志津子 - みる会図書館


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1. リング

224 当日、百人近い報道人と学者の見守る中、志津子はいやいやながら実験台に登った。息 子を死なせて以来、精神的に参っていたこともあり、とてもベストコンディションとはい えない状態であった。実験はごく簡単な方法で行われようとしていた。鉛の容器に入れら れた二つのサイコロの目を言い当てさえすればいいのだ。普段の力を発揮すれば、全く 題はないはずであった。しかし、志津子は、彼女を取り囲む百人がすべて、自分の失敗を 待ち望んでいることを「知って」しまう。志津子は体を震わせ、床に身をこごめ、「こん なこと、もういや ! ーと悲痛な叫びを上げた。志津子の釈明はこうであった。人間はだれ でも少なからず「念」の力を持っている。私はただその力が人よりも勝っているだけ。百 人もの人が失敗を念じている中にあっては、私の力なんて妨害され働かなくなってしまう。 その後を引き継いだのは伊熊平八郎であった。「いや、百人ではない。今や、日本の国民 全てが、私の研究の成果を踏みにじろうとしている。マスコミにあおられ、世論が一方向 に流れ始めると、マスコミは多くの国民が望むこと以外口にしなくなる。恥を知れ ! 」結 局、透視能力の公開実験は、伊熊平八郎のマスコミ批判によって幕を閉じた。 マスコミ関係者は、伊熊平八郎の怒号を、実験が失敗した原因を敵であるマスコミにな : やはりイ すりつけるための言い掛かりと受け止め、翌日の紙面で一斉に書き立てた。 ンチキ、 ・ : 化けの皮はがれる、 : ペテン師 e 大助教授、 : : : 五年に及ぶ議論に終止符、 ・ : 現代科学の勝利。志津子と伊熊平八郎を擁護する記事はひとっとしてなかったのだ。 その年の暮れ、伊熊平八郎は妻と離婚し、大を辞職した。この頃から志津子の被害妄

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ろうな」 「それが、その通りなんです。山村貞子は一九四七年に伊豆大島の差木地で生まれ、母の 志津子 : : : 、あ、この名前もメモ頼みます。山村志津子、四七年当時一一十二歳。志津子は 生まれたばかりの貞子を祖母に預けて、東京に出奔 : : : 」 「なぜ、赤ん坊を島に残したまま ? 」 「男ですよ。この名前もメモしてください。伊熊平八郎、当時大学精神科助教授、山村 志津子の恋人 : : : 」 「ということは、山村貞子は志津子と伊熊平八郎との間に生まれた子供なのかい ? 」 「確証は取れていませんが、まずそう見て間違いないでしよう」 「ふたりは結婚してないんだな ? 「ええ、伊熊平八郎は妻子持ちですから」 、吉野は鉛筆の先を舌でなめた。 なるほど、不倫の恋ってやっか : 「わかった、続けてくれ グ「一九五〇年になるとすぐ、志津子は三年ぶりに故郷を訪れ、娘の貞子に再会し、しばら ン くここで暮らします。しかし、その年も終わろうとする頃、またもや出奔、その時は貞子 も一緒です。その後五年間ばかり、志津子と貞子の母子がどこでなにをしていたのか不明。 5 ところが、五〇年代半ば、この島に住む山村志津子の従兄弟は、風の便りに志津子が有名 うわさ になり、活躍してるという噂をキャッチします

