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検索対象: 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡
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1. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

253 第 139 段 しろ都の君が礼拝までして、お取りになってしまった。それか いへんきれいに見える筆跡で、事実とはうらはらに、、 らあとの分については、中宮様は、「そんなふうにして逢 いろなことをたくさんお書きになっていらっしやるのは、 坂の歌は、詠みぶりに圧倒されて、返歌もしないで終って たいへんすばらしい御返事に、「たいへん夜深うござい もうしようくん しまっているのは、たいへんよくない」とお笑いあそばす。 ましたそうな鶏の声は、孟嘗君のそれでしようか」と申し とう てんじようびと かんこくかん そうしてその後、頭の弁が「あなたの手紙は、殿上人が あげたところが、折り返し、「『孟嘗君の鶏が函谷関を開い しよっかく みな見てしまったよ」とおっしやるので、「ほんとうにあ て、三千の食客が、やっとのことでのがれ去った』と物の わたくし おうさかせき なたが私を思ってくださったのだったとは、それではじめ 本にいう。だが、この鶏は逢坂の関のことです」とあるの てわかりました。いったいすばらしいことなどを、人がロ で、 からロに言い伝えないのは、確かにかいのないことですよ。 「夜をこめて鳥のそら音ははかるとも世に逢坂の関は ゆるさじ 一方また、お下手でみつともないので、あなたのお手紙は こわいろ せきもり 一生懸命隠して、人には少しも見せません私の、あなたに ( 夜のまだ明けないうちに鶏の声色は函谷関の関守をだます としても、けっしてこの男女相逢うという逢坂の関は、だま対する心くばりの深さを、あなたのそれとくらべると、同 等でしよう」と一言うと、頭の弁は、「そういうふうに物の されて許すようなことはしないつもりです ) わけがわかって言うのこそ、やはり他の人たちには似ない 利ロな関守がここにはおりますようです」と申しあげる。 ように思う」と言い、また「『深い考えがなく、悪く取り また、折り返して、 はからった』などと、普通の女のように言うだろうと思っ 逢坂は人越えやすき関なれば鳥も鳴かぬにあけて待っ たのに」と言って、たいへんお笑いになる。「それはまあ とか どうして。お礼をこそ申しあげましようのに」などとわた ( 逢坂は人が越えやすい関なので、鶏も鳴かないのに関の戸 しは一一 = ロう。「わたしの手紙をお隠しくださったことは、ま をあけて、来る人を待っとかいうことですよ ) た、やはりうれしいことです。さもなかったら、どんなに と御返事があった、これらの手紙を、はじめの手紙は、僧 そう へた

2. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

一清少納言の歌。『後拾遺集』雑 「夜をこめて鳥のそら音ははかるとも世に逢坂の関はゆるさじ -4 二。「夜をこめて」は、夜を明け方 せきもり 近くにまで籠らせて、夜の明けぬ 心かしこき関守侍るめれ」と聞ゅ。立ち返り、 子 うちに、の意。下句は私はあなた にだまされて逢うことを許すよう 草逢坂は人越えやすき関なれば鳥も鳴かぬにあけて待っとか なことはしないつもりだ、の意。 ふみ かんこくかん 枕 ニ函谷関とは違って利ロな関守 とありし文どもを、はじめのは、僧都の君の額をさへつきて取りたまひてき。 六 がここにはおり - ます . よ , つです・。 おまへ のちのち 三実際はあなたは容易に人に逢 後々のは、御前は、「さて逢坂の歌はよみへされて、返事もせずなりにたる、 , っとい , つ、つわさです - よ、とからか った。逢坂の関は『文徳実録』天安 いとわろし」と笑はせたまふ。 元年 ( 八毛 ) の条にすでに旧関のた てんじゃうびと さて、「その文は、殿上人みな見てしは」とのたまへば、「まことにおばしけめ出入り自由になって久しいとあ る。 りとは、これにてこそ知りぬれ。めでたき事など、人の言ひ伝へぬは、かひな四行成の「後のあしたは」の手紙。 五定子の弟隆円。能書の行成の きわざぞかし。また、見苦しければ、御文はいみじく隠して、人につゆ見せは手紙であるから人気があった。 六「孟嘗君の」と「逢坂は」の手紙。 べらぬ心ざしのほどをくらぶるに、ひとしうこそは」と一一 = ロへば、「かう物思ひ七詠み口によって圧倒されて。 〈行成が。 一ぐま 九私の手紙を人に見せたこと。 知りて言ふこそ、なほ人々には似ず思へ」と、「『思ひ隈なく、あしうしたり』 一 0 私のはすばらしいので人にお 見せになったのでしよう、の意で、 など、例の女のやうに言はむとこそ思ひつるに」とて、いみじう笑ひたまふ。 下手な歌を人に見せた思いやりの なさからみて、本当は私のことな 「こはなぞ。よろこびをこそ聞えめ」など言ふ。「まろが文を隠したまひける、 ど思ってくださらないことがわか りました、という裏の意があろう。 。、かに、い憂くつらからまし。今よりもさをたのみ また、なほうれしき事なり 五 そうづ ぬか かへり′ ) と

3. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

枕草子 330 かたの ひさしま ようのが、すばらしかろうそ。いかにも、交野の少将を非 に、ただ「あらずとも」と書いてあるのを、廂の間に差し 難した落窪の少将などは、雨夜に女を訪うて、足を洗って入れてあるのを、月の光に当てて見たのこそおもしろかっ いるのは、不愉快だ。汚いことだった。交野は馬のムクル た。雨が降るような折には、そんなふうにはできようか ニもおもしろい。しかしそれも、昨夜、一昨夜、つづけて 二七二常に文おこする人 通って来ていたのだからこそおもしろいのだった。そうで きぬぎぬ なん ちぎ なくては、雨の夜が何だっておもしろかろう。 いつも後朝の手紙をよこす人が、「何であなたと契りを あれもよう 風などが吹いて、荒模様の夜に、男が通って来ているの かわしたのだろう。今はもう言ってもどうしようもない おとさた は、頼りになる感じで、きっとおもしろくもあろう。 今はもう」などと言って帰って、翌日音沙汰もないので、 のうし めしつかい 雪の夜こそすばらしい。直衣などは言うまでもなく、狩とは言いながら、夜がすっかり明けてみると、召使の差し ぎめ、、、くろうど 衣やウへノ蔵人の青色の袍が、とても冷たく濡れていよう出す手紙の見えないことこそ物足りない感じがすることだ、 けじめ のは、たいへんおもしろ、こ違、よ、 しし、しオし。たとい六位の着る と思って、「それにしてもまあ、きつばりと区別のついた ろうそう 緑衫の袍であっても、雪にさえ濡れてしまうなら、不愉快あの人の心だったことよ」などと言って、日をおくってし なものではあるまい。昔の蔵人などが、女のもとなどに青まった。 ひなか 色の袍を着て、雨に濡れて来て、それをしばりなどしたと その翌日、雨がひどく降る日中まで音沙汰もないので、 かという話だ。今は昼でさえ着ないようである。ただ緑衫 「あの人はすっかり思いきってしまったのだった」などと えふ はしぢか かさ わらわ をばかりこそ引っかぶっているようだ。 , 衛府の役人などの 言って、端近の所に座っていたタ暮に、傘をさしている童 着ているのは、ましてとてもおもしろかったものだのに。 が手紙を持って来ているのを、いつもよりも急いであけて 雨の夜にやって来るのを、こうわたしが非難するのを聞見ると、「水増す雨の」と書いてあるよ。たいへんたくさ いたからとて、雨の夜に歩かない男があろうはすはなかろ ん何首も何首も詠んだ歌よりは、おもしろい くれないぞめ う。だが、月のとても明るい夜、紅染の紙の非常に赤いの かよ おちくば と

4. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

みきちょう よろしい。それにしても、あなた方はこの宮の御心をば、 物を御使いに差し出して、三、四人御几帳のもとに座って ろく いる。「あちらに行きまして、御使いの禄の事をいたして 引どういうふうだと理解し申しあげて、大勢参上していらっ しやるのかな。いかにいやしく物をお惜しみあそばされる まいりましよう」と言って、関白様がお立ちになってしま 子 わたくし 宮だからといっても、何とまあ、私は宮がお生れあそばさ ったあとで、中宮様は御手紙を御覧あそばされる。御返事 草 れた時から、たいへんお世話を申しあげてきているのだけ は、紅梅の紙にお書きあそばされるのが、御召物の同じ色 れど、いまだにおさがりのお召物一つだってくれてやって に映り合っているそのすばらしさ、そうした御配慮をやは かげぐち りそれとまで御推量申しあげる人はおそらくないのであろ はくださらないそ。何で陰ロとしては申しあげよう」など とおっしやるのがおもしろいので、みな、女房たちは笑っ うと思うと残念だ。「今日は特別に」ということで、関白 てしまう。「ほんとうにわたしめをばかげているといって、 様の御方から、禄はお出しあそばされる。女の装束に紅梅 さかな こうお笑いあそばされる。フリ恥ずかしい」などと仰せあ の細長を添えてある。肴などがあるので、御使いを酔わせ じようなにがし そばすうちに、宮中から御使いとして式部の丞某という たいと思うけれど、御使いは「今日は大切な事の世話役で しゅじよう 者が参上した。主上の御手紙は大納言様がお取りになって、 あなた様、お許しくださいませ」と、大納言様にも うわづつみ 申しあげて、座を立ってしまう。 関白様にお差しあげあそばすと、上包を引き解いて、「と ても拝見したいお手紙ですね。もし宮のお許しがございま 姫君たちなどはたいへんお化粧をきれいに仕立てて、そ すなら、あけて拝見いたしましよう」と仰せあそばすと、 れぞれ紅梅の御召物をわれ劣らじとお召しである中に、三 おんまえ みくしげどの の御前は、御匣殿や二番目の姫君よりも大柄でおふとりに 妙なことと中宮様はお思いのようである。「もったいなく かた もありますから」と言って、関白様はお差しあげあそばすなっていて、北の方などと申しあげたほうがよくお似合い になりそうだ。 と、中宮様はお手にお取りあそばされても、おひろげあそ ばされるようでもなく、おふるまいあそばされる御心づか 関白様の北の方もこちらへお渡りあそばしていらっしゃ ま いなどはめったにないほど御立派だ。隅の間から女房が敷る。御几帳を引き寄せて、わたしたち新参の女房どもには めしもの ほそなが めしもの

5. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

せておいたりなどする車もあることだ。 いうわさなどが生れてくるのは苦しいけれど、中宮様のお 手紙はおもしろくて、別の紙に、雨をたくさん降らせて、 二一五細殿にびんなき人なむ、暁にかさささ その絵の下に、 せて出でけるを 「雨ならぬ名のふりにけるかな あかっきかさ ( 雨が「降る」のではなくて浮名が「旧る」く久しくなって 細殿に出入りしては不都合な男が、暁に傘をささせて出 しまったことです ) たのを、人がうわさとしてあらわに言っているのを、よく め ぎめ それだから、濡れ衣なのでございましよう」と申しあげた 聞くと、自分に関することなのだった。その人は地下など うこんないし ぶなん ところ、右近の内侍などにこのことをお話しあそばされて、 とはいっても、無難な家柄で、人に許されない程度の人で せいりよう お笑いあそばされたのだった。 もなさそうなのを、「妙なことだな」と思ううちに、清涼 でん 殿から中宮様のお手紙を持って来て、「返事を今すぐ」と 一六四条ノ宮におはしますころ 仰せになっている。何事だろうかと思って見ると、大傘の 四条の宮に皇后様がお住いあそばすころ、衛府から五月 絵を描いて、人は見えない。ただ手だけに傘を持たせて、 くすだま しようぶ第一し その下の方に、 五日の菖蒲の輿などを持って参上し、薬玉を差しあげたり みくしげどの あした など、また、若い女房たちゃ、御匣殿などが薬玉を作って、 みかさ山やまの端明けし朝より ( みかさ山の山の端が明るくなった朝から ) 姫宮や若宮のお召物におつけさせ申しあげ、とてもおもし 幻とお書きあそばしてあった。やはりちょっとしたことに対ろく作ってある薬玉を、外からも差しあげているのに、青 してでも、ただもうすばらしくておいであそばすとわたしざしという物を、人が持って来ているということで、わた うすよう すずりふた 第 には感じられるのにつけて、自分にとって恥ずかしく、気しは青い薄様を、しゃれた風雅な硯の蓋に敷いて、「これ かきね は垣根越しにございましたので」と言って、皇后様に献上 に入らないようなことは、どうかして御覧になっていただ したところ、 かないよ , つにしょ , っと思 , つのに、そ、つしたほんと , つではな ほそどの えふ

6. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

「雲の上も暮らしかねける春の日を所がらともながめ というふうに見えたことだった。 けるかな そのころ、また、同じ物忌をするために、そうした所に ( 中宮様が、雲の上でもお暮しかねあそばしたのだった春の 退出していたところが、二日目という日の昼ごろ、ひどく しょざい わたくし 日を、私は、私の今居りますさびしい場所のせいで暮しかね 所在なさがつのってきて、たった今にも参上してしまいた るのだと思って物思いにふけっていたことでございました いような気持がする、ちょうどその時だったものだから、 よ ) たいへんうれしくて、それを見る。それは浅緑色の紙に、 こんや さいーに画う おおごと 私信として申しあげることは、今夜のうちにも、ひょっと 宰相の君が、中宮様の仰せ言を、とても筆跡うつくしくお したら少将になろうとすることでございましようか」と宰 書きになうていらっしやる。 「いかにして過ぎにし方を過ごしけむ暮らしわづらふ相の君に御返事の手紙を書いて、夜明け方に参上したとこ きのふけふ ろが、中宮様が「昨日の返歌の、『暮らしかねける』は、 昨日今日かな ひどい。たいへんにくらしい。ひどくみなが悪口を言っ ( いったいどういうふうにして過去の月日を過して来たので あろう。そなたが退出してから、日を暮すのに苦労する昨日 た」と仰せになるのが、とても情けなく、ほんとうに、そ , つい , っこともあろ , つ。 今日であるよ ) ししん と、中宮様はおっしゃいます。私信として申しあげること 二八一清水に籠りたるころ 段は、今日一日がすでに千年を過す気持がするので、この明 ひぐらし きよみずこも 清水に籠っているころ、蜩が盛んに鳴くのを、しみじみ け方には、早く参内なさるように」とある。この宰相の君 と身にしみて聞く折に、中宮様からわざわざ御使いをもっ のおっしやろうことさえおもしろいはずなのに、まして中 第 宮様の仰せ言の様子では、おろそかにはできない気持がすて仰せあそばされていたそのお手紙は、唐の紙の赤らんで そうがな いるのに、草仮名で、 3 るけれど、申しあげようことは頭に浮んでこないのこそ情 いりあひ けないことだ。 「山近き入相のかねの声ごとに恋ふる心のかすは知る さんだい から

7. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

ほそたに ななせ のだ。細谷川。七瀬川。玉星河。天の川、この下界にもあ すばらしい物ではある。はるか遠い国にいる人が、たいへ ん気がかりで、安否はどうだろうかと思うのに、手紙を見るのだそうだ。「七ダつめに宿からむ」と、業平が詠んだ というのも、ましておもしろい ると、現在さし向っているように感じられるのは、すばら 子 しいことであるよ。自分の思うことを書いて送ってしまう 草 二二三むまやは と、あちらまでも行き着かないでいるであろうけれど、満 なしはら うまやは梨原。日暮れのうまや。つきのうまや。のぐ 足した気持がすることだ。手紙ということが仮にないのだ ちのうまや。山のうまや、これはしみじみと身にしみて感 ったら、どんなに気が結ばおれて、心が暗くふさがるよう じられることを聞いておいたのに、さらにまたしみじみと レしろいろのことを思いつづけ な気持がすることだろうこ。、 した事があったので、やはりあれこれ取りあつめてしみじ て、その人の所へ細々と書きおきおおせた時には、気がか りな思いをも晴す気持がするのに、まして返事を見てしまみとした感じが深いのだ。 いのち えば、命を延ばすにちがいないようであるのも、なるほど 二二四岡は もっともなことであるよ。 ふなおかともおか 岡は船岡。鞆岡は、笹が生えているのがおもしろいこ 一三二河は とだ。かたらいの岡。人見の岡もおもしろい あすか ふちせ 河は飛鳥川。淵瀬が一定しなくて、はかないことであ みみと 一三五社は ろうと、たいへんしみじみとした感じだ。耳敏川、これは、 やしろふる 社は布留の社。竜田の社。花ふちの社。みくりの社。 また何をそんなにもさかしく聞きとったのだろうと、おも みやしろこうけん しろい。音無河、音が無いと思いがけない名であることな杉の御社、効験があるだろうとおもしろい。ことのままの みようじん みなせ なの どが、おもしろいのだろう。大井川。泉河。水無瀬川。勿明神は、たいへん頼りになる感じだ。「さのみ聞きけむー りそ ー願い事を聞いてばかりいた」とも言われなさってほしい 告川。名取川も、どんな評判を取っているのか聞きたいも なとり 第一ま 1 」ま たった

8. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

( 原文一一九ハー ) 体裁が悪いし、そうかといってそのまま使うのも意地を張 るさまは、格段によくないものだ。 ふづくえ 男はまして、文机に見た目も清らかに拭いておいて、重るようだ。そのように感じられることも、自分としても知 っているので、人がわたしの筆を使うのも何も言わずに見 ね硯でないのなら、二つの懸子の硯が、たいへん似つかわ じようず まきえ ほどこ ると、特に筆跡など上手でもない人で、そうはいうものの しく、蒔絵のありさまも、わざとらしく施したのではない っ′一う が、おもしろくて、墨や筆の様子も、人の目をとめるぐら物を書きたがる人が、とても都合よくわたしが使いかため てある筆を、変なふうに、もとのほうまで硯の墨汁の中に いにしつらえてあるのこそおもしろいものだ。 どうであれ、こうであれ、同じことだといって、黒塗の差し入れてたつぶり濡らして、「コハ物ャヤリ」とか何と ほそびつふた ふた か、細櫃の蓋などに書き散らして、横向きに投げ出して置 箱の蓋も片一方が欠け落ちているのや、また、硯はわずか かわら いてあるので、筆先は墨汁の中に差し込んでころがってい に墨の磨られている所だけが黒くて、そのほかは瓦の目に るのも、にくらしいことであるよ。しかし、そ , 2 一 = ロえよ , っ したがって入ってしまっている塵が、この世ではとても払 えそうにもないのに、それに水をうち流して、青磁の水入か、言えはしない。人の前に座っていると、「あなたのお くび かげでまあ暗いこと、奥の方におどきください」と言った れのロが欠けて、頸いつばいに、穴のあいているあたりが 見えて、みつともないのなども、平気で人の前に差し出すのこそ、またやりきれなくみじめな感じがするものだ。さ ことよ。 しのそいたのを見つけて、驚いて文句を言われたのも、ま た同じだ。ただしこれは自分が思いをかけている人から言 段 一三〇人の硯を引き寄せて われた場合のことではない。 他人の硯を引き寄せて、手習の文字をも手紙をも書く時 二二一めづらしと言ふべき事にはあらねど、 第 に、持主から「その筆はどうか使わないでくださいよ」と 文こそなほ 的言われたら、それこそは、とても何ともやりきれないみじ めな感じがするにちがいない。そのまま筆を置こうのも、 珍しいと言うべきことではないけれど、手紙こそやはり かけ ) 」 ていさい

9. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

枕草子 312 もない。 りぬべきかな もしも届け場所をまちがえて持って来などしたの ( 口に出して申しあげるのも恐れ多い「神」ー御下賜の であるのなら、自然とまたきっと言いに来ることだろう。 「紙」のおかげによりまして、鶴のように千年も生きられそ中宮様のあたりに内情を問いに人を参上させたいけれど、 うでございますよ ) やはりだれがいいかげんにこうしたことはするだろうか ) 一んじよう おおげさ あまり大袈裟でございましようかと言上なさってくださ中宮様の御命令なのだろうと、ひどくおもしろい だいばんどころぞうし い」と書いて、差しあげた。台盤所の雑仕を御使いとして 二日ばかり、これについて何の音沙汰もないので、疑い さきよう・ ひとえ 御便りが来ているのだ。禄として青い単衣などを与えて。 もなくて、中宮様からの御品だと思って、左京の君のもと そうし ほんとうに、この紙を、草子に作って騒いでいると、わ に、「こうこうい , っことがあるのです。そうしたことにつ ずらわしいこともまぎれるような気持がして、おもしろく いてそれらしい様子を御覧になりましたか。こっそりそち 心の中も感じられる。 らの様子をわたしにおっしやってくださって、もしそうし 二日ほどたって、赤い着物を着た男が、畳を持って来て、 たことが見えないのなら、わたくしがこうあなたにお話し 「これを」と言う。「あれはだれだ。無遠慮なこと」などと、 申しあげたとも、どうか他人にはお洩らしにならないでく 取っつき悪く言うので、男は畳を置いて立ち去る。「どこ ださい」と言いに、使いを送ったところ、返事に「中宮様 からなのか」とたずねると、「帰ってしまいました」と言 がひどくお隠しあそばされたことなのです。決して決して ごぎ って、取り入れたところ、特別に , 御座という畳のようになわたしがこうあなたに申しあげたと、あとでもおっしやら こうらいべり っていて、高麗縁などがきれいだ。心の中では、中宮様で ないで」とあるので、やはりそうだったよと、思ったとお 。オしかと田む , つので・ーーーしかしやはりはっきりしないから りで、おもしろくて、手紙を書いて、またひそかに中宮様 - 一うらん さが 人々を出して探させたところ、その使いの男は消え失の御前の高欄に置かせたところが、その手紙は、使いの者 があわててまごまごしていたうちに、そのまま下にかき落 せてしまったのだった。妙なことだといぶかしがって笑う みはし けれど、使いの男がいないのだから、言ってもどうしよう して、御階の下に落ちてしまったのだった。

10. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

くろいあそばしていらっしやるのを、女房たちが集って、 が、この時は、あの女の身に、たった今なりたいものだと じようだん 冗談。 こくやしがって何やかや言うようだ。 感じられた。 琴や笛など習う場合、これもまた、文字を書く場合のよ 男も、女も、坊さんも、よい子を持っている人は、た、 うにこそ、未熟のうちは、あの人のように早くなりたいと へんうらやましい。髪が長くきちんと整っていて、下がっ とうぐう しゅじよう めのと 当然感じられるようだ。主上や、東宮の御乳母はうらやま ている端などがすばらしい人。身分の高い人が、人にオし ほうばうきさきによう 1 」 せつにかしずかれなさるのも、とてもうらやましい。文字しい。主上付きの女房で、方々の后や女御がたに出はいり さんまい よいあかっき じよ、つ がうまく、歌を上手に詠んで、何かの折にまっ先に選び出することを許されているの。三昧堂を建てて、宵や暁に祈 すごろく っておられる人。双六を打つのに、相手の賽のよい目が出 される人。 し第一う ひじり りつば ているの。ほんとうに世間を思い捨てている聖。 立派なお方の御前に、女房がとてもたくさん伺候してい る時に、おくゆかしいお方の所へお届けあそばすはずの代 一六三とくゆかしきもの 筆のお手紙などを、だれだって鳥の足跡みたいな文字では、 まきぞめ しもつばね 早く結果が知りたいもの巻染、むら濃、くくった物な どうして書いているはずがあろうか。けれど、下局などに すずり どを染めている時。人が子を生んだのは、男か女か早く聞 いるのを、わざわざお呼び寄せになって、御自分の御硯を きたい。身分の高い人については言うまでもない。つまら 取りおろしてお書かせになるのは、うらやましい。そうし ねんちょうしゃ ない者や、身分の低い人の場合でさえ聞きたいものだ。除 段たことは、そのお仕えする場所の年長者の女房なんかとな 一もく 目のまだ早い翌朝、必ずしも知っている人で任官するはず ってしまうと、ほんとうに難波津の歌を書く程度から遠く へた の人などがない折も、結果を聞きたいものだ。愛する人が もないような下手な人も、事柄次第で書くのだが、これは かんだちめ みやづか 第 よこしている手紙 そうではなくて、上達部のもとや、また、はじめて宮仕え 1 ) んじよう に参上しようなどと、人が言上させているだれかの娘など 一六四心もとなきもの には、特に気をつかって料紙をはじめとして、何かとおっ なにわづ 0 じ