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検索対象: 現代日本の文学 33 檀 一雄 織田 作之助 田中 英光 集

現代日本の文学 33 檀 一雄 織田 作之助 田中 英光 集から 356件ヒットしました。

現代日本の文学 33 檀 一雄 織田 作之助 田中 英光 集


昭 和 21 年 10 月 「 世 界 文 学 」 に 掲 載 さ れ た 「 ジ ュ リ ア ン ・ ソ レ ル 」 ( 右 ) と 、 昭 和 22 年 1 月 「 可 能 性 の 文 学 」 が 掲 載 さ れ た 「 世 界 文 学 」 川 驟 交 學 丁 度 ま 4 ・ 、 ム ~ 衾 帰 ー ル ミ を 1 、 り み ま ( 、 、 を ミ イ ー , ス 第 「 , の い 第 を ふ ミ ( ( ・ ン 。 ャ ; こ 、 0 す 発 ん ャ 第 , : み , を 第 ナ 第 ね 、 キ , 人 ( , , 不 ; こ 。 イ 0 ミ お 、 一 一 窄 扣 。 み 鶯 タ は 、 《 、 」 -0 , を お 3 ) 絶 筆 と な っ た 「 土 曜 夫 人 」 原 稿 右 逝 去 の 前 年 街 頭 で 左 作 之 助 十 七 回 忌 に 際 し 、 法 善 寺 し よ う べ 4 た ・ れ ご 横 丁 正 弁 丹 吾 の 前 で 行 わ れ た 文 学 碑 除 幕 式 ( 昭 和 三 十 八 年 ) ま 物 ト 物 蕚 第 第 を み 論

現代日本の文学 33 檀 一雄 織田 作之助 田中 英光 集


昭 和 十 七 年 一 月 「 秋 深 き 」 が 掲 載 さ れ た 「 大 阪 文 学 」 學 文 飯 人 0 日 本 工 業 新 聞 取 材 記 者 時 代 上 街 頭 に て 左 右 よ り 3 人 目 作 之 助 ( 昭 和 14 年 こ ろ ) を 一 枝 に つ き ま と っ て い た や く ざ の こ と な ど も 作 品 の な か に 影 を 落 し て い る と 思 わ れ る 。 と も あ れ 作 之 助 は 、 翌 十 四 年 大 阪 へ 帰 り 、 就 職 の た ほ ・ : フ め に 奔 走 し 、 や っ と 業 界 の 新 聞 社 に 就 職 し 、 姉 た ち の じ ん り よ く か ず え 尽 力 に よ り 、 学 生 時 代 か ら の 長 い 仲 だ っ た 一 枝 と 、 よ か わ ち う や く 正 式 に 結 婚 し 、 府 下 南 河 内 郡 に 新 居 を 構 え る に 至 っ た の で あ る 。 こ の 年 「 俗 臭 」 を 書 き 、 こ れ が 翌 年 芥 川 賞 の 有 力 候 補 と な り 、 続 い て 「 夫 婦 善 哉 」 が 改 造 す い せ ん 社 の 第 一 回 文 芸 推 薦 作 品 と な り 、 作 之 助 は こ れ に よ っ て 新 聞 社 を 辞 職 、 創 作 に 専 念 す る こ と に な る 。 こ こ ま で が 織 田 作 の 、 い わ ば 文 字 通 り の 青 春 の 時 期 で 、 こ の 新 聞 社 を 辞 め る ま で の 体 験 を 基 礎 に し た 『 二 十 歳 』 「 青 春 の 逆 説 』 の 長 編 小 説 を 昭 和 十 六 年 に 刊 行 す る む ろ ん 体 験 を 基 礎 に し た 、 と い っ て も 決 し て 私 小 説 き ひ で は な い 。 織 田 作 は 私 小 説 的 発 想 を 極 度 に 忌 避 し た 。 〈 あ り が た く な い 面 相 ば か し 出 て 来 て 、 箸 が こ け る よ 、 つ な 偶 然 を 描 く こ と す ら ビ ク ビ ク と 警 戒 し て 、 欠 伸 ま ご え じ り の 床 の 上 で 製 造 し た 子 供 の 泣 き 聲 だ け が 唯 一 の は な ば か し さ だ と い う よ う な 、 こ の 国 の 自 然 主 義 月 つ う ば 説 の 観 念 〉 ( 「 ジ ュ リ ア ン ・ ソ レ ル 」 ) と い っ た 、 痛 罵 に 近 い 言 葉 は 、 そ の 端 的 な あ ら わ れ で あ る 事 実 、 作 之 助 自 身 も 、 ス タ ン ダ ー ル に 傾 倒 し て 、 あ の よ う な 機 知 に あ ふ れ た ロ マ ン を 創 造 し た い と 念 願 し

現代日本の文学 33 檀 一雄 織田 作之助 田中 英光 集


百 ~ の は 右 初 版 単 行 本 地 下 室 か ら 卩 気 い 去 既 昭 和 二 十 一 一 年 九 月 「 少 女 」 を 掲 載 し た 「 新 日 本 文 学 」 新 日 本 文 學 第 新 日 本 支 學 会 光 戦 地 で 右 英 光 ( 昭 和 13 年 ) ヂ 」 = → 十 こ し て き 重 治 の 指 摘 は 、 こ う い っ た 英 光 の 資 質 と 生 き か た を 悼 弋 コ 不 ん だ も の と 思 わ れ る や ま ざ き の り こ 」 ( ・ フ せ い 物 浜 さ て 共 産 党 離 党 後 、 新 宿 で 山 崎 敬 子 と の 同 棲 生 活 に 勤 英 入 っ た り し て 、 生 活 は 乱 れ に 乱 れ て い た が 、 作 品 は 精 党 活 動 を 主 題 に し た 「 z ) 星 光 中 力 的 に 書 き 続 け ら れ て い た 。 機 関 区 」 「 少 女 」 「 地 下 室 か ら 」 も 、 こ の 時 期 の 作 品 で あ コ 端 前 る が 、 他 に 世 評 の 高 い 「 桑 名 古 庵 」 や 、 亀 井 勝 一 郎 が 横 て 英 光 の 文 学 の な か に 〈 童 心 の 幻 想 〉 を み よ う と し た か い け つ じ ら い や さ い ゅ う き す い こ て ん 上 と 場 「 蚤 傑 自 来 也 」 だ と か 「 我 が 西 遊 記 」 「 わ が 水 滸 伝 」 な ど が あ る 。 も う 少 し 生 き て 居 れ ば 、 あ る い は 開 花 し つ く し た か も 知 れ ぬ 文 学 的 可 能 性 が 、 生 活 の た め に 書 き ま く ら れ た 諸 作 品 の な か に も 散 見 す る 時 期 で あ る だ が 昭 和 二 十 三 年 六 月 、 英 光 に と っ て 唯 一 の 文 学 的 魂 の 拠 り ど こ ろ で あ っ た 太 宰 治 が 自 殺 す る 。 英 光 は 通 し ち て ん ば っ と う 夜 で ウ イ ス キ イ と カ ル モ チ ン を あ お り 、 七 転 八 倒 し て ご う き ゅ - っ 号 泣 し 、 意 識 を 失 っ た と 言 わ れ る 。 こ の 後 、 ア ド ル ム 、 カ ル モ チ ン の 常 時 服 用 量 が 増 し 、 生 活 は さ ら に 荒 廃 し い ん さ ん 「 野 狐 」 は そ う い う 時 期 に 書 か れ た 陰 惨 な 作 品 で あ る 〈 百 丈 野 狐 〉 と い う 褝 の 公 案 を 中 心 の 思 想 に 据 え 、 同 び ら ん 棲 の 娼 婦 と の 糜 爛 し た 生 活 を 書 き な が ら 〈 な ん と か し て 、 彼 女 と 一 緒 に 自 分 も 助 か り た い 、 浮 び 上 が り た い 〉 と 願 う の だ が 、 そ れ も か な わ す 、 〈 野 狐 風 流 五 百 生 、 さ ん け ん 447

