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検索対象: 日本の街道 8 日燃ゆる九州

日本の街道 8 日燃ゆる九州から 166件ヒットしました。

日本の街道 8 日燃ゆる九州


日 本 の 彳 圭 矜 首 ー ー ー ー 全 8 巻 ( 書 名 と 責 任 編 集 者 ) ・ 印 は 既 刊 / 〇 印 は 次 回 配 本 〇 第 1 巻 風 か け る み ち の く 仲 野 / ロ 学 教 授 渡 辺 信 夫 ー ー - ( 7 月 刊 行 ) 奧 州 街 道 羽 州 街 道 会 津 街 道 浜 街 道 学 習 院 児 玉 幸 多 ・ 第 2 巻 江 尸 へ の 道 東 海 道 日 光 道 甲 州 路 水 戸 ・ 佐 倉 道 大 山 道 第 3 巻 雪 の 国 北 陸 粤 喆 木 下 良 北 国 路 越 後 路 能 登 路 三 国 街 道 千 国 街 道 ・ 第 4 巻 山 な み 遙 か 歴 史 の 道 林 英 夫 信 濃 路 木 曾 路 伊 那 路 美 濃 路 飛 騨 路 大 阪 市 立 大 ・ 第 5 巻 京 へ の 道 原 田 伴 彦 学 名 誉 教 授 ′ 、 若 狭 路 近 江 路 丹 波 路 大 和 路 伊 勢 路 紀 州 路 第 6 巻 夢 誘 う 山 陽 山 陰 谷 口 澄 夫 山 陽 路 吉 備 路 安 芸 路 出 雲 路 長 門 路 第 7 巻 海 光 る 瀬 戸 内 ・ 四 国 山 本 大 遍 路 道 金 毘 羅 参 詣 道 土 佐 路 瀬 戸 内 の 海 路 九 州 大 学 ・ 第 8 巻 日 燃 ゆ る 九 州 助 教 授 丸 山 雍 成 筑 紫 路 日 向 路 薩 摩 路 長 崎 路 唐 津 街 道 著 者 代 表 ー ー 丸 山 雍 成 編 集 者 ー ー ー 株 式 会 社 日 本 ア ー ト ・ セ ン タ ー 東 京 都 千 代 田 区 神 田 神 保 町 一 ー 一 一 五 電 話 ー 東 京 ・ 2 9 4 ・ 3 8 91 郵 便 番 号 101 発 行 者 ー 、 ー 堀 内 末 男 発 行 所 ー ー ー 株 式 会 社 集 英 社 東 京 都 千 代 田 区 一 ッ 橋 一 一 ー 五 ー 一 〇 電 話 ー 販 売 部 東 京 ・ 2 3 8 ・ 2 7 81 出 版 部 東 京 ・ 2 3 8 ・ 2 8 31 郵 便 番 号 101 印 刷 所 ー ー ー 共 同 印 刷 株 式 会 社 製 本 所 。 ー ー ー 中 央 精 版 印 刷 株 式 会 社 製 本 に は 十 分 注 意 し て い ま す が 、 落 丁 ・ 乱 丁 の 際 は お と り か え ◎ 集 英 社 Printed in Japan 日 本 の 街 道 8 日 燃 ゆ る 九 州 昭 和 五 十 六 年 六 月 二 十 一 日 第 一 刷 発 行 032 ト 卩 繝 8 ー

日本の街道 8 日燃ゆる九州


名 護 屋 城 か ら 『 葉 隠 』 の 里 ヘ ー ー 玄 海 の 島 々 と 唐 津 ・ 佐 賀 キ リ シ タ ン 文 化 と 東 西 貝 易 ー ー ー ・ ・ 港 町 ・ 平 戸 と 長 崎 中 村 質 西 海 道 の 豪 商 た ち ー ー 富 へ の 精 神 と 商 法 武 野 要 子 大 陸 へ の 懸 け 橋 ・ 対 馬 の 道 長 正 統 カ ラ ー ・ 豊 後 / 豊 後 の 石 仏 / 日 向 伝 説 を は ら む 古 寺 し 石 仏 ー ー 国 東 ・ 臼 杵 の 文 化 を め ぐ る 橋 本 操 六 山 伏 が 拓 い た 英 彦 山 ま い り の 道 佐 々 木 哲 哉 頼 山 陽 の 文 人 交 遊 の 旅 ー ー 日 田 往 還 豊 田 寛 三 高 千 穂 の 峰 仰 ぐ 神 々 の 日 向 路 上 原 兼 善 カ ラ ー ・ 肥 後 / ・ ・ . ー . ~ 陸 摩 