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検索対象: 日本の街道 4 山なみ遙か歴史の道

日本の街道 4 山なみ遙か歴史の道から 164件ヒットしました。

日本の街道 4 山なみ遙か歴史の道


日 本 の 彳 野 道 ー ー ー 全 8 巻 ( 書 名 と 責 任 編 集 者 ) 第 1 巻 風 か け る み ち の く 仲 野 東 北 大 、 / ロ 学 教 授 渡 辺 信 夫 奥 州 街 道 羽 州 街 道 会 津 街 道 浜 街 道 学 習 学 児 玉 幸 多 第 2 巻 江 戸 へ の 道 東 海 道 日 光 道 甲 州 路 水 戸 ・ 佐 倉 道 大 山 道 第 3 巻 雪 の 国 北 陸 粤 木 下 良 北 国 路 越 後 路 能 登 路 三 国 街 道 千 国 街 道 ・ 第 4 巻 山 な み 遙 か 歴 史 の 道 林 英 夫 信 濃 路 木 曾 路 伊 那 路 美 濃 路 飛 騨 路 〇 第 5 巻 京 へ の 道 矗 原 田 伴 彦 ( 56 年 4 月 刊 行 ) 若 狭 路 近 江 路 丹 波 路 大 和 路 伊 勢 路 紀 月 ヨ 路 第 6 巻 夢 誘 う 山 陽 山 陰 大 響 夏 谷 口 澄 夫 山 陽 道 吉 備 路 安 芸 路 出 雲 路 長 門 路 第 7 巻 海 光 る 瀬 戸 内 ・ 四 国 高 知 大 学 山 本 大 名 誉 教 授 遍 路 道 金 毘 羅 参 詣 道 土 佐 路 瀬 戸 内 の 海 路 第 8 巻 日 燃 ゆ る 九 り 料 九 州 大 学 助 教 授 丸 山 雍 成 筑 紫 路 日 向 路 薩 摩 路 長 崎 路 唐 津 街 道 ・ 印 既 刊 / 〇 印 は 次 回 配 本 著 者 代 表 ー ー 林 英 夫 編 集 者 ー ・ ・ 、 。 - ー ー 株 式 会 社 日 本 ア ー ト ・ セ ン タ ー 東 京 都 千 代 田 区 神 田 神 保 町 一 ー 二 五 電 話 ー 東 ~ 示 ・ 2 9 4 ・ 3 8 91 郵 便 番 号 101 発 行 者 ー ー ー 堀 内 末 男 発 行 所 株 式 会 社 隹 木 英 社 東 京 都 千 代 田 区 一 ッ 橋 二 ー 五 ー 一 〇 電 話 ー 販 売 部 東 京 ・ 2 3 8 ・ 2 7 81 出 版 部 東 京 ・ 2 3 0 ・ 6 3 81 郵 便 番 号 101 印 刷 所 。 ー ・ 。 。 ・ 。 ー 共 同 印 刷 株 式 会 社 製 本 所 中 央 精 版 印 刷 株 式 会 社 製 本 に は 十 分 注 意 し て い ま す が 、 落 丁 ・ 乱 丁 の 際 は お と り か え い た し ま す ◎ 集 英 社 Printed 三 Japan 日 本 の 街 道 4 山 な み 遙 か 歴 史 の 道 昭 和 五 十 六 年 二 月 八 日 第 一 刷 発 行 昭 和 五 十 六 年 二 月 二 十 一 日 第 三 刷 発 行 03 幻 ー ロ 6004 ー 30