現代日本の文学 33 檀 一雄 織田 作之助 田中 英光 集


414 て 自 ら 脚 色 、 松 竹 で 映 画 化 。 八 月 、 妻 一 枝 死 去 、 悲 嘆 に く れ る ・ 九 十 月 、 評 論 コ 一 流 文 楽 論 」 を 「 改 造 , に 、 評 論 「 ジ 、 リ ア ン ・ ソ レ 月 「 螢 」 を 「 文 藝 春 秋 」 に 、 十 月 「 日 記 」 を 「 新 潮 」 に 、 十 一 月 ル 」 を 「 世 界 文 学 」 に 発 表 。 十 一 月 「 中 毒 」 を 「 新 生 日 本 ー に 発 表 。 「 高 野 線 」 を 「 新 文 学 」 に 発 表 。 同 月 、 「 土 曜 夫 人 」 の 舞 台 が 東 京 に 移 行 す る の に 先 立 ち 上 京 、 銀 座 昭 和 ニ 十 年 ( 一 九 四 五 ) 三 十 一 一 歳 裏 佐 々 木 旅 館 に 宿 泊 、 執 筆 と 訪 問 客 の 応 対 に 忙 殺 さ れ る 。 は じ め て 一 月 「 ニ コ 狆 先 生 」 を 「 サ ン デ ー 毎 日 」 に 発 表 。 同 月 三 十 日 よ り 一 一 一 林 芙 美 子 、 坂 口 安 吾 、 太 宰 治 と 柑 識 る 。 評 論 「 可 能 性 の 文 学 」 を 書 日 間 連 続 放 送 劇 「 猿 飛 佐 助 ー を 脚 色 、 放 送 。 一 一 月 「 猿 飛 佐 助 」 ( 火 遁 き 終 え る と 同 時 に 喀 血 、 絶 対 安 静 を 命 じ ら れ る 。 十 二 月 「 可 能 性 の の 巻 ) を 「 新 潮 」 に 、 三 月 「 猿 飛 佐 助 」 ( 水 遁 の 巻 ) を 「 新 文 学 」 に 文 学 」 を 「 改 造 」 に 発 表 。 「 世 相 」 を 八 雲 書 店 よ り 刊 行 。 歳 末 、 東 う の こ う じ な ぺ い か っ ゆ き 発 表 。 同 月 、 宇 野 浩 一 一 、 鍋 井 克 之 、 藤 沢 桓 夫 と の 座 談 会 「 大 阪 と 文 京 芝 田 村 町 の 東 京 病 院 に 入 院 、 病 勢 は 次 第 に 悪 化 す る 。 学 」 に 参 加 ( 「 歴 」 四 号 、 昭 和 四 十 一 年 五 月 に 発 表 ) 。 十 一 月 「 髪 ー を 昭 和 ニ 十 ニ 年 ( 一 九 四 七 ) 三 十 四 歳 「 オ ー ル 読 物 」 に 、 十 一 一 月 「 表 彰 」 を 「 文 藝 春 秋 」 に 、 「 見 世 物 」 を 一 月 、 吉 村 正 一 郎 と の 対 談 「 可 能 性 の 文 学 」 を 「 世 界 文 学 」 に 、 「 大 「 新 世 界 」 に 発 表 。 こ の 年 「 十 五 夜 物 語 」 を 「 大 阪 新 聞 」 に 連 載 。 阪 の 可 能 性 」 を 「 斷 生 」 に 発 表 。 一 月 十 日 、 東 京 病 院 で 死 去 、 大 阪 西 鶴 現 代 語 訳 「 世 間 胸 算 用 」 を 完 成 。 市 天 王 寺 区 の 楞 厳 寺 に 埋 葬 さ れ る 。 二 月 「 船 場 の 娘 」 が コ ・ ハ ル ト 社 昭 和 ニ 十 一 年 ( 一 九 四 六 ) 三 十 三 歳 よ り 、 「 妖 婦 」 が 風 雪 社 よ り 、 三 月 「 怖 る べ き 女 」 が 実 業 之 日 本 社 一 月 「 土 足 の ま ま の 文 学 」 を 「 文 学 雑 誌 ー に 発 表 。 「 猿 飛 佐 助 」 を よ り 、 「 天 衣 無 縫 」 が 新 生 活 社 よ り 、 「 夫 婦 善 哉 」 が 大 地 書 房 よ り 、 四 月 「 夜 光 虫 」 が 世 界 文 学 社 よ り 、 「 夜 の 構 図 」 が 万 里 閣 よ り 、 「 土 三 島 書 房 よ り 刊 行 。 一 一 月 、 笹 田 和 子 ( 声 楽 家 ) と 結 婚 、 宝 塚 に 住 む が 、 十 日 ば か り で 大 阪 の 義 兄 竹 中 方 に 帰 り 、 京 都 へ 行 く 。 ち き り や 別 曜 夫 人 」 が 鎌 倉 文 庫 よ り 刊 行 。 八 月 、 評 論 集 「 可 能 性 の 文 学 」 が カ ホ リ 書 房 よ り 刊 行 。 館 、 涯 荘 等 の 旅 館 を 転 々 と す る 。 三 月 「 六 白 金 星 」 を 「 新 生 に 、 ・ ハ ル ー ン 」 を 「 新 文 学 」 に 、 四 月 「 神 経 」 を 「 文 明 」 に 、 「 世 昭 和 ニ 十 三 年 ( 一 九 四 八 ) 相 」 を 「 人 間 」 に 、 「 竸 馬 」 を 「 改 造 , に 、 「 夫 婦 善 哉 後 日 」 を 「 世 七 月 「 合 駒 富 士 」 を 大 仏 舎 よ り 、 十 一 一 月 「 そ れ で も 私 は 行 く 」 を 大 界 文 学 」 ( 四 月 、 五 ・ 六 月 合 併 号 ) に 発 表 。 た ち ま ち 流 行 作 家 と な 阪 文 庫 よ り 刊 行 。 こ の 年 「 織 田 作 之 助 選 集 」 ( 全 五 巻 ) が 中 央 公 論 る 。 五 月 「 鬼 」 を 「 新 風 」 に 、 「 四 月 馬 鹿 」 を 「 光 」 ( 四 月 、 五 ・ 六 社 よ り 刊 行 さ れ る 。 昭 和 三 十 一 年 「 織 田 作 之 助 選 集 」 ( 全 十 五 巻 ) が 月 合 併 号 ) に 発 表 。 「 夜 の 構 図 」 を 「 婦 人 画 報 」 に 連 載 。 「 素 顔 」 を 現 代 社 よ り ( 十 四 冊 で 中 艷 ) 、 昭 和 四 十 五 年 「 織 田 作 之 助 全 集 」 ( 全 瑤 林 社 よ り 刊 行 。 六 月 、 コ 一 十 歳 」 「 青 春 の 逆 説 . を 集 大 成 し た 「 青 八 巻 ) が 講 談 社 よ り 刊 行 さ れ る 。 春 の 逆 説 」 を 三 島 書 房 よ り 刊 行 。 こ の こ ろ 「 夜 光 虫 」 を 「 大 阪 日 日 本 年 譜 は 、 青 山 光 二 編 の も の を 基 と し て 、 編 集 部 で 作 成 し 、 同 氏 の 校 閲 を 得 ま し た 。 新 聞 」 に 、 「 そ れ で も 私 は 行 く 」 を 「 京 都 日 日 新 聞 」 に 連 載 。 八 月 「 大 阪 の 憂 欝 」 を 「 文 藝 春 秋 」 に 発 表 。 「 土 曜 夫 人 ー を 「 読 売 新 聞 」 に 連 載 ( 十 一 一 月 で 中 絶 ) 。 九 月 「 六 白 金 星 」 を 三 島 書 房 よ り 刊 行 。 「 ア ド ・