火 の 国 の 参 勤 交 代 み ち ー ー 、 阿 蘇 山 麓 の 豊 後 街 道 松 本 寿 三 郎 豊 か な 民 俗 と 壮 古 墳 の 蔔 池 川 ー ー ー 高 瀬 か ら 隈 府 へ 規 工 川 宏 輔 歴 史 と 詩 の 島 ・ 天 草 ー ー ー キ リ シ タ ン と レ ジ ス タ ン ス の 道 鶴 田 文 史 球 磨 川 の 流 れ に た ど る 中 世 文 化 服 部 英 雄 五 木 の 「 エ 寸 唄 と 秘 境 五 家 荘 菖 蒲 和 弘 薩 摩 藩 主 の 往 く 道 ー ー 西 目 筋 は 豊 前 へ ・ 東 目 筋 は 日 向 へ 黒 田 安 雄 薩 摩 の 命 脈 を 保 つ 道 ー ー 南 薩 ・ 大 隅 の 港 津 原 口 泉 里 ~ 潮 , フ ず ま く 「 海 上 の 道 J- ー ー 琉 球 王 国 と 南 海 の 島 々 喜 舎 場 一 隆 129 小 宮 睦 之 154 12 2 150 1 16 1 1 1 160 13 6 15 5 146 164 104 14 2

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名 護 屋 城 か ら 『 葉 隠 』 の 里 ヘ ー ー 玄 海 の 島 々 と 唐 津 ・ 佐 賀 キ リ シ タ ン 文 化 と 東 西 貝 易 ー ー ー ・ ・ 港 町 ・ 平 戸 と 長 崎 中 村 質 西 海 道 の 豪 商 た ち ー ー 富 へ の 精 神 と 商 法 武 野 要 子 大 陸 へ の 懸 け 橋 ・ 対 馬 の 道 長 正 統 カ ラ ー ・ 豊 後 / 豊 後 の 石 仏 / 日 向 伝 説 を は ら む 古 寺 し 石 仏 ー ー 国 東 ・ 臼 杵 の 文 化 を め ぐ る 橋 本 操 六 山 伏 が 拓 い た 英 彦 山 ま い り の 道 佐 々 木 哲 哉 頼 山 陽 の 文 人 交 遊 の 旅 ー ー 日 田 往 還 豊 田 寛 三 高 千 穂 の 峰 仰 ぐ 神 々 の 日 向 路 上 原 兼 善 カ ラ ー ・ 肥 後 / ・ ・ . ー . ~ 陸 摩 火 の 国 の 参 勤 交 代 み ち ー ー 、 阿 蘇 山 麓 の 豊 後 街 道 松 本 寿 三 郎 豊 か な 民 俗 と 壮 古 墳 の 蔔 池 川 ー ー ー 高 瀬 か ら 隈 府 へ 規 工 川 宏 輔 歴 史 と 詩 の 島 ・ 天 草 ー ー ー キ リ シ タ ン と レ ジ ス タ ン ス の 道 鶴 田 文 史 球 磨 川 の 流 れ に た ど る 中 世 文 化 服 部 英 雄 五 木 の 「 エ 寸 唄 と 秘 境 五 家 荘 菖 蒲 和 弘 薩 摩 藩 主 の 往 く 道 ー ー 西 目 筋 は 豊 前 へ ・ 東 目 筋 は 日 向 へ 黒 田 安 雄 薩 摩 の 命 脈 を 保 つ 道 ー ー 南 薩 ・ 大 隅 の 港 津 原 口 泉 里 ~ 潮 , フ ず ま く 「 海 上 の 道 J- ー ー 琉 球 王 国 と 南 海 の 島 々 喜 舎 場 一 隆 129 小 宮 睦 之 154 12 2 150 1 16 1 1 1 160 13 6 15 5 146 164 104 14 2

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ニ 日 市 温 泉 ー ー - 温 泉 街 の な か を 南 北 に 走 る 道 路 ( 写 真 手 前 の 道 路 ) が 、 都 て い う 朱 雀 大 路 に 相 当 す る 。 え ん ぎ ま た 延 喜 三 年 ()i 〇 ) 八 月 一 日 の 太 政 官 符 に は 、 博 が 、 そ の 手 前 約 一 〇 〇 メ ー ト ル の 地 点 か ら 、 前 述 し 多 大 津 に 唐 人 商 船 が 来 着 し た と き 、 諸 院 ・ 諸 宮 ・ 諸 た 掘 切 り の 凹 地 を 南 に 向 か う 駅 路 と な る 。 