差木地 - みる会図書館


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1. リング

222 二枚目のファックスには、山村貞子の母、志津子に関する情報がまとめられていた。そ れはちょうど、今さっき聞いたばかりの源次の話の続きにあたる。 一九四七年、故郷の差木地を後に上京した山村志津子は、突然の頭痛に倒れて病院に運 び込まれ、そこの医者の紹介で大学精神科助教授の伊熊平八郎と知り合う。伊熊平八郎 は催眠現象の科学的解明に取り組んでいたが、志津子に驚くべき透視能力があることを発 見して大きな興味を抱く。それは彼の研究テーマそのものを変えてしまうほどの出来事で あった。以後、伊熊平八郎は志津子を被験者として、超能力に関する研究に没頭する。し かし、ふたりは単に研究者と被験者という関係を越え、妻子持ちにもかかわらず伊熊は志 津子に恋心を抱くようになゑその年の終わり、伊熊の子を身ごもった志津子は、世間の 目を逃れるように故郷の伊豆大島差木地に戻り、そこで山村貞子を産む。志津子は娘を差 木地に残してすぐに上京するが、三年後、貞子を連れ戻すために再び差木地を訪れゑそ れ以後三原山の火口に身を投げて自殺するまで、志津子は娘をそばに置いて片時も離さな かったらしい さて、一九五〇年代に入ると、伊熊平八郎と山村志津子のコンビは大きく週刊誌や新聞 にぎ の紙上を賑わすことになる。超能力の科学的根拠がにわかにクローズアップされたからだ。 げんわく 世間は、 e 大学助教授という伊熊平八郎の地位に眩惑されたのか、最初はこぞって志津子 の超能力を信じる側に回った。マスコミもどちらかといえば、まあ好意的な書き方をして

2. リング

296 浅川と竜司は熱海の駅で別れた。浅川は山村貞子の遺骨を差木地の親戚の元に届け、彼 おとさた らの手で供養してもらうつもりであった。三十年近くも音沙汰のなかった従姉妹の娘の遺 骨を今頃になって持ってこられても、彼らは迷惑するだけだろう。しかし、モノがモノで ある以上、放置するわけにもいかない。身元不明ならば、無縁仏として埋葬してもらう手 もあるが、山村貞子とわかっているからには差木地で引き取ってもらうほかない。時効は とっくに過ぎているし、今さら殺人を持ち出しても面倒になるだけなので、差木地には自 殺らしいということで話を通すつもりでいた。浅川は遺骨を渡してすぐ東京に戻りたかっ レンタカーを熱 たが、あいにくと船の便がなく、今からだと大島で一泊せざるを得ない。 海港に置いていく以上、飛行機を使うとかえって面倒くさくなる。 「骨を届けるくらいおまえひとりでもできるよな」 熱海駅の前で車から降りる時、竜司はばかにしたように言った。山村貞子の遺骨はこの ふろしき 時ビニール袋ではなく、黒い風呂敷に包まれてリヤシートに置かれていたが、確かにこん な小さな包みを差木地の山村に届けるくらい子供でもできる。要は、彼らに受け取らせる ことであった。拒まれて、持っていきどころがなくなると、やっかいなことになる。身寄 りの者によって供養されなければ、オマジナイの実行は完全に終了しないような気がした。 「山村貞子は、一体、なにを産んだのだ ? 」

3. リング

「第一、のんびりペンションなんかに泊まっている余裕はねえだろ」 「仮に女を発見したとしても、今からでは大島に行く手段はない。今日はもう動けねえよ。 しつかり睡眠をとって、体力を温存しといたほうがよかねえか ? 」 あきら 竜司とペンションに泊まることに言いようのない嫌悪感を覚えたが、しかたがないと諦 め、浅川は弁当を買いに走り、三浦哲明に今晩泊まる旨を伝え、竜司とふたりでウーロン 茶を飲みながら弁当を食べた。午後七時 : : : 、束の間の休息であった。 腕がだるく、肩にしこりのようなものが感じられる。目がチカチカして、浅川はメガネ をはずした。その代わり、ファイルを顔のすぐ前にもってきてなめるように調べてゆく。 神経を集中させていなければ、うつかりと見逃してしまいそうで、そのためによけい疲れ がこまっていった。 とんきよ、つ 午後九時 : : : 、しんと静まり返った倉庫に響いたのは、竜司のすっ頓狂な声であった。 「とうとう見つけたそ。こんなところにいやがった 浅川はそのファイルに吸い寄せられて、竜司の隣に座り込み、メガネをかけ直した。そ グこにはこうあった。 ン : ・伊豆大島差木地。山村貞子。十歳。封書の消印は、一九五八年八月二十九日。「自 分の名前を念写する旨書送ったところ、これを得る。本物と見て間違いなし」そして、黒 9 地に白く山という文字が浮かび上がった写真が一枚。その山という字に浅川は見覚えがあ っこ 0 つか てだて

