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検索対象: 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡
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1. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

かやや 一徳島県。近世の随筆類にも阿 へて、乳母子のゆかりありて、阿波の国に行きて、あやしき萱屋に住みける。 0 波に墓がある記事が見える。 つづりといふ物をばうしにして、あをなといふ物乾しに、外に出でて帰るとて、 = 布帛をつぎ合せたものか。 三帽子か 子 なほしすがた 「昔の直衣姿こそ思ひ出でらるれ」と言ひけむこそ、なほ古き心の残れりける四青菜。 草 五宮中の貴公子の姿を思い出し て。 枕にやと、あはれにおばゆれ。されば、人の終りの、思ふやうなる事、若くてい 六若い時にすぐれていたからと いって必ずしも老年に思いのまま みじきにもよらざりけるとこそおばゆれ。 な生活をしているとは限らないも のだ、の意。『無名草子』清少納言 評に「・ : はかばかしきょすがなど めのと もなかりけるにや、乳母の子なり けるものに具して、はるかなる田 舎にまかりて住みけるに、青菜と いふ物乾しに、とに出づとて、昔 なほし の直衣姿こそ忘られねとひとりご ちけるを見はべりければ、あやし の衣着て、つづりといふ物ばうし にしてはべりけるこそいとあはれ 、なれ。士ことに、、かに亦 5 しかり・ けむ」とある。両者の類似から何 らかの関連が想定される。 めのとご ふはく

2. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

はなほすこしにくしと思ふ人の、おしはかり事うちし、すずろなる物うらみし、宅よりによってこんな人に養っ てもらっているとは、と感じられ るためなのだろうか。 われかしこなる。 一 ^ ご両親がこのお子様をば。 心あしき人の養ひたる子見るは、それが罪にもあらねど、かかる人にしもと一九乳母がこんな人間だとは思い 知らないのだろうか、乳母を求め おばゆるにゃあらむ。「あまたあるが中に、この君をば思ひおとしたまひてや、て泣き騒ぐ。 ニ 0 乳母が子どもの泣くのを気に 一九 にくまれたまふよ」などあららかに言ふ。ちごは思ひも知らぬにゃあらむ、も入らないと思う、と仮にみる。 ニ一まわりの人がちやほやする、 おとな とめて泣きまどふ、心づきなきなンめり。大人になりても、思ひうしろ見もてとみる。乳母がまだ世話をやく、 とも考えられよう。 一三「人」は友だちの女房など。以 さわぐほどに、なかなかなる事こそおほかンめる。 下、虫の好かない相手に親切にさ わびしくにくき人に思ふ人の、はしたなく言へど、添ひっきてねんごろなる。れる迷惑さをいう。作者が妥協し ないところがおもしろい 「いささか心地あし」など言へば、常よりも近く臥して、物食はせいとほしが = 三こちらが、その人にとって間 の悪いことを言って困らせても。 ついし、よう・ ニ四 ニ四その親切に対してこちらは何 り、その事となく思ひたるに、まつはれ追従し、取り持ちてまどふ。 とも思っていないのに。 段 一宝自分の仕事として引き受けて 夢中になるの。 三〇七宮仕へ人のもとに来などする男の、そこにて ニ六作者の好き嫌いがはっきり表 現されている一段。 第 - ニ六 みやづか 宮仕へ人のもとに来などする男の、そこにて物食ふこそいとわろけれ。食は毛自分を思ってくれる女房が。 夭好意があって言うとしたら、 ニ七 する人もいとにくし。思はむ人の、「まづーなど心ざしありて言はむを、忌みそれを。 、一こち をとこ ふ ニ五

3. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

あす 一だしぬけに私が「あしたはど しき、さか思ひめぐらし、 ついでもなく、「明日はいかなる詩をか」と言ふに、、 のような詩を吟詠なさいますか」 ニ一一口 , っと。 とどこほりもなく、「人間の四月をこそは」といらへたまへる、いみじうをか 子 ニ「思ひめぐらし」は下の「なく」 なか 草しきこそ。過ぎたる事なれど、心得て言ふは、をかしき中にも、女房などこそで否定されるとみることもできる。 三「人間ノ四月芳菲尽キ、山寺 さやうの物忘れはせね、男はさもあらず。よみたる歌をだになまおばえなるを、ノ桃花始メテ盛ニ開ク : ・」 ( 白氏文 集・大林寺桃花 ) 。あとの記述によ うち 五 四 ると、三月に七月の詩を吟じたの まことにをかし。内なる人も、外なる人も、心得ずと思ひたるそ、ことわりな で今度は逆を答えた。 四男性なのに宰相中将は。 るや。 五なぜ四月の詩なのかわからず。 六 ほそどのいち てんじゃうびと 六というのは今年の三月晦日の この三月つごもり、細殿の一のロに殿上人あまた立てりしを、やうやうすべ ことなのだが。 とうの ほそどの つばね り失せなどして、ただ頭中将、中将、六位一人残りて、よろづの事一『〔ひ、経、登華殿 0 細殿。女房 0 局など がある。 一一わか よみ歌うたひなどするに、「明け果てぬなり。帰りなむ」とて、「露は別れの涙 ^ 斉信。 九宣方。 一 0 一種の娯楽としたもの。 なるべし」といふ事を、頭中将うち出だしたまへれば、源中将もろともに、し = 「露ハマサニ別ノ涙ナルペシ たなばた ず ・ : 」 ( 和漢朗詠集・七夕道真 ) 。露 いそぎたる七夕かな」と言ふを、いみじうねたが とをかしう誦んじたるに、 きめめ は織女星が牽牛星と別れる後朝の あかっき すぢ 涙であろう、という趣の詩。 りて、「暁の別れの筋の、ふとおばえつるままに言ひて、わびしうもあるわざ 三三月末なのに七夕の詩を吟じ かな」と、「すべてこのわたりにては、かかる事思ひまはさす言ふは、くちをた季節ちがいをからかった。 一三暁の別れという点でこの詩は あ かづらき しきぞかし」など言ひて、あまり明かくなりにしかば、「葛城の神、今ぞずちまさにふさわしいので、ふと思い をとこ ひとり

4. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

43 第 140 段 た のち とうのべん きこえむ」などのたまひて後に、経房の中将、「頭弁はいみじうほめたまふと = 「思ひ隈なし」は分別が十分に 行き届かないことをいう。深い考 ゃ。知りたりや。一日の文のついでに、ありし事など語りたまふ。思ふ人、人えがなくますいことをやった、と。 三御礼。感謝。 一三「を」は感動の間投助詞。 にほめらるるは、いみじくうれしく」など、まめやかにのたまふもをかし。 一四源経房。高明の四男。長徳一一 ふたき 「うれしき事二つ来てこそ。かのほめたまふらむに、また、思ふ人の中に侍り年 ( 究六 ) 七月右近衛中将。四年十 月左に転ず。 けるを」など言へば、「それは、めづらしう、今の事のやうにもよろこびたま一五私あての手紙の中で、頭弁が 語る、とみる。 一六「こそ」の下に「あれ」など省略。 ふかな」とのたまふ。 三巻本「にて」。 宅頭弁がほめたことと、経房の 「思ふ人」の中にはいっていること。 一四〇五月ばかりに、月もなくいと暗き夜 一 ^ あなたが私の思い人であるこ とをば、珍しがって今更のように さぶら 五月ばかりに、月もなくいと暗き夜、「女房や候ひたまふ」と、声々して一一 = ロお喜びになるとは。前からわかっ ていたと思ったのに、の気持 へば、「出でて見よ。例ならず言ふはたれそ」と仰せらるれば、出でて、「こは一九長保元年 ( 九究 ) 五月。 ニ 0 際立っている声は。 す 誰そ。いとおどろおどろしうきはやかなるは」と言ふに、物も言はで、簾をも三擬声語。がさつ、ごそっ。 はちく 一三淡竹の一種。 くれたけ ニ三おお。この君でしたか。「こ たげて、そよろとさし入るるは、呉竹の枝なりけり。「おい。この君にこそ」 おうきし の君」は竹の異称。『晋書』王徽之 てんじゃう と言ひたるを聞きて、「いざや。これ殿上に行きて語らむ」とて、中将、新中伝に「何ゾ一日モ此ノ君無力ル可 ケムャト」と見える。 ニ四中将以下特定しにくい。 将、六位どもなどありけるは、いぬ。 一九 ひとひ つねふさ

5. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

ばしめされたるかひもなく』など、あまた言ひつる。語り聞かせたてまつれと一私 ( 左中将 ) があなたに話して お聞かせ申しあげよというわけな ろだい なンめりかし。まゐりて見たまへ。あはれげなる所のさまかな。露台の前に植のでしようよ。 子 ニ「露台」は屋根のない台。白楽 から ばうたん く一′っ 草ゑられたりける牡丹の、唐めきをかしき事」などのたまふ。「いさ、人のにく天の「秋牡丹ノ叢ニ題ス」とした 「晩叢白露ノ夕、衰葉涼風ノ朝 : 枕 の詩によるとみる考えもある。 しと思ひたりしかば。また聞きにくくはべりしかば」といらへきこゅ。「おい 三私をにくく思っているという うわさを聞いて不愉快でございま らかにも」とて笑ひたまふ。 したから。 げにいかならむと思ひまゐらする御けしきにはあらで、候ふ人たちの、「左四おっとりと構えていらっしゃ 一説、おっとりしていますね。 かた 五いかにも中宮様がどうお思い ノ大殿の方の人知る筋にてあり」などささめき、さしつどひて物など言ふに、 かと懸念しなくてはならないよう なそんな御けしきではなくて。一 しもよりまゐるを見ては言ひやみ、放ち立てたるさまに、見ならはずにくけれ 説「思ひまゐらする」で切り、「御 ば、「まゐれーなどあるたびたびの仰せをも過ぐして、げに久しうなりにけるけしき」を御勘気とする。 六道長。長徳二年 ( 究六 ) 七月二 十日左大臣。道長側の人と知合筋 を、宮のへんには、ただあなたかなたになして、そら言なども出で来べし。 だ。作者への中傷。 ごと 例ならず仰せ言などもなくて、日ごろになれば、、い細くてうちながむるはどセのけものにし独りばっちにさ せておくようなありさまで。 おまへ ふみも ^ 中宮様のおそばあたり。 に、をさめ文を持て来たり。「御前より左京の君して、しのびて給はせたりつ 九敵、味方に分れたものにして。 ごと おさめ る」と言ひて、ここにてさへひきしのぶもあまりなり。人づての仰せ言にはあ一 0 長女。雑用をする下女の長。 = 中宮付き女房。伝不詳。 やまぶき らぬなンめりと、胸つぶれてあけたれば、紙には物も書かせたまはず、山吹の三人を介しての仰せ言ではなく まへ 六

6. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

ごぎ づこよりぞ」と問へば、「まかりにけり」、取り入れたれば、ことさらに御座と一「まかるは対話敬語。話し手 が、自己側の者が「行く」意を謙譲 して言う。ここも仮に会話とみて、 いふ畳のさまにて高麗など清らなり。心のうちには、さにゃあらむと思へば、 下に「とて」がある気持で解く。 子 なほおばっかなきに、人ども出だして求めさすれば、失せにけり。あやしがりニ貴人の御座所の畳の上に重ね 草 て敷く畳。 三中宮様ではないかと思う。 枕笑へど、使のなければ、言ふかひなし。所たがへなどならば、おのづからもま 四使いを探させたところ。 へんあない た言ひに来なむ。宮の辺に案内しにまゐらせまほしけれど、なほたれかすずろ五妙なことだと不思議がって笑 うが。三巻本「あやしがり言へど」。 ごと 六持って来る場所をまちがえる。 にさるわざはせむ。仰せ言なンめりと、いみじうをかし。 セ実際はどうなのか内情を問い おと さきゃう 二日ばかり音もせねば、うたがひもなくて、左京の君のもとに、「かかる事合せに。 ^ 場所ちがいならまた来るであ なむある。さる事やけしき見たまひし。しのびてありさまのたまひて、さる事ろうから、来ないところをみると。 九一四六段に中宮付きの女房と して名前が見える。三巻本「右京 見えずは、かく申したりとも、な散らしたまひそ」と言ひにやりたるに、「い の君」。 一一のち みじう隠させたまひし事なり。ゅめゅめまろが聞えたると、な後にも」とあれ一 0 私がこう申しあげたというこ とも、口外なさらないでください ふみ ば、さればよと、思ひしもしるく、をかしくて、文書きて、またみそかに御前 = 下に「のたまひそ」など省略。 一ニ中宮に対する御返事の手紙。 かうらん の高欄に置かせしものは、まどひしほどに、やがてかき落として、御階のもと一三使いの者がまごまごしていた うちに、そのまま下にかき落して。 一四こうして紛失してしまったの に ~ 洛、ち一にけ・り % で届かなかった、のふくみ。 一五関白道隆。 みはし 五

7. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

217 ( 付 ) 第 10 ~ 13 段 を と ( 現代語訳三五八ハー ) 世ノ中になほいと心憂きものは、人ににくまれむ事こそあるべけれ。誰てふ一三「誰といふ」の意。 一四宮中とは限らず広く貴族の家 しぜんみやっかどころ ものくる に仕えること。 物狂ひか我人にさ思はれむとは思はむ。されど自然に宮仕へ所にも、親、はら 一五身分の高い人。そこから学問 や教養のある人の意にもなる。 からの中にても、思はるる思はれぬがあるそいとわびしきや。 一六痛切にかわいいと思う。 よき人の御ことはさらなり、下衆などのほどにも、親などのかなしうする子宅他人から特別注目され注意を 集めていて。 め 、こまし , っこそおばゆれ。見るかひあるはことわり、天「いたはし」は大切にされる状 は、目たて耳たてられて、しオ。 態であること。骨を折る、世話す おも おも しかが思はざらむとおばゅ。ことなる事なきは、また、これをかなしと思ふらる、大切にするなどの意を持っ動 詞「いたはる」と同源。 おや 一九親しく交際している人誰にで むは、親なればぞかしとあはれなり。 おも 一九かた 親にも、君にも、すべてうち語らふ人にも、人に思はれむばかりめでたき事 = 0 「めでたき事」は、底本表記 「目出事」。 はあらじ。 三「あやし」は、理解の範囲外に あること。不思議だ。 一三「かし」は、自分の発言をもっ 一三男こそ、なほいとありがたく て相手に対して訴え、念を押す気 持を表す。 ・ ) こち 男こそ、なほいとありがたくあやしき心地したるものはあれ。いときょげなニ三たくさんいる女性の中で。そ うした男性は多くの女性を目にす る機会があるし、家柄がよいのだ る人を捨てて、にくげなる人を持たるもあやしかし。おほやけ所にいりたちた から困ることはあるまい、という 」と - 一し る男、家の子などは、あるが中によからむをこそは選りて思ひたまはめ。およ気持。 おや す みみ こころう なか え おや おや たれ

8. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

261 第 146 段 やまぶき きあそばされず、山吹の花びらただ一枚をお包みあそばし しゃい」と言ってお笑いになる。 ていらっしやる。それに「言はで思ふそ」とお書きあそば 「いかにも中宮様はわたしをどうお思いあそばしておいで そんたく けねん されてあるのを見るのも、とてもすばらしく、この日ごろ だろうか」と懸念してそのお気持を忖度し申しあげるよう な、そんな御不興の御様子ではなくて、ただおそばにお仕の御消息の絶え間が自然思い嘆かれた気持もやわらいでう がわ えする女房たちが、「あの人は左大臣様側の人と知合筋だ」れしいのにつけて、何より先に涙がうれしさを知ってこば おさめ などとささやき、みなで集って話などをしている時に、われるわたしの様子を、長女も見つめて、「『中宮様におかせ しもつばね たしが下局から御前に参上するのを見ては話しやめて、わられてはどんなにか、何かの折ごとにお思い出し申しあげ あそばされておいでだそうですのに』と言って、女一房がた たしをのけものにして孤立させておくような状態であって、 今までそんな目に会ったこともなくにくらしいので、「参はだれもみなわけのわからない長い御里下がりだとばかり おおごと 言っておりますようです。どうして参上なさらないのです 上せよ」などとあるたびたびの仰せ言をもそのままにして、 なるほど久しい時がたってしまったのだったのを、中宮様か」などと言って、「この近所に、ちょっと行ってから、 のおそばあたりでは、ただ敵味方に分れた者と決めてしま また伺いましよう」と言って、立ち去ったのちに、御返事 かみ を書いて差しあげようとするのに、「この歌の上の句を、 って、無実のことなども出てきそうである。 なんにち きれいさつばり忘れていることよ」と、妙なことである。 いつもとはちがって仰せ言などもなくて、何日も過ぎて 「古歌とはいいながら、こんな歌を知らない人がいるだろ いるので、心細くて物思いにふけってばんやりしているこ さきよう うか。もうすぐここのあたりまで思い浮んでいながら、言 ろに、長女が手紙を持って来た。「中宮様から左京の君を い出せないのはどうしたことかしら」などとわたしが言う 通して、こっそりくださったものですよ」と言って、ここ した のを聞いて、小さい女の子で、前に座っているのが、「『下 のわたしの家でまでも声をひそめて忍びやかにするのも、 あまりなことだ。人を介しての仰せ言ではないように思わ行く水の』と申します」と言ったことだ。どうしてこんな に忘れてしまったのだろうか。こうしたことは、教えられ れると、胸がどきっとしてあけたところ、紙には何もお書 おさめ

9. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

これは、また、世ノ中にをかしくもめでたくも人の思ふべき事を選り出でた るかは。ただ心一つに思ふ事をたはぶれに書きつけたれば、物に立ちまじり、 な 人並み並みなるべき物かはと思ひたるに、「はづかし」など、見る人の、のた 七草木の花を記した部分から虫 まふらむこそあやしけれ。また、それもさる事ぞかし。人の、物のよしあし言を記した部分まで、この草子全部 にとって、の意か ひたるは、心のほどこそおしはからるれ。ただ人に見えそむるのみぞ、草木の〈「そしらるれば」の誤りか。 九「罪避る」は陳謝する、弁明す 花よりはじめて虫にいたるまで、ねたきわざなる。何事もただわが心につきてる、の意。 一 0 「広めく」で、広く動くこと。 おばゆる事を、人の語る歌物語、世のありさま、雨、風、霜、雪の上をも言ひ一説、「ひろ」は擬態語で、ひょろ ひょろ動きまわる意。 きよう しい・かげ冫ルに。も。 段たるに、をかしく興ある事もありなむ。また、「あやしくかかる事のみ興あり、 三「痩す」の形容詞化したもので、 をかしくおばゆらむ」と、そのほどのそしられば、罪さり所なし。さて人並み肩身がせまく身も痩せる思いがす 第 る、の意が原義という。現在の やさ 並みに、物に立ちまじらはせ、見せひろめかさむとは思はぬものなれば、えせ「優し」に近い例も中古にあるが、 ここは恥ずかしい、みつともない、 にも、やさしくも、けしからずも、心づきなくもある事どももあれど、わざとの意。 御前わたりの恋しく思ひ出でらるる事あやしきを、こじゃ何やと、つきせずお れうし ほかる料紙を書きつくさむとせしほどに、、 しとど物おばえぬ事のみそおほかる ゃ。 な え

10. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

よべ ば、憂き事もみな忘れぬべし」とは、などて言ふにかあらむ。さらむを、昨夜、一そうではあろうが。以下兵部 の、雨の日に来た人はしみじみと 1 きのふ をととひ 昨日の夜も一昨日の夜も、それがあなたの夜も、すべてこのごろは、うちしき感じられる、という言に反論する。 ニ今朝、明ける前の夜、とみる。 子 ひとよ こよひ り見ゆる人の、今宵もいみじからむ雨にさはらで来たらむは、一夜もへだてじ三下に「私は思う」の意省略。 草 四雨のひどく降る折。 枕と思ふなンめりと、あはれなるべし、と。さて日ごろも見えず、おばっかなく五愛情があるものとすることは でキ、亠まい え て過ごさむ人の、かかるをりにしも来むをば、さらにまた、心ざしあるには得六「心え」不審。人それぞれの理 解の仕方なのだろうか、とみる。 セ元来の本妻。 せじとこそ思へ。人の心えなればにゃあらむ。物見知り、思ひ知りたる女の、 ^ 「さりし」を「さありし」の意に 心ありと見ゆるなどをば語らひて、あまた行く所もあり、もとのよすがなども仮に解く 九事などについても、とみる。 あれば、しげうしもえ来ぬを、なほさりしいみじかりしをりに来たりし事など一 0 男のすることなのだろうか。 = 無理なことを作為してまで。 にも、語りつぎ、身をほめられむと思ふ人のしわざにや。それもげに心ざしな三「わりなき所なりとも」の意と からむには、何しにかは、さも作り事しても見むとも思はむ。されど、雨の降一三「ありとも」の意とみる。 一四ただちょっと話をして帰し。 る時は、ただむつかしう、今朝まで晴れ晴れしかりつる空ともおばえず、いみ一五とどまってもよさそうな男を ひきとめなどきっとするにちがい ほそどの じき細殿のめでたき所ともおばえず。ましていとさらぬ家などは、「とく降り 一六散逸物語。↓ 一九五段。 宅「思ひ忘れにける人のもとに やみねかし」とそおばゆる。月の明かきに来たらむ人はしも、十日、二十日、 まかりて / タ闇は道も見えねどふ 一月、もしは一年にても、まして七八年になりても、思ひ出でたらむは、いみるさとはもとこし駒にまかせてそ ひととせ 四 き みる。