や が て 三 王 臣 家 な ど が 、 貿 易 の 取 り 引 き な ど を 決 め る 大 蔵 省 本 松 で 二 手 に 分 か れ 、 東 に 向 か う 駅 路 は 筑 紫 平 野 を の 官 使 が 到 着 す る 前 に 、 大 宰 府 に 使 者 を 派 遣 し て 争 約 二 五 キ ロ メ ー ト ル 直 線 で 進 ん で 筑 後 川 右 岸 に 達 買 し た こ と が 記 さ れ て い る 。 ま た 、 大 宰 府 瑯 内 の 富 し 、 日 田 ・ 豊 後 森 を へ て 豊 後 国 府 に 達 し た 。 き い じ よ 、 つ 豪 た ち が 遠 来 の 品 物 の 値 段 を つ り あ げ て 取 り 引 き す 山 道 を 通 る 基 肄 城 か ら の 道 る の で 、 唐 物 が 基 準 よ り 高 く な り 、 こ の た め こ う し た 不 正 行 為 の 禁 止 と 取 り 締 ま り を 命 じ た の で あ る 。 三 本 松 か ら 南 進 す る 駅 路 は 、 萩 原 付 近 か ら 山 越 え こ こ に も 、 西 海 道 の 中 心 都 市 大 宰 府 で 活 躍 す る 富 の 道 と な る が 、 現 在 の 国 道 三 号 線 の ル ー ト よ り は 近 豪 や 、 商 人 た ち の 一 端 が う か が わ れ る 。 道 で あ っ た 。 具 原 益 軒 は 『 筑 前 国 続 風 土 記 』 で 「 今 の 榎 寺 以 南 は 、 道 路 が 曲 が っ て 直 線 で 進 め な い が 、 原 田 道 よ り 近 し 」 と 城 の 山 道 の 行 程 を 記 し て い る 。 地 形 図 上 で 線 を 延 長 し て み る と 、 筑 紫 野 市 役 所 の 前 し か し 古 代 の 駅 路 は 、 近 世 の 山 道 よ り 西 側 、 す な わ き い じ よ う を 南 に 向 か う 道 路 に 達 す る 。 こ の 道 路 を さ ら に 南 下 ち 基 肄 城 の 東 北 門 か ら 基 肄 城 水 門 跡 に い た る ル ー す る と 、 や が て 道 路 の 左 右 に 旅 館 街 が 並 ぶ 。 こ こ が で あ っ た 。 『 万 葉 集 』 に は 、 「 今 よ り は 城 の 山 道 は さ ぶ 湯 町 と 呼 ば れ る 二 日 市 温 泉 で 、 か っ て は 武 蔵 温 泉 と 不 楽 し け む わ が 通 は む と 思 ひ し も の を 」 と 、 右 の 駅 い っ た 。 そ の 歴 史 は 古 く 、 『 万 葉 集 』 に あ る 、 「 次 路 が 山 道 を 通 る 淋 し い 駅 路 で あ っ た こ と を 示 し て い た 田 温 泉 」 を 継 い だ と み て よ い 。 と す れ ば 、 中 軸 線 る 。 基 肄 城 内 を 通 る だ け に 当 然 、 門 の 張 番 所 に は 見 ( 駅 路 ) に 沿 う 交 通 の 便 が よ い 温 泉 で あ っ た と い え 張 り の 兵 士 が い た は ず で あ る 。 だ ぎ い の そ っ る 。 大 宰 帥 と し て 赴 任 し て い た 大 伴 旅 人 は 、 療 養 基 肄 駅 の 位 置 は は っ き り し な い が 、 こ こ で 駅 路 は じ ん き て ん び よ う の た め 、 神 亀 五 年 (YII) か ら 翌 天 平 元 年 ま で 秋 冬 二 手 に 分 か れ 、 一 方 は 筑 後 ・ 肥 前 国 境 の 岡 ) を 路 二 日 市 に 湯 ノ 原 と 呼 ば れ る の 時 節 に 温 泉 に 入 り 、 湯 の 原 ( る 小 字 〈 こ あ ざ 〉 が あ る ) 通 っ て 南 下 し 、 大 隅 国 府 県 ) に 達 し た 。 