山村貞子 - みる会図書館


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1. リング

209 「で、そのことを、あなたはどなたかに話しましたか ? 「ええ、もちろん。うっちゃん : 、さっきお会いになった演出家の内村とか、重森さん なんかに : 「重森さん ? 」 「この劇団の事実上の創立者です。内村は二代目の劇団代表なんですよ 「ほう、それで、重森さんはあなたのお話を聞いてどんな反応を ? 」 「マージャンをやりながらでしたけど、重森さんはずいぶんと興味を持ちましてねえ。も ともと女には目がないほうでしたから : どうも、前から狙ってたようなんです、いっ か山村貞子をモノにするんだって。で、その夜、酒の酔いも手伝って、重森さん、今から 山村貞子のアパート を襲うそって、無茶苦茶なこと言い出して : 参りましたよ、私た ざれごと ちは : : : 、酔っぱらいの戯言にまともに付き合うことなんてできませんし。結局、彼ひと りその場に残して他のみんなは帰ったのですが、重森さんがその夜、本当に山村貞子のア じま ハートに行ったかどうか、とうとうわからず終い。と言いますのもね、翌日、重森さん、 グ稽古場に顔を出すには出したんですが、まるつきり人が変わったみたいに、押し黙ったま ンま、ロもきかず、青白い顔でぼうっと椅子に座って動こうともしないで、眠るように死ん でしまったのです」 吉野はびくっとして顔を上げた。 「それで、死因は ? 」

2. リング

であるのか。ヒンときた。浅川が両手で差し出して、「貞子さんの遺骨ですーと言うと、彼 四はしばらくその包みを眺め、懐かしそうに目を細め、やがてつかっかと歩み寄って深々と 頭を下げて受け取ったのだ。「遠いところ、わざわざどうもご苦労様です , と言いながら 浅川は拍子抜けした。こうも簡単に受け取ってもらえるとは思ってもいなかった。 山村敬は浅川の疑問を読み取り、確信に満ちた声で言った。 「貞子に間違いございません」 三歳までと、九歳から十八歳までの期間、山村貞子は山村荘で過ごしていゑ今年六十 一歳の山村敬にとって、貞子は一体どんな存在だったのか。遺骨を受け取る時の表情から 推して、かなりの愛情を注いだらしいことは想像できる。彼は遺骨が山村貞子のものと確 かめもしなかった。おそらく、その必要もなく、彼には黒い風呂敷包みの中身が山村貞子 と直感できたのだ。初めて包みを見た時の目の輝きが、それを物語っている。やはりなに かしらの「カが働いたに違いない。 用がすむと、浅川は一刻も早く山村貞子のもとから逃げ出そうと、「飛行機の時間に間 に合わなくなりますからーと嘘をついて早々に退散した。家族の気が変わって、やはり証 拠がない限り遺骨は受け取れないなどと言い出されたら元も子もないからだ。第一、根掘 り葉掘り山村貞子のことを聞かれた場合、どう答えていいかわからない。人に語るには、 まだまだ長い時間が必要であった。特に今は、血縁の者に話す心境ではなかった。 浅川は先日のお礼かたがた通信部の早津のところに寄り、大島温泉ホテルへと向かった。

