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検索対象: 日本の街道 4 山なみ遙か歴史の道

日本の街道 4 山なみ遙か歴史の道から 164件ヒットしました。

日本の街道 4 山なみ遙か歴史の道


日 本 の 彳 野 道 ー ー ー 全 8 巻 ( 書 名 と 責 任 編 集 者 ) 第 1 巻 風 か け る み ち の く 仲 野 東 北 大 、 / ロ 学 教 授 渡 辺 信 夫 奥 州 街 道 羽 州 街 道 会 津 街 道 浜 街 道 学 習 学 児 玉 幸 多 第 2 巻 江 戸 へ の 道 東 海 道 日 光 道 甲 州 路 水 戸 ・ 佐 倉 道 大 山 道 第 3 巻 雪 の 国 北 陸 粤 木 下 良 北 国 路 越 後 路 能 登 路 三 国 街 道 千 国 街 道 ・ 第 4 巻 山 な み 遙 か 歴 史 の 道 林 英 夫 信 濃 路 木 曾 路 伊 那 路 美 濃 路 飛 騨 路 〇 第 5 巻 京 へ の 道 矗 原 田 伴 彦 ( 56 年 4 月 刊 行 ) 若 狭 路 近 江 路 丹 波 路 大 和 路 伊 勢 路 紀 月 ヨ 路 第 6 巻 夢 誘 う 山 陽 山 陰 大 響 夏 谷 口 澄 夫 山 陽 道 吉 備 路 安 芸 路 出 雲 路 長 門 路 第 7 巻 海 光 る 瀬 戸 内 ・ 四 国 高 知 大 学 山 本 大 名 誉 教 授 遍 路 道 金 毘 羅 参 詣 道 土 佐 路 瀬 戸 内 の 海 路 第 8 巻 日 燃 ゆ る 九 り 料 九 州 大 学 助 教 授 丸 山 雍 成 筑 紫 路 日 向 路 薩 摩 路 長 崎 路 唐 津 街 道 ・ 印 既 刊 / 〇 印 は 次 回 配 本 著 者 代 表 ー ー 林 英 夫 編 集 者 ー ・ ・ 、 。 - ー ー 株 式 会 社 日 本 ア ー ト ・ セ ン タ ー 東 京 都 千 代 田 区 神 田 神 保 町 一 ー 二 五 電 話 ー 東 ~ 示 ・ 2 9 4 ・ 3 8 91 郵 便 番 号 101 発 行 者 ー ー ー 堀 内 末 男 発 行 所 株 式 会 社 隹 木 英 社 東 京 都 千 代 田 区 一 ッ 橋 二 ー 五 ー 一 〇 電 話 ー 販 売 部 東 京 ・ 2 3 8 ・ 2 7 81 出 版 部 東 京 ・ 2 3 0 ・ 6 3 81 郵 便 番 号 101 印 刷 所 。 ー ・ 。 。 ・ 。 ー 共 同 印 刷 株 式 会 社 製 本 所 中 央 精 版 印 刷 株 式 会 社 製 本 に は 十 分 注 意 し て い ま す が 、 落 丁 ・ 乱 丁 の 際 は お と り か え い た し ま す ◎ 集 英 社 Printed 三 Japan 日 本 の 街 道 4 山 な み 遙 か 歴 史 の 道 昭 和 五 十 六 年 二 月 八 日 第 一 刷 発 行 昭 和 五 十 六 年 二 月 二 十 一 日 第 三 刷 発 行 03 幻 ー ロ 6004 ー 30

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御 救 小 屋 と 乗 鞍 岳 ー ー ー 野 麦 峠 の 道 は 、 冬 場 は こ と に 困 難 を き わ め 、 乗 鞍 を 遠 望 す る 絶 景 も 時 と し て 非 情 て あ っ た 。 3 こ の 道 は 、 飛 騨 の 側 か ら は 、 信 州 街 道 ・ 江 戸 街 道 野 麦 街 道 の 遭 難 と 呼 ば れ た 。 ひ ら ゆ ど お り 明 治 八 年 二 月 、 奈 川 村 民 が 野 麦 街 道 で 遭 難 し た 話 一 方 、 〃 山 道 〃 は 、 飛 騨 道 ( 飛 州 平 湯 通 ) と 、 松 あ ぼ う / ) に 報 告 さ れ て い が 、 『 信 飛 新 聞 』 ( 年 = 一 ル 十 六 日 本 平 の 人 び と が 呼 ん だ 道 で あ る 。 安 房 峠 ・ 平 湯 峠 越 約 九 九 キ ロ え で 、 松 本 ・ 高 山 間 、 二 五 里 半 ( メ ト レ ) の ル ー ト ) は 、 飛 騨 国 田 郡 上 材 木 渡 世 高 宮 庄 左 衛 門 ( で あ っ た 。 