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漱石先生ぞな、もし


漱 石 先 生 そ な 、 も し 0 ◇ 0 文 藝 春 秋

漱石先生ぞな、もし


〈 著 者 略 歴 一 九 三 〇 年 東 京 生 れ 。 一 九 五 三 年 東 京 大 学 文 学 部 卒 業 。 同 年 ( 株 ) 文 藝 春 秋 入 社 。 以 来 『 週 刊 文 春 』 『 文 藝 春 秋 』 各 編 集 長 、 出 版 局 長 、 専 務 取 締 役 等 を 歴 任 。 現 在 同 社 顧 問 著 書 に 、 『 聖 断 』 『 原 爆 の 落 ち た 日 』 『 日 本 の い ち ば ん 長 い 日 』 『 コ ン ビ の 研 究 』 『 昭 和 史 の 家 』 ( 以 上 、 文 藝 春 秋 ) 、 『 山 本 五 十 六 の 無 念 』 ( 恒 文 社 ) 、 『 大 相 撲 こ て ん ご て ん 』 ( べ ー ス ポ ー ル ・ マ ガ ジ ン 社 ) 、 『 昭 和 史 の 転 回 点 』 ( 図 書 出 版 社 ) 、 『 山 県 有 朋 』 『 歴 史 探 偵 昭 和 史 を ゆ く 』 研 究 所 ) 等 多 数 。 漱 石 先 生 ぞ な 、 も し a. 一 九 九 一 一 年 九 月 一 一 十 五 日 第 一 刷 定 価 は カ バ ー に 表 示 し て あ り ま す 開 は ん ど う 著 者 半 藤 一 利 発 行 者 新 井 信 「 ア 株 式 発 行 所 ′ 会 社 文 藝 春 秋 ) 〒 一 〇 一 一 東 京 都 千 代 田 区 紀 尾 井 町 三 ー 一 一 三 電 話 〇 三 ( 三 一 一 六 五 ) 一 二 一 本 文 印 刷 理 想 社 付 物 印 刷 凸 版 印 刷 ◎ 製 本 加 藤 製 本 万 一 落 丁 乱 丁 の 場 合 は お 取 替 え い た し ま す

漱石先生ぞな、もし


漱 石 先 生 ぞ な 、 も し 半 藤 一 利 リ サ イ ク ル 資 料 ( 再 活 用 図 書 ) 除 籍 済 文 藝 舂 秋

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・ 老 荘 の 哲 学 拙 著 『 聖 断 』 ( 文 藝 春 秋 ) で 書 い た こ と で あ る が 、 鈴 木 貫 太 郎 首 相 は あ の 敗 戦 の 混 乱 期 に 『 老 子 』 を し き り に 読 み 、 そ れ を 自 分 の 政 治 哲 学 と し て い た 。 漱 石 も 負 け す 劣 ら ず に 『 老 子 』 や 『 荘 子 』 を よ く 読 ん で い た 。 孔 孟 思 想 よ り も 老 荘 思 想 の ほ う が 、 漱 石 の 血 肉 と な っ て い た と 考 え ら れ る 。 か れ の 卒 業 論 文 は た し か 『 老 子 の 哲 学 』 で は な か っ た か 。 ( も っ と も 、 こ れ は 老 子 批 判 の 趣 き が 強 か っ た と い う が : : : ) な ぜ こ ん な こ と を い う か 、 と い え ば 、 漱 石 の 作 品 を 読 ん で い て 、 実 に う ま く 老 荘 の 言 葉 と は 吉 原 を 指 す こ と と な っ た 。 外 と は 遊 興 の 地 に 近 寄 ら ず 、 遠 く 離 れ て あ る と い う 意 。 さ す が に 謹 厳 実 直 の 森 林 太 郎 陸 軍 軍 医 中 将 だ け の こ と は あ る 。 も っ と も 晩 年 の 鵰 外 は そ ん な お の れ に イ ヤ 気 が さ し た の か も : : : 。 森 林 太 郎 ト シ テ 死 セ ン ト ス 、 何 と な く わ か る 話 で あ る な 。 そ う い え ば 外 は 若 い こ ろ 隅 田 川 を は さ ん で 吉 原 と 向 い 側 の 、 小 梅 村 に 長 い こ と 住 ん で い て 、 そ の 墓 も は じ め は 向 島 の 弘 福 寺 に あ っ た も の で あ っ た 。 ( の ち 区 画 整 理 の た め こ わ さ れ る こ と と な り 、 同 宗 派 の 三 鷹 禅 林 寺 へ 移 さ れ た )

