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検索対象: 日本の街道 3 雪の国 北陸

日本の街道 3 雪の国 北陸から 164件ヒットしました。

日本の街道 3 雪の国 北陸


称 名 念 仏 の あ ふ れ る 寺 内 町 , ー ー 真 宗 門 徒 の 城 砦 都 市 田 中 喜 男 カ ラ ー ・ 越 前 / 加 賀 / 能 登 / 越 中 海 と 制 を つ な ぐ 山 塊 の 道 , ー ー 敦 賀 か ら 京 へ 藤 井 讓 治 ー ー ー 朝 倉 館 の 遺 構 小 林 健 太 郎 一 乗 谷 ・ 戦 国 大 名 の 夢 の あ と く ー ー 歴 史 の 町 並 み を 訪 ね て 金 坂 清 則 九 頭 竜 川 流 域 の 街 道 を 行 田 中 喜 男 加 賀 百 万 石 の 遺 産 と 文 化 ー ー 金 沢 と 周 辺 の 城 下 町 五 箇 山 へ 向 か う 加 賀 藩 の 〃 陰 道 〃 ー ー 塩 硝 街 道 木 下 良 能 登 の 道 は 出 稼 ぎ の 道 , ー ー 海 の 民 ・ 山 の 民 の 苦 楽 小 林 忠 雄 国 街 道 を 西 へ 東 へ 植 村 元 覚 薬 売 り の ふ る さ と ・ 富 山 か ら ー ー ヒ 一 山 あ い を 塩 と 魚 が 行 く 道 ー ー ・ ・ 、 千 国 街 道 と 飛 騨 街 道 胡 桃 沢 勘 司 雪 白 く 聳 え 立 っ 霊 峰 へ の 道 ー ー 白 山 と 立 山 の 信 仰 登 山 廣 瀬 誠 カ ラ ー ・ 越 後 / 佐 渡 日 本 海 に 沿 う 荒 波 よ せ る 険 路 ー ー 北 国 街 道 浜 通 り と 加 賀 街 道 渡 辺 慶 一 吹 雪 に 逝 っ た あ る 瞽 女 へ の 叙 事 詩 斎 藤 真 一 潮 風 ・ 川 風 に 流 れ る 千 船 の 歌 ー ー 新 潟 港 と 信 濃 川 池 政 栄 流 人 と 黄 金 の 島 ・ 佐 渡 田 中 圭 一 佐 渡 か ら 江 一 尸 へ ・ 御 金 荷 の 道 ー ー 北 国 ・ 三 国 ・ 会 津 " 佐 渡 一 一 一 道 。 桑 原 孝 146 104 108 1 5 0 1 1 8 1 2 4 16 2 1 3 6

日本の街道 3 雪の国 北陸


称 名 念 仏 の あ ふ れ る 寺 内 町 , ー ー 真 宗 門 徒 の 城 砦 都 市 田 中 喜 男 カ ラ ー ・ 越 前 / 加 賀 / 能 登 / 越 中 海 と 制 を つ な ぐ 山 塊 の 道 , ー ー 敦 賀 か ら 京 へ 藤 井 讓 治 ー ー ー 朝 倉 館 の 遺 構 小 林 健 太 郎 一 乗 谷 ・ 戦 国 大 名 の 夢 の あ と く ー ー 歴 史 の 町 並 み を 訪 ね て 金 坂 清 則 九 頭 竜 川 流 域 の 街 道 を 行 田 中 喜 男 加 賀 百 万 石 の 遺 産 と 文 化 ー ー 金 沢 と 周 辺 の 城 下 町 五 箇 山 へ 向 か う 加 賀 藩 の 〃 陰 道 〃 ー ー 塩 硝 街 道 木 下 良 能 登 の 道 は 出 稼 ぎ の 道 , ー ー 海 の 民 ・ 山 の 民 の 苦 楽 小 林 忠 雄 国 街 道 を 西 へ 東 へ 植 村 元 覚 薬 売 り の ふ る さ と ・ 富 山 か ら ー ー ヒ 一 山 あ い を 塩 と 魚 が 行 く 道 ー ー ・ ・ 、 千 国 街 道 と 飛 騨 街 道 胡 桃 沢 勘 司 雪 白 く 聳 え 立 っ 霊 峰 へ の 道 ー ー 白 山 と 立 山 の 信 仰 登 山 廣 瀬 誠 カ ラ ー ・ 越 後 / 佐 渡 日 本 海 に 沿 う 荒 波 よ せ る 険 路 ー ー 北 国 街 道 浜 通 り と 加 賀 街 道 渡 辺 慶 一 吹 雪 に 逝 っ た あ る 瞽 女 へ の 叙 事 詩 斎 藤 真 一 潮 風 ・ 川 風 に 流 れ る 千 船 の 歌 ー ー 新 潟 港 と 信 濃 川 池 政 栄 流 人 と 黄 金 の 島 ・ 佐 渡 田 中 圭 一 佐 渡 か ら 江 一 尸 へ ・ 御 金 荷 の 道 ー ー 北 国 ・ 三 国 ・ 会 津 " 佐 渡 一 一 一 道 。 桑 原 孝 146 104 108 1 5 0 1 1 8 1 2 4 16 2 1 3 6

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日 本 の 街 道 3 集 英 社 雪 の 国 北 陸 北 国 路 越 後 路 能 登 路 一 二 国 街 道 千 国 街 道

