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昭和天皇(上)


一 七 〇 三 年 、 主 人 浅 野 侯 の 死 の 敵 を 討 っ た 有 名 な 赤 穂 浪 士 の う ( 爲 ) 摂 政 な い し 天 皇 と し て 、 裕 仁 は 皇 族 に 金 品 を 下 賜 し 、 栄 典 を ち 、 大 石 良 雄 以 下 一 七 人 が 預 け ら れ 、 切 腹 し た 場 所 で あ る 。 事 件 授 け 、 毎 年 誕 生 日 の 賜 餐 を 主 催 し 、 新 年 拝 賀 で 謁 を 与 え た 。 皇 族 の 一 部 に は 進 講 へ の 列 席 も 認 め た 。 一 九 九 三 年 七 月 一 〇 日 の 著 者 は 一 七 〇 一 年 か ら 〇 三 年 に 起 こ り 、 の ち に 文 楽 や 歌 舞 伎 で ド ラ マ 化 さ れ た 。 に よ る 山 階 ( 浅 野 ) 芳 正 教 授 か ら の 聞 き と り 、 田 中 伸 尚 「 ド キ ュ ( ) ア ル フ レ ッ ド ・ ・ マ ハ ン と 日 本 に つ い て は 、 Walter メ ン ト 昭 和 天 皇 ( 一 ) 侵 略 』 緑 風 出 版 、 一 九 八 四 年 、 一 一 三 ー LaFeber, The 0 房 ゝ H ミ 00 、 U. S. ・ を を ミ R ミ ミ , W. 二 四 ペ ー ジ 。 あ り し 日 の 皇 族 社 会 の 叙 述 と し て は 、 小 田 部 雄 次 『 梨 本 宮 伊 都 子 妃 の 日 記 ー 皇 族 妃 の 見 た 明 治 ・ 大 正 ・ 昭 和 」 小 学 W. Norton, 1997 , p. 5 Anders Stephanson, ミ s 、 es . ・ ゝ ミ e 斗 E も 3 こ s ミ the E ミ 、 ぎ 、 R ミ 、 , Hill 雀 館 、 一 九 九 一 年 。 華 族 に つ い て は 酒 井 美 意 子 『 あ る 華 族 の 昭 和 史 』 講 談 社 文 庫 、 一 九 八 六 年 を 参 照 。 Wang, 1995 , pp. 84 ー 87 を 参 照 。 ( 間 ) 伏 見 宮 に つ い て は 野 村 実 『 天 皇 ・ 伏 見 宮 と 日 本 海 軍 』 文 藝 春 ( 四 ) 井 原 頼 明 『 増 補 皇 室 事 典 』 冨 山 房 、 一 九 三 八 年 、 増 補 版 一 一 秋 、 一 九 八 八 年 、 五 五 ペ 1 ジ を 参 照 。 刷 、 一 九 八 二 年 、 四 五 ペ ー ジ 。 ) 一 九 三 〇 年 代 に は 、 陸 軍 大 将 一 三 四 人 の う ち 九 人 、 海 軍 大 将 ( リ 宇 垣 に つ い て は 、 井 上 清 『 宇 垣 一 成 』 朝 日 新 聞 社 、 一 九 七 五 ( 年 を 参 照 。 七 七 人 の う ち 三 人 が 皇 族 で あ っ た 。 こ の う ち 元 帥 は 、 陸 軍 一 七 人 ( ) 波 多 野 澄 雄 ほ か 編 「 侍 従 武 官 長 奈 良 武 次 日 記 ・ 回 顧 録 ( 四 ) 』 中 五 人 、 海 軍 一 一 人 中 三 人 が 皇 族 で あ る 。 軍 事 参 議 官 も 一 〇 人 は 柏 書 房 、 二 〇 〇 〇 年 、 一 一 八 ー 一 一 九 ペ ー ジ 。 皇 族 ( 朝 鮮 王 族 一 人 を 含 む ) で 占 め ら れ て い た 。 坂 本 悠 一 「 皇 族 ( ) Anatol Rappaport, "lntroduction to Carl von Clausewitz, 軍 人 の 誕 生 ー 近 代 天 皇 制 の 確 立 と 皇 族 の 軍 人 化 」 岩 井 忠 熊 編 「 近 On ) Penguin Books, 1968 , p. 2 C. L. Glaser and C. 代 日 本 社 会 と 天 皇 制 』 柏 書 房 、 一 九 八 八 年 、 一 一 三 〇 ペ ー ジ を 参 Kaufmann, "What is the Offense ・ Defense BaIance and Can We 照 。 ( 1 ) 藤 原 彰 「 『 天 皇 の 軍 隊 』 の 歴 史 と 本 質 」 「 季 刊 戦 争 責 任 研 Measure lt?" in 守 、 e ミ ミ ミ Se , 22 ( 4 ) , Spring, 1998 , p. 8 54 , n. 35 , citing Edward N. Luttwak, Strategy: The ト 。 を c 、 究 』 一 一 ( 一 九 九 六 年 三 月 ) 六 五 ペ ー ジ 。 2 ) 「 ヤ マ ト 」 は 、 数 あ る 古 代 氏 族 の う ち 、 武 力 で 日 本 最 初 の 国 一 、 、 ミ ミ ce , Harvard University Press, 1987. ( ) 山 田 朗 「 軍 備 拡 張 の 近 代 史 ー 日 本 軍 の 膨 張 と 崩 壊 』 歴 史 文 化 家 を 建 て た 一 族 の 名 に 由 来 す る 。 ラ イ プ ラ リ ー 、 吉 川 弘 文 館 、 一 九 九 七 年 、 三 七 ー 四 〇 ペ ー ジ 。 ( ) 浅 野 和 生 「 大 正 期 に お け る 陸 軍 将 校 の 社 会 認 識 と 陸 軍 の 精 神 5 ) 永 積 寅 彦 、 前 掲 八 〇 ペ ー ジ 。 教 育 」 中 村 勝 範 編 「 近 代 日 本 政 治 の 諸 相 ー 時 代 に よ る 展 開 と 考 ( 間 ) 同 前 四 一 ー 四 二 ペ ー ジ 。 察 』 慶 応 通 信 、 一 九 八 九 年 、 四 四 七 ペ ー ジ 。 ( 行 ) 田 中 宏 巳 「 昭 和 天 皇 の 帝 王 学 」 前 掲 九 七 ー 一 〇 〇 ペ ー ジ 。 ( 制 ) 纐 纈 厚 「 天 皇 の 軍 隊 の 特 質 ー 残 虐 行 為 の 歴 史 的 背 景 」 「 季 刊 314

