一 九 六 四 ) 「 村 」 ( 群 像 三 月 号 ) 、 「 ス タ ー リ ン 」 ( 文 学 界 五 月 号 ) 、 「 妊 婦 た ち の 皮 膚 」 ( 文 芸 七 月 号 ) 、 「 仮 装 行 列 」 ( 群 像 八 月 号 ) 、 「 キ ャ ン デ ィ 」 ( 南 明 日 」 ( 世 界 八 月 号 ) 、 「 遊 園 地 に て 」 ( 群 像 十 一 月 号 ) 、 長 篇 「 他 国 北 九 月 号 ) 、 「 ロ ー ラ ー ス ケ ー ト 」 ( 文 学 界 九 月 号 ) 、 「 こ の ま ん じ ゅ の 死 」 を 「 朝 日 ジ ャ ー ナ ル 」 に 三 月 一 日 号 よ り 連 載 。 十 一 一 月 最 終 号 し や げ 」 ( 群 像 十 月 号 ) 、 「 黄 色 い 顔 の 看 守 」 ( 潮 別 冊 春 季 号 ) 、 「 家 紋 の あ る 壁 」 ( 潮 別 冊 夏 季 号 ) 、 「 九 月 の 土 曜 日 」 ( 潮 別 冊 秋 季 号 ) 、 「 黒 で 完 結 。 長 篇 『 荒 廃 の 夏 』 ( 新 日 本 文 学 ) 十 二 月 号 で 完 結 。 『 井 上 光 晴 作 品 い 森 林 」 ( 展 望 一 月 号 よ り 十 二 月 号 ま で 連 載 ) 、 「 作 家 の ノ ー ト 」 を 集 』 ( 四 巻 ) を 十 一 月 か ら 勁 草 書 房 よ り 順 次 刊 行 。 『 井 上 光 晴 詩 集 』 一 月 よ り 「 週 刊 読 書 人 」 に 一 年 間 連 載 。 「 ゲ ッ セ マ ネ の 夜 」 ( 現 代 の 譜 ( 一 橋 新 聞 部 ) を 刊 行 。 評 論 「 フ ォ ー ク ナ ー の 技 巧 」 ( 文 学 五 月 号 ) 、 眼 一 月 号 よ り 三 十 三 回 に わ た っ て 連 載 ) 。 評 論 集 『 幻 影 な き 虚 構 』 新 日 本 文 学 会 十 一 回 大 会 、 創 造 報 告 「 芸 術 の 質 に つ い て 」 ( 新 日 本 を 勁 草 書 房 よ り 刊 行 ( 六 月 ) 。 九 月 、 ソ ヴ ェ ー ト 作 家 同 盟 の 招 待 を 引 創 う け 、 小 沢 信 男 と と も に モ ス ク ワ 滞 在 。 ウ ク ラ イ ナ ホ テ ル 一 一 十 六 階 年 文 学 六 月 号 ) 、 「 私 は な ぜ 小 説 を 書 く か 」 ( 朝 日 ジ ャ ー ナ ル 5 ・ 刊 満 五 年 記 念 講 演 ) 、 「 九 段 坂 下 の 開 化 丼 」 ( 山 形 新 聞 八 月 八 日 号 ) 、 で 「 黒 い 森 林 」 の 完 結 分 を 書 ぎ 上 げ る 。 祖 母 さ か 、 九 十 三 歳 で 十 一 一 月 十 七 日 死 亡 。 次 女 切 羽 ( き り は ) 十 一 一 月 一 一 十 六 日 誕 生 。 「 原 子 力 潜 水 艦 を む か え る 基 地 市 民 の 感 覚 」 ( 思 想 十 一 月 号 ) 四 十 一 歳 昭 和 四 十 ニ 年 ( 一 九 六 七 ) 昭 和 四 十 年 ( 一 九 六 五 ) は い の う 三 十 九 歳 て ま り か せ

現代日本の文学 42 島尾 敏雄 井上 光晴 集


右 同 人 雑 誌 「 十 四 世 紀 」 創 刊 号 ( 昭 和 十 三 年 ) 下 そ の 目 次 ま , 、 お キ 4 の ご マ デ 、 気 ( ・ い 0 第 朝 第 澱 ッ 第 ま . 、 色 、 、 。 姦 、 の 切 っ ′ 」 ~ 等 出 て ま ” す メ 、 す 勢 資 に 物 を ミ 当 第 ′ 冫 ・ る 第 マ 3 を ~ 2 を ! を も い 山 に て 第 0 て あ る 。 「 に ら 、 ・ で も ぐ す を に 第 い を 第 て ら も 、 - 気 を 第 い た 小 世 み 第 」 ・ 一 わ り ふ 第 を を 第 し て る わ ん わ 4 た み 物 う す ! つ を さ れ の 0 ) っ マ ー 長 お ん ぐ 量 の す に は や れ る み 工 ふ キ ー 物 ~ 尾 の 下 に 人 っ 、 「 再 粛 さ を つ わ 心 ナ マ , は を ョ を 第 し に 4 み 去 第 を の 物 と ん 義 第 0 《 第 を 3 ド に 単 っ て つ 第 ッ お で も る 2 に ・ の 仕 事 上 第 よ と 0 を 幸 は 第 嚇 な っ て 第 に 一 な っ て じ つ を ま の 心 業 け で な ん を ら れ う 、 の で は な い 、 長 崎 高 等 商 業 時 代 友 人 と 左 が 敏 雄 ( 昭 和 11 年 ) 十 を 上 「 十 四 世 紀 」 に 掲 載 さ れ た 本 文 の 一 部 島 尾 瓢 平 の 名 で 発 表 。 