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日 本 の 彳 圭 〒 道 ー ー - 全 8 巻 ( 書 名 と 責 任 編 集 者 ) ・ 印 は 既 刊 / 〇 印 は 次 回 配 本 ・ 第 1 巻 風 か け る み ち の く 仲 野 浩 渡 辺 信 夫 奥 州 街 道 羽 州 街 道 会 津 街 道 浜 街 道 ・ 第 2 巻 江 戸 へ の 道 学 習 院 児 玉 幸 多 東 海 道 日 光 道 甲 州 路 水 戸 ・ 佐 倉 道 大 山 道 ・ 第 3 巻 雪 の 国 北 陸 粤 木 下 良 北 国 路 越 後 路 能 登 路 三 国 街 道 千 国 街 道 ・ 第 4 巻 山 な み 遙 か 歴 史 の 道 林 英 夫 信 濃 路 木 曾 路 伊 那 路 美 濃 路 飛 騨 路 大 阪 市 立 大 ・ 第 5 巻 京 へ の 道 原 田 伴 彦 学 名 誉 教 授 若 狭 路 近 江 路 丹 波 路 大 和 路 伊 勢 路 紀 州 路 〇 第 6 巻 夢 誘 う 山 陽 山 陰 大 響 谷 口 澄 夫 山 陽 道 吉 備 路 安 芸 路 出 雲 路 長 門 路 第 7 巻 海 光 る 瀬 戸 内 ・ 四 国 山 本 大 遍 路 道 金 毘 羅 参 詣 道 土 佐 路 瀬 戸 内 の 海 路 九 州 大 学 ・ 第 8 巻 日 燃 ゆ る 九 州 助 教 授 丸 山 雍 成 筑 紫 路 日 向 路 薩 摩 路 長 崎 路 唐 津 街 道 ( 9 月 刊 行 ) 著 者 代 表 ー ー 木 下 良 編 集 者 ー ー ー 株 式 会 社 日 本 ア ー ト ・ セ ン タ ー 東 京 都 千 代 田 区 神 田 神 保 町 一 ー 一 一 五 電 話 ー 東 ~ 泉 ・ 2 9 4 ・ 3 8 91 郵 便 番 号 101 発 行 者 ー ー ー 堀 内 末 男 発 行 所 ー ー ー 株 式 会 社 集 英 社 東 京 都 千 代 田 区 一 ッ 橋 一 一 ー 五 ー 一 〇 電 話 ー 販 売 部 東 京 ・ 2 3 8 ・ 2 7 81 出 版 部 東 京 ・ 2 3 8 ・ 2 8 31 郵 便 番 号 101 印 刷 所 ー ー ー 共 同 印 刷 株 式 会 社 製 本 所 ・ ー ー ー 中 央 精 版 印 刷 株 式 会 社 製 本 に は 十 分 注 意 し て い ま す が 、 落 丁 ・ 乱 丁 の 際 は お と り か え い た し ま す 。 ◎ 集 英 社 Printed in Japan 日 本 の 街 道 3 雪 の 国 北 陸 昭 和 五 十 六 年 八 月 二 十 一 日 第 一 刷 発 行 032 に ロ 6003 ー 30

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・ : 朝 : い 、 第 6 冫 1. 井 宿 を 過 ぎ る と 、 街 道 は 妙 高 山 の 山 裾 を め ぐ っ て 登 担 を 分 散 す る た め で も あ っ た 。 り と な り 、 人 馬 の 通 行 が 難 渋 す る 。 や が て 、 広 々 と 天 保 十 一 一 年 (5) に 三 国 街 道 を 赴 任 し た 久 須 美 六 は つ が し た 高 原 の 風 景 が 開 け る 。 現 在 は 上 信 越 高 原 国 立 公 郎 左 衛 門 祐 明 は 、 四 月 一 一 十 三 日 江 戸 を 発 駕 し 、 同 三 園 と な っ て い る 。 十 日 に 寺 泊 に 到 着 し て い る 。 途 中 、 吾 妻 川 の 増 水 で 関 山 か ら は 中 山 三 宿 と 呼 ば れ 、 街 道 の 高 度 が い よ 渋 川 宿 に 滞 留 し て い る の で 、 実 質 は 七 日 間 の 行 程 い よ 増 し て い く 。 関 山 宿 に は 、 関 山 ・ 二 俣 ・ 田 切 ・ で 、 三 国 街 道 は ず い ぶ ん と 近 道 で あ っ た 。 以 下 、 久 上 原 ・ 関 川 の 各 宿 の 馬 が 詰 め て 待 ち 受 け て い る 。 一 一 須 美 六 郎 左 衛 門 の 書 き 残 し た 『 佐 渡 之 日 次 』 か ら そ 俣 と 田 切 、 上 原 と 関 川 は 、 そ れ ぞ れ 一 五 日 交 代 で 宿 の 足 跡 を た ど っ て み よ う 。 役 を 務 め る 、 合 わ せ て 一 宿 扱 い の 小 宿 で あ っ た 。 関 江 戸 か ら 三 国 街 道 を 越 後 に 向 か っ て い く に は 、 中 山 か ら は 、 関 川 関 所 を 越 え て 信 州 野 尻 宿 ま で 継 ぎ 立 山 道 高 崎 宿 か ら 分 か れ て 、 金 古 ・ 渋 川 と 北 上 し て い お お た ぎ り て て い く が 、 こ の 途 中 に あ る 大 田 切 が 、 こ の 街 道 一 。 