検索 - みる会図書館

検索対象: 日本の街道 5 京への道

日本の街道 5 京への道から 164件ヒットしました。

日本の街道 5 京への道


日 本 の 街 道 - ー ー 全 8 巻 ( 書 名 と 責 任 編 集 者 ) 第 1 巻 風 か け る み ち の く 仲 野 東 北 大 : / ロ 学 教 授 / 度 辺 信 夫 奥 州 街 道 羽 州 街 道 会 津 街 道 浜 街 道 学 習 院 大 学 児 玉 幸 多 〇 第 2 巻 江 尸 へ の 道 東 海 道 日 光 道 甲 州 路 水 戸 ・ 佐 倉 道 大 山 道 第 3 巻 雪 の 国 北 陸 粤 木 下 良 北 国 路 越 後 路 能 登 路 三 国 街 道 千 国 街 道 ・ 第 4 巻 山 な み 遙 か 歴 史 の 道 林 英 夫 信 濃 路 木 曾 路 伊 那 路 美 濃 路 飛 騨 路 ・ 第 5 巻 京 へ の i 直 大 阪 市 立 大 原 田 伴 彦 学 名 誉 教 援 若 狭 路 近 江 路 丹 波 路 大 和 路 伊 勢 路 紀 州 路 第 6 巻 夢 誘 う 山 陽 山 陰 兵 庫 教 育 ン こ ロ ラ 登 夫 大 学 学 長 ロ 山 陽 路 吉 備 路 安 芸 路 出 雲 路 長 門 路 第 7 巻 海 光 る 瀬 戸 内 ・ 四 国 山 本 大 遍 路 道 金 毘 羅 参 詣 道 土 佐 路 瀬 戸 内 の 海 路 第 8 巻 日 燃 ゆ る 九 男 ヨ 九 州 大 学 助 教 授 丸 山 雍 成 筑 紫 路 日 向 路 薩 摩 路 長 崎 路 唐 津 街 道 ・ 印 は 既 刊 / 〇 印 は 次 回 配 本 ( 5 月 刊 行 ) 日 本 の 街 道 5 京 へ の 道 昭 和 五 六 年 四 月 二 十 一 日 第 一 刷 発 行 著 者 代 表 ー ー 原 田 伴 彦 編 集 者 株 式 会 社 日 本 ア ー ト ・ セ ン タ ー 東 京 都 千 代 田 区 神 田 神 保 町 一 ー 二 五 電 話 ー 東 京 郵 便 番 号 101 発 行 者 ー ー 。 - 。 堀 内 末 男 発 行 所 株 式 会 社 隹 木 英 社 東 京 都 千 代 田 区 一 ッ 橋 二 ー 五 ー 一 〇 電 話 ー 販 売 部 東 京 ・ 2 3 8 ・ 2 7 81 出 版 部 東 京 ・ 2 3 0 ・ 6 3 81 郵 便 番 号 101 卩 . ⅱ メ 圷 共 同 印 刷 株 式 会 社 製 本 所 中 央 精 版 印 刷 株 式 会 社 製 本 に は 十 分 注 意 し て い ま す が 、 落 丁 ・ 乱 丁 の 際 は お と り か え い た し ま す ◎ 集 英 社 Printed in Japan 日 本 音 楽 著 作 権 協 会 出 認 第 8012941 号 032 ト ロ 6005 ー 30

日本の街道 5 京への道


、 ミ 0 イ 物 、 第 = 第 第 ト も 一 3 ・ 第 を 嘉 当 ツ い い 物 物 い 、 神 都 へ つ づ く 歴 史 の 家 並 み 伊 勢 路 藤 本 宿 が と り た や 小 竹 屋 に 京 を 出 発 し た 参 宮 者 は 東 海 道 の 大 津 ・ 草 津 ・ 石 み な く ち っ ち ゃ ま す ず か と う げ 部 ・ 水 口 ・ 土 山 の 宿 を 経 て 、 鈴 鹿 峠 ( に メ ) に い た り 伊 勢 国 へ 入 る 。 急 坂 を 約 二 キ ロ メ ー ト ル 下 っ た さ か の し た と こ ろ に 坂 之 下 の 宿 が あ り 、 さ ら に 東 進 す る と 関 の せ べ っ 宿 で あ る 。 こ こ か ら 東 海 道 と 分 か れ て 伊 勢 別 街 道 に む く も と く ぼ た い し ん で ん 入 り 、 椋 本 ・ 窪 田 ・ 一 身 田 を 経 て 津 に 至 る 。 く わ な 他 方 、 東 国 の 参 宮 者 は 桑 名 に 上 陸 す る と 四 日 市 で 東 海 道 と 分 か れ 伊 勢 街 道 に 入 り 、 神 戸 ・ 白 子 ・ 上 野 の 宿 を 経 て 津 で 伊 勢 別 街 道 と 合 流 し 、 参 宮 街 道 を 伊 勢 に 向 か う の で あ る 。 ま ず 伊 勢 別 街 道 を 歩 い て み よ 坂 之 下 は 江 戸 時 代 の 要 衝 鈴 鹿 峠 の 峠 下 に あ る 宿 場 町 で 山 間 の 小 さ な 谷 平 野 に あ る が 非 常 に 賑 わ っ た 。 は た ご 戸 数 約 三 〇 〇 軒 、 大 き な 旅 籠 が 軒 を な ら べ 本 陣 に は 鶴 屋 ・ 松 屋 ・ 梅 屋 ・ 大 竹 屋 が あ り 、 そ の ほ か 小 竹 屋 か み ゆ し な ど 約 五 〇 軒 の 旅 籠 屋 の ほ か 、 茶 屋 ・ 髪 結 ・ ふ ろ 屋 な ど 旅 人 に 必 要 な 営 業 ば か り で 純 粋 な 宿 場 で あ っ た 。 「 坂 之 下 で は 大 竹 ・ 小 竹 、 宿 が と り た や 小 竹 屋 か ん べ し ろ こ せ き 740

