文藝春秋 - みる会図書館


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1. 三国志読本

469 宮城谷昌光出版年譜 ニ 0 一四年 ニ 0 一 0 年 ニ 0 一三年 『三国志』 ( 第八巻 ) 文藝春秋↓文春文庫 ( 一一一年 ) 『古城の風景 6 北条水軍の城』新潮社↓新潮文庫 ( 一 - 年 ) 『楚漢名臣列伝』文藝春秋↓文春文庫 ( 一三年 ) 『呉越春秋湖底の城』 ( 第一巻 ) 講談社↓講談社文庫 ( 一三年 ) 『三国志』 ( 第九巻 ) 文藝春秋↓文春文庫 ( 一三年 ) 『古城の風景 7 ーー桶狭間合戦の城』新潮社 『呉越春秋湖底の城』 ( 第二巻 ) 講談社↓講談社文庫 ( 一三年 ) 『三国志』 ( 第十巻 ) 文藝春秋↓文春文庫 ( 一四年 ) 『草原の風』 ( 上中下 ) 中央公論新社↓中公文庫 ( 一三年 ) 『呉越春秋湖底の城』 ( 第三巻 ) 講談社↓講談社文庫 ( - 四年 ) 『三国志』 ( 第十一巻 ) 文藝春秋↓文春文庫 ( 一四年 ) 『呉越春秋湖底の城』 ( 第四巻 ) 講談社↓講談社文庫 ( 一五年 ) 『三国志』 ( 第十二巻 ) 文藝春秋↓文春文庫 ( 一五年 ) 『三国志外伝』文藝春秋↓文春文庫 ( - 六年 ) 『三国志読本』文藝春秋↓文春文庫 ( 一七年 ) 『呉越春秋湖底の城』 ( 第五巻 ) 講談社↓講談社文庫 ( 一六年 )

2. 私の岩波物語

〈山本夏彦の主な著訳書〉 年を歴た鰐の話 (= ・ショヴォ原作 / 桜井書店・絶版 ) 日常茶飯事 ( 中公文庫 ) 茶の間の正義 ( 中公文庫 ) 変痴気論 ( 中公文庫 ) 毒言独語 ( 中公文庫 ) 編集兼発行人 ( 中公文庫 ) かいつまんで言、つ ( 中公文庫 ) つかぬことを言う ( 中公文庫 ) ゃぶから棒 ( 新潮文庫 ) 美しければすべてよし ( 新潮文庫 ) 不意のことば ( 新潮社 ) 世はいかさま ( 新潮社 ) 一一流の愉しみ ( 講談社文庫 ) おじゃま虫 ( 中公文庫 ) 笑わぬでもなし ( 中公文庫 ) ダメの人 ( 中公文庫 ) 恋に似たもの ( 文春文庫 ) 冷暖房ナシ ( 文春文庫 ) 「戦前」という時代 ( 文藝春秋・文春文庫 ) 生きている人と死んだ人 ( 文藝春秋・文春文庫 ) 無想庵物語 ( 文藝春秋・文春文庫 ) 最後のひと ( 文藝春秋 ) 良心的 ( 新潮社 ) 夏彦七平の十八番づくし ( 中公文庫 ) 同意地悪は死なす ( 中公文庫 ) 「豆朝日新聞」始末 ( 文藝春秋 ) 何用あって月世界へ ( ネスコ ) 世間知らすの高枕 ( 新潮社 ) 愚図の大いそがし ( 文藝春秋 )