同 誌 は 創 刊 号 で 発 禁 処 分 を 受 ( 昭 和 13 年 ) け た て 世 間 の 割 れ 目 や 穴 に あ た る と こ ろ を 虫 の よ う に は い 宿 ま わ 「 て い ま す 。 い わ ゆ る 「 病 妻 も の 」 以 外 の 、 「 私 」 の 登 場 し な い 小 説 で は 、 こ の い か が わ し い 人 物 た ち に っ は 、 木 乃 伊 之 吉 ( 「 贋 学 生 」 ) こ れ は 木 乃 伊 と も あ 雄 読 め ま す ー ー 、 と か 、 神 呪 ( 「 宿 定 め 」 ) と か 、 思 無 邪 町 が ( 「 い な か ぶ り 」 ) と か 、 己 一 、 子 之 吉 、 ナ ス ( 「 亀 手 端 山 左 甲 の 裂 け 目 」 や 「 兆 」 ) と か 、 奇 妙 な 名 前 が あ た え ら 黼 れ て い る の も 、 作 者 が そ れ ら の 人 物 を 世 間 一 般 の ま と 崎 も な 人 間 と は 考 え て い な い か ら で す 長 で 勿 論 、 読 者 は こ う し た 人 物 を 作 者 そ の 人 で あ る と み な す 要 は あ り ま せ ん が 、 こ こ で 明 ら か な こ と は 、 ど の 作 品 に お い て も 作 者 の 体 験 そ の も の が ( 独 特 の 変 形 を 加 え ら れ て ) 語 ら れ て い る と い う こ と で 、 そ れ を 離 れ て 島 尾 氏 の 小 説 は あ り え な い と い う 意 味 で は 、 氏 の 小 説 は ま さ に 私 小 説 の 典 型 な の で す 。 普 通 の 小 説 は 、 作 者 以 外 の 人 間 や 事 物 の 存 在 す る ひ と つ の 世 界 が で き あ が っ て い る の が 感 じ ら れ ま す が 、 私 小 説 の 場 合 は 、 そ こ に そ れ を 書 い た ひ と り の 人 間 が 存 在 す る だ け で す 。 こ れ は 小 説 に と っ て は な は だ 特 異 な こ と で 、 普 通 の ト 説 の 読 者 に 対 す る の と は 違 っ た 、 特 殊 な 覚 吾 を 読 者 に 強 い る こ と に も な り ま す 。 島 尾 氏 の 小 説 を 読 み つ づ け る 読 者 は 、 島 尾 氏 専 属 の 読 者 、 あ る い は 島 尾 氏 と い う 人 間 に 恋 愛 感 情 に 似 た も の を も っ 読 者 に な ら な け れ ば 0

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父 と 六 甲 山 ( 神 戸 ) に 登 る 七 五 三 の 祝 日 に 右 よ り 母 美 ( 小 学 校 4 ~ 5 年 の こ ろ ) 江 弟 の 義 郎 敏 雄 と 父 の 四 郎 評 伝 的 解 説 〈 島 尾 敏 雄 〉 倉 橋 由 美 子 、 説 こ 属 し ま す 。 島 尾 敏 雄 氏 の 作 品 は 新 し い 型 の 私 づ 三 ー こ こ で 「 私 小 説 」 と い 、 つ こ と ば は 、 作 者 そ の 人 ら し い 「 私 」 や 「 ま ー く 」 が 出 て き て 、 作 者 の 生 活 ら し い も の が そ こ に 書 か れ て い る 、 と い っ た 外 形 上 の こ と よ り も 、 あ る 人 間 と 、 そ の 人 間 が 書 く 小 説 と の 変 則 的 な 関 係 を さ し て い ま す 。 私 小 説 イ 乍 家 の 特 徴 は 、 一 般 に 文 学 の 伝 統 と は あ ま り 関 係 の な い 仕 方 で 仕 事 を す る こ と に あ り ま す 。 