日本の街道 5 京への道


津 市 ー ー ー 津 の 北 郊 の 風 示 。 津 は 伊 勢 参 宮 の 要 衝 。 右 手 ( 北 方 ) の 伊 ー 0 勢 街 道 に 向 こ う ( 西 方 ) の 伊 勢 別 街 道 が 合 流 す ま い ば ら っ た 。 京 ・ 大 坂 が 上 方 と い わ れ る 所 以 で あ る 。 鳥 居 本 宿 か ら 中 山 道 を 分 岐 し て 、 北 方 へ 、 米 原 、 長 % い ま の し よ う ち な み に 東 海 道 の 日 程 は ど の く ら い で あ っ た か 。 浜 、 木 之 本 の 宿 を へ て 、 越 前 の 今 庄 へ と 北 陸 道 が あ ぶ つ に 『 十 六 夜 日 記 』 で は 鎌 倉 時 代 に 阿 仏 尼 は 、 京 か ら 鎌 走 る 。 木 之 本 で 東 南 の 関 ヶ 原 か ら 来 た 北 陸 脇 往 還 が し お づ つ る が 合 流 す る 。 ま た 木 之 本 か ら 塩 津 を へ て 敦 賀 に む か う 倉 ま で 一 四 日 で 着 い て い る 。 鎌 倉 幕 府 は 、 鎌 倉 ・ 京 の 間 の 飛 脚 行 程 を 七 日 と 定 め て い る 。 後 に は 四 日 に 塩 津 街 道 が 分 岐 す る 。 か っ て は 湖 西 の 西 近 江 路 が 京 4 短 縮 し た 。 品 川 、 か ら 北 陸 へ 行 く 主 要 ル ー ト で あ っ た が 、 江 戸 時 代 に 京 都 間 は 一 二 五 里 二 〇 町 茫 - 9 ほ っ こ く な る と 北 国 街 道 が こ れ に か わ る 形 勢 に な っ た 。 ト ) で あ る 。 江 戸 時 代 の 足 で 、 男 は 一 日 一 〇 里 ( 8 ロ メ ー 元 祿 の 前 ご ろ か ら 大 坂 の 経 済 的 発 展 が 著 し く 、 ) 女 と 老 人 は 一 日 八 里 ( 約 に 」 。 ) と さ れ て い る か ら 、 江 戸 時 代 も 一 三 ー 五 日 ぐ ら い で あ っ た 。 江 戸 「 天 下 の 台 所 」 は 京 都 か ら 大 坂 に 移 っ た 。 大 坂 が 上 時 代 の 飛 脚 は 江 戸 、 大 坂 間 が 四 八 時 (*l, 時 圦 「 「 貶 ) と 方 の 商 業 ・ 金 融 の 中 枢 の 地 歩 を 占 め る 。 大 坂 市 場 の い う か ら 、 ま る 四 日 の 日 程 で 、 こ れ は 鎌 倉 時 代 と お 流 通 は 主 と し て 海 上 輸 送 に よ る も の だ が 、 そ れ で も あ さ の た く な じ で あ る 。 元 祿 十 四 年 (8\) 三 月 十 四 日 、 浅 野 内 大 坂 を 起 点 に い く つ か の 商 業 道 路 が 賑 わ っ て く る 。 み の か み た ま っ く り ′ 、 、 り カ り ・ そ の 主 な も の は 玉 造 か ら 松 原 宿 を へ て 暗 峠 を 越 匠 預 ( 一 旻 ら 6 「 ) が 殿 中 で 刃 傷 事 件 を 起 こ し た と き 、 あ こ 、 つ 赤 穂 へ の 第 一 回 の 急 使 と し て 早 水 藤 左 衛 門 と 萱 野 三 え て 、 生 駒 谷 、 矢 田 丘 陵 を 通 っ て 奈 良 に 至 る 道 で あ 平 が 早 飛 脚 で 江 戸 を 出 立 し 、 四 日 目 の 十 八 日 の 夕 方 る 。 こ の 東 に む か う 奈 良 街 道 は 大 坂 と 大 和 を 結 ぶ 幹 に は 西 国 街 道 の 西 宮 あ た り に 着 い て い る 。 こ こ ら が 線 道 路 に な っ た 。 『 河 内 名 所 図 会 』 に 「 此 街 道 条 大 個 人 と し て の 超 ス ピ ー ド の 限 界 で あ っ た ろ う 。 坂 よ り 大 和 及 伊 勢 参 宮 道 な り 、 峠 村 に 茶 店 旅 舎 多 に っ ぽ ん ば し し 」 と み え て い る 。 ま た 大 坂 の 日 本 橋 を 起 点 に し 東 海 道 の 脇 往 還 の 発 展 て 、 い わ ゆ る 堺 筋 を 南 下 し 、 天 王 寺 、 住 吉 を へ て 堺 わ き お う か ん 東 海 道 に 関 連 す る 脇 往 還 を み る と 、 伊 勢 路 は 、 四 に 達 し 和 歌 山 に 通 ず る 紀 州 往 還 も 脇 街 道 な が ら 南 紀 日 市 で 東 海 道 を 分 岐 し て 、 神 戸 、 白 子 、 上 野 、 津 、 に 通 ず る 盛 ん な 道 だ っ た 。 堺 か ら は 小 栗 街 道 が 分 岐 お ば た 松 坂 、 小 俣 を へ て 山 田 に 達 す る 。 こ の 道 は 伊 勢 参 宮 し 、 さ ら に 狭 山 を へ て 三 日 市 場 で 、 京 か ら く る 東 高 ね っ と う で ひ じ よ う な 熱 人 9 こ み あ 「 て 野 街 道 に 合 流 す る 西 高 野 街 道 も 整 え ら れ た 。 和 歌 山 ) を 呈 し た 。 き か わ 草 津 宿 か ら 中 山 道 が 東 に の び る 。 む か し の 東 山 道 か ら は 紀 ノ 川 ぞ い に 東 に 進 み 、 吉 野 を 経 て 高 見 峠 を む さ え ち が わ と り い も と ば ん で あ る 。 守 山 、 武 佐 、 愛 知 川 、 高 宮 、 鳥 居 本 、 番 こ え て 伊 勢 に 出 る 紀 州 街 道 や 大 和 の 八 木 か ら 青 山 峠 ば さ め が い か し わ ば ら は せ 場 、 醒 井 、 柏 原 と 宿 々 が 続 い て 美 濃 路 に つ づ く を こ え て 伊 勢 に 抜 け る 初 瀬 街 道 も 、 伊 賀 街 道 ( 伊 賀 か ん べ し ろ こ と き