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戦 争 責 任 研 究 』 八 ( 一 九 九 五 年 六 月 ) 日 本 の 戦 争 責 任 資 料 セ ン 皇 親 政 を 目 ざ す 明 治 維 新 の 背 景 に な っ た 主 要 思 想 に 継 承 さ れ 、 そ の た め 御 学 問 所 が 徹 底 的 に 注 入 し よ う と し た 天 皇 像 の 不 可 欠 の 属 ( 新 ) 渋 野 純 一 「 大 正 一 〇 年 川 崎 ・ 三 菱 大 争 議 の 文 献 と 研 究 史 」 性 に も な っ た 。 藤 原 彰 「 統 帥 権 と 天 皇 」 遠 山 茂 樹 編 『 近 代 天 皇 制 の 展 開 ー 近 代 天 皇 制 の 研 究 Ⅱ 』 岩 波 書 店 、 一 九 八 七 年 、 一 九 七 ー 「 歴 史 と 神 戸 』 第 六 巻 第 三 号 ( 一 九 六 二 年 八 月 ) 一 一 ペ ー ジ 。 ( ) 黒 沢 文 貴 『 大 戦 間 期 の 日 本 陸 軍 』 み す ず 書 房 、 一 一 〇 〇 〇 年 、 ( 巴 纐 纈 厚 「 天 皇 の 軍 隊 の 特 質 ー 残 虐 行 為 の 歴 史 的 背 景 」 前 掲 九 一 五 四 ペ ー ジ 。 ー 一 〇 ペ ー ジ 。 ( ) 同 前 一 二 五 ー 一 二 六 ペ ー ジ 。 ( ) 同 前 一 三 九 ー 一 四 一 ペ ー ジ 。 『 偕 行 社 記 事 』 は 陸 軍 将 校 の 親 ( ) Kazuko Tsurumi, Social Change the 守 。 ミ ミ l: ミ さ ミ ミ ミ 、 ミ 、 ミ ぎ ミ ミ Wa 、 = , Princeton UniversitY 睦 ・ 相 互 扶 助 団 体 偕 行 社 の 機 関 誌 で あ る 。 黒 沢 に 対 立 す る 視 点 か Press, 197P て p. 92 ー 93. ま 、 注 の 浅 野 論 文 四 四 三 ペ ー ジ 注 五 を 参 ら そ れ を 分 析 し た 議 論 ー ( ) 片 岡 徹 也 「 昭 和 初 期 ・ 日 本 陸 軍 へ の 社 会 学 的 ア プ ロ ー チ 」 照 。 『 軍 事 史 学 』 第 二 二 巻 第 四 号 ( 一 九 八 七 年 三 月 ) 一 六 ー 一 七 ペ ー ( ) 国 家 主 義 的 な 水 戸 派 の 朱 子 学 者 会 沢 正 志 斎 は 、 一 八 二 五 年 に 「 新 論 』 を 刊 行 し 、 「 夫 れ 兵 は 地 着 に し て 、 而 し て 天 皇 は 命 を 天 に い や し く 受 け 給 ふ 。 是 れ 天 地 人 合 し て 一 と 為 る な り 。 苟 も 能 く 因 り て 之 お さ 第 一 一 章 天 皇 に そ だ て る が 規 制 を 立 て 、 訓 練 ・ 講 習 し 、 戝 め て 時 に 動 き 、 以 て 天 地 の 威 令 を 光 か し 、 鬼 神 の 功 用 を 鼓 す れ ば 、 則 ち 功 烈 の 盛 な る こ と 、 言 ふ ら い さ ん よ う に 勝 ふ べ け ん や 」 と 述 べ た 。 同 様 の 主 張 は 京 都 の 歴 史 家 頼 山 陽 が ( 1 ) 藤 原 彰 「 統 帥 権 と 天 皇 」 遠 山 茂 樹 編 『 近 代 天 皇 制 の 展 開 ー 近 一 八 二 七 年 に 書 き あ げ た 『 日 本 外 史 』 に も 、 一 八 六 〇 年 代 に 「 尊 代 天 皇 制 の 研 究 Ⅱ 』 岩 波 書 店 、 一 九 八 七 年 、 一 九 九 ペ ー ジ 。 ジ 一 皇 攘 夷 」 運 動 を 推 進 し た 「 志 士 」 た ち の 思 想 に も 見 ら れ る 。 Bob ( 2 ) 安 丸 良 夫 『 近 代 天 皇 像 の 形 成 』 岩 波 書 店 、 一 九 九 二 年 、 一 一 一 Wakabayashi, ゝ ミ FO さ ミ ミ ミ ミ 24 ミ ミ ト ミ ぎ g ぎ ミ & e こ を 三 The ~ ミ 、 7825 , Harvard ( 3 ) 藤 樫 準 二 「 天 皇 白 書 ー 知 ら れ ざ る 陛 下 」 『 復 刻 版 天 皇 の 昭 和 章 Unive 「 sitY p 「 ess, → 0 , p. 黛 藤 原 彰 、 前 掲 『 昭 和 天 皇 の 十 五 史 サ ン デ ー 毎 日 緊 急 増 刊 』 ( 一 九 八 九 年 二 月 四 日 ) 八 九 ペ ー ジ 。 年 戦 争 』 一 一 、 一 八 ペ ー ジ 〔 『 新 論 』 の 引 用 文 は 会 沢 安 ( 正 志 ( 4 ) 大 竹 秀 一 『 天 皇 の 学 校 ー 昭 和 の 帝 王 学 と 高 輪 御 学 問 所 』 文 藝 第 斎 ) / 塚 本 勝 義 訳 註 『 新 論 』 岩 波 文 庫 、 一 九 四 一 年 、 六 一 ペ ー ジ 春 秋 、 一 九 八 六 年 、 二 八 九 ペ ー ジ 。 章 ( 5 ) 佐 伯 真 光 「 生 物 学 と 現 人 神 の は ざ ま 」 「 文 藝 春 秋 』 特 別 号 に よ っ た 〕 。 第 ( 囲 ) 天 皇 が 直 接 軍 隊 を 統 率 し 、 軍 事 を 掌 握 す る と い う 発 想 は 、 天 「 大 い な る 昭 和 」 ( 一 九 八 九 年 三 月 ) 四 九 〇 ペ ー ジ 。 注 か が や 3 5

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四 〇 ペ ー ジ 。 藤 原 彰 『 昭 和 天 皇 の 十 五 年 戦 争 』 青 木 書 店 、 一 九 九 一 月 二 六 日 、 大 正 ニ ュ 1 ス 事 典 編 纂 委 員 会 ほ か 編 「 大 正 ニ ュ ー ス 一 年 、 四 二 ペ ー ジ 。 事 典 ( 六 ) 』 毎 日 コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン ズ 、 一 九 八 八 年 、 三 四 四 ペ ( ) 大 江 志 乃 夫 「 初 め て 公 開 さ れ た 貴 族 院 秘 密 会 議 事 速 記 録 集 」 「 東 京 大 学 出 版 会 、 二 七 六 ( 一 九 九 五 年 一 〇 月 ) 三 〇 ー 三 犯 ) 小 山 い と 子 『 皇 后 さ ま 』 主 婦 の 友 社 、 一 九 五 六 年 、 四 三 ー 四 ( 四 ) 渡 辺 治 、 前 掲 二 五 三 ー 二 五 四 ペ 1 ジ 。 ( ) 『 東 京 日 日 新 聞 』 一 九 二 四 年 一 月 二 七 日 、 大 正 ニ ュ ー ス 事 典 ( ) 大 江 志 乃 夫 、 前 掲 三 〇 ペ ー ジ 。 編 纂 委 員 会 ほ か 編 、 前 掲 三 四 八 ペ ー ジ 。 ) 参 議 院 事 務 局 編 『 貴 族 院 秘 密 会 議 事 速 記 録 集 』 参 友 会 、 一 九 ( ) 大 澤 覚 「 皇 室 財 政 と 『 帝 室 統 計 書 』 」 後 藤 靖 / 大 澤 覚 解 題 九 五 年 、 二 五 一 ペ ー ジ 。 『 朝 日 新 聞 』 一 九 九 五 年 六 月 五 日 に 言 及 。 『 帝 室 統 計 書 ( 一 ) 』 ( 復 刻 ) 柏 書 房 、 一 九 九 三 年 、 一 二 ペ ー ジ 。 ( ) 児 島 襄 『 天 皇 (—) 若 き 親 王 』 文 春 文 庫 、 一 九 八 一 年 、 三 二 ( ) 河 原 敏 明 『 天 皇 裕 仁 の 昭 和 史 』 文 藝 春 秋 、 一 九 八 三 年 、 七 五 ( 芻 ) 渡 辺 治 、 前 掲 二 五 六 ペ ー ジ 。 色 前 掲 『 牧 野 伸 顕 日 記 』 四 四 ー 四 五 ペ ー ジ 、 一 九 一 三 年 一 月 二 ( ) 同 前 二 五 七 ペ ー ジ 。 