平八郎 - みる会図書館


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1. リング

ひざ 竜司は突然立ち上がり、そのため膝をテーブルの裏面にしこたま打ちつけた。 「やけに腹が減ったと思えば、もう昼をまわってるじゃねえか。おい、浅川、メシ食いに いくそ」 竜司はそう言うと、膝頭を手でさすりながらひとりでさっさと玄関に向かった。浅川に 食欲はなかったが、気にかかることがあって食事につき合うことにした。竜司から調べて くれと頼まれていたが、どこから手をつけていいかわからずそのままになっていたことを 思い出したのだ。それは、ビデオテープのラストに現れる男はだれかという疑問。父の伊 熊平八郎かもしれない、しかし、それにしては、山村貞子の彼を見る視線に敵意が多過ぎ からだ る。その男の顔をブラウン管で見た時、浅川は身体の奥のほうに鈍く重い痛みを感じ、強 い嫌悪感を同時に抱いた。かなり整った顔立ちの男で、特に目つきが悪いわけでもないの に、なぜ嫌悪感を抱いてしまうのか不思議だった。どう見ても、山村貞子の目は肉親を見 つめるものではなかった。吉野の調べたレポートには、貞子が父親と対立していたという おも ような記述はどこにもない。むしろ、彼女は両親想いの娘であった印象を受ける。この男 グの身元を発見するのはまず不可能という気がする。三十年近い年月は男の顔をずいぶん変 ンえてしまっていることだろう。それでも、万一のことを考え、吉野に伊熊平八郎の顔写真 を捜し出すよう頼むべきか、そして、竜司はこの点に関してどういう考えを持っているの 四か。そんなことを相談するためもあって、浅川は竜司の後を追って外に出た。 ビ = ウビ = ウと風の音がする。傘をさしても意味がなく、浅川と竜司は元町港のすぐ前

2. リング

224 当日、百人近い報道人と学者の見守る中、志津子はいやいやながら実験台に登った。息 子を死なせて以来、精神的に参っていたこともあり、とてもベストコンディションとはい えない状態であった。実験はごく簡単な方法で行われようとしていた。鉛の容器に入れら れた二つのサイコロの目を言い当てさえすればいいのだ。普段の力を発揮すれば、全く 題はないはずであった。しかし、志津子は、彼女を取り囲む百人がすべて、自分の失敗を 待ち望んでいることを「知って」しまう。志津子は体を震わせ、床に身をこごめ、「こん なこと、もういや ! ーと悲痛な叫びを上げた。志津子の釈明はこうであった。人間はだれ でも少なからず「念」の力を持っている。私はただその力が人よりも勝っているだけ。百 人もの人が失敗を念じている中にあっては、私の力なんて妨害され働かなくなってしまう。 その後を引き継いだのは伊熊平八郎であった。「いや、百人ではない。今や、日本の国民 全てが、私の研究の成果を踏みにじろうとしている。マスコミにあおられ、世論が一方向 に流れ始めると、マスコミは多くの国民が望むこと以外口にしなくなる。恥を知れ ! 」結 局、透視能力の公開実験は、伊熊平八郎のマスコミ批判によって幕を閉じた。 マスコミ関係者は、伊熊平八郎の怒号を、実験が失敗した原因を敵であるマスコミにな : やはりイ すりつけるための言い掛かりと受け止め、翌日の紙面で一斉に書き立てた。 ンチキ、 ・ : 化けの皮はがれる、 : ペテン師 e 大助教授、 : : : 五年に及ぶ議論に終止符、 ・ : 現代科学の勝利。志津子と伊熊平八郎を擁護する記事はひとっとしてなかったのだ。 その年の暮れ、伊熊平八郎は妻と離婚し、大を辞職した。この頃から志津子の被害妄

3. リング

222 二枚目のファックスには、山村貞子の母、志津子に関する情報がまとめられていた。そ れはちょうど、今さっき聞いたばかりの源次の話の続きにあたる。 一九四七年、故郷の差木地を後に上京した山村志津子は、突然の頭痛に倒れて病院に運 び込まれ、そこの医者の紹介で大学精神科助教授の伊熊平八郎と知り合う。伊熊平八郎 は催眠現象の科学的解明に取り組んでいたが、志津子に驚くべき透視能力があることを発 見して大きな興味を抱く。それは彼の研究テーマそのものを変えてしまうほどの出来事で あった。以後、伊熊平八郎は志津子を被験者として、超能力に関する研究に没頭する。し かし、ふたりは単に研究者と被験者という関係を越え、妻子持ちにもかかわらず伊熊は志 津子に恋心を抱くようになゑその年の終わり、伊熊の子を身ごもった志津子は、世間の 目を逃れるように故郷の伊豆大島差木地に戻り、そこで山村貞子を産む。志津子は娘を差 木地に残してすぐに上京するが、三年後、貞子を連れ戻すために再び差木地を訪れゑそ れ以後三原山の火口に身を投げて自殺するまで、志津子は娘をそばに置いて片時も離さな かったらしい さて、一九五〇年代に入ると、伊熊平八郎と山村志津子のコンビは大きく週刊誌や新聞 にぎ の紙上を賑わすことになる。超能力の科学的根拠がにわかにクローズアップされたからだ。 げんわく 世間は、 e 大学助教授という伊熊平八郎の地位に眩惑されたのか、最初はこぞって志津子 の超能力を信じる側に回った。マスコミもどちらかといえば、まあ好意的な書き方をして