ケ 洞 村 へ 出 掛 け 、 二 月 一 日 の 帰 途 、 野 麦 村 へ わ ず か 半 ね こ き に ゆ う や ま つ の が だ い ら 松 本 ー 四 里 半 ー 職 核 ー 一 一 一 里 ー 入 山 ー 一 里 ー 角 ケ 平 ー 一 里 ほ ど の と こ ろ で 、 深 雪 に 片 足 を ふ み こ み 、 横 死 し い た は ぎ 里 ー 大 野 川 ー 八 里 ー 平 井 ( 湯 ) 村 ー 二 里 ー 大 手 村 ー 一 里 ー た 。 二 月 七 日 に は 、 板 剥 職 の 忠 地 金 三 郎 ( 歳 は た ほ こ ( 旗 鉾 ) ー 一 里 ー 足 立 ー 一 里 ー こ の ( 小 野 ) 村 甲 州 か ら 帰 国 し よ う と 、 甲 信 国 境 の 境 峠 で 凍 死 し た の で 、 雪 風 に 馴 れ た 強 壮 な 男 も 油 断 す る と 生 命 を 落 と す ー 一 里 ー 堤 ー 一 里 ー ま こ も ー 一 里 ー 高 山 と 、 奈 川 村 民 は い ま し め あ っ た 。 ま た 、 二 月 六 日 に こ の 〃 山 道 〃 の 角 ケ 平 の 取 付 か ら 藪 原 へ ぬ け る 道 は 、 牛 方 の 忠 地 半 七 が 、 牛 一 五 頭 を 牽 い て 島 々 か ら の ゆ き な げ が あ り 、 途 中 、 寄 合 渡 か ら 西 に 入 る と 野 麦 峠 へ 通 じ 帰 途 、 入 山 の 近 く で 〃 雪 投 〃 ( な だ れ ) に あ っ た 。 烈 し ぜ ん こ う じ た 。 野 麦 か ら 、 松 本 や 善 光 寺 を め ざ す 人 び と に と っ い 風 雪 の た め 、 妻 子 と 男 三 人 が 迎 え に 出 た が 、 男 二 人 て 、 寄 合 渡 で 北 に 折 れ 、 入 山 ・ 稲 核 と た ど る 道 は 、 が 雪 に 埋 も れ て 絶 命 し た 。 最 初 の 牛 五 頭 を つ ら ね て 山 路 を 登 る 途 中 の ″ 雪 投 〃 で 、 ハ ナ ウ シ は 圧 死 。 中 の 三 " 本 道 。 よ り 五 里 ( メ 約 二 〇 キ 0 ) ほ ど 短 く 、 や が て 、 こ 一 五 〇 メ 頭 は 五 〇 ' 芍 ( ー ト ル 余 ) の 谷 底 に 落 ち た が 無 事 で 、 シ れ が 野 麦 街 道 と 呼 ば れ る よ う に な る 。 い ま も 、 松 本 ン ガ リ の ヒ キ ウ シ は 、 〃 雪 投 み に 驚 い て 引 き さ が り 、 の 方 か ら 入 山 の 集 落 に 入 る 路 傍 に 、 自 然 石 の 碑 が た そ の お り 、 忠 地 半 七 の 長 男 兼 吉 を 角 に か け て 逃 げ た の た ず ん で い る 。 「 嶮 道 新 造 塔 」 で 、 険 し い 斜 面 に 新 で 、 牛 と こ ど も が 助 か っ た 。 ふ だ ん 、 兼 吉 少 年 が 牛 を し い 道 を 開 通 し た と き の 記 念 碑 で あ る 。 刻 み つ け ら 可 愛 が っ た た め だ ろ う と 、 も つ ば ら の 評 判 で あ っ た と れ た 「 天 保 十 五 載 辰 七 月 吉 旦 」 の 文 字 と 発 起 人 の 、 つ て ん ぼ う 名 か ら 、 天 保 十 五 年 (G) の 夏 、 商 人 や 牛 方 を ふ く む 人 び と が 、 こ の 道 を 開 い た こ と が わ か る 。 県 が で き た 。 こ の 県 の 、 松 本 の 県 庁 と 高 山 の 支 庁 を 結 ぶ 公 用 道 路 が 、 野 麦 峠 越 え の 道 で あ っ た 。 た と え ご ん れ い 御 救 小 屋 が 生 命 を 救 っ た ば 、 明 治 八 年 、 権 令 永 山 盛 輝 み ず か ら 、 稲 核 ・ 入 明 治 四 年 (lr) 、 廃 藩 置 県 と 直 後 の 合 県 で 、 信 濃 山 ・ 寄 合 渡 ・ 川 浦 ・ 野 麦 峠 か ら 高 山 へ の ル ー ト を 往 ち く ま 「 信 飛 新 聞 』 第 八 九 号 。 明 。 ま た 、 筑 摩 県 で 国 中 信 ・ 南 信 と 飛 騨 高 山 と を 一 つ の 県 域 と す る 筑 摩 復 し て い る 治 八 年 十 月 十 四 日 付 ひ 2

