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検索対象: 日本の街道 6 夢誘う山陽山陰

日本の街道 6 夢誘う山陽山陰から 162件ヒットしました。

日本の街道 6 夢誘う山陽山陰


日 本 の 彳 圭 矜 首 ー ー ー ー 全 8 巻 ( 書 名 と 責 任 編 集 者 ) ・ 印 は 既 刊 / 〇 印 は 次 回 配 本 ・ 第 1 巻 風 か け る み ち の く 文 化 仲 野 東 北 大 : / ロ 学 教 授 / 度 辺 信 夫 奧 州 街 道 羽 州 街 道 会 津 街 道 浜 街 道 学 習 院 児 玉 幸 多 ・ 第 2 巻 江 戸 へ の 道 東 海 道 日 光 道 甲 州 路 水 戸 ・ 佐 倉 道 大 山 道 ・ 第 3 巻 雪 の 国 北 陸 要 木 下 良 北 国 路 越 後 路 能 登 路 三 国 街 道 千 国 街 道 ・ 第 4 巻 山 な み 遙 か 歴 史 の 道 林 英 夫 信 濃 路 木 曾 路 伊 那 路 美 濃 路 飛 騨 路 大 阪 市 立 大 ・ 第 5 巻 京 へ の 道 原 田 伴 彦 学 名 誉 教 授 ′ 、 若 狭 路 近 江 路 丹 波 路 大 和 路 伊 勢 路 紀 州 路 ・ 第 6 巻 夢 誘 う 山 陽 山 陰 兵 庫 教 育 心 ロ ラ 登 夫 大 学 学 長 ロ 山 陽 道 吉 備 路 安 芸 路 出 雲 路 長 門 路 〇 第 7 巻 海 光 る 瀬 戸 内 ・ 四 国 山 本 大 遍 路 道 金 毘 羅 参 詣 道 土 佐 路 瀬 戸 内 の 海 路 九 州 大 学 ・ 第 8 巻 日 燃 ゆ る 九 ヨ 助 教 授 丸 山 雍 成 筑 紫 路 日 向 路 薩 摩 路 長 崎 路 唐 津 街 道 ( 10 月 刊 行 ) 著 者 代 表 ー ー 谷 口 澄 夫 編 集 者 ー ー ー ー 株 式 会 社 日 本 ア ー ト ・ セ ン タ ー 東 京 都 千 代 田 区 神 田 神 保 町 一 ー 一 一 五 電 話 ー 東 京 ・ 2 9 4 ・ 3 8 91 郵 便 番 号 101 発 行 者 ー ー ー 堀 内 末 男 発 行 所 ー 。 株 式 会 社 集 英 社 東 京 都 千 代 田 区 一 ッ 橋 二 ー 五 ー 一 〇 電 話 ー 販 売 部 東 京 ・ 2 3 8 ・ 2 7 81 ・ つ 朝 0 8 ・ つ 0 8 っ 0 1 出 版 部 東 京 郵 便 番 号 101 印 刷 所 ー ・ ー ー 共 同 印 刷 株 式 会 社 製 本 所 ー ・ ー ・ ・ ・ ・ 中 央 精 版 印 刷 株 式 会 社 製 本 に は 十 分 注 意 し て い ま す が 、 落 丁 ・ 乱 丁 の 際 は お と り か え い た 」 ー ) ま 6 - す ・ ◎ 集 英 社 Printed in Japan 日 本 の 街 道 6 夢 誘 う 山 陽 山 陰 昭 和 五 十 六 年 九 月 一 一 十 一 日 第 一 刷 発 行 032 ト ロ 6006 ー 30