途 中 、 上 尾 ・ 本 庄 ・ 渋 川 ・ 須 川 と 泊 ま り を 重 は 第 裾 の 挾 賑 番 の 難 所 で あ っ た 。 ね 、 渋 川 宿 で 滞 留 一 日 が あ っ た の を 加 え て 六 日 目 の 蜘 の 宿 を 、 た 4 山 三 道 く っ 高 山 街 多 あ こ れ は 天 保 四 年 ( 一 一 0 に 、 御 金 宰 領 と し て 江 戸 に 四 月 一 一 十 八 日 ご 三 国 峠 の 頂 上 に 立 っ て 、 越 後 国 に 第 妙 中 、 も て る て み 場 向 か っ た 早 川 為 四 郎 の 『 道 中 記 』 に 拠 っ て い る が 、 一 歩 を 踏 み 入 れ て い る ( 佐 渡 行 は 本 庄 ら 村 ・ ) 。 場 並 宿 = ) 一 宿 め 宿 家 う 山 を の だ わ そ の 後 追 分 宿 か ら 中 山 道 に 入 り 、 出 雲 崎 を 出 発 し て 三 国 峠 は 、 上 州 永 井 宿 か ら 越 後 浅 貝 宿 ま で 三 里 の 関 野 初 ん ぎ か ら 十 一 日 目 に 、 江 戸 城 内 の 御 金 蔵 へ 運 び 込 ま れ て 山 道 の 中 間 に あ り 、 両 国 分 水 嶺 上 に 、 白 木 の 鳥 居 と 三 社 宮 が 建 て ら れ て い た 。 こ の 三 社 と は 、 上 州 赤 城 ・ 越 後 弥 彦 ・ 信 州 諏 訪 の 各 一 の 宮 を 祀 っ た も の を . 一 第 ゞ 佐 渡 奉 行 の 赴 任 で 、 三 国 峠 の 名 前 の 由 縁 で あ っ た 。 上 越 国 境 は 鳥 居 の 佐 渡 奉 行 が 二 人 制 と な り 、 江 戸 と 佐 渡 と に 分 か れ の 真 ん 中 に あ た る 。 荷 し よ う ぎ て 、 一 年 交 代 で 職 務 を 分 担 す る よ う に な っ た の は 、 久 須 美 六 郎 左 衛 門 は 社 前 に 床 几 を 据 え さ せ 、 し ば 御 し よ う と く し 上 州 ・ 越 後 の 山 々 を 眺 望 し た あ と 、 股 引 は ん て ん ~ 正 徳 三 年 ( ) か ら で あ る 。 そ れ 以 来 、 佐 渡 奉 行 て ら ど ま り あ か ど ま り わ ら じ 江 、 ら は 赴 任 す る と き は 三 国 街 道 を 通 っ て 寺 泊 か ら 赤 泊 草 鞋 ば き の 姿 で 浅 貝 ま で 下 っ て い る 。 駕 籠 に 乗 る 、 カ 渡 に 渡 航 し 、 帰 府 の と き に は 小 木 港 よ り 出 帆 し て 出 雲 と 、 多 く の 人 の 苦 労 が 大 変 で あ る こ と を 配 慮 し た た 佐 一 、 ま 崎 港 に 上 陸 し 、 「 北 国 街 道 」 を 通 「 て い く こ と が 定 め で あ 0 た 。 5 ふ た い 式 と さ れ る よ う に な っ た 。 こ れ は 「 北 国 街 道 」 の 負 浅 貝 ・ 二 居 ・ 三 俣 は 、 三 宿 と 呼 ば れ る 山 間 谷 間 の % 関 川 関 所 跡 ー ー 「 北 国 街 道 」 信 州 境 に 設 置 さ れ た 高 田 藩 の 管 理 す る 関 所 て 幕 府 の 規 定 て 取 り 締 ま り が 行 わ れ た 。 て ん ぼ う ゆ え ん か ご

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木 崎 神 社 - ー ー 元 和 年 間 、 1 万 貫 を 超 え る 上 納 銀 が 小 木 か ら 出 雲 崎 に 送 ら れ た 。 こ の 社 の 拝 殿 は 金 銀 の 蔵 と さ れ た 。 ・ 第 イ ト に と き 新 築 だ っ た 本 堂 は 、 修 理 さ れ て は い る が い ま も の こ っ て い て 、 本 堂 前 の 樹 齢 千 年 の 大 杉 と と も に 訪 れ る 人 に 静 か に 歴 史 を 語 り か け る 。 流 罪 者 の 哀 感 た だ よ う 山 里 小 倉 は 街 道 の 山 里 で あ る 。 つ い 太 平 洋 戦 争 前 ま し や く し で 、 こ こ で は 栗 の 木 を く っ て 作 っ た 杓 子 に 竹 の 柄 を き じ し つ け た 汁 杓 子 を つ く る 人 が 多 か っ た 。 木 地 師 の 村 だ っ た の か も 知 れ な い 。 村 で は 、 穂 積 朝 臣 老 が こ の 村 に 住 ん だ と い い 伝 え る 。 