渡 辺 は こ れ を 近 代 日 本 の ふ た つ め の 大 逆 八 日 条 。 罪 事 件 裁 判 と 指 摘 し て い る 三 五 三 ペ ー ジ ) 。 最 初 の 事 件 は 、 明 行 ) 高 橋 紘 「 解 説 」 木 下 道 雄 『 側 近 日 誌 』 文 藝 春 秋 、 一 九 九 〇 治 天 皇 の 暗 殺 を 企 て た と し て 、 一 九 一 〇 ー 一 一 年 に 行 わ れ た 幸 徳 年 、 二 八 九 ペ ー ジ 。 秋 水 ほ か 一 〇 人 の 裁 判 で 、 曹 洞 宗 の 禅 僧 内 山 愚 童 も そ の 一 員 で あ ( ) 前 掲 『 牧 野 伸 顕 日 記 』 四 四 ペ ー ジ 。 ( ) 「 平 和 原 則 」 と い う 用 語 は 、 Dorothy V. Jones, Code 、 5 ) 前 掲 『 牧 野 伸 顕 日 記 』 一 〇 七 ー 一 〇 八 ペ ー ジ 。 P ミ ミ Ethics ミ ミ Se こ き 斗 2 ミ 、 ミ ミ the VV ぎ 、 、 0 ミ S 、 ミ es, ( ) 児 島 襄 、 前 掲 二 九 八 ペ 1 ジ 。 University of Chicago Press, 1992 に よ る 。 ジ ( ) 同 前 二 九 九 ペ ー ジ 。 四 小 林 道 彦 「 世 界 大 戦 と 大 陸 政 策 の 変 容 」 『 歴 史 学 研 究 』 六 五 六 ( 一 九 九 四 年 三 月 ) 一 ー へ ( ) 渡 辺 治 、 前 掲 二 五 七 ペ ー ジ 。 ( ) ね ず ま さ し 『 天 皇 と 昭 和 史 ( 上 ) 』 三 一 新 書 、 一 九 七 六 年 、 ( 邑 斎 藤 聖 二 「 日 独 青 島 戦 争 の 開 戦 外 交 」 日 本 国 際 政 治 学 会 編 三 七 ペ ー ジ 。 不 敬 罪 事 件 は 、 一 九 二 八 年 だ け で 三 五 件 に は ね あ が 『 国 際 政 治 ー 国 際 的 行 為 主 体 の 再 検 討 』 一 一 九 ( 一 九 九 八 年 一 〇 月 ) 一 九 二 ー 二 〇 八 ペ ー ジ 。 章 ( 四 渡 辺 治 、 前 掲 二 五 三 ペ 1 ジ 。 ( ) 藤 原 彰 、 前 掲 四 〇 ー 四 八 ペ ー ジ 。 第 ( れ ) 「 贈 書 の 御 儀 行 わ れ る 」 『 東 京 日 日 新 聞 ( 夕 刊 ) 』 一 九 二 四 年 ( ) 前 掲 D. V. Jones,p. 44 は 、 日 本 の 「 人 種 的 平 等 に つ い て の 注 49 48 ヾ 0 3 2 5

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害 は い く つ か の 侵 略 相 手 国 よ り 軽 微 で あ る 。 以 上 の よ う に ア ジ ア は 大 き な 被 害 を 受 け た が 、 ヨ ー ロ ッ パ が 受 け た 戦 争 被 害 は さ ら に ( リ 寡 頭 政 治 家 と 明 治 天 皇 は と も に 、 天 皇 の 「 統 帥 権 」 は 、 そ の 甚 大 で 、 ナ チ ス ・ ド イ ツ と の 戦 闘 の 大 半 を 担 っ た ソ 連 は と く に そ 行 使 に 当 た っ て 国 務 大 臣 の 輔 弼 は ま っ た く 要 し な い も の と 考 え て う だ っ た 。 小 田 部 雄 次 / 林 博 史 / 山 田 朗 『 キ ー ワ ー ド 日 本 の 戦 争 い た 。 彼 ら の 観 点 で は 、 明 治 維 新 の 本 質 は ま さ に 天 皇 の 軍 人 君 主 犯 罪 』 雄 山 閣 出 版 、 一 九 九 五 年 、 五 四 ペ ー ジ を 参 照 。 ソ 連 の 犠 牲 と し て の 地 位 の 回 復 に あ っ た 。 3 ) 台 湾 で は さ ら に 一 〇 年 間 戦 闘 が 続 き 、 九 五 九 二 人 の 日 本 人 兵 者 に つ い て は 、 John Erickson, "Soviet War Losses: Calcula ・ tions and Controversies" in John Erickson and David DiIks, 士 が 戦 死 し た 。 君 島 和 彦 「 植 民 地 帝 国 へ の 道 」 浅 田 喬 二 編 「 近 代 日 本 の 軌 跡 ( 一 〇 ) 「 帝 国 」 日 本 と ア ジ ア 』 吉 川 弘 文 館 、 一 九 九 eds. , B ミ 、 き ss ミ The ミ ミ the AIIies, Edinburgh Univer ・ sity Press, 1994 , pp. 255 ー 277 を 参 照 。 四 年 、 六 〇 ー 六 一 ペ ー ジ 。 ( 7 ) 田 所 泉 「 昭 和 天 皇 の 和 歌 』 創 樹 社 、 一 九 九 七 年 、 一 六 ー 一 七 第 一 章 少 年 と 家 族 と 明 治 の 遺 産 ( 8 ) 昭 和 天 皇 の 没 後 一 〇 年 に あ た り 、 『 読 売 新 聞 』 は 、 宮 内 庁 は 昭 和 天 皇 の 編 年 史 の 事 業 に す で に 九 七 〇 〇 万 円 あ ま り を 支 出 し 、 ( 1 ) 児 島 襄 『 天 皇 (—) 若 き 親 王 』 文 春 文 庫 、 一 九 八 一 年 、 一 二 一 九 九 九 年 度 に も 一 二 七 四 万 円 の 予 算 が 組 ま れ て い る と 報 じ た 。 ペ ー ジ 。 河 原 敏 明 『 天 皇 裕 仁 の 昭 和 史 』 文 藝 春 秋 、 一 九 八 三 年 、 ミ 0 ミ こ ミ 7 ・ , Jan. 8 , 1999. ( ) ね ず ま さ し 『 天 皇 と 昭 和 史 ( 上 ) 』 三 一 新 書 、 一 九 七 六 年 、 ( 9 ) 東 野 真 、 前 掲 一 四 二 ペ ー ジ 。 東 野 に よ る と RG331 , B 。 X763 2 で あ る 〔 東 野 は B 。 X763 中 の 「 天 皇 は 戦 犯 で あ る か 」 と い う 文 書 一 だ け が 非 公 開 で あ る と し て い る 〕 。 ( 3 ) 飛 鳥 井 雅 道 「 明 治 大 帝 』 筑 摩 書 房 、 一 九 八 九 年 。 ち く ま 学 芸 ( 川 ) 安 田 浩 『 天 皇 の 政 治 史 ー 睦 仁 ・ 嘉 仁 ・ 裕 仁 の 時 代 』 青 木 書 文 庫 、 一 九 九 四 年 、 二 三 二 べ ー ジ 。 店 、 一 九 九 八 年 、 二 七 七 ペ 1 ジ 。 4 ) 一 八 九 五 年 、 天 皇 睦 仁 は 嘉 仁 の い く つ も の 持 病 の 定 期 診 療 ( Ⅱ ) 同 時 に 公 布 さ れ た 皇 室 典 範 で は 、 皇 室 の 古 代 か ら の 慣 習 や 制 を 、 ド イ ツ 人 医 師 エ ル ヴ ィ ン ・ ベ ル ツ に 許 し た 。 