日本の街道 6 夢誘う山陽山陰


ノ ゞ 第 第 な を 第 を を 、 を 本 州 の 西 端 に 位 す る 長 門 ・ 周 防 は 、 脊 梁 山 脈 が 低 く 、 暖 流 が 沿 岸 を 洗 い 、 気 候 が 温 和 で 南 北 の 差 が 比 較 的 少 な い 。 山 陽 道 は 安 芸 か ら 周 防 に 入 る と 、 錦 帯 橋 で 名 高 い 吉 川 氏 六 万 石 の 城 下 町 岩 国 の 北 方 を 通 り 過 ぎ 、 高 森 を 経 て 、 毛 利 氏 三 万 石 の 城 下 町 徳 山 に 至 る 。 さ ら に あ さ い ち 徳 山 か ら は 、 塩 田 で 知 ら れ た 三 田 尻 や 、 月 郡 ・ 厚 狭 市 ・ 小 月 ・ 長 府 を 通 っ て 下 関 に 出 た 。 小 郡 か ら 北 東 に 、 長 州 藩 庁 の あ っ た 山 口 を 経 れ ば 、 山 陰 道 は 石 見 国 の 益 田 で 日 本 海 に ぬ け る 。 こ こ か ら 毛 利 氏 三 六 万 九 千 石 の 城 下 町 萩 へ は 、 江 崎 ・ 須 佐 な ど を 通 っ て 海 岸 沿 い に 走 る 北 浦 街 道 と 呼 ば れ た 道 を 西 下 し た 。 萩 か ら は 山 陽 道 な ど へ の 多 く の 道 が 四 通 し て お り 、 維 新 回 天 を 願 う 人 々 が 往 来 し た の で あ る ー 第 み 、 を い を を 、 れ こ % を 萩 の 武 家 屋 敷 ー ー - ー 明 治 維 新 の 原 動 力 と な っ た 萩 の 武 家 屋 敷 は 、 今 て も 当 時 の ま ま の 姿 を 残 し 、 史 跡 が 数 多 い 。 松 下 村 塾 ー ー - 維 新 の 先 覚 者 吉 田 松 陰 が 人 材 を 養 成 し た と こ ろ て 、 8 ・ 4 畳 半 ・ 3 畳 2 間 の 質 素 な 私 塾 て あ る 。 秋 吉 台 ー ー 古 生 代 石 灰 岩 の 日 本 最 大 の カ ル ス ト 台 地 。 広 大 な 高 原 に 羊 の 群 れ に 似 た 石 灰 岩 が 無 数 に 露 出 し 、 景 勝 秋 吉 八 景 を 生 み 出 す 。 35

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カ ラ ー ・ 中 国 路 の う た カ ラ ー ・ 随 想 山 陰 よ り 山 陽 へ 藤 原 審 爾 山 陰 路 の 旅 情 杉 本 苑 子 街 道 小 史 陸 路 海 路 が 併 用 さ れ た 山 陽 道 谷 口 澄 夫 街 道 地 図 カ ラ ー ・ 長 門 / 周 防 / 安 芸 / 備 後 / 備 中 / 美 作 / 備 前 / 播 磨 / 名 城 砲 煙 け む る 明 治 維 新 へ の 道 ー ー 山 陽 道 を 京 へ 有 元 正 雄 目 次 0 9 8 6 0 -4

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カ ラ ー ・ 中 国 路 の う た カ ラ ー ・ 随 想 山 陰 よ り 山 陽 へ 藤 原 審 爾 山 陰 路 の 旅 情 杉 本 苑 子 街 道 小 史 陸 路 海 路 が 併 用 さ れ た 山 陽 道 谷 口 澄 夫 街 道 地 図 カ ラ ー ・ 長 門 / 周 防 / 安 芸 / 備 後 / 備 中 / 美 作 / 備 前 / 播 磨 / 名 城 砲 煙 け む る 明 治 維 新 へ の 道 ー ー 山 陽 道 を 京 へ 有 元 正 雄 目 次 0 9 8 6 0 -4

