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検索対象: 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡
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1. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

病人の兄弟で、袿を着ている細い若者たちなどが、後ろ か。さつばりした気分におなりでしようか」と言って、に うちわ っこりしているのも、すばらしくて気がおけるほどである。 に座って、団扇であおぐ者もいる。みな尊がって、集って ) 一んぎよう いるのも、女の童がいつもの本心でこんなありさまがわか 「もうしばらくお付き申しあげているはずですが、勤行の とうわく ったとしたら、どんなに当惑す・ることだろう、女の童自身刻限にもなってしまいそうでございますので」と、退出の あいさっ としては苦しくはないことなどとは知りながら、たいへん御挨拶をして出るのを、「もう少しお待ちを。ホウチハウ つらがってため息をついている様子が気の毒なのを、その タウを差しあげましよ、つ」などと一 = ロって引きとめるのを、 きちょう じ・よう・ろう やしき 女の童の知合の人などは、、、 しじらしいと感じて几帳のもと ひどく急ぐので、その邸のどうやら上﨟女房らしい人が、 すだれ に近く座って、童女の衣の乱れを直してやったりなどする。簾のもとにいざり出て、「たいへんうれしくもお立ち寄り こうしているうちに、病人はまあ気分が幾分いいという くださっていましたおかげで、ひどく堪えがたく存じてお やくとう きたおもて ことで、御薬湯などの準備を北面のほうに取りつぐ間を、 りましたのに、ただいまは治りましたようでございますの ばん 若い女房たちは気がかりで、御薬湯の盤も引きさげたまま で、かえすがえす御礼を申しあげます。明日も御仕事のな で、病人の近くに来て座ることよ。その女房たちは単衣な い時間のあいまにはお立ち寄りくださいませ」などと繰り も しゅうねんぶか どが見る目にきれいで、薄色の裳などもくたくたになって返し言って、僧は「とても執念深い御物の怪でございます ゆだん はいず、とてもきれいな感じだ。 ようですので、油断なさいますと、決してよいはずがござ さる ) 一と しよう・一う いましようか。少し小康を得ていらっしやるというふうに 段申の時に、ひどくわび言を言わせなどして物の怪を放免 うち ずく 引して、女の童は「几帳の内にいると思っていたのに。意外伺いますのを、お喜び申しあげております」と、言葉少な にも出てしまっていたのですね。どんなことが起ってしま に言って出るのは、たいへん尊いので、仏が僧の姿を借り 第 っているのでしよう」と、とても恥ずかしがって、髪を顔て出現なさっているとまで感じられる。 に振りかけて隠して、奥にそっと入ってしまうので、僧は 見る目にきれいな童の、髪の長いの、また大柄であって、 それをしばらく引きとめて、加持を少しして、「どうですイナヲイテ、思いがけなく長い髪が端麗なの、また白毛の うちき きぬ ものけ ひとえ

2. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

枕草子 256 しひ . しば これをだにかたみと思ふに都には葉がへやしつる椎柴もおいであそばす御前でお話し申しあげなさるのを、中宮 そで 様はいっこう何気ないふうで御覧あそばして、「藤大納言 の袖 たね の書体ではなくて、坊さんのであるようだ」と仰せあそば ( せめてこの喪服をなりと、故院の思い出の種と思って山里 では脱ぎ替えかねているのに、都ではもう脱ぎ替えてしまっすので、「それでは、これはだれのしわざなのかしら。物 かんだちめそうごう 好きな上達部や僧綱などは、だれがいるか。あの人かしら、 たのでしようか ) この人かしら」などと、不審がり知りたがりなさるのに、 と書いてある。「あきれるばかり、いまいましいことだっ そうじよう にんなじ たな。だれのしわざなのだろうか、仁和寺の僧正、それだ主上は、「この辺に見えたものに、たいへんよく似ている ようだ」と、にこにこあそばして、もう一通御厨子の中に ろうか」と思うけれど、「僧正は、まさかこんなことはお とう あるのを、お取り出しあそばしたので、藤三位は、「いや、 っしやるまい。やはり、 いったいだれだろう。藤大納言が、 かた べっとう まあ情けないこと。このわけをおっしやってくださいませ。 前のあの院の別当でいらっしやったから、その方がなさっ しゅじよう ていらっしやることのようだ。このことを主上や中宮様な頭がいたいことですよ。何とかして伺いましよう」と、い うら ちずにお責め申しあげて、お怨み申しあげてお笑いなさる どに、早くお聞かせ申しあげたい」と思うのに、たいへん ので、主上は段々ほんとうのことを表して仰せられて、 やきもき落ち着かない気持がするけれど、やはり重くつつ おにわらわ ものいみ おんようじ 「お使いに行った鬼童は、タテマ所の刀自という者の供の しまなければならないように陰陽師が言った物忌を果して こひょうえ がまん しまおうと我慢してその日を暮して、その次の翌朝、藤大者であったのだったが、小兵衛が話し込んで手なずけて行 かせたのだったろうか」などと仰せになるので、中宮様も、 納言の御もとに、この歌の御返歌をして使いの者に置かせ とうさんみ て来たところ、すぐにまた藤大納言から返歌をして藤三位お笑いあそばすのを、藤三位は引っぱっておゆすぶり申し あげて、「どうしてこんなにおだましあそばすのです。や の所に置かせなさっていらっしやったのだった。 それを二つとも手に持って、藤三位は急いで中宮様の御はり信じ込んで、手を洗い清めて、伏し拝みましたことで 前に参上して、「こうしたことがございました」と、主上すよ」。その笑っていまいましがって座っていらっしやる

3. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

枕草子 2 いのです」とおっしやる。ひどく現代風で、わたしの身分 何かお話しあそばされたついでに、中宮様が、「わたし 年齢には似合わぬことで、いたたまれない感じである。中を思うかーとおたずねあそばす。御返事として、「どうし そうがな そうし 宮様は、だれかが草仮名などを書いた草子を取り出して御てお思い申しあげないことが : : : 」と申しあげると同時に、 だいばんどころほう 覧あそばす。大納言様は、「だれの手だろう。あれにお見台盤所の方で、だれかが音高く、くしやみをしたので、中 せあそばしてください。少納言こそ今の世にいる人の手は 宮様は、「ああ、いやなこと。うそをついたのね。まあい だれのでも見知っておりましよう」と、いろいろ妙なこと い」とおっしやって、奥へお入りになってしまった。「ど なみたいてい を、ただ何とかわたしに応答させようとしておっしやる。 うしてうそであろうか。並大抵にさえお思い申しあげてよ ひとかた お一方でさえ恥ずかしくて困るのに、また先払いの声を いことであろうか、ありはしないのだ。くしやみこそうそ のうしすがた っ かけさせて、同じような直衣姿の人が参上あそばして、こ をついたのだった」と感じられる。「それにしても、 のお方は大納一 = ロ様よりもう少し陽気にばっとしていて、冗 たいだれがこんなにぐらしいことをしているのであろう」 談などとばし、ほめ、笑っておもしろがり、女房たち自身と、「だいたい気にくわない」と感じられるので、自分が てん がまん も「だれそれの、ああしたこと、こうしたこと」など、殿 くしやみの出そうな折も、我慢して押しつぶして引っ込ま じようびと 上人の身の上などのうわさを申しあげるのを聞くと、やは せているのを、こんな大事な折に、ましてにくらしいと思 へんげ り、ひどく、変化のものか、天人などが地上に降りて来て うけれど、まだ宮仕えはじめで物馴れないから、どうこう みやづか いるのかしらなどと感じられたのだったが、宮仕えに馴れも弁解申しあげることができないで、夜が明けてしまった ひかず つばね うすよう て、日数が過ぎると、たいしてそうでもないことだったの ので、局へ下がるとすぐに、薄緑色の薄様の紙で、優美な だ。わたしがこうして今驚嘆して見る女房たちも、はじめ うつくしい手紙を、使いが持って来ている。見ると、 そら て自分の家から出たであろうころは、そんなふうに感じら 「いかにしていかに知らましいつはりを空にただすの れたことであろう。あれこれ宮仕えしつづけてゆくと、自 神なかりせば 一と 然馴れて平気になってしまうにちがいない。 ( どういう方法によってそなたのそら言をどう知ったろうか、

4. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

わたしの乗っているのは、見た目がきれいに作ってあっ 定の所に漕ぎつける間に、舟に波がうちかけているありさ もこうすきかげ つまど まであるのは、あれほどにも余波さえもなかった海とも見て、帽額の透影や、妻戸をあけ、格子を上げなどして、さ まざまの造作が設けてあってもほかの舟と同じほど重そう えないのだ。 子 でもないので、まるで家の小さいのといったふうだ。 思うに、舟に乗って漕ぎまわる人ほど、不気味で恐ろし 草 舟の中にいて、ほかの舟を見やるのこそ、ひどく恐ろし いものはないのだ。いいかげんな深さであってさえも、何 枕 遠いのは、ほんとうに笹の葉で小舟を作ってうち散ら とも頼りない様子の物に乗って、漕いで行っていいもので してある様子に、とてもよく似ている。舟泊りしている所 はないのだよ。まして底の果てもわからす、千尋などあろ で、舟ごとに火をともしているのは、おもしろく見える。 うというのに、舟に物をとてもたくさん積み入れてあるの ふなにんそくげすおとこ みず ! わ はし舟と名づけてたいへん小さい舟に乗って漕ぎまわる、 で、水際は一尺ぐらいさえもないのに、船人足の下衆男た その早朝の様子など、とてもしみじみと心にしみた感じが ちが、少しも恐ろしいとも思っていないふうで走りまわり、 しらなみ ちょっとでも手荒く扱えば沈みもしようかと思うのに、大する。「あとの白波」は、歌にあるようにほんとうにたち きな松の木などの、長さ二、三尺ぐらいで丸いのを、五つまち次々と消えてゆくものなのだ。相当の身分の人は、舟 に乗って動きまわることはすべきではないことと、やはり 六つ、ばんばんと舟の中に投げ入れなどするのこそたいへ やかた 、。けれど、 んなものだ。貴いお方は屋形というもののほうを御座所と感じられる。陸地の徒歩もまたとても恐ろしし しておいでになる。けれど、奥にいる者は、少し安、いだ。 それは、何が何でも、地面にちゃんと足が着いているのだ 舟の端に立っている者たちこそ、目がくらむような気がすから、とても頼りになると思うので。 はやお 海女が海にもぐっているのは、気のふさぐしわざだ。腰 る。早緒をつけて、のんびりとすげたその早緒の弱そうな についている物が切れた時は、どうしようというのだろう。 ことったら。もし切れてしまったら、何の役に立っという のだろうか。とたんに海に落ち込んでしまうだろう。それせめて男がそれをするのなら、それもよいだろうが、女は、 並一通りの気持ではないであろう。男は舟に乗って、歌な でさえ、たいして太くなどもないのだ。 ちひろ ささ

5. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

思って聞いたのに。だれがしたことなのか。見たのか」とすけれど、『われより先に』起きていた人がいたと思って 引仰せになる。「そういうわけでもございません。まだ暗く おりましたようでございました」とわたしが言うのを、関 て、よくも見ないでしまったのでございますが、白っぱい 白様はとても早くお聞きつけあそばして、「そうだろうと 子 ものがございましたので、花を折るのかしらなどと、気が 思っていたことだよ。決してほかの人は、何をおいても出 草 さいし、よう かりだったので申したのでございます」とわたしは申しあ て見つけたりはしまい。宰相とそなたとぐらいの人が見つ 枕 げる。「それにしても、こんなにすっかりはどうして取ろ けるかもしれないと推察していた」とおっしやって、ひど うか。殿がお隠させになっていらっしやるのであるよう くお笑いあそばす。「事実そうでありそうなことなのを、 はるかぜ だ」とおっしやってお笑いあそばされるので、「さあまさ少納言は春風に罪を負わせたことよ」と、中宮様がお笑い はるかぜ かそんなことではございませんでしよう。春風がいたしま あそばしていらっしやるのは、すばらしい。関白様が「少 したことでございましよう」と啓上するのを、「それを言納言はどうやら恨み言を負わせたのでございますようです。 やまだ おうと思って、隠したのだったのね。あれは盗みではなく でも、今の季節では山田も作るでしように」と歌をお吟じ て、雨がひどく降りに降って古びてしまったのだというわあそばしていらっしやるのも、とても優雅でおもしろい けでーと仰せになるのも、珍しいことではないけれど、た 「それにしても、しやくなことに、見つけられてしまった いへんすばらしい のだったよ。あれほど気をつけるように言っておいたのに。 関白様がおいでになるので、寝乱れたままの朝の顔をお人の所にこうしたばか者がいるのこそ困ったものだ」と仰 見せするのも、時はずれのものと御覧あそばすだろうかと せあそばす。「春風とは、そらでとてもおもしろく言った 思って、自然引っ込んでしまう。おいであそばすやいなや、ものだな」などと、その歌をまたお吟じあそばす。中宮様 「あの花はなくなってしまったね。どうしてこうまでみす は「ただの言葉としては、持ってまわってわずらわしい思 みす盗ませたのだ。寝垪すけだった女房たちだね。知らな いっきでございましたよ。それにしても、今朝の桜の様子 いでいたのだったよ」とわざとお驚きあそばすので、「で はどんなにひどくございましたでしようね」とおっしやっ

6. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

って来ていよう場合は、非常におもしろいと感じられて、 思って過すであろうような男が、こうした雨のひどく降る とてもそこでは逢えそうもないような無理な場所であって っこうに、また、真実志が 折などに限って来ようのは、い も、人目をはばからなければならないわけがあっても、必 あるものとは、とてもすることはできまいと、わたしは思 うのだ。だが、人それぞれの理解の仕方なのだからだろうず、ちょっと話をして帰し、また、残りとまってもよさそ うな男は、引き止めなどもきっとするに違いない か。物事を見知り、またわきまえ知っている女で、情趣も 月の明るいのぐらい、遠く物が自然思いやられて、過ぎ 解するとみえる、そういう女とねんごろになって、ほかに かよ たくさんの通い所もあり、また元来の本妻などもあるので、去ったこと、それの情けなかったことも、うれしかったこ かよ とも、晴れやかに快いと感じられたことも、たった今のよ 頻繁にも通って来られないのに、やはりそんなだった、ひ うに感じられる折が、ほかにあろうか。こま野の物語は、 どかった雨の折に、やって来ていたことなどについても、 どれほどおもしろいこともなく、ことばも古めかしく、見 人が語り継ぎ、人にわが身をはめられようと思う男のする どころ ことなのであろうか。それだって、なるほど、志がなかろ所が多くないけれど、月に昔を思い出して、虫の食ってい かわばりおうぎ る蝙蝠扇を取り出して、「もとこしこまに」と男が歌を口 う場合には、なんで、そんなに作り事をしてまで、逢おう にして立っている女の家の門の光景が、しみじみと心にし 、。けれど、雨が降る時は、わ とも田むお , つか、田 5 いはし ( みるのである。 たしは、ただ気がむしやくしやして、今朝まで晴れ晴れと ′一てん 雨は、早くやめばよいとじれったいものとしてわきまえ していたのだった空とも感じられず、御殿の中の立派な細 段どの 殿のすばらしい所とも感じられない。まして、全くそんな知っているせいであろうか、しばらくの間降るのもひどく にくらしい。宮中での高貴な儀式、晴れ晴れと明るくたの ふうでない、つまらぬ家などにおいては、「早く降りゃん 第 でしまえ」と感じられる。それにひきかえ、月の明るい夜しいはすの、あるいは尊くすばらしいはずの催し事も、雨 ひとっき が降りさえすると、一一一口うかいもなく残念なのに、どうであ に来ていよう男は、十日、二十日、一月、あるいは一年で も、まして七、八年たってからでも、思い出して逢いにやるからとて濡れてそれに愚痴をこばしながらやって来てい っ ほそ み

7. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

枕草子 330 かたの ひさしま ようのが、すばらしかろうそ。いかにも、交野の少将を非 に、ただ「あらずとも」と書いてあるのを、廂の間に差し 難した落窪の少将などは、雨夜に女を訪うて、足を洗って入れてあるのを、月の光に当てて見たのこそおもしろかっ いるのは、不愉快だ。汚いことだった。交野は馬のムクル た。雨が降るような折には、そんなふうにはできようか ニもおもしろい。しかしそれも、昨夜、一昨夜、つづけて 二七二常に文おこする人 通って来ていたのだからこそおもしろいのだった。そうで きぬぎぬ なん ちぎ なくては、雨の夜が何だっておもしろかろう。 いつも後朝の手紙をよこす人が、「何であなたと契りを あれもよう 風などが吹いて、荒模様の夜に、男が通って来ているの かわしたのだろう。今はもう言ってもどうしようもない おとさた は、頼りになる感じで、きっとおもしろくもあろう。 今はもう」などと言って帰って、翌日音沙汰もないので、 のうし めしつかい 雪の夜こそすばらしい。直衣などは言うまでもなく、狩とは言いながら、夜がすっかり明けてみると、召使の差し ぎめ、、、くろうど 衣やウへノ蔵人の青色の袍が、とても冷たく濡れていよう出す手紙の見えないことこそ物足りない感じがすることだ、 けじめ のは、たいへんおもしろ、こ違、よ、 しし、しオし。たとい六位の着る と思って、「それにしてもまあ、きつばりと区別のついた ろうそう 緑衫の袍であっても、雪にさえ濡れてしまうなら、不愉快あの人の心だったことよ」などと言って、日をおくってし なものではあるまい。昔の蔵人などが、女のもとなどに青まった。 ひなか 色の袍を着て、雨に濡れて来て、それをしばりなどしたと その翌日、雨がひどく降る日中まで音沙汰もないので、 かという話だ。今は昼でさえ着ないようである。ただ緑衫 「あの人はすっかり思いきってしまったのだった」などと えふ はしぢか かさ わらわ をばかりこそ引っかぶっているようだ。 , 衛府の役人などの 言って、端近の所に座っていたタ暮に、傘をさしている童 着ているのは、ましてとてもおもしろかったものだのに。 が手紙を持って来ているのを、いつもよりも急いであけて 雨の夜にやって来るのを、こうわたしが非難するのを聞見ると、「水増す雨の」と書いてあるよ。たいへんたくさ いたからとて、雨の夜に歩かない男があろうはすはなかろ ん何首も何首も詠んだ歌よりは、おもしろい くれないぞめ う。だが、月のとても明るい夜、紅染の紙の非常に赤いの かよ おちくば と

8. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

れて、「すばらしいこと。全くうまく今日のことのために いと、いたたまれない思いで、気がとがめて、ほめことば こそ作ってある詩ですね」と仰せあそばすので、「それを もきっと口に出しにく , つ。こざいましょ , つものを」と一一 = ロ , っと、 申しあげるために、見物も途中でやめて参上いたしました中将は笑って「どうして。そういう人こそ、よそ目に見て 子 れんじゅう のでございます。やはりたいへんすばらしく思います」と ほめる以上に、ほめる連中が多いのだ」とおっしやる。 草 申しあげると、「まして、そう思っているでしようね」と「そうしたことが、不冫 ムこはいやらしいと感じられないのな 枕 ら、それでもよいでしようが : 中宮様は仰せになる。 男でも女でも、近しい とう 頭の中将は、わざわざわたしを呼び出しもして、またた 人をひいきして、自分の愛人のちょっとした欠点を人が言 またま会う所では、「どうしてわたしを本気で親しくはっ うと、腹を立てたりなどするのが、何ともやりきれなく感 きあってくださらないのですか。それでもわたしを憎らし じられるのです」と言うと、中将は「頼りにできそうもな いなどと思っている様子ではないとわかっているのだが、 いような言いぐさだね」とおっしやるのも、おもしろい ひどく妙ですね。あれほど長年になってしまったなじみが、 てんじよう 一三九頭弁の、職にまゐりたまひて よそよそしくて終るということはない 。これから先殿上の しきみぞうし 間などに、わたしが明け暮れいない時もあるなら、わたし 頭の弁が、中宮職の御曹司に参上なさって、わたしとお はいったい何を思い出の種にしよう」とおっしやるので、 話などなさるうちに、夜がひどく更けてしまった。「明日 ものいみ てんじよう 「言うまでもないことです。むずかしいはずのことでもあ は主上の御物忌なので殿上に詰めなければならないから、 りませんが、仮にそうなったあとでは、あなたさまをおほ 丑の刻になったら悪かろう」ということで、宮中に参上な しゅ め申しあげることができなかろうのが、残念なのです。主さってしまわれた。 わたくし くろうどどころかんやがみ あした 翌朝、蔵人所の紙屋紙を重ねて、「きぬぎぬの朝は、た 上の御前などで、私たち女房が役目として、集っておほめ 申しあげるのに、どうして、そんな仲になれましようか いへん心残りがします。夜通し、昔話も申しあげて夜を明 かわいいとお思いになってだけいてくださいまし。さもな かそうとしたのですが、鶏の声にせき立てられて」と、た じ伀っ たね とうべん にわとり

9. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

てみな一緒にかたまってさえいるのなら、隠れ所があるだ を刺し、化粧をする様子は、あらためて言うまでもなく、 ろうが、四人ずつ、書きあげたものに従って、「だれそれ、 髪などというものは、明日からのちは、もうどうでもよい だれそれ」と呼び立ててお乗せになって、その呼名につれ といったふうに見えるほど、今日一日に熱中している。 とら て車のもとまで歩いて行く気持は、ひどくほんとうに思い 「寅の時に、中宮様はお出かけあそばすはずだということ おうぎ がけない感じがして、あらわだといっても、世間並で、何 です。どうして今まで参上なさらなかったのですか。扇を みす 一カ 御簾の内側に、大勢のお方の御 とも言い表しようがない。 / 使いに持たせて、あなたをお探し申しあげる人がありまし ひとり 目の中でも、とりわけて中宮様が「見苦しい」と御覧あそ た」などと、一人の女房がわたしに告げる。 ばそうのは、あらためてまたやりきれない気持がすること そういうことで、ほんとうに寅の時かと思って、すっか からだ カ限りもない。身体から汗がにじみ出るので、きれいに り身支度を整えて待っているのに、時が過ぎて夜が明けて、 さかだ からびさし 日も出てしまった。「西の対の唐廂に、車を寄せて乗るは整えた髪なども、逆立つであろうと感じられる。何とかう ふたり わたどの まくそこを通り過ぎたところが、お二人ともたいへん、こ ずだ」というので、いる限りの女房が全部、渡殿を通って しんざんもの ちらが気おくれするはどおうつくしく見える御様子で、大 行く時には、まだうぶな新参者たちは、ひどく遠慮してい さんみ 、、ゝ、ここにこしてこちらを御覧になる るような様子なのに、西の対には関白様がお住いあそばす納一言と三位の中将と力し のは、現実とは感じられない。けれど、倒れないで、そこ ので、中宮様におかせられてもそこにおいであそばして、 はじめに女房たちを関白様が車にお乗せあそばすのを御覧まで行き着いてしまったことこそ、いったいえらいのか、 しげいしゃ みすうち あっかましいのかと、われながら感じられるけれど、みな あそばすということで、御簾の内に中宮様、淑景舎、三の かた 君、四の君、関白様の北の方、その御妹君がお三方、立ち乗り終ってしまったので、車を御門から引き出して、二条 第 の大路に榻を立てて、物見車のようにして立ち並べている 並んでおいであそばす。 さんみ のは、たいへんおもしろい。きっと人もそう見ているであ 車の左右に大納言と三位の中将のお二方で、簾を上げ、 00 したすだれ 下簾を引き上げて、わたしたち女房をお乗せになる。せめろうと、自然胸がどきどきする。四位、五位、六位などの けしよう すだれ おおじ しじ

10. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

すもう うにほかの女の悪口を自分に話して聞かせるのは、「格別 ってころがっているの。相撲取りの、負けて引っ込む後ろ に自分はこの男に愛されているのであるようだ」と、思っ姿。実力のない男が、家来を叱るの。老人の男が、烏幗子 もとどり ていることであろうか。「いやもう、ああ、二度とこの人をかぶらずに髻をむき出しているの。人の妻などが、むや 子 とは会わないことにしよう」と思う男に、その後に会うと、 みなやきもちをやいて、よそに隠れているのを、女は「必 草 ず夫が大騒ぎをするはずだ」と思っているのにもかかわら 「この男は不人情な人間であるようだ」と自然見られて、 枕 こちらとして気がひける感じなどはしないものなのだ。 ず、夫のほうはそうも田 5 っておらず、女にとっていまいま 男は、女について、ひどく身にしみじみと感じられて気しいような態度を見せているので、そんなふうにいつまで の毒な様子に見え、とても見捨てかねる、といったような も別の所に居つづけていることもできないので、自分のほ こまいめ ことなどを、少しも何とも思っていないのも、 うからのこのこ出て来ているの。狛犬や、獅子の舞をする ういう心なのかと、それこそあきれることだ。そのくせ、 者が、いい気持になって調子づいて、出て踊る足音。いず くちだっしゃ 男は、ほかの男の行為を非難し、ロ達者にしゃべることよ。れもかたなしだ。 また、身内など格別頼りになるような者を持っていない女 一三〇修法は 房などをうまくくどいて、女がただならぬ身になってしま ずほう ぶつげんしんごん っている現状などを、まったく知らないふりをしてなどい 修法は、仏眼真言などお読み申しあげているのは、優雅 るようであるよ。 で尊い。 一二九むとくなるもの ひがた かたなしなもの潮が引いた干潟にある大きな船。髪の 毛の短い女が、かもじを取りはずして髪を梳いている時。 大きな木が風に吹き倒されて、根を上に向けて横倒しにな 一三一はしたなきもの 中途半端で間の悪いものほかの人を呼ぶのに、自分か と思って顔を出している者。まして、物をくれる時には、 ばなし いっそう。たまたま他人のうわさ話などして、悪口などを ( 原文三〇ハー ) ひと