つ ま り こ の 型 の 作 家 は 自 分 の 体 験 を 「 素 手 で 」 処 理 し よ う と す る わ け で す が 、 そ の 結 果 で き あ が っ た も の は 、 そ れ が 文 学 で あ る と い う こ と よ り は 、 自 分 の 体 験 の 産 物 で あ る と い 、 つ こ と の ほ 、 つ に 重 み が か か り ま す 。 そ れ は 文 学 の 神 殿 ( と い う も の が か り に あ る と し て ) へ の 奉 納 品 の ひ と つ で あ る よ り も 、 作 者 に と っ て 自 分 の 子 ど も の よ う な も の で あ る と い え ま し よ う 。 そ し て 子 ど も か 434

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登 , 援 誌 と き に 母 親 の 手 段 と も な り う る よ う に 、 私 小 説 も 作 者 真 に ろ 応 雑 年 に と っ て ひ と つ の 手 段 に な り ま す 。 そ れ を 書 く こ と が 写 山 こ に 人 川 像 鎚 年 日 同 和 生 活 上 の 救 い と な る の で あ れ ば 、 書 く こ と は 祈 り の よ 肖 石 7 の 昭 の の ~ 技 下 う な 行 為 に 擬 せ ら れ 、 ま た 書 い た 小 説 が 生 活 の 資 を 得 ) 国 6 競 左 雄 四 和 艇 暾 る の に 役 立 つ な ら ば 、 小 説 は ま ぎ れ も な い 手 段 と な り と 刀 口 一 呈 ) ・ カ ま す 。 生 活 が 破 綻 に 瀕 し 、 自 分 と い う も の が 崩 壊 し て 日 ま 年 右 母 友 ( 生 き る 亠 思 士 も 失 い そ 、 つ に な っ た り し た と き 、 自 己 を 「 救 る 級 代 盟 あ 雄 時 酥 ろ 済 す る 」 た め に 何 か を 書 く こ と が 必 要 だ か ら 、 と い う に 代 敏 業 は こ 家 時 が 商 理 由 で 生 活 の 手 段 と し て 小 説 を 書 く う ち に 、 そ の 手 段 実 業 上 等 加 い の ま た 手 段 と し て 、 つ ま り 小 説 を 書 く 手 段 と し て 生 活 の 商 右 高 参 て 島 戸 崎 て し の 危 機 を つ く り だ す 操 作 が 必 要 に な っ て き ま す 。 福 神 き 長 し 出 A 」 と を そ れ は 結 局 、 私 小 説 を 書 く た め に は 生 活 の 破 綻 、 あ 端 央 た 上 員 」 峠 る い は そ れ を 招 く 作 者 の 精 神 の 弱 さ が 必 要 だ と い う こ 右 中 っ 左 団 「 と で 、 作 者 が 真 摯 な 受 難 者 ぶ り を み せ れ ば み せ る ほ ど 、 い か か わ し さ 」 が っ き ま と い ま す 。 も し も 作 者 が そ の こ と を 自 覚 し て い れ ば 作 者 は い つ も 自 分 の 皮 」 膚 に よ り つ く 「 、 つ し ろ め た さ 」 を 感 じ な け れ ば な ら ず 、 も し も み す か ら の 弱 さ を 逆 手 に と っ た 演 技 の い か が わ し さ に 気 が っ か な い ほ ど の 人 間 な ら ば 、 そ の よ う な 人 間 は 根 本 に お い て 「 ふ ま じ め 」 な の で す 。 島 尾 氏 は 少 く と も ふ ま じ め な ほ う の 型 に は 属 し て い ま せ ん 。 氏 の 作 品 に 出 て く る 人 物 は 、 大 概 こ の 「 い か が わ し さ 」 の け し ん 化 身 で あ り 、 作 者 か ら 「 う し ろ め た さ 」 を 背 負 わ さ れ し ん し 435