街 道 沿 い に 歌 の 石 碑 が 目 立 つ の は 、 一 九 世 紀 の は じ め ロ シ ア 使 節 レ ザ ノ フ 応 接 ぶ ん せ い 一 八 一 八 の 一 員 だ っ た と い う 志 鎌 万 輔 が 、 文 政 (— て ん ぼ う — 四 四 ら 天 保 ( 一 ノ ) の こ ろ 、 こ の 村 で 家 塾 を ひ ら き 、 そ こ か ら 有 為 な 人 材 が 出 た た め と い う 。 順 徳 上 皇 も 、 京 極 為 兼 も 、 日 蓮 も 世 阿 弥 も 、 中 世 の 流 人 た ち は み ん な こ の 街 道 を 馬 で 府 中 に 向 か っ た 。 小 さ な 街 道 の 村 に 歴 史 の 哀 感 が た だ よ う 。 こ う し た 流 罪 者 の 中 に は 遂 に 許 さ れ ず 、 ふ た た び 小 倉 の 村 を 松 ヶ 崎 に 向 け て 歩 く こ と の な か っ た 人 、 近 世 の 流 人 北 条 道 益 の よ う に 自 ら こ の 国 で 生 活 し 、 都 な ん か へ 帰 る も の か と 思 っ た 人 、 そ し て 日 蓮 の よ う に 許 さ れ て 信 者 の 待 っ 鎌 倉 へ 大 急 ぎ で も ど っ て い っ た 人 力 し ノ 文 永 十 一 年 二 月 十 四 日 の 御 赦 免 状 同 三 月 八 日 に 佐 渡 の 国 に つ き ぬ 。 同 十 三 日 に 国 を 立 ち て 、 ま う ら ( 真 浦 ) と い う つ ( 津 ) に を り て 、 十 四 日 も く じ き 佐 渡 と 木 食 上 人 な ん で も 慶 長 の は じ め こ ろ 、 相 川 の 市 町 に 弾 誓 と い ひ じ り う 聖 が 現 れ た 。 や が て 弾 誓 は 海 府 の 果 て の 岩 屋 で 修 行 か な や ま し 、 金 山 で は た ら く 金 穿 り た ち に も 光 明 を 与 え た 。 時 び く に 代 の は げ し い 転 換 の な か で 熊 野 山 伏 が 比 久 尼 稼 業 に お も く じ き ち こ ん で い っ た と き 、 こ の 木 食 の 行 状 は 鉱 山 町 に 集 ま っ た 人 々 に 新 し い 光 明 を 与 え た 。 た ん し よ う こ ろ 、 弾 誓 は 弟 子 但 唱 を と も な っ 慶 長 + 年 ( ) て 佐 渡 を 去 り 、 信 濃 に お も む い た 。 弾 誓 は 大 町 、 松 本 、 諏 訪 で 教 化 を 与 え た の ち 、 江 戸 に 去 っ た ( 京 都 大 原 阿 弥 陀 寺 で 入 寂 ) 。 そ の こ ろ 、 相 川 の 大 山 師 、 味 方 但 馬 の 手 代 、 村 井 宇 右 衛 門 の 下 男 に 吉 六 と い う 者 が い た 。 弾 誓 を し た っ た 吉 六 は 、 や が て 信 州 に 至 り 但 唱 に し た が っ た 。 吉 六 は ち ょ う お ん せ い が ん や が て 長 音 聖 と 名 乗 り 、 弟 子 青 眼 と 松 本 に 念 来 寺 を 、 佐 渡 相 川 に 弾 誓 寺 を 建 て 、 や が て 羽 州 秋 田 に 没 し た 。 以 来 、 木 食 行 道 、 木 食 浄 厳 な ど 、 た く さ ん の 木 食 聖 た ち が こ の 島 を 訪 れ 、 こ の 島 の 山 中 で 山 居 修 行 す る よ う こ よ っ こ 。 は か の つ に と ど ま り 、 同 じ き 十 五 日 に 、 越 後 の 寺 ど ま り の つ に つ く べ き が 、 大 風 に は な た れ 、 さ い わ ひ に ふ つ か ぢ 三 日 路 ) を 過 ぎ て か し は ざ き ( 柏 崎 ) に つ き て 、 次 の 日 は こ う ( 国 府 ) に つ き 、 中 十 二 日 を へ て 三 月 二 十 六 日 に 鎌 倉 に 入 「 日 蓮 上 り ぬ 。 ( 人 消 息 』 こ の 街 道 は ふ つ う 一 二 日 間 の 行 程 で あ っ た 。 た ん せ い