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士 を 押 す の で は あ り ま せ ん こ の あ と の 十 二 月 九 日 、 漱 石 は 逝 去 し た か ら 、 あ る 意 味 で は か れ ら へ の 遺 書 で あ っ た と い 、 つ こ と か で る と こ ろ で 面 白 い の は 、 こ う い う 有 難 い 手 紙 を も ら っ た 芥 川 が 、 漱 石 の 死 後 の 大 正 九 年 六 月 十 五 日 付 で 、 こ ん な 手 紙 を 書 い て い る こ と で あ る 。 「 : : : 根 気 の 好 さ が も っ と も 君 に は 欠 け て い る よ う に 思 う 。 小 島 ( 政 二 郎 ) は す べ て の 点 し か し 仕 事 の 上 に か け る と 僕 自 身 も 意 外 だ っ た 位 底 強 い 辛 抱 弓 し 力 も 知 れ な い 。 で 君 よ り 弓 ) 、 気 を 持 っ て い る 。 ( 中 略 ) 翅 鳥 ゃ あ の 題 の き ま ら な い 小 説 は 実 際 君 自 身 の 云 う よ う な 短 時 し か し 、 あ れ ら の 作 品 に は ど う も 一 気 に 間 の 中 に 出 来 た か ど う か そ れ は 問 う 必 要 は な い 。 書 き 流 し た よ う な 力 の 弱 さ が 感 じ ら れ る 。 筆 鋒 森 然 と 云 う 言 葉 と 反 對 な 心 も ち が 感 ぜ ら れ あ あ い う 書 き 流 し を し な い 事 が る 。 あ あ 云 う 心 も ち を な く な す 事 が ( 作 品 の 上 か ら ) ( 仕 事 の 上 か ら ) 少 く と も 君 を 成 長 さ せ る 第 一 歩 で は な か ろ う か 。 そ う し て そ れ は 文 壇 的 進 退 よ り 更 に 君 に と っ て は 重 大 な 問 題 な の で は あ る ま い か 。 も し 君 が 焦 燥 を 感 ず る と す れ ば 、 こ う い う 点 に こ そ よ り 多 く 焦 燥 を 感 じ て よ い と 思 う 」 弟 分 と し て 認 め て い た 佐 佐 木 茂 索 ( 作 家 、 の ち 文 藝 春 秋 社 長 ) 宛 て の も の 。 自 分 の 体 験 か ら の 忠 告 で も あ ろ う が 、 な に や ら 漱 石 か ら も ら っ た 書 簡 の 文 面 と 相 似 た と こ ろ が あ る 。 224

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* 印 は 文 庫 徹 底 抗 戦 、 一 億 玉 砕 論 渦 巻 く な か 、 国 家 の 分 耶 王 断 天 皇 と 鈴 木 貫 太 郎 半 藤 一 利 断 を 阻 止 す る 宰 相 鈴 木 と 、 平 和 を 希 求 さ れ る 天 皇 と の 肝 胆 相 照 ら す 関 係 を 描 く 感 動 の 物 語 陸 海 軍 の 統 率 者 と 補 佐 役 の 組 み 合 せ 十 三 例 の コ ン ビ の 研 尢 九 半 藤 一 利 功 罪 を 分 析 し 、 組 織 に お け る 真 の リ ー ダ ー 像 を 探 り 、 こ れ か ら の 経 営 者 の 条 件 を 洗 い 出 す 昭 和 史 の な か の 指 揮 官 と 参 謀 宰 相 、 名 優 、 文 豪 、 財 界 人 ら が 住 み 暮 ら し た 垂 見 健 吾 写 真 ロ ロ 家 の 息 遣 い 、 マ ッ カ ー サ ー の 部 屋 が あ っ た ホ 史 の 家 半 藤 一 利 文 テ ル や 東 京 駅 等 公 的 建 物 を 通 し て 昭 和 を 読 む 日 米 両 海 軍 が 決 死 の 覚 悟 で 記 録 し た 写 真 で た * 太 平 洋 戦 争 日 本 軍 艦 戦 コ 半 藤 一 利 編 ど る 「 太 平 洋 海 戦 史 」 「 日 本 海 軍 名 艦 総 集 」 「 大 海 戦 名 将 録 」 な ど 、 太 平 洋 戦 争 史 入 門 文 藝 春 秋 の 本