日本の街道 4 山なみ遙か歴史の道


善 光 寺 街 道 の 宿 宮 川 清 治 浄 土 へ の 熱 い 本 し 小 路 健 旅 籠 の 格 子 の 陰 に ー ー ・ 木 曾 路 の 宿 木 曾 の 山 と ナ カ ノ リ さ ん 生 駒 勘 七 峠 を 越 え た 娘 た ち ー ー 出 稼 ぎ の み ち 野 支 街 道 上 條 宏 之 0 カ ラ ー ・ 伊 那 路 / 三 州 路 の 祭 り 0 木 の 国 め ぐ る 中 馬 の 道 ・ ー ー ー 伊 那 街 道 吉 永 昭 三 州 路 の 民 俗 谷 川 健 一 里 人 の 苦 楽 を 刻 む 路 傍 の 碑 ー ー 知 多 路 に 流 れ る 御 詠 歌 ー ー 新 四 国 巡 礼 の 道 河 合 克 巳 窯 煙 一 千 年 ー ー " 瀬 戸 も の あ ふ る さ と 出 川 直 樹 カ ラ ー ・ 飛 騨 路 / 飛 騨 高 山 の 祭 り / 関 ヶ 原 の 戦 信 長 ・ 秀 吉 ・ 家 康 : 武 将 た ち の 遺 し た も の 林 英 夫 日 の 流 れ に 暮 ら し を か け て 高 牧 實 東 海 道 の 船 み ち ・ 海 上 七 里 川 合 彦 充 匠 た ち と 合 掌 づ く り ー ー ・ 飛 騨 の 文 化 と 風 土 葛 谷 鮎 彦 飛 騨 路 の 荷 背 負 人 ″ ポ ッ カ 〃 稼 業 吉 岡 勲 ネ に 祈 り 祭 り を 踊 る ー ー ー 郡 上 街 道 の 人 び と 道 下 淳 152 147 160 104 129 124 13 6 164 154 1 19 1 12

日本の街道 4 山なみ遙か歴史の道


善 光 寺 街 道 の 宿 宮 川 清 治 浄 土 へ の 熱 い 本 し 小 路 健 旅 籠 の 格 子 の 陰 に ー ー ・ 木 曾 路 の 宿 木 曾 の 山 と ナ カ ノ リ さ ん 生 駒 勘 七 峠 を 越 え た 娘 た ち ー ー 出 稼 ぎ の み ち 野 支 街 道 上 條 宏 之 0 カ ラ ー ・ 伊 那 路 / 三 州 路 の 祭 り 0 木 の 国 め ぐ る 中 馬 の 道 ・ ー ー ー 伊 那 街 道 吉 永 昭 三 州 路 の 民 俗 谷 川 健 一 里 人 の 苦 楽 を 刻 む 路 傍 の 碑 ー ー 知 多 路 に 流 れ る 御 詠 歌 ー ー 新 四 国 巡 礼 の 道 河 合 克 巳 窯 煙 一 千 年 ー ー " 瀬 戸 も の あ ふ る さ と 出 川 直 樹 カ ラ ー ・ 飛 騨 路 / 飛 騨 高 山 の 祭 り / 関 ヶ 原 の 戦 信 長 ・ 秀 吉 ・ 家 康 : 武 将 た ち の 遺 し た も の 林 英 夫 日 の 流 れ に 暮 ら し を か け て 高 牧 實 東 海 道 の 船 み ち ・ 海 上 七 里 川 合 彦 充 匠 た ち と 合 掌 づ く り ー ー ・ 飛 騨 の 文 化 と 風 土 葛 谷 鮎 彦 飛 騨 路 の 荷 背 負 人 ″ ポ ッ カ 〃 稼 業 吉 岡 勲 ネ に 祈 り 祭 り を 踊 る ー ー ー 郡 上 街 道 の 人 び と 道 下 淳 152 147 160 104 129 124 13 6 164 154 1 19 1 12