現代日本の文学 33 檀 一雄 織田 作之助 田中 英光 集


現 代 日 本 の 文 学 33 全 60 巻 檀 雄 織 田 作 之 助 集 田 中 英 光 昭 和 45 年 11 月 1 日 初 版 発 行 昭 和 57 年 10 月 1 日 27 版 発 行 檀 雄 著 者 織 田 作 之 助 田 中 英 光 発 行 者 古 岡 滉 発 行 所 鑾 学 習 研 究 社 東 京 都 大 田 区 上 池 台 4 ー 40 ー 5 〒 145 振 替 東 京 8 ー 142930 電 話 東 京 ( 720 ) 1111 ( 大 代 表 ) 印 刷 大 日 本 印 刷 株 式 会 社 中 央 精 版 印 刷 株 式 会 社 製 本 中 央 精 版 印 刷 株 式 会 社 本 文 用 紙 三 菱 製 紙 株 式 会 社 表 紙 ク ロ ス 東 洋 ク ロ ス 株 式 会 社 製 函 永 井 紙 器 印 刷 株 式 会 社 * こ の 本 に 関 す る お 問 合 せ や ミ ス な ど が あ り ま し た ら , 文 書 は , 東 京 都 大 田 区 上 池 台 4 丁 目 40 番 5 号 ( 〒 145 ) 学 研 お 客 さ ま 相 談 セ ン タ ー 現 代 日 本 の 文 学 係 へ , 電 話 は , 東 京 ( 03 ) 720 ー 1111 へ お 願 い し ま す 。 ◎ Yosoko Dan, Teiko Oda, Eiichiro Tanaka 1970 Printed ⅲ Japan ISBN4 ー 05 ー 050243 ー 7 C0393 本 書 内 容 の 無 断 複 写 を 禁 す