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疋 田 の 道 標 ー ー ー 江 戸 時 代 の 道 標 に は 「 左 江 戸 」 、 大 き な 方 の 明 治 時 代 の も の に は 「 左 東 京 」 と あ る 。 側 を 流 れ る 小 川 は 舟 川 の 跡 て あ る 。 栃 ノ 木 峠 敦 賀 疋 田 ・ 、 , 愛 沓 掛 マ キ ノ 西 近 江 路 柳 ケ 瀬 木 之 本 至 小 浜 ( 「 左 江 戸 道 右 京 道 文 政 八 丙 ロ 月 釘 勘 る 。 7 古 庄 。 は そ そ ぎ あ そ あ の う 長 た 今 る 近 る 天 れ ら あ 付 い ロ 」 と 刻 み こ ま れ て い る ) に 従 っ て 、 曾 々 木 ・ 麻 生 古 代 の 北 陸 道 は 、 都 か ら 西 近 江 路 に 入 り 、 穴 多 か か に る て ぐ ち し ん ど う し ん ど う の わ に 開 賀 中 祀 ち ロ ・ 新 道 を 通 り 、 越 前 と 近 江 の 国 境 で あ る 新 道 野 峠 ( 市 津 ) 、 和 邇 翁 賀 ) 、 一 燾 ( ) 、 纈 ( 帋 ) を 経 ま つ ば ら 芽 , 、 る 蔵 に を 越 え 、 沓 掛 ・ 塩 津 へ と つ づ く 街 道 で あ り 、 現 在 の て 、 湖 北 の 山 塊 を 越 え 、 越 前 敦 賀 の 松 原 駅 へ と 通 じ ノ て け 地 さ 木 田 峠 抜 奈 か 国 道 八 号 線 と ほ ば 重 な り あ っ て い る 。 し か し 、 塩 津 て い た 。 鞆 結 か ら 松 原 駅 ま で の 道 が ど こ を 通 っ て い み ち は ら く に ぎ か い へ の こ の ル ー ト も 、 新 道 野 峠 の 名 が 示 す よ う に 古 い た か 定 か で は な い が 、 鞆 結 か ら 路 原 ・ 国 境 を 経 て や ま な か も の で は な い 。 こ の 道 は 、 南 北 朝 期 に は す で に あ っ 越 前 に 入 り 、 山 中 ・ 疋 田 を 経 て 松 原 駅 へ と た ど る コ ー ス が も っ と も 当 た っ て い る の で は な い だ ろ う か 。 た と 思 わ れ る が 、 本 格 的 に 利 用 さ れ た の は 、 戦 国 時 く ろ こ が わ 代 末 期 か ら 近 世 に か け て で あ る 。 で は 、 古 い 塩 津 道 鞆 結 か ら ま っ す ぐ 北 に 向 か い 、 黒 子 川 の 上 流 へ 出 は ど こ を 通 っ て い た の だ ろ う か 。 ( こ の 道 は 越 前 側 か ら は 白 坂 越 、 近 江 側 か ら は 黒 子 越 と 呼 ば お い わ け 疋 田 か ら 海 津 へ の 道 を 追 分 ま で た ど る 。 追 分 で 道 れ て い る ) 、 直 接 、 松 原 駅 に 至 る ル ー ト を 想 定 す る 説 ふ か さ か も あ る 。 を 左 手 に と り 、 急 峻 な 坂 を 登 り 、 深 坂 峠 へ と 向 か い ま づ わ か さ う 。 峠 を 越 え る と 道 は 谷 川 に 沿 っ て ま っ す ぐ 塩 津 へ 中 世 、 こ の 道 ( 愛 発 越 ) は 、 近 江 今 津 と 若 狭 の 中 お ば ま く り は ん ご え と 下 っ て い く 。 現 在 、 こ の 古 道 は 、 追 分 か ら 深 坂 峠 心 地 小 浜 と を 結 ぶ 街 道 が 九 里 半 越 と 称 さ れ た よ う し ち り は ん ご え ま で は 比 較 的 よ く 残 っ て お り 、 古 道 の 風 情 を 味 わ う に 、 海 津 か ら 敦 賀 ま で の 道 の り を も っ て 七 里 半 越 と こ と が で き る 。 し か し 、 峠 か ら 深 坂 地 蔵 ま で の 間 も 呼 ば れ た 。 近 世 は 、 塩 津 街 道 と 同 様 、 北 国 の 荷 を は 、 道 は か な り 荒 れ て い る 。 敦 賀 と 琵 琶 湖 と を 最 短 琵 琶 湖 へ 出 す 道 と し て 利 用 さ れ 、 大 い に 繁 栄 し た 。 疋 田 と 海 津 の ほ ば 中 間 に 、 山 中 の 宿 が あ る 。 こ の ( ( も 距 離 で 結 ぶ こ の 道 は 、 古 代 に は 越 後 ・ 佐 渡 ・ 越 中 ・ ば し や く 能 登 ・ 加 賀 ・ 越 前 な ど の 北 陸 道 諸 国 か ら 、 船 で 敦 賀 宿 は 、 敦 賀 か ら の 荷 が 越 前 の 馬 借 か ら 近 江 の 馬 借 へ き よ う ほ う へ と 運 ば れ た 荷 物 が 、 琵 琶 湖 - へ と た ど っ た 道 で あ と 引 き 継 が れ る 場 所 で あ り 、 享 保 十 四 年 ( 一 一 し こ ろ に は 、 家 数 四 六 軒 、 人 口 九 六 人 、 馬 二 五 疋 の 村 で 塩 津 街 道 が 、 深 坂 峠 を 越 え る 道 か ら 新 道 野 峠 を 越 あ り 、 宿 駅 と し て に ぎ わ っ た が 、 現 在 は 新 し く つ け え る 道 へ と 移 っ た 理 由 は 、 深 坂 峠 が 海 抜 三 六 〇 メ 1 替 え ら れ た 国 道 か ら も と り 残 さ れ 、 わ ず か 二 、 三 一 尸 っ ト ル を 越 す の に 対 し 、 新 道 野 峠 は 、 道 の り こ そ 遠 い を 残 す だ け の 寒 村 と な っ て し ま っ て い る 。 