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・ 主 な 参 考 文 献 ( 本 文 中 に 明 記 し た 一 部 は 除 い た ) 荒 正 人 『 漱 石 研 究 年 表 』 ( 集 英 社 ) 青 柳 淳 郎 編 『 明 治 九 十 九 年 』 ( オ リ オ ン 社 ) 大 久 保 純 一 郎 『 漱 石 と そ の 思 想 』 ( 荒 竹 出 版 ) 虚 碧 白 雲 居 士 『 漱 石 拾 遺 』 ( 畳 乱 青 堂 ) 小 林 孚 俊 『 坊 っ ち ゃ ん 談 話 』 ( 私 家 版 ) 駒 尺 喜 美 『 漱 石 と い う 人 』 ( 思 想 の 科 学 社 ) 佐 々 木 英 昭 『 夏 目 漱 石 と 女 性 』 ( 新 典 社 ) 佐 々 木 み よ 子 『 笑 い の 世 界 旅 行 』 ( 平 凡 社 ) 森 岡 ハ イ ン ツ 柴 田 宵 曲 『 漱 石 覚 え 書 』 ( 日 本 古 書 通 信 社 ) 渋 沢 秀 雄 『 大 い な る 明 治 』 ( 弥 生 叢 書 ) 週 刊 朝 日 編 『 値 段 の 明 治 ・ 大 正 ・ 昭 和 風 俗 史 ( 全 四 巻 ) 』 ( 朝 日 新 聞 社 ) 高 木 健 夫 『 新 聞 小 説 史 』 ( 国 書 刊 行 会 ) 高 木 蒼 梧 『 望 岳 窓 漫 筆 』 ( 東 京 文 献 セ ン タ ー ) 竹 長 吉 正 『 日 本 近 代 戦 争 文 学 史 』 ( 笠 間 書 院 ) 竹 盛 天 雄 『 漱 石 ・ 文 学 の 端 緒 』 ( 筑 摩 書 房 ) 出 口 保 夫 『 ロ ン ド ン の 夏 目 漱 石 』 ( 河 出 書 房 ) 蓮 見 重 彦 『 夏 目 漱 石 論 』 ( 青 土 社 ) 平 川 祐 弘 『 夏 目 漱 石 ・ 非 西 洋 の 苦 闘 』 ( 新 潮 社 ) 引 6

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・ 漱 石 と 魯 迅 の 家 平 川 祐 弘 氏 の 、 漱 石 と 中 国 の 作 家 魯 迅 に か ん す る 本 を 読 ん で い た ら 、 明 治 四 十 一 年 四 月 、 魯 迅 は 本 郷 一 丁 目 の 下 宿 か ら 、 弟 の 周 作 人 ら と 西 片 町 十 番 地 ロ の 七 号 の 借 家 に 移 り 、 そ こ を 「 住 舎 」 と 名 づ け た 、 と い う 話 に ふ つ か り 、 思 わ ず 尻 餅 を つ き そ う に な っ た 。 ロ ン ド ン 留 学 か ら 帰 っ た 漱 石 は 、 明 治 三 十 六 年 三 月 か ら 本 郷 区 千 駄 木 町 五 十 七 番 地 に 居 を か ま え た 。 奇 妙 な 因 縁 で 、 こ の 家 に は 、 明 治 一 一 十 三 年 十 月 か ら 二 十 五 年 一 月 末 ま で 、 森 そ れ に つ け て 思 う こ と は 、 若 き 漱 石 が 俳 句 を 好 み 、 短 歌 に 見 向 き も し な か っ た の は 、 漱 石 の 人 柄 や 文 学 を そ っ く り 語 っ て い る よ う で あ る と い う こ と 。 漱 石 自 身 も そ の こ と に ふ れ て い る 。 「 一 体 に 自 分 は 和 文 の よ う な 、 柔 ら か い だ ら だ ら し た も の は 嫌 い で 、 漢 文 の よ う な 強 い カ の あ る 、 即 ち 雄 勁 な も の が 好 き だ 」 『 余 が 文 章 に 裨 益 せ し 書 籍 』 の 一 節 で あ る 。 や が て 英 文 学 を 捨 て 『 吾 輩 は 猫 で あ る 』 『 坊 っ ち ゃ ん 』 『 草 枕 』 を 書 か ね ば な ら な か っ た 胚 芽 は 、 も う 早 く か ら あ っ た の で あ る 。 ろ じ ん