日本の街道 5 京への道


風 光 と 茶 の 葉 が う た う 要 道 東 海 道 近 江 路 い せ の く に こ の う ち 、 五 街 道 第 一 の 幹 線 東 海 道 が 伊 勢 国 か ら 東 海 道 は 、 江 戸 の 日 本 橋 を 起 点 と し て 、 品 川 を 第 っ ち ゃ ま み な く ち い し 一 宿 と し 、 小 田 原 か ら 箱 根 の 関 を 通 っ て 三 島 に 下 鈴 鹿 峠 を 越 え て 近 江 国 に 入 る と 、 土 山 ・ 水 口 ・ 石 べ く さ っ す ん ぶ り 、 府 中 ( 駿 府 ) の 城 下 に 入 り 、 島 田 か ら 大 井 川 を 部 ・ 草 津 の 宿 駅 が つ づ く 。 土 山 は ″ 坂 は 照 る 照 る 鈴 ま い さ か か な や 渡 ? て 金 谷 に 至 り 、 浜 松 の 城 下 を 通 り 、 舞 坂 か ら 新 鹿 は 曇 る あ い の 土 山 雨 が 降 る 〃 の 馬 子 唄 で 知 ら れ け い ち ょ う 居 の 関 所 を 経 て 、 吉 田 ( 豊 橋 ) ・ 岡 崎 の 城 下 を 通 り 、 る 宿 。 家 康 が 慶 長 六 年 (8 六 ) 東 海 道 ・ 中 山 道 に 伝 ぶ ん ろ く み や あ っ た 宮 ( 熱 田 ) か ら 伊 勢 の 海 の い わ ゆ る 海 上 七 里 を 渡 っ 馬 の 制 を 定 め る よ り も 早 く 、 文 祿 四 年 (l し 土 山 代 さ や じ く わ な て 桑 名 に 上 陸 す る か 、 陸 路 佐 屋 路 で 桑 名 に 達 し 、 亀 官 に 宛 て た 書 状 に よ れ ば 、 伝 馬 の 用 が 多 い か ら 屋 敷 す ず か お う み 年 貢 の う ち 三 〇 石 を 免 除 し 、 同 六 年 に は 江 戸 上 下 の 山 を 経 て 鈴 鹿 峠 を 越 え 近 江 に 入 る 。 か ん ご う し ゆ い ん 伝 馬 引 き 合 い の た め の 勘 合 朱 印 を 出 し て い る 。 そ し 坂 は 照 る 照 る 鈴 鹿 は 曇 る て 馬 三 六 疋 を お い て 、 一 駄 の 荷 を 三 〇 貫 ( 吶 一 キ と 定 め 、 水 口 宿 か ら 坂 下 の あ い だ を 往 復 す る よ う に 近 江 は 日 本 の ヘ ソ で あ る 。 古 代 か ら 東 日 本 と 西 日 本 の 結 節 点 で 、 交 通 の 要 衝 で あ っ た 。 諸 国 か ら の 街 定 め て い る 。 か よ う に 早 く か ら 伝 馬 往 来 が 盛 ん で 、 道 み な 近 江 に 通 じ 、 陸 路 だ け で な く 琵 琶 湖 の 湖 上 交 宿 も 栄 え た 。 江 戸 時 代 に は 本 陣 ・ 脇 本 陣 各 一 、 問 屋 通 ま た そ れ に 結 合 し た 。 織 田 信 長 が 天 下 統 一 事 業 の 二 軒 が あ っ た 。 え ん ぎ し き あ づ ち 約 一 二 キ ロ 、 拠 点 と し て 、 安 土 に 城 を 築 い た 理 由 も こ こ に あ っ 土 山 か ら 三 里 ( メ ) 水 口 宿 は 『 延 喜 式 』 に こ う カ な か 。 近 世 に 整 備 さ れ た 主 要 街 道 も 、 東 海 道 五 宿 、 中 あ る 甲 賀 の 駅 の 跡 と 推 定 さ れ る と こ ろ で 、 こ こ も ま て ん し よ う せ ん ど う 山 道 八 宿 、 西 近 江 路 七 宿 、 北 国 街 道 六 宿 、 御 代 参 街 た 古 代 か ら の 交 通 の 要 衝 で あ っ た 。 天 正 年 間 に 秀 か ず う じ わ か さ わ き お う か ん 道 三 宿 が 通 じ 、 北 国 脇 往 還 、 朝 鮮 人 街 道 、 若 狭 街 吉 の 部 将 中 村 一 氏 が 大 岡 山 に 城 を 築 き 、 水 口 は そ の し ち り は ん ご 道 、 七 里 半 越 え な ど と 、 そ れ ら を 結 ぶ 数 十 の 間 道 が 城 下 町 で あ っ た が 、 関 ヶ 原 の 役 で 落 城 し て よ り 、 江 戸 時 代 に は 宿 駅 と し て 整 備 さ れ 、 将 軍 上 洛 の た め 交 錯 す る 。 ・ 物 、 石 部 海 物 、 土 山 ・ 日 野 大 阪 、 鈴 鹿 峠 鈴 鹿 山 脈 ー ー ー ・ 近 江 路 て は 緩 傾 斜 だ が 伊 勢 路 て は 急 傾 斜 の た め 、 往 時 て は 東 西 交 通 の 障 害 と な っ て い た 。 ・ 信 楽 台 あ ら 岩 井 宏 實 国 立 歴 史 民 俗 博 物 館 7 52