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さ え も 、 そ の 面 影 は 失 わ れ つ つ あ る 。 古 い 道 は 現 役 っ て 一 戸 一 馬 を 養 い 、 正 丁 (? 齢 制 ¥ 、 課 の 人 頭 税 を 負 担 を 退 い た と い う べ き で あ ろ う か 。 そ こ で 、 歴 史 の 健 な ) は 、 課 役 を 免 じ ら れ て 駅 子 と し て 駅 務 に 従 「 新 名 所 」 を 訪 ね た り 手 作 り の 山 菜 料 理 を 口 に す る 、 駅 子 の う ち で 資 力 の あ る 者 を 選 ん で 、 駅 長 心 に も 似 て 、 退 役 し た 一 つ の 重 要 だ っ た 道 「 山 陽 と 呼 び 室 町 初 期 ま で 存 在 し ) と し た 。 駅 に は 駅 田 が お か た が 、 戦 国 期 に 中 絶 し た 道 」 を 回 想 し て 、 こ の 道 の も っ さ ま ざ ま な 意 味 で の れ 、 大 路 は 四 町 、 中 路 は 三 町 、 小 路 は 二 町 で 、 近 く ふ ゅ そ で ん 公 用 ・ 準 公 用 に 供 す る た と さ 動 脈 と し て の 役 割 の 消 長 を 、 た ど る こ と に し よ う 。 の 田 が あ て ら れ 不 輸 租 田 ( め 、 田 租 を 納 め な い 田 れ た 。 「 大 路 」 山 陽 道 に は 駅 ご と に 二 〇 疋 の 駅 馬 を え ん ぎ し き 古 代 の 大 動 脈 、 山 陽 道 備 え る 定 め で 、 『 延 喜 式 』 ( た 、 現 在 で い う 法 律 行 の 細 則 だ ざ い ふ り よ う せ い は り ま 社 に に - 遺 葩 都 と 九 州 大 宰 府 を 結 ぶ 山 陽 道 は 、 令 制 で は 全 国 に よ れ ば 、 ほ と ん ど の 駅 は 二 〇 疋 で あ っ た が 、 播 磨 神 頭 近 の 説 て 記 び ぜ ん 崎 社 付 寺 の し 程 唯 一 の 「 大 路 」 と し て 、 早 く か ら 整 備 さ れ 、 か っ 最 の 明 石 ( 三 〇 疋 ) ・ 賀 古 ( 四 〇 疋 、 日 本 最 大 ) や 備 前 の 松 の 、 分 源 と 行 つ だ か は 国 重 場 び 市 ・ 、 宿 も 重 ん じ ら れ た 。 古 代 の わ が 国 の 歴 史 は 、 対 内 的 に 津 高 ( 一 四 疋 ) の よ う に 、 駅 に よ る 差 異 が み ら れ き び の く に つ く し 宿 宮 衙 り の 、 た 国 あ く っ は 早 く か ら 吉 備 国 か ら 筑 紫 に か け て の 西 国 に 目 が 向 た 。 