3. 三国志読本

468 ニ 00 六年 ニ 00 七年 ニ 00 九年 ニ 00 五年 『三国志』 ( 第一巻 5 第三巻 ) 文藝春秋↓文春文庫 ( 〇八年、〇九年 ) 「古城の風景 1 ー・ー菅沼の城奥平の城』新潮社↓新潮文庫 ( 〇八年 ) 『古城の風景 2 ーー松平の城」新潮社↓新潮文庫 ( 〇八年 ) 「春秋名臣列伝』文藝春秋↓文春文庫 ( 〇八年 ) 「戦国名臣列伝』文藝春秋↓文春文庫 ( 〇八年 ) 「古城の風景 3 ーー一向一揆の城」新潮社↓新潮文庫 ( 一〇年 ) 「三国志」 ( 第四巻、第五巻 ) 文藝春秋↓文春文庫 ( 〇九年、一〇年 ) 「風は山河より」 ( 第一巻、第二巻 ) 新潮社↓新潮文庫 ( 〇九年 ) 『風は山河より」 ( 第三巻 5 第五巻 ) 新潮社↓新潮文庫 ( 〇九年、 - 〇年 ) 『三国志』 ( 第六巻 ) 文藝春秋↓文春文庫 ( 一〇年 ) 「古城の風景 4 ーー徳川の城今川の城』新潮社↓新潮文庫 ( 一〇年 ) ニ 00 八年 「古城の風景 5 北条の城」新潮社↓新潮文庫 ( 一一年 ) 『新三河物語」 ( 上中下 ) 新潮社↓新潮文庫 ( 一一年 ) 『三国志」 ( 第七巻 ) 文藝春秋↓文春文庫 ( 一一年 ) 『孟嘗君と戦国時代』日本放送出版協会↓中公新書 ( 〇九年 ) 『他者が他者であること』文藝春秋↓文春文庫 ( 一五年 )

4. 現代日本の文学 Ⅱ― 9 司馬 遼太郎 集

日 三一口 年三月 ) 、「九郎判官義経」 ( のち「義経」と改題・「オ 1 ル読物」を発表。同月、『司馬遼太郎集』 ( 国民の文学 % ・河出晝房新社 ) を に連載↓四十三年四月 ) を発表。同月、沖繩に講演旅行。三月、 刊行。十月、大阪芸術賞受賞。十一月、『殪』 ( 「要塞」「腹を切る 『国盗り物語 ( 織田信長・前編 ) 』 ( 新潮社 ) を刊行六月、「最後こと」改題・文藝春秋 ) を、十一一月、『豊臣家のム々』 ( 中央公論 よしのぶ の将軍ー徳川慶喜」 ( 「別冊文藝春秋」に連載↓十一一月 ) を発表。社 ) を刊行。同月、「小室某覚書」 ( 「別冊文藝春秋」 ) を発表。 同月、『司馬遼太郎集』 ( 現代文学・東都書房 ) を、七月、『俄ー浪昭和四十三年 ( 一九六八 ) 四十五歳 華遊侠伝ー』 ( 講談社 ) 、『国盗り物語 ( 織田信長・後編 ) 』 ( 新潮社・一月、『殉死』により第九回毎日芸術賞を受賞。同月、「歴史を紀行 全四巻完結 ) を、八月、『竜馬がゆく ( 回天篇 ) 』 ( 文藝春秋・全五する」 ( 「文藝春秋」に連載↓十一一月 ) 、「英雄たちの神話」 ( のち『歳 巻完結 ) を刊行。九月、『竜馬がゆく』『国盗り物語』で第十四回菊月』と改題・「小説現代」に載連↓四十四年十一月 ) を発表。『夏草 池寛賞を受賞。同月、「豊臣家の人々」 ( 「中央公論」に連載↓四十の賦』 ( 文藝春秋 ) を刊行。この月、『竜馬がゆく』を Z で放映 一一年七月 ) 、「夏草の賦」 ( 地方紙に連載↓四十一一年五月 ) を発表。十 ( ↓十一一月 ) 。三月、『新史太閤記 ( 前・後 ) 』 ( 新潮社 ) 、『日本剣客 月、『関ヶ原 ( 上 ) 』 ( 新潮社 ) を刊行。同月、「美濃浪人」 ( 「別冊小伝ー亠呂本武蔵』 ( 朝日新聞社 ) を刊 ( 四月、「坂の上の雲」 ( 「サン 説現代」 ) 、十一月、「峠」 ( 「毎日新聞」に連載↓四十三年五月 ) をケイ新聞」タ刊連載↓四十七年八月 ) を発表。五月、『義経』 ( 文藝 発表。同月、『関ヶ原 ( 中 ) 』 ( 新潮社 ) 、『司馬遼太郎傑作シリ 1 ズ』春秋 ) 、『王城の護衛者』 ( 作品集・講談社 ) 、『喧嘩草雲』 ( 作品集・ ( 講談社・全七巻↓四十一一年四月 ) を、十二月、『関ヶ原 ( 下 ) 』 ( 新東方社 ) を刊行。六月、「故郷忘じがたく候」 ( 「別冊文藝春秋」 ) 、 潮社 ) を刊行。《私はどうも、日常人としては権力がきらいです。七月、「大盗神師」 ( 「週刊文春」に連載↓四十四年四月 ) を発表。 本当にきらいです。ですけれど、歴史小説家としての私は、なぜ、同月、『司馬遼太郎集 1 』 ( 現代長篇文学全集・講談社 ) を刊行。入 くる・ ざんさっ 歴史を旋回させている権力とその内臓のにおいに、これほど関心が月、「斬殺」 ( 「オ 1 ル読物」 ) 、十月、「胡村に酒」 ( 「小説新潮」 ) を あるのでしよう。自分でもよくわかりませんが、やはり権力という発表。同月、『峠 ( 前・後 ) 』 ( 新潮社 ) 、『故郷忘じがたく候』 ( 作品 ものがもっ方程式のない不思議さや玄妙さが、私にとって魅力なの集・文藝春秋 ) 、『司馬遼太郎集 2 』 ( 現代長篇文学全集・講談社 ) を っこ , でしよう。一つの権力が勃興し、消滅する、その発生と消滅のまわ刊行。十一一月、「馬上少年過グ」 ( のち「馬上少年過ぐ」と改題・「別 りにいた人々に興味をもって書いたのが「豊臣家の人々」でした》。冊文藝春秋」 ) を発表。 昭和四十四年 ( 一九六九 ) 四十六歳 昭和四十ニ年 ( 一九六七 ) 四十四歳 一一月、『十一番目の志士』 ( 文藝春秋 ) を、三月、『最後の将軍』 ( 前一一月、「歴史を紀行する」で第三十回文藝春秋読者賞を受賞。同月、 同 ) を刊行。五月、海音寺潮五郎氏と日本最古の官道竹ノ内峠を越「世に棲む日日」 ( 「週刊朝日」連載↓四十五年十一一月 ) を発表。『歴 ようさ あすか 年 え、飛鳥古京を歩く。六月、「要驃」 ( 「別冊文藝春秋」 ) 、「宮本武蔵史を紀行する』 ( 文藝春秋 ) を刊行。四月、「城の怪」 ( 「小説新潮」 ) 紹 ( 日本剣客伝 ) 」 ( 「週刊朝日」連載↓十月 ) 、「妖怪」 ( 「読売新聞」タを発表。同月、『坂の上の雲 ( 一 ) 』 ( 文藝春秋 ) を、五月、『妖怪』 ( 講 刊連載↓四十三年四月 ) 、九月、「腹を切ること」 ( 「別冊文藝春秋」 ) 談社 ) を刊行。六月、「貂の皮」 ( 「小説新潮」 ) を発表、同月、『手 てん