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郡 上 踊 り 田 丁 の 辻 々 て 老 若 男 女 を 問 わ ず 踊 り の 輪 を 囃 子 ( は や し ) 屋 台 を 中 に く り ひ ろ げ 、 夜 を 徹 し て 哀 調 を こ め た 唄 が 流 れ る 。 申 に 祈 り 外 り を 踊 る 道 下 淳 岐 阜 日 日 新 聞 社 郡 上 街 道 の 人 び と ぐ じ よ う ひ だ 長 良 川 の 上 流 に ひ ろ が る 郡 上 地 方 は 、 美 濃 で も を 経 て 高 山 市 に 出 る 街 道 で 、 飛 騨 街 道 と も い う 。 こ の う ち 岐 阜 市 か ら 八 幡 町 ま で は 、 ほ ば 国 道 一 五 六 号 や や 趣 が 違 っ て い る 。 周 囲 を 山 で か こ ま れ 閉 鎖 的 な 、 、 、 、 土 地 柄 で あ る こ と や 、 江 戸 時 代 を 通 じ 郡 上 藩 が ほ ば 線 と 重 な り 、 長 良 川 沿 〔 を 走 る た め 、 沿 道 の 景 色 が 郡 上 一 郡 を 治 め て い た こ と な ど が 、 特 異 な 風 土 を 育 見 も の で あ る 。 し ろ と り て た の で は な い だ ろ う か 。 郡 上 街 道 の う ち 、 八 幡 町 と 白 鳥 町 を 結 ぶ の は 上 保 し よ う し ら か わ 街 道 。 さ ら に 北 上 し て 、 飛 騨 の 荘 白 川 地 方 に 入 る 日 本 列 島 に ま だ 統 一 国 家 が 誕 生 し て い な か っ た こ あ ぶ ら さ か ろ 、 美 濃 の 中 央 部 、 長 良 川 の 中 流 上 流 地 域 に 牟 義 都 の が 白 川 街 道 。 ま た 、 白 鳥 町 か ら 油 坂 峠 を 経 由 、 と し ろ や ま と え ち ぜ ん 国 と 呼 ぶ 地 方 国 家 が あ っ た 。 や が て 大 和 朝 廷 の 支 配 石 徹 白 方 面 に 出 る の が 越 前 街 道 で あ る 。 以 上 の 街 道 下 に 組 み 込 ま れ 武 儀 郡 と な る が 、 郡 の 北 、 つ ま り 長 の う ち 、 遠 い 昔 か ら 郡 上 を 支 え て き た の が 白 川 、 越 良 川 上 流 地 方 を 分 離 し て 、 郡 上 郡 と 呼 ぶ よ う に な っ 前 街 道 で あ り 、 上 保 街 道 、 そ れ に 八 幡 町 以 南 の 郡 上 た 。 武 儀 郡 か ら 分 か れ た の は 斉 衡 一 一 年 五 ) と さ れ 街 道 と い え る 。 こ れ ら の 街 道 は 信 仰 の 道 で も あ り 、 は く さ ん 白 山 へ 登 る 信 者 た ち に よ っ て 踏 み 固 め ら れ 、 発 展 し ぶ ん め い 信 仰 の み ち 郡 上 街 道 上 保 街 道 沿 い に あ っ た 大 和 村 、 尊 星 王 院 の 文 明 四 し よ う め い 郡 上 郡 は 長 良 川 の 本 ・ 支 流 沿 い の 道 を 中 心 に 開 け 年 四 ) の 鐘 銘 ( 刊 本 ) に よ る と 、 当 時 、 す で に 白 じ よ う も ん や よ い た 。 そ の 流 域 地 方 に は 繩 文 、 弥 生 時 代 の 遺 跡 も 多 山 参 拝 者 た ち の 多 か っ た こ と が わ か る 。 さ ら に 戦 国 く 、 ま た 珍 し い 六 世 紀 の 七 鈴 鏡 も 最 上 流 部 の 大 和 村 時 代 に は 、 白 山 参 拝 者 を 対 象 に し た 関 所 が 設 け ら さ か の ぼ か ら 出 土 し て い る 。 畿 内 の 文 化 は 、 川 沿 い に 溯 つ れ 、 通 行 税 を 徴 収 し て お り 、 山 深 い 郡 上 の 街 道 に 、 て き た わ け で あ る 。 現 在 、 一 般 に 郡 上 街 道 と 呼 ば れ 関 銭 を と る ほ ど 通 行 人 が あ っ た こ と を 物 語 る 。 は ち ま ん こ れ ら の 街 道 は 、 山 を 削 る な ど し て 現 在 は 平 坦 部 る の は 岐 阜 市 か ら 八 幡 町 、 郡 上 ・ 大 野 郡 境 の 坂 本 峠 な が ら が わ さ い こ う み の か み の ほ ノ 6 イ