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の 行 く 先 は 多 様 で 旅 人 の 旅 の 目 的 も 一 様 で は な か っ か わ ご え ね り ま 中 山 道 最 初 の 宿 、 板 橋 か ら 川 越 や 練 馬 に 出 る 道 、 い わ 大 宮 か ら は 川 越 の ほ か 、 大 岡 氏 二 万 三 千 石 の 城 下 岩 ち ち ぶ 槻 へ の 道 、 鴻 巣 宿 か ら は 秩 父 へ 出 る 道 、 熊 谷 宿 か ら ひ た ち ま を ( を 常 陸 街 道 が 分 岐 す る な ど 、 い ず れ も 中 山 道 の 武 蔵 の 宿 々 は 関 東 地 廻 り 経 済 圏 と よ ば れ る 、 商 品 流 通 組 織 の 結 節 点 で も あ っ た 。 か ぬ ま い ま い ち 上 州 倉 賀 野 宿 か ら は 、 栃 木 ・ 鹿 沼 を 経 て 、 今 市 で 日 光 街 道 に 合 す る 日 光 例 幣 使 街 道 が 分 岐 し て い る 。 と う し よ う ぐ う げ ん な 日 光 例 幣 使 は 、 東 照 宮 落 成 の 元 和 三 年 ( 一 六 ) 一 七 か ら し よ う ほ 始 ま り 、 正 保 三 年 以 来 、 毎 年 四 月 十 四 日 に 派 遣 さ れ る こ と と な っ て い た 。 今 で も 沿 道 に は 、 か っ て 勅 使 が 通 っ た 古 い 宿 場 の お も か げ が 、 色 濃 く 残 っ 高 崎 は 、 松 平 氏 八 万 二 千 石 の 城 下 で あ る が 、 こ こ え ち ご な が お か か ら 越 後 に 出 る 三 国 街 道 が あ り 、 新 潟 ・ 長 岡 方 面 の 下 越 へ は 、 こ こ か ら 分 か れ た 。 信 濃 に 入 っ て 軽 井 沢 ・ 沓 掛 ・ 追 分 の 浅 間 三 宿 と っ ま す づ く 追 分 宿 か ら 、 北 国 往 還 が 、 宿 の 西 の は ず れ 、 桝 が た 形 の 茶 屋 の へ ん か ら 分 岐 し て い る 。 北 国 往 還 は 、 北 国 街 道 ・ 善 光 寺 道 ・ 北 陸 道 と も よ ば れ 、 小 諸 宿 ・ 田 中 宿 ・ 海 野 宿 ( 上 田 ) か ら 善 光 寺 を 通 っ て 柏 原 か ら な お え っ 上 越 の 田 口 宿 ・ 関 山 宿 を 経 て 日 本 海 岸 の 直 江 津 に ぬ 峡 け る 商 品 輸 送 路 と し て も 重 要 な 道 で あ っ た 。 追 分 宿 は 浅 間 三 宿 中 で も っ と も 栄 え た 宿 で 飯 盛 女 も 多 く 、 つ き み く に

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「 さ ら し な は 右 、 み よ し の は 左 に て 、 月 と 花 と を 追 分 の 宿 」 と 道 標 に 記 し た 信 濃 追 分 は 、 中 山 道 と 北 国 街 道 ( 善 光 寺 東 街 道 ) と の 分 岐 点 で あ る 。 中 山 道 は 小 田 井 、 岩 村 田 を 過 ぎ 、 塩 名 田 で 千 曲 川 を 渡 る 。 八 幡 、 望 月 を 経 て 、 江 戸 時 代 の 面 影 を 今 に 残 す 茂 田 井 、 そ し て 芦 田 、 松 並 木 の 笠 取 峠 を 越 え る と 、 長 久 保 か ら 和 田 に 至 る 。 和 田 峠 か ら 下 諏 訪 ま で の 五 里 一 八 町 ( 約 ニ ニ キ ロ メ ー ト ル ) は 、 冬 か ら 春 に か け て 雪 が 深 く 難 所 で あ っ た 。 古 く か ら 湯 治 場 と し て 栄 え た 下 諏 訪 か ら 日 本 の 分 水 嶺 に あ た る 塩 尻 峠 を 越 え る と 塩 尻 の 宿 と な り 、 木 曾 路 に 至 る ま た 、 つ ぎ の 宿 場 洗 近 く か ら 右 に 道 を と る と 、 松 本 を 経 て 善 光 寺 に 向 か う 善 光 寺 西 街 道 が あ っ た 。 み ち し る べ