こ の 山 中 が 、 海 抜 は 三 〇 〇 メ 1 ト ル に 達 せ ず 、 馬 を 使 っ た 荷 か ら 、 大 浦 へ の 道 が 分 か れ て お り 、 近 世 を 通 じ て 利 物 の 運 搬 に は よ り 適 し た 道 で あ っ た か ら だ と 思 わ れ 用 さ れ た 。 く つ か け

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洋 火 の 用 心 、 第 や い 、 : ま 大 網 の 塩 倉 ー ー ー 1 階 を 牛 小 屋 、 2 階 を 塩 倉 と し て 使 っ て い た 。 塩 に よ る 腐 食 を 防 ぐ た め 、 釘 は 使 わ れ て い な い 。 た わ ら か ま す て い る 。 こ れ は 信 濃 ー ー と く に 大 町 ・ 松 本 地 方 へ の 塩 を 運 ぶ と き は 、 藁 で 編 ん だ 俵 か 叺 に 詰 め こ ん 幻 塩 の 移 入 路 と し て 、 こ の 道 が 重 要 な 役 割 を 果 た し て だ 。 ど ち ら に せ よ 、 塩 一 俵 の こ と を ツ ッ カ ラ ガ シ と き た 歴 史 を 示 す も の に ほ か な ら な い 。 そ し て 、 戦 国 呼 ぶ 。 入 れ る 量 は 時 代 や 入 れ 物 の 違 い に よ り 異 な る う え す ぎ け ん し ん 時 代 に 越 後 の 上 杉 謙 信 ( 一 五 三 〇 ゞ 、 — 七 八 ) カ 塩 の 入 手 に 苦 が 、 昔 の 塩 は 溶 け や す く 、 糸 魚 川 か ら 松 本 へ 着 く ま い た け だ し ん げ ん 労 し て い た 甲 斐 の 武 田 信 玄 ( 5 七 三 ) に 塩 を 送 っ た で に 一 割 く ら い は 減 っ て し ま う の が 通 例 で あ っ た 。 の は 、 こ の 道 か ら だ と 伝 え ら れ て い る 。 か わ な か じ ま 飛 騨 街 道 の 三 本 の 道 謙 信 と 信 玄 は 、 信 濃 の 川 中 島 で た び た び 激 し い 戦 い を 繰 り 広 げ た 。 謙 信 に と っ て 信 玄 は ま さ に 宿 敵 で 富 山 か ら 飛 騨 へ 向 か う 道 は 、 神 通 川 に 沿 っ て 通 じ あ っ た が 、 弓 矢 以 外 の こ と で 苦 し め る の は 武 士 の 道 て い た 。 し か し 、 神 通 川 は 富 山 平 野 の 中 を 流 れ る と に 反 す る と し て 、 塩 不 足 に 悩 ん で い た 信 玄 に 送 り 届 き は 穏 や か で あ る が 、 そ の 大 部 分 は 急 流 の 連 続 で 、 け た の だ と い う 。 両 雄 の お だ や か な 接 触 は 、 い わ ば 深 い 渓 を つ く り 、 こ れ に 沿 う 道 も い き お い 難 路 が っ 「 も う 一 つ の 川 中 島 」 と い う と こ ろ だ が 、 そ の 舞 台 づ く こ と と な っ た の で あ る 。 と な っ た の が 千 国 街 道 だ っ た 。 富 山 を 出 た 道 は 、 渓 谷 の 入 り 口 に あ る 笹 津 し 江 戸 時 代 に な る と 、 こ の 道 は 塩 の 移 入 路 と し て さ ま で は 一 本 道 で あ る 。 道 は こ こ で 二 つ に 分 か れ 、 一 ら に 重 視 さ れ る よ う に な る 。 松 本 藩 が 、 塩 は 日 本 海 つ は 川 の 左 岸 に 沿 う 西 道 と な り 、 今 一 つ は 右 岸 に 沿 側 か ら 移 入 す る よ う 取 り 決 め た か ら で あ る 。 も っ と う 東 道 と な る 。 川 の 両 側 に 道 が 通 じ て い る の は 、 江 も 、 そ の す べ て が 北 陸 地 方 で 生 産 さ れ た 塩 で あ っ た 戸 時 代 の 支 配 関 係 に 由 来 す る と い わ れ て い る 。 す な せ と な い か い ね わ け で は な い 。 