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4 地 獄 の 遍 歴 者 井 上 光 晴 の 名 は 、 ば く が 工 大 の 学 生 で あ っ た 頃 か ら 東 京 の 文 学 青 年 の 間 で 知 れ わ た っ て い た 。 そ の 地 方 の 革 命 運 動 や 文 学 運 動 を ひ と り で 支 え て い る う わ さ す ご い 奴 だ 、 と い う よ う な 噂 が 伝 わ っ て き て 、 井 上 光 晴 は 上 京 前 か ら 伝 説 化 さ れ て い た 。 炭 鉱 出 身 の 若 い 革 地 命 的 文 学 者 と 聞 い た だ け で 、 ば く な ど に は と う て い 及 ね ん の び が た い 別 世 界 の 英 雄 の よ う に 思 え 、 た だ 畏 敬 の 念 を 隊 抱 く だ け で あ っ た 。 衛 そ う と う わ し そ の 井 上 光 晴 に ば く が 関 心 を 抱 い た の は 「 双 頭 の 鷲 」 を 読 ん で か ら で あ る 。 何 か の 時 、 井 上 光 晴 が 戦 争 中 の 海 絶 望 的 な 右 翼 少 年 の こ と を 小 説 に 書 い て い る と 教 え ら 米 は れ 、 古 雑 誌 の 中 か ら 「 近 代 文 学 」 昭 和 二 十 七 年 一 一 月 号 を 探 し 出 し 、 元 の 題 が 「 一 九 四 五 年 三 月 」 と い う そ の 月 現 説 を 読 ん だ 。 ば く は そ こ に 、 戦 争 中 の ば く た ち の 世 代 港 軍 の 右 翼 的 心 情 を は じ め て 描 い て い る 小 説 を 見 出 し た の 戦 争 末 期 の 純 粋 の う え に も 純 粋 を め ざ し 、 反 逆 的 戦 に 右 翼 化 し て い っ た 、 暗 い デ ス ペ レ ー ト な 雰 囲 気 が は し め て 文 学 化 さ れ て い る の を 見 た の だ 。 戦 後 、 軍 国 主 港 保 義 や 右 翼 思 想 を 内 部 か ら 書 く こ と は タ ブ ー に な っ て い 世 佐 た 。 そ の た め 戦 争 末 期 、 ば く た ち を 包 み こ ん だ 右 翼 的

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十 九 年 脱 退 ) 。 「 新 日 本 文 学 会 」 の 会 員 に な っ た ( 三 十 九 年 十 一 一 月 脱 八 月 、 敗 戦 に て 神 戸 に 復 員 。 長 妹 は 奉 天 に て 死 す 。 ・ 、 ー は 庄 二 十 九 歳 退 ) 。 こ の こ ろ か ら 約 一 か 年 「 一 、 二 会 」 に 加 わ っ た 。 メ ン ′ 昭 和 ニ 十 一 年 ( 一 九 四 六 ) 三 月 、 ミ ホ と 結 婚 。 庄 野 潤 三 、 林 富 士 馬 、 大 垣 国 司 、 三 島 由 紀 夫 と 野 潤 三 、 吉 行 淳 之 介 、 安 岡 章 太 郎 、 三 浦 朱 門 、 近 藤 啓 太 郎 、 結 城 信 「 光 ー を 結 成 、 二 十 二 年 に 三 号 で 解 散 。 「 は ま べ の う た 」 「 夢 中 市 一 、 小 島 信 夫 、 武 田 繁 太 郎 、 五 味 康 祐 、 奥 野 健 男 、 日 野 啓 三 、 進 藤 純 孝 、 村 松 剛 、 浜 田 新 一 の 十 五 名 。 「 一 二 会 」 解 散 の あ と 、 奥 野 健 街 」 ( の ち 「 石 像 歩 き 出 す 」 と 改 題 ) を 発 表 し た 。 三 十 歳 男 、 吉 本 隆 明 ら の 「 現 代 評 論 」 に 加 わ り 、 「 鬼 剥 げ 」 を 発 表 ( 二 号 で 昭 和 ニ 十 ニ 年 ( 一 九 四 七 ) 四 月 の こ ろ 約 一 か 月 大 阪 の 「 日 本 デ モ ク ラ シ ー 協 会 」 に 勤 め た 。 五 解 消 ) 。 三 十 八 歳 月 、 神 戸 山 手 女 子 専 門 学 校 ( の ち に 山 手 女 子 短 大 ) の 非 常 勤 講 師 と 昭 和 三 十 年 ( 一 九 五 五 ) な り 、 七 月 神 戸 市 立 外 事 専 門 学 校 ( の ち に 神 戸 市 立 外 国 語 大 学 ) の 三 月 、 み す ず 書 房 よ り 短 篇 集 「 帰 巣 者 の 憂 鬱 』 刊 行 。 三 月 、 向 丘 高 教 授 職 を 得 た 。 富 士 正 晴 編 集 の 「 」 に 参 加 、 一 一 十 六 年 校 を 辞 し 、 佐 倉 、 池 袋 、 市 川 に 居 を 移 す 。 