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マ ン リ ン 小 路 ー ー - 板 壁 と 白 壁 の つ づ く こ の 狭 い 小 路 か ら 昔 の 町 並 み が 偲 ば れ る 。 つ い 最 近 ま て は 石 畳 て あ っ た 。 と を ・ 貨 あ 心 標 つ あ が 道 海 塩 雑 て 中 道 を て み 馬 と 、 常 道 の つ 草 残 窪 中 山 は 日 た 助 立 が 名 に う 道 の れ 足 に ち だ 部 沿 の 山 ば 、 路 た ん 頂 に べ こ や 運 た 叉 供 遊 る ぐ 物 て ま 三 子 て か 助 し な 干 馬 。 の 、 し う る 足 道 っ 塩 が る 地 は ぶ ろ あ や は ぎ 東 海 道 線 の 岡 崎 市 か ら 北 へ 七 里 に 結 、 ) 矢 作 て の た め に さ ま ざ ま な 交 通 規 制 が も う け ら れ た た め あ す け 川 の 支 流 足 助 川 に 沿 う 足 助 町 に は 古 い 家 並 み が ま だ に 、 そ れ に か わ る 物 資 の 自 由 な 輸 送 路 は 、 こ の 三 州 残 っ て い る 。 西 町 の 本 屋 の 隣 に マ ン リ ン 小 路 が あ 街 道 ( 伊 那 街 道 ) に 集 中 す る こ と に な っ た 。 す な わ え び や り 、 本 町 に は 足 助 川 の 川 べ り に 向 か っ て 海 老 屋 小 路 ち 中 山 道 の 脇 街 道 も し く は 脇 往 還 と し て 、 三 州 街 道 ほ う れ き が あ る 。 そ の 小 路 の 西 側 に は 、 白 壁 の 塗 り ご め 造 り は き わ め て 重 要 な 役 割 を 果 た す こ と に な っ た 。 宝 暦 の 家 が な ら ん で お り 、 裏 に は 幾 棟 も の 土 蔵 が 建 っ て 年 (— 冒 一 化 聖 ) 、 松 本 と 飯 田 方 面 か ら 毎 日 往 復 一 千 ち ゅ う ま ぶ ん か ぶ ん せ い い る 。 文 化 ・ 文 政 期 に 作 ら れ た 家 が 多 い と い う 。 西 匹 余 の 中 馬 が 往 来 し た と い う こ と か ら 、 中 馬 道 も し ・ 第 町 に は 弘 化 一 一 年 に 立 て ら れ た 道 し る べ が あ く は 中 馬 街 道 と も 呼 ば れ て い る 。 る 。 そ の 道 し る べ に は 「 右 ほ う ら い じ 道 左 ぜ ん こ こ れ を 足 助 の 町 に 見 て ゆ く と 、 江 戸 時 代 の 中 馬 道 ほ う ら い じ う じ 道 」 と 彫 ら れ て い る 。 鳳 来 寺 へ の 参 詣 道 は 、 足 は 、 田 町 の は ず れ か ら 右 に 折 れ て 足 助 川 に 出 る 。 足 助 の 西 町 か ら 室 ロ 、 山 ヶ 谷 を 経 由 し て 東 南 に 向 か っ 助 川 の 右 岸 に あ る 細 い 道 が 、 か っ て 中 馬 の 往 き か よ ぜ ん こ う じ て い た 。 善 光 寺 参 り の 参 詣 道 は 、 江 戸 時 代 の 正 式 の っ た 道 で あ る 。 現 在 の 国 道 一 五 三 号 線 、 名 古 屋 と 塩 い な 文 書 に は 、 伊 奈 ( 伊 那 ) 街 道 と か 伊 奈 海 道 と い う 名 尻 を 結 ぶ 線 が ほ ば 三 州 街 道 に あ た る 。 こ の ほ か 三 河 み か わ し ん し ろ 、 称 で 記 さ れ て い た 。 そ れ も 三 河 か ら 見 た 場 合 の こ と と 信 州 を 結 ぶ 道 は 吉 田 ( 豊 橋 ) か ら 新 城 、 田 口 ( 設 で 、 信 州 か ら す れ ば 、 伊 那 谷 を 通 っ て 三 河 に 通 じ る 楽 町 ) 、 津 具 を 経 て 、 根 羽 で 中 馬 街 道 と 合 流 す る も さ ん し ゅ う 街 道 な の で 三 州 街 道 と い う 名 を も っ て い た 。 こ の の が あ っ た 。 