ま 走 ) を へ て 島 原 一 で 鳴 く 蘆 鶴 を 歌 「 た 。 政 庁 か ら ほ ど 近 い た め に 、 数 た 、 別 の ル ー ト は 、 肥 前 国 府 ( 皿 眦 部 ら 多 く の 役 人 た ち が 温 泉 に 入 っ た こ と で あ ろ う 。 半 島 に 達 す る 。 温 泉 街 の 中 を 南 に 進 み 、 街 並 み に 別 れ を つ げ る こ の よ う に 、 大 宰 府 か ら は 駅 路 が 六 方 に 放 射 し て 宰 大 と 、 急 に 道 幅 が 狭 く な る が 、 道 路 は さ ら に 直 線 コ ー い た 。 こ れ は 帝 都 か ら 六 道 ( ) が 放 射 す る ス で 進 む 。 や が て 正 面 に 四 車 線 の 県 道 が 目 に つ く ハ タ ー ン に 類 似 し て い る 。 6 す き

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出 水 高 尾 野 ロ 大 野 田 阿 久 根 薩 摩 藩 主 の 往 く 道 黒 田 安 雄 西 目 筋 は 豊 前 へ ・ 東 目 筋 は 日 向 へ 町 六 町 や か た の 北 に あ り 。 武 家 や し き を 中 に し 根 → 至 都 城 七 七 万 石 の 城 下 町 分 福 仙 て 南 を 下 町 と い う 、 十 二 町 あ り 、 武 家 多 し 。 此 島 津 氏 が 南 九 州 に 勢 力 を 張 っ た の は 鎌 倉 時 代 以 降 外 山 西 に 西 田 町 あ り 、 西 目 道 中 の 入 口 也 。 や か た の こ と で 、 薩 摩 ・ 大 隅 ・ 日 向 三 州 の 守 護 と し て こ の と あ る 。 城 の 通 り 館 の 馬 場 は 、 屋 形 通 り と も 書 か 治 平 童 第 地 に 入 国 し て 以 来 、 明 治 維 新 に 至 る ま で 、 領 主 と し れ 、 城 下 屈 指 の 広 い 通 り で あ 「 た 。 い ま の 鹿 児 島 県 な が た 野 て の 地 位 に 変 わ る こ と は な か っ た 。 立 博 物 館 本 館 か ら 東 へ 長 田 町 の 陸 橋 西 口 ま で 、 一 キ け い ち ょ う い ち ょ う ・ ロ メ ー ト ル の 銀 杏 並 木 の 国 道 で あ る 。 関 ヶ 原 の 戦 後 の 慶 長 七 年 (&<) 、 島 津 家 第 一 八 い え ひ さ 明 治 ・ 大 正 ・ 昭 和 と 三 代 に わ た り 、 鹿 児 島 の 早 春 代 の 家 久 ( 一 伍 ¯) は 鹿 児 島 に 鶴 丸 城 を 築 き 、 以 後 ず こ う つ き い ろ ど こ の 居 城 を 領 国 支 配 の 拠 点 と し た 。 『 三 国 名 勝 図 を 彩 っ た 館 の 馬 場 の 和 も 、 甲 突 河 畔 へ 移 っ て 久 し え 会 』 に は 、 「 山 に よ り て 城 と す 。 そ の 山 は 鶴 丸 山 く 、 蓮 の 茂 る 堀 と 石 垣 に 囲 ま れ た 本 丸 の す ぐ 前 を 国 ( の ち に 城 山 ) と い う 。 こ の 山 の 形 、 舞 鶴 に 似 た り 。 道 一 〇 号 線 が 東 へ 磯 街 道 を 走 り 、 背 後 に 城 山 が そ び 故 に 名 を 得 た り と ぞ 」 と あ る 。 し か し 、 鶴 丸 城 の 実 え る 。 