日本の街道 5 京への道


海 津 ~ 。 至 之 本 至 関 ヶ 原 本 ・ 島 根 第 第 愛 友 好 の 道 ・ 彦 根 へ の 道 朝 鮮 人 街 道 徳 永 真 一 郎 げ さ れ た の ち は 、 こ の 道 を 運 ば れ た 。 て ん し よ う 織 田 信 長 が 往 き 来 し た 道 し か し 天 正 四 年 (&fi) 織 田 信 長 が 安 土 に 築 城 し ぶ ん き な か せ ん ど う も り や ま 草 津 の 宿 場 で 東 海 道 と 分 岐 し た 中 山 道 は 、 守 山 、 て か ら 様 相 は 一 変 し た 。 彼 は 野 道 を 大 い に 拡 充 し て む さ え ち が わ と り い も と ば ん ば さ め が い か し わ ば ら お き て が き 武 佐 、 愛 知 川 、 高 宮 、 鳥 居 本 、 番 場 、 醒 井 、 柏 原 利 用 に 便 利 に し た の ち 、 掟 書 を 下 し 、 道 行 の 商 人 の 近 江 路 の 各 宿 駅 を 経 て 美 濃 路 に 入 っ て い る 。 こ の の 中 山 道 の 素 通 り を 禁 じ 、 上 り 下 り と も 城 下 を 通 行 う ち 井 伊 家 三 五 万 石 の 彦 根 藩 領 に 属 す る の は 愛 知 川 の う え 寄 宿 さ せ た 。 ま た 観 音 寺 城 の 旧 城 下 町 石 寺 の ら く い ち ら く ざ か ら 番 場 ま で の 四 駅 で あ っ た 。 し か し 、 中 山 道 は 彦 商 家 を 安 土 へ 移 し て 楽 市 楽 座 ( 自 由 商 業 ) と し て 繁 根 の 城 下 町 を 通 過 せ ず 、 バ イ バ ス で あ る 、 当 時 「 朝 栄 策 を 講 じ た 。 こ の た め 、 通 行 者 は 激 増 し た 。 安 土 ゆ え ん 鮮 人 街 道 」 と よ ば れ て い た 道 が 走 っ て い た 。 街 道 と 呼 ば れ る よ う に な っ た 所 以 で あ る 。 た わ ら の と う た ひ で さ と こ の 街 道 は 、 田 原 藤 太 秀 郷 の む か で 退 治 の 伝 説 こ の 街 道 は 京 都 へ の 最 短 距 離 で 、 馬 を 走 ら せ ば 、 と き 約 四 三 キ ロ で 知 ら れ た 近 江 富 士 ・ 三 上 山 を 右 手 に 仰 ぐ 野 洲 町 大 陸 路 一 一 里 ( メ ) を 二 刻 ({ 時 ) 足 ら ず で 入 洛 す ゆ き は た あ る じ 字 行 畑 ( 守 山 ー 武 佐 の 中 間 ) で 中 山 道 と 分 岐 し 、 彦 根 る こ と が で き た 。 安 土 城 の 主 と な っ て か ら 、 信 長 は じ よ う ら く い く た び か こ の 街 道 を 利 用 し て 上 洛 し た 。 し か し 市 鳥 居 本 町 で 再 び 合 流 す る 全 長 約 一 〇 里 (f に あ づ ち の 道 で あ る 。 湖 岸 寄 り に 永 原 、 八 幡 、 安 土 、 伊 庭 、 天 正 十 年 ( ← 0 五 月 二 十 九 日 、 わ ず か 二 十 余 人 の 供 彦 根 と 湖 東 の 要 衝 を つ な い で い る の で 、 浜 街 道 と も 侍 を ひ き い て こ の 街 道 を 京 へ 向 か っ た 信 長 は 、 再 び あ ぜ み ち 安 土 街 道 と も 呼 ば れ た 。 む か し は 条 里 地 割 り の 畔 道 安 土 へ 帰 る こ と は な か っ た 。 本 能 寺 の 悲 報 が 城 下 に げ ん し よ う を 利 用 し た 屈 曲 の 多 い 野 道 で あ っ た が 、 元 正 天 皇 伝 わ っ た の は 六 月 二 日 の 午 後 二 時 ご ろ の こ と だ 。 よ う ろ う こ ん き の 養 老 行 幸 、 白 河 天 皇 の 彦 根 金 亀 山 参 詣 に も 利 用 さ 安 土 山 の 西 五 キ ロ メ ー ト ル の 八 幡 山 は 、 信 長 の 天 か い づ し お っ ひ で つ ぐ れ た 重 要 な ル ー ト で あ っ た 。 海 津 、 塩 津 か ら 湖 上 運 下 を 継 承 し た 秀 吉 の 甥 秀 次 の 居 城 の あ っ た と こ ろ で さ つ ま 送 さ れ た 北 海 の 物 産 も 柳 川 、 薩 摩 、 八 坂 な ど に 陸 揚 あ る 。 秀 次 が 八 幡 山 城 主 ( 二 〇 ) 万 石 に な っ た の は 天 正 十 み 金 を 至 京 み の じ 滋 賀 県 文 学 会 長 じ ゅ ら く