市 方 け 防 が 多 わ 宮 い 開 周 跡 も 賑 け ら れ 、 対 外 的 に は 朝 鮮 、 中 国 な ど 当 時 の 先 進 国 と 駅 館 の 施 設 や 駅 馬 ・ 駅 子 を 利 用 で き た の は 、 外 国 こ く が 、 の 外 交 ・ 文 化 の 関 係 が 盛 ん で あ っ た 。 し た が っ て 、 使 節 や 中 央 政 府 と 地 方 国 衙 と の 連 絡 に あ た る 官 吏 な ぶ え き 瀬 戸 内 は 海 路 ・ 陸 路 と も に ま さ に 、 わ が 国 の 歴 史 的 ど で あ り 、 官 物 の 輸 送 や 夫 役 の 徴 集 、 反 乱 の 征 討 の な 大 動 脈 の 役 割 を 果 た し 、 政 治 ・ 軍 事 ・ 外 交 ・ 文 化 た め な ど で あ っ た か ら 、 官 道 は ま さ に 政 治 ・ 軍 事 用 を の メ ー ン ル ー ト で あ っ た 。 山 陽 道 が 「 大 路 」 と 格 付 の 道 路 で あ っ て 、 庶 民 の た め に 作 ら れ た も の で は な っ ・ 」 0 カ カ け さ れ た ゆ え ん で あ る 。 な お 、 東 海 ・ 東 山 両 道 は 0 ↓ 第 3 「 中 路 」 、 北 陸 ・ 山 陰 ・ 南 海 ・ 西 海 の 諸 道 は 「 小 路 」 山 陽 道 は 山 谷 峻 険 な と こ ろ が 多 か っ た が 、 着 々 と ま 月 ミ み 、 で あ り 、 山 陽 道 は 江 戸 時 代 の 東 海 道 に 匹 敵 す る も の 整 備 さ れ て 活 発 に 運 用 さ れ た 。 山 陽 道 の 駅 館 は 他 の ー し 第 ー で あ っ た 。 官 道 と 異 な り 、 外 国 使 節 の 往 来 に 備 え て 建 築 の 偉 容 え き す で に 『 大 化 改 新 の 詔 』 ()S 四 ) に は 、 諸 国 に 駅 を と と の え 、 国 家 の 体 面 を 損 じ な い こ と が 必 要 で あ 用 ば て ん ま す ず し る し あ き す お う な が と か わ ら ぶ び ん ご っ た 。 備 後 ・ 安 芸 ・ 周 防 ・ 長 門 な ど の 駅 館 は 、 瓦 葺 馬 ・ 伝 馬 を 配 置 し 鈴 契 ( 与 え と 木 札 に ) を 作 ら せ た と 記 さ れ て い る が 、 以 後 逐 次 、 駅 制 は 整 備 さ れ て い っ き の 白 壁 造 り と す る 規 定 で あ っ た 。 し か し 、 そ の 維 現 在 の 約 一 六 ご と に 持 に 多 大 の 経 費 を 要 し 、 人 民 が 疲 労 し て 負 担 に 耐 え キ ロ メ ー ト ル た 。 令 制 で は 、 官 道 に は 三 〇 里 ( う ま や 一 駅 を 設 け さ せ た 。 駅 に は 駅 家 と 呼 ば れ た 集 落 が あ が た く な っ た の と 、 外 国 使 節 の 入 京 も 海 路 に よ る こ 墅 を ラ 人 第 え ザ っ 主 を に す す ル 多 よ ラ は と せ い て い