日本の街道 4 山なみ遙か歴史の道


日 本 の 街 道 4 集 英 社 山 な み 遙 か 歴 史 の 道 信 濃 路 木 曾 路 伊 那 路 美 濃 路 飛 騨 路

日本の街道 4 山なみ遙か歴史の道


カ ラ ー ・ 信 濃 の う た 0 カ ラ ー ・ 随 想 歳 月 堀 多 恵 子 中 山 道 井 出 孫 六 0 街 道 小 史 山 峡 の み ち 中 山 道 林 英 夫 街 道 地 図 仲 野 浩 0 カ ラ ー ・ 中 山 道 信 濃 路 / 善 光 寺 へ の 道 / 善 光 寺 / 中 山 道 木 曾 路 0 武 人 興 亡 夢 の あ と ー ー 信 濃 の 古 城 を め ぐ る 江 崎 俊 平 富 岡 邦 子 光 と 風 の 道 し る べ ー ー 、 信 濃 路 の 宿 場 と 人 び と フ ォ ト グ ラ フ 信 濃 の 石 仏 大 護 八 郎 目 次 0 60 46

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カ ラ ー ・ 信 濃 の う た 0 カ ラ ー ・ 随 想 歳 月 堀 多 恵 子 中 山 道 井 出 孫 六 0 街 道 小 史 山 峡 の み ち 中 山 道 林 英 夫 街 道 地 図 仲 野 浩 0 カ ラ ー ・ 中 山 道 信 濃 路 / 善 光 寺 へ の 道 / 善 光 寺 / 中 山 道 木 曾 路 0 武 人 興 亡 夢 の あ と ー ー 信 濃 の 古 城 を め ぐ る 江 崎 俊 平 富 岡 邦 子 光 と 風 の 道 し る べ ー ー 、 信 濃 路 の 宿 場 と 人 び と フ ォ ト グ ラ フ 信 濃 の 石 仏 大 護 八 郎 目 次 0 60 46