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源次の話はいっ終わるともしれなかった。ロぶりからして、その十年後に山村志津子が 三原山の火口に飛び込んだのは、恋人の伊熊平八郎のせいと決めつけているふしがあった。 こいがたき 恋仇への当然の思いだろうが、恨みが混ざるとやはり話は聞き辛くなる。たたひとっ収穫 だったのは、山村貞子の母である志津子にも予知能力があり、その力を与えたのは役小角 の石像かもしれないということであった。 ちょうどその時、ファクシミリは動き出した。プリントアウトされたのは拡大された山 ひしよう 村貞子の顔写真で、吉野が劇団飛翔で手に入れたものであった。 浅川は妙に感動的な気分になっていた。今初めて、山村貞子なる女性の容姿に触れたか らだ。ほんの一時ではあっても、自分はこの女と感覚を共にし、同じ視点から風景を眺め たのだ。暗いべッドの中、相手の顔も見ずに体を求め合い、同時にオーガズムを迎えた愛 よ、つぼう おそましく思えないの しい女の顔に薄日が差し、ようやくその容貌が明らかになる・ : が不思議なくらいだ。それもそのはず、ファクシミリで送られた写真は多少輪郭が・ほやけ ていたが、山村貞子の美しく整った顔立ちとその魅力を余すところなく伝えている。 グ「いい女じゃねえか」 ン 竜司が言った。浅川はふと高野舞を思い出した。純粋に顔だけを比較すれば、山村貞子 のほうが高野舞よりも数段美しいといえる。しかし、高野舞には匂う程の女の色香があっ 1 た。しかるに、山村貞子を表現するに「不気味とは。写真からではその「不気味さは 伝わらない。山村貞子の持っ常人にはない力が、回りの人々に影響を与えたに違いない。 づら

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ろうな」 「それが、その通りなんです。山村貞子は一九四七年に伊豆大島の差木地で生まれ、母の 志津子 : : : 、あ、この名前もメモ頼みます。山村志津子、四七年当時一一十二歳。志津子は 生まれたばかりの貞子を祖母に預けて、東京に出奔 : : : 」 「なぜ、赤ん坊を島に残したまま ? 」 「男ですよ。この名前もメモしてください。伊熊平八郎、当時大学精神科助教授、山村 志津子の恋人 : : : 」 「ということは、山村貞子は志津子と伊熊平八郎との間に生まれた子供なのかい ? 」 「確証は取れていませんが、まずそう見て間違いないでしよう」 「ふたりは結婚してないんだな ? 「ええ、伊熊平八郎は妻子持ちですから」 、吉野は鉛筆の先を舌でなめた。 なるほど、不倫の恋ってやっか : 「わかった、続けてくれ グ「一九五〇年になるとすぐ、志津子は三年ぶりに故郷を訪れ、娘の貞子に再会し、しばら ン くここで暮らします。しかし、その年も終わろうとする頃、またもや出奔、その時は貞子 も一緒です。その後五年間ばかり、志津子と貞子の母子がどこでなにをしていたのか不明。 5 ところが、五〇年代半ば、この島に住む山村志津子の従兄弟は、風の便りに志津子が有名 うわさ になり、活躍してるという噂をキャッチします

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284 浅川は、あまりの圧迫感に、無意識のうちに呼吸をとめていたのだ。 「オレがここにいるから、安心しろ」 残響を伴う竜司の声が頭に届くと、浅川はやっとひとっ息を吸い込むことができた。 まだ心臓の鼓動がおさまらない。作業ができる状態ではなかった。必死でなにか他のこ とを考えようとした。もっと、楽しいこと。もし、この井戸が満天の星の下にあったなら これほどの息苦しさはないに違いない。ー 4 号棟ですつぼりと被われているのがいけな いのだ。その状態が逃げ路を遮断している。コンクリート のふたを取り去っても、そのす ぐ上にはクモの巣のはった床板がある。山村貞子はこんなところに二十五年間も住み続け そうだ、 , 彼女はここにいる、オレが今立っている足の下。墓だ、ここは、死者の 墓なんだ。他のことなんて考えられない。思考さえも閉ざされて、自由な羽ばたきは許さ ひらめ れない。山村貞子はここで不幸にも人生の幕を閉じ、死の瞬間に閃いた様々なシーンが 「念」の力によって強くこのあたりに残ってしまったのだ。それはおそらく、狭い穴の中 でたっぷりと時を費やして熟成し、潮の満ち引きのように呼吸し、ある周期で強弱を繰り 返し、たまたまこの真上に位置するテレビの周波数と一致したところで、すうっとこの世 に現れ出てしまった。山村貞子は呼吸している。はあはあと息の漏れる音がどこからとも からだ なく身体を包み込む。山村貞子、山村貞子、その名前が脳裏に連なり、恐ろしいばかりに 美しい彼女の顔が写真から浮き上がってなまめかしく首を振った。山村貞子はここにいる。 からだ 浅川は夢中で底の土を探り彼女を求めた。きれいな顔と身体を思い、そのイメージを維持 おお

