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検索対象: 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩
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1. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

まさかこうして中将が訪ねて来られるにつけても、珍しく と忌まわしい昔のことを思い出さずにはいられまい。そう もまたしみじみと深い感慨のわいてくるような問わず語り した筋のことはいっさい考えず忘れてしまいたい」と思っ ている。 をも話し出すにちがいない。 姫君のほうは、自分は自分なりに思い出すことが多くて、 尼君が奥にはいっておられる間に、客人の中将は雨のあ 虚ろに外を眺めていらっしやる様子がまことに美しくかわがる様子も見えないのに困って、少将といった尼の声を聞 きおばえていたのでお呼び寄せになる。「昔お会いした いらしく見える。白い単衣のまるで風情もなくさつばりし はかま ひわだ たものに、袴も、こうした所では檜皮色が習わしになって方々は今もみなこちらにおいでなのだろうかと心こよゝ りながらも、こうしてやってまいりますこともむすかしく いるのだろうか、つやもなく黒ずんだのをお着せ申してい なりましたのを、薄情者とどなたもお思いでしようか」な るので、このような着物も昔とはちがって妙な格好になっ たものよと思い思い、ごわごわした肌ざわりのよくないも どとおっしやる。少将の尼は以前いつもおそばでお世話申 していた人なので、中将はしみじみと悲しい昔のことをあ のを着ていらっしやるのが、かえってじつにひと風情のあ ろう る姿である。尼君のおそばに仕える女房たちが、「ただ亡れこれ思い出している、その話のついでに、「あの廊の突 すき すだれ 当りをはいったところ、風が強く吹いて簾の揺れ動いた隙 き姫君が生き返っていらっしやったような心地がしており 間から、並々の様子とはとても思われない人の垂れ髪の姿 ますところへ、中将殿までお見えになったのですから、ほ が見えたのですが、世をお捨てになった方々のお近くで、 んとに胸もいつばいになります。どうせなら、昔と同じく 習 いったいこれはどなたなのだろうと、目を疑わずにはおら こちらにお通いになるようにしてさしあげたいもの。ほん とに似合いの御仲でございましようよ」と話し合っているれませんでした」とおっしやる。少将の尼は、姫君が端近 手 くお立ち出でになった後ろ姿をごらんになったものらしい のを聞いて、女君は、「まあなんということを。この世に と思って、「なおもっとよく見せたらきっと心ひかれるに 生き長らえて、この先どんなことがあろうと人に縁づくよ うなことがあってよいものか。そんなことになったらきっ ちがいない。亡くなった姫君はこのお方とは比べものにも うつ ひとえ

2. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

まだお気持もさつばりしないご様子で寝殿のほうへお越し ついでがありさえすれば、大将が自分は謹直な人間だとい になった。大宮のお手紙には、「昨日はどんなに心配であわんばかりにふるまい、またそれを口になさるのをいまい ったことか。ご気分がおわるかった由ですが、もうよくな ましくお思いになって、何のかのとけちをおつけになるの 語 さん」い 物られたのなら参内なさい。長らくお顔を見ないのですか だから、今日は、大将のこうした秘密を見つけだしたのを、 氏 ら」などようにお申しあげあそばすので、お騒がせ申すのどのようにでもおっしやりたいところだったろうが、しか 源 はつらいけれど、宮は真実ご気分もおわるいようなので、 し、宮はそうした冗談事もお口にはなさらず、まことに苦 かんだちめ その日は参内なさらない。上達部たちが大勢お見舞にまい しそうにお見受けされるので、大将は、「困ったことでご られるけれども、御簾の中で一日じゅうお過しになる。 ざいますな。さしておわるいといったご病状でもなく、そ 〔一巴匂宮、病気見舞にタ方になって、右大将が参上なさる。れでいて何日もはっきりいたしませんのは、ほんとによく 来訪の薫と対面する宮は、「どうぞこちらへ」とおっし ないことでございます。どうぞお風邪を十分にお手当てな ねんご やって、くつろいだお姿のままご対面になる。「ご気分が さいますよう」などと、懇ろにお見舞い申しあげておいて おわるくいらっしやるとのことでございましたので、大宮 お帰りになった。なんと気のひけるようなお人よ、このわ ひと も、じつにご心配あそばされまして。どのようなお具合で たしの様子と比べてみて、あの宇治の女はどう思っただろ いらっしゃいますか」と大将はお尋ね申される。宮は、そ うなどと、宮は何につけても、ただ宇治の女君のことばか の大将のお顔を見るなりいっそうお胸が騒いで、あまり多りを時の間も忘れずに思い出していらっしやる。 くをおっしやらず、お心のうちに、「この人は聖僧ぶって その宇治では石山参詣も中止になって、まことに所在な いるとはいうものの、思えば途方もない山伏心というもの い日々である。宮のお手紙には、じつにたいそうなことを かれん よ。あれほど可憐な人をああして放っておき、悠長にかま いろいろとたくさん書いてお持たせになる。それさえも不 えて、長い月日を待ちかねさせているとは」とお思いにな安なお気持なので、時方とお呼びになっていた大夫の従者 っている。いつもなら、さほどのことではなくても何かの で何も事情を知らぬ者をお遣わしになるのだった。右近は、 ( 原文三八ハー )

3. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

ぼん 品の宮に参上しなければならないのです。明日からでも御人ともお供をしてきていたので、呼び入れて、「御髪をお 0 ずほう 修法が始ることになりましよう。その七日間が終って退出ろしてさしあげよ」と言う 。、かにもあのように大変なめ する帰りがけに、お授け申すことにいたしましよう」とお にあっておられたお方のことだから、そのまま俗人として 語 物っしやるので、女君は、あの尼君が初瀬から帰って来られ生きておられるのも情けなくお思いなのだろうと、この阿 じゃり 氏 たら、必ずじゃまを入れるにちがいない、そうなったらど 闍梨も女君の発心を無理からぬことと思っているが、さて 源 きちょうかたびらすきま うにも残念なことと思われて、「前々から気分がすぐれま几帳の帷子の隙間から御髪をかき寄せてこちらへお出しに せんでしたのが、今は力も失せてまいりましたようでほん なっているのがまったくもったいないくらいに美しいので、 とに苦しゅうございますから、これ以上重くなりましたら しばらくは鋏を持ったままためらっているのであった。 受戒の効もなくなりましよう。やはり今日は願ってもない こうしている間、少将の尼は自分の兄の阿闍梨が僧都の 折と存じましたのに」と言って、はげしくお泣きになるも お供で下山して来ているのに会うために、下の部屋のほう ふびん のだから、さすが聖僧の、いにはまことに不憫に思われて、 にした。左衛門は、自分の知合いの人に応対するというわ 「もう夜も更けてしまったことでしよう。山から下りて来けでーーーこうした山里なりに皆それぞれ懇意の人々が珍し ますことも、昔はなんとも思っておりませんでしたが、年 く姿を見せたとあればちょっとしたもてなしをしたものだ しんばう をとるにつれて辛抱もしにくくなっておりますので、こち が、そのほうにかまけていた間に、女君のそばにはこもき らで一休みしてから宮中には参上しようと存じますが、そ 一人だけが控えていて、これこれのことがと、少将の尼に のようにお急ぎになるのでしたら、今日これから勤めさせ知らせたものだから、尼があわててやってきて見ると、僧 うえ ていただきましよう」とおっしやるので、女君は、ほんと都は、自分自身の御表の衣や袈裟などを形ばかりでもとの はさみ ふた に救われる思いである。鋏を取り出して、櫛の箱の蓋をさ お気持からお着せ申して、「親御のおられる方角を礼拝申 そうず だいとこ し出すと、僧都は、「さあ大徳たち、こちらへおいでくだ しあげなされ」と一言うが、女君は、それがどちらの方角な され」と声をかける。最初に女君をお見つけ申した僧が二 のかも分らないものだから、こらえきれずお泣きになるの はっせ みぐし

4. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

涙をこらえられそうにもなく、もの狂おしい気持が高ぶつ の上と存ぜられますから、あなた様がまじめなお気持であ 3 てくるが、そうした気配が先方に気づかれては、とその場のお方をお忘れにならずにお訪ねくださいますなら、私は ひと を立ち退いた。「これほどの器量の女がいなくなって、そ どんなに肝に銘じてうれしゅうございましよう。私の亡く 語 物れを捜そうとしない人があっただろうか。また誰それの娘なりました後、どうおなりになるか、おかわいそうでなり 氏ゆくえ が行方も知れす身を隠してしまったとか、もしくは男を恨 ません」と言ってお泣きになるので、中将は、この尼君と 源 んで世をそむいてしまったとか、そうしたことならしぜんも女君は赤の他人ではなさそうだ、いったいどういうお と噂が聞えてくるはずだが」などと、どう考えてみても不方なのだろう、と合点がゆかない。「遠い先々までのお世 思議でならない。「たとえ尼の身であろうと、こうも美し 話は、定命のほども予測しがたく頼りにならないこの身で また、 い人なら疎ましい気もしなかろう」などと思い はありますが、こうして私の気持を申しあげましたからに 「かえって見映えがして、いじらしくてたまらないだろう は、けっして変ることはございますまい。あのお方をお捜 から、人目にたたぬようにしてやはり自分のものにしてし し申されるような人は本当にいらっしやらないのですか まおう」と思うので、中将は本気になって尼君に相談をも その辺のところがはっきりいたしませんので、何もそんな ちかける。「俗人でいらっしやった時にはお気がねなさる ことに気がねしているわけではございませんけれど、やは 事情もおありだったのでしようが、こうした尼姿におなり りどうもしつくりしないように存ぜられてなりません」と になったのでは、安心してお話し申しあげることもできょ おっしやるので、尼君は、「人目につくような日々を暮し うかと存じます。そのようにお言い聞かせ申しあげてくだ ておられるのでしたら、仰せのように捜し出そうとする人 さい。亡きお方のことがなかなか忘れがたくて、こうして もございましよう。でも今は、こうした尼姿になって俗世 やってまいるのですが、これからはまたもう一つ、こちら 間のことはすっかりあきらめている様子でして。当人の意 の女君への誠意を加えまして」などとおっしやる。尼君は、向もそうとしか見受けられないのでございますよ」などと 「ほんとにこれから先々のことが心細くて、気がかりな身お話しになる。 うわさ

5. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

ものけ 様で、物の怪めいてわずらっておりますので、ちょっと この私の命もこれで尽きたのだと、母君に伝えておくれ ) かみ 3 でもそばを離れることはならぬと、守からきつく言いわ巻数を寺から持って帰ってきた、それにこの歌を書きつけ みずきよう たされておりますので、そちらの近くのお寺でも御誦経ておいたが、その使者が、「今夜はとても京へは帰れませ 語 物をおさせなさい ん」と言うので、何かの木の枝に結びつけておいた。 めのと 氏 と書いて、そのためのお布施の品や僧に遣わす手紙などを 乳母は、「どうしたことか変に胸騒ぎがします。母君の 源 とのい 書き添えて持ってきた。女君は、自分が今生の終りと覚悟お手紙にも夢見が悪いとおっしやっていました。宿直の人 している命であることも知らずに、母君がこうして縷々と は十分にお勤めしなさい」と女房に言わせているのを、女 書いてよこされるのも、ほんとに悲しいと思う。 君はこらえがたい思いで聞きながら横になっていらっしゃ 寺へ使いの者をやっている間に、母君への返事を書く。 る。乳母が、「何も召しあがらないのは、ほんとにいけま ゅづけ 一一 = ロい残しこ、 オしことはたくさんあるけれども、はばかられるせん。お湯漬なりと」などといろいろに世話をやいている ので、ただ、 のを、女君は、「自分ではしつかりしているつもりのよう のちにまたあひ見むことを思はなむこの世の夢に心ま だけれど、ほんとにこうも醜い年寄になってしまって、自 どはで 分がいなくなったらどこでどう暮してゆくのだろうか」と ( 後の世でまたお会いできると思ってくださいまし。この世お思いやりになるにつけても、ほんとにしみじみとかわい の夢のようにはかない縁にお心を迷わされずに ) そうなというお気持である。この世にとうとう生きていら 読経の鐘の音が風にのって聞えてくるのを、女君は、じっ れなくなった子細をそれとなく話しておこうなどとお思い と聞き入りながら、横になっていらっしやる。 になるにつけて、まず胸がつまって言葉より先に涙があふ おと 鐘の音の絶ゆるひびきに音をそへてわが世つきぬと君れてくるのを、人目に隠そうとなさるところから、もう何 に伝へよ も言われない。右近が、おそば近くに寝ることにして、 ( 鐘の音の消えてゆこうとする響きに私の泣く音を添えて、 「そんなふうにして、ただ悩んでばかりいらっしゃいます るる

6. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

「昔知合いだった人で、大将殿のお供で来ているうちにわめ、空もすべてお見通しではないかと身の縮む思いである たしを見つけ出した人が、またもとに戻って仲よくしたが が、あのひたむきでいらっしやった宮の御ふるまいをどう っているのです」と、仲間の女房たちには言って聞かせて しても思い出さずにはいられないにつけても、一方またこ いる。何もかも右近はいつも嘘ばかりつくことになってしの大将殿にお逢い申しあげることになるのかと思うと、な まっているのだった。 んともっくづく情けない気持である。「宮は、『長年いっし ひと ょに暮してきたどの女をも皆あなた一人のために忘れてし 〔三〕薫、浮舟を訪れ、月も変った。宮はこのように焦慮し 大人びたことを喜ぶていらっしやるけれども、さて宇治まいそうな気がする』とおっしやったものだが、いかにも へお越しになるのは、じっさいご無理である。こうしてい あれから後はご気分がおわるいとのことで、まったくどち ひと みずほう つもあの女のことを思いつめているのでは、とうてい命が らのお方にもいつものようにはお逢いにならず、御修法な 保ちそうにないと心細いお気持も加わり、くよくよとお心 どといって騒いでいる由を聞いているが、今また宮が今夜 を痛めていらっしやる。 のことをお耳になされたらどうお思いになろうか」と思う 大将殿は、少しお暇になられたころに、、 しつものよ , つに につけてもまことに苦しくてならない。この大将殿は、な お忍びでお越しになった。寺で仏などを礼拝される。御誦んといってもやはり、格別なご様子のお方であるし、思慮 ふぜい 経をおさせになる僧に物をお与えになったりして、夕方に深くしっとりと優美な風情でいらっしやって、長らく無沙 こと なってから女君のもとにはお越しになるけれども、この殿汰していた詫び言などをおっしやるにも言葉少なに、 のうし 舟 はそうひどくお姿をやっされるでもなく、烏帽子、直衣の さらに恋しい悲しいなどととりたててではないけれども、 姿はまことに申し分なくおきれいで、お部屋にはいってい しじゅう逢うことのできない恋の苦しさを、品よくお口に ろう らっしやるところからしてこちらが気おくれしたくなるく なさるのは、多弁を弄されるのよりもまさって、誰しもま ったく感にたえるほかないような風格を身につけておられ らい、そのお心づかいも格別である。 とが 女は、どうして顔をお合せすることができようと気が咎るお人柄である。やさしく思いをそそる風情はいうまでも き、よス′ うそ わ

7. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

りようけん と中将は了簡して帰っていった。 です。何かお悩み事がおありらしいそのお方にこの私の気 〔一五〕中将三たび訪れるわざわざ手紙をおくるのは、さすが持をお聞かせ申しあげたいのです」などと、 いともご執心 妹尼応対する に気恥ずかしく思われるし、かとい の体でお話しかけになる。「楽しげならぬ女をとのお望み ってちらと目にした女君の姿が忘れられず、何か悩み事の でしたら、あのお方はお相手申されるのに不似合いではな ひと あるらしい事情とはどういうことなのか分らないけれども、 さそうに思われますけれど、並々の女のように縁づいたり しみじみと心ひかれるので、中将は、八月十日過ぎのころ はすまいと、あまりといえばあまりに世の中を恨めしくお こたかがり こ、ト鷹、のついでにお越しこよっこ。、 レオオしつものよ、つに少一 思いのようですから : 私のように余命いくばくもない 将の尼を呼び出して、「あのお方を一目見て以来、心が落年寄でさえも、これでいよいよ出家いたしますときには、 ち着きませんでね」とおっしやる。女君がお答えするはずまことに、い細く思わずにはいられませんでしたから、まだ まっち もないので、尼君が、「『待乳の山の』というところかと察まだ前途のある若盛りの身ではしまいにどうなりますこと せられるのです」と御簾の外にお伝えになる。中将は、尼 かと案じているのでございます」と、尼君はまるで母親の 君と対面なさるにつけても、「おいたわしいご事情がおあ ような口ぶりである。 りのようにお聞きしたお方のことでございますが、もう少 尼君は、奥にはいってからも、女君に、「思いやりのな しお話を承りとうございます。この私もただ何ひとっ思う いなさりかたです。やはりほんの一言でも申しあげなさい ようにならぬ心地がいたしますので、いっそ山住みもいた まし。このような所にお暮しでいらっしやるのでしたら、 習 したい思いがございますものの、許してくださりそうにも ほんのちょっとしたことでも情けを分るのが人の常という ない親たちのことを考えますと、それに妨げられ、こうし ものです」などと、なだめすかすようにして言うけれども、 手 て日々を過しているのでございます。この世になんの屈託女君は、「人様にどうお話し申しあげてよいのやら分りま ひと もなく楽しそうにしている女は、私がこうもふさぎがちなせんし、また何事にもふつつかな私でございますから」と、 性分だからでしようか、似合わしくないように思われるの まったくすげない様子をして臥せっておられる。客人の中 ひと

8. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

ささい のだ。こんなにつらいめにあう例は、下々の者のなかにだ のときに些細な落度もないようになどと思うあまりに、ど って、そうめったにはありはしまいに」と思ってうつぶせ んな過ちをしでかさないものでもありません。そういえば に臥していらっしやると、「そんなにお案じなさいますな。 先夜の宮のお出歩きはほんとに恐ろしく存ぜずにはいられ 語 お気を楽にお持ちあそばすようにと思ってあれこれ申しあ 物ませんでした。宮は、どこまでも人目をはばかるおつもり 氏 からお供の人もお連れあそばさずに、ひたすらお姿をやっげたのでございます。以前は、心配事がおありでもただ何 源 やから していらっしゃいますので、ああした輩がもしお見つけ申気ないふうにゆったりしていらっしやるようにお見受けさ そうものなら、まったく大変なことになりましよう」と一言れましたものを、宮との御事がございましてからは、たい そう落着きも失せていらっしゃいますので、まったくどう い続けているのを、女君は、「やはり自分を、宮に心をお したことかと存じあげております」と、事情の分っている 寄せ申していると思って、この人たちがこんなふうに一一 = ロう めのと 者はみなこうして心配し取り乱しているのに、乳母一人は のはほんとに恥ずかしいことで、自分の気持としては、」 にどちらをと思っているわけではなく、ただ夢のような心 自分だけいかにも満足の体で、染物をしてせっせと働いて めのわらわ 地で途方にくれるばかりで、宮があんなにも夢中になって いる。新参の女童などのかわいい子を呼んできては、「こ いらっしやるのをどうしてこれほどまで、とぐらいはあり んな人でもお相手なさいませ。ただわけもなく臥せってい ものけ がたく思っているけれど、そうかといって長い間おすがり らっしやるのは、物の怪などがじゃまだて申そうとしての ことでしよう」と言って、心を痛めている。 申してきた大将殿に対して、もうこれ限りにお別れしよう というつもりもないからこそこうしてあれこれひどくつら 三〈〕内舎人、薫の命に殿からは、先日のお返しのご返事を レいかにもこの話のよ , つによからぬ より警備の強化を伝達一言さえおっしやらぬまま何日かが し思いをしているのこ、 うどねり 事件が持ちあがりもしたらどうしよう」と、つくづく思案過ぎた。そして右近がこわがらせるような話をした内舎人 という者がやってきたのである。いかにもじつに荒々しく にくれている。「この自分は、なんそして死んでしまいた 不格好に太った年寄で、声がしわがれており、さすがにた いもの。世間並にも生きていけない情けない身の上だった

9. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

なので、しばらく母君のもとに身を寄せて、どうなりと思 こしになっているけれど、いったいどうしたらよいもの 案の定まるまでそちらへ行っていたいとお考えになるけれか」と、気分もわるく横になっていらっしやる。母君は、 やしき ども、その京の邸では少将の妻のお産の日が近づいている「どうしてこうも、いつになく顔色も青くやつれておいで 語 ずほうどきよう 物とて、修法や読経などと休むひまもなく騒がしくしている なのかしら」とお驚きになる。「近ごろはずっと普通では 氏 折だから、石山詣でもいっしょにはとても出かけられまい いらっしゃいません。ちょっとしたお食事も召しあがらず 源 めのと と、母君のほうからこちらに出向いていらっしやる。乳母 に、おかげんわるそうにしていらっしゃいます」と乳母が が出てきて、「大将殿から女房たちの装束などまでこまご 一言うので、おかしなことよ、物の怪などが憑いているのだ まとお心づかいをいただきまして。どうぞして立派に何事ろうかと思って、「どういうご気分なのでしよう、もしか も、とは存じておりますが、この乳母一人の才覚ではみつ したらと思うけれど、石山参りもおとりやめになったこと ともないことばかりしでかすことになりましょ , つ」などと ですしね」と一一一一口うにつけても、女君はいたたまれない思い 言いはしゃいでいるのが、いかにも楽しそうなのをごらん がして、目を伏せている。 になるにつけても、女君は、「もしとんでもないことがあ 日が暮れて、月がまことに明るい。女君はいっぞやの有 れこれと持ちあがってきて世間のもの笑いになるようなこ 明の空を思い出すにつけても、涙のあふれてくるのをいよ ふらち とになったら、誰も彼もいったいどんなお気持になるだろ いよ抑えられないとは、ほんとに不埒なわが心よと思う。 う。無理無体なことをおっしやるあの宮といえばまた、こ母君は乳母と昔話などをして、あちらの尼君を呼び出され の自分が雲の八重立つどんな深い奥山にこもり隠れたとこ ると、尼君は亡き姫宮のお人柄が思慮深くいらっしやって、 ろで、ついにはきっと捜し出して、そこで自分も宮も、と そうなるほかなかったなりゆきを深くお悩みになっている もども身を滅ばしてしまうことにもなるにちがいないのだ うちに、見る見るおカ落しになって亡くなっておしまいに が、『やはり気がねなくわたしといっしょに隠れ住むこと なったことなどを話している。「もし姫宮がご存命でした にしよう、そのことを考えなされ』と、今日も言っておよ ら、宮の上などのようになられて、お互いに親しく消急を ものけ っ

10. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

( 原文一九ハー ) といわれてえらそうにしている人のほうが、かえってとりぞして宮のお気に入ろうと心を砕いているころとて、宮は いつもよりも親しげにご用を仰せつけになって、「どんな わけ誰も考えっかないような隠し事をうまくやってのけて に難儀なことでも、わたしの頼むことならひと工夫してく いるではないか」とおっしやって、これはまったくおもし れるだろうか」などとおっしやる。内記はかしこまって控 ろい言たと思っていらっしやる。この大内記は、あちらの あの宇治に住 えている。「まったく不都合な話なのだが、 殿にじつに親しくお仕え申している家司の婿であったから、 ひと んでいるという女は、ずっと以前にいささか関係のあった 大将が内密にしていらっしやることも耳にしているのであ ゆくえ ひと 人で、その後行方も分らなくなっていたのが、大将に尋ね ろう。宮は、お心のうちでは、「なんぞしてその女を、 出されて引き取られている、その人だったのだと、噂を耳 っそやこの目に見た人かどうかを見きわめたいものだ。あ にして思いあたることがあるのだ。でも、はっきりしたこ の君がそんなにまでして大事に囲っているのでは、並一通 りの人ではあるまい。こちらの女君とはどういう間柄で親とはっきとめるすべもないから、ただ、物陰からのぞき見 しくしているのだろう。しめしあわせてかくまっておられるなどして、はたして当人かどうか見定めたいと思ってい る。まったく誰にも知られずにその手だてを講じたいのだ るのだな」と思 , っと、まったくいまいましく思わすには、 が、どうしたものだろうか」とおっしやるので、内記はな られない んと厄介な、とは思うものの、「もしお出ましになるので 〔六〕匂宮、宇治行きの宮は、ただそのことばかりをこのご のり 計画を大内記に相談ろは思いつめていらっしやって、賭したら、じっさい険しい山越えをいたさなければなりませ つかさ ・卅ゆみないえん 弓や内宴などの行事を過して気分の落ち着いたころに、司んが、格別に遠い道のりというわけでもございません。タ めし 召などといって人々がしきりに気をもんでいるような向き方にお出ましになりまして、亥子の時刻にはお着きになれ 浮 のことは無関心でいらっしやるから、ただ人目を忍んで宇ましよう。そうして明け方にお帰りあそばすのがよろしゅ うございましよう。誰そ存じあげるにせよ、ただお供をし 治へとお出かけになることばかりを思案していらっしやる。 てまいる者だけでございます。それも深い事情はどうして この内記は心中に望むことがあって、夜昼を分かたずなん やっかい うわさ