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平 一 、 吉 井 栄 治 、 中 谷 栄 一 ら が お り 、 同 人 交 互 の 編 集 に よ り 、 文 学 名 で 「 タ 刊 大 阪 新 聞 」 に 連 載 。 「 文 芸 」 編 集 部 に 三 高 時 代 の 上 級 生 ー ず な の 絆 で 結 び つ い た 友 情 の も と に 、 至 難 な 状 況 を く ぐ り ぬ け 六 年 間 の の 木 村 徳 三 が お り 、 以 後 親 交 が つ づ く 。 刊 行 を つ づ け る 。 創 刊 号 に 戯 曲 「 朝 」 を 発 表 。 三 月 、 卒 業 試 験 は 受 昭 和 十 六 年 ( 一 九 四 一 ) 二 十 八 歳 け る が 、 出 席 日 数 不 足 で 卒 業 で き ず 退 学 。 白 崎 も 同 様 。 上 京 、 小 石 二 月 、 書 き お ろ し 長 編 コ 一 十 歳 」 を 万 里 閣 よ り 刊 行 。 六 月 「 雪 の み よ う い だ に 川 茗 荷 谷 の 青 山 の ア ・ ハ ー ト に 止 宿 。 七 月 、 宮 田 一 枝 を 京 都 に 残 し 大 夜 」 を 「 文 芸 」 に 、 七 月 「 立 志 伝 」 を 「 改 造 」 に 発 表 。 十 二 月 「 海 阪 に 帰 り 、 帝 塚 山 に 近 い 姫 松 園 ア ・ ハ ー ト に 住 む 。 心 斎 橋 、 道 頓 堀 界 風 」 を 解 散 、 大 阪 に お け る 統 合 同 人 雑 誌 「 大 阪 文 学 」 を 輝 文 館 よ り 隈 に 孤 独 な 放 浪 の 日 夜 を 送 る 。 十 二 月 、 戯 曲 「 モ ダ ン ・ ラ ン ・ フ 」 を 創 刊 。 「 秋 深 き 」 「 動 物 集 」 「 勧 善 懲 悪 」 等 を 発 表 。 秋 、 書 き お ろ し 「 海 風 」 に 発 表 。 長 編 「 青 春 の 逆 説 」 を 万 里 閣 よ り 刊 行 。 間 も な く 発 売 禁 止 処 分 を う 昭 和 十 ニ 年 ( 一 九 三 七 ) 一 一 十 四 歳 け る 。 十 一 一 月 、 西 鶴 現 代 語 訳 「 世 間 胸 算 用 」 を 「 西 日 本 」 に 連 載 。 一 一 十 九 歳 五 月 、 単 身 上 京 、 本 郷 秀 英 館 に 止 宿 。 ス タ ン ダ ー ル の 「 赤 と 黒 」 を 昭 和 十 七 年 ( 一 九 四 一 l) 読 ん で 、 小 説 へ の 志 向 が に わ か に か た ま る 。 四 月 「 天 衣 無 縫 」 を 「 文 芸 」 に 発 表 。 「 五 代 友 厚 」 を 日 進 社 よ り 、 昭 和 十 三 年 ( 一 九 三 八 ) 二 十 五 歳 七 月 「 月 照 」 を 全 国 書 房 よ り 、 「 西 鶴 新 論 」 を 修 文 館 よ り 、 十 月 「 漂 一 一 月 「 ひ と り す ま う 」 を 、 十 一 月 「 雨 」 を 「 海 風 ー に 発 表 。 夏 、 軽 流 」 を 輝 文 館 よ り 刊 行 。 同 月 「 素 顔 」 を 「 新 潮 」 に 、 十 一 月 「 わ が 井 沢 に 遊 ぶ 。 こ の こ ろ し き り に 浅 草 界 隈 を 歩 く 。 武 田 麟 太 郎 に 注 目 町 」 を 「 文 芸 」 に 発 表 。 さ れ る 。 三 十 歳 昭 和 十 八 年 ( 一 九 四 = l) 昭 和 十 四 年 ( 一 九 三 九 ) 一 一 十 六 歳 「 清 楚 」 を 「 大 阪 新 聞 」 に 連 載 。 一 月 「 素 顔 」 を 撰 書 堂 よ り 刊 行 。 と ん だ ば や し 四 月 、 大 阪 に 帰 り 、 富 田 林 の 義 兄 竹 中 国 次 郎 方 に 寄 寓 。 織 物 新 聞 社 一 一 月 「 藤 沢 桓 夫 論 」 を 「 大 阪 文 学 」 に 発 表 。 四 月 「 わ が 町 」 、 六 月 を 経 て 、 日 本 工 業 新 聞 社 に 入 社 。 七 月 、 宮 田 一 枝 と 正 式 に 結 婚 、 大 「 随 筆 大 阪 」 を 錦 城 出 版 社 よ り 刊 行 。 八 月 「 聴 雨 」 を 「 新 潮 」 に 、 九 阪 府 南 河 内 郡 野 田 村 丈 六 に 移 住 。 九 月 「 俗 臭 」 を 「 海 風 」 に 発 表 。 月 「 道 」 を 「 文 芸 」 に 、 「 勝 負 師 」 を 「 若 草 」 に 発 表 。 「 清 楚 」 を 輝 昭 和 十 五 年 ( 一 九 四 〇 ) 一 一 十 七 歳 文 館 よ り 、 「 大 阪 の 指 導 者 」 を 錦 城 出 版 社 よ り 刊 行 。 西 鶴 現 代 語 訳 一 一 月 「 俗 臭 」 が 室 生 犀 星 の 推 薦 で 芥 川 賞 候 補 と な り 、 寒 川 光 太 郎 の 「 武 家 義 理 物 語 」 を 「 大 阪 文 学 」 に 発 表 。 こ の 年 、 夏 、 「 わ が 町 」 が 譜 「 密 猟 者 」 と 最 後 ま で 賞 を 争 う 。 四 月 「 夫 婦 善 哉 」 を 「 海 風 」 に 発 表 「 べ ン ゲ ッ ト の 星 」 と 題 し て エ ノ ケ ン 一 座 に よ り 有 楽 座 で 上 演 さ れ す る が 、 改 造 社 の 第 一 回 文 芸 推 薦 作 と な り 、 七 月 「 文 芸 」 に 再 掲 、 る の を 機 に 上 京 。 た け お 三 十 一 歳 年 文 壇 へ の デ ヴ ュ ー 作 と な る 。 五 月 、 藤 沢 桓 夫 の 推 薦 で 「 放 浪 」 を 昭 和 十 九 年 ( 一 九 四 四 ) 「 文 学 界 」 に 発 表 。 八 月 、 処 女 作 品 集 「 夫 婦 善 哉 」 を 創 元 社 よ り 刊 一 月 、 三 高 以 来 の 親 友 白 崎 礼 三 死 去 。 三 月 「 木 の 都 」 を 「 新 潮 」 に 行 。 十 月 「 子 守 唄 」 を 「 文 芸 」 に 発 表 。 こ の こ ろ よ り 本 格 的 に 井 原 発 表 。 七 月 「 清 楚 」 が 森 本 薫 の 脚 色 で 放 送 さ れ 、 放 送 賞 を 受 賞 。 あ わ 西 鶴 を 読 む 。 日 本 工 業 新 聞 社 を 辞 職 。 「 合 駒 富 士 」 を 野 田 丈 六 の 筆 「 清 楚 ー は さ ら に 「 木 の 都 」 の 主 題 を 併 せ 「 還 っ て 来 た 男 」 と 題 し て づ か や ま