4. リング

191 : 、私んところでもいいですが、あ もし、よかったら、今晩はそこに泊めてもらったら : かえってご迷惑かと : : : 」 んまり狭くて汚いもんだからねえ 早津はそう言って笑った。彼は妻と二人暮らしであったが、言葉に嘘はなく、実際のと ころ家には客二人を泊めるスペースはなかった。浅川は後ろを振り返って竜司を見た。 「オレはそれで構わねえぜ」 早津は島の南端、差木地に向かって軽自動車をとばした。とばしたといっても、島を一 は出せない。すれ 周する大島循環都道は道幅もせまく、力しフも多いのであまりス。ヒード 違う車は圧倒的に軽が多かった。右手の視界が開け海が見えると、風の音が変わった。海 は空の色を映して暗く沈み、大きくうねりながら、波頭を白くキラめかせている。それが なかったら、空と海を分かっ線、あるいは海と陸を分かっ線までも不明確になっていただ ろう。じっと見ていると暗い気分になりそうだ。ラジオからは台風の情報が流れ、また一 つばき 段とあたりが暗くなった。字路を右に入るとすぐ椿のトンネルがあり、車はその内部に グ差しかかったのだ。長年の風雨に晒されて土を奪われたせいか、椿の幹の下からは曲がり ンくねった裸の根が幾本も顔を出し、からまり合っている。しかもその表面は雨に濡れてな まめかしく、浅川はふと巨大な怪物の腸の中を走り抜けているかのような感覚に陥ってし まう。 「差木地はこのすぐ先ですよ さら

5. リング

「調べるって、一体、その女の何を調べればいいんだ ? 」 ・ : 昭和四十年に入団 ? 冗談じゃねえ、今から二十五年も昔のことじゃねえか。 吉野は心の中で毒突いていた。 : 一年前の犯人の足取りを追うだけでもかなりやっかいだというのに、二十五年とは。 「なんでもいい、わかること全て。僕たちは、その女がどういう人生を送り、今現在、何 をして、何を望んでいるのか、そういうことを知りたいんです」 吉野は溜め息をつく他なかった。受話器を耳と肩で押さえながら、机の端のメモ用紙を 手前に引きつける。 「 : : : で、その女の当時の年齢は ? ひしよう 「十八歳、大島の高校を卒業すると同時に上京し、そのまま劇団飛翔に入団してます」 「大島 ? 吉野はペンを走らすのを止めて、顔をしかめた。「おまえさん、今、どこから グ電話かけてるんだい ? 「伊豆大島、差木地からです いっ帰る予定だ ? 」 「なるべく早くー 「知ってるのか、台風が接近してるってこと : : : 」 193

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190 面識もなかったので、浅川は、ふたり連れであること、それと、自分の肉体的特徴などを 簡単に早津に知らせておいたのだ。 「失礼ですが、浅川さんでは : ・ 背後から声がかかった 「ええそうですが : 「大島通信部の早津です」 早津は傘を差し出しながら、人のよさそうな笑顔で迎えた。 「突然ですみません。お世話になります」 浅川は歩きながら竜司を紹介し、急いで早津の車に乗り込んだ。風の音がやかましく、 車の中でなければまともに話ができない。軽自動車にしては車内が広かった。浅川が助手 席、竜司が後部シートに座った。 「さっそく、山村敬さんのお宅に伺いますか ? 」 早津は両手をハンドルに乗せて聞いた。六十を越えても髪は豊富で、そのぶん白いもの が多い 「山村貞子の実家、もうわかったんですか ? 電話にて、山村貞子という人物について調査したい旨すでに話してあった。 「小さい町ですからねえ、差木地で山村といったら一軒しかないから、すぐにわかります よ。山村さんところ、普段漁師をしていて夏の間は民宿もやってるんですが、どうです ?

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196 「事件でも起こしたのかい ? 「わからないんです。ただ、その従兄弟は風の便りに志津子の噂を聞いたというだけで : 、ところが、僕が新聞社の名刺を差し出したところ、ブンヤさんならお宅たちのほうが 詳しいんじゃないかい、と、そう言うんです。どうも、ロぶりからして、志津子と貞子の にぎ 母娘は、一九五〇年から、五五年までの五年間にマスコミを賑わすような何かをしていた らしいのです。ところが、とにかく、ここは島なので本土の情報は入りにくく : : : 」 「それが、なんなのか、オレに調べろって言うんだな」 「察しがいいですね 気力ャロ、それくらいすぐにわからあ」 「まだあるんですよ。五六年、志津子は貞子を連れて故郷に戻るんですが、まるで別人の ふさ ようにやつれ、従兄弟が何を聞いても答えようともせず、塞ぎ込んで意味不明のことをぶ つぶつ唱えていたかと思うと、とうとう三原山の火口に身を投げて自殺してしまったので す。三十一歳でした , 「志津子がなぜ自殺したか、それもオレが調べるわけ ? 「お願いしますよ」 浅川は受話器を握ったまま、頭を下げていた。もし、このまま島に閉じ込められたりし こんなところにふたりでノコノコやってくるんじ たら、頼りになるのは吉野しかいない。 ゃなかったと、浅川は後悔した。差木地のような小さな集落であれば、竜司ひとりで充分