十 月 、 奄 美 大 島 の 名 瀬 市 に 移 住 。 十 二 月 、 河 出 書 房 よ り 短 篇 集 『 わ れ 深 き ふ ち よ り 』 刊 行 。 の 末 ご ろ 脱 退 し た 。 三 十 九 歳 三 十 一 歳 昭 和 三 十 一 年 ( 一 九 五 六 ) 昭 和 ニ 十 三 年 ( 一 九 四 八 ) あ っ せ ん 七 月 、 長 男 伸 三 が 生 ま れ た 。 野 間 宏 の 斡 旋 に よ り 、 「 単 独 旅 行 者 」 四 月 、 大 島 高 等 学 校 、 大 島 実 業 高 等 学 校 ( 定 時 制 ) の 非 常 勤 講 師 を ( 「 」 第 一 号 と 第 二 号 に 発 表 ) が 「 芸 術 」 第 七 号 に 転 載 、 勤 め る 。 九 月 、 現 代 社 よ り 短 篇 集 『 夢 の 中 で の 日 常 』 刊 行 。 十 二 月 「 夢 の 中 で の 日 常 」 が 「 綜 合 文 化 」 七 月 暑 に 掲 載 さ れ た 。 「 近 代 文 に カ ト リ ッ ク の 洗 礼 を 受 け た 。 四 十 歳 学 」 の 同 人 に な っ た ( 三 十 二 年 六 月 同 人 制 解 消 の と き ま で ) 。 一 号 昭 和 三 十 ニ 年 ( 一 九 五 七 ) 出 た だ け の 「 序 曲 」 の 同 人 に な っ た 。 十 月 、 短 篇 集 『 単 独 旅 行 者 』 七 月 、 出 版 書 肆 ・ ( ト リ ア よ り 短 篇 集 『 島 の 果 て 』 を 刊 行 。 十 二 月 、 鹿 児 島 県 職 員 と な り 、 奄 美 日 米 文 化 会 館 長 勤 務 。 を 真 善 美 社 か ら 刊 行 。 末 妹 鎌 形 雅 江 す 。 四 十 一 歳 三 十 二 歳 昭 和 三 十 三 年 ( 一 九 五 八 ) 昭 和 ニ 十 四 年 ( 一 九 四 九 ) 四 月 、 鹿 児 島 県 立 図 書 館 奄 美 分 館 が 設 置 さ れ 、 分 館 長 兼 務 。 三 月 、 短 篇 集 『 格 子 の 眼 』 全 国 書 房 よ り 刊 行 。 四 十 二 歳 昭 和 三 十 四 年 ( 一 九 五 九 ) 三 十 三 歳 昭 和 ニ 十 五 年 ( 一 九 五 〇 ) 譜 一 一 月 、 「 出 孤 島 記 」 ( 二 十 四 年 十 一 月 「 文 芸 」 発 表 ) に よ り 月 曜 書 房 奥 野 健 男 、 吉 本 隆 明 、 清 岡 卓 行 、 井 上 光 晴 、 武 井 昭 夫 、 瀬 木 慎 一 、 の 「 戦 後 文 学 賞 」 ( 第 十 四 回 ) を 得 た 。 四 月 、 長 女 マ ヤ が 生 ま れ た 。 橋 川 文 三 、 佐 古 純 一 郎 の 「 現 代 批 評 」 に 参 加 、 十 一 月 に 五 号 を 出 し た あ と 解 消 。 「 川 に て 」 を 発 表 し た 。 年 十 二 月 、 河 出 書 房 よ り 長 篇 小 説 『 賢 学 生 』 を 刊 行 。 四 十 三 歳 三 十 五 歳 昭 和 三 十 五 年 ( 一 九 六 〇 ) 昭 和 ニ 十 七 年 ( 一 九 五 一 l) 幻 三 月 、 神 戸 外 大 助 教 授 を 辞 職 し て 東 京 都 江 戸 川 区 小 岩 町 に 移 住 。 向 七 月 、 未 来 社 よ り 随 筆 集 『 離 島 の 幸 福 ・ 離 島 の 不 幸 』 を 刊 行 。 十 月 丘 高 等 学 校 定 時 制 の 非 常 勤 講 師 の 職 を 得 た 。 「 現 在 の 会 」 に 入 会 ( 一 一 講 談 社 よ り 短 篇 集 『 死 の 棘 』 を 刊 行 。 鹿 児 島 の 同 人 雑 誌 「 作 品 」 に ゅ う う つ

現代日本の文学 42 島尾 敏雄 井上 光晴 集