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ろうな」 「それが、その通りなんです。山村貞子は一九四七年に伊豆大島の差木地で生まれ、母の 志津子 : : : 、あ、この名前もメモ頼みます。山村志津子、四七年当時一一十二歳。志津子は 生まれたばかりの貞子を祖母に預けて、東京に出奔 : : : 」 「なぜ、赤ん坊を島に残したまま ? 」 「男ですよ。この名前もメモしてください。伊熊平八郎、当時大学精神科助教授、山村 志津子の恋人 : : : 」 「ということは、山村貞子は志津子と伊熊平八郎との間に生まれた子供なのかい ? 」 「確証は取れていませんが、まずそう見て間違いないでしよう」 「ふたりは結婚してないんだな ? 「ええ、伊熊平八郎は妻子持ちですから」 、吉野は鉛筆の先を舌でなめた。 なるほど、不倫の恋ってやっか : 「わかった、続けてくれ グ「一九五〇年になるとすぐ、志津子は三年ぶりに故郷を訪れ、娘の貞子に再会し、しばら ン くここで暮らします。しかし、その年も終わろうとする頃、またもや出奔、その時は貞子 も一緒です。その後五年間ばかり、志津子と貞子の母子がどこでなにをしていたのか不明。 5 ところが、五〇年代半ば、この島に住む山村志津子の従兄弟は、風の便りに志津子が有名 うわさ になり、活躍してるという噂をキャッチします

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いた。しかし、インチキに決まっているという批判は依然根強く、より権威のある学者集 団が一言「疑わしい」とコメントをしただけで、大勢は志津子と伊熊平八郎に不利な方向 に流れ始めた。 志津子が発揮した超能力とは、主に念写、透視、予知のいわゆるであって、実際 に物に触れずに動かしたりする念動を発揮することはなかった。ある雑誌によれば、彼女 は、厳重に封印されたフィルムを額に当てるだけで、指定されたとおりの図柄を念写する ことができたし、同じく厳重に封印された封筒の中身を百発百中で言い当てることもでき た。しかし、別の雑誌は、志津子はペテン師に過ぎず、多少修行を積んだマジシャンなら は、いともたやすく同じことができると主張した。こうして、世間の風潮は次第に志津子 と伊熊平八郎に冷たくなっていった。 そんな折り、志津子は不幸に見舞われゑ一九五四年、志津子はふたり目の赤ん坊を産 むのだが、生後四ヶ月で病死させてしまう。赤ん坊は男の子であった。この時七歳であっ た貞子は、生まれたばかりの自分の弟に特別の愛情を注いだらしい グ翌五五年、伊熊平八郎は、公衆の面前で志津子の能力をお見せしようとマスコミを挑発 ンする。志津子は初め、これを嫌がった。衆人環視の中では思うように意識を集中できない から、失敗する恐れがあると。しかし、彼は譲らなかった。マスコミからペテン師呼ばわ りされることにはもう我慢ならず、明白な証拠を差し出す以外に世間の鼻をあかす方法は ないと判断したからだ。

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225 浅川と竜司は同時に二枚のプリントを読み終わった。 おんねん 「怨念だな」 竜司はつぶやいた。 「怨念 ? 「ああ、母が三原山に飛び込んだ時、娘の貞子はどんな思いを抱いたかー 「マスコミへの恨み、か」 すうせい グ「マスコミだけじゃねえ。最初はチャホャしておきながら、趨勢が変わるや嘲笑を浴びせ ン家族を破滅に追いやった一般大衆への恨み。山村貞子は、三歳から十歳まで父と母のそば リにくつついていたんだろ。なら、そういった世間の風潮を肌で感じ取ったはずだ 「だからって、何も、無差別な攻撃を仕掛けなくたって : ・ 浅川が弁解しかけたのは、もちろん自分がマスコミの一員であることを意識してのこと 想がひどくなゑその後、伊熊平八郎は自らも超能力を身につけようと、山にこもり、滝 に打たれたりするが、無理がたたって肺結核にかかり、箱根の療養所に入院することにな ちょう る。志津子の精神状態はますますひどくなった。八歳の貞子は、マスコミの目と世間の嘲 しよう 笑から逃れるために、志津子を説得して故郷の差木地に戻るが、ちょっと目を離したすき もろ に、母は三原山の火口に飛び込んでしまう。こうして、三人の生活は脆くも崩れ去ったの

