山里 - みる会図書館


検索対象: 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩
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1. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

かしたまふにこそありけれ」 ( 一七八ハー七行 ) と妹尼に訴え残しながら、演奏をやめて出て行く中将に、妹尼が「など、 るのも、この妹尼の引歌表現を受けての物言いである。 あたら夜を御覧じさしつる」と言って、彼を引きとめよう 00 11 山里は秋こそことにわびしけれ鹿の鳴く音に目 とする一言葉となっている。 ・一とね をさましつつ ( 古今・秋上・ = 一四壬生忠岑 ) ・川・ 9 琴の音に峰の松風かよふらしいづれのをより調 山里は秋こそ格別にもの寂しいもの。鹿の鳴く声にしばしば べそめけむ ( 拾遺・雑上・四五一徽子女王 ) 目を覚しては、物思いに屈することだ。 琴の音色に、峰の松を吹く風が通じているらしい。琴のどの 前出 ( ↓タ霧三九八ハー上段 ) 。物語では、中将が妹尼と対 緒から、またどこの峰で、その音色を掻き鳴らしはじめたの だろうか 面する場で、笛を吹き鳴らして「鹿の鳴く音に」と独誦す な ひ る。亡き妻を追慕しつつ、それゆえに浮舟に心惹かれる気前出 ( ↓賢木三八五ハー下段など ) 。物語では、小野の山里の、 持を、妹尼に訴える前提にもなっている。 秋の風情のなかで松籟とひびきあう合奏をいう。 たけふ 00 世の憂きめ見えぬ山路へ入らむには思ふ人こそ ・・ 9 道のロ武生の国府に我はありと親に申し もののべのよしな みちのくち ほだしなりけれ ( 古今・雑下・空五物部吉名 ) たべ心あひの風やさきむだちゃ ( 催馬楽「道ロ」 ) 世の中のつらさにあわすにすむ山の中に入ろうとすると、捨前出 ( ↓四三〇ハー下段 ) 。物語では、ト野の山里の合奏で、 てがたく思う人が修行の妨げになるものだった。 老齢の母尼が「たけふ、ちちりちちり、たりたんな」など ひな 前出 ( ↓賢木三八七ハー上段など ) 。物語では、中将の、妹尼と謡う。老齢の尼の謡う鄙びた古謡だけに、やや異様な雰 への訴えの言葉。浮舟が自分に関心を寄せてくれそうもな囲気がかもし出される。 いので、尼たちの住むこの山里を、世の中のつらさのない ・・ 1 秋風の吹くにつけても訪はぬかな荻の葉ならば なかっかさ 覧山中とは思えぬ、と恨んでみせた。 音はしてまし ( 後撰・恋四・八四七中務 ) ・ 1 あたら夜の月と花とを同じくは心知れらむ人に 秋風が吹くようになったが、私のことを飽きたのか、訪れて 歌 見せばや ( 後撰・春下・一 0 三源信明 ) はくれないのだ。人を招くという荻の葉ならば、風に音をた この惜しむべき夜の月と花を、どうせ同じことなら、情理を てて、音信ぐらいありそうなものなのに。 わきまえているような人に見せたいものだ。 詞書によれば、平かねきとの仲がしだいに疎遠になったこ 前出 ( ↓明石 3 三六〇ハー下段など ) 。物語では、浮舟に恨みを ろ詠んでやった歌。「秋」に「飽き」をひびかす。「荻」は 439

2. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

たけとりおきな 問ふをば、苦しと思したれば、え問はず。かくや姫を見つけたりけん竹取の翁一かぐや姫は天上で罪を得て地 上に降った神女。浮舟は、地上の よりもめづらしき、い地するこ、、ゝ 愛執の罪に傷ついた女。彼女の消 しし力なるもののひまに消え失せんとすらむと、 失を危惧する妺尼の意識を超えて、 ロしづごころ 物静心なくぞ思しける。 浮舟はかぐや姫に照応し合う。↓ 氏 前ハー末 0 。 あるじ 源 この主も、あてなる人なりけり。むすめの尼君は、上達部ニ小野の僧庵の主人。母尼。 〔 = 〕浮舟、小野の僧庵 三三位以上の位で、上流貴族。 のち えもんのかみ に不幸な半生を回想す の北の方にてありけるが、その人亡くなりたまひて後、む後文によれば「衛門督」 ( 二〇二ハー ) 。 四後文では「中将」 ( 一六九ハー ) 。 きむだち すめただ一人をいみじくかしづきて、よき君達を婿にして思ひあっかひけるを、五自ら出家して尼姿になり。 六亡き娘。せめてその身代りに こ・一ろう そのむすめの君の亡くなりにければ、、い憂し、いみじと思ひ入りて、かたちを養女にできそうな人をと求めた。 セ思いがけない人。浮舟。亡き も変へ、かかる山里には住みはじめたるなりけり。世とともに恋ひわたる人の娘よりもすぐれた女だとする。 ^ 素姓など分らぬので。 形見にも、思ひょそへつべからむ人をだに見出でてしがなと、つれづれも心細九妹尼。巻頭に「五十ばかり」。 たしな 一 0 こざっぱりとして嗜みがあり、 かたち きままに思ひ嘆きけるを、かく、おばえぬ人の、容貌けはひもまさりざまなる人柄も上品。「よし」は高貴な教養。 = 以下、浮舟の目と心に即した うつつ を得たれば、現のことともおばえず、あやしき心地しながらうれしと思ふ。ね叙述。川音の荒々しい宇治の山里 ( 浮舟六〇ハー ) に比して、この小野 びにたれど、 しときょげによしありて、ありさまもあてはかなり。 の山里はなごやか。その自然の風 いや 物に彼女の心もしだいに癒される。 おと なお、この地の川は、高野川 昔の山里よりは水の音もなごやかなり。造りざまゆゑある所の、木立おもし 三秋は、悲哀の季節 せんぎい 一三家の近くの田。門田の稲刈り ろく、前栽などもをかしく、ゆゑを尽くしたり。秋になりゆけば、空のけしき 四 な こだち

3. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

った話なので、しばらくは何もおっしやらない。「そんな じていたとおりのお疑いだ、と困惑して、「しぜんお耳に ことがあったとはとても信じられるものではない。世間の もはいっていることと存じますが、女君はもともと不如意 人が心に思ったり口にしたりすることでも、めったに言葉な御身の上でお育ちになったお方でして、人里離れたこの ひと には出さすおっとりしていたあの女が、どうしてそのよう山里にお住まいになりましてからは、、 っとい , っことなく な恐ろしいことを思いたつわけがあろう。この女房たちは物思いに沈んでばかりいらっしやるご様子でしたが、それ いったいどんなつもりで事を言いつくろっているのだろ でも殿が、たまさかにでも、こうしてお越しあそばすのを う」と、いよいよお気持がかき乱されていらっしやるけれお待ち申しあげなさることで、これまでの不運な御身の上 ども、宮の悲嘆にくれておられた御面持もじっさいはっき の嘆きをもお慰めになっては、このうえは静かに落ち着い りしていることだし、この邸の様子にしても、そんなそ知てときどきでもお目にかかることがおできになるように、 らぬふりをしていたところで、その気配はしぜんに分るは そのことを一日でも早くとばかり、ロにこそお出しにはな すのもの、こうしてご自分がお越しになったにつけても、 らないにしても、いつもそう願い続けていらっしやったよ かみしも どんなにか悲しく堪えがたいこの事件を上下の者がいっし うですが、そのお望みのかなえられそうに承ることなども ょになって泣き騒いでいるのだから、とお考えになって、 ございましたので、こうしてお仕えしている私どももあり 「お供についていって見えなくなった者はいないのですか かたいことと存じまして、その用意をさせていただいてお つくばやま そのときの様子をもっとはっきり話しておくれ。わたしの りましたし、あの筑波山の母君も、ようやくのこと望みど 蛉 仕打ちを薄情だと恨んで離れていかれるようなことはまさ おりといった様子で、京へお移りになるための支度にはげ かあるまいと思うのです。どのような、にわかに言うに言んでおりましたところ、あの合点のゆかぬ殿のお手紙を頂 との 蜻 われぬ事情が起ったとしても、そんなことをなさるはずが戴いたしましたうえに、ここの宿直などをおっとめしてい る者たちも、女房たちにふしだらなことがあるようだなど あるだろうか。わたしにはとても信じられないことだ」と しか おっしやるので、右近は大将がおいたわしくて、やはり案と、殿のお叱りのお言葉があったなどと申して、礼儀もわ

4. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

るのを、少将の尼が、「それではあまりのなさりようでは たの碁に負けることはありますまい』と尼君に申していら ございませんか。あちら様のお気持も、ひとしお身にしみ っしゃいましたが、とうとう僧都のほうが、二番お負けに なりました。あなた様は、その碁聖の碁よりお上手とお見る折でございましよう。ほんの一言でも、お申しあげにな 語 ることをお聞きあそばせ。まるですぐに変な仲になってお 物受けされます。なんとおみごとな」と感心しているので、 あまびたい 氏 しまいになるかのようにお思いになるのですね」などと言 よい年をした尼額のみつともない姿でこんな物好きなこと 源 やっかい うので、女君はほんとに不安な気持になる。今はお留守で をするのを、女君は、厄介なことに手を出してしまったも ある由を伝えるけれど、昼間の使者が、女君一人だけ居残 のよと思って、気分がよくないからと臥せっておしまいに っていることなどを聞き出していたのであろう、中将は なった。少将の尼は、「ときどきは気晴らしをなさいまし。 せつかくのお若い御身ですもの。ひどく沈み込んでばかり長々と恨み言を述べて、「お声を聞かせていただこうとも 思いません。ただ、おそば近くで申しあげますことを、聞 いらっしやるのが情けなくて、玉に瑕のあるような心地が きにくいとでも何とでもご判断くださいまし」と、あれこ いたします」と言う。女君は、夕暮の風の音もしみじみと れかきくどくもののそのかいもないのに困りきって、「ま もの悲しく感じられるので、思い出すことも多くて、 そで ゅふべ こうした山里では物事の風情に感ずる気 ったく情けな、。 、いには秋のタをわかねどもながむる袖に露そみだるる ( わたしの心には秋のタベのわびしさが格別分っているわけ 持も深くなるものですのに。これはあまりというもので ではないけれども、物思いに沈んでいる袖に涙の乱れ落ちるす」などとなじっては、 ことよ ) 「山里の秋の夜ふかきあはれをももの思ふ人は思ひこ そ知れ 〔一九〕中将来訪浮舟、月がのばってきて風情もおもしろい ( 山里の秋の夜更けの深い情趣をも、物思いのあるお方なら 母尼の傍らに夜を過すころ、昼間に手紙のあった中将がお ばよくお分りになるはずですのに ) 見えになった。女君は、まあいやな、これはなんとしたこ おのずとあなた様のお胸にもこの私の気持は通うはずでし とか、とお思いになって、奥深くへはいっておしまいにな

5. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

はれも知らぬ人にもあらず。世の中の常なきことを、しみて思へる人しもつれ一世の無常を悟った人はかえっ て身辺の不幸に冷静でいられる意。 ま . さばしら なき」と、うらやましくも、いにくくも思さるるものから、真木柱はあはれなり。薫の独自な道心ぶりを評す。 わぎもこ ニ「我妹子が来ては寄り立っ真 語 木柱そもむつましゃゆかりと思へ 物これに向かひたらむさまも思しやるに、形見そかしとうちまもりたまふ。 氏 ば」 ( 紫明抄 ) 。薫こそ浮舟の形見。 三浮舟と自分 ( 薫 ) のことを。 源ゃうやう世の物語聞こえたまふに、いと籠めてしもはあらじと思して、 四以下、匂宮との昔からの親密 しとな仲を確認したうえで語り起す。 薫「昔より、、いにしばしも籠めて聞こえさせぬこと残しはべるかぎりは、、 五私もなまじの高官に昇り、あ じゃうらふ なたもなおさら高貴の身で暇のな い状態だから。二人とも心開いて 」ぶせく 0 み思ひたま〈られしを、今は、なかなか 0 上﨟になり」ては〈り いとま まして御暇なき御ありさまにて、心のどかにおはしますをりもはべらねば、宿話し合える余暇もないとする。 六夜の話し相手などとして。 直などに、そのこととなくてはえさぶらはず、そこはかとなくて過ぐしはべるセ昔、宮が通われた山里、宇治。 ^ はかなく亡くなった人 ( 大君 ) をなん。昔、御覧ぜし山里に、はかなくて亡せはべりにし人の、同じゅかりなの、同じ血縁につながる人 ( 浮舟 ) 。 九意外な所に住んでいると。 る人、おばえぬ所にはべりと聞きつけはべりて、時々さて見つべくやと思ひた一 0 時々逢いもしようかと。 = 不都合にも世間からとやかく そし まへしに、あいなく人の譏りもはべりぬべかりしをりなりしかば、このあやし言われそうな時だったので。女二 の宮との結婚の時期をさす。 三辺鄙な山里。宇治をさす。 き所に置きてはべりしを、をさをさまかりて見ることもなく、また、かれも、 一三女 ( 浮舟 ) の方も、私一人を頼 ひとり りにする気も特になかったのでは なにがし一人をあひ頼む心もことになくてやありけむとは見たまへつれど、や ないか。匂宮との仲を暗に皮肉る。 。オこと一四れつきとした重々しい扱いを むごとなく、ものものしき筋に思ひたまへばこそあらめ、見るに、まこ、 九 の

6. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

205 手習 はくせいじんじっせうしつ なりけり」と思ひつつ、端の方に立ち出でて見れば、遥かなる軒端より、狩衣いて「柏城尽日風蕭瑟タリ」。「蕭 瑟は秋風の寂しく吹くさま。 姿色々に立ちまじりて見ゅ。山へ登る人なりとても、こなたの道には、通ふ人一四ここに立ち寄られた僧都も。 一五山野に修行する民間僧。 もいとたまさかなり。黒谷とかいふ方より歩く法師の跡のみ、まれまれは見ゅ一六このあたり、浮舟の心に密着 した文体。浮舟にも僧都にも敬語 がっかぬのは心境の直叙のためか るを、例の姿見つけたるは、あいなくめづらしきに、この恨みわびし中将なり 宅出家の身ゆえである。 もみぢ 一 ^ 山に帰る僧都一行を見送る。 けり。かひなきことも言はむとてものしたりけるを、紅葉のいとおもしろく、 一九軒端を通して、はるかに遠望。 くれなゐ ニ 0 小野を通って比叡山に登る道。 ほかの紅に染めましたる色々なれば、入り来るよりぞものあはれなりける。こ はせだし 険しい長谷出坂あたりか。途中で ニ四 しいと心地よげなる人を見つけたらば、あやしくそおばゅべき、など思ひ黒谷 ( 西塔の北方 ) への道が分れる。 ニ一世俗人の姿を。 いとま て、中将「暇ありて、つれづれなる心地しはべるに、紅葉もいかにと思ひたま一三「 : ・けり」と、驚きで言う。 ニ三よその紅葉より一層色鮮やか ニ五 ひと へてなむ。なほたち返り旅寝もしつべき木のもとにこそ」とて、見出だしたまニ四屈託なさそう女なら、この地 に不似合いとする。中将は物思う 浮舟に魅了された。↓一七七ハ へり。尼君、例の、涙もろにて、 一宝浮舟は出家したが、みごとな 紅葉に心惹かれるとする。 妹尼木枯の吹きにし山のふもとにはたち隠るべきかげだにぞなき ニ六浮舟の出家後を、木枯の吹く とのたまへば、 荒涼の山里とみて、中将を泊めお くすべもなくなった、とする。 ニ七 こずゑ 毛「あらじ」に「嵐」をひびかし、 中将待つ人もあらじと思ふ山里の梢を見つつなほそ過ぎうき 前歌の「木枯」に応ずる。誰も待た ぬ山里ながら素通りできぬと嘆く。 言ふかひなき人の御事を、なほ尽きせずのたまひて、中将「さま変りたまへ ニ六 、」がらし くろだに はしかた 一九 のきば かりぎぬ ひ

7. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

いくこともできようか、と考えておりましたけれど、あい もないのだが。世間の無常を深く悟っている人はかえって 引冷静でいられるものなのか」と、うらやましくも、奥ゆか にく世間からとやかく言われそうな時期でございましたか へんび しくもお思いになるものの、この大将を女君のゆかりの真ら、あの辺鄙な山里に住まわせておいたのでございますが、 語 物木柱と思うとしみじみ懐かしいお気持になられる。この君めったに出向いていって逢うこともなく、またあちらでも、 氏 この私一人だけを頼りにする気持もとくになかったのでは とどんなふうにして向い合っていたのであろうかと、その 源 ひと ないかとは察しておりましたけれど、たいせつに重々しい 女君の姿を想像なさって、この大将こそあの女の形見なの だというお気持になり、じっとお見つめになる。 筋合いの者と思っておりましたのならともかく、ただ目を かけてやりますのに格別の落度もございませんので、気が 大将はだんだんと世間話を申しあげていらっしやるうち ひと に、そういつまでも秘密にしておくこともあるまいとお思ねのいらないかわいい女と思っておりました、その者がま ったくあっけなくみまかってしまったのでございました。 いになって、「昔から、胸の中にしばらくでもしまってお それにつけても、おしなべてこの世の無常の有様を思い続 いてお話し申しあげずにおくことがございます間は、ほん けておりますと、悲しく存ぜられまして。あなた様もお耳 とに気持がさつばりいたしませんでしたが、今はこの私も にはいっているよ , つなことも、こギ、いましょ , つが」と一一 = ロって、 なまじ官位が高くなってしまいましたし、あなた様はなお さらのことお暇のない御地位でいらっしやって、ゆっくり今はじめてお泣きになる。大将ご自身としても、じっさい とおくつろぎあそばす折もございませんので、何かこれと こんな様子を宮にお見せしたくはない、我ながら愚かしい ことだとは思ってみるのだったけれど、いったん涙がこば いった御用がなくては夜間のお相手に参上することもでき ませず、ついとり紛れて過しておりまして。昔あなた様がれはじめると、まったく抑えようもないのである。 ごらんあそばした山里で、あっけなくも亡くなってしまい 大将の様子がいささか取り乱した体なのを、これはどう ましたお方の、その縁につながる人が思いがけない所に住したことか、なんとも困ったことになった、と宮はお思い んでおりますことを聞きつけまして、それなら時折通って になるけれども、何気ないふうをよそおって、「ほんとに

8. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

あるじ か」と、しいて尋ねるのを、女君はほんとに顔向けもなら三〕浮舟、小野の僧庵この住いの主の母尼君も、身分のあ ぬ思いで、「どうしてなのか不思議な目にあっておりまし に不幸な半生を回想する人なのであった。娘の尼君は、も かんだちめ た、その間になにもかも忘れてしまったのでしようか、以 と上達部の北の方だったが、その夫君が亡くなられた後、 前のことなどはまるで覚えていないのでございます。ただ ただ一人の娘をそれはそれは大事に育てて、立派な家柄の きんだち かすかに思い出すことと申しては、どうぞしてこの世に生君達を婿に迎え手厚くもてなしていたのだったが、その女 きていたくないと思い思いして、夕暮になると端近くばん君が亡くなってしまったので、情けなく悲しいことと思い にわさき やりと外を眺めておりましたうちに、庭前の近くに大きな つめて、髪を下ろして尼になり、このような山里に住むよ しの 木がありましたが、その下から人が出てきて私を連れてい うになったのだった。明け暮れ絶えず恋い偲んでいる娘の くような心地がいたしました。それよりはかのことは、自 思い出のよすがとして、せめてその娘になぞらえられるよ 分ながら自分が誰なのかさえも思い出すこともできかねる うな人でも見つけ出したいものと、所在なくまた心細い のでございます」と、その言い方もまことにいじらしく話日々のなかで嘆き続けていたところへ、こうして思いがレ して、「私がこの世にまだ生きていたということは、なん ない人の、しかも器量といい物腰といい、亡くなった娘に そして誰にも知られとうございません。もし聞きつける人立ちまさっているような人を得たのだから、現実のことと でもあったら、それこそ大変なことになります」と言って いう気もせず、不思議な心地がしながらもうれしく思って お泣きになる。あまり尋ねるのをつらく思っておられるの しる。この尼君も年はとっているものの、まことにこぎれ たしな 習 で、それ以上は尋ねることができない。かぐや姫を見つけ いで嗜みがあり、人柄も上品である。 たという竹取の翁よりもさらに珍しい心地がするので、ど この小野の地は、以前に住んでいた宇治の山里よりは水 すき 手 うかした隙にでも消え失せてしまうのではないかと、尼君の音もおだやかである。住いの造りざまも雅趣のある所で、 木立もおもしろく植込みなども風情があり、趣向をこらし は落ち着かないお気持になっていらっしやるのであった。 ている。しだいに秋になってゆくにつれて空の様子も心に

9. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

あじゃり その叔父にあたる阿闍梨、その阿闍梨の弟子で親しく出入あれこれと気になる噂を立てているのであった。 引りしている者など、また前々からの知合いの老法師など、 右近や侍従らは、「こうした山里の人たちがあれこれと いみ それら御忌にこもるはずになっている人たちだけで、人の取り沙汰することさえはばかられるのに、まして悪い噂は 語な めのと 物亡くなったときの様子に似せて送り出すのを、乳母や母君すぐさま世間にひろがるものだから、大将殿あたりで、亡 氏 はまったく忌まわしく悲しいことと、臥し転び泣いている。骸もなくてお亡くなりになったと、そのことがお耳には、 源 うどねり 大夫や内舎人など、この間こわがらせ申した者どもも参 ったら、きっと疑念をおもちになることであろうし、宮の 上してきて、「御葬送のことは、殿に事の子細をお申しあ ほうでもまた、お二人はご同族の御間柄とて、そのような げになって、日取りをお決めになり、立派に営んでおあげ お方がかくまわれておいでになるかどうかぐらいは になったらいかがでしよう」などと勧めたのだったが、右ばらくの間は身を隠しているのではないかとお思いになっ 近は、「わざと今夜のうちにすませたいのです。まったく ても、結局のところすべてはっきりするにちがいない。ま 内密にと思うわけがありまして」と言って、その車を向い た大将殿は必ずしも宮のことだけをお疑い申されるとは限 やますそ の山裾の野原へやって、人も近づけぬようにして、事情を るまい。いったいどんな男が女君を連れ出して隠したのだ 知っているその法師たちだけで火葬させる。まったくあっ ろうなどと、お考えになるのではなかろうか。ご生前のご けなく終って、煙は消えてしまった。山里の人たちは、か果報のまことにめでたくていらっしやった女君が、い力に - 一といみ えってこうした葬式事を大げさに営み、言忌など縁起をか も亡くなられた後にとんでもない疑いをお受けになるのだ やしき つぐものであるから、「まったくおかしなことよ。定まっ ろうか」と思うと、この邸の下人たちにも、今朝のあわた た作法など、すべきこともなさらずに、下々の弔いのよう だしくまごっいていた間にその様子を見聞きしていた者に になんともあっけなくおすませになったものだ」と悪く言 は口止めをし、また内情を知らぬ者には何も聞かせないよ くめん う者があると、一方では、「ご兄弟がおありの人は、わざ うに、など工面するのだった。「私たちがもしも生きてい られるようでしたら、いずれどなたにもゆっくりと落ち着 とこのように、京のお方はなさるものだそうな」などと、 まろ うわさ なき

10. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

361 手習 ( 原文一六九ハー ) 並の幸せな身にしてやりたいと懸命になっていたのに、ど した人たちにはちらとも姿を見られないようにしている。 んなにはりあいのない心地がしたことだろう、今はどこに ただ、侍従、こもきといって、尼君が自分の召使にしてい いることか、わたしが生きていようとは、よもや知ること る二人だけを特別にこの女君のおそばに仕えさせているが、 もあるまい、心を同じゅうしてくれる人もほかにはいなか その二人も顔だちといい人柄といい、昔知っていた都人の ったので、何もかも打ち明けて相談し、いつも親しくして女房とは似ても似つかない。何事につけても、この世なら いた右近などのことも、ときおりは思い出さすにはいられ ぬ別世界というのはこうした山里だろうかと、一方ではそ れもよかろうと思いあきらめるのであった。女君が、たた 若い女が、このような寂しい山里に、もうこれまでの人 こうして人に知られまいと忍んでいらっしやるので、尼君 生とあきらめてこもりきりになるのは容易ならぬことだっ は、真実、面倒な事情がおありのお方ででもいらっしやる たので、ここにはただひどく年をとった尼の七、八人がい のだろうと思って、詳しいことはここに仕えている人たち つもは仕えていたのだが、その尼たちの娘や孫といった者 にも知らせずにいる。 で、京に宮仕えしているのも、または違った暮しをしてい 〔三〕妹尼の婿中将訪れ尼君の昔の婿の君は、今は中将にな るのもいて、その人たちがときどきは通ってきているのだ る浮舟を見て心動くっておられるのだったが、その弟の そうず った。「そうした人たちの関係で、それらが昔自分のかか禅師の君、僧都のおそばに弟子入りしていらっしやったそ わりあったあたりに出入りしているうちに、自分がこの世の人が山にこもっているのを見舞うために、兄弟の君たち よかわ にまだ生きていたのだと、しぜんどなたかのお耳にでもお がしじゅう山にのばっていくのであった。横川に通う道の 入れするようなことにでもなったらどんなにか恥ずかしい ついでということで、中将がここにお立ち寄りになった。 ことになろ , つ。 いったい今までどのような格好でさまよっ先払いの声がして、気品のある男君がはいってくるのを内 ていたのだろうなどと、そうめったにはありえぬようなみ から女君が見ていると、昔、人目を忍ぶようにして通って じめな有様を想像されるにちがいない」と思うので、こう いらっしやった大将のお姿や物腰をまざまざと思い出さず