し か し こ こ で 、 苛 酷 な 体 験 は つ ね に 人 生 に 後 遺 症 を 残 す と 考 え る よ り は 、 あ る 種 の 人 間 は 、 そ の 生 来 の 弱 さ か ら い つ ま で も 青 春 と い う 病 気 を 保 存 す る と 考 え た ほ う が よ い と 思 い ま す 。 島 尾 氏 の 場 合 も 、 「 死 」 に 立 た し か で し よ う か 、 そ れ か ど の よ う な 形 を な し た か は 、 そ の 一 連 の 小 説 で は 明 ら か で は あ り ま せ ん 。 た と え ば 「 出 孤 島 記 」 の な か で 島 尾 氏 は 特 攻 魚 雷 艇 の こ と を 「 自 殺 艇 」 と よ ん で い ま す 。 こ の こ と ば に は い さ さ か こ だ わ る 必 要 が あ っ て 、 た し か に 特 攻 艇 に よ る 体 当 り 攻 撃 は 「 自 殺 的 」 な 行 為 で は あ り ま す が 、 「 必 死 」 と 「 自 殺 」 と は も と よ り 別 の こ と で あ り 、 特 攻 隊 の 場 合 個 人 の 自 殺 と は 何 の 関 係 も な い こ と は 明 ら か で す 。 作 者 が 何 気 な く 使 っ て い る こ う い う 不 正 確 な こ と 右 上 海 軍 予 備 学 生 時 代 旅 順 ・ 東 鶏 冠 山 に て 後 列 左 端 が 敏 ば か ら も 気 に な っ て く る こ と の ひ と つ は 、 こ こ で 島 尾 雄 ( 昭 和 十 八 年 ) 中 段 右 私 家 版 「 幼 年 記 」 ( 七 十 部 刊 行 ) 中 段 左 が そ の 目 次 ( 昭 和 十 八 年 ) 右 下 第 十 八 震 洋 艇 隊 指 揮 官 時 氏 が 死 」 に 直 面 し た と き に ( あ る い は の ち に 小 説 を 代 特 攻 兵 た ち と 前 列 右 よ り 三 人 目 が 敏 雄 ( 昭 和 十 九 年 ) 書 く と き に ) 「 国 家 」 と 自 分 と の 関 係 を ど う 考 え て い 震 き , た だ ろ う か と い う こ と で す 。 型 通 り の 国 家 へ の ( し た じ ゅ そ 後 と 年 の の が っ て 戦 争 へ の ) 呪 詛 や 、 「 国 家 」 と の 狂 信 的 な 一 体 官 定 和 感 の 表 明 な ど は 無 論 島 尾 氏 の 小 説 に は み ら れ ま せ ん が 、 任 決 昭 尉 置 ( 意 識 し て か 無 意 識 に か 、 「 国 家 」 と い う 観 念 は 脱 落 し 少 配 て い ま す 。 そ の た め に 、 こ れ ら の 小 説 の 主 人 公 が 国 家 軍 隊 海 洋 や 社 会 に 対 し て 自 分 を ど の よ う に 形 成 し よ う と し て い 確 を - を 、 を を ~ す を 亠 幸 洋 手 第 き ま ー ま を ? い を 一 を 第 に 」 い 亠 亠 を 」 = 一 物 員

現代日本の文学 42 島尾 敏雄 井上 光晴 集


寝 不 足 な 二 人 は 、 羽 田 か ら 大 阪 経 由 、 大 村 空 港 に 向 か な ど が 出 来 て 賑 わ っ て い る の だ が 、 「 地 の 群 れ 」 の 文 う 。 空 港 に つ く や 今 ま で 疲 れ た よ う な 顔 を し て い た 井 学 的 リ ア リ テ ィ が 圧 倒 的 で あ る た め 、 ば く は 何 か 実 際 上 は 、 窓 か ら 見 え る , 建 物 を 指 し 、 こ れ が 例 の 密 航 朝 鮓 に 被 災 者 部 落 が あ る よ う な 気 が し て く る 。 人 な ど を 収 容 す る 大 村 収 容 所 だ と 急 に 生 き 生 き と し て 、 や が て 佐 世 保 の 市 街 に 入 り 、 駅 前 の 近 代 的 な ホ テ ル こ ま か く 説 明 し て く れ る 。 彼 が 説 明 す る と 、 そ の あ た に 部 屋 を と る 。 ホ テ ル か ら 登 っ た 斜 面 に あ る 白 南 風 町 り の 平 凡 な 風 景 が た ち ま ち 井 上 の 濃 密 な 作 品 の 世 界 に 井 上 が 生 れ 故 郷 の 旅 順 か ら 、 祖 母 、 妹 と 共 に 日 本 変 す る の が 不 思 議 だ 。 大 村 湾 に 沿 っ て 北 上 し 特 攻 隊 発 に 帰 り 、 伊 万 里 皿 山 に 身 を 寄 せ 、 昭 和 八 年 、 七 歳 の 時 祥 の 地 、 島 尾 敏 雄 が 震 洋 艇 の 訓 練 を し た こ こ は 戦 後 大 佐 世 保 に 移 っ て 住 ん だ 場 所 だ 。 