8. リング

ろうな」 「それが、その通りなんです。山村貞子は一九四七年に伊豆大島の差木地で生まれ、母の 志津子 : : : 、あ、この名前もメモ頼みます。山村志津子、四七年当時一一十二歳。志津子は 生まれたばかりの貞子を祖母に預けて、東京に出奔 : : : 」 「なぜ、赤ん坊を島に残したまま ? 」 「男ですよ。この名前もメモしてください。伊熊平八郎、当時大学精神科助教授、山村 志津子の恋人 : : : 」 「ということは、山村貞子は志津子と伊熊平八郎との間に生まれた子供なのかい ? 」 「確証は取れていませんが、まずそう見て間違いないでしよう」 「ふたりは結婚してないんだな ? 「ええ、伊熊平八郎は妻子持ちですから」 、吉野は鉛筆の先を舌でなめた。 なるほど、不倫の恋ってやっか : 「わかった、続けてくれ グ「一九五〇年になるとすぐ、志津子は三年ぶりに故郷を訪れ、娘の貞子に再会し、しばら ン くここで暮らします。しかし、その年も終わろうとする頃、またもや出奔、その時は貞子 も一緒です。その後五年間ばかり、志津子と貞子の母子がどこでなにをしていたのか不明。 5 ところが、五〇年代半ば、この島に住む山村志津子の従兄弟は、風の便りに志津子が有名 うわさ になり、活躍してるという噂をキャッチします

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264 竜司が言った。彼は二人ぶんの弁当を買い込んでいた。浅川は食欲があまりないらしく、 時々箸を止めて室内の様子をじっとうかがったりしていたが、ふと思いついたように竜司 にいた。 「なあ、はっきりさせようじゃないか。オレたちは今から何をしようとしてるんだい ? 」 「決まってる。山村貞子を捜し出すんだよ 「捜し出してどうするフ 「差木地に運んで供養してもらう」 「つまり、オマジナイとは : 、山村貞子が望んでいることは、それだと言うんだな」 そしやく 竜司は、ロの中いつばいの御飯をくちゃくちゃと時間をかけて咀嚼しながら、焦点の定 まらぬ目でじっと一点を見つめた。自分でも納得しきっていないことが、その表情から読 み取れる。浅川は恐くなった。ラストチャンスには確たる根拠が欲しい。やり直しはきか ないのだ。 「オレたちに今できることは、これ以外にない 竜司はそう言って、空になった弁当箱を投げ出した。 「こういう可能性はどうだ ? 自分を殺した人間への恨みを晴らしてもらいたい : やっ 「長尾城太郎か : : : 、奴をバラせば、山村貞子の気がおさまるとでも言うのかい ? 」 浅川は、竜司の目の奥にある本心を探った。遺骨を掘り上げて供養してもなお浅川の命 を救えなかった場合、竜司は長尾医師を殺すつもりではないか、浅川を試金石にして、自 こわ

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225 浅川と竜司は同時に二枚のプリントを読み終わった。 おんねん 「怨念だな」 竜司はつぶやいた。 「怨念 ? 「ああ、母が三原山に飛び込んだ時、娘の貞子はどんな思いを抱いたかー 「マスコミへの恨み、か」 すうせい グ「マスコミだけじゃねえ。最初はチャホャしておきながら、趨勢が変わるや嘲笑を浴びせ ン家族を破滅に追いやった一般大衆への恨み。山村貞子は、三歳から十歳まで父と母のそば リにくつついていたんだろ。なら、そういった世間の風潮を肌で感じ取ったはずだ 「だからって、何も、無差別な攻撃を仕掛けなくたって : ・ 浅川が弁解しかけたのは、もちろん自分がマスコミの一員であることを意識してのこと 想がひどくなゑその後、伊熊平八郎は自らも超能力を身につけようと、山にこもり、滝 に打たれたりするが、無理がたたって肺結核にかかり、箱根の療養所に入院することにな ちょう る。志津子の精神状態はますますひどくなった。八歳の貞子は、マスコミの目と世間の嘲 しよう 笑から逃れるために、志津子を説得して故郷の差木地に戻るが、ちょっと目を離したすき もろ に、母は三原山の火口に飛び込んでしまう。こうして、三人の生活は脆くも崩れ去ったの