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218 たという。ところが、小角の示した予知能力は文武の世を治める権力者たちを恐れさせ、 彼は社会を惑わす罪人としてここ伊豆大島に流されてしまった。今から千三百年近くも前 どうくっ の話である。小角は海際の洞窟にこもってますます修行を積み、島人たちに農業や漁業を 教えその人徳を敬われたが、その後許され、本土に戻り修験道を開くことになる。彼が大 島に居た期間は三年ほどとされているが、その間に鉄の下駄をはいて富士山にまで飛んだ という伝説も残っている。島人の彼を慕う気持ちは強く、行者窟は島内一の霊場となり、 行者祭と呼ばれる祭りは毎年六月十五日に行われていた。 ところが太平洋戦争の終戦直後、神仏に対する政策の一環として、占領軍は、行者窟に 祭られた役小角の石像を海中に投棄してしまう。この瞬間を志津子は見逃さなかったらし い。小角への信仰の厚い志津子はミミズ鼻の岩陰に隠れ、米海軍の巡視艇から投げ込まれ たた た石像の位置をしつかりと頭の中に叩き込んだのだった。 釣り上げるのが行者様の石像と聞いて、源次は耳を疑った。漁師としての腕は確かだっ たが、石像を釣り上げた経験はこれまでに一度もない。しかし、密かに思いを寄せる志津 子の頼みをむげに断れるはずもなく、ここはぜがひでも彼女に恩を売ろうとばかり、夜の 海に舟を出した。なによりも、こんなきれいな月夜にふたりだけで海に出られるのはとて も素晴らしいことと思われた。 行者浜とミミズ鼻のふたところに火をたいて目印とし、沖へ沖へとこぎ出した。ふたり ともこのあたりの海は熟知していた。海底がどうなっていて、深さがどのくらいなのか :

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いた。しかし、インチキに決まっているという批判は依然根強く、より権威のある学者集 団が一言「疑わしい」とコメントをしただけで、大勢は志津子と伊熊平八郎に不利な方向 に流れ始めた。 志津子が発揮した超能力とは、主に念写、透視、予知のいわゆるであって、実際 に物に触れずに動かしたりする念動を発揮することはなかった。ある雑誌によれば、彼女 は、厳重に封印されたフィルムを額に当てるだけで、指定されたとおりの図柄を念写する ことができたし、同じく厳重に封印された封筒の中身を百発百中で言い当てることもでき た。しかし、別の雑誌は、志津子はペテン師に過ぎず、多少修行を積んだマジシャンなら は、いともたやすく同じことができると主張した。こうして、世間の風潮は次第に志津子 と伊熊平八郎に冷たくなっていった。 そんな折り、志津子は不幸に見舞われゑ一九五四年、志津子はふたり目の赤ん坊を産 むのだが、生後四ヶ月で病死させてしまう。赤ん坊は男の子であった。この時七歳であっ た貞子は、生まれたばかりの自分の弟に特別の愛情を注いだらしい グ翌五五年、伊熊平八郎は、公衆の面前で志津子の能力をお見せしようとマスコミを挑発 ンする。志津子は初め、これを嫌がった。衆人環視の中では思うように意識を集中できない から、失敗する恐れがあると。しかし、彼は譲らなかった。マスコミからペテン師呼ばわ りされることにはもう我慢ならず、明白な証拠を差し出す以外に世間の鼻をあかす方法は ないと判断したからだ。

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220 に置き、ふたりは岸へと戻ったが、その間中源次と志津子はロをきかなかった。なぜか、 全ての質問を閉ざす雰囲気があったからだ。真っ暗な海の中でなぜ石像の場所がわかった のか、源次には不思議だった。舟を降り、それから三日後に源次が志津子に聞いたところ によると、行者様の石像が海の底で呼んでいたと言う。鬼神を従えた石像の緑色の目が、 、志津子はそう言ったのだ。 暗い海の底でキラリと光った : ・ それから後、志津子は体の不調を訴えるようになった。これまで頭が痛んだこともなか ったのに、きりつとした痛みを伴って見たこともない情景が素早く脳裏に展開することが 多くなった。そして、そうやってかいま見た風景は、近い将来必ず現実のものとなる。源 次が詳しく聞いたところによると、未来の風景がさっと脳裏に差し挟まれる時にはきまっ かんきっ て柑橘系の香りが鼻を刺激するという。小田原に嫁に行った源次の姉の死ぬシーンを、そ の直前に予知したのも志津子だった。といっても、未来に起こる出来事を意識的に予知で きるわけではないらしい。何の前触れもなく、ある情景がキラッとした輝きをもって脳裏 にひらめくだけで、そのシーンでなくてはならない必然性が見当らない。だから、人から 頼まれて、その人の未来を言い当てることを志津子はしなかった。 翌年、志津子は源次が引き止めるのもきかず上京し、伊熊平八郎と知り合って彼の子を 孕む。そして、その年の暮れ、山村志津子は故郷に戻って女の子を産むことになる。その 子が貞子であった。 はら