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416 七 月 、 再 度 応 召 、 中 国 山 西 省 に 駐 留 。 十 一 月 、 長 男 英 一 郎 出 生 。 沼 津 機 関 区 を 中 心 に 活 動 。 十 月 「 わ が 青 春 彷 徨 ー を 「 新 潮 」 に 、 「 ス 一 一 十 六 歳 ウ べ ニ イ ル 」 を 「 モ ダ ン 日 本 」 に 発 表 。 十 一 月 、 地 区 委 員 長 を 辞 任 。 昭 和 十 四 年 ( 一 九 三 九 ) 三 十 四 歳 一 月 、 上 等 兵 に 進 級 。 二 月 、 呉 王 渡 に 駐 留 。 四 月 「 鍋 鶴 」 を 「 若 昭 和 ニ 十 ニ 年 ( 一 九 四 七 ) 二 ・ 一 ゼ ネ ス ト で 活 躍 。 「 桑 名 古 庵 」 を 「 群 像 」 に 、 「 Z 機 関 区 」 を 草 」 に 発 表 。 十 二 月 、 山 西 を 引 揚 げ 、 朝 鮮 平 壌 に 帰 還 。 一 一 十 七 歳 「 太 平 」 に 、 九 月 「 少 女 」 を 「 新 日 本 文 学 」 に 発 表 。 「 姫 む か し よ も 昭 和 十 五 年 ( 一 九 四 〇 ) 三 月 、 臨 時 本 社 販 売 課 勤 務 。 九 月 「 オ リ ン ポ ス の 果 実 、 を 「 文 学 ぎ 」 を 赤 坂 書 店 よ り 刊 行 。 十 月 、 新 宿 で 山 崎 敬 子 と 知 り 合 う 。 こ の 界 」 に 発 表 、 十 一 一 月 、 高 山 書 院 よ り 刊 行 。 同 作 品 は 池 谷 賞 を 受 賞 。 年 の 春 、 日 本 共 産 党 を 離 党 。 三 十 五 歳 昭 和 ニ 十 三 年 ( 一 九 四 八 ) 一 一 十 八 歳 昭 和 十 六 年 ( 一 九 四 一 ) 一 一 月 、 朝 鮮 出 張 所 に 復 す 。 次 男 光 一 一 出 生 。 五 月 「 わ れ は 海 の 子 」 を 一 月 「 暗 黒 天 使 と 小 悪 魔 」 を 「 諷 刺 文 学 」 に 、 二 月 「 風 は い つ も 吹 い て い る 」 を 「 文 芸 大 学 」 に 発 表 。 三 月 「 わ が 水 滸 伝 」 を 新 紀 元 社 桜 井 書 店 よ り 刊 行 。 六 月 「 雲 白 く 草 青 し 」 を 「 文 学 界 」 に 発 表 。 一 一 十 九 歳 よ り 刊 行 。 五 月 「 地 下 室 か ら 」 ( 第 一 章 ) を 「 芸 術 」 に 発 表 。 六 月 、 昭 和 十 七 年 ( 一 九 四 一 I) 九 月 「 子 を 負 う て 」 を 「 新 潮 」 に 発 表 。 十 一 一 月 、 東 京 勤 務 と な り 、 世 太 宰 治 の 水 死 を 知 り 、 哀 し み の た め 一 時 錯 乱 状 態 と な る 。 九 月 「 青 田 谷 区 北 沢 の 横 浜 護 謨 社 宅 に 住 む 。 本 社 工 場 庶 務 部 文 書 課 に 勤 務 。 春 の 河 」 を 「 個 性 」 に 発 表 。 十 月 、 野 間 宏 と の 対 談 「 文 学 と 政 治 」 三 十 歳 を 、 十 一 月 「 酔 い ど れ 船 」 ( 一 ) を 「 総 合 文 化 」 に 発 表 。 昭 和 十 八 年 ( 一 九 四 一 一 D 三 十 六 歳 一 一 月 「 雲 白 く 草 青 し 」 を 桜 井 書 店 よ り 刊 行 。 十 一 月 、 長 女 弓 子 出 生 。 昭 和 ニ 十 四 年 ( 一 九 四 九 ) 昭 和 十 九 年 ( 一 九 四 四 ) 三 十 一 歳 四 月 、 催 眠 薬 中 毒 治 療 の た め 、 神 奈 川 県 戸 塚 精 神 病 院 に 入 院 。 五 月 、 二 月 「 端 艇 漕 手 」 を 今 日 の 問 題 社 よ り 、 六 月 「 我 が 西 遊 記 」 ( 上 ) を 桜 山 崎 敬 子 と 口 論 中 、 下 腹 部 を 刺 し 、 四 谷 署 に 逮 捕 さ れ る 。 「 野 狐 ー を 井 書 店 よ り 刊 行 ( 下 巻 は 九 月 刊 行 ) 。 八 月 「 新 編 風 土 記 」 ( 「 土 佐 」 ) の 「 知 識 人 ー に 、 八 月 「 離 魂 」 を 「 新 小 説 ー に 発 表 。 十 月 、 長 女 弓 子 執 筆 を 太 宰 治 に す す め ら れ る 。 九 月 、 桜 井 均 の す す め で 家 族 を 静 岡 県 を 連 れ 、 宮 城 県 玉 造 郡 鳴 子 町 の 田 中 温 泉 へ 行 く 。 同 月 十 八 日 帰 京 。 三 津 浜 の 旅 館 富 士 屋 に 疎 開 さ せ る 。 十 月 、 横 浜 護 謨 鶴 見 寮 に 住 む 。 「 嘘 と 少 女 」 を 真 善 美 社 よ り 、 「 愛 と 憎 し み の に 」 を 月 曜 書 房 よ り 三 十 一 一 歳 昭 和 ニ 十 年 ( 一 九 四 五 ) 刊 行 。 十 一 月 三 日 、 太 宰 治 の 墓 の あ る 下 連 雀 の 黄 檗 宗 禅 林 寺 へ 行 き 、 三 月 、 家 族 を 三 津 浜 の 桜 井 書 店 の 別 荘 に 移 す 。 九 月 、 会 社 の 人 員 整 墓 前 で ア ド ル ム と 酒 を 飲 み 、 左 手 首 を カ ミ ソ リ で 切 り 自 殺 を 図 る 。 理 で 退 社 。 三 津 浜 へ 移 る 。 「 桜 田 門 外 」 を 生 活 社 よ り 刊 行 。 「 青 春 の 河 」 を 思 索 社 よ り 刊 行 。 「 君 あ し た に 去 り ぬ 」 を 「 群 像 」 に 、 昭 和 ニ 十 一 年 ( 一 九 四 六 ) 三 士 二 歳 「 聖 ヤ ク ザ 」 を 「 新 潮 」 に 発 表 。 「 酔 い ど れ 船 」 を 小 山 書 店 よ り 、 三 月 、 日 本 共 産 党 に 入 党 。 「 戦 場 で 聖 歌 を 聞 い た 」 を 「 新 小 説 」 に 「 地 下 室 か ら 」 を 八 雲 書 店 よ り 、 遺 作 集 「 さ よ う な ら 」 を 月 曜 書 房 発 表 。 五 月 、 単 身 沼 津 地 区 委 員 会 に 移 り 、 委 員 長 と な る 。 新 日 本 文 よ り 刊 行 。 昭 和 一 一 十 五 年 一 月 「 子 供 た ち に 」 を 「 新 小 説 」 に 発 表 。 学 会 に 入 会 。 八 月 、 三 男 民 夫 出 生 。 九 ・ 一 五 国 鉄 ゼ ネ ス ト に お い て 本 年 譜 は 島 田 昭 男 編 の も の を 基 と し て 編 集 部 で 作 成 し 、 同 氏 の 校 閲 を 得 た 。