ト ク ・ ベ ル ツ 度 と 、 明 治 期 に 新 し く つ く ら れ た そ れ と の 違 い が あ い ま い に さ れ 編 / 菅 沼 竜 太 郎 訳 『 ベ ル ツ の 日 記 ( 上 ) 』 岩 波 文 庫 ( 改 訳 ) 、 一 九 て い た 。 典 範 は 、 多 く の 勅 令 と と も に 、 憲 法 に 基 づ い て 議 会 が 制 七 九 年 、 一 七 一 ー 一 七 二 ペ ー ジ 。 岩 井 忠 熊 「 明 治 天 皇 ー 「 大 帝 」 定 す る 法 と は ま っ た く 別 個 の 法 体 系 を 形 成 し た 。 横 田 耕 一 「 『 皇 伝 説 』 三 省 堂 、 一 九 九 七 年 、 一 三 九 ペ ー ジ 。 室 典 範 』 私 注 」 横 田 耕 一 / 江 橋 崇 編 著 「 象 徴 天 皇 制 の 構 造 ー 憲 法 ( 5 ) 田 中 惣 五 郎 『 天 皇 の 研 究 』 三 一 書 房 、 一 九 七 四 年 、 一 一 一 八 ペ 学 者 に よ る 解 読 』 日 本 評 論 社 、 一 九 九 〇 年 、 一 〇 五 ー 一 〇 六 ペ ー 3 0

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( % ) 飛 鳥 井 雅 道 「 近 代 天 皇 像 の 展 開 」 『 岩 波 講 座 日 本 通 史 ( 一 の 暗 殺 後 、 明 治 天 皇 の ひ ん ば ん な 李 垠 引 見 は な く な っ た よ う で あ る 。 七 ) 近 代 (ll) 』 岩 波 書 店 、 一 九 九 四 年 、 二 四 六 ー 二 四 八 ペ 1 ジ 。 ( % ) 家 永 三 郎 「 日 本 の 民 主 主 義 」 家 永 三 郎 編 『 現 代 日 本 思 想 大 系 ) H. D. Harootunian, "lntroduction", in B. s. Silberman and ( 三 ) 民 主 主 義 』 筑 摩 書 房 、 一 九 六 五 年 、 二 四 ー 二 五 ペ 1 ジ 。 H. D. Harootunian eds. , 、 ミ ぎ Crisis. ・ Essays 0 7 ぎ ( ) Yasuda Hiroshi, "The Modern Emperor system as 一 ( e き oc ミ , Princeton University press, 74 , p て . 6 ー 7. Took Shape before and after the Sino-Japanese War of 1894 ー ( ) 伝 記 刊 行 委 員 会 編 「 高 松 宮 宣 仁 親 王 」 前 掲 六 八 ペ ー ジ 。 5 ご in ゝ c ミ As ミ , 59 , 1990. ( ) 藤 原 彰 『 昭 和 天 皇 の 十 五 年 戦 争 』 青 木 書 店 、 一 九 九 一 年 、 一 ( ) 和 歌 森 太 郎 「 天 皇 制 の 歴 史 心 理 』 弘 文 堂 、 一 九 七 三 年 、 一 九 一 ペ ー ジ 。 九 ー 二 〇 〇 ペ ー ジ 。 ( ね ず ま さ し 、 前 掲 一 四 ペ ー ジ 。 ( 四 ) 石 田 雄 『 明 治 政 治 思 想 史 研 究 』 未 来 社 、 一 九 五 四 年 、 第 一 ー ( れ ) 渡 辺 治 「 戦 後 政 治 史 の 中 の 天 皇 制 』 青 木 書 店 、 一 九 九 〇 年 、 二 章 。 三 九 五 ペ ー ジ 。 ) 内 山 愚 童 「 入 獄 紀 念 ・ 無 政 府 共 産 ・ 革 命 」 柏 木 隆 法 『 大 逆 事 ( ) 永 積 寅 彦 『 昭 和 天 皇 と 私 ー 八 十 年 間 お 側 に 仕 え て 』 学 習 研 究 件 と 内 山 愚 童 』 出 版 、 一 九 七 九 年 、 二 〇 一 ペ ー ジ 。 社 、 一 九 九 二 年 、 三 九 ー 四 一 ペ ー ジ 。 永 積 は 一 九 二 七 年 以 来 、 引 ( ) 増 田 知 子 「 天 皇 制 と 国 家 』 四 九 ー 六 四 ペ ー ジ 。 退 す る ま で 侍 従 、 侍 従 次 長 、 掌 典 長 と し て 仕 え た 。 ( ) 安 田 浩 『 天 皇 の 政 治 史 ー 睦 仁 ・ 嘉 仁 ・ 裕 仁 の 時 代 』 青 木 書 ( ) 岩 井 忠 熊 、 前 掲 一 三 八 ー 一 三 九 ペ ー ジ 。 店 、 一 九 九 八 年 、 一 五 〇 ー 一 五 一 ペ ー ジ 。 ( ) ね ず ま さ し 、 前 掲 一 四 ペ ー ジ 。 甘 露 寺 受 長 『 背 広 の 天 皇 』 東 芻 ) 吉 田 裕 「 日 本 の 軍 隊 」 前 掲 『 岩 波 講 座 日 本 通 史 ( 一 七 ) 近 西 文 明 社 、 一 九 五 七 年 、 五 七 ペ ー ジ 。 大 竹 秀 一 『 天 皇 の 学 校 ー 昭 代 ( 一 l) 』 一 五 三 ペ ー ジ 。 和 の 帝 王 学 と 高 輪 御 学 問 所 』 文 藝 春 秋 、 一 九 八 六 年 、 二 四 八 ー 一 一 ( ) 大 江 志 乃 夫 『 統 帥 権 』 日 評 選 書 、 日 本 評 論 社 、 一 九 八 三 年 、 四 九 ペ ー ジ 。 八 五 ペ ー ジ 。 吉 田 裕 、 同 前 一 五 四 ペ ー ジ 。 菊 ) 吉 田 裕 『 昭 和 天 皇 の 終 戦 史 」 岩 波 新 書 、 一 九 九 一 一 年 、 一 三 四 ) 吉 田 裕 、 同 前 一 五 六 ー 一 五 七 ペ ー ジ 。 ( ) 李 王 垠 伝 記 刊 行 会 『 英 親 王 李 垠 伝 』 共 栄 書 房 、 一 九 七 八 年 、 ( 恥 ) 永 積 寅 彦 、 前 掲 三 九 ー 四 〇 ペ ー ジ 。 こ の 拝 礼 の 間 は 罰 の た め 七 八 、 八 三 、 八 九 ペ ー ジ 。 告 田 浩 一 「 日 本 の 韓 国 統 治 に お け る 韓 に も 使 わ れ た 。 国 皇 室 の 存 在 」 一 九 九 二 年 度 一 橋 大 学 社 会 学 部 学 士 論 文 ( 一 九 九 ( 町 ) 小 笠 原 は 、 皇 太 子 が 一 九 一 六 年 、 一 三 世 紀 の 承 久 の 乱 に 連 座 三 年 三 月 、 未 公 刊 ) 二 八 ー 三 〇 ペ ー ジ 。 秩 父 宮 記 念 会 編 『 雍 仁 親 し て 佐 渡 に 流 さ れ た 順 徳 天 皇 の 陵 に 参 拝 し た と 記 し て い る 。 小 笠 王 御 事 蹟 資 料 ( 一 ) 』 一 九 六 〇 年 、 一 四 ー 一 五 ペ ー ジ 。 伊 藤 博 文 原 長 生 「 摂 政 宮 殿 下 の 御 高 徳 」 『 太 陽 』 第 二 八 巻 第 一 号 ( 一 九 二 36 35 3 12