瓦 屋 根 ば か り の 街 の 中 陸 か ら の 引 揚 兵 士 や 民 間 人 が 最 初 に 上 陸 し た 港 で 、 こ に 、 自 分 の 家 だ け が プ リ キ 屋 根 だ っ た の で キ ラ キ ラ 光 こ の 収 容 所 か ら 全 国 に 復 員 し た と か 、 そ の 辺 り か ら 見 り 、 町 中 の ど こ か ら で も す ぐ わ か っ た と 井 上 は 小 説 の え る 佐 世 保 軍 港 の 日 本 海 軍 最 初 の 鉄 筋 コ ン ク リ ー ト の 中 に 書 い て い る 力 、 そ 、 つ い う と こ ろ に も 幼 か っ た 井 上 無 線 ア ン テ ナ 塔 の 由 来 な ど を こ の 地 が は じ め て の ほ く の 微 妙 な コ ン プ レ ッ ク ス か う か が え る 。 そ の 近 く の 坂 に 詳 し く 説 明 し て く れ る 。 ま た 坂 の 谷 あ い の よ う な と こ ろ に 、 敗 戦 直 後 、 彼 が 共 だ い と う 途 中 に 大 塔 と い う 駅 が あ っ た 。 そ の 駅 の 海 側 に 大 塔 産 党 を こ の 地 方 に 創 設 し た 頃 下 宿 し て い た 、 古 ば け た 新 田 と い う 広 い 埋 立 地 が あ る 。 井 上 は 「 地 の 群 れ 」 で 家 も 残 っ て い る 。 当 時 の 井 上 は 一 円 の 金 も な い 貧 乏 暮 虚 構 と し て 長 崎 の 原 爆 被 災 者 ば か り 集 ま る 部 落 を 設 定 ら し で あ っ た が 、 下 宿 先 の 家 の 人 々 は じ め 、 佐 世 保 の し た 。 そ の 時 、 小 説 の 中 の 地 理 的 関 係 と し て 部 落 の 場 有 名 、 無 名 の 人 々 か ら そ の 人 柄 と オ 能 と 情 熱 と に よ り じ ん あ 所 に 想 定 し た の が 、 当 時 塵 埃 焼 却 炉 の ほ か 何 も な か っ 敬 愛 さ れ 、 頭 を 下 げ す に 何 と も 不 思 議 に 生 活 す る こ と た 大 塔 新 田 あ た り で あ っ た 。 こ こ な ら 住 民 も い な い し 、 が で き た ら し い 。 そ れ だ け に 井 上 に と っ て 佐 世 保 は な 誰 に も 迷 惑 は か か ら な い と 考 え 、 大 塔 新 田 を 〃 海 塔 新 つ か し く も 、 重 い 、 あ る い は く す ぐ っ た い 街 で あ る の だ 。 田 ″ と い う 名 前 に し 被 災 者 部 落 を 小 説 の 中 に つ く っ 日 の 暮 れ ぬ う ち に と 、 井 上 と 共 に 佐 世 保 の 街 や 周 辺 を 回 る 。 た と い う 。 こ の 話 は 井 上 の 小 説 の 描 写 の 過 程 が わ か っ て 殊 に お も し ろ か っ た 。 今 は 自 動 車 販 売 店 や 修 理 工 場 ま す 市 場 に 行 こ う と 井 上 が 言 う 。 そ う 言 え ば 新 宿 な か わ ら

現代日本の文学 42 島尾 敏雄 井上 光晴 集


年 少 の 気 負 い か ら 来 る 熱 心 さ で 、 直 ち に 土 曜 会 と よ ば れ る 井 秀 雄 に よ っ て 採 用 さ れ 、 桜 井 秀 雄 が 提 案 し た 『 ス タ ー リ 読 書 研 究 会 に 加 入 し た 。 当 初 明 治 以 降 の 日 本 近 代 文 学 と 作 ン グ ラ ー ド 』 と 共 に 仲 代 庫 男 が 報 告 す る こ と に な っ た の で と つ じ よ 家 を 系 統 的 に 研 究 し て い た 土 曜 会 が 、 突 如 鹿 児 島 高 農 学 生 あ る 。 石 井 博 と い う 高 農 学 生 の 下 宿 で 行 わ れ た 研 究 会 で 、 仲 代 を ま じ え た 右 翼 的 な も の に 変 貌 し た の は 、 昭 和 十 八 年 の 春 、 桜 井 秀 雄 と い う 二 十 二 歳 に な る 文 科 ロ 類 の 上 級 生 が 加 庫 男 は 「 そ れ で は い ま か ら は じ め ま す 」 と 口 を 切 っ た 。 