年 - みる会図書館


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1. リング

142 「 : : : そうだな」 「いいか、戦後四回、三原山は噴火している。一回目は一九五〇年から五一年にかけて。 二回目は五七年、三回目は七四年。そして、四回目は記憶に新しい 、一九八六年の秋。 なお、五七年の噴火では新火口が生じ、一人が死亡、五十三人が重軽傷を負っている」 「ビデオカメラの普及を考えれば、八六年のやつが一番怪しいが、ま、まだなんとも言え ねえな」 竜司はそこで思い出したように・ハッグを探り、一枚の紙切れを出してきた。 「そうそう、あの方言を標準語に直すとこうなるらしい・せ。先コウが、ご丁寧に標準語に 訳してくれた」 浅川は紙切れを見た。そこにはこう書かれている。 「その後、からだの具合はどうだい ? 水遊びばかりしていると、お化けがやってくるそ。 いいか、よそ者には気をつけろ。おまえは、来年子供を産むのだ。娘っこだから、おばあ ちゃんの言うことはよく聞いておけ。土地の者で構うことないじゃないか」 浅川はゆっくりと二回目を通して、顔を上げた。 「これ、どういうことだ ? 」 「知るか ! それを、おまえ、これから調べるんじゃねえか」 「あと四日間だそ ! 」 とが どこから手をつけていいかわからず、しかも調べることはあまりに多い。神経が尖って、

2. リング

174 そして、「他に手はないのかよお ! 」という声にならない叫び。 「拝見してよろしいですか ? 竜司はこともなげに言う。 「どうそ、どうそ、ご自由に : あき 哲明はなかば呆れながら、一体何を調べ出すつもりかという好奇心もあってしばらくふ たりの様子を観察していたが、さすがにうんざりしたらしく、 「私は仕事がありますので」と言い残してその場を立ち去った。 ふたりだけになると、浅川は竜司に聞いた。 「おい、どういうことなのか説明しろよ」 ファイルの並んだ棚を見上げているために、浅川の声はいくぶん太い。記念館に入って 以来、彼が口をきくのはこれが初めてであった。ファイルは年代順に並び、背表紙の年月 日は一九五六年から始まって八八年で終わっている。八八年 : : : 、三浦博士が亡くなった 年だ。死をもって三十二年間に及ぶコレクションは幕を閉じる。 「時間がない、調べながら話そう。オレは一九五六年から調べるから、おまえは六〇年か ら始めてくれ」 浅川は試しに一冊を抜きだし、ページをめくった。どのページにも最低一枚の写真と、 簡単な解説、それに住所、氏名の書かれた紙が付されている。 「調べるって、何を調べればいいんだ

3. リング

ろうな」 「それが、その通りなんです。山村貞子は一九四七年に伊豆大島の差木地で生まれ、母の 志津子 : : : 、あ、この名前もメモ頼みます。山村志津子、四七年当時一一十二歳。志津子は 生まれたばかりの貞子を祖母に預けて、東京に出奔 : : : 」 「なぜ、赤ん坊を島に残したまま ? 」 「男ですよ。この名前もメモしてください。伊熊平八郎、当時大学精神科助教授、山村 志津子の恋人 : : : 」 「ということは、山村貞子は志津子と伊熊平八郎との間に生まれた子供なのかい ? 」 「確証は取れていませんが、まずそう見て間違いないでしよう」 「ふたりは結婚してないんだな ? 「ええ、伊熊平八郎は妻子持ちですから」 、吉野は鉛筆の先を舌でなめた。 なるほど、不倫の恋ってやっか : 「わかった、続けてくれ グ「一九五〇年になるとすぐ、志津子は三年ぶりに故郷を訪れ、娘の貞子に再会し、しばら ン くここで暮らします。しかし、その年も終わろうとする頃、またもや出奔、その時は貞子 も一緒です。その後五年間ばかり、志津子と貞子の母子がどこでなにをしていたのか不明。 5 ところが、五〇年代半ば、この島に住む山村志津子の従兄弟は、風の便りに志津子が有名 うわさ になり、活躍してるという噂をキャッチします