5. 三国志読本

465 宮城谷昌光出版年譜 宮城谷昌光出版年譜 一九九 0 年 「天空の舟ーー小説・伊尹伝」 ( 上下 ) 海越出版社↓文春文庫 ( 九三年 ) 、新装版三〇〇〇年、 文藝春秋 ) ※新田次郎文学賞受賞作 一九九一年 『王家の風日』海越出版社↓文春文庫 ( 九四年 ) 、新装版 ( 〇一年、文藝春秋 ) 『侠骨記』講談社↓講談社文庫 ( 九四年 ) 『夏姫春秋』 ( 上下 ) 海越出版社↓講談社文庫 ( 九五年 ) 、新装版三〇〇〇年、文藝春秋 ) ※直木 賞受賞作 「石壁の線より』海越出版社 「孟夏の太陽』文藝春秋↓文春文庫 ( 九四年 ) 『春の潮』講談社↓講談社文庫 ( 九五年 ) 「会社人間上昇学』海越出版社↓「歴史の活力」と改題、文春文庫 ( 九六年 ) 「花の歳月」講談社 ( 九六年に新装版 ) ↓講談社文庫 ( 九六年 ) 「中国古典の言行録」海越出版社↓文春文庫 ( 九六年 ) 「沈黙の王』文藝春秋↓文春文庫 ( 九五年 ) 『重耳』 ( 上中下 ) 講談社↓講談社文庫 ( 九六年 ) ※芸術選奨文部大臣賞受賞作 一九九ニ年 一九九三年