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中 馬 と 馬 方 一 一 一 キ セ ル を 口 に く わ え 、 腰 に 沓 切 り 鎌 を 持 ち 、 胸 あ て を つ け た 馬 方 の 風 俗 て あ る ( 昭 和 6 年 ) 。 1 7 は 馬 数 お よ び 中 馬 荷 物 の 送 り 先 な ど を 報 告 さ せ て い め い わ る 。 そ し て 、 明 和 元 年 (*l,\) 十 二 月 、 膨 大 な 内 容 の 裁 許 状 が 下 付 さ れ た 。 こ れ が 中 馬 慣 行 を 決 定 づ け た 有 名 な 明 和 の 裁 許 で あ る 。 こ の 内 容 は 、 中 馬 の 活 動 す る 範 囲 が 伊 那 街 道 だ け で な く 甲 州 街 道 お よ び 北 国 街 道 な ど 、 信 州 を 通 過 す る 各 街 道 に 及 ぶ こ と 、 各 街 道 ご と に 中 馬 の 扱 う 商 品 を 定 め 、 そ れ 以 外 は 宿 場 の 宿 継 と し て 両 者 を 分 離 す る こ と 、 た だ 伊 那 街 道 に つ い て は 駄 数 に よ る こ と 、 改 め て 中 馬 村 々 お よ び そ の 村 で の 中 馬 数 を 決 定 す る こ と な ど と な っ て お り 、 こ の 裁 許 に よ っ て 中 馬 は 幕 府 公 認 の 輸 送 機 関 と な っ た の で あ る 。 ま た 、 こ の 裁 許 状 に よ る と 、 中 馬 を 認 め ら れ た あ ず み ち く ま ち い さ 村 々 は 伊 那 郡 を は じ め と し て 諏 訪 ・ 安 曇 ・ ・ 筑 摩 ・ は に し な さ ら し な が た 県 ・ 高 井 ・ 埴 科 ・ 更 科 の 八 郡 、 村 数 計 七 七 九 カ 村 、 中 馬 総 数 一 万 八 七 六 八 匹 で あ っ た 。 こ の 中 で 中 馬 数 の 最 も 多 い の は 伊 那 郡 で 総 数 七 八 四 九 匹 ( 一 村 平 均 四 八 匹 ) 、 つ い で 諏 訪 郡 の 四 六 八 〇 匹 、 安 曇 郡 の 三 一 七 八 匹 、 筑 摩 郡 の 二 五 二 五 匹 と つ づ き 、 他 は 小 県 郡 三 一 一 一 匹 、 高 井 郡 八 一 匹 、 埴 科 郡 七 六 匹 、 更 科 郡 い と い が わ 五 八 匹 と 少 な い 。 糸 魚 川 街 道 か ら 伊 那 街 道 に か け て が 中 馬 村 お よ び 中 馬 数 が 多 く 、 な か で も 伊 那 郡 は そ の 中 心 で あ っ た 。 な お 、 こ の 伊 那 郡 で は 中 馬 と 宿 場 は そ れ ぞ れ 扱 う 駄 数 量 が 定 め ら れ て 両 者 の 共 存 が は か ら れ た が 、 そ の 内 容 は 飯 田 か ら 松 本 へ の 出 荷 物 は 総 計 九 六 〇 〇 駄 余 、 う ち 六 〇 〇 駄 が 宿 継 で 他 は 中 馬 ほ っ こ く 馬 と 人 の 暮 ら し 中 馬 の 馬 方 は 「 馬 追 い 」 と 呼 ば れ て 一 人 で 三 、 四 頭 、 多 い と き は 八 、 九 頭 の 馬 を 追 っ て は 荷 物 を 運 ん だ 。 明 和 の 裁 許 で は 一 人 で 馬 四 頭 と な っ て い る の で 、 こ れ が 一 般 で あ っ た 。 も も ひ き か れ ら は 菅 笠 を か ぶ り 、 丈 の 短 い 着 物 に 股 引 ば き 、 て つ こ う き や は ん 手 甲 を 付 け 、 脚 絆 を 付 け て 胸 当 て を か け 、 冬 に は ま わ か つ ば あ ぶ し 合 羽 を 着 て い た 。 馬 に は 虻 を 払 う た め に ク ビ カ ケ 、 サ ン ド カ ケ 、 家 の 紋 を 染 め 抜 い た 腹 が け を 付 け 、 鈴 を 鳴 ら し て 歩 い た 。 金 回 り が よ い の で 派 手 で 粋 な 服 装 で あ 「 た と い う 。 一 日 の 行 程 が 約 八 里 ( 約 三 二 キ 。 ) 、 宿 を 利 用 し て は 荷 物 の 付 け 通 し を お こ な っ た が 、 一 頭 に 二 八 貫 か ら 三 〇 貫 ほ ど の 荷 物 を 付 け て い る の で 、 山 坂 の 多 い 道 中 は 大 変 で あ っ た 。 荷 が か し ぐ こ と が な い く っ か 、 馬 の 沓 の よ う す は ど う か 、 馬 が こ ろ ん で 谷 底 に 落 ち る こ と も あ る の で 馬 か ら 寸 時 も 目 が は な せ な か っ た 。 し か し 、 仕 事 が 終 わ っ て 帰 宅 す る と き は 仲 間 と と き に は 「 チ ョ ポ イ チ 」 と い わ れ る 賭 を や り な が ら 、 ま た 追 分 を 唄 い な が ら 歩 く 。 馬 の 手 綱 を 曳 か な く て も 馬 は 道 を よ く 知 っ て い た 。 家 で は 妻 が 昼 か ら 大 豆 を 煮 た り 、 切 藁 を 作 っ て 亭 主 の 帰 り を 待 つ 。 帰 宅 す る と 馬 具 を は ず し て 「 ス ソ タ ラ た ら い ヒ 」 と 呼 ば れ る 大 き な 盥 に 湯 を 入 れ て 馬 の 脚 を 洗 う 。 と く に 前 脚 の 付 け 根 の と こ ろ を 洗 っ て や る と 馬 が 喜 ん だ と い う 。 そ し て 、 大 豆 の 煮 汁 や 米 の と ぎ 汁 、 大 豆 、 藁 、 干 草 な ど の 飼 料 を 与 え て 馬 を 休 養 さ せ る 。 男 は 夜 わ ら じ に 松 根 の あ か し を 燃 や し て 草 鞋 や 馬 の 沓 を 作 っ た 。 馬 の 沓 を 一 日 に 十 足 作 れ ば 一 人 前 と い わ れ て い た 。 た け か け 708