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222 二枚目のファックスには、山村貞子の母、志津子に関する情報がまとめられていた。そ れはちょうど、今さっき聞いたばかりの源次の話の続きにあたる。 一九四七年、故郷の差木地を後に上京した山村志津子は、突然の頭痛に倒れて病院に運 び込まれ、そこの医者の紹介で大学精神科助教授の伊熊平八郎と知り合う。伊熊平八郎 は催眠現象の科学的解明に取り組んでいたが、志津子に驚くべき透視能力があることを発 見して大きな興味を抱く。それは彼の研究テーマそのものを変えてしまうほどの出来事で あった。以後、伊熊平八郎は志津子を被験者として、超能力に関する研究に没頭する。し かし、ふたりは単に研究者と被験者という関係を越え、妻子持ちにもかかわらず伊熊は志 津子に恋心を抱くようになゑその年の終わり、伊熊の子を身ごもった志津子は、世間の 目を逃れるように故郷の伊豆大島差木地に戻り、そこで山村貞子を産む。志津子は娘を差 木地に残してすぐに上京するが、三年後、貞子を連れ戻すために再び差木地を訪れゑそ れ以後三原山の火口に身を投げて自殺するまで、志津子は娘をそばに置いて片時も離さな かったらしい さて、一九五〇年代に入ると、伊熊平八郎と山村志津子のコンビは大きく週刊誌や新聞 にぎ の紙上を賑わすことになる。超能力の科学的根拠がにわかにクローズアップされたからだ。 げんわく 世間は、 e 大学助教授という伊熊平八郎の地位に眩惑されたのか、最初はこぞって志津子 の超能力を信じる側に回った。マスコミもどちらかといえば、まあ好意的な書き方をして

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219 そして、ここに泳ぐ魚の群れ。しかし、今は夜、月がいくら明るいとはいえ、海に潜 れば光はまったく届かない。源次には、志津子がどうやって石像を見つけるつもりなのか わからなかった。櫓を動かしながら、源次はそのことを聞いたが、志津子は答えす、浜辺 たきび で燃える焚火を見ながら自分のいる位置を確認しただけだった。沖から眺め、岸で燃える 二つの炎の距離を目測して、今の位置をおおまかに知ったのかもしれない。志津子は、数 と叫び声を上げた。 百メートルばかり漕ぎ出したところで、「止めてちょうだい ! のぞ そして、艫に寄って海水に顔を近づけ、暗い海の中を覗くと、「後ろを向いて下と源 次に命令した。源次は、これから志津子が何をしようとしているのかわかり、胸が高鳴っ た。志津子は立ち上がるとカスリの着物を脱いでいった。肌をすべる衣の音に、想像力は よりかきたてられ、源次は息苦しさを覚える。海に飛び込む音が背後で起こり、波しぶき が肩先にかかると、そっと振り向いてみる。志津子は手ぬぐいで長い黒髪を束ね、細い綱 の先を口にくわえて海から顔を出して立ち泳ぎをしている。そうして、胸から上を水の上 に出して大きくふたっ息を吸い、海の底へと潜っていった。 グ何回海面から顔を出して息つぎをしただろう : : : 、最後に顔を上げたとき彼女のロには 綱の先がなかった。行者様にしつかりゆわえてきたから、さあ、引き上げてと、志津子は 震える声で言う。 へさき 舟の舳先に体を移し、源次は綱を引いた。志津子はいつのまにか舟に上がり、着物をは おって源次の横に並び、彼が石像を引き上げるのを手伝った。引き上げた石像を舟の中央 とも