明 治 十 年 、 西 南 の 役 で 西 郷 隆 盛 ら 薩 摩 隼 人 が く す 態 は 、 「 人 は 石 垣 、 人 は 城 」 の 言 葉 そ の ま ま 、 天 守 最 期 を と げ た 城 山 に は 、 青 々 と 茂 っ た 杉 ・ 樟 の 大 っ た か ず ら 閣 も な い 、 質 素 な 屋 形 づ く り の 平 城 で あ っ た 。 木 ・ 蔦 葛 ・ シ ダ 類 な ど の 亜 熱 帯 植 物 が 生 い 茂 り 、 し も ほ う ぎ り か み ほ う ぎ り 城 下 は 、 城 を 境 に 東 が 上 方 限 、 西 が 下 方 限 と 二 分 眼 下 に 甲 突 川 の 左 右 に ひ ろ が る 美 し い 市 街 地 と 、 紺 べ き き ん こ う さ れ 、 城 を め ぐ っ て 武 家 屋 敷 が な ら ん だ 。 『 薩 摩 風 碧 の 錦 江 湾 を へ だ て て 噴 煙 あ げ る 桜 島 の 雄 姿 が 一 望 土 記 』 に は 、 さ れ る 。 し ら か ね ざ か 鹿 児 島 と 申 候 は 、 西 に 山 を か た ど り 、 東 南 は 海 鹿 児 島 と 大 隅 を 結 ぶ 白 銀 坂 な り 。 北 は 日 本 の 地 っ ゞ き な り 。 御 屋 形 は 山 の か ん こ く ら す じ ひ が し め ま へ 、 前 と な り 大 身 の 武 家 方 也 。 図 の 如 し 。 上 城 下 か ら 領 外 へ の 重 要 な 街 道 は 、 小 倉 筋 と 東 目 筋 霧 島 山 △ 大 口 筋 0 川 内 は : 串 木 野 市 来 鶴 丸 城 跡 ー ー 鎌 倉 時 代 以 降 " 南 九 州 の 覇 者 " と し て 、 そ の 名 を 全 国 に 轟 か せ た 島 津 氏 の 居 城 跡 。 明 治 6 年 に 焼 失 。 院 集 桜 島 ま ち は す し た 愛 知 学 院 大 学 助 教 授 こ ん

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豊 後 街 道 の 里 数 木 名 称 位 置 一 里 木 熊 本 市 黒 髪 五 丁 目 、 大 榎 、 昭 和 三 十 年 代 枯 死 、 石 碑 二 里 木 熊 本 市 龍 田 町 二 里 木 、 バ ス 停 三 里 木 菊 池 郡 菊 陽 町 三 里 木 、 バ ス 停 四 里 木 菊 池 郡 菊 陽 町 南 方 、 愎 、 大 正 三 年 鉄 道 敷 設 五 里 木 菊 池 郡 大 津 町 構 ロ 際 、 標 木 六 里 木 菊 池 郡 大 津 町 構 ロ 際 、 標 木 七 里 木 菊 池 郡 大 津 町 構 ロ 際 、 標 木 八 里 木 阿 蘇 郡 阿 蘇 町 車 帰 九 里 木 阿 蘇 郡 阿 蘇 町 狩 尾 、 九 里 塚 十 里 木 阿 蘇 郡 阿 蘇 町 内 牧 十 一 里 木 阿 蘇 郡 阿 蘇 町 今 町 石 碑 十 二 里 木 阿 蘇 郡 一 の 宮 町 塩 塚 十 三 里 木 阿 蘇 郡 一 の 宮 町 坂 梨 十 四 里 木 阿 蘇 郡 波 野 村 小 地 野 、 四 里 塚 十 五 里 木 阿 蘇 郡 波 野 村 笹 倉 ニ 重 峠 坂 下 一 一 一 石 畳 の 坂 道 が え ん え ん と 外 輪 山 を 登 っ て 行 く 。 二 重 峠 は 阿 蘇 山 と 態 本 平 野 を 見 は る か す 峠 だ 。 町 は 一 町 一 寺 制 を と ら ず 、 互 い 違 い の 大 通 り 二 本 が に 向 か っ た 頼 山 陽 の 詩 碑 に は 、 「 大 道 平 々 砥 も し か ゅ う じ よ う せ い ぶ ろ う さ ん 城 の 西 南 を 通 り ぬ け る 形 を と り 、 古 町 と は 対 照 的 で ず 熊 城 東 に 去 れ ば す べ て 青 蕪 老 杉 道 を 挾 ん で あ る 。 新 町 は 、 城 に 物 資 を 供 給 す る 商 人 や 旅 商 人 の 他 樹 な し 欠 く る 処 時 々 阿 蘇 を 見 る 」 と あ る 。 