6. 現代日本の文学 Ⅱ― 9 司馬 遼太郎 集

掘り日本史』 ( 毎日新聞社 ) を刊行。七月、「話のくずかご」今オーをゆく ( 一 1) 』 ( 朝日新聞社 ) を、五月、ドナルド・キーン氏との対談 ル読物」連載↓四十六年一一月 ) 、「城塞」 ( 「週刊新潮」に連載↓四十集『日本人と日本文化』 ( 中央公論社 ) 、『花神 ( 一 ) 』 ( 新潮社 ) を刊 六年十月 ) を発表。同月、『大盗神師』 ( 文藝春秋 ) を、八月、『歴气六月、文化講演会 ( 文藝春秋主催 ) で江藤淳氏、池島信平氏と 史と小説』 ( 河出書房新社 ) を刊行。九月、直木賞選考委員となる。 ョ 1 ロッパ各地をまわる。同月、『坂の上の雲 ( 五 ) 」 ( 文藝春秋 ) 、 十月、「花神」 ( 「朝日新聞」タ刊連載↓四十六年十一月 ) を発表。十『花神 ( 一 1) 』 ( 新潮社 ) を、七月、『花神 ( = I) 』 ( 前同 ) を、八月、『花 一月、『坂の上の雲 ( 一 l) 』 ( 文藝春秋 ) 、『歳月』 ( 講談社 ) を刊行。神 ( 四 ) 』 ( 前同・全四巻完結 ) を、九月、『坂の上の雲 ( 六 ) 』 ( 文藝春 昭和四十五年 ( 一九七〇 ) 四十七歳秋・全六巻完結 ) を刊行。 一月、「覇王の家」 ( 「小説新潮」に連載↓四十六年九月 ) を発表、同昭和四十八年 ( 一九七 = l) 五十歳 月。海音寺潮五郎氏との対談『日本歴史を点検する』 ( 講談社 ) を一月、『国盗り物語』をで放映 ( ー十二月 ) 。司空海』の風景」 刊行。五月、「重庵の転々」 ( 「オ 1 ル読物」 ) を発表。六月、『坂の上 ( 「中央公論」連載↓ ) を発表。一一月、ベトナムへ取材旅行。同月、 やかた の雲 ( = l) 』 ( 文藝春秋 ) を刊行。八月、「花の館」 ( 「中央公論」 ) を『街道をゆく ( 三 ) 』 ( 朝日新聞社 ) を刊 ( 入月、モンゴルへ取材旅 発表。同月、『馬上少年過ぐ』 ( 作品集・新潮社 ) を、十月、『花の行。十月、対談集『歴史を考える』 ( 文藝春秋 ) 、『人間の集団を考 館』 ( 中央公論社 ) 、『司馬遼太郎集』 ( 新潮日本の文学・新潮社 ) をえる』 ( 産経新聞出版局 ) 、『覇王の家 ( 前・後 ) 』 ( 新潮社 ) を刊行。 刊行。十一月、『花の館』を文学座により日生劇場で公演。 昭和四十九年 ( 一九七四 ) 五十一歳 れおな 昭和四十六年 ( 一九七一 ) 四十八歳一月、『街道をゆく ( 四 ) 』 ( 朝日新聞社 ) 、三月、江崎玲於奈氏との 一月、「街道をゆく」 ( 「週刊朝日」に連載↓ ) を発表。四月、『坂の対談「日本と日本人を考える」 ( 「週刊朝日」 ) を連載 ( ↓四月・四 上の雲 ( 四 ) 』 ( 文藝春秋 ) を刊行。五月、韓国へ取材旅行。同月、回完結 ) 。四月、『司馬遼太郎全集』 ( 文藝春秋・全三十一一巻 ) 完結。 『世に棲む日日 ( 一 ) 』 ( 文藝春秋 ) を、六月、『司馬遼太郎短篇総集』五月、『歴史の中の日本』 ( 中央公論社 ) 、十月、『歴史と視点』 ( 新 ( 講談社 ) 、『世に棲む日日 ( 一 l) 』 ( 文藝春秋 ) を、七月、『世に棲む日潮社 ) 、『街道をゆく ( 五 ) 』 ( 朝日新聞社 ) 、十一月、『人間の集団に 日 ( = l) 』 ( 前同 ) を、八月、『日本人を考える』 ( 対談集・文藝春秋 ) ついて』 ( 中央公論社 ) を刊行。 を刊行。九月、『司馬遼太郎全集』 ( 全三十一一巻・文藝春秋 ) の刊行昭和五十年 ( 一九七五 ) 五十二歳 始まる ( ↓四十九年四月 ) 。同月、『街道をゆく ( 一 ) 』 ( 朝日新聞社 ) 四月、『街道をゆく ( 六 ) 』 ( 朝日新聞社 ) を刊行。五月、訪中日本作 を、十二月、『域塞 ( 上 ) 』 ( 新潮社 ) を刊行。 家代表団の一員として日中文化交流協会より派遣されて中国を訪問。 昭和四十七年 ( 一九七一 l) 四十九歳六月 ~ 入月、『播灘物語 ( 上 ) ( 中 ) ( 下 ) 』 ( 講談社 ) を刊行。 ごと 一月、「翔ぶが如く」 ( 「毎日新聞」に連載↓ ) を発表。同月、『城塞 この年譜は、「新潮日本文学 8 ・司馬遼太郎集」 ( 新潮社刊 ) と、「司馬 ( 中 ) 』 ( 新潮社 ) を、一一月、『城塞 ( 下 ) 』 ( 新潮社 ) を刊行。三月、 遼太郎全集」 ( 文藝春秋刊 ) を参考にして作成させていただき筆者の 校閲を得たものです。作品は全集収録のものを主として掲げました・ 」世に棲む日日』他で第六回吉川 ~ 扣文学賞を受賞。四月、『街道 はおう