瀬 戸 内 海 で 生 産 さ れ た も の が 船 で 北 わ ち 、 江 戸 時 代 の 越 中 は 、 神 通 川 左 岸 の 婦 負 郡 は 富 に い か わ 陸 へ 運 ば れ 、 さ ら に 信 濃 へ と 送 り こ ま れ る こ と も あ 山 藩 に 、 右 岸 の 新 川 郡 は 加 賀 藩 に 、 そ れ ぞ れ 支 配 さ っ た 。 街 道 沿 い の 旧 家 に は 、 今 も 瀬 一 尸 内 海 産 の 塩 の れ て い た 。 と こ ろ が 、 神 通 川 の 渓 は 深 く 、 水 量 も 多 送 り 状 な ど が 残 さ れ て い る 。 い た め 、 川 を 渡 る こ と は む ず か し く 、 そ の た め 両 岸 糸 魚 川 か ら 道 を 登 り つ め 、 国 境 を 越 え て 信 濃 に 入 に 道 が 開 か れ た ら し い 。 本 道 と さ れ て い た の は 、 西 東 づ い 看 る お お あ み が っ 古 の せ る と 大 網 の 村 に 出 る が 、 こ こ に は 昔 の 塩 倉 が 残 さ れ 道 で あ っ た 。 左 と り 館 ば っ ゅ ど き か み お か へ よ 分 の 道 が 追 し て い る 。 多 少 改 造 さ れ た と い う が 、 今 も 梅 雨 時 に な 神 通 川 は 、 越 中 と 飛 騨 の 国 境 付 近 で 、 神 岡 方 面 か 西 道 、 を た か は ら が わ み や が わ 追 が の れ 時 る と 板 壁 に し み こ ん だ 塩 が べ っ と り 吹 き 出 し て く る ら 流 れ て く る 高 原 川 と 、 高 山 方 面 か ら の 宮 川 と が 合 の 右 左 わ 往 津 と い 一 つ 。 流 す る 。 東 道 は そ の ま ま 高 原 川 の 右 岸 に 沿 っ て ゆ く 笹 道 く と 板 た に わ ら さ さ づ

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高 田 藩 の 歴 代 藩 主 城 主 石 高 在 封 1 松 平 忠 輝 75 万 石 慶 長 19 年 開 封 元 和 2 年 2 年 1 代 ( 忠 輝 改 易 ) ( 1614 ) 2 酒 井 家 次 10 万 石 元 和 2 年 元 和 4 年 1 年 7 カ 月 2 代 ( 家 次 ー 忠 勝 ) ( 1616 ) 3 松 平 忠 昌 25 万 石 元 和 4 年 寛 永 元 年 6 年 1 代 ( 忠 昌 北 ノ 庄 へ 転 封 ) ( 1618 ) 4 松 平 光 長 26 万 石 寛 永 元 年 大 和 元 年 57 年 1 代 ( 光 長 改 易 ) ( 1624 ( 在 番 時 代 ) 大 和 元 年 貞 享 2 年 4 年 1681 ) 5 稲 葉 正 通 10 万 3000 石 貞 享 2 年 元 禄 14 年 16 年 1 代 ( 佐 倉 へ 転 封 ) ( 1685 ) 6 戸 田 忠 真 6 万 7000 石 元 禄 14 年 宝 永 7 年 9 年 1 代 ( 字 都 宮 へ 転 封 ) ( 1701 ) 7 松 平 定 重 11 万 3000 石 宝 永 7 年 寛 保 元 年 31 年 5 代 定 重 一 定 達 一 定 輝 ー ( 1710 ) 定 儀 一 定 賢 8 榊 原 政 永 寛 保 元 年 15 万 石 明 治 4 年 129 年 6 代 政 永 ー 政 敦 ー 政 令 ー ( 1741 ) ( 1871 ) 政 養 ー 政 愛 ー 政 敬 封 封 在 城 代 数 や ま し 、 病 お こ り て 事 を し る さ ず 」 と あ る の み で あ こ の 所 、 船 着 に て 遊 女 あ り 。 至 っ て 繁 昌 の 所 な あ ん や る 。 越 後 の 行 脚 中 に 暑 さ と 湿 気 の た め 病 に 冒 さ れ 、 ち く ら ぼ う ゅ う か く 何 事 も 記 さ ず と し て い る が 、 『 曾 良 随 行 日 記 』 に と つ れ の 千 久 良 坊 が 直 江 津 の 遊 廓 で 、 遊 び た が っ は 、 出 羽 の 酒 田 を 去 っ て 以 来 、 直 江 津 ・ 高 田 で は じ て い る の を 抑 え る よ う す が 記 さ れ て い て 面 白 い 。 こ め て 地 元 俳 壇 の 歓 待 を う け て 、 直 江 津 で 六 月 六 、 七 れ は 小 説 だ が 、 旅 人 は 特 別 に 許 さ れ た ほ か は 、 直 江 ぶ ん せ い 日 、 高 田 で 九 、 十 、 十 一 日 と ゆ っ く り と 句 会 を 開 く 津 へ は 入 れ な か っ た 。 