三 州 街 道 は 、 戦 国 時 代 に 武 田 信 玄 が 三 と お と う み 小 文 で は 、 三 州 路 を 中 心 に 歩 く と い う こ と か ら 、 さ 河 や 遠 江 を 攻 略 す る 目 的 で 南 下 す る た め に 、 大 幅 ま ざ ま な 呼 称 を 三 州 街 道 と い う 名 で 統 一 し て 記 す る に 改 修 を お こ な い 整 備 を 加 え た も の で あ る 。 こ と に す る 。 輸 送 す る 物 資 の な か で は 、 塩 が も っ と も 重 要 な 品 物 で あ っ た 。 そ の 塩 と い う の は 今 の 碧 南 市 の 大 浜 や の あ え ば 馬 の 背 で も っ 足 助 塩 棚 尾 、 半 田 市 の 成 岩 、 一 色 町 の 生 田 、 吉 良 町 の 饗 庭 嬲 い な ぶ ち た 三 州 街 道 は 岡 崎 市 か ら 足 助 町 を 通 り 、 稲 武 村 に 抜 な ど 三 河 湾 と 知 多 湾 沿 岸 で と れ た 塩 が 一 番 多 く 、 瀬 ね ば ひ ら や な み あ い あ ち け 、 根 羽 、 平 谷 、 浪 合 、 阿 智 な ど の 村 々 を 経 て 、 飯 戸 内 塩 も そ の な か に ま じ っ て い た 。 産 地 の 塩 は 海 上 て ん り ゅ う し お じ り と も え 田 市 か ら 天 竜 川 ぞ い に 伊 那 谷 を 北 上 し 、 塩 尻 市 に を 輸 送 し て 矢 作 川 を さ か の ば る 。 そ し て 支 流 の 巴 け い ち ょ う 川 の 平 古 で 陸 あ げ し た 。 平 古 か ら は 馬 で 足 助 の 塩 問 い た る 街 道 で あ る 。 慶 長 七 年 (&fi) に 中 山 道 が 五 い っ ぴ ょ う 街 道 の 一 つ に き め ら れ て か ら 、 公 用 の 人 馬 の 継 ぎ 立 屋 に 送 ら れ た 。 産 地 に よ っ て 一 俵 の 目 方 に ち が い お か ざ き く む ね

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郡 上 踊 り 田 丁 の 辻 々 て 老 若 男 女 を 問 わ ず 踊 り の 輪 を 囃 子 ( は や し ) 屋 台 を 中 に く り ひ ろ げ 、 夜 を 徹 し て 哀 調 を こ め た 唄 が 流 れ る 。 申 に 祈 り 外 り を 踊 る 道 下 淳 岐 阜 日 日 新 聞 社 郡 上 街 道 の 人 び と ぐ じ よ う ひ だ 長 良 川 の 上 流 に ひ ろ が る 郡 上 地 方 は 、 美 濃 で も を 経 て 高 山 市 に 出 る 街 道 で 、 飛 騨 街 道 と も い う 。 こ の う ち 岐 阜 市 か ら 八 幡 町 ま で は 、 ほ ば 国 道 一 五 六 号 や や 趣 が 違 っ て い る 。 周 囲 を 山 で か こ ま れ 閉 鎖 的 な 、 、 、 、 土 地 柄 で あ る こ と や 、 江 戸 時 代 を 通 じ 郡 上 藩 が ほ ば 線 と 重 な り 、 長 良 川 沿 〔 を 走 る た め 、 沿 道 の 景 色 が 郡 上 一 郡 を 治 め て い た こ と な ど が 、 特 異 な 風 土 を 育 見 も の で あ る 。 し ろ と り て た の で は な い だ ろ う か 。 郡 上 街 道 の う ち 、 八 幡 町 と 白 鳥 町 を 結 ぶ の は 上 保 し よ う し ら か わ 街 道 。 さ ら に 北 上 し て 、 飛 騨 の 荘 白 川 地 方 に 入 る 日 本 列 島 に ま だ 統 一 国 家 が 誕 生 し て い な か っ た こ あ ぶ ら さ か ろ 、 美 濃 の 中 央 部 、 長 良 川 の 中 流 上 流 地 域 に 牟 義 都 の が 白 川 街 道 。 ま た 、 白 鳥 町 か ら 油 坂 峠 を 経 由 、 と し ろ や ま と え ち ぜ ん 国 と 呼 ぶ 地 方 国 家 が あ っ た 。 や が て 大 和 朝 廷 の 支 配 石 徹 白 方 面 に 出 る の が 越 前 街 道 で あ る 。 以 上 の 街 道 下 に 組 み 込 ま れ 武 儀 郡 と な る が 、 郡 の 北 、 つ ま り 長 の う ち 、 遠 い 昔 か ら 郡 上 を 支 え て き た の が 白 川 、 越 良 川 上 流 地 方 を 分 離 し て 、 郡 上 郡 と 呼 ぶ よ う に な っ 前 街 道 で あ り 、 上 保 街 道 、 そ れ に 八 幡 町 以 南 の 郡 上 た 。 