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216 うれ 早津の言った通り、源次は嬉しそうに話した。山村志津子のことを喋るのが楽しくてし かたがないのだ。源次は志津子よりも三つ年上で現在六十八歳。志津子は幼馴染みでもあ り初恋の人でもあった。人に話すことによって、記憶はよりはっきりするのだろうか、そ れとも聞き手がいるという状態が刺激となって、思い出は容易に引き出されてしまうのだ ろうか。源次にとって、志津子のことを語るのは、自分の青春時代を語ると同じことであ っこ 0 とりとめもなく、時々目に涙を浮かべながら話す志津子とのエピソードから、浅川と竜 司は彼女の一面を知ることができた。しかし、あまり信用すべきでないことは承知してい る。思い出は常に美化されるし、なにしろ、もう四十年以上も昔の話だ。他の女とごっち やになっている可能性もなくはない。い や、そんなことは有り得ないか、初恋の女性とは 男にとって特別なもの、他の女と間違えることはないかもしれない。 源次は語り口がうまいとはいえず、まわりくどい表現が多かったので、浅川はさすがに うんざりしてきた。ところが、「シズちゃんが、変わっちまったのは、あのせいなんだよ なあ、行者様の石像を、海ん中から拾い上げたのがよお : 、満月の夜だったよなあ」と がぜん そんなことを言い始めたことにより、浅川と竜司の興味は俄然引きつけられた。 , 彼の話に よると、山村貞子の母である志津子に不思議な力が宿るようになったことと、満月の海と は深く係わっていた。そして、そのことが起こった晩、源次はすぐ彼女の傍らで舟を漕い しゃべ

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196 「事件でも起こしたのかい ? 「わからないんです。ただ、その従兄弟は風の便りに志津子の噂を聞いたというだけで : 、ところが、僕が新聞社の名刺を差し出したところ、ブンヤさんならお宅たちのほうが 詳しいんじゃないかい、と、そう言うんです。どうも、ロぶりからして、志津子と貞子の にぎ 母娘は、一九五〇年から、五五年までの五年間にマスコミを賑わすような何かをしていた らしいのです。ところが、とにかく、ここは島なので本土の情報は入りにくく : : : 」 「それが、なんなのか、オレに調べろって言うんだな」 「察しがいいですね 気力ャロ、それくらいすぐにわからあ」 「まだあるんですよ。五六年、志津子は貞子を連れて故郷に戻るんですが、まるで別人の ふさ ようにやつれ、従兄弟が何を聞いても答えようともせず、塞ぎ込んで意味不明のことをぶ つぶつ唱えていたかと思うと、とうとう三原山の火口に身を投げて自殺してしまったので す。三十一歳でした , 「志津子がなぜ自殺したか、それもオレが調べるわけ ? 「お願いしますよ」 浅川は受話器を握ったまま、頭を下げていた。もし、このまま島に閉じ込められたりし こんなところにふたりでノコノコやってくるんじ たら、頼りになるのは吉野しかいない。 ゃなかったと、浅川は後悔した。差木地のような小さな集落であれば、竜司ひとりで充分

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217 でいたらしい。それは、昭和二十一年の、夏も終わろうとするある夜のことで、志津子二 十一歳、源次は二十四歳であった。 残暑は厳しく、夜になってもいっこうに涼しくはならなかったと、源次は四十四年前の 出来事をまるで昨夕のことのように言う。 そんな暑い夜、源次は縁側に座ってうちわでパタバタとあおぎながら、波の静かな月明 かりの中、凪いだ海が夜空を映すのを見ていたが、静けさを打ち破るように志津子が家の 前の坂道を駆け上ってきて目の前に立ち、「源ちゃ、釣りに行くから、舟を出して ! ーと わけも言わずに袖を引っ張った。理由を聞いても、「こんな月夜はまたとない」と言うだ けで、源次は・ほーっとして大島一きれいなアンコをうっとり眺めるばかり。「・ハカ面しな いで、さ、早く : : : 」と、志津子は源次の襟首を引っ張ると無理やり立たせた。いつも志 津子の言いなりになって引っ張り回されていた源次は、「釣るって、一体なにを ? と聞 き返したが、志津子は沖を見つめながら「行者様の石像さーとそっけなく言う。 「行者様の・・ グその日の昼頃、占領軍の兵士が行者様の石像を海に放りこんでしまったと、志津子は眉 をきっとつり上げて、毎しそうに言った。 くっ 東の海岸の中程にある行者浜には行者窟と呼ばれる小さな洞穴があり、そこには紀元六 えんのおづぬ 九九年ここに流された役小角という行者を模した石像が安置されていた。小角は生まれな じゅじゅっ がらにして博識で、修行の果てに呪術仙術を体得し、鬼神をも自在にあやつることができ そで まゆ