文 政 八 年 ( 一 一 し 鶴 岡 藩 御 用 達 こ と が で き た こ と が 記 さ れ て い る 。 曾 良 は 芭 蕉 の 病 佐 々 木 某 が 、 無 断 で 直 江 津 を 過 ぎ て 差 し 押 さ え ら れ 気 に は 触 れ て は い な い が 、 高 田 で 宿 の 世 話 に な っ た き び し い 処 罰 を 受 け た と い う 。 細 川 春 庵 は 俳 人 な が ら も 、 町 医 者 で あ っ た か ら 、 お 荒 川 を 隔 て て 、 城 下 町 高 田 の 対 岸 稲 田 を 起 点 と し そ ら く 芭 蕉 は 春 庵 の 診 察 を 受 け て 、 心 身 と も に 旅 の て 、 新 潟 に 向 か う 北 国 街 道 を 進 め ば 、 や が て 富 岡 村 疲 れ を 癒 し た こ と で あ ろ う 。 句 会 の 詳 細 は 省 略 す る に 至 る 。 松 平 忠 輝 が 高 田 城 築 城 の 際 、 普 請 総 奉 行 伊 カ 達 政 宗 が 、 藩 兵 五 万 人 を 率 い て た む ろ し た と こ ろ で や く ら ん あ る 。 薬 に い す れ の 花 を 草 枕 ( 高 田 で ) ふ み づ き む い か ま ん ま く 文 月 や 六 日 も 常 の 夜 に は 似 ず ( 直 江 津 で ) 春 日 新 田 の 宿 場 は 、 佐 竹 侯 の 紋 所 の 幔 幕 や 提 燈 を ほ う れ き の 句 を の こ し て い る 。 飾 る 南 部 馬 の 馬 市 が 盛 ん で 、 宝 暦 (l 化 ) の こ ろ 高 田 で は 金 谷 山 に 、 直 江 津 で は 七 夕 の 行 事 を 眼 下 か ら 昭 和 の 初 期 ま で つ づ い た 。 黒 井 に は 明 治 三 十 三 に 見 る 琴 平 神 社 境 内 に 句 碑 を 建 て て 、 俳 聖 の あ と を 年 、 元 北 海 道 開 拓 使 で 、 の ち 駐 日 ア メ リ カ 公 使 と な し の ん で い る 。 っ た エ ド ウ イ ン ・ ダ ン が 資 本 金 一 千 万 円 で 、 東 洋 一 松 平 忠 輝 の 高 田 開 府 以 来 、 歴 代 の 高 田 藩 は 荒 川 の 大 会 社 イ ン タ ー ナ シ ョ ナ ル 石 油 精 製 工 場 を 創 立 し ( 関 川 ) に 架 橋 を 許 さ ず 、 城 下 町 高 田 繁 栄 の た め 、 北 国 街 道 の 旅 客 を 直 江 津 へ 入 れ ず 高 田 を 迂 回 さ せ 黒 井 か ら の 北 国 街 道 は 日 本 海 岸 沿 い に 柏 崎 へ 進 た 。 高 田 藩 に 限 っ た こ と で は な い が 、 こ う し た 領 主 み 、 柏 崎 で 小 千 谷 方 面 へ の 道 と 分 か れ て 、 さ ら に 出 じ っ ぺ ん し ゃ い つ く て ら ど ま り や ひ こ 雲 崎 ・ 寺 泊 ・ 弥 彦 の 各 宿 場 を 過 ぎ て 新 潟 に 達 す の 交 通 政 策 に 旅 人 は 悩 ま さ れ た 。 十 返 舎 一 九 ( ← か ね の わ ら じ 一 八 る 。 一 貫 し て 海 岸 の 砂 丘 地 帯 の 道 で あ る 。 こ の 間 、 ) の 『 金 草 鞋 』 に も 、 柏 崎 の ほ う か ら 一 九 ら が 、 春 日 新 田 宿 を 過 ぎ 、 直 江 津 町 を 川 の 向 こ う に 見 米 山 峠 を 除 け ば 波 打 ち 際 の 狭 い 道 と は い え 、 春 秋 の か ご て 、 往 来 は 駕 籠 で も よ し 馬 で も よ し 、 涼 風 を 全 身 に 浴 び た な ば た 0 ノ 38

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カ ラ ー ・ 北 国 の , フ 4 ん カ ラ ー ・ 随 想 北 陸 街 道 杉 森 久 英 一 里 塚 井 上 雪 街 道 小 史 水 運 と 結 ぶ 深 雪 北 陸 の 道 木 下 良 街 道 地 図 木 下 良 田 中 喜 男 カ ラ ー ・ 雪 景 / 山 岳 / 河 港 海 を 駆 け る 北 前 船 の 道 ー ー ー ・ ・ 日 本 海 の 港 と 商 人 高 瀬 保 東 国 へ 京 へ ・ 戦 乱 の 峠 道 ー ー 源 平 ・ 戦 国 そ し て 戊 辰 の 戦 楠 瀬 勝 『 北 越 雪 譜 』 の 詩 情 井 上 慶 隆 雪 を 生 き る 北 国 の 人 び と ー ー 目 次 0