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象 徴 的 主 張 は : ・ ( ウ イ ル ソ ン が と く に 望 ん だ 宗 教 上 の 寛 容 の 主 ( ) 片 岡 徹 也 「 昭 和 初 期 ・ 日 本 陸 軍 へ の 社 会 学 的 ア プ ロ ー チ 」 張 と と も に ) 規 約 に は と り 入 れ ら れ な か っ た が 、 国 家 間 の 平 等 は 『 軍 事 史 学 』 第 二 二 巻 第 ー 四 号 ( 一 九 八 七 年 三 月 ) 二 〇 ー 二 一 ペ ー ジ 〔 片 岡 が こ こ で 論 じ て い る の は い わ ゆ る 「 建 軍 の 本 義 」 に つ 連 盟 そ の も の の 構 成 に 明 確 に 採 用 さ れ た 」 と し て い る 。 い て で あ る 〕 。 ) 柴 田 紳 一 「 発 見 ! 昭 和 天 皇 が 学 ん だ 帝 王 学 教 科 書 」 『 文 藝 ( 簡 ) 同 前 二 三 ー 二 四 ペ ー ジ 。 春 秋 』 ( 一 九 九 八 年 二 月 ) 一 三 一 ペ ー ジ 。 よ り み ち 5 ) 永 井 和 『 近 代 日 本 の 軍 部 と 政 治 』 思 文 閣 出 版 、 一 九 九 三 年 、 ( ) 同 前 二 五 ペ ー ジ は 、 荒 木 貞 夫 、 小 畑 敏 四 郎 、 鈴 木 率 道 ら が 一 九 二 八 年 に 「 統 帥 綱 領 」 を 改 定 し 、 攻 勢 主 義 と 、 物 的 威 力 に た い ( 浦 ) 黒 野 耐 「 昭 和 初 期 海 軍 に お け る 国 防 思 想 の 対 立 と 混 迷 ー 国 防 す る 精 神 主 義 の 優 位 と を 日 本 陸 軍 の 支 配 的 思 想 に し た と 述 べ て い る 。 方 針 の 第 二 次 改 定 と 第 三 次 改 定 の 間 」 『 軍 事 史 学 』 第 三 四 巻 第 一 7 ) 前 原 透 「 『 統 帥 権 独 立 』 理 論 の 軍 内 で の 発 展 経 過 」 『 軍 事 史 号 ( 一 九 九 八 年 六 月 ) 一 〇 ー 一 一 ペ ー ジ 。 学 』 第 二 三 巻 第 三 号 ( 一 九 八 八 年 一 月 ) 一 八 ー 一 九 ペ ー ジ 。 ( を 藤 原 彰 、 前 掲 四 二 ペ ー ジ 。 永 井 和 、 前 掲 二 五 五 ペ ー ジ 。 龕 ) 軍 事 費 の 比 率 は 一 九 二 〇 年 の 六 〇 ・ 一 四 パ ー セ ン ト か ら 一 九 ( 前 原 透 、 前 掲 二 七 ー 二 八 ペ ー ジ 。 三 〇 年 の 二 八 ・ 五 二 パ ー セ ン ト へ と 下 が っ た 。 対 国 民 総 生 産 (& ( ) 一 九 二 二 年 二 月 、 参 謀 本 部 は 「 統 帥 権 の 独 立 に 就 て 」 と い う ー セ ン ト か ら 三 ・ 〇 三 パ ー セ ン ( 間 (æ) 比 率 で い う と 、 五 ・ 八 六 パ ト へ の 減 少 と な る 。 山 田 朗 『 軍 備 拡 張 の 近 代 史 ー 日 本 軍 の 膨 張 と 極 秘 の 研 究 を ま と め た 。 こ れ が 「 統 帥 権 の 独 立 」 を 表 題 に 掲 げ た 最 初 の 公 文 書 と さ れ る 。 同 前 三 〇 ペ ー ジ を 参 照 。 崩 壊 』 吉 川 弘 文 館 、 一 九 九 七 年 、 一 〇 ペ ー ジ を 参 照 。 ( 刃 ) 四 年 間 の シ ベ リ ア 戦 争 中 の 投 降 ロ シ ア 兵 は 、 捕 虜 と し て 扱 わ ( ) 同 前 三 四 ー 三 五 べ ー ジ に 『 宇 垣 一 成 日 記 』 を 引 用 。 同 前 四 〇 れ ず 、 日 本 兵 に 殺 害 さ れ る か 、 ま れ に は 再 度 武 器 を と ら な い 誓 約 ペ ー ジ 注 五 〇 も 参 照 。 の も と に 釈 放 さ れ る か で あ っ た 。 油 井 大 三 郎 / 小 菅 信 子 『 連 合 国 ( 肥 ) 田 中 宏 巳 「 虚 像 の 軍 神 東 郷 平 八 郎 」 『 THIS IS 読 売 』 ( 一 九 九 三 年 九 月 ) 二 四 〇 ペ ー ジ 。 一 九 九 三 年 、 一 六 ペ ー 捕 虜 虐 待 と 戦 後 責 任 』 岩 波 ブ ッ ク レ ッ ト 、 ( 波 多 野 澄 雄 ほ か 編 、 前 掲 一 四 五 ペ 1 ジ 。 ( 富 ) 同 前 一 四 三 ペ ー ジ 。 『 時 事 新 報 』 一 九 二 五 年 八 月 一 〇 日 、 大 ) 吉 田 裕 『 天 皇 の 軍 隊 と 南 京 事 件 』 青 木 書 店 、 一 九 八 五 年 、 一 正 ニ ュ ー ス 事 典 編 纂 委 員 会 ほ か 編 『 大 正 ニ ュ ー ス 事 典 ( 七 ) 』 毎 日 コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン ズ 、 一 九 八 九 年 、 一 七 七 ペ ー ジ 。 5 ) 前 掲 『 侍 従 武 官 長 奈 良 武 次 日 記 ・ 回 顧 録 ( 四 ) 』 一 四 四 べ ー ( ) 同 前 一 九 三 ー 一 九 四 ペ ー ジ 。 ( ) 同 前 一 九 一 ペ ー ジ 。 326

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注 ( 第 1 章 40 ー 50 ペ ー ジ ) で 、 と も に 皇 室 崇 敬 の 観 念 に 満 ち て い る 。 伝 記 刊 行 委 員 会 編 「 高 二 年 一 月 ) 五 ペ ー ジ 。 一 九 九 二 年 、 四 松 宮 宣 仁 親 王 」 前 掲 八 四 ペ ー ジ 参 照 。 龜 ) 鈴 木 正 幸 『 近 代 の 天 皇 』 岩 波 ブ ッ ク レ ッ ト 、 ( 四 「 国 民 新 聞 』 一 九 一 二 年 九 月 一 七 日 、 大 正 ニ ュ ー ス 事 典 編 纂 四 ペ ー ジ 。 委 員 会 ほ か 編 「 大 正 ニ ュ ー ス 事 典 ( 一 ) 』 毎 日 コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ 9 ) 吉 田 裕 、 前 掲 二 二 三 ー ン ズ 、 一 九 八 六 年 、 六 二 一 ペ ー ジ 。 ( 四 同 前 一 三 四 ペ ー ジ 。 1 ) こ の 際 、 皇 太 子 は 日 本 の 最 高 勲 章 で あ る 大 勲 位 菊 花 大 綬 章 を ( 四 『 東 京 朝 日 新 聞 』 一 九 一 二 年 九 月 二 〇 日 、 同 前 六 二 九 。 ヘ ー ジ 。 ( 礙 ) 辞 世 の 歌 は 「 国 民 新 聞 」 一 九 一 二 年 九 月 一 六 日 、 同 前 六 二 〇 授 け ら れ た 。 