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検索対象: 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩
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1. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

巻名本文中に「夢浮橋」の語はないが、「夢」の語は数回用いられている。薄雲巻に引かれる出典不明の古歌「世の中は 夢のわたりの浮橋かうち渡りつつ物をこそ思へ」との関係が考えられている。 よかわそうず 梗概横川に僧都を訪ねた薫は事のあらましを聞き、思わず落涙した。その薫の様子を見て、僧都は浮舟を出家させたこと を後悔もするが、小野の里への案内を希望する薫の懇請には、自らの僧としての立場からも、応じることはできない。わ ずかに浮舟への手紙を薫に伴った小君 ( 浮舟の弟 ) に託しただけであった。 たいまっ その夜、初夏の闇の中を横川から下山する薫一行の松明の光は、小野の山荘からも遥かに望まれた。浮舟は思い出を振 り捨てて、一心に阿弥陀仏を念じ続けるのであった。 薫は人目をはばかって小野に立ち寄ることはやめ、翌日あらためて小君を使者に立てた。僧都の手紙には、薫の愛執の 罪の消えるようにしてさしあげなさい、とあった。小君の姿を目のあたりに見る浮舟は、母のことなども無性に懐かしく、 すぐにも身を乗り出したいと思いながらも厳しく自省し、懸命な妹尼のとりなしにもかかわらす、小君との対面も拒み、 薫の手紙にも、人違いとして返事を書こうともしなかった。むなしく帰京した小君から話を聞いた薫は、あらぬ疑いさえ 抱くのであった。 〈薫二十八歳〉 やみ

2. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

たけとりおきな 問ふをば、苦しと思したれば、え問はず。かくや姫を見つけたりけん竹取の翁一かぐや姫は天上で罪を得て地 上に降った神女。浮舟は、地上の よりもめづらしき、い地するこ、、ゝ 愛執の罪に傷ついた女。彼女の消 しし力なるもののひまに消え失せんとすらむと、 失を危惧する妺尼の意識を超えて、 ロしづごころ 物静心なくぞ思しける。 浮舟はかぐや姫に照応し合う。↓ 氏 前ハー末 0 。 あるじ 源 この主も、あてなる人なりけり。むすめの尼君は、上達部ニ小野の僧庵の主人。母尼。 〔 = 〕浮舟、小野の僧庵 三三位以上の位で、上流貴族。 のち えもんのかみ に不幸な半生を回想す の北の方にてありけるが、その人亡くなりたまひて後、む後文によれば「衛門督」 ( 二〇二ハー ) 。 四後文では「中将」 ( 一六九ハー ) 。 きむだち すめただ一人をいみじくかしづきて、よき君達を婿にして思ひあっかひけるを、五自ら出家して尼姿になり。 六亡き娘。せめてその身代りに こ・一ろう そのむすめの君の亡くなりにければ、、い憂し、いみじと思ひ入りて、かたちを養女にできそうな人をと求めた。 セ思いがけない人。浮舟。亡き も変へ、かかる山里には住みはじめたるなりけり。世とともに恋ひわたる人の娘よりもすぐれた女だとする。 ^ 素姓など分らぬので。 形見にも、思ひょそへつべからむ人をだに見出でてしがなと、つれづれも心細九妹尼。巻頭に「五十ばかり」。 たしな 一 0 こざっぱりとして嗜みがあり、 かたち きままに思ひ嘆きけるを、かく、おばえぬ人の、容貌けはひもまさりざまなる人柄も上品。「よし」は高貴な教養。 = 以下、浮舟の目と心に即した うつつ を得たれば、現のことともおばえず、あやしき心地しながらうれしと思ふ。ね叙述。川音の荒々しい宇治の山里 ( 浮舟六〇ハー ) に比して、この小野 びにたれど、 しときょげによしありて、ありさまもあてはかなり。 の山里はなごやか。その自然の風 いや 物に彼女の心もしだいに癒される。 おと なお、この地の川は、高野川 昔の山里よりは水の音もなごやかなり。造りざまゆゑある所の、木立おもし 三秋は、悲哀の季節 せんぎい 一三家の近くの田。門田の稲刈り ろく、前栽などもをかしく、ゆゑを尽くしたり。秋になりゆけば、空のけしき 四 な こだち

3. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

巻名救い出されて小野の山荘に移された浮舟が、憂悶の情をわずかに手習に託したことによる。 よかわそうず はっせもう 梗概そのころ、横川の僧都という高徳の僧がいた。僧都の母が、僧都の妹の尼との初瀬詣での帰途、にわかに発病したの やま一ろ で、山籠りをしていた僧都も、母尼の病と聞いて下山し、一行は宇治院に宿泊することになった。その院の裏手で、僧都 は、変化のもののような姿で倒れていた若い女を発見し、これを助けた。妹尼は、この正体不明の女を、亡くなった娘の かわりに初瀬の観音から授かったものと信じて、手厚く看護した。この女こそ宇治で失踪した浮舟である。 ふもと 浮舟は、比叡の麓の小野の庵に移されてもなかなか正気に戻らなかったが、夏の終りごろ、妹尼の懇請に応じて下山し た僧都の加持によって、ようやく意識を回復した。自分が死にそこなったことを知った浮舟は、ただただ情けなく、尼に してほしいと頼む。熱心な懇願に、僧都はやむなく五戒だけを授けた。妹尼は浮舟を娘と思って慈しみ世話をするが、浮 舟はかたくなに口を閉ざして、わが身の上を語ろうとはしなかった。秋の夜、尼君たちは月をめでて琴を弾いたりもする が、浮舟はその中に加わろうともしない。わずかに、その憂悶の情を手習に託すのみである。 小野の庵を妹尼の亡き娘の婿であった中将が訪れてきた。妹尼は、娘を忘れかねて時折この僧庵を尋ねてくる中将に、 めあわ 是非とも浮舟を娶せたいと思っていたのである。中将は浮舟をかいま見て心を動かすが、浮舟は、そうした周囲に、冊わ しさをつのらせるばかりであった。九月、礼参りのために初瀬に出かけた妹尼の留守中に中将が訪れ、執拗に浮舟に迫っ たが、浮舟は、母尼の居室に逃れた。不安な一夜を、眠れぬままに、わが半生の不幸な流転の足どりを振り返りつつ明か した彼女は、その翌日、折よく明石の中宮の招きで下山し立ち寄った僧都に懇望して、ついに出家を遂げた。帰庵した妹 尼は驚き悲しむが、本人はようやく心の安らぎを得た思いである。 おいきのかみ 翌年の春、仏道にいそしむ浮舟は、ト / 野を訪れた妹尼の甥の紀伊守の話から、その後の薫の動静を知った。悲嘆が一通 りでないこと、一周忌の法要を営むことーーー浮舟は、どこまでも自分を忘れることのない薫の噂に、無量の感慨に沈むの であった。一方、浮舟生存の消息は、女一の宮の夜居に侍した横川の僧都の口から明石の中宮の耳にも入っていた。春雨 の夜、浮舟のことを嘆く薫に、中宮は、同じく事情を知る小宰相の君を介して、僧都の語っ・た話を伝えさせた。事の真相 に驚いた薫は、叡山を訪れる折に横川まで足をのばしてみることにした。 〈薫二十七歳から二十八歳の夏。ほば蜻蛉巻と重なる〉

4. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

あるじ か」と、しいて尋ねるのを、女君はほんとに顔向けもなら三〕浮舟、小野の僧庵この住いの主の母尼君も、身分のあ ぬ思いで、「どうしてなのか不思議な目にあっておりまし に不幸な半生を回想する人なのであった。娘の尼君は、も かんだちめ た、その間になにもかも忘れてしまったのでしようか、以 と上達部の北の方だったが、その夫君が亡くなられた後、 前のことなどはまるで覚えていないのでございます。ただ ただ一人の娘をそれはそれは大事に育てて、立派な家柄の きんだち かすかに思い出すことと申しては、どうぞしてこの世に生君達を婿に迎え手厚くもてなしていたのだったが、その女 きていたくないと思い思いして、夕暮になると端近くばん君が亡くなってしまったので、情けなく悲しいことと思い にわさき やりと外を眺めておりましたうちに、庭前の近くに大きな つめて、髪を下ろして尼になり、このような山里に住むよ しの 木がありましたが、その下から人が出てきて私を連れてい うになったのだった。明け暮れ絶えず恋い偲んでいる娘の くような心地がいたしました。それよりはかのことは、自 思い出のよすがとして、せめてその娘になぞらえられるよ 分ながら自分が誰なのかさえも思い出すこともできかねる うな人でも見つけ出したいものと、所在なくまた心細い のでございます」と、その言い方もまことにいじらしく話日々のなかで嘆き続けていたところへ、こうして思いがレ して、「私がこの世にまだ生きていたということは、なん ない人の、しかも器量といい物腰といい、亡くなった娘に そして誰にも知られとうございません。もし聞きつける人立ちまさっているような人を得たのだから、現実のことと でもあったら、それこそ大変なことになります」と言って いう気もせず、不思議な心地がしながらもうれしく思って お泣きになる。あまり尋ねるのをつらく思っておられるの しる。この尼君も年はとっているものの、まことにこぎれ たしな 習 で、それ以上は尋ねることができない。かぐや姫を見つけ いで嗜みがあり、人柄も上品である。 たという竹取の翁よりもさらに珍しい心地がするので、ど この小野の地は、以前に住んでいた宇治の山里よりは水 すき 手 うかした隙にでも消え失せてしまうのではないかと、尼君の音もおだやかである。住いの造りざまも雅趣のある所で、 木立もおもしろく植込みなども風情があり、趣向をこらし は落ち着かないお気持になっていらっしやるのであった。 ている。しだいに秋になってゆくにつれて空の様子も心に

5. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

と申しあげていらっしやるうちに日も暮れてしまったので、見やられる谷あいに、とくに注意して前駆を追う声がして、 たいまっ 大将は京へ帰る途中、小野に立ち寄って宿をおとりになる ほんとに数多くともした松明の灯のものものしい光が見え のもちょうど好都合のようであるけれども、しかし確かな るとあって、尼君たちも端に出てすわっている。「どなた こともまだはっきりしないままで訪ねていったりしたら、 がお通りになるのでしよう。御前駆などがじつに大勢見え やはり具合がわるかろう、と思案にあぐねた末お帰りにな ますこと」、「昼間、お山にひきばしを持たせてあげた返事 るが、そのとき僧都がこの弟の童に目をとめておほめにな に、大将殿がおいであそばして、急にご接待をするので、 る。大将が、「この子にことづけて、とりあえず女君に私 ほんとにちょうどよい折です、とのことでした」、「その大 のことをそれとなくお伝えくだされ」とお申しあげになる将殿とは、今上の女二の宮のご夫君でいらっしゃいました ので、僧都は手紙を書いてこの小君にお渡しになる。そし かしら」などと言っているのも、まったく世間離れして田 て、「ときどきは、この山に遊びにおいでになるがよい」 舎びた様子ではないか。じっさいそうにちがいなかろう、 と、また、「いわれのないことのようにはお思いになれぬ大将殿がときどき、ここと同じような山道を分けて宇治に ずいじん わけもあるのですから」と言葉をおかけになる。この童は、 お越しになったときの、まさしくそれと思われた随身の声 なんのことか合点がゆかないけれども、手紙を受け取り、 も、ふと中にまじって聞えてくる。月日の過ぎていくのに 大将のお供をして出立する。坂本までやってくると、前駆つれて、忘れてしまうはすの昔のことがこうして忘れられ の人々は少し離れ離れになり、大将は、「目だたぬように ないでいるにつけても、いまさらどうなるものでもないと 橋 せよ」とおっしやる。 情けなく思わずにはいられないので、女君は、阿弥陀仏を 浮 〔五〕浮舟、薫の帰途を小野の里では、女君が深々と生い茂念ずることに気を紛らわし、いつもにましてものも言わす よかわ 夢見、念仏に心を紛らす 0 た青葉の山に向 0 て、気持の紛れ にいる。このあたりでは横川に行き来する人だけが、俗世 やりみず を身近に知る頼りなのであった。 ようもなく、遣水に飛ぶ蛍ぐらいを昔を思い出す慰めとし て思いに虚けていらっしやると、軒端からいつも遠くまで うつ

6. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

( 原文一七四ハー ) は、何もかも夢のようにたどたどしい思いでして、別世界はまずいでしような。明け暮れ目にするものといったら法 に生れ変った人はこのような心地がするのだろうかと思わ師ばかりです。しぜんになじんでそれを普通のことに思っ ないではいられませんので、今は、私を知っているはずの てしまうことになりましよう。不都合なことですよ」とお 人がこの世にいようとも思い出せませんし、ただ一途にあ っしやる。禅師の君は、「この春初瀬に参詣して、不思議 ひと なた様だけを心からおすがり申しあげておりますとおっ ないきさつがあって見つけ出した女と聞いておりますが」 しやる様子も 、、かにも無、いにいとしく思われるので、尼 と言って、しかし自分が実際に立ち会ったわけではないか ふびん 君は笑顔で見守っていらっしやる。 ら詳しくは話さない。中将は、「不憫な話ですな。どうい そうず 〔一三〕中将、横川で弟禅中将は、山にお着きになり、僧都も う女でしよう。この世を厭わしく思うことがあってあのよ 師に浮舟のことを聞く久し振りのことと喜んで、世間のよ うな所に隠れ住んだというのだろうか。昔物語のような心 もやま話をなさる。その夜は泊り、声の尊い法師たちに経地もするではないか」とおっしやる。 どくじゅ などを読誦させて、夜通し管絃をお楽しみになる。弟の禅〔一巴翌日小野に寄って中将は、その翌日京へ帰られる途中 師の君が打ち解けた話などする段になって、中将は、「小 浮舟に贈歌妹尼返歌こも、「素通りもいたしかねて」と 野に立ち寄ってしみじみした思いをしましたよ。あの尼君言って、小野にお立ち寄りになった。こちらでもそれだけ たしな は、俗世間を捨ててはいるけれど、やはりあれほど嗜みの の心用意をしていたので、この君の通ってこられた昔を思 深い人はめったにあるものではない」などとおっしやる、 い出させるようなおもてなしをして、そのお給仕役の少将 すだれ すきま そでぐち 習 そのついでに、「風が簾を吹き上げた隙間から髪がまこと の尼なども、袖ロの色こそ変ってはいるけれどそれなりの ひと に長くていかにも姿の美しい女を目にしたのです。外から風情が感じられる。尼君はひとしお涙がちでいらっしやる。 手 見られるとでも思ったのか、そこを立って奥にはいってし話のついでに、「人目を忍ぶご様子でお暮しのお方がおい まったのですが、その後ろ姿がありふれた人とは思われな でのようですが、どなたなのですか」とお尋ねになる。尼 ひと かった。ああした所に、身分のある女を住まわせておいて君は面倒なこととは思うけれども、ちらとでもお目にとま ふぜい ひと はっせ

7. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

( 現代語訳四〇四ハー ) そうづ かしこには、まだっとめて、僧都の御もとより、 一四かしこまった態度での返事 〔セ〕妹尼、僧都の手紙 「唯唯」があたるか。 よべ こぎみまう で浮舟・薫の事を知る 昨夜、大将殿の御使にて、小君や参でたまへりし。事の一五涙を隠すべく、わざとぶつき 、らば , つに一一 = ロ , っ 一六小野の邸には。 、いうけたまはりしに、あぢきなく、かへりて臆しはべりてなむと姫君に聞こ 宅小君訪問の当日の早朝。 けふあす えたまへ。みづから聞こえさすべきことも多かれど、今日明日過ぐしてさぶ一 ^ 僧都は、小君が昨夜のうちに 小野の家を訪れただろうと推測。 らふべし。 一九浮舟の真相。 ニ 0 困ったことと、かえって気後 と書きたまへり。これは何ごとそと尼君驚きて、こなたへもて渡りて見せたてれして。よかれと思って浮舟を出 家させたが、それが薫の気持に背 おもて くものと知り、後悔している気持。 まつりたまへば、面うち赤みて、ものの聞こえのあるにやと苦しう、もの隠し 一三妹尼。 しけると恨みられんを思ひつづくるに、答へん方なくてゐたまへるに、妹尼 ニ三浮舟のもとに。 一ころう 「なほのたまはせよ。心憂く思し隔つること」と、いみじく限みて、事の心を = 四自分のことが世間に知れたの だろうか、と困って。 せうそこ 一宝隠し隔てをしていたと、妹尼 知らねば、あわたたしきまで思ひたるほどに、「山より、僧都の御消息にて、 に恨まれるようなことを。 ニ六事情が分らぬので、おろおろ 橋参りたる人なんあるーと言ひ入れたり。 するほど気をもんでいると。 浮 あやしけれど、妹尼「これこそは、さは、たしかなる御消毛小君に同行した者の、案内を 〔 ^ 〕小君来訪浮舟、 請うロ上。 ニ九 小君を見て母を思う 息ならめ」とて、「こなたに」と言はせたれば、し ときょニ ^ 少し前に僧都からの消息が届 いたばかりなのにと、不審な気持。 わらは さうぞ あゆ わらふだ げにしなやかなる童の、えならず装束きたるそ歩み来たる。円座さし出でたれ = 九以下、小君のさま。 ニ ^ ニ 0 一セ つかひ おく ニ七 ニ五 一九

8. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

今にも消え失せてしまうのでは、と危うくも、また恐ろし もう一人の女房が付き添って乗り、道すがらそう急がれも くすり 肪くもお思いになる。女房たちは、「昨夜ここから見えた火せず、ときおり車を止めて薬湯を飲ませてあげたりなさる。 はそんなに仰々しい様子にも見えませんでしたのに」と言 この尼君たちは比叡の坂本に、小野という所に住んでおら 語 物う。「いえ、わざと手軽にして、さほどいかめしい葬式でれるのだったが、そこにお着きになるまではまことに遠い けが 氏 もございませんでした」とこの里人たちは言う。穢れに触道のりである。「こんなことなら中宿りの場所を用意して 源 にわさき ふ れた者たちだというので、庭前に立ったままで帰らせた。 おくのだった」などと言いながら、夜が更けてからお着き そうず 女房たちは、「大将殿は八の宮の御娘のところにお通いで になった。イ 曽都は母尼君の世話をし、娘の尼君はこの誰と いらっしゃいましたが、そのお方がお亡くなりになってか も知らない人を介抱して、それぞれ抱きかかえ車から降ろ らもう何年にもなっておりますのに、どなたのことを一 = ロう しては息を入れる。尼君は、いっともない老いの病とて、 のでしよう。降嫁あそばした姫宮をおさしおき申されて、 苦しいご気分でいらっしやったことだろう、この長旅のあ ひと としばらくの間わずらっておられたけれども、だんだんと よもやほかの女に、いをお移しになることもありますまい うわさ よかわ に」などと噂している。 快方に向われたので、僧都は横川にのばっていかれた。 〔五〕母尼回復し僧都ら母の尼君はまずまずといったご容態〔六〕女依然として意識こうした女人を連れてきたことなど、 かたふた 女を連れて小野へ帰るになられた。方塞がりもあいたので、 不明、妹尼ら憂慮する法師の身としては不都合なことであ こうした忌まわしい所に長らくとどまっておられるのも不るから、その間のことに立ち会っていなかった者には話し 都合とて帰途しつ こく。「このお方はやはりまだいかにも て聞かせることもしない。妹尼君も皆にロどめをさせては、 弱々しい様子です。道中もどうおなりになることか。ほん もしゃ捜しに来る人がありはせぬかと思うにつけても、気 いなかびと とに心配なことです」と一同話し合っている。車二両で、 が気でない。どういうわけでああした田舎人の住むあたり 老人の尼君のお乗りになるほうには、おそばに仕える尼二 にこのような身分ありげな女がさまよっていたのだろう、 人、次の車にはこのお方を寝かせて、その横に妹の尼君と物詣でなどに出かけた人で、病気になったりしたのを、継 ( 原文一五九ハー ) ひと

9. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

とも ごぜん 三いわれのないことのようには 供に出づ。坂本になれば、御前の人々すこし立ちあかれて、薫「忍びやかにを」 お思いになれぬ因縁もある。自分 とのたまふ。 は浮舟を出家させた師僧だとする。 一三薫一行の前駆の者たち。 野こま、、 しと深く茂りたる青葉の山に向かひて、紛るる一四小野の人々に気づかれぬよう 〔五〕浮舟、薫の帰途を に通過しよう、の配慮。 やりみづ 見、念仏に心を紛らす ことなく、遣水の蛍ばかりを昔おばゆる慰めにてながめゐ一五場面が転じて、都に急ぐ薫一 一九 行を、小野の人々が眺望する趣。 一 ^ のきば たまへるに、例の、遥かに見やらるる谷の軒端より、前駆心ことに追ひて、 い一六次の「蛍」とともに、夏の風物。 宅往時の偲ばれる慰めとして。 と多うともしたる灯ののどかならぬ光を見るとて、尼君たちも端に出でゐたり。「蛍」は恋の炎の象徴。薫や匂宮と の思い出が彷彿とするか。 た ごぜん 尼「誰がおはするにかあらん。御前などいと多くこそ見ゆれ」、妹尼「昼、あな一〈↓手習二〇五ハー注一九。 たいまっ 一九注意深げな前駆の声、松明の おほむあるじ たにひきばし奉れたりつる返り事に、大将殿おはしまして、御饗のことこまゝ し。カ光の多さに、高貴な人を思う。 ニ 0 海藻を乾燥させた食品。 にするを、いとよきをりとこそありつれ」、尼「大将殿とは、この女二の宮の御三浮舟の心に即した地の文。京 の貴族世界から絶縁した尼たちの ゐなか 夫にやおはしつらむ」など言ふも、 いとこの世遠く、田舎びにたりや。まこと物言いに、複雑な感慨を催す。 一三薫の一行であろう。以下も、 やまぢ 橋にさにゃあらん、時々かかる山路分けおはせし時、いとしるかりし随身の声も、浮舟の心に即した叙述。 ニ三薫のかっての宇治行。その折 ニ四 ニ六 うちつけにまじりて聞こゅ。月日の過ぎゅくままに、昔のことのかく思ひ忘れの随身の声に聞きおばえがある。 ニ四ふと中にまじって聞える。 こころう あみだほとけ ぬも、今は何にすべきことそと心憂ければ、阿弥陀仏に思ひ紛らはして、いと = 五以下も、浮舟の心中。 ニ六過往への執着をもてあます趣。 ワ】 よかは どものも言はでゐたり。横川に通ふ人のみなん、このわたりには近きたよりな毛↓手習一六九ハー九行。 ニ 0 ニ五 ずいじん

10. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

おほやけわたくし とも数のみ添ひつつは過ぐせど、公私にのがれがたきことにつけてこそさも一公私につけてやむを得ない事 情からそうなっているが。前ハー ほとけせい はべらめ、さらでは、仏の制したまふ方のことを、わづかにも聞きおよばんこ 「身のおきても : ・思ひながら過ぎ 四 語 はべる」を受け、「さもはべらめ」。 あやま うちひじり 物とはいかで過たじとつつしみて、心の中は聖に劣りはべらぬものを、まして、 ニそれ以外のところでは。 氏 三仏法に禁ずる戒律。 四「俗ながら聖」 ( 橋姫 3 一〇〇 源いとはかなきことにつけてしも、重き罪得べきことはなどてか思ひたまへん、 ハー七行 ) と同じ。在家の修行者。 さらにあるまじきことにはべり。疑ひ思すまじ。ただ、いとほしき親の思ひな五男女関係をさす。以下、そう した俗情から、出家した浮舟の道 心を乱しては重い罪になるので、 どを、聞きあきらめはべらむばかりなん、うれしう心やすかるべき」など、昔 自分は犯すはずがないとする。 けが より深かりし方の心ばへを語りたまふ。 「浄戒ノ尼ヲ汗セル者」は大焦熱地 獄に堕ちる ( 往生要集 ) 。 そうづ 六母親にかこつけて、僧都の反 僧都も、げにとうなづきて、「いとど尊きこと」など聞こ 〔四〕小君、僧都の紹介 対を封する。↓二二八ハー四行。 なかやどり 状を得て帰途につく えたまふほどに日も暮れぬれば、中宿もいとよかりぬべけ 0 一面では人間的な僧都を相手に いかにも薫らしい依頼がかなえら れど、うはの空にてものしたらんこそ、なほ便なかるべけれ、と思ひわづらひれる。身上とする道心が、浮舟へ の交渉という俗情を合理化する。 せうとわらは て帰りたまふに、この兄弟の童を、僧都、目とめてほめたまふ。薫「これにつ セ僧都は、薫の仏道への関心の 深さを殊勝だとする。 ふみ ^ 帰途、小野での一泊。 けて、まづほのめかしたまへ」と聞こえたまへば、文書きてとらせたまふ。 九心も決らぬ状態で、の意。 僧都「時々は、山におはして遊びたまへよ」と、「すずろなるやうには田 5 すまじ一 0 この子に託して、とりあえす、 それとなく小野にご一報を。 おほむ きゅゑもありけり」とうち語らひたまふ。この子は、、いも得ねど、文とりて御 = 小君への一一 = 彙。 び 六