豊 後 街 道 を 開 い た の は 、 加 藤 清 正 で あ る 。 慶 長 五 宿 な ど 各 種 サ ー ビ ス 業 者 が 店 を 構 え て い た 。 年 (&S) 関 ヶ 原 の 役 で 東 軍 徳 川 家 康 に 味 方 し た 清 正 熊 本 か ら の 参 勤 交 代 路 は 、 小 西 行 長 を 宇 土 城 に 攻 め 、 戦 後 は 小 西 の 遺 領 を 熊 本 城 主 加 藤 ・ 細 川 両 氏 の 江 戸 ・ 大 坂 へ の 道 は 、 併 せ て 肥 後 全 域 を 手 中 に し た が 、 ま も な く キ リ シ タ 豊 後 街 道 と 豊 前 街 道 で あ っ た 。 豊 後 街 道 は 鶴 崎 筋 、 ン の 多 い 天 草 郡 二 万 一 千 石 を 返 上 し 、 江 戸 ・ 大 坂 へ 大 津 街 道 と も よ ば れ 、 熊 本 ー 大 津 ー 内 牧 ー 久 住 ー 野 の 交 通 路 に あ た る 豊 後 国 の 所 領 と の 交 換 を 願 っ て 許 津 原 ー 鶴 崎 の コ ー ス で 、 鶴 崎 か ら は 海 路 大 坂 へ 向 か さ れ た 。 こ れ に よ っ て 加 藤 ・ 細 川 氏 の 参 勤 交 代 は 、 オ い つ ば う 、 豊 前 街 道 は 小 倉 筋 、 薩 摩 街 道 と も 主 と し て 豊 後 街 道 を 用 い 、 鶴 崎 か ら 海 路 室 津 へ 向 か し し 砿 本 ー 鹿 子 木 ー 味 取 新 町 ー 山 鹿 ー 南 関 ー 瀬 高 う 道 筋 を と る こ と と な っ た 。 ー 松 崎 ー 山 家 ー 内 野 ー 飯 塚 ー 黒 崎 ー 小 倉 の コ ー ス 豊 後 街 道 を 行 く 大 名 行 列 で 、 小 倉 か ら 下 関 へ 渡 海 し た 。 薩 摩 の 島 津 氏 、 球 磨 の 相 良 氏 な ど の 大 名 は 、 熊 本 藩 領 内 を 通 過 す る 際 、 熊 本 を 朝 立 ち し た 旅 人 は 、 ま ず 大 津 に 向 か う 。 約 二 ( し た い て い 豊 前 街 道 を 通 る が 、 加 藤 ・ 細 川 両 氏 は 主 に 『 西 遊 日 記 』 に は 、 「 熊 本 札 辻 よ り 大 津 へ 五 里 ( キ 。 メ レ 豊 後 街 道 を 通 っ た 。 ト ) 、 熊 本 町 外 レ ニ 町 所 あ り 、 大 津 ロ と い ふ 、 是 江 戸 時 代 、 肥 後 の 道 路 元 標 は 新 一 丁 目 札 之 辻 で あ よ り 豊 後 街 道 な り 」 と あ る 。 こ の 大 津 は 、 御 茶 屋 ・ る 。 熊 本 の 町 は ず れ は 、 現 在 の 国 道 三 号 線 の 浄 行 寺 御 客 屋 ・ 旅 籠 以 下 、 三 五 〇 軒 が 立 ち 並 ぶ 宿 場 で 、 こ て な が か い し ょ 付 近 で 、 こ こ を 立 田 口 と よ ん だ 。 近 く の 赤 鳥 居 の 額 の ほ か 藩 の 米 蔵 (*) や 大 津 手 永 会 所 ( 駄 賍 も あ ち み に は 立 田 口 大 神 宮 の 名 が 見 え る 。 こ こ か ら 一 里 木 ・ る 在 町 で あ っ た 。 代 大 津 か ら 、 高 尾 野 ・ 新 小 屋 を へ て 、 旧 道 を 二 重 峠 交 二 里 木 ・ 三 里 木 を 通 る 。 こ の あ た り は 加 藤 清 正 が 慶 参 の 長 年 具 一 尸 燾 に 植 え た 屋 久 杉 の 並 木 で 名 高 い 所 へ の ば る と 、 外 輪 山 に 囲 ま れ た 阿 蘇 盆 地 が 一 望 で き 国 の る 。 こ の 二 重 峠 は 、 外 輪 山 の 中 で も っ と も 低 い 。 こ で あ る 。 彼 は 並 木 の 杉 を 保 護 し て 、 「 一 枝 を 折 ら ば 、 火 き 一 指 を 斬 る べ し 、 一 株 を 伐 ら ば 、 一 首 を 馘 る べ し 」 こ は 阿 蘇 開 発 の 神 、 健 磐 龍 命 が 阿 蘇 の 湖 水 を 流 下 さ 3 と の 制 札 を 出 し た と い う 。 文 政 初 年 こ こ を 通 り 竹 田 せ る た め に 蹴 破 ろ う と し た 地 点 だ と い う 。 し か し 、