日本の街道 5 京への道


安 土 城 址 か ら の 展 望 信 長 逝 っ て 48 年 、 城 の 石 垣 と 眼 下 に ひ ろ が る 琵 琶 湖 が 、 当 時 を イ 思 ば せ て く れ る 。 安 土 ・ 八 幡 の 水 郷 琵 琶 湖 八 景 の 一 つ に 数 え ら れ る こ の 辺 の 風 景 は 、 開 発 の 波 の 中 に 呑 み こ ま れ そ う て あ る 。 三 年 ( ← し 十 八 歳 の と き で 、 安 土 の 城 下 町 を 移 し て 敬 の た め 来 訪 す る の が 例 と な り 、 慶 長 十 二 年 か ら 文 自 由 商 業 市 場 を つ く り 、 横 す じ 四 通 り 、 縦 す じ 一 二 化 八 年 ( 一 f) ま で の 二 〇 四 年 間 に 一 二 回 に お よ び 、 通 り を 中 心 に 碁 盤 目 の 町 並 み や 長 さ 六 キ ロ メ ー ト ル う ち 一 〇 回 は 江 戸 へ 往 復 し た 。 そ の た び に 近 江 を 通 の 八 幡 堀 を つ く り 、 そ の 罪 一 族 に お よ ぶ 連 座 制 を 廃 過 し 、 安 土 街 道 に 拠 る こ と が 定 め ら れ て い た 。 そ の 止 す る な ど 、 な か な か の 善 政 を し い た 。 天 正 十 九 年 た め 、 安 土 街 道 の ほ か に 浜 街 道 ま た は 下 街 道 と 呼 ば (l 五 ) 秀 吉 の 養 子 と な っ て 関 白 職 を 継 ぎ 、 聚 楽 第 に れ て い た の が 、 朝 鮮 人 街 道 、 唐 人 街 道 の 名 を 生 じ た 住 む 身 と な っ た 。 そ れ か ら 二 年 後 に 秀 吉 の 側 室 淀 殿 わ け で あ る 。 な お 彦 根 市 日 夏 ー 池 須 町 間 に 巡 礼 街 道 が 秀 頼 を 産 む と 、 秀 次 は 反 逆 の 罪 を き せ ら れ て 高 野 の 名 が 残 っ て い る の は 、 古 代 、 彦 根 寺 観 音 へ の 巡 礼 山 で 切 腹 さ せ ら れ た 。 行 年 二 十 八 。 朝 鮮 出 兵 に 反 対 が 行 わ れ て い た の に 由 来 す る も の で あ る 。 ら い へ い し す る 大 名 勢 力 が 、 秀 次 の も と に 結 集 し か け て い る の 朝 鮮 来 聘 使 の 一 行 は 、 正 使 と 副 使 を ふ く め 三 〇 〇 て ん を 弾 圧 し た と も い う 。 城 主 を 失 っ た 八 幡 町 民 は 、 天 人 な い し 五 〇 〇 人 と い う 大 が か り な も の で あ っ た 。 び ん ぼ う き ん た い 第 《 秤 棒 を 肩 に 諸 国 へ 行 商 に 出 か け て 成 功 し 、 近 江 商 人 朝 鮮 人 街 道 で は 彦 根 の 宗 安 寺 が 宿 泊 所 、 八 幡 の 金 台 の 町 と し て 、 い ま も 豪 勢 な 邸 宅 が 軒 を 並 べ て い る 。 寺 ( 本 願 寺 別 院 ) が 休 息 所 に 指 定 さ れ て い た 。 宗 安 寺 に は 一 行 専 用 の 唐 人 門 や 朝 鮮 王 の 等 身 大 の 肖 像 の 「 朝 鮮 人 街 道 」 は 日 朝 友 好 道 路 掛 軸 が 残 っ て い る 。 ま た 街 道 の 北 端 に 当 た る 摺 針 峠 ・ は 、 つ こ て い か ん え ん 慶 長 五 年 (&3) 関 ヶ 原 合 戦 に 勝 利 を お さ め た 徳 川 の 茶 屋 の 望 湖 亭 ( 現 存 ) に は 、 寛 延 元 年 (R) 六 月 こ う き さ わ や ま そ う め い ら い な ん た い き 家 康 は 、 つ づ い て 佐 和 山 城 ( 彦 根 市 ) を 落 と し 、 こ 畠 使 南 泰 耆 、 従 事 官 曹 命 莱 が 琵 琶 一 日 、 正 使 洪 禧 、 リ の 街 道 を 通 っ て 京 都 へ 入 っ た 。 以 来 、 徳 川 家 に と っ 湖 の 眺 望 を 絶 賛 し て 詠 ん だ 漢 詩 が 保 存 さ れ て い る 。 て 吉 例 の 道 だ と い う の で 、 江 戸 時 代 は 将 軍 の 上 洛 道 一 行 の 宿 泊 す る 宿 駅 に は 人 足 三 〇 〇 〇 人 、 馬 五 〇 路 と な り 、 休 息 所 と し て 永 原 御 殿 ( 野 洲 町 ) 、 伊 庭 御 〇 匹 を 用 意 さ せ た と い う か ら 、 徳 川 幕 府 が い か に 朝 の と が わ 殿 ( 能 登 川 町 ) が 設 置 さ れ た が 、 い ま は 姿 を 消 し 、 鮮 使 節 の 接 待 に 気 を 使 っ て い た か が わ か る 。 こ の よ あ し う ら 永 原 御 殿 の 一 部 が 芦 浦 観 音 寺 の 本 坊 に な っ て い る 。 う に 江 戸 時 代 の 日 朝 関 係 は き わ め て 友 好 的 で 、 こ の 秀 吉 の 無 謀 な 侵 略 以 来 途 絶 え て い た 朝 鮮 と の 国 交 た め 徳 川 幕 府 を 倒 し て 成 立 し た 明 治 新 政 府 を 朝 鮮 政 ふ し み ひ で た だ が 、 慶 長 十 年 (Æ) 京 都 伏 見 に お い て 家 康 ・ 秀 忠 父 府 は な か な か 承 認 し な か っ た 。 朝 鮮 が い か に 信 義 に 子 が 親 善 使 節 と 会 見 し た の を 機 に 回 復 し た 。 厚 い 民 族 の 国 で あ っ た か の 証 拠 で あ る の だ が 、 そ れ そ れ か ら 将 軍 の 代 替 わ り ご と に 、 朝 鮮 通 信 使 が 表 が 「 征 韓 論 」 の 起 こ る 原 因 と な っ た 。 す . り . は り .