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よ 、 つ し よ う 場 合 も あ る か ら 、 こ の 宿 は 、 中 山 道 の 要 衝 の 一 つ お ん ば し ら ま つ り で あ っ た 。 こ の 宿 は 、 湯 の 町 で も あ り 、 元 祿 三 年 諏 訪 大 社 の 御 柱 祭 は 、 十 二 支 の 寅 ・ 申 の 年 つ ま 九 〇 ) に 温 泉 旅 館 が 初 め て で き た と い う か ら 、 湯 治 り 六 年 ご と に 行 わ れ る が 、 神 木 を 山 か ら 挽 き 出 し て 客 で も に ぎ わ っ た 宿 で あ る 。 ま た 諏 訪 大 社 下 社 の 所 社 殿 に 建 て る ま で の 祭 事 で 、 お よ そ 一 カ 月 に わ た っ 在 地 と し て 、 古 く か ら 栄 え た 町 で も あ っ た 。 た 。 そ の 費 用 と 労 力 は 、 か っ て 信 濃 全 域 か ら 集 め ら て ん ぼ う け い あ ん 『 五 街 道 大 概 帳 』 に よ る と 、 天 保 十 四 年 (KI) ノ に れ た が 、 慶 安 元 年 (k) 徳 川 幕 府 は 上 社 に 一 千 石 、 は 、 本 陣 ・ 脇 本 陣 各 一 軒 、 旅 籠 屋 四 〇 軒 が あ っ た 。 下 社 に 五 百 石 を 社 領 と し て 寄 進 し 、 社 の 祭 礼 は 諏 訪 宿 場 の は ず れ に 諏 訪 大 社 の 下 社 春 宮 が あ る 。 諏 訪 藩 が 行 う こ と と し た 。 い ち み や 大 社 は 信 濃 国 一 の 宮 で 、 創 建 は 古 く 『 続 日 本 紀 』 諏 訪 大 社 下 社 の 秋 宮 に 近 く に 、 「 甲 州 道 中 終 点 、 ( 誕 年 ) に 、 「 竜 田 風 神 、 信 濃 須 波 、 水 内 等 の 神 右 江 戸 へ 五 十 三 里 十 一 丁 」 の 石 標 が 建 っ て い る 。 そ ぶ ん き ゅ う を 祭 ら し む 」 と あ る の が 正 史 の 初 見 で あ る 。 の 石 標 の 傍 ら が 本 陣 の 跡 ( 響 屋 ) で 文 久 の こ ろ ( 八 そ し て 、 諏 訪 湖 を は さ ん で 上 社 ・ 下 社 に 分 か れ 、 ) と い わ れ る 門 が 残 っ て い る の み で あ る 。 た て み な か た 上 社 の 本 宮 に は 狩 猟 神 建 御 名 方 神 、 前 宮 に は そ の 后 こ の 本 陣 の 裏 の ほ う に 綿 の 湯 と よ ば れ る 湯 元 が あ た ん か や さ か と め 神 で 農 耕 神 の 八 坂 刀 売 神 が 、 下 社 に は 両 神 が 祀 ら る ほ か 、 児 湯 ・ 旦 過 湯 と よ ぶ 元 湯 口 が あ る 。 湯 を 各 ま ん え ん れ 、 住 民 の 氏 神 と し て 信 仰 を 集 め た 。 旅 籠 屋 が 引 い て 内 湯 と し た の は 万 延 二 年 (*l<ä ) か ら 中 世 の こ ろ は 、 諏 訪 明 神 は 軍 の 神 と さ れ 、 鎌 倉 幕 の こ と で 、 そ れ ま で は 、 こ の 三 湯 が 共 同 湯 と し て 使 府 の 援 護 を 受 け て 全 国 的 に 末 社 が ひ ろ が り 、 信 濃 だ わ れ た の で あ る 。 け で 一 千 余 社 、 全 国 で は 五 千 四 百 余 社 に 及 ん だ と い 下 諏 訪 の 湯 泉 街 は 、 か っ て 宿 場 の 町 で 、 な お 、 名 残 を と ど め て い る 部 分 も あ る 。 い ま の 下 諏 訪 は 、 精 密 工 業 の 町 、 そ の 前 は 製 糸 、 メ リ ャ ス 、 さ ら に は 諏 訪 湖 に よ る ス ケ ー ト の 町 で も あ っ た 。 し か し 、 明 治 以 来 の 変 転 の な か で も こ の 温 泉 の 街 は 、 ネ オ ン や キ る ン キ ラ の 装 飾 も あ ま り な く 、 湯 の 町 に し て は 珍 し く 落 ち 着 い た た た ず ま い は 、 か っ て の 中 山 道 の 街 で あ と っ た 長 い 伝 統 が 暮 ら し の 中 で 生 き て い る せ い で あ ろ っ カ 御 柱 祭 ー ー ー 諏 訪 大 社 の 6 年 に - 度 の 祭 り 。 17 メ ー ト ル の 木 を 人 力 て 運 び 境 内 に 立 て る 壮 烈 な 熱 気 に あ ふ れ る 祭 り て あ る 。 と ら さ る