武 儀 郡 か ら 分 か れ た の は 斉 衡 一 一 年 五 ) と さ れ 街 道 と い え る 。 こ れ ら の 街 道 は 信 仰 の 道 で も あ り 、 は く さ ん 白 山 へ 登 る 信 者 た ち に よ っ て 踏 み 固 め ら れ 、 発 展 し ぶ ん め い 信 仰 の み ち 郡 上 街 道 上 保 街 道 沿 い に あ っ た 大 和 村 、 尊 星 王 院 の 文 明 四 し よ う め い 郡 上 郡 は 長 良 川 の 本 ・ 支 流 沿 い の 道 を 中 心 に 開 け 年 四 ) の 鐘 銘 ( 刊 本 ) に よ る と 、 当 時 、 す で に 白 じ よ う も ん や よ い た 。 そ の 流 域 地 方 に は 繩 文 、 弥 生 時 代 の 遺 跡 も 多 山 参 拝 者 た ち の 多 か っ た こ と が わ か る 。 さ ら に 戦 国 く 、 ま た 珍 し い 六 世 紀 の 七 鈴 鏡 も 最 上 流 部 の 大 和 村 時 代 に は 、 白 山 参 拝 者 を 対 象 に し た 関 所 が 設 け ら さ か の ぼ か ら 出 土 し て い る 。 畿 内 の 文 化 は 、 川 沿 い に 溯 つ れ 、 通 行 税 を 徴 収 し て お り 、 山 深 い 郡 上 の 街 道 に 、 て き た わ け で あ る 。 現 在 、 一 般 に 郡 上 街 道 と 呼 ば れ 関 銭 を と る ほ ど 通 行 人 が あ っ た こ と を 物 語 る 。 は ち ま ん こ れ ら の 街 道 は 、 山 を 削 る な ど し て 現 在 は 平 坦 部 る の は 岐 阜 市 か ら 八 幡 町 、 郡 上 ・ 大 野 郡 境 の 坂 本 峠 な が ら が わ さ い こ う み の か み の ほ ノ 6 イ

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中 馬 札 ー ー ー 業 者 の 鑑 札 て 、 表 に は 「 中 馬 札 」 、 裏 に は 「 天 保 十 一 庚 子 年 小 内 田 村 金 右 衛 門 札 貸 間 鋪 ( ま じ く ) 也 」 と あ る 。 に な と よ か わ し ん し ろ て ん り ゅ う の 物 資 輸 送 の 主 な 担 い 手 と な っ た 。 川 は 古 鼠 ま で 、 豊 川 は 新 城 ま で 、 た だ 天 竜 川 は 急 い う ま で も な く 江 戸 時 代 の 交 通 は 、 陸 上 は 五 街 流 で 幾 度 か 舟 運 の 計 画 が あ っ た も の の 実 現 せ ず 、 ず い け ん 道 、 海 上 で は 河 村 瑞 賢 (— 一 六 一 七 ) に よ っ て 開 発 さ れ ず れ も 舟 運 の 終 点 か ら 遠 く 、 そ こ で の 物 資 の 輸 送 は た と い わ れ る 西 回 り 、 東 回 り 航 路 が そ の 基 本 で あ っ 牛 馬 、 場 合 に よ っ て は 人 の 背 に よ る 以 外 に 方 法 は な た 。 な か で も 物 資 輸 送 の 中 心 は 海 上 ま た は 河 川 の 舟 か っ た の で あ る 。 運 で あ っ た 。 当 時 、 陸 上 交 通 は 現 在 と ち が っ て 道 路 し た が っ て 、 信 濃 で は 古 く か ら 牛 馬 、 と く に 馬 に 事 情 が 非 常 に 悪 く 荷 車 の 使 用 が 制 限 さ れ て い た こ と よ る 輸 送 が お こ な わ れ 、 な か で も 、 伊 那 街 道 で は ち ゅ う ま も あ っ て 主 な 輸 送 手 段 は 牛 馬 の 利 用 し か な く 、 そ の 中 馬 に よ る 輸 送 が 盛 ん に お こ な わ れ て い た 。 ま た 、 輸 送 量 に は 限 度 が あ っ た 。 