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出 水 の 広 瀬 川 河 口 出 水 は 肥 薩 国 境 の 要 衝 の 地 。 そ の 広 瀬 川 か ら も 鹿 児 島 藩 主 島 津 氏 は 参 勤 交 代 の 船 出 を し た 。 施 行 し 、 翌 年 以 降 は 中 山 道 以 下 、 日 光 ・ 奥 州 ・ 甲 州 年 ( 一 一 し の 鎖 国 以 降 、 長 崎 が 出 島 に オ ラ ン ダ 商 館 を な ん ば ん 置 い た 日 本 唯 一 の 南 蛮 貿 易 の 開 港 地 と な り 、 経 済 的 道 中 ( 以 上 、 五 街 道 ) な ど に こ れ を 順 次 お よ ば し た 。 こ れ は 、 宿 駅 に 所 定 の 人 馬 を 配 備 し 、 御 用 通 行 者 を 繁 栄 も い ち じ る し く な っ た こ と 、 第 二 に 、 こ の 地 を 優 先 的 に 次 宿 ま で 継 ぎ 送 る 制 度 で あ る 。 こ の 伝 馬 制 幕 府 の 長 崎 奉 行 が 直 接 支 配 し て 、 こ こ へ 通 じ る 主 街 こ う せ 、 は 、 幕 府 の 道 中 奉 行 が 直 接 支 配 す る 五 街 道 や そ の 付 道 を 、 公 儀 御 用 の 性 格 を も っ 別 格 の 最 重 要 道 路 と し ぞ く か い ど う 属 街 道 は も と よ り 、 勘 定 奉 行 が 間 接 的 に 関 与 す る 諸 た こ と 、 に よ る 。 他 方 、 唐 津 街 道 は 、 秀 吉 に よ る 朝 わ き か い ど う き ょ て ん 藩 の 脇 街 道 の 場 合 に も お よ ば さ れ た 。 鮮 侵 略 の 失 敗 後 、 名 護 屋 の 軍 事 拠 点 と し て の 機 能 の 幕 藩 制 下 の 交 通 体 系 は 、 第 一 に 、 江 戸 中 心 の 五 街 停 止 と と も に 、 交 通 上 の 地 位 を 一 挙 に 低 下 さ せ た 。 さ ん き ん こ う た い せ い 道 な ど と 、 そ の 延 長 な い し 分 岐 道 で あ る 脇 街 道 を 大 寛 永 十 二 年 ( 一 一 0 の 参 勤 交 代 制 の 実 施 後 、 し だ い き な 骨 格 と し 、 第 二 に 、 主 要 な 脇 街 道 が 連 結 す る 諸 に 九 州 大 名 が そ の 参 勤 通 路 を 変 更 し 、 定 着 さ せ た こ ふ だ つ じ 藩 の 城 下 町 で は 、 そ の 札 ノ 辻 ( 高 っ 〉 の 立 ) か ら 領 内 と は 、 九 州 諸 街 道 に 新 し い 展 開 を も た ら し た 。 た と 各 地 へ 放 射 状 に 中 街 道 を 発 し て 、 ″ ミ ニ 五 街 道 〃 を え ば 、 鹿 児 島 藩 主 島 津 氏 は 、 江 戸 時 代 前 期 の 江 尸 参 せ ん だ い い ず み に し め 形 成 し た と こ ろ に 特 徴 が あ っ た 。 