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麻 績 宿 本 陣 ー ー 別 荘 地 に 変 豸 皃 し つ つ あ る 町 に 古 い 塀 と 門 に 示 さ れ る 格 式 の あ る 屋 敷 構 が 、 美 し く 調 和 し て い る 。 篠 ノ 井 追 分 一 一 一 一 北 国 街 道 と の 合 流 点 て 、 善 光 寺 へ は 右 の 道 を と る 。 国 道 か ら は ず れ た 町 並 み に 時 代 を 感 じ さ せ る 。 阿 彌 陀 如 来 や 室 町 時 代 の 懸 仏 、 武 田 信 玄 の 制 札 が あ り 、 信 濃 三 十 三 番 の 第 一 番 札 所 と な っ て い る 。 麻 績 城 も 武 田 と 上 杉 、 / 笠 原 と 上 杉 が 幾 度 も 攻 防 戦 を し た 所 で 、 居 館 と と も に 県 史 跡 で あ る 。 麻 績 氏 は 上 杉 か い ぜ ん に よ り 滅 ば さ れ 、 海 善 寺 に 五 輪 の 墓 が あ る 。 本 陣 二 軒 は 旧 態 を 残 し 、 う だ つ の あ る 家 も 見 え る 。 本 町 の 端 に は 番 所 跡 が あ り 、 中 学 校 旧 体 育 館 の 角 に は 「 右 う ゑ だ 道 、 左 せ ん か う 寺 」 の 道 標 が あ っ ひ じ り た が 、 聖 博 物 館 へ 移 さ れ て い る 。 麻 績 神 明 宮 は 平 安 末 期 に 勧 請 さ れ 、 こ こ か ら は 麻 績 川 で と れ た 鮭 を 伊 勢 へ 神 貢 し て い る 。 鮭 は 昭 和 初 年 ま で と れ た と い 猿 ガ 馬 場 峠 市 野 川 の 集 落 を 出 る と 、 旧 道 に 遊 歩 道 が で き て 、 案 内 板 も 立 つ 。 石 畳 の 道 を 登 る と 弘 法 清 水 の お 仙 の 茶 屋 跡 に つ く 。 善 光 寺 の 寺 侍 と の 間 に 生 ま れ た 悲 恋 物 語 は バ ン バ 節 の 中 で も 歌 わ れ て い る 。 清 水 の 傍 ら に は 芭 蕉 の 句 碑 や 地 蔵 、 念 仏 供 養 塔 な ど が あ る 。 さ ひ じ り ら に 杉 林 を 登 り つ め る と 峠 湖 で あ る 聖 湖 畔 に 出 る 。 こ こ は 昭 和 三 十 八 年 以 来 、 聖 高 原 別 荘 地 帯 と し て 開 発 さ れ 、 ス キ ー 、 ス ケ ー ト 、 ポ ー ト 、 キ ャ ン プ な ど で に ぎ わ い 、 食 堂 、 宿 舎 、 博 物 館 、 航 空 資 料 館 も あ る 。 旧 道 は 湖 の 左 上 を 行 く が 、 道 端 の 六 地 蔵 は 博 物 館 へ 移 さ な に わ れ て い る 。 峠 の 茶 屋 跡 の 下 に は 川 島 浪 速 書 の 「 北 国 西 街 道 改 鑿 記 念 碑 」 が あ る 。 川 島 翁 は 昭 和 八 年 に こ の 高 原 に 山 荘 を 建 て 、 軍 部 が 次 第 に 中 国 北 東 部 に 侵 略 す る こ と を 憂 う 志 士 が 集 ま っ た 。 