ま た 、 こ れ を 利 用 し て 物 中 山 道 ・ 甲 州 道 で は 公 用 荷 物 が 優 先 さ れ る こ と も あ 資 を 送 ろ う と し て も 、 街 道 の 宿 場 で は 公 用 荷 物 が 優 っ て 、 信 濃 で の 物 資 は 伊 那 街 道 の 中 馬 を 利 用 し て 東 先 的 に 扱 わ れ 、 さ ら に 宿 場 ご と に 荷 物 を 付 け 替 え て 海 地 方 に 送 ら れ 、 東 海 地 方 か ら の 諸 物 資 が 同 じ く 中 だ ち ん こ う せ ん 駄 賃 ・ ロ 銭 を 徴 収 さ れ る と あ っ て は 、 多 量 の 物 資 の 馬 を 使 っ て 信 濃 に 送 り 込 ま れ る こ と に な っ た の で あ る 。 陸 上 輸 送 は 時 間 と 費 用 が か か っ て と て も 無 理 で あ っ た 。 こ れ に く ら べ る と 船 に よ る 輸 送 は 、 多 く の 物 資 御 館 と 働 く 人 々 を 短 期 間 に 、 し か も 安 く 送 る こ と が で き 、 た と え 難 破 の 可 能 性 が あ る に せ よ 、 こ れ が 物 資 輸 送 の 基 本 と 伊 那 街 道 は 木 曾 山 脈 と 伊 那 山 地 の 間 を 流 れ る 天 竜 な っ た の で あ る 。 川 に 沿 っ て 走 り 、 そ の 周 辺 は 伊 那 谷 と 呼 ば れ て ほ と し か し 、 海 や 河 川 か ら 離 れ た 地 域 で は 、 や は り 牛 ん ど が 山 地 で あ っ た 。 段 丘 の 上 に 集 落 が 点 在 し 、 人 馬 に よ る 陸 上 輸 送 に 依 存 せ ざ る を え な い 。 と く に 信 人 は 山 に 囲 ま れ た き び し い 自 然 条 件 の 中 で の 生 活 を 濃 を 中 心 に 甲 斐 ・ 飛 騨 を 含 む 中 部 山 岳 地 帯 は 、 日 本 余 儀 な く さ れ て い た 。 け ん ち 海 ・ 太 平 洋 か ら も 距 離 が 遠 く 、 わ が 国 で 最 も 内 陸 的 こ の 地 方 で も 近 世 に 入 る と 領 主 に よ る 検 地 が 実 施 の 中 色 彩 の 強 い 地 域 で あ る 。 こ れ ら の 国 々 は 海 か ら 隔 離 さ れ 、 中 世 の 郷 が 解 体 し て 各 村 々 が 成 立 し 、 そ れ が る さ れ 、 河 川 に も 必 ず し も め ぐ ま れ ず 、 早 く か ら 牛 馬 行 政 の 単 位 と な っ た 。 ま た 、 検 地 を 通 し て 個 々 の 農 め の に よ る 輸 送 が お こ な わ れ て い た 。 な か で も 信 濃 は 、 民 の 土 地 所 持 の 調 査 が お こ な わ れ 、 こ れ ま で 多 く の お や か た 北 か ら の 信 濃 川 の 舟 行 は 水 沢 ま で 、 南 か ら の 木 曾 川 土 地 を 持 っ て い た 地 域 の 御 館 と 呼 ば れ る 土 豪 が 武 装 い ま わ た り や は ぎ 5 は 木 曾 本 流 と 益 田 川 の 合 流 点 に 近 い 今 渡 ま で 、 矢 作 を 解 除 さ れ て 農 民 と な り 、 さ ら に そ の 御 館 の 許 で 働 ふ っ そ

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中 山 道 信 濃 路 追 分 分 去 ( わ か さ ) れ 一 一 一 右 は 善 光 寺 ~ 向 か う 北 国 街 道 、 左 は 諏 訪 を 経 て 木 曾 ・ 美 , 農 ~ 向 か う 中 山 道 。 33 道 標 と 常 夜 燈 が 往 昔 の 面 影 を 伝 え る 。

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日 本 の 街 道 4 集 英 社 山 な み 遙 か 歴 史 の 道 信 濃 路 木 曾 路 伊 那 路 美 濃 路 飛 騨 路