日本の街道 5 京への道


い : ・ ~ 第 4 第 ~ い , 0 第 、 飛 鳥 川 の 源 流 ー ー 一 万 葉 に 多 く の 歌 を 残 し た 飛 鳥 川 は 、 山 里 の は ざ ま か ら 潺 湲 ( せ ん か ん ) と し て 変 わ る こ と な く 飛 鳥 の 地 に そ そ い て い る 。 橘 寺 西 門 ま で を 踏 査 し た 報 告 に よ る と 、 お よ そ 五 時 と 約 二 ・ 一 キ ロ メ ー ト ル の 間 隔 で 計 画 的 に つ く ら れ 間 余 り か か る と の こ と で あ っ た 。 馬 を 利 用 す れ ば 、 た 官 道 で あ り 、 横 大 路 は 桜 井 市 寺 川 の 小 西 橋 の あ た た い ま 一 日 で 往 復 可 能 の 距 離 と な る 。 こ の 斜 向 道 路 が で き り か ら 当 麻 町 長 尾 神 社 そ ば ま で 約 一 二 ・ 七 キ ロ メ ー た は じ め は 、 五 5 六 世 紀 の こ ろ で は な い か と 推 定 さ ト ル の 東 西 道 と し て 、 今 に 生 き つ づ い て い る 。 れ て い る 。 い わ ゆ る 太 子 道 は 斑 鳩 と 大 和 の 飛 鳥 を 結 上 ッ 道 ・ 中 ッ 道 ・ 下 ッ 道 と い う 道 の 名 は 、 『 日 本 た っ た じ ん し ん ぶ 古 道 と し て 機 能 し た 。 そ し て 竜 田 か ら 河 内 へ と 向 書 紀 』 の 壬 申 の 乱 の 記 述 に も み え て お り 、 六 七 二 年 か う 竜 田 道 に つ な が る の で あ る 。 の 壬 申 の 乱 の こ ろ ま で に は す で に 存 在 し て い た こ と み や い が わ か る 。 こ の 三 道 が 整 備 さ れ た の は 、 飛 鳥 に 宮 居 さ い め い 古 代 の 計 画 道 路 網 し た 斉 明 天 皇 の こ ろ で あ っ た の で は な い か と 推 測 さ け ん き ゅ う こ う し た 自 然 道 や 筋 違 い 道 の ほ か に 、 大 和 盆 地 に れ て い る 。 横 大 路 と い う 名 称 は 、 建 久 四 年 ) 『 談 山 神 ) に み え る の が 早 い 。 そ れ 以 前 の 古 は 注 目 す べ き 計 画 道 路 が あ る 。 大 和 盆 地 を 南 北 に 縦 の 文 書 ( 社 か み み ち な か み ち し も み ち 貫 す る 上 ッ 道 ・ 中 ッ 道 ・ 下 ッ 道 や 大 和 盆 地 の 南 部 を 道 名 と し て は 「 大 道 」 と よ ば れ て い た ら し い 。 『 日 よ こ お お じ 東 西 に 横 断 す る 直 線 道 い わ ゆ る 横 大 路 が そ れ で あ っ 本 書 紀 』 の 推 古 天 皇 二 十 一 年 (l*fi ) 十 一 月 の 条 に は た 。 上 ッ 道 ・ 中 ッ 道 ・ 下 ッ 道 は 、 盆 地 の 東 か ら 西 へ 「 難 波 よ り 京 に 至 る 大 道 を 置 く 」 と あ る 。 