峠 か ら 旧 道 を し ば ら く 下 や わ た る と 馬 塚 、 念 仏 石 が あ り 、 明 治 中 期 ま で は こ こ が 八 幡 村 と の 境 で あ っ た が 争 い が お き 、 峠 を 村 境 郡 境 と 定 め せ せ ん い ち の 善 光 寺 の 本 尊 あ み だ に よ ら い 善 光 寺 の 本 尊 は 善 光 寺 仏 と 呼 ば れ る 阿 彌 陀 如 来 三 尊 で あ る と い わ れ る が 、 昔 か ら 誰 も 拝 ん だ 人 は い な い 。 重 要 文 化 財 の 前 立 本 尊 は 御 開 帳 の と き だ け 拝 さ れ る 。 縁 起 に よ る と 、 昔 イ ン ド に 月 蓋 長 者 と い う 不 信 仰 の 大 金 持 ち が い て 、 一 人 娘 が 重 病 に か か り 医 者 に も 見 放 さ れ た が 阿 彌 陀 さ ま に 救 い を 受 け た 。 長 者 は 仏 恩 に 感 じ て 阿 彌 陀 如 来 を 鋳 造 し て た え ず 礼 拝 し た 。 や が て 如 く だ ら 来 は 百 済 に 移 り 、 さ ら に お 告 げ に よ り 日 本 の 欽 明 天 皇 の と こ ろ へ 送 ら れ た 。 天 皇 は 群 臣 た ち に 崇 仏 の 可 否 を も の の べ 相 談 し た と こ ろ 、 物 部 氏 は 反 対 し た が 蘇 我 氏 は 賛 成 し 自 宅 に 安 置 し た 。 間 も な く 国 中 に 悪 病 が 流 行 し た の で 、 物 部 氏 は 、 そ れ は き っ と 外 国 の 神 を 拝 ん だ か ら で な に わ あ る と し て 蘇 我 氏 の 屋 敷 を 焼 き 討 ち に し 、 如 来 を 難 波 の 堀 へ 投 げ 捨 て て し ま っ た 。 ほ ん だ よ し み つ 何 年 か し て 信 濃 国 の 本 田 善 光 と い う 人 が 所 用 で 都 へ 行 き 、 帰 り に 難 波 の 堀 近 く を 通 る と 、 「 善 光 、 善 光 」 と 呼 ぶ 声 が し た の で 、 不 思 議 に 思 っ て 立 ち 止 ま る と 、 水 の 中 か ら 如 来 が 飛 び 出 し て 善 光 の 背 中 に と び 乗 っ う す た 。 善 光 は 故 郷 の 伊 那 へ 如 来 を 運 ん で 、 自 分 の 家 の 臼 の 上 に 安 置 し た ( 今 の 飯 田 市 ) 。 み の ち そ の う ち に 如 来 が 夢 枕 に 立 ち 、 水 内 郡 芋 井 の 郷 へ 移 ひ さ し り た い と い う の で 、 今 の 長 野 の 地 へ 移 っ て 家 の 西 の 庇 の 間 に 安 置 し て お い た 。 や が て 地 獄 へ 落 ち 苦 し ん で い た 皇 極 天 皇 が 、 善 光 と 如 来 の お か げ で 生 き か え る こ と か が で き た の で 、 善 光 を 甲 斐 の 守 に 任 じ 、 仏 恩 に 感 謝 し て 立 派 な 如 来 堂 を 建 て 、 寺 の 名 を 善 光 寺 と つ け た と い 縁 起 に は こ の ほ か に も 諸 説 が あ る が っ か い 6