十 わ っ て き て か ら で あ っ た 。 二 、 三 人 の 学 生 が 一 様 に 坐 り 直 し 、 「 と こ ろ で こ の 「 七 月 ま ぬ か 十 八 日 』 と い う 小 説 に つ い て 調 べ て い る う ち に ち ょ う ど 、 彼 は ど こ か 体 の 具 合 が 悪 い ら し く 兵 役 は 免 れ て い た が 、 ば つ ぐ ん 抜 群 の 読 書 量 を 誇 っ て い て 、 す で に 鹿 児 島 高 農 学 生 を 主 体 い 資 料 が み つ か っ た の で す 。 こ の 前 、 満 州 に い る 父 か ら 送 に 組 織 し て い た グ ル ー プ を ひ き つ れ て 、 土 曜 会 に な だ れ こ っ て 来 た 『 芸 文 』 と い う 雑 誌 で す が 、 そ の 中 に 徳 田 馨 と い た ち ま し よ う あ く う 人 の 書 い た も の が あ っ て : : : 」 と い っ て 仲 代 庫 男 は そ の な と 、 忽 ち 会 全 体 を 掌 握 し 、 圧 迫 し た の で あ る 。 * た ち ば な 彼 の 思 想 は 影 山 正 治 と 橘 孝 三 郎 で あ り 、 そ の く い ち が う 康 徳 十 年 ( 昭 和 十 八 年 ) 六 月 、 新 京 西 七 馬 路 一 四 芸 文 社 発 面 を 整 然 と 独 特 の 論 法 で 統 一 し て い た が 、 果 然 土 曜 会 は そ 行 の 雑 誌 『 芸 文 』 を と り だ し た 。 き ら う せ ん か い の 方 向 に 右 旋 回 し た 。 桜 井 秀 雄 の 理 論 と 存 在 を 嫌 っ て 、 脱 「 ず る か ぞ 、 タ ネ 本 が あ っ た ん だ な 」 誰 か が い っ た 。 会 者 が 二 、 三 で た が 、 彼 は そ の 脱 会 者 た ち を 異 常 な ほ ど 執 「 い や 、 こ の 頃 み つ け た ん だ 。 む し ろ こ の 本 に 書 い て あ る こ と を 討 論 し た 方 が よ い と 思 っ て : : : 分 析 が し つ か り し て 拗 に 攻 撃 し て 曖 味 な 立 場 の 者 を 動 け な く し て し ま っ て い こ 0 い る ん だ 」 仲 代 は い っ た 。 っ ふ や そ う し た 或 る 日 、 ( 雨 上 り の ジ リ ジ リ し た 、 た し か 近 く 「 満 州 の 雑 誌 か 」 と 呟 い て 、 桜 井 秀 雄 が ち ょ っ と そ の 雑 誌 夏 休 み の 勤 労 動 員 に 入 る と い う 日 で あ っ た ) 土 曜 会 は 珍 ら に 触 れ 、 仲 代 は 「 読 ん で み る よ 」 と い っ た 。 ふ つ い ん し ん ち ゅ う し く 中 村 正 徳 の 小 説 『 七 月 十 八 日 』 と 『 改 造 』 四 月 号 に 掲 「 : : : 私 は 最 近 、 仏 印 進 駐 の 軍 事 行 動 を 描 い た 中 村 正 徳 の 載 さ れ た イ タ リ ヤ の 評 論 家 ヂ オ ヴ ァ ニ ・ ア ン サ ル ド の 『 ス 『 七 月 十 八 日 』 を 読 ん で 深 い 感 銘 を う け た 。 そ し て こ の 作 タ ー リ ン グ ラ ー ド 』 を 研 究 テ ー マ と し て と り あ け た 。 珍 ら 品 の な か に 、 か か る 歴 史 の 声 を 聞 き 得 た と お も う 。 こ の 作 は と ん し く と い う の は こ の 三 カ 月 余 、 小 説 は 殆 ど と り 上 げ ら れ な 家 の 冷 静 な 自 己 克 服 は 、 戦 争 の 厳 し い 法 の 中 に あ る 一 つ の か っ た か ら で あ っ た 。 小 説 『 七 月 十 八 日 』 に つ い て は 仲 代 全 き 歴 史 の 声 と は 言 え な い ま で も 、 す く な く と も あ る 一 つ 庫 男 自 身 が 強 く 主 張 し 、 彼 に は 日 頃 意 外 な 寛 大 さ を 示 す 桜 の よ り き び し い 道 徳 の 声 を つ き と め 得 て い る と 思 わ れ る 。 へ ん ほ う か お る