彼 が 特 別 な 制 服 に 小 さ な 勲 章 〔 略 綬 か 〕 を つ け て い る の を 見 た 秩 父 宮 は 、 や き も ち を や き 、 「 金 鵄 勲 章 と 外 国 勲 章 が ペ ー ジ 。 CaroI Gluck, JI s ミ 0 こ 」 斗 s. ・ き 一 00 ぎ the な い か ら 、 ち っ と も え ら く な い 」 と い っ た 。 藤 樫 準 一 一 「 天 皇 白 書 ト ミ e Meiji Pe 0 ト Princeton University Press, 1985 , p. 221 を 参 照 。 ー 知 ら れ ざ る 陛 下 」 前 掲 八 八 ペ ー ジ を 参 照 。 ( ) 岡 田 久 司 『 戦 陣 訓 と 日 本 精 神 』 軍 事 教 育 研 究 会 、 一 九 四 二 ( ) 安 田 浩 「 近 代 天 皇 制 に お け る 権 力 と 権 威 ー 大 正 デ モ ク ラ シ ー 期 の 考 察 」 「 文 化 評 論 臨 時 増 刊 続 ・ 天 皇 制 を 問 う 』 ( 一 九 九 〇 年 、 三 二 〇 ペ ー ジ 。 ( ) 「 東 京 朝 日 新 聞 』 一 九 一 二 年 九 月 一 四 日 、 前 掲 「 大 正 ニ ュ ー 年 一 〇 月 ) 一 七 九 ペ ー ジ 。 ス 事 典 ( 一 ) 』 六 一 八 ー 六 一 九 。 ( 芻 ) 安 田 浩 、 前 掲 「 天 皇 の 政 治 史 ー 睦 仁 ・ 嘉 仁 ・ 裕 仁 の 時 代 』 一 五 九 ペ ー ジ 。 ( 『 信 濃 毎 日 新 聞 』 一 九 一 二 年 九 月 一 九 ー 二 〇 日 、 同 前 六 二 七 ( ) 同 前 一 六 四 ー 一 六 五 ペ ー ジ 。 ( ) 鈴 木 正 幸 「 皇 室 制 度 ー 明 治 か ら 戦 後 ま で 』 岩 波 新 書 、 一 九 九 ( 簡 ) 『 東 京 朝 日 新 聞 』 一 九 一 二 年 九 月 一 五 日 、 同 前 六 一 九 ー 六 一 一 三 年 、 一 三 八 ペ ー ジ 。 三 谷 太 一 郎 「 近 代 日 本 の 戦 争 と 政 治 』 岩 波 〇 。 ( ) 鶴 見 俊 輔 / 中 川 六 平 編 「 天 皇 百 話 ( 上 ) 』 筑 摩 書 房 、 一 九 八 書 店 、 一 九 九 七 年 、 四 三 ペ ー ジ 。 6 ) 三 谷 太 一 郎 「 大 正 デ モ ク ラ シ ー と ワ シ ン ト ン 体 制 一 九 一 五 九 年 、 五 八 ー 五 九 ペ ー ジ 。 ー 一 九 三 〇 」 細 谷 千 博 編 『 日 米 関 係 通 史 』 東 京 大 学 出 版 会 、 一 九 ( ) 所 功 「 発 掘 昭 和 天 皇 が 学 ん だ 特 製 「 国 史 』 教 科 書 」 「 文 藝 九 五 年 、 七 八 ペ ー ジ 。 春 秋 』 ( 一 九 九 〇 年 二 月 ) 一 三 一 ペ ー ジ 。 田 中 宏 巳 「 昭 和 天 皇 の ( 保 阪 正 康 、 前 掲 四 六 ペ ー ジ 。 帝 王 学 」 『 THIS IS 読 売 』 ( 一 九 九 二 年 四 月 ) 八 七 ー 一 〇 六 ペ 1 龕 ) 山 鹿 素 行 の 『 中 朝 事 実 』 は 一 六 六 九 年 に 刊 行 さ れ 、 神 道 の 教 ジ 。 秩 父 宮 は 学 習 院 卒 業 後 陸 軍 軍 人 の 道 に 進 み 、 高 松 宮 は 同 様 に え を 讃 え 、 日 本 人 の 生 来 の 優 越 性 を 断 言 し 、 古 代 の 諸 天 皇 が 理 想 海 軍 軍 人 を 選 ん だ 。 三 笠 宮 は 一 九 四 一 年 に 陸 大 を 卒 業 し て い る 。 ( ) 御 学 問 所 は 、 熊 本 藩 細 川 家 の 屋 敷 跡 に 位 置 し て い た 。 そ こ は の 政 治 を 行 っ た と 強 調 す る 。 も う 一 冊 は 三 宅 観 瀾 の 『 中 興 鑑 言 』 ー 六 二 九 ペ ー ジ 。 3 リ

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4 ・ ( 四 ) 真 崎 の 介 入 に つ い て は 、 若 槻 泰 雄 『 日 本 の 戦 争 責 任 上 』 原 を .267 ー 2 Ben-Ami ShiIIony, ミ 、 き ト を ミ The ミ ~ g 弭 書 房 、 一 九 九 五 年 、 一 八 一 ペ ー ジ 。 『 真 崎 甚 三 郎 日 記 』 山 川 出 版 0 ミ ミ 3 戔 the 洋 ミ 0 26 , 7936 , 、 ミ 斗 ミ , Princeton U 三 ・ 社 、 一 九 八 一 年 、 六 四 ペ ー ジ 。 versity Press, 1973 , pp. 113 ー 114. 小 田 部 雄 次 「 一 一 ・ 一 一 六 事 件 、 首 元 ) 勝 野 駿 、 前 掲 七 五 ペ ー ジ 。 謀 者 は 誰 か 」 『 日 本 近 代 史 の 虚 像 と 実 像 ( 三 ) 』 八 二 ペ ー ジ 。 ( 幻 ) 第 一 次 岡 田 声 明 は 完 全 に 文 民 に よ っ て 起 草 さ れ て い た 。 す な ( 芻 ) 鈴 木 健 二 『 戦 争 と 新 聞 』 毎 日 新 聞 社 、 一 九 九 五 年 、 一 一 六 わ ち 、 岡 田 の 私 設 秘 書 迫 水 久 常 、 内 閣 法 制 局 長 官 吉 田 茂 、 白 根 内 一 一 七 ペ ー ジ 。 脅 迫 が あ っ た た め 都 市 部 の 主 要 日 刊 紙 は 、 軍 部 に 閣 官 書 記 官 長 で あ る 。 前 掲 、 増 田 知 子 「 天 皇 機 関 説 排 撃 事 件 と 国 対 す る 編 集 部 の 批 判 を 避 け た 。 こ の た め 事 変 の 論 評 は 、 主 に 地 方 体 明 徴 運 動 」 。 紙 に ゆ だ ね ら れ た 。 ( ) 同 前 二 〇 八 ー 二 〇 九 ペ ー ジ 。 美 濃 部 の 天 皇 機 関 説 に 関 す る 岡 ( ) 秦 郁 彦 『 昭 和 史 を 縦 走 す る 』 グ ラ フ 社 、 一 九 八 四 年 、 七 〇 ペ 田 内 閣 の 第 二 次 声 明 は 、 一 〇 月 一 五 日 に 出 さ れ た 。 ( ) 美 濃 部 達 吉 「 憲 法 察 要 』 。 鈴 木 正 幸 『 皇 室 制 度 』 岩 波 書 店 、 ( 3 5 ) 小 田 部 雄 次 「 二 ・ 二 六 事 件 、 首 謀 者 は 誰 か 」 前 掲 七 六 ー 七 一 九 九 三 年 、 一 八 三 ペ ー ジ に 引 用 。 七 、 九 三 ペ ー ジ 。 二 ・ 一 一 六 事 件 に 関 す る 分 析 は 小 田 部 氏 の 論 文 に ( 幻 ) 増 田 知 子 、 前 掲 二 一 一 ー よ る と こ ろ が 大 き い 。 秦 郁 彦 『 裕 仁 天 皇 五 つ の 決 断 』 講 談 社 、 一 ( ) 鈴 木 正 幸 、 前 掲 一 八 五 ペ ー ジ 。 