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を ~ 当 ミ ッ い 第 ~ 一 第 を 第 、 ). ト 0 美 作 の 冬 ー ー ー 美 作 の 北 東 、 播 磨 に 接 し た 地 方 を 通 る 因 幡 へ の 道 は 、 山 ま た 山 て 、 冬 は 雪 が 深 く 、 人 々 は 難 渋 し た 。 若 杉 原 生 林 ー ー ー 美 作 と 因 幡 の 国 境 の 若 杉 峠 に 近 く 、 標 高 118 メ ー ト ル て 、 ブ ナ や ナ ラ の 大 原 生 林 て あ る 。

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Q 郷 鹿 加 美 日 御 碕 大 : 賀 境 弓 ケ 河 都 田 。 皆 - 羽 東 海 .- 浦 碧 浜 余 、 - 津 多 須 江 益 ま 津 津 造 郷 坂 蔀 = 。 竹 居 伎 島 仙 を 崎 。 0 野 山 - , ノ Ä. ゴ ・ 入 ー っ 鳥 取 ( 香 城 0 ー 住 崎 0 豊 岡 → 手 俵 山 0 0 湯 本 萩 0 出 石 鑿 堪 秋 吉 台 ・ ・ ・ 岡 山 兵 庫 隠 岐 諸 島 「 海 の 国 」 の 幸 ゆ た か な 道 山 陰 の 海 浜 を め ぐ る 下 関 か ら 北 へ 、 山 陰 本 線 と か ら み 合 い な が ら 、 海 き ろ ・ ら 豊 饒 の 山 陰 海 岸 沿 い に 延 び る 国 道 一 九 一 号 線 の 道 筋 は 、 古 く は 北 浦 山 陰 地 方 は 、 か っ て は 「 山 か げ の 国 」 と い わ れ 街 道 と い わ れ 、 こ の 街 道 筋 に あ た る 山 口 県 の 日 本 海 た 。 し か し 、 こ の 地 方 の 産 米 や 砂 鉄 ・ 銀 ・ 和 紙 ・ 木 側 の 地 域 は 、 古 く か ら ひ と 口 に 「 北 浦 」 と 呼 ば れ て い る 。 こ の 北 浦 は 、 萩 市 付 近 の ほ か は 平 地 に 乏 し 綿 ・ 鑞 ・ 焼 物 な ど の 特 産 を 積 み 出 す た め 、 江 戸 時 代 く 、 岩 石 海 岸 が 連 な り 、 海 辺 部 は 昔 か ら 水 産 業 の 盛 に は じ ま っ た 西 廻 り 海 運 の 発 達 に よ っ て 、 山 陰 沿 岸 の 港 は 繁 盛 し た 。 そ し て 今 、 こ の 地 方 が 第 一 次 産 業 ん な 土 地 柄 で あ る 。 か よ い ひ び き な だ 響 灘 で は 、 矢 玉 ・ 特 牛 ・ 肥 中 、 日 本 海 側 で は 通 ・ を 主 軸 と す る な か で 、 こ と に 水 産 業 が 刮 目 さ れ 、 長 い 沿 岸 に は 数 多 く の 漁 村 が 点 在 し 、 そ の 代 表 的 漁 港 仙 崎 ・ 玉 江 ・ 越 ケ 浜 ・ 奈 古 ・ 須 佐 ・ 江 崎 な ど 、 よ い か す み さ か い み な と で あ る 香 住 ・ 境 港 ・ 浜 田 ・ 仙 崎 な ど は 豊 富 な 漁 獲 漁 港 が あ り 、 沿 岸 漁 業 や 沖 合 漁 業 が 盛 ん で 、 仙 崎 ・ か 。 ま ぼ 」 で よ く 知 ら れ て い る 。 こ れ か ら す る と 、 山 陰 地 方 は 玉 江 は 遠 洋 漁 業 の 基 地 で も あ り 、 蒲 鉾 ・ ウ ニ な ど の 水 産 加 工 業 が 発 達 し 、 下 関 と 同 じ く 阪 神 や 京 浜 方 面 ま た 「 海 の 国 」 と も い え る 。 に 多 く 輸 送 さ れ て い る 。 し か も 、 国 立 ・ 国 定 ・ 県 立 公 園 な ど に 指 定 さ れ て き の さ き そ れ に 仙 崎 以 西 の 浦 浜 の 女 性 た ち が 、 カ ン カ ン い る 海 景 の す ば ら し さ に 加 え て 、 城 崎 を は じ め 浜 は わ い か い け た ま っ く り ( 魚 箱 ) を 背 負 っ て 早 朝 一 番 列 車 で 下 関 や 北 九 州 に 坂 ・ 岩 井 ・ 鳥 取 ・ 浜 村 ・ 羽 合 ・ 東 郷 ・ 皆 生 ・ 玉 造 ・ た わ ら や ま か わ た な ゅ の つ あ り ふ く ゆ め ん 温 泉 津 ・ 有 福 ・ 湯 免 ・ 湯 本 ・ 俵 山 ・ 川 棚 な ど の 温 向 か う 、 俗 に い う 「 カ ン カ ン 部 隊 」 の 鮮 魚 行 商 も 大 ほ う じ よ う 泉 地 を ひ か え て お り 、 豊 饒 な 海 の 観 光 地 帯 で も あ 勢 み ら れ る 。 お お み お お し き あ み 矢 玉 は 大 敷 網 発 祥 の 地 。 青 海 島 の 通 は 、 か っ て 鯨 る 。 と は い え 、 冬 に な る と 、 北 西 の 強 い 季 節 風 が 吹 組 に よ る 捕 鯨 の 漁 村 で 、 浦 の 向 岸 寺 に は 鯨 の 胎 児 を き つ け て 海 は 荒 れ に 荒 れ 、 み ぞ れ や 雪 が 降 る 中 に じ 葬 っ た と い う 鯨 墓 が あ る 。 そ の 対 岸 の 仙 崎 港 は ノ ル っ と 春 を 待 っ 湊 江 の 町 や 村 々 で あ る 。 5 こ っ と い 松 岡 利 夫 ひ じ ゅ う 山 口 大 学 名 誉 教 授 ノ 30

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日 本 の 街 道 6 集 英 社 夢 誘 う 山 陽 山 陰 山 陽 道 吉 備 路 安 芸 路 出 雲 路 長 門 路