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294 ーさんの予言だよ」 やはり竜司も自分と同じところに疑念を抱いていると思ったとたん、浅川はいつの間に か疑念を打ち消すほうに回った。 「うぬ、というのは、あの場合だけ、母の志津子を指しているとしたら : : : ? 竜司はびしやりと言ってのけた。 「あり得ない、そんなことは。ビデオの映像は山村貞子の目や心に中心を据えていて、ば ーさんはそこに向かって語りかけている。うぬ、というのは山村貞子以外には考えられな 「ばーさんの予一一 = 口が嘘の可能性だってある」 「山村貞子の予知能力は百発百中のはずだが : : : 」 「山村貞子は子供を産めない体だぜ」 「だから、おかしいんだ。生物学的に言えば山村貞子は女ではなく男なんだから、子供を : それに」 産めるわけがねえ。おまけに死ぬ直前まで処女だったしよお。 「それに ? 」 てんねんとう 「初めて体験した相手が長尾 : : : 、日本最後の天然痘患者という妙な符合」 神と悪魔、体細胞とウイルス、男と女、そして光と闇さえもはるか昔は矛盾なく同一の ものとして存在していたという。浅川は不安に襲われた。遺伝子の仕組みや、地球誕生以 前の宇宙の姿に話が及んでしまったら、とても人間個人のカでは解決できなくなってしま

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201 てるわけでもなく、笑わずにいられない吉野の気持ちを考えながら、屈託のない笑い声を 黙って聞いていたのだった。 午後九時四十分。地下鉄丸ノ内線を四谷三丁目で降りてホームから地上への階段を上る 途中、吉野は強風に帽子を飛ばされそうになり、両手で頭を押さえながらあたりを見回し た。目印の消防署は捜すまでもなくすぐ角にあり、歩道を一分も歩かないうちに、目当て の場所に行き着いた。 ひしよう 「劇団飛翔、という立て看板の横に地下に降りる階段があり、その奥のほうから若い男女 が張り上げるセリフや歌が混ざり合って聞こえる。公演が迫っていて、最終電車がなくな るまで稽古を続けるつもりだろう。文芸部の記者でなくてもそれくらいのことはわかる。 いつも犯罪事件を追い回している吉野は、中堅劇団の稽古場を訪れることにどことなく違 和感を覚えた。 地下に通じる階段は鉄でできていた。足を下ろすたびにコンコンと堅い音をたてる。も グし、仮に、ここの劇団の創立メンバーが山村貞子のことを何も覚えていなかったら、そこ ンで糸はブツンと切れ希代の超能力者の半生は闇に埋没してしまうことになる。劇団飛翔が 創立されたのは一九五七年、山村貞子が入団したのが一九六五年。創立メイハーで現在も 残っているのは劇団代表で作・演出家の内村を含めて四人に過ぎない。 吉野は稽古場の入口にいた一一十歳そこそこの研究生に名刺を渡し、内村を呼んでもらう