九 八 四 年 。 山 田 朗 『 大 元 帥 昭 和 天 皇 』 新 日 本 出 版 社 、 一 九 九 四 ・ サ ( % ) 宮 地 正 人 「 政 治 史 に お け る 天 皇 の 機 能 」 歴 史 学 研 究 会 編 「 天 年 。 木 戸 幸 一 『 木 戸 日 記 』 平 和 書 房 、 一 九 四 七 年 。 ヘ ン リ ー 皇 と 天 皇 制 を 考 え る 』 青 木 書 店 、 一 九 八 六 年 、 一 〇 一 ペ 1 ジ 。 ケ ッ ト に よ る 木 戸 幸 一 尋 問 調 書 等 、 そ の 他 を 参 照 と し た 。 二 ・ ( ) 本 庄 繁 『 本 庄 日 記 』 原 書 房 、 一 九 六 七 年 、 普 及 版 、 一 九 八 九 六 事 件 に 関 す る 数 少 な い 英 語 文 献 と し て は 、 ShiIIony の RevoIt 年 、 二 〇 六 ペ 1 ジ 。 原 田 熊 雄 述 『 西 園 寺 公 と 政 局 (lll) 』 二 三 八 ~ 7 が あ る 。 ( ) 安 丸 良 夫 『 近 代 天 皇 像 の 形 成 』 岩 波 書 店 、 一 九 九 一 一 年 、 二 八 ) 「 昭 和 天 皇 の 独 白 録 八 時 間 」 『 文 藝 春 秋 』 ( 一 九 九 〇 年 一 二 月 ) 一 〇 四 ペ ー ジ 。 ( 芝 秦 郁 彦 「 裕 仁 天 皇 と 二 ・ 二 六 事 件 」 前 掲 二 五 ペ ー ジ 。 ( 四 ) 増 田 知 子 、 前 掲 二 一 〇 、 二 一 一 一 ( ) 同 前 一 一 六 ペ ー ジ 。 ( ) 本 庄 繁 、 前 掲 『 本 庄 日 記 』 二 〇 四 ペ ー ジ 。 三 月 か ら 四 月 に か ( 小 田 部 雄 次 「 二 ・ 二 六 事 件 、 首 謀 者 は 誰 か 」 前 掲 七 七 ペ ー け て 、 本 庄 は 天 皇 機 関 説 の 正 当 性 に つ い て 天 皇 と 話 を し て い た 。 ) 前 掲 『 高 松 宮 日 記 (ll) 』 三 七 五 ペ ー ジ 。 鬨 ) 前 掲 『 木 戸 日 記 ( 上 ) 』 四 六 四 ペ ー ジ 。 「 殿 下 ( 伏 見 宮 軍 令 部 ( ) 相 澤 の 公 判 と 二 ・ 二 六 事 件 と の 関 係 に つ い て は 、 crowley, 総 長 ) よ り 重 て ( 組 閣 並 び に 戒 厳 令 発 令 を し な い よ う に す る こ と 32 31 ヾ 0 か さ ね

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注 ( 第 3 章 ー 第 4 章 95 ー Ⅱ 7 ペ ー ジ ) く こ と に 、 一 九 二 〇 年 代 に は ほ か の 多 く の 宮 内 省 高 官 も 、 皇 太 子 編 纂 委 員 会 ほ か 編 、 前 掲 五 六 七 ペ ー ジ を 参 照 。 は 意 志 薄 弱 だ と 見 な し て い た 。 1 ) 前 掲 『 牧 野 伸 顕 日 記 』 三 四 ペ ー ジ 、 一 九 二 一 年 一 一 月 五 日 ( ) 佐 々 木 隆 爾 、 前 掲 八 六 。 ヘ ー ジ 。 条 。 ( ) HaroId NicoIson, King Geo 、 ge ミ His ト ミ ミ Reign, Constable, 1952 , pp. 141 ー 142. 第 四 章 摂 政 時 代 と 大 正 テ モ ワ ラ シ ー の 危 機 ( ) 同 前 p. 252. ( 間 ) 佐 々 木 隆 爾 、 前 掲 八 七 ペ ー ジ 。 ( 1 ) 安 田 浩 『 天 皇 の 政 治 史 ー 睦 仁 ・ 嘉 仁 ・ 裕 仁 の 時 代 」 青 木 書 ) James F. Willis, P1 、 0 、 og ミ 、 0 ~ ミ 、 e ミ b ミ g . ・ The Po ミ s ミ ミ 店 、 一 九 九 八 年 、 九 六 ペ ー ジ 。 D き ミ ミ ・ 3 こ s ミ ミ g 3 、 、 0 、 ぎ 斗 ミ 一 s 、 the ~ 3 、 、 ミ ( 2 ) 波 多 野 澄 雄 ほ か 編 『 侍 従 武 官 長 奈 良 武 次 日 記 ・ 回 顧 録 ( 四 ) 』 柏 書 房 、 二 〇 〇 〇 年 、 一 三 二 ペ ー ジ 。 W ぎ 、 , Greenwood Press, 1982 , p. 103. ( た ) 佐 々 木 隆 爾 、 前 掲 八 七 ペ ー ジ 。 ( 3 ) 牧 野 は 一 九 二 一 年 八 月 二 三 日 の 日 記 に 、 「 昨 二 十 二 日 武 官 長 ( ) 同 前 八 八 ペ 1 ジ 。 来 談 。 皇 太 子 殿 下 御 帰 朝 後 政 務 御 見 習 の 可 然 方 法 を 講 ず る こ と 必 行 ) 旅 行 は 、 皇 太 子 の 隔 離 さ れ た 教 育 を 埋 め あ わ せ た り 、 彼 に 、 要 な る べ し と の 意 見 あ り 。 尤 も の 次 第 な り 。 : : : 十 分 考 慮 を 加 ふ 自 由 は 労 苦 や 欠 乏 か ら の 解 放 を も 含 意 す る こ と を 教 え た り は し な べ し と 申 置 け り 」 と 記 し て い る 。 伊 藤 隆 / 広 瀬 順 晧 編 「 牧 野 伸 顕 か っ た 。 ま た 、 ヨ ー ロ ッ パ の 生 活 や 文 化 と の 突 然 の 遭 遇 が 、 彼 に 日 記 』 中 央 公 論 社 、 一 九 九 〇 年 、 二 五 ペ ー ジ 。 個 人 的 真 理 と し て の 自 由 を 支 持 さ せ た わ け で も な か っ た 。 ( 4 ) 定 例 御 進 講 に つ い て は 永 積 寅 彦 『 昭 和 天 皇 と 私 ー 八 十 年 間 お ( ) 佐 々 木 隆 爾 、 前 掲 八 九 ペ 1 ジ 。 側 に 仕 え て 』 学 習 研 究 社 、 一 九 九 二 年 、 一 〇 九 ー 一 一 ( 間 ) 同 前 八 七 ペ ー ジ 。 参 照 。 llse Hayden, 等 ミ b ミ ミ Privilege: The R き 、 ミ Co ミ e ミ ミ ・ ( 5 ) 一 九 二 〇 年 代 に は 、 こ の ほ か 国 文 学 の 芳 賀 矢 一 、 中 国 文 学 の B こ 、 R を ミ , University of Arizona Press, 1987 , て . 45. 服 部 宇 之 吉 、 中 国 史 の 加 藤 繁 、 裕 仁 の 通 訳 で フ ラ ン ス 語 教 師 の 山 か け い か つ ひ こ 8 ) 前 掲 『 侍 従 武 官 長 奈 良 武 次 日 記 ・ 回 顧 録 ( 四 ) 』 一 二 七 ペ 1 本 信 次 郎 〔 海 軍 大 佐 〕 、 右 翼 的 憲 法 学 者 筧 克 彦 ら が 進 講 し て い る 。 ( 6 ) 清 水 澄 「 憲 法 と 皇 室 典 範 を 御 進 講 申 上 げ て 」 『 実 業 之 日 本 ( 四 ) 同 前 。 増 刊 御 大 典 記 念 写 真 号 』 ( 一 九 二 八 年 一 一 月 ) 二 〇 ー 二 一 ペ ー ( ) 原 の 暗 殺 に つ い て は 、 後 藤 武 男 「 皇 太 子 の 外 遊 を 阻 む も の 」 「 特 集 文 藝 春 秋 天 皇 白 書 』 ( 一 九 五 六 年 一 〇 月 ) 九 六 ー 九 七 ペ ー 7 ) 前 掲 『 牧 野 伸 顕 日 記 』 一 〇 九 ー 一 一 〇 ペ ー ジ 。 ジ 。 「 東 京 日 日 新 聞 』 一 九 二 一 年 一 一 月 五 日 、 大 正 ニ ュ ー ス 事 典 ( 8 ) 高 橋 紘 ほ か 編 『 昭 和 初 期 の 天 皇 と 宮 中 ー 侍 従 次 長 河 井 弥 八 日 も っ と 3 2 3