4. リング

「調べるって、一体、その女の何を調べればいいんだ ? 」 ・ : 昭和四十年に入団 ? 冗談じゃねえ、今から二十五年も昔のことじゃねえか。 吉野は心の中で毒突いていた。 : 一年前の犯人の足取りを追うだけでもかなりやっかいだというのに、二十五年とは。 「なんでもいい、わかること全て。僕たちは、その女がどういう人生を送り、今現在、何 をして、何を望んでいるのか、そういうことを知りたいんです」 吉野は溜め息をつく他なかった。受話器を耳と肩で押さえながら、机の端のメモ用紙を 手前に引きつける。 「 : : : で、その女の当時の年齢は ? ひしよう 「十八歳、大島の高校を卒業すると同時に上京し、そのまま劇団飛翔に入団してます」 「大島 ? 吉野はペンを走らすのを止めて、顔をしかめた。「おまえさん、今、どこから グ電話かけてるんだい ? 「伊豆大島、差木地からです いっ帰る予定だ ? 」 「なるべく早くー 「知ってるのか、台風が接近してるってこと : : : 」 193

5. リング

カード 3 辻遥子昭和四十八年一月十二日生まれ カード 2 岩田秀一昭和四十六年五月一一十六日生まれ 英進予備校にて一浪中十九歳 住所品川区西中延一ー五ー二十三 九月五日午後十時五十四分品川駅前の交差点で転倒して死亡。死因は心筋梗 塞。 取材して得た情報が残らずメモできるようになっていた。 カード 1 大石智子昭和四十七年十月一一十一日生まれ 私立啓聖女子学園三年十七歳 住所横浜市中区本牧元町一ー七 九月五日午後十一時前後両親の留守中、自宅一階の台所にて死亡。死因は急 性心不全。 そく こう

6. リング

241 年までの五年間、南箱根療養所の医師を勤めた。インターンを終えたばかりのまだ若かり し頃のことである。当時南箱根療養所の医師を勤め、現在も存命中なのは、長崎の娘夫婦 のもとに隠居する田中洋三と長尾城太郎のふたりだけであった。院長をはじめそれ以外の 医師は皆、もうこの世にはない。従って、南箱根療養所に関しての情報を聞き出そうとす るなら、長尾医師をおいて他になかった。田中洋三はもうすぐ八十歳という高齢であり、 長崎という住所を考えればとても取材に出向く時間はなかった。 だれでもいいから生き証人を見つけるよう、浅川は必死になって吉野に頼み込み、吉野 どな は怒鳴り返したいところをがまんしながら、どうにか長尾医師の名前を調べ出したのだ。 彼が書き送ってきたのは名前と住所だけではなかった。長尾医師に関するおもしろい経歴 も付け加えてきたのだ。なぜ、吉野がこのことに興味を抱いたのか、おそらく、調査して いるうちにふと聞きかじり、意味もなく書き記しただけなのだろう。長尾は一九六二年か ら六七年までの五年間、療養所にて一日も休まず医師としての使命を全うしたわけではな い。二週間という短い期間ではあるが、診る側から診られる側に回って隔離病棟に収容さ グれたことがあった。一九六六年の夏、山間部の隔離施設を訪れた際、不注意にも患者から しゆとう てんねんとう ン 天然痘ウイルスをうっされてしまったのだ。幸い、数年前に種痘を受けていたので大事に とうしん は至らず、痘疹も少なく、二度目の発熱もなく、ごく軽い症状で終わった。しかし、感染 を防ぐため、隔離治療を受けざるを得なかった。おもしろいのは、それによって長尾の名 が医学的な資料に残ることになったことである。すなわち、日本で最後の天然痘患者。ギ

7. リング

196 「事件でも起こしたのかい ? 「わからないんです。ただ、その従兄弟は風の便りに志津子の噂を聞いたというだけで : 、ところが、僕が新聞社の名刺を差し出したところ、ブンヤさんならお宅たちのほうが 詳しいんじゃないかい、と、そう言うんです。どうも、ロぶりからして、志津子と貞子の にぎ 母娘は、一九五〇年から、五五年までの五年間にマスコミを賑わすような何かをしていた らしいのです。ところが、とにかく、ここは島なので本土の情報は入りにくく : : : 」 「それが、なんなのか、オレに調べろって言うんだな」 「察しがいいですね 気力ャロ、それくらいすぐにわからあ」 「まだあるんですよ。五六年、志津子は貞子を連れて故郷に戻るんですが、まるで別人の ふさ ようにやつれ、従兄弟が何を聞いても答えようともせず、塞ぎ込んで意味不明のことをぶ つぶつ唱えていたかと思うと、とうとう三原山の火口に身を投げて自殺してしまったので す。三十一歳でした , 「志津子がなぜ自殺したか、それもオレが調べるわけ ? 「お願いしますよ」 浅川は受話器を握ったまま、頭を下げていた。もし、このまま島に閉じ込められたりし こんなところにふたりでノコノコやってくるんじ たら、頼りになるのは吉野しかいない。 ゃなかったと、浅川は後悔した。差木地のような小さな集落であれば、竜司ひとりで充分