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・ を 新 、 い 7 第 り 外 郭 は 市 街 地 に 変 じ 、 城 址 の 面 影 は な い 。 た だ 一 丸 、 左 側 に 南 の 丸 が あ り 、 本 丸 に い た る 道 は 空 堀 で つ 大 手 門 が 民 家 の か げ に 残 っ て い る も の の 、 懐 古 園 区 切 ら れ 、 紅 葉 橋 が か け ら れ て い た が 、 い ま は 土 橋 に 代 え ら れ て い る 。 に 遊 ぶ 人 た ち も 、 こ こ ま で 足 を の ば す 人 は 少 な い 。 め い わ 橋 を 渡 っ た と こ ろ に 黒 門 が あ り 、 そ の 先 の 石 で 囲 三 の 門 は 古 園 の 入 口 に な っ て い る 門 で 、 明 和 一 一 の づ ら づ 年 ( 〔 し に 再 建 さ れ た も の で あ る 。 小 諸 城 の 建 造 物 ま れ た 曲 輪 が 本 丸 で 、 そ の 西 北 に 野 面 積 み の 天 守 台 あ し が ら も ん あ ら ま ち こ う と し て は 、 前 記 大 手 門 の ほ か に 、 足 柄 門 が 荒 町 の 光 が あ る 。 こ う じ ん は ち ま ん し よ う が ん じ が く じ 黒 門 址 か ら 右 へ 回 る と 、 荒 神 曲 輪 に 出 る 。 こ こ に 岳 寺 に 、 黒 門 が 八 満 の 正 眼 寺 に 移 築 さ れ て い る 現 在 藤 村 記 念 館 が 立 ち 、 そ の 前 に 藤 村 の 銅 像 が 建 て が 、 い ず れ も か な り の 改 変 が 見 う け ら れ る 。 ト 堵 城 の 石 垣 は よ く 保 存 さ れ て い る 。 三 の 門 を 入 ら れ て い る 。 本 丸 の 西 に は 馬 場 が 設 け ら れ て い た 。 る と 、 す ぐ 二 の 門 址 の 石 垣 が 見 え て く る 。 通 り す ぎ 馬 場 の 西 北 に 水 ノ 手 が あ っ た 。 ひ ら じ よ う く る わ 小 諸 城 は 、 後 ろ 堅 固 の 平 城 で あ る 。 平 城 の 弱 点 る と 、 右 手 の 石 垣 に 囲 ま れ た 曲 輪 が 二 の 丸 址 で あ じ ′ 」 く う え だ ひ で た だ せ き が は ら る 。 関 ヶ 原 役 の と き 、 徳 川 秀 忠 ( 一 六 一 一 = 「 ) が 上 田 城 を 補 う た め に 、 城 を め ぐ る 北 谷 、 地 獄 谷 、 弥 津 谷 、 攻 め に 際 し て 宿 泊 し た と こ ろ で 、 こ こ に 藤 村 が 名 づ も み じ 谷 、 南 谷 な ど の 深 い 谷 を 自 然 の 堀 に 利 用 し て ふ か く さ て い 。 し 子 / け た 茶 店 「 深 草 亭 」 が あ る 。 二 の 丸 か ら 本 丸 へ 向 か っ て ゆ く と 、 右 側 が 北 の ケ 約 け ( た 関 軍 っ 年 ・ い 、 中 き る 築 り 秀 引 あ 正 が お 川 を て 天 幸 の 徳 兵 城 昌 戦 う の 名 田 合 か 千 た 城 真 原 向 8 し 田 ケ へ 万 戦 上 田 関 原 3 善 高 島 城 ー ー 諏 訪 湖 の 洲 島 を 利 用 し て 、 天 正 19 年 ( 1591 ) 諏 訪 氏 に よ っ て 築 城 さ れ た 。 現 在 は 陸 つ づ き と な っ て い 小 諸 懐 古 園 ー ー 何 と な く 旅 情 を そ そ る 城 址 て あ る 。 コ プ シ の 花 の 問 か ら 城 麓 を 流 れ る 千 曲 川 が 帯 の よ う に み え る 。 佐 久 の 草 笛 昭 和 三 十 年 こ ろ は 、 何 と な く 城 下 町 の 名 残 が 感 じ ら れ た 小 諸 も 、 い ま は 近 代 化 し て 、 そ の 面 影 は 失 わ れ て し ま っ た 。 こ の 傾 向 は 小 諸 ば か り で は な い 。 昭 和 二 十 年 を 境 に し て 、 ほ と ん ど が 城 下 町 の 名 残 を 消 し て し ま っ た 。 藤 村 が 『 千 曲 川 の ス ケ ッ チ 』 に 描 い た 小 諸 の 町 は 、 ど こ に も な い 小 諸 な る 古 城 の ほ と り 雲 白 く 遊 子 悲 し む 緑 な す は こ べ は 萌 え ず 若 草 も 藉 く に よ し な し ( 「 小 諸 な る 古 城 の ほ と り 」 よ り な ご り