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バ ロ フ ス ク 軍 事 法 廷 ( 一 九 五 〇 ( % ) 田 中 伸 尚 『 ド キ ュ メ ン ト 昭 和 天 皇 第 一 巻 侵 略 』 緑 風 出 兵 器 が ノ モ ン ハ ン に 輸 送 さ れ 、 年 一 二 月 ) に お い て 日 本 の 戦 犯 被 告 が 、 細 菌 兵 器 を 利 用 し た こ と 版 、 一 九 八 四 年 、 八 四 ペ ー ジ 。 に つ い て 証 言 し て い る こ と を 指 摘 し て い る 。 ( 囲 ) His-Sheng Ch'I, "The MiIitary Dimension, 1942 ー 45 , ) ) in James c. Hsiung and steven I. Levine, C ミ オ 主 ミ 、 ミ 3 ( ) 江 口 圭 一 、 前 掲 二 七 四 ペ ー ジ 。 渡 辺 俊 彦 、 同 前 一 一 九 六 ペ ー ジ は 、 さ ら に 多 い 一 万 九 七 一 四 名 の 戦 死 者 を 指 摘 し て い る 。 The ミ 、 ミ を 、 ミ 17937 ー 7 ミ 5 , . E. Sharpe, lnc. , 199 も .179. ) 一 九 四 三 年 ま で に 服 部 は 、 陸 軍 参 謀 本 部 作 戦 課 長 へ と 昇 進 し ( ) 井 上 清 「 天 皇 の 戦 争 責 任 』 岩 波 書 店 、 一 九 九 一 年 、 一 二 一 。 へ た 。 江 口 圭 一 、 前 掲 二 七 三 ー 二 七 四 ペ 1 ジ 。 昭 和 天 皇 は 、 戦 後 、 ノ モ ン ハ ン 事 件 に つ い て 触 れ た が 、 戦 闘 を 指 示 し た 天 皇 の 命 令 が ( ) 近 衛 三 原 則 に は 「 日 本 は 領 土 や 賠 償 に こ だ わ ら ず 、 中 国 の 『 主 権 を 尊 重 』 し 、 『 治 外 法 権 を 撤 廃 』 し 、 『 租 界 の 返 還 』 に 対 し 正 し い と 信 じ て い た 。 寺 崎 英 成 / マ リ コ ・ テ ラ サ キ ・ ミ ラ 1 編 著 て 積 極 的 考 慮 を 払 う 、 と い う 文 章 が 追 加 さ れ て い た 」 が 、 こ れ は 『 昭 和 天 皇 独 白 録 ー 寺 崎 英 成 ・ 御 用 掛 日 記 』 文 藝 春 秋 、 一 九 九 一 建 前 に す ぎ な か っ た ( 吉 見 義 明 『 草 の 根 の フ ァ シ ズ ム 日 本 民 衆 年 、 四 四 ー 四 五 ペ ー ジ 。 の 戦 争 体 験 』 東 京 大 学 出 版 、 一 九 九 一 年 、 二 七 ペ ー ジ ) 。 ノ モ ン ハ ン 方 面 の ソ 満 国 境 ( 正 し く は 満 蒙 国 境 ) は 明 瞭 で な い ( 四 ) 岡 部 牧 夫 「 ア ジ ア 太 平 洋 戦 争 」 『 戦 後 日 本 占 領 と 戦 後 改 革 か ら 不 法 侵 入 は 双 方 か ら 云 ひ が ゝ り が 付 く 訳 で あ る 。 当 時 関 東 軍 第 一 巻 世 界 史 の な か の 一 九 四 五 年 』 岩 波 書 店 、 一 九 九 五 年 、 三 司 令 官 山 田 乙 三 ( 植 田 謙 吉 の 間 違 い 。 山 田 は 終 戦 時 の 関 東 軍 司 令 五 ペ ー ジ 。 ( 燗 ) 前 掲 『 西 園 寺 公 と 政 局 ( 七 ) 』 二 四 九 、 二 五 八 ペ ー ジ 。 平 沼 官 ) に は 満 洲 国 境 を 厳 守 せ よ と の 大 命 が 下 し て あ っ た か ら 、 関 東 が 指 名 し た 外 務 大 臣 、 有 田 八 郎 も 三 国 同 盟 に 反 対 で あ り 、 こ れ を 軍 が 侵 入 ソ 聯 兵 と 交 戦 し た の は 理 由 の あ る 事 で 又 日 満 協 同 防 衛 協 入 閣 の 条 件 と し て い た 。 平 沼 の 国 本 社 解 散 に つ い て は 、 Christo- 定 の 立 場 か ら 満 洲 国 軍 が 之 に 参 加 し た 事 も 正 当 な 事 で あ る 。 こ の 事 件 に 鑑 み 、 そ の 后 命 令 を 変 更 し て 国 境 の 不 明 瞭 な る 地 方 pher A Szpilman,"The Politics 0f Cultural Conservatism: The National Foundation society in the Struggle Against Foreign 及 僻 遠 の 地 方 の 国 境 は 厳 守 す る に 及 ば ず と い ふ 事 に し た 。 ldeas in Prewar Japan, 1918 ー 1936 ご Ph. D. dissertation, Yale ( 川 ) 藤 原 彰 / 粟 屋 憲 太 郎 / 吉 田 裕 / 山 田 朗 「 徹 底 検 証 ・ 昭 和 天 皇 University, 1993 。 独 白 録 』 大 月 書 店 、 一 九 九 一 年 、 四 九 ペ ー ジ 。 ( 皿 ) Alvin D. Coox, Nomonhan: Japan Against Russia, 1939 , さ 1.2 , p 三 9 ( 渡 辺 俊 彦 「 七 三 一 部 隊 と 永 田 鉄 山 」 中 央 大 学 人 文 ( ) Donald Cameron Watt, き ミ = 、 ぎ 、 C ミ ミ . ・ 7 ざ ミ ミ e 科 学 研 究 所 編 『 日 中 戦 争 日 本 、 中 国 、 ア メ リ カ 』 中 央 大 学 出 版 0 ぎ s 、 the S ミ ミ 3 、 ミ 一 蕁 47938 ー 793 ド William 部 、 一 九 九 三 年 、 二 七 五 ー 二 七 六 、 二 九 六 ペ ー ジ ) 。 渡 辺 は 細 菌 Heinemann Ltd. , 1989 , を .349 ー 360. 3 う 4