8. リング

182 「信じる信じないの問題じゃねえだろ」 大島の地図に目を落としたまま、竜司は答えた。 「とにかく、おまえはこの現実に直面してるんだ。いいかい、オレたちに見えるのは、連 続して変化する現象の一部だけだ」 ひざ 竜司は地図を膝の上に置いた。「ビッグバンのことは知ってるだろ。宇宙は二百億年前 すさ に凄まじい爆発を起こして誕生したと信じられている。誕生してから現在までの宇宙の姿 を、オレは数式で表すことができる。微分方程式さ : この宇宙のほとんど の現象は微分方程式で表現することが可能なんだ。これを使えば、一億年前、百億年前、 あるいは爆発後一秒、〇・一秒の宇宙の姿も明らかになる。しかし、だ、どんどん時間を さかのぼ 遡って、〇の瞬間、ようするに爆発したまさにその瞬間のことを表現しようとしても、 これがどうしてもわからねえ。それと、もうひとつ、我々の宇宙が最後にはどうなっちま うのか : : : 。宇宙は開いているのか、あるいは閉じているのカオ 、。よあ、始まりと終わりが わからねえまま、ただオレたちは途中経過だけを知ることができる。これってよお、人間 の人生に似てねえか」 竜司はそう言って浅川の腕をつついた。 「そうだな、アルバムを見れば自分の三歳だった頃の様子、生まれたばかりの赤ん坊だっ た頃の様子がある程度わかるもんな」 「だろ、生まれる前のこと、それから死んだ後のこと、こいつだけは人間にわからないん ゼロ

9. リング

178 浅川は興奮で体を震わせながら、竜司の反応を待った。 「 : : : 可能性がないこともない。一応、住所と名前を書き取っておけ」 それだけ言うと、竜司は自分の分のファイルに戻っていった。浅川はこんなに早く〃そ れらしきモノ〃を発見できたことに気をよくしたが、竜司の素っ気無い反応が不満でもあ っこ 0 二時間が過ぎた。あれ以後、伊豆大島出身の女性は一人も発見できない。差出人の住所 は東京、あるいは関東近辺が多い。哲明がお茶を持って現れ、皮肉とも取れる言葉を二、 三残して去っていった。ファイルをめくる手の速度は、ふたりとも徐々に落ちている。二 時間かけて、一年分の資料も洗うことができないのだ。 浅川はどうにか六〇年を調べ終わり、六一年に移ろうとして、チラッと竜司のほうを見 た。竜司はあぐらをかき、広げたファイルに顔を埋めたまま動かない。眠っちまったのか なこいっ・ 、と手を伸ばし掛けたところ、竜司は押し潰したようなうめき声を上げた。 「腹が減って死にそうだ。おまえ、弁当とウーロン茶買ってきてくれ。それと、『プチベ ンション・それいゅ』に今晩の予約を頼む」 「な、なんだ、それ 「さつぎのおっさんが経営しているべンションだよ」 「そりやわかってる、そんなところになぜおまえなんかと : : : 」 「いやか ? つぶ

10. リング

212 ほど美しいにもかかわらず、二十五年という時の流れに浸食され、残った印象は「不気 味」、あるいは「気持ちのワルイ女」。本来なら、「素晴らしく美しい女だった、と言うの が普通だろう。吉野は、明らかな特徴を押しやってまで顔を覗かせる「不気味ーさの正体 に、強く興味をそそられた。 十月十七日水曜日 吉野は、表参道と青山通りの交差点に立って、もう一度手帳を取り出した。 南青山六ー一、杉山荘。それが、二十五年前の山村貞子の住所であった。番地とアパ ト名とのアイハランスさに、吉野は絶望的な気分を味わっていた。通りを曲がって、根津 美術館のすぐ横のプロックが六ー一であるが、吉野が心配した通り、杉山荘なる安アパ トがあったはずの場所には、豪壮な赤レンガのマンションがそびえていた。 ・ : どだい無理な話さ。二十五年前の女の足取りなんて、わかるわけねえ。 あと残る手がかりは、山村貞子と同期で入団した四人の研究生。貞子と同期で入った七 人のうち、どうにか連絡先がわかったのは四人だけであった。彼らが貞子の消息に関して 何も知らなかったら、完全に糸は途切れてしまう。吉野は、そうなりそうな気がしてしか たがない。時計を見ると午前十一時を回っていた。吉野は近くの文房具店に飛び込み、こ のぞ