手習 - みる会図書館


検索対象: 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩
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1. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

( 現代語訳三八九ハー ) 法文なども、いと多く読みたまふ。雪深く降り積み、人目絶えたるころそ、げ一 = 鬱々とふさぎこんで。 一九 一六出家後の余裕の生じた心境。 に田 5 ひやる方なかりける。 宅浮舟は碁に強い ↓一八六ハー。 天小野は雪深い山里といわれた ニ 0 年も返りぬ。春のしるしも見えず、凍りわたれる水の音せ ( 伊勢物語八十三段など ) 。 三六〕新年、浮舟往時を 一九引歌未詳。 、 ) ころ 追懐し手習に歌を詠む ぬさへ心細くて、「君にぞまどふ」とのたまひし人は、心 = 0 浮舟一一十三歳、薫二十八歳。 ニ一谷川の水。宇治川と異なる趣。 憂しと思ひはてにたれど、なほそのをりなどのことは忘れず、 このあたり、浮舟の荒涼たる心象。 ニ四 一三匂宮と宇治川を渡り対岸の家 浮舟かきくらす野山の雪をながめてもふりにしことそ今日も悲しき で過した折のこと。↓浮舟〔一 0 。 ニ三宮への抑えがたい執心を自覚。 ひま われ など、例の、慰めの手習を、行ひの隙にはしたまふ。我世になくて年隔たりぬ = 四「降り」「古り」の掛詞。空を ニ六 暗くして降る野山の雪に、捨て切 わかな るを、思ひ出づる人もあらむかしなど、思ひ出づる時も多かり。若菜をおろそれぬ過往の執着の悲しみを形象 一宝手習が、浮舟の出家生活にか かなる籠に入れて、人の持て来たりけるを、尼君見て、 けがえのない営為として習慣化し ニ七 ゆきま ている点に注意。↓一九八ハー注 ^ 。 妹尼山里の雪間の若菜つみはやしなほ生ひさきの頼まるるかな ニ六正月子の日の長寿を祈る風習。 毛出家した浮舟の浄福を祈る歌。 習とてこなたに奉れたまへりければ、 夭「摘む」「積む」の掛詞で、あ なたのために私も生き長らえよう 浮舟雪ふかき野辺の若菜も今よりは君がためにそ年もつむべき と、互いの長寿を祈る歌。「君が 手 ため春の野に出でて若菜摘むわが とあるを、さそ思すらんとあはれなるにも、妺尼「見るかひあるべき御さまと衣手に雪は降りつつ」 ( 古今・春上 0 光孝天皇 ) 。 思はましかば」と、まめやかにうち泣いたまふ。 ニ九浮舟が尼姿でないならと悲嘆。 ほふもん ニ五 ニ三 ニ九

2. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

一周囲が反対した出家なので。 ニ今までと変ったわが尼姿を。 三髪の裾が急にばらばら乱れた っとめては、さすがに人のゆるさぬことなれば、変りたら 〔三〕翌日、浮舟手習に 格好で、しかも不揃いに削がれて 語 かみすそ 歌を詠じ中将にも返歌 物 むさま見えんもいと恥づかしく、髪の裾のにはかにおばとあるのを。肩あたりで切る尼削ぎ。 こ 1 」と 氏 四出家について叱言など言わず。 源れたるやうに、しどけなくさへ削がれたるを、むつかしきことども言はでつく前に僧都が、あとで髪を尼君たち の手で整えよと言った ( 前ハー ) 。 五尼姿が恥ずかしいので。 ろはん人もがなと、何ごとにつけてもつつましくて、暗うしなしておはす。思 六 一六四ハー一一行。 ふことを人に言ひつづけん言の葉は、もとよりだにはかばかしからぬ身を、まセ親しく事の経緯を申し開きで きる相手もいないので。 すずり いてなっかしうことわるべき人さへなければ、ただ硯に向かひて、思ひあまる〈今までも手習は心慰める唯一 の方法だった ( ↓一六七ハー注一一三 ) 。 一層かけがえのない営為となる。 をりは、手習をのみたけきことにて書きつけたまふ。 九精いつばいの仕事として。 な す 一 0 「身をも人をも」は、自分をも 浮舟「亡きものに身をも人をも思ひつつ棄ててし世をぞさらに棄てつる 他人をも。人間関係のいっさいを 今は、かくて、限りつるぞかし」と書きても、なほ、みづからいとあはれと見断つ意。「棄ててし」は以前の入水 の決意、「棄てつる」は今回の出家。 = すべてを終りにしたのだ。 たまふ。 三恩愛を断ったとしながらも、 なおも断ちきれぬ感情が去来する。 浮舟限りぞと思ひなりにし世の中をかへすがヘすもそむきぬるかな 一三二行凹限りつるそかし」を受 同じ筋のことを、とかく書きすさびゐたまへるに、中将の御文あり。もの騒ける。もう終りと思い決めた世の 中を重ね重ね捨てて出家した意。 しとあ入水直前にも「わが世つきぬ」とあ がしうあきれたる心地しあへるほどにて、かかることなど言ひてけり。、 ( 現代語訳三八一ハー ) まひける。

3. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

源氏物語「情蛉」図白描色紙伝土佐光則筆東京国立博物館蔵 多様な源氏絵作品のうち墨一 色の白描源氏絵は、彩色画に 、も亠まーレて、、、クロコス、、、ツクか 6 源氏世界を現出している。な かでも土佐光則は、フリア美 術館本やバーク・コレクショ ン本に代表される、淡墨の極 細線を駆使した精緻きわまり ない白描源氏絵色紙のシリ ズに独自の境地を拓いた。 図版は、その光則の作とされ る色紙五十四枚とそれに添え られた詞書色紙 ( 現在は六曲 一双屏風に貼り合わされてい る ) のうちの「蜻蛉」「手習」 の二図である。夏の夕暮、女 一の宮や女房らが氷を持って 涼む様子ル ( がのぞき見る「蜻 蛉」、秋、浮舟が身を寄せる小 野の尼君の庵の間近で稲を刈 る人々が歌に興じ合う「手習」

4. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

浮舟・ 蜻蛉・ 手習・ 夢浮橋・ 校訂付記 : 巻末評論・ 凡例 目次 原文現代語訳 : ・三四八 ・ : 三九八 ・ : 三 0 六

5. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

こたま りし。事の心推しはかり思ひたまふるに、天狗、木霊などやうのものの、あざ 一その時の事情から推察すると。 前には「狐、木霊ゃうのもの」 むきてたてまつりたりけるにやとなむうけたまはりし。助けて京に率てたて ( 手習一五一一【 -) 。「天狗」の人に取 語 のち り憑いた話は『今昔物語集』巻一一十。 みつき な 物まつりて後も、三月ばかりは亡き人にてなんものしたまひけるを、なにがし 三宇治からみれば小野は「京」か。 氏五 四手習巻 ( 一五九ハー ) には、看護 いもうとこゑもんのかみ の期間が「四五月も過ぎぬ」とある。 源が妹、故衛門督の北の方にてはべりしが尼になりてはべるなむ、一人持ちては をむなご 五三行後、この人いたづらに : ・」 のち に続く。「故衛門督の : ・」以下、妹 べりし女子を失ひて後、月日は多く隔てはべりしかど、悲しびたへず嘆き思ひ 尼の経歴紹介。妹尼は、亡き娘へ かたち たまへはべるに、同じ年のほどと見ゆる人の、かく容貌いとうるはしくきよらの悲嘆が今も消えず、浮舟を身代 りと思い、熱心に看護する。 くわんおん なるを見出でたてまつりて、観音の賜へるとよろこび思ひて、この人いたづら六初瀬の観音が身代りを授けて 、べー 0 くれた。↓手習一五五・一六〇ジ になしたてまつらじとまどひ焦られて、泣く泣くいみじきことどもを申されしセ私 ( 僧都 ) に、浮舟を救ってほ しいとの願いを。↓手習一五九ハー。 のち ごしん ^ 前ハー末の「 ( 浮舟のことを ) く かば、後になん、かの坂本にみづから降りはべりて、護身など仕まつりしに、 はしくも見たまへす・ : 」に照応。 らう 九比叡山の西坂本。小野をさす。 ゃうやう生き出でて人となりたまへりけれど、なほこの領じたりける物の身に 一 0 身心守護の修法。印を結んで、 ) また のち 陀羅尼を唱える。 離れぬ心地なんする、このあしき物の妨げをのがれて、後の世を思はんなど、 = 「死に入る」の反対語。 悲しげにのたまふことどものはべりしかば、法師にては、勧めも申しつべきこ 三やはり私に憑いた物の怪が、 まだ身から離れぬ気がする。「後 とにこそはとて、まことに出家せしめたてまつりてしにはべり。さらに、しろの世を思はん」まで、浮舟の言葉。 一三出家して、物の怪から逃れる しめすべきこととはいかでかそらにさとりはべらむ。めづらしき事のさまにも とともに、後生の往生を願って修 九 すけ お てんぐ つか ・一たま

6. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

は、屏風絵に多く見られる構図。 もあはれなるを、門田の稲刈るとて、所につけたるものまねびしつつ、若き女 五農民の稲刈りをまねては。 き・よら′ おと 一セあづまぢ どもは歌うたひ興じあへり。引板ひき鳴らす音もをかし。見し東国路のことな一五この庵の下働きの女たち。農 民の労働歌を謡うさまは、『枕草 子』「賀茂へ詣づる道に」「五月の ども思ひ出でられて。 御精進のほど」の章段に見える。 みやすどころ 一九 なるこ かのタ霧の御息所のおはせし山里よりはいますこし入りて、山に片かけたる一六鳴子。↓タ霧一三八ハー。 『扇面法華経』下絵でも、女が屋内 まっかげ から引板を引くさまを描いている。 家なれば、松蔭しげく、風の音もいと心細きに、つれづれに行ひをのみしつつ、 宅昔暮した常陸国。傷心の今に いっともなくしめやかなり。 なって、幼時が懐かしまれる趣 ニ 0 一〈落葉の宮の母。一条御息所。 あかよ きん 尼君ぞ、月など明き夜は、琴などきたまふ。少将の尼君などいふ人は、琵一〈片方が斜面に接するような家。 ニ 0 七絃の琴。この物語では多く 琶弾きなどしつつ遊ぶ。妹尼「かかるわざはしたまふや。つれづれなるに」な王統の人々がこの琴を弾く。「よ しある」 ( 前ハー ) とされるゆえん。 ど言ふ。昔も、あやしかりける身にて、心のどかにさやうのことすべきほども三妹尼づきの尼女房の一人。 一三昔、継父とともに陸奥や常陸 で成長。嗜みも身につけずに過し なかりしかば、いささかをかしきさまならずも生ひ出でにけるかなと、かくさ た自分と異なり、若いころ習得し た芸事を楽しめる老女らを羨む。 習だすぎにける人の心をやるめるをりをりにつけては思ひ出づ。なほあさましく 一一三「手習」はこの巻に五例。古歌 てならひ おの や自作の歌に己が思いを託すこと。 ものはかなかりけると、我ながら口惜しければ、手習に、 手 一西意思に反して救われたと嘆く ニ四 たれ 歌。「流れゆく我は水屑となり果 浮舟身を投げし涙の川のはやき瀬をしがらみかけて誰かとどめし てぬ君しがらみとなりてとどめ ろ・と よ」 ( 大鏡 ) を裏返したような発想。 思ひの外に心憂ければ、行く末もうしろめたく、疎ましきまで思ひやらる。 ひた

7. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

一浮舟の同情を誘うように。 け来し道のわりなさなど、あはれ多うそへて語りたまふ。 0 ニ道中の難儀よりも、浮舟恋慕 にはるかに、いを労するとする。 匂宮峰の雪みぎはの氷踏みわけて君にそまどふ道はまどはず やましな 語 三「山科の木幡の里に馬はあれ ど徒歩よりぞ来る君を思へば」 ( 拾 物「木幡の里に馬はあれど。など、あやしき硯召し出でて、手習ひたまふ。 遺・雑恋柿本人麿 ) 。 なかぞら 源 四前の逢瀬でも、二人は手習を 浮舟降りみだれみぎはにこほる雪よりも中空にてそわれは消ぬべき 楽しんだ。↓三二ハ と書き消ちたり。この「中空」をとがめたまふ。げに、憎くも書きてけるかな五雪よりはかなく空の中途で消 えそう、とする。薫と宮の間で迷 うわが身を喩えた。タ顔の歌「・ と、恥づかしくてひき破りつ。さらでだに見るかひある御ありさまを、いよい うはのそらにて影や絶えなむ」に よあはれにいみじと人の心にしめられんと、尽くしたまふ言の葉、気色言はむも類似。↓タ顔田一二九ハー一四行。 六書いて消した。戯れ気分もあ る手習で、宮に甘えつつ恥じる。 方なし。 セ浮舟が二人の間で迷うとする 一一ものいみ 冫かたみにあはれとのを、匂宮は見抜いて咎める。 御物忌二日とたばかりたまへれば、心のどかなるままこ、 ^ なるほど生意気にも書いたも 一四ぞ のみ深く思しまさる。右近は、よろづに例の言ひ紛らはして、御衣など奉りたの、と自分の不用意に気づく。 九宮はただでさえ。 けづ 一六きめ り。今日は乱れたる髪すこし梳らせて、濃き衣に紅梅の織物など、あはひをか一 0 浮舟から思われようと、の意。 = 匂宮の物忌は二日間と。京に しびら もそのように伝えていたらしい しく着かへてゐたまへり。侍従も、あやしき褶着たりしを、あざやぎたれば、 三「かたみに : ・思しまさる」に注 みてうづ その裳をとりたまひて、君に着せたまひて、御手水まゐらせたまふ。姫宮にこ意。二人の恋はたかまる一方。 一三右近は留守居役である。 きは れを奉りたらば、いみじきものにしたまひてむかし、 いとやむごとなき際の人一四浮舟の着替えの衣装など。 や ニ 0 けしき 一九

8. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

( 原文二〇九ハー ) あいさっ 中将は、女君のほうへもご挨拶なさった。 というもの、少しは晴れ晴れとした気持になって、尼君と おほかたの世を背きける君なれど厭ふによせて身こそ かりそめに冗談をも言い交したり、碁を打ったりなどして、 っとめ つらけれ 日々をお過しになる。お勤行も熱心に励み、法華経はもと ( おおよそ俗世間を捨てて出家なさったあなたですが、世を よりのこと、そのほかの経文などもじつにたくさん読誦な 厭うことにかこつけてじつはこの私をお嫌いになってのこと さる。とはいえ、雪が深く降り積って人の行き来も見えな かと思えば、恨めしくてならないのです ) くなるころになると、いかにも気の晴らしようもないので 取次の女房は、中将が綿々と情をこめてお申しあげになる あった。 ことなどをこまごまと詳しく取り次ぐ。「どうかこの私を 三六〕新年、浮舟往時を年も改った。小野の山里ではあたり きようだい 兄妹とお考えになってください。なんとなく世間話なども 追懐し手習に歌を詠むに春のきざしも見えす、凍りつめた 申しあげて、心を慰めましよう」などと、中将の伝言を続谷川の水の流れる音が聞えないことまでも心細く思われて、 ける。女君は、「どのようにお心深いお話などを承りまし あの「君にぞまどふ」とおっしやったお方のことは、すっ ても、この私には聞き分けられそうもないのがまことに情かり厭わしい気持になっているけれど、それでもやはり、 けのうございます」と返事をして、中将の、世を厭うにか その折のことなどは忘れないで、 こつけてとの恨み言にはお答えにならない かきくらす野山の雪をながめてもふりにしことぞ今日 女君は、思いもよらぬ情けないことをも経験した身の上 も非しき 習 なのだから、中将の訴えもほんとに厭わしい、自分はすっ ( 空も暗く降りしきる野山の雪を眺めるにつけても、過ぎ去 かり朽木などのような有様で誰からも見捨てられたまま一 った昔のことが今日も悲しく思い出されてくる ) 手 生を終ろ , っと、そのようにふるまっていらっしやる。こう などと、例によって慰めの手すさびを勤行の合間には書い 9 したしだいで、この幾月ずっと引き続き鬱々と物思いばか ておられる。世間から姿を消して年も改ってしまったが、 りしていらっしやったのが、望みどおり出家なさってから この自分を思い出してくれる人もあるにちがいない、など うつうつ

9. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

引歌一覧 : 官位相当表・・ 各巻の系図 : 源氏物語引歌索引・・ 源氏物語引用漢詩文索引・・ 源氏物語引用仏典索引 : ロ絵目次 源氏物語図扇面 / 浮舟 : ・ 源氏物語蜻蛉図白描色紙 : 源氏物語手習図白描色紙 : 源氏物語夢浮橋図色紙・・ 〈装丁〉中野博之 ・ : 四四四 ・ : 四五一 : 四八 0 ・ : 哭八

10. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

381 手習 ( 原文一九八ハー ) だった。少将の尼は、「まあ、なんとしたことを。どうし た。夜の風の音を聞くにつけて、少将の尼たちは、「心細 てこんな無分別なことをなさるのですか。尼上が帰ってい いお暮しもここしばらくのこと、も , つじきほんとにお幸せ らっしゃいましたら、なんとおっしゃいますか」と一一 = ロ , つけ におなりでしようと、末頼もしくお待ち申しておりました れども、僧都は、せつかくここまで事が運んでしまったこ御身を、こんな尼姿にしておしまいになって、これから先 とをとやかく言って当人の気持を乱すのもよろしくないと のまだまだ長いご生涯を、いったいどうなさるおつもりで 思って、おたしなめになるので、少将の尼は、そばへ寄っ すか。老い衰えた者でさえも出家の際には、もうこれまで て制めるわけにもいかない。女君は、僧都が「流転三界とすべてをあきらめるほかないのが、ほんとに悲しいこと 中」などと唱えるにつけても、自分はとうに恩愛の情を断なのです」と言い聞かせているけれども、女君本人は、や ち切ってしまったものをと、これまでの身の上を思い、そ はり今は心も安らいでうれしい気持である。これで俗世間 れにつけてもさすがに悲しくてならないのであった。阿闍 にどう生き長らえるか、そのすべを考えなくてもすむよう 梨は御髪を削ぐにも削ぎかねて、「あとでゆっくりと尼君 になったのが、じつにありがたいことなのだと、晴れ晴れ ひたいがみ たちの手でお直しくだされ」と言う。額髪は僧都ご自身が した、い地になられるのであった。 お削ぎになる。「このようなご器量を尼姿になられて、後 三一〕翌日、浮舟手習にあくる朝は、なんといっても人の許 悔なさいますな」などと、尊い仏法の教えを説いてお聞か 歌を詠じ中将にも返歌さぬ出家を遂げてしまったのだから、 せになる。女君は、とてもすぐには許してもらえそうにも これまでと変った尼姿を見られるのも恥ずかしく思われ、 ふぞろ なく、また誰もが思いとどまるよう言い聞かせておられた また髪のすそがにわかに乱れ広がり、そのうえ不揃いに閉 出家の本望を、なんとうれしくも、ついに遂げることがで がれているのを、面倒な叱言など言わずにととのえてくれ きたのだと、これだけは生きていたかいがあったと思わずる人がいてくれるとよいがと、何事につけても気がねされ にはいらっしゃれないのであった。 るので、わざと部屋を暗くしていらっしやる。胸のうちを 僧都たちの一行が京に出て行って、あたりが静かになっ他人に詳しく打ち明けて話すことなど、もとからでさえ進