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・ 「 漱 石 」 の は じ ま り 隅 田 川 の 向 う 側 生 ま れ の 律 儀 さ で ( ? ) 子 供 の と き か ら 、 本 所 や 向 島 に 関 係 あ る 作 家 に は や に 親 近 感 を も っ て き た 。 幸 田 露 伴 、 永 井 荷 風 、 芥 川 龍 之 介 、 堀 辰 雄 、 久 保 田 万 太 郎 、 俳 句 の 富 田 木 歩 。 近 ご ろ は 若 い 人 を つ れ て 文 学 散 歩 と し ゃ れ こ む こ と も あ っ て 、 そ の お 蔭 で 若 き 日 の 正 岡 子 規 も ま た 、 向 島 に ゆ か り の 深 い 人 で あ る と 知 っ た 。 子 規 は 明 治 一 一 十 一 年 の 暑 中 休 暇 を 、 七 月 か ら 九 月 ま で 、 向 島 は 長 命 寺 の 桜 も ち で 過 し て い た の で あ る 。 一 一 十 一 一 歳 。 年 譜 で は 長 命 寺 境 内 月 香 楼 に 寓 す と あ る が 、 そ ん な 名 の 宿 が あ っ た わ け で な く 、 桜 も ち の 二 階 を 勝 手 に そ う 自 称 し て 下 宿 し た も の ら し い と き に 、 お ろ く さ ん と い う 評 判 の 美 形 が 桜 も ち に い た 。 そ し て 子 規 が そ の 娘 に 恋 を し て い る と の 噂 が た っ た 。 当 人 は 翌 年 五 月 、 向 島 で の 感 興 を い ろ い ろ の 形 式 ( 漢 文 、 漢 詩 、 短 歌 、 俳 句 、 謡 曲 、 論 文 、 擬 古 文 小 説 ) で 表 現 し た 作 品 『 七 草 集 』 を 完 成 さ せ 、 そ の な か で 、

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湯 も 水 も 飲 ま ず に 、 ポ リ ポ リ と か み く だ い て は 、 生 唾 の カ で 食 道 へ 送 っ て 、 昼 食 の か わ り に し た 」 こ と も あ る よ う な 生 活 を 、 漱 石 は ロ ン ド ン 留 学 で 強 い ら れ た 。 ち な み に 、 明 治 十 七 年 に 二 十 三 歳 の 森 鵰 外 は ベ ル リ ン に 留 学 し た 。 こ の と き の 留 学 費 は 年 額 千 円 。 明 治 十 七 年 の 千 円 と 三 十 四 年 の 千 八 百 円 と で は 、 ど の く ら い 値 打 ち が 違 う も の か 。 玄 米 一 石 の 標 準 価 格 で く ら べ て み る と 、 明 治 十 七 年 四 円 ~ 五 円 明 治 三 十 四 年 九 円 ~ 十 一 円 三 十 四 年 の ほ う が お よ そ 二 倍 強 に な っ て い る ( 長 谷 川 泉 氏 に よ る ) 。 陸 軍 省 か ら の 留 学 生 の 森 外 が 、 文 部 省 か ら の 留 学 生 よ り 恵 ま れ て い た こ と が わ か る 。 と い う よ り 、 十 年 代 と 三 十 年 代 の 明 治 時 代 の 、 社 会 状 況 の 差 が そ の ま ま 反 映 さ れ て い た 。 も う 一 つ 例 を あ け る と 、 留 学 中 の 漱 石 は 休 職 扱 い で 、 そ の 間 、 留 守 宅 の 鏡 子 夫 人 は 実 家 の 中 根 家 で 暮 ら し て い た が 、 文 部 省 か ら 支 給 さ れ る 休 職 費 は 月 額 一 一 十 五 円 。 た だ し 、 建 艦 費 と し て 二 円 五 十 銭 が 差 引 か れ 、 実 際 に は 二 十 二 円 五 十 銭 で あ っ た 。 こ こ に い う 建 艦 費 と は 、 世 界 列 強 に 伍 し て い く た め に 弱 体 な 海 軍 力 を 増 強 し よ う と 、 明 治 二 十 五 年 か ら 強 制 的 に と り た て ら れ た 一 種 の 税 金 で あ る 。 と き の 伊 藤 博 文 内 閣 が 、 海 軍 第 拡 張 予 算 を く ん だ が 議 会 で 承 認 を え ら れ ず 、 そ れ な ら ば と 明 治 天 皇 に 勅 語 を 奏 請 、 強 引 に