こ の 「 大 た け の う ち た じ ひ み ち 道 」 が 横 大 路 か ら 竹 内 街 道 ( 丹 比 道 ) に つ な が る 古 道 で あ っ た 。 横 大 路 の 東 は 上 ッ 道 ・ 山 の 辺 の 道 ・ 阿 倍 山 田 道 と こ う さ 交 差 し て 伊 勢 街 道 へ 、 横 大 路 の 西 は 長 尾 街 道 ( た み ち 道 ) と 交 わ り 、 そ し て 竹 内 峠 越 え の 河 内 へ の ル ー ト と な る 。 「 大 道 」 の 設 定 は 推 古 天 皇 二 十 一 年 の こ ろ で あ っ た が 、 そ れ 以 前 に 〃 プ レ 大 道 〃 が な か っ た の 古 京 で は な い し 、 ま た 推 古 天 皇 二 十 一 年 以 後 に も 「 大 古 る 道 」 の 整 備 は つ づ け ら れ て い た 。 た と え ば 「 日 本 書 3 ~ カ は く ち く だ ら し ら ぎ み 紀 』 の 白 雉 四 年 六 月 の 条 に 、 百 済 ・ 新 羅 の 使 節 が 渡 来 し て き た お り 、 「 処 々 大 道 を 修 治 」 し た と し る さ 5 0 れ て い る 。

日本の街道 5 京への道


周 山 街 道 北 山 杉 の 道 、 周 山 街 道 は 、 京 都 の 高 雄 口 か ら 、 梅 が 畑 、 御 経 坂 峠 を 越 え 、 川 沿 い に 高 雄 、 槇 尾 、 栂 尾 の 三 尾 を さ か の ば り 、 中 川 月 里 細 野 を 経 て 、 周 山 に 至 り 、 周 山 か ら 深 見 、 堀 越 の ニ つ の 峠 を 越 え て 、 若 狭 の 小 浜 へ 出 る 街 道 で あ る こ の 道 は 、 中 川 を 中 心 に 北 山 杉 の 美 林 が つ づ き 、 秋 に は 山 々 が 紅 や 黄 の 錦 を 織 り 、 晩 秋 に は 北 山 し ぐ れ が ひ そ や か に 降 り 、 冬 に は 雪 が 舞 う 。 平 安 遷 都 以 来 、 杣 御 料 地 と し て 、 皇 室 と の 関 係 が 深 く 、 戊 辰 戦 争 の と き に は 山 国 村 の 郷 士 が 山 国 隊 を 結 成 し 、 錦 の 御 旗 を 奉 じ て 、 有 名 な 隊 歌 「 宮 さ ん 、 宮 さ ん 」 を 歌 い な が ら 先 導 を つ と め た 北 山 の 道 嵯 峨 か ら 高 雄 、 槇 尾 、 栂 尾 と っ づ く 北 山 の 道 は 紅 葉 の 道 て あ り 、 色 彩 豊 か な 秋 の 道 て あ る 。 秋 の 常 照 皇 寺 ー 一 周 山 街 道 か ら 入 っ た 山 国 に あ り 、 光 厳 法 皇 が 政 争 を 避 け て 開 い た 。 自 然 を 愛 し た 法 皇 に ふ さ わ し く 閑 寂 な 寺 て あ る 。 北 山 杉 - ー ー 栂 尾 か ら 清 滝 川 に 沿 っ て 上 る と 、 み ご と な 木 立 の 連 な り が 見 / 度 せ る 。 京 の 北 山 杉 て 、 そ の 中 心 が 周 山 街 道 の 中 川 て あ る 。 36