7. この国のかたち 五

I S B N 4 -1 6-5 5 1 5 5 0 - 7 C 0 0 9 5 P 1 2 0 0 E 定価 1200 円 ( 本体〃 6 ) 円 ) この国のかたち 司馬遼太郎 94 ~ 95 文藝春秋 文藝春秋

8. 私の岩波物語

生」を出して日の出の勢いである。文藝春秋を丸ごと買おうという。菊池寛はこの雑誌は自分のも のだと思っている。大正十二年の創刊のときにいやになったらいつでもやめると書いた。そのとき が来たのである。菊池は米軍から公職追放されていや気がさして、社を解散すると言いだした。池 島は何度も菊池の家へ足をはこんだが、菊池の決心は堅かった。社員だけでやると聞いて菊池の名 のない文藝春秋なんか誰も買わないよと言った。佐佐木を社長にして再起するつもりなのに、社長 に横光 ( 利一 ) はどうかと言ったりした。 文藝春秋の名は菊池の所有である。ついにその名を譲ってもらうところまで池島はこぎつけた。 このとき菊池の縁で入社した連中は多く去った。 その直後戦歿社員の追悼会のようなものがあったので、私も行った。当然退社した連中もいた。 客は新旧両方の馴染みである。なっかしさにかけよろうとして、いや待てと迷う図を私は見た。彼 らは今どこにどうしているのだろう。今となってはその名を思いだすこともできない。 文藝春秋社 史のたぐいにも旧社員の名は発見できない。追放された菊池の家には当然客は絶えた。池島は菊池 の弟子である。このとき見舞わないでいつ見舞おう。再三足をはこんで昭和一一十三年菊池が死んだ 日にも居あわせている。 池私が佐佐木とながい手紙のやりとりをしたのは佐佐木が文藝春秋の新社社長になる前である。佐 索佐木は伊豆の伊東にいてまだ動かない。私はのちの理工学社社長の中川乃信があらたに出版社をは ・ルバン」がある。 木じめたのでそれを手伝った。佐佐木の訳著にモオリス・ルプランの「アルセーヌ 佐むかし改造社から出た本である。戦後何でも売れた時代だからこれを出そうとすぐに印刷屋に回す ほしのたつお いつほうル。ハンは保篠龍緒の専売だと聞いたから挨拶に行ったら保篠は翻訳権は自分にある、発行

9. 二つの山河

初出 / 別册文藝春秋 二つの山河 二〇七号 一九九号 臥牛城の虜 甘利源治の潜入二〇六号 単行本平成六年九月文藝春秋刊

10. 私の岩波物語

私の岩波物語 I S B N 4 ー 1 6 - 5 4 8 5 2 0 ー 1 C 0 0 9 5 P 1 7 0 0 E 定価 1700 円 ( 本体 1650 円 ) の 山本夏彦 ロロ 山本夏彦 文藝春秋 文藝春秋