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265 分だけ助かろうとしているのではないかと : 「おい、くだらねえこと考えてんじゃねえそ竜司は笑った。「第一な、もし、本気で山 村貞子の恨みをかったとしたら、長尾なんてもうとっくに死んでいるよ」 確かにそれだけの力を彼女は持っている。 「じゃあ、なぜ、山村貞子はむざむざ長尾に殺された ? 」 「なんともいえねえ。ただな、彼女の回りでは身近な人間の死と挫折がひしめいていたも んな。劇団からプイといなくなっちまったのも、ようするに挫折じゃねえのか。高原の結 核療養所に父を見舞い、そこで父の死が近いことを知ってしまったしよお : ってわけか 「現世を悲観する人間は、殺した人間に対して恨みを抱かない : 「いや、というよりも、山村貞子自身が、長尾のおっさんをその気にさせた : とも考えられるだろ。つまり、長尾の手を借りた自殺かもしれねえってことさ 三原山の噴火口に飛び込んだ母、肺結核で残り少ない命の父、女優への夢とその挫折、 生まれながらの肉体的 ( ンデ : : : 、数えあげればきりがないほど自殺の動機はある。実際、 つじつま グ自殺と考えないと辻褄が合わなくなることがあった。吉野が送ってきたレポートに登場す ひしよう ン を襲い、その翌日心 る劇団飛翔の創立者の重森は、酒に酔った勢いで山村貞子のアパート 臓麻痺で死んでしまう。山村貞子がある特殊な能力を使って重森を殺したことはほ・ほ間違 いない。貞子にはそれだけの力があった。男のひとりやふたり、なんの証拠も残さず簡単 に殺してしまう力。なら、どうして長尾は生きていられる ? 長尾の意思に働きかけての ぎせつ

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205 「孤立 ? 」 「ええ、ほら、ふつうは、研究生同士仲がいいんですよ。でも、あの子は、自分からは決 して仲間に加わろうとしなかった どの集団にもそういったタイプの人間はいるものだ。それが、山村貞子の人格を際立た せていたとは考えにくい。 「彼女のイメージを一言で言うと ? 」 「一言 ? そうですね、不気味 : : : 、ってとこかな」 有馬は迷わず「不気味ーという表現を使った。そういえば、内村も「あの気持ちのワル イ女」と表現していたつけ。十八歳のうら若き乙女が不気味と評されてしまったことに、 吉野は同情を禁じ得ない。 , を 彼よ、グロテスクな容姿の女を想像していた。 「その不気味さは、どこからきていると思いますか ? 」 考えてみると、不思議であった。二十五年前たった一年ばかり在籍しただけの研究生の 印象が、なぜこうも鮮やかに残っているのか。有馬は心に引っ掛かるものがあった。なに グかあったはずだ。山村貞子の名を記憶に留めることになる、エ。ヒソード。 ン「そうだ、思い出しましたよ。この部屋だ 有馬は社長室を見回した。そして、例の事件を思い出したとたん、まだここが事務所と よみがえ して使われていた頃の家具の配置までが鮮明に甦っていった。 ーしこば 「いえね、創立当時から、劇団の稽古場はここにあったんですが、当時はもっとずっと狭

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296 浅川と竜司は熱海の駅で別れた。浅川は山村貞子の遺骨を差木地の親戚の元に届け、彼 おとさた らの手で供養してもらうつもりであった。三十年近くも音沙汰のなかった従姉妹の娘の遺 骨を今頃になって持ってこられても、彼らは迷惑するだけだろう。しかし、モノがモノで ある以上、放置するわけにもいかない。身元不明ならば、無縁仏として埋葬してもらう手 もあるが、山村貞子とわかっているからには差木地で引き取ってもらうほかない。時効は とっくに過ぎているし、今さら殺人を持ち出しても面倒になるだけなので、差木地には自 殺らしいということで話を通すつもりでいた。浅川は遺骨を渡してすぐ東京に戻りたかっ レンタカーを熱 たが、あいにくと船の便がなく、今からだと大島で一泊せざるを得ない。 海港に置いていく以上、飛行機を使うとかえって面倒くさくなる。 「骨を届けるくらいおまえひとりでもできるよな」 熱海駅の前で車から降りる時、竜司はばかにしたように言った。山村貞子の遺骨はこの ふろしき 時ビニール袋ではなく、黒い風呂敷に包まれてリヤシートに置かれていたが、確かにこん な小さな包みを差木地の山村に届けるくらい子供でもできる。要は、彼らに受け取らせる ことであった。拒まれて、持っていきどころがなくなると、やっかいなことになる。身寄 りの者によって供養されなければ、オマジナイの実行は完全に終了しないような気がした。 「山村貞子は、一体、なにを産んだのだ ? 」