日本の街道 5 京への道


す べ て の 道 は 京 を め ざ す 街 道 小 史 古 代 の 幹 線 、 大 路 と 中 路 や ま し ろ や ま と 上 方 と は 、 ゝ し わ ゆ る 五 畿 内 す な わ ち 山 城 、 大 和 、 せ つ つ か わ ち は ん し よ う 摂 津 、 河 内 、 和 泉 の 地 域 を さ す 汎 称 だ が 、 の ち に は 狭 義 に は 京 都 と 大 坂 の こ と を 呼 ん だ も の で あ る 。 中 世 に は 、 ・ 京 の こ と を 上 方 と 呼 ん だ 。 江 戸 時 代 に な っ て 、 京 、 大 坂 を ふ く む も の と な っ た が 、 江 一 尸 中 期 う ま で も な か ら は 大 坂 の 比 重 が 大 き く な っ た 。 い く 、 そ れ は 経 済 の 中 心 地 だ っ た か ら で あ る 。 古 代 の 律 令 時 代 に お い て 、 上 方 へ の 道 で 、 は や く か ら 整 備 さ れ 、 ま た も っ と も 重 ん じ ら れ た の が 山 陽 道 で あ る 。 令 制 に は た い ろ 大 路 、 謂 、 山 陽 道 中 路 、 謂 、 東 海 東 山 道 し よ う と あ り 、 北 陸 、 山 陰 、 南 海 、 西 海 の 諸 道 は 「 路 」 と さ れ て い た 。 飛 鳥 か ら 奈 良 時 代 に か け て 、 わ が 国 の 歴 史 は 西 国 と の 関 係 が 深 か っ た 。 ま た 朝 鮮 、 中 国 と の 外 交 関 係 が さ か ん で あ っ た 。 日 本 の 歴 史 は 西 か ら 動 い て い た だ ざ い ふ と い っ て よ い 。 都 と 九 州 の 太 宰 府 を 結 ぶ 道 は 、 日 本 ち ゅ う ろ 原 田 伴 彦 大 阪 市 立 大 学 名 誉 教 授

日本の街道 5 京への道


梶 家 と 椿 の 老 樹 一 一 - 本 確 、 陣 の 梶 家 は い ま て も 堂 堂 た る 家 の 構 え を み せ て い る 。 椿 の 老 樹 も 昔 の 面 影 を 偲 ば せ る 。 京 と 中 国 路 を 結 ぶ 古 代 の 官 道 西 国 街 道 原 田 伴 彦 大 阪 市 立 大 学 名 誉 教 授 が あ る 。 そ の 原 形 は 、 京 の 東 寺 口 か ら 南 進 し て 、 鳥 羽 を 経 て 山 崎 に 達 し 、 さ ら に 播 磨 国 の 明 石 駅 に 達 す る 古 代 官 道 だ っ た 。 近 世 に な り 、 京 か ら 山 崎 に む か う 行 程 は 少 し 変 わ ぜ む こ っ た 。 東 寺 口 か ら 西 へ 進 み 、 桂 川 を 渡 り 、 久 世 ・ 向 こ う た り 日 ・ 神 足 の 長 岡 丘 陵 の ふ も と を 南 下 し 山 崎 に 至 る コ か ら ー ス と な っ た 。 こ の 道 は 「 唐 街 道 」 と も い う 。 豊 臣 一 秀 吉 の 朝 鮮 出 兵 の と き の 、 京 か ら の 派 兵 路 で あ っ た た め 、 そ の 名 が 出 た と い う 。 さ て 山 崎 宿 で 、 唐 街 道 と 、 東 方 の 伏 見 宿 か ら 来 た 道 と 合 流 し て 、 い わ ゆ る 西 国 街 道 と な る 。 こ の コ ー ど お り ス を 、 江 戸 時 代 に は 「 山 崎 通 」 と い っ た 。 「 山 崎 通 」 は 、 伏 見 宿 か ら 、 西 国 街 道 を へ て 、 中 国 路 の 兵 庫 宿 に 至 る 、 約 一 七 里 半 此 9 ) の 街 道 あ く た が わ で 、 こ の 間 に 、 山 崎 ・ 芥 川 ・ 瀬 川 ・ 昆 陽 ・ 西 宮 の 明 石 に 達 す る 古 代 の 官 道 し ま で も 宿 駅 が 配 置 さ れ た 。 こ の 宿 駅 コ ー ス に は 、 ゝ 「 西 国 街 道 」 と い う の は 江 戸 時 代 に つ く ら れ た 俗 称 所 々 に 、 古 い 宿 場 の 町 並 み が 、 往 時 の 面 影 を の こ し で あ る 。 京 を 出 て 、 淀 川 の 右 岸 の 山 崎 か ら 西 宮 に 出 て い る 。 て 、 こ こ で 「 中 国 路 」 に 合 流 し 、 い わ ゆ る 山 陽 道 を 山 崎 は 古 代 い ら い 、 京 の 関 門 と し て の 水 陸 の 要 衝 西 下 す る 行 程 で あ る 。 「 西 国 路 」 と も 称 さ れ る こ と で あ っ た 。 中 世 に は 離 宮 八 幡 宮 の 門 前 と し て 製 油 産 さ い ′ 」 く こ や 7 58