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410 四 十 一 一 歳 「 改 造 」 に 、 八 月 「 父 子 来 迎 」 を 「 作 品 」 に 発 表 、 こ の こ ろ 練 馬 区 南 昭 和 ニ 十 九 年 ( 一 九 五 四 ) 田 中 町 に 転 居 。 主 に 「 リ ッ 子 , の 連 作 を 翌 年 に か け て 各 誌 に 発 表 。 一 一 月 「 風 と 剣 ー を 「 地 上 」 に 連 載 ( 八 月 ま で ) 。 三 月 「 ザ ポ ン の 家 , 三 十 七 歳 を 「 文 学 界 」 に 、 四 月 「 梨 花 ー を 「 改 造 」 に 、 六 月 「 薔 薇 と 瓦 礫 」 昭 和 ニ 十 四 年 ( 一 九 四 九 ) 一 月 「 照 る 陽 の 庭 」 を 「 文 芸 」 に 、 五 月 「 誘 惑 」 を 「 群 像 , に 発 を 「 文 学 界 」 に 、 八 月 「 幼 年 」 を 「 別 冊 文 藝 春 秋 」 に 発 表 。 同 月 、 表 。 七 月 「 小 説 太 宰 治 」 を 「 新 潮 」 に 連 載 ( 八 月 ま で ) 。 八 月 「 黄 金 奥 秩 父 中 津 川 渓 谷 へ 行 く 途 中 、 崖 の 上 よ り 落 下 し た 煉 瓦 大 の 鉱 石 に 旅 行 」 を 「 文 芸 」 に 連 載 ( 十 月 ま で ) 。 十 月 「 落 日 」 を 「 群 像 」 に 、 あ た り 重 傷 、 慶 大 附 属 病 院 に 入 院 。 十 一 月 「 大 遭 難 ー を 「 新 潮 ー に 発 表 。 こ の 年 六 月 、 長 女 ふ み 子 出 生 。 十 一 一 月 「 坂 口 安 吾 」 を 「 小 説 新 潮 」 に 発 表 。 三 十 八 歳 昭 和 三 十 年 ( 一 九 五 五 ) 四 十 三 歳 昭 和 ニ 十 五 年 ( 一 九 五 〇 ) 三 月 「 佐 久 の タ 映 え 」 を 「 新 潮 」 に 、 四 月 「 埋 葬 者 ー を 「 文 学 界 , 一 月 「 帰 去 来 」 を 「 群 像 ー に 発 表 。 「 地 上 」 ( 第 一 部 ) を 「 文 学 界 , に 、 六 月 「 元 帥 , を 「 新 潮 」 に 、 八 月 「 淋 し い 人 」 を 「 別 冊 文 藝 春 に 連 載 ( 十 一 一 月 ま で ) 。 一 一 月 「 母 」 を 「 新 潮 」 に 、 「 落 石 記 」 を 「 改 秋 ー に 、 九 月 「 白 雲 悠 々 , を 「 文 芸 」 に 、 十 月 「 長 恨 歌 」 を 「 オ ー 造 . に 、 四 月 「 坂 口 安 吾 の 死 , を 「 群 像 」 に 、 五 月 「 坂 口 安 吾 」 を ル 読 物 」 に 発 表 。 「 真 説 石 川 五 右 衛 門 」 を 「 新 大 阪 新 聞 . に 連 載 ( 翌 「 新 潮 」 に 発 表 。 「 タ 日 と 拳 銃 」 を 「 読 売 新 聞 」 ( 夕 刊 ) に 連 載 ( 翌 年 年 十 一 一 月 ま で ) 。 十 一 月 「 熱 風 」 を 「 新 潮 , に 、 「 新 カ グ ャ 姫 」 を 三 月 ま で ) 。 六 月 「 真 書 太 閤 記 」 を 「 知 性 , に 連 載 ( 翌 年 四 月 ま で ) 。 「 文 藝 春 秋 ー に 発 表 。 「 リ ッ 子 ・ そ の 愛 」 「 リ ッ 子 ・ そ の 死 」 を 作 品 十 一 月 「 誕 生 」 を 「 新 潮 ー に 、 「 女 の 山 彦 」 を 「 京 都 新 聞 」 に 連 載 社 よ り 刊 行 。 こ の 年 五 月 、 次 男 次 郎 出 生 。 ( 翌 年 七 月 ま で ) 。 「 タ 日 と 拳 銃 」 を 新 潮 社 よ り 刊 行 。 三 十 九 歳 昭 和 ニ 十 六 年 ( 一 九 五 一 ) 昭 和 三 十 一 年 ( 一 九 五 六 ) 四 十 四 歳 一 月 「 地 上 , ( 第 一 一 部 ) を 「 文 学 界 , に 連 載 ( 十 一 月 ま で 、 未 完 ) 。 三 月 「 天 妓 。 を 「 新 潮 ー に 、 十 一 月 「 小 説 林 芙 美 子 」 を 「 新 潮 」 に 発 表 。 十 一 一 月 捕 鯨 船 天 洋 丸 で 南 氷 洋 に 出 発 ( 翌 年 四 月 ま で ) 。 「 長 恨 五 月 「 光 る 道 ー を 「 新 潮 ー に 、 六 月 「 私 の 家 に 来 た 天 使 」 を 「 小 説 公 園 ー に 、 八 月 「 海 の 光 ー を 「 群 像 」 に 、 「 残 り の 太 陽 」 を 「 別 冊 歌 」 と 「 石 川 五 右 衛 門 」 に よ り 、 第 一 一 十 四 回 直 木 賞 を 受 賞 。 四 十 歳 文 藝 春 秋 ー に 発 表 。 女 性 と 出 奔 。 「 風 と 雲 雀 と 丘 , を 「 新 女 苑 」 に 昭 和 ニ 十 七 年 ( 一 九 五 一 l) 九 月 「 ペ ン ギ ン 記 」 を 「 新 潮 ー に 、 十 一 一 月 「 青 春 物 語 」 を 「 小 説 新 連 載 ( 翌 年 十 一 一 月 ま で ) 。 九 月 、 草 野 心 平 ら と 中 国 に 赴 き 、 広 東 、 上 海 、 抗 州 、 北 京 、 蘭 州 、 哈 密 、 ウ ル ム チ 等 を 巡 歴 。 「 地 上 」 ( 第 一 潮 」 に 発 表 。 昭 和 ニ 十 八 年 ( 一 九 五 三 ) 四 十 一 歳 部 ) を 新 潮 社 よ り 刊 行 。 こ の 年 三 月 次 女 さ と 子 出 生 。 四 十 五 歳 四 月 「 貧 乏 物 語 」 を 「 小 説 新 潮 」 に 発 表 。 六 月 「 男 戦 女 国 」 を 「 産 昭 和 三 十 ニ 年 ( 一 九 五 七 ) 業 経 済 新 聞 」 に 連 載 ( 十 一 一 月 ま で ) 。 坂 口 安 吾 と 信 州 に 旅 行 。 七 月 六 月 「 波 打 際 。 を 「 中 央 公 論 ー に 発 表 。 十 月 「 イ エ ス ・ キ リ ス ト 「 放 浪 物 語 」 を 「 小 説 新 潮 , に 、 十 一 月 「 小 人 閑 居 」 を 「 文 藝 春 秋 」 伝 。 を 「 太 陽 ー に 連 載 ( 翌 年 一 一 月 ま で ) 。 昭 和 三 十 三 年 ( 一 九 五 八 ) 四 十 六 歳 に 発 表 。 佐 藤 春 夫 と 九 州 に 旅 行 。 こ の 年 一 一 月 、 三 男 小 弥 太 出 生 。