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( 杵 郷 戸 。 。 雲 社 出 ( 朝 山 郷 ) 松 江 出 山 陰 道 ( 屋 代 郷 ) 国 0 大 東 西 北 田 0 . ′ 一 ( 横 田 、 伯 耆 、 日 野 ー 次 郷 ) 多 伎 出 雲 国 庁 が 置 か れ て い た と こ ろ は 、 松 江 市 大 草 町 で 、 八 雲 立 っ 風 土 記 の 丘 セ ン タ ー の 近 く で あ る 。 国 く ろ だ の う ま や 庁 は 、 出 雲 国 府 ・ 意 宇 郡 家 ・ 意 宇 軍 団 ・ 黒 田 駅 の 四 機 関 を ふ く む 合 同 庁 舎 で あ り 、 近 く に は 出 雲 の 総 ろ く し ょ 社 で あ る 六 所 神 社 、 国 分 寺 、 国 分 尼 寺 も あ っ た 。 こ ま に し ま ひ が し き た に ま が れ る 紀 れ 形 大 の 国 庁 を 中 心 に 、 正 東 道 ・ 正 西 道 ・ 枉 北 道 ・ 正 世 ら 内 に る ひ つ じ さ る た つ み 4 み 畿 墳 み て 、 円 を 南 道 ・ 南 西 道 ・ 東 南 道 が 、 幹 線 道 路 と し て 設 け 雲 る 後 カ 墳 出 な 方 勢 ら れ て い た の で あ る 。 号 ら に 前 備 さ と ・ カ 、 つ 士 ロ 国 の 東 の 堺 よ り 西 に 去 く こ と 一 一 十 里 一 百 八 十 歩 本 葉 よ 墳 ・ 松 中 る 古 和 に し て 野 城 橋 に 至 る 。 長 さ 三 十 丈 七 尺 、 広 さ 一 一 丈 六 尺 あ り 。 飯 梨 河 な り 。 又 、 西 二 十 一 里 に し て じ ふ じ の ち ま た く に の ま つ り ご と ど の 国 庁 、 意 宇 郡 家 の 北 な る 十 字 街 に 至 り 、 即 ち 分 れ て 二 つ の 道 と な る 。 一 は 正 西 の 道 、 一 は 枉 北 道 な り 。 正 東 道 に つ い て 、 風 土 記 に は 以 上 の よ う に 記 し て あ る 。 あ さ 枉 北 道 は 、 国 庁 の あ る 十 字 街 か ら 北 に 向 か い 、 朝 お き く み の わ た し 酌 渡 を 渡 船 で 渡 り 、 島 根 郡 家 を 経 て 、 隠 岐 国 へ 行 ち く み く 千 酌 の 水 駅 に い た る 。 十 字 街 か ら 西 へ ゆ く 正 西 道 か ん ど し ん じ こ は 、 宍 道 湖 の 南 岸 を 通 っ て 玉 作 街 、 出 雲 郡 家 、 神 門 た き 郡 家 、 そ し て 多 伎 駅 を 経 て 石 見 国 へ 入 る 。 う ま や き ロ ご と に 駅 を 置 く こ 大 宝 令 で は 三 〇 里 翁 豐 六 沈 空 に 泉 え ん ぎ し き も 色 と を 定 め 、 『 延 喜 式 』 に は 「 出 雲 国 の 駅 馬 、 野 城 ・ ・ 昜 水 な 」 者 さ ゆ ふ た き 妙 く 道 「 と 精 ゅ の 黒 田 ・ 宍 道 ・ 狭 結 ・ 多 伎 ・ 千 酌 、 各 五 疋 あ り 」 と 記 る き て 国 め ~ れ 神 し て あ る 。 水 駅 の 千 酌 の ほ か は 、 い ず れ も 官 道 で あ 一 4 冫 い し ・ 、 、 ら 道 は 驚 め 雲 宍 み も 染 八 る 山 陰 道 に 設 け ら れ た 駅 で あ る 。 多 刀 久 屋 ( 多 禰 郷 ) ( 三 沢 郷 ) 尸 / 備 み な み い わ み っ え さ か あ し