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220 に置き、ふたりは岸へと戻ったが、その間中源次と志津子はロをきかなかった。なぜか、 全ての質問を閉ざす雰囲気があったからだ。真っ暗な海の中でなぜ石像の場所がわかった のか、源次には不思議だった。舟を降り、それから三日後に源次が志津子に聞いたところ によると、行者様の石像が海の底で呼んでいたと言う。鬼神を従えた石像の緑色の目が、 、志津子はそう言ったのだ。 暗い海の底でキラリと光った : ・ それから後、志津子は体の不調を訴えるようになった。これまで頭が痛んだこともなか ったのに、きりつとした痛みを伴って見たこともない情景が素早く脳裏に展開することが 多くなった。そして、そうやってかいま見た風景は、近い将来必ず現実のものとなる。源 次が詳しく聞いたところによると、未来の風景がさっと脳裏に差し挟まれる時にはきまっ かんきっ て柑橘系の香りが鼻を刺激するという。小田原に嫁に行った源次の姉の死ぬシーンを、そ の直前に予知したのも志津子だった。といっても、未来に起こる出来事を意識的に予知で きるわけではないらしい。何の前触れもなく、ある情景がキラッとした輝きをもって脳裏 にひらめくだけで、そのシーンでなくてはならない必然性が見当らない。だから、人から 頼まれて、その人の未来を言い当てることを志津子はしなかった。 翌年、志津子は源次が引き止めるのもきかず上京し、伊熊平八郎と知り合って彼の子を 孕む。そして、その年の暮れ、山村志津子は故郷に戻って女の子を産むことになる。その 子が貞子であった。 はら

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252 は覚悟したほうがいいでしようね、などと言いながら、その患者が会社に提出するはずの 診断書を書き終えたところで、もうどうにもがまんできなくなって外に出たのだが、外の 高原の空気を吸っても頭の痛みは一向に治まらなかった。それでもどうにか病棟の横の石 段を降り、庭前の日陰に逃げこもうとしたところ、ひとりの若い女性が木の幹によりかか って下界を見下ろしているのに気付いた。 , 彼女はここの患者ではなかった。私がここに来 るずっと以前から入院している伊熊平八郎という元 e 大学助教授の娘さんで、名前を山村 貞子といった。親子なのに名字が違っていたので、その名前をよく覚えている。ここ一ヶ 月ばかり、山村貞子は頻繁に南箱根療養所に見舞いに訪れていたのだが、あまり父のそば にいるでもなく、父の症状を医師から聞き出すでもなく、風光明媚な高原の景色を楽しみ にやって来ているとしか思えなかった。私は彼女の隣に腰をおろし、につこり笑いかけて、 おとうさんの様子はどうだね、と語りかけたが、彼女は父の症状に関しては別に知りたく もないといった素振りを見せるのだ。そのくせ、彼女は父の命がもうそろそろ尽きようと していることを確かに知っている。ロ振りから、それがわかった。どの医者の予想よりも 正確に、彼女は父の亡くなる日を予知していたのだ。 そうやって山村貞子の隣に座って、彼女の人生や家族のことなどを聞いているうちに、 あれほど激しかった頭痛がいつの間にか引いてしまったことに気付いた。その代わりに顔 を出したのは、熱を伴う妙な高揚感。どこからともなく活力が湧き、体中の血の温度を上 げていくような感覚。私は山村貞子の顔をそれとなく観察した。いつも感じることだが、

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源次の話はいっ終わるともしれなかった。ロぶりからして、その十年後に山村志津子が 三原山の火口に飛び込んだのは、恋人の伊熊平八郎のせいと決めつけているふしがあった。 こいがたき 恋仇への当然の思いだろうが、恨みが混ざるとやはり話は聞き辛くなる。たたひとっ収穫 だったのは、山村貞子の母である志津子にも予知能力があり、その力を与えたのは役小角 の石像かもしれないということであった。 ちょうどその時、ファクシミリは動き出した。プリントアウトされたのは拡大された山 ひしよう 村貞子の顔写真で、吉野が劇団飛翔で手に入れたものであった。 浅川は妙に感動的な気分になっていた。今初めて、山村貞子なる女性の容姿に触れたか らだ。ほんの一時ではあっても、自分はこの女と感覚を共にし、同じ視点から風景を眺め たのだ。暗いべッドの中、相手の顔も見ずに体を求め合い、同時にオーガズムを迎えた愛 よ、つぼう おそましく思えないの しい女の顔に薄日が差し、ようやくその容貌が明らかになる・ : が不思議なくらいだ。それもそのはず、ファクシミリで送られた写真は多少輪郭が・ほやけ ていたが、山村貞子の美しく整った顔立ちとその魅力を余すところなく伝えている。 グ「いい女じゃねえか」 ン 竜司が言った。浅川はふと高野舞を思い出した。純粋に顔だけを比較すれば、山村貞子 のほうが高野舞よりも数段美しいといえる。しかし、高野舞には匂う程の女の色香があっ 1 た。しかるに、山村貞子を表現するに「不気味とは。写真からではその「不気味さは 伝わらない。山村貞子の持っ常人にはない力が、回りの人々に影響を与えたに違いない。 づら