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」 創 刊 号 表 紙 「 鷭 」 第 二 号 表 紙 左 昭 和 十 二 年 七 月 、 赤 塚 書 房 よ り 刊 行 さ れ は な た み た 処 女 小 説 集 「 花 筐 」 昭 和 九 年 七 月 、 「 鷭 」 第 二 号 に 掲 載 さ れ た 「 美 し き 魂 の 告 白 」 = ( 第 」 を 第 0 第 ・ を を を 亥 を 一 第 退 屈 な 危 惧 僕 が 梶 を 知 っ た の は 師 の 馬 宅 で 、 そ の 時 は ト < 師 と 差 向 ひ で 、 分 っ て の る ヤ つ で み っ た 。 平 常 の い 得 で 、 僕 塗 ズ の 顔 を 破 く や う に 下 す と 、 梶 は お は び か る 付 で ・ 心 舞 美 っ て わ ー た 。 ( こ れ は 僕 の 物 の の で お る ) が で 紹 介 す る 前 に 、 ト は 未 館 的 に こ の 男 が に も び な い と い ふ 気 が し 、 師 が 紹 介 し て 終 っ を 上 に は ' そ の 蕉 鈹 が 常 っ て わ た だ け 、 こ ち ら が を お そ れ て な た ( と が か う い ふ 測 の 0 中 を ひ を お 昭 和 九 年 四 月 、 季 刊 文 芸 誌 「 鷭 」 創 刊 号 に 掲 載 さ れ た 「 退 屈 な 危 惧 」 う す る こ と が 、 孫 を 抱 い て 朝 鮮 行 き の 話 に 眼 を 輝 か せ て い た 檀 一 雄 の 本 質 を 、 よ り よ く 探 る 遣 り か た だ と 思 4 え る か ら で あ る 。 つ ま り 檀 一 雄 は 、 放 蕩 無 頼 の 限 り を つ く し た け れ ど も 、 い つ も こ の 放 蕩 に は 果 て が な け れ ば な ら な い と 思 っ て い た 。 も ち ろ ん 放 蕩 が 果 て て 常 識 的 な 世 界 へ 帰 る 檀 の 考 え て い た 放 そ う い う 意 味 の 果 て で は な い 。 蕩 の 果 て と は 、 む し ろ 死 の こ と で あ っ た 。 放 蕩 の 果 て が 死 だ と 思 う か ら こ そ 、 無 頼 の 限 り を つ く す の だ 。 死 へ の 思 い と 表 裏 の 関 係 に あ る 放 蕩 無 頼 ー ー 檀 は そ れ を 太 宰 治 と の 交 友 の な か で 擱 ん だ 。 そ れ が 、 あ の 気 狂 い じ み た 凄 絶 な 彼 ら の 青 春 の 本 質 で あ っ た 。 け い ば っ 青 春 と い う 用 羅 檀 一 雄 の 生 渊 は 、 太 宰 治 と の 出 会 い に よ っ て 決 定 的 か ご ん ち ょ う に な っ た と い っ て も 、 決 し て 過 一 言 で は な い だ ろ う 。 丁 度 、 小 林 秀 雄 が ラ ン ポ オ に 出 会 っ た こ と が 一 つ の 事 件 で あ っ た よ 、 つ に 、 檀 一 雄 に と っ て 、 こ の 三 歳 年 長 の 奇 矯 な 天 オ と の 出 会 い は 、 一 つ の 文 学 的 事 件 で あ っ た 。 昭 和 八 年 、 檀 一 雄 二 十 一 歳 の と き で あ る 。 ほ ・ 1 し よ う 京 き む ろ ん 檀 一 雄 の 放 縦 不 覊 は 生 ま れ な が ら の 資 質 で あ る 。 九 歳 の と き 母 が 若 い 男 と 恋 愛 事 件 を 起 し 家 出 し て ば あ い る か 、 そ れ に つ い て 檀 自 身 も 「 お ふ く ろ の 婆 さ ん は せ い ゼ っ や