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田 儀 の 町 並 み ー ー 出 雲 国 の 西 端 て 、 日 本 海 に 面 し た 国 境 の 町 。 古 代 に は 多 伎 郷 と 多 伎 駅 が あ っ た 。 こ 叡 を ま 第 ー 志 戸 坂 峠 旧 道 ー ー ー 畿 内 と 因 幡 国 を 結 ぶ 幹 道 て 、 智 頭 街 道 て 鳥 取 に 至 る 。 因 幡 国 司 に な っ た 大 伴 家 持 も 、 こ の 峠 を 越 え お お と も の や か も ち に い た 大 伴 家 持 は 、 山 陰 道 を 使 わ な い で 、 志 戸 坂 〃 峠 の 山 越 え の 道 を 利 用 し て 播 磨 国 へ ゆ き 、 山 陽 道 で 都 へ 上 っ た こ と が わ か っ て い る 。 『 播 磨 国 風 土 記 』 に は 、 因 幡 や 出 雲 の 人 の 通 行 に つ い て の 記 述 を 多 く み る こ と が で き る の で あ る 。 そ う す る と 、 出 雲 国 庁 か ら 山 陽 道 へ ゆ く 山 越 え の ほ う き 道 は ど う な る の で あ ろ う か 。 正 東 道 で 伯 耆 国 へ ゅ き 、 日 野 川 を さ か の ば る 江 戸 期 の 出 雲 街 道 ( 出 雲 往 来 ) が 、 ま ず 考 え ら れ る 。 後 醍 醐 天 皇 の 隠 岐 配 流 は こ の ル ー ト で あ っ た 。 し か し 古 代 で は 、 む し ろ 斐 伊 に た た か は し せ ん つ う ざ ん 川 を さ か の ば り 、 仁 多 郡 の 船 通 山 を 経 て 高 梁 川 ・ 旭 川 を 下 っ て 吉 備 国 に い た る ル ー ト で は な か っ た か と 思 わ れ る 。 出 雲 国 で の 吉 備 の 文 化 は 、 船 通 山 か ら 斐 伊 川 に 沿 い い し み と や っ て 北 進 し て い る 。 飯 石 郡 三 刀 屋 町 の 松 本 一 号 墳 や か ん ば ら 神 原 神 社 古 墳 は 、 吉 備 の 勢 力 を 象 徴 す る か た ち で 築 造 さ れ て お り 、 能 義 郡 の 西 比 田 に あ る 一 宮 明 神 や 飯 た く わ 石 郡 粟 谷 の 吉 備 津 明 神 、 多 久 和 の 託 和 社 、 上 山 の 吉 き び つ ひ こ の み こ と 志 戸 坂 峠 を 越 え て 都 へ 備 津 明 神 な ど に は 、 吉 備 津 彦 命 が 祭 神 に 祀 ら れ て 官 道 の 山 陰 道 で あ る か ら と い っ て 、 と く に 整 備 さ こ の で あ っ こ 享 保 一 一 年 〈 一 七 ) 。 し オ オ 一 七 〉 『 雲 陽 誌 』 れ て い た わ け で は な い 。 宍 道 湖 南 岸 を 通 る 玉 作 街 へ そ う す る と 、 風 土 記 に あ る 正 南 道 が 山 越 え の 道 と た い ら の 道 路 で も 、 「 或 は 峻 崛 し く 、 或 は 平 土 に し て 、 並 し て 重 要 に な る 。 正 南 道 は 、 玉 作 街 で 正 西 道 よ り 分 か よ い じ か れ て 大 原 郡 家 に い た る 。 こ こ で 飯 石 郡 へ の 南 西 道 び に 是 、 通 道 の 経 る と こ ろ な り 」 で あ っ た 。 そ れ だ よ ど の つ か い に た け に 、 国 司 や 四 度 使 ( 地 告 す る た が の 四 を の 0 が 、 都 に 往 と 、 仁 多 郡 へ の 東 南 道 と に 分 か れ る 。 東 南 道 は 、 仁 あ し び え 来 す る の に 官 道 を 利 用 し た か ど う か は 疑 問 で あ る 。 多 郡 家 で 分 岐 し 、 伯 耆 の 国 境 に あ る 阿 志 砒 縁 山 ( 阿 出 雲 国 に つ い て の 記 録 は み ら れ な い が 、 因 幡 国 府 毘 縁 山 ) に 通 じ る 東 道 と 、 備 後 の 国 境 に あ る 遊 託 山 ッ 諸 ッ プ