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十 一 一 月 、 太 宰 治 ら と 「 青 い 花 」 を 創 刊 。 同 誌 に 「 詩 巴 を 発 表 。 こ の ち 再 び 朝 鮮 各 地 を ま わ り 寛 城 子 に 住 む 。 三 十 歳 昭 和 十 七 年 ( 一 九 四 一 l) の こ ろ 井 伏 鱒 一 一 か ら 坂 口 安 吾 を 紹 介 さ れ る 。 一 一 十 三 歳 「 魔 笛 」 を 満 州 の 「 芸 文 」 に 発 表 。 大 井 広 介 に 誘 わ れ て 「 現 代 文 昭 和 十 年 ( 一 九 三 五 ) 「 青 い 花 」 は 「 日 本 浪 曼 派 」 に 合 流 ・ 「 望 夢 」 、 「 花 筐 序 ー を 「 日 本 学 」 同 人 と な る 。 五 月 、 帰 国 、 高 橋 リ ッ 子 と 結 婚 、 東 京 練 馬 区 下 石 浪 曼 派 」 に 、 九 月 「 新 人 >< へ 」 ( 小 林 秀 雄 ) を 「 東 京 帝 国 大 学 新 聞 」 神 井 に 住 む 。 十 一 月 「 母 の 手 ー を 「 知 性 」 に 発 表 。 三 十 一 歳 に 、 十 月 、 詩 「 悲 歌 」 、 十 一 月 、 詩 「 恋 歌 」 、 「 衰 運 」 、 十 二 月 「 タ 張 胡 昭 和 十 八 年 ( 一 九 四 一 一 l) 亭 塾 景 観 」 ( 翌 年 一 一 月 芥 川 賞 侯 補 と な る ) を 「 日 本 浪 曼 派 」 に 発 表 。 一 月 「 少 年 」 を 「 公 論 」 に 、 三 月 「 芙 蓉 」 、 八 月 「 裾 野 少 女 」 を 「 文 一 一 十 四 歳 芸 世 紀 」 に 、 「 出 生 ま で 」 を 「 文 芸 」 に 発 表 。 こ の 月 長 男 太 郎 出 生 。 昭 和 十 一 年 ( 一 九 三 六 ) 三 十 二 歳 一 月 「 文 芸 時 評 」 を 「 日 本 浪 曼 派 」 に 、 一 一 月 「 逗 留 客 」 を 「 コ ギ ト 」 昭 和 十 九 年 ( 一 九 四 四 ) 第 四 十 五 号 に 、 「 虚 空 象 嵌 」 を 「 日 本 浪 曼 派 」 に 、 「 帰 心 」 を 「 早 稲 田 五 月 「 天 明 」 を 「 現 代 , に 連 載 ( 六 月 ま で ) 。 こ の 作 品 で 野 間 文 芸 文 学 」 に 発 表 。 同 月 、 東 京 大 学 を 卒 業 。 五 月 「 花 筐 」 を 「 文 藝 春 秋 」 奨 励 賞 を 受 賞 。 七 月 、 報 道 班 員 と し て 中 国 に 渡 り 、 高 見 順 ら と 湖 南 に 発 表 。 こ の こ ろ 満 鉄 の 就 職 依 頼 と い う ロ 実 で 友 人 坪 井 与 を た よ っ 作 戦 に 従 軍 。 北 京 、 南 京 、 漢 ロ 、 岳 州 、 長 沙 、 衡 陽 、 桂 林 、 柳 州 、 洛 陽 、 石 門 等 を 巡 遊 。 て 大 連 、 旅 順 、 奉 天 、 新 京 、 ハ ル ビ ン を ま わ る ・ 三 十 三 歳 昭 和 ニ 十 年 ( 一 九 四 五 ) 一 一 十 五 歳 昭 和 十 ニ 年 ( 一 九 三 七 ) 一 月 、 帰 国 上 京 。 「 悪 夢 ー を 「 日 本 浪 曼 派 」 に 発 表 。 芳 賀 檀 、 太 宰 五 月 帰 国 。 福 岡 市 の 実 家 に 病 臥 中 の 妻 リ ッ 子 と 長 男 太 郎 を 三 井 郡 松 治 の 家 々 を 転 々 と す る 。 七 月 、 最 初 の 作 品 集 「 花 筐 」 を 赤 塚 書 房 よ 崎 の 生 母 の 家 に 移 す 。 八 月 、 長 崎 の 原 爆 を 目 撃 。 十 月 こ ろ 妻 子 を 連 り 刊 行 。 「 自 伝 的 回 顧 」 に よ れ ば 、 〈 ( 佐 藤 春 夫 ) 先 生 の 寛 大 な る 彩 色 れ て 福 岡 県 糸 島 郡 西 浦 村 字 小 田 に 転 居 。 三 十 四 歳 を 以 て 飾 る を 得 た こ と は 生 涯 の 光 栄 で あ る 〉 と 誌 さ れ て い る 。 そ の 昭 和 ニ 十 一 年 ( 一 九 四 六 ) 出 版 記 念 会 の 予 定 日 に 応 召 、 久 留 米 独 立 山 砲 兵 連 隊 に 入 隊 。 尚 、 同 四 月 、 妻 リ ッ 子 病 死 。 五 月 、 太 郎 と 山 門 郡 東 山 村 善 行 寺 に 移 る 。 与 田 準 一 の 紹 介 で 山 田 ョ ソ 子 と 結 婚 。 誌 は 昭 和 十 三 年 八 月 一 日 を も っ て 廃 刊 。 三 十 五 歳 昭 和 ニ 十 ニ 年 ( 一 九 四 七 ) 一 一 十 七 歳 譜 昭 和 十 四 年 ( 一 九 三 九 ) 一 一 月 、 詩 集 「 虚 空 象 嵌 」 を 佐 藤 春 夫 の 装 幀 に よ り 赤 塚 書 房 よ り 刊 行 。 福 岡 市 綱 場 に 転 住 。 劇 団 を 思 い 立 ち 真 鍋 呉 夫 、 北 川 晃 ら と は か っ て 一 一 十 八 歳 「 珊 瑚 座 」 を 設 立 、 座 長 と な る 。 劇 団 同 人 は 三 十 名 余 。 「 リ ッ 子 」 の 昭 和 十 五 年 ( 一 九 四 〇 ) 連 作 を は じ め 、 「 終 り の 火 」 を 脱 稿 、 川 端 康 成 に 預 け る 。 年 十 一 一 月 、 召 集 解 除 と な る 。 再 召 集 を さ け て 渡 満 。 三 十 六 歳 昭 和 ニ 十 三 年 ( 一 九 四 八 ) 一 一 十 九 歳 昭 和 十 六 年 ( 一 九 四 一 ) 、 熱 河 等 を 巡 遊 、 南 京 方 面 に 転 住 し 二 月 「 終 り の 火 」 を 「 人 間 」 に 発 表 。 こ れ を 機 に 上 京 。 石 神 井 の ホ 8 満 州 各 地 、 綏 芬 河 、 マ ン チ 、 ー リ テ ル に 仮 寓 。 三 月 「 月 光 遮 照 」 を 「 キ ン グ 」 に 、 七 月 「 浮 ぶ 雲 」 を よ う と し た が 果 さ ず 。 十 二 月 、 福 岡 で 高 橋 リ ッ 子 と 見 合 い を す る ・ ま ゆ み