い わ ば 、 五 街 道 ー 勤 に 際 し て は 、 薩 摩 街 道 の 出 水 ( 西 目 ) 筋 の 川 内 ・ な だ 脇 街 道 の 関 係 は 、 幕 ー 藩 関 係 を 象 徴 す る も の で あ っ 阿 久 根 ・ 出 水 な ど か ら 出 船 し 、 天 草 灘 や 玄 界 灘 を へ た が 、 ま た 同 時 に 、 諸 藩 に お け る 主 要 な 脇 街 道 ー ー 中 て 、 瀬 戸 内 海 に 入 る 九 州 西 廻 り の コ ー ス か 、 日 向 街 じ ゅ う そ う て き ひ が し め 街 道 ー 村 道 ー 農 民 の 生 活 道 と い っ た 、 重 層 的 な 交 道 へ の 高 岡 ( 東 目 ) 筋 に よ っ て 日 向 細 島 よ り 出 船 す る 東 廻 り の コ 1 ス を と っ て い た 。 し か し 中 期 以 降 通 体 系 の 頂 点 に 立 つ も の で あ っ た 。 九 州 の 代 表 的 な 脇 街 道 と し て は 、 ま ず 中 国 路 の 延 は 、 薩 摩 街 道 を 北 上 し て 長 崎 路 に 合 流 、 小 倉 よ り 渡 な が さ き じ 長 と も い う べ き 長 崎 路 を 筆 頭 と し 、 次 い で 豊 後 ・ 薩 海 し 、 そ の 後 は 瀬 一 尸 内 海 の 航 行 距 離 を 短 縮 し て 、 大 は り ま さ い ご く ぐ ん だ い ひ た 摩 ・ 日 向 各 街 道 と 、 そ れ に 西 国 郡 代 支 配 の 豊 後 日 田 坂 よ り 手 前 の 播 磨 室 津 な ど で 上 陸 、 つ い に は 小 倉 ー へ 通 じ る 日 田 往 還 な ど が あ げ ら れ る 。 こ の ほ か 、 九 下 関 間 だ け が 海 路 で 、 残 り す べ て は 中 国 路 と な っ て 州 諸 藩 で は 、 城 下 町 よ り 発 す る 幾 筋 か の 中 街 道 と そ し ま っ た 。 一 方 、 熊 本 藩 主 細 川 氏 は 、 は じ め 豊 後 街 道 け っ せ っ て ん の 分 岐 道 な い し 横 道 、 そ れ に 各 河 川 の 結 節 点 で あ る 道 経 由 、 藩 港 の 豊 後 鶴 崎 よ り 瀬 戸 内 海 に 出 る コ ー ス 河 岸 と が 連 絡 し て 、 全 体 と し て 水 陸 の 交 通 ・ 運 輸 網 を と っ た が 、 し だ い に 薩 摩 街 道 ・ 長 崎 路 経 由 の コ ー を 形 成 し た 。 ス も 併 用 し 、 そ の 割 合 は ほ ば 半 々 と な っ た 。 長 崎 が 台 頭 す る に 至 っ た の は 、 第 一 に 、 寛 永 十 六 佐 賀 藩 主 鍋 島 氏 は 、 当 初 は 佐 賀 よ り 伊 万 里 へ 出 幻 こ っ か く か ん え い さ こ く で じ ま

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一 筑 前 古 代 か ら 中 世 に か け て の 九 州 の 道 は 、 す べ て 大 宰 府 に 通 じ る 道 で あ っ た 近 世 に 入 る と 、 筑 前 六 宿 街 道 と い わ れ た 黒 崎 市 原 田 を 結 ふ 道 が 、 長 崎 ・ 薩 摩 に 至 る 基 幹 と し て 、 最 も 重 要 に な っ た 。 佐 賀 ・ 長 崎 に 向 か う 長 崎 路 も 、 久 留 米 ・ 熊 本 を 経 て 鹿 児 島 に 向 か う 薩 摩 ( 肥 後 ) 街 道 も 、 こ の 道 を 通 ら な け れ ば な ら な か っ た か ら で あ る 長 崎 路 と 薩 摩 街 道 は 、 原 田 の つ ぎ の 田 代 宿 の 追 分 で 分 か れ た 。 豊 前 ・ 豊 後 ・ 日 向 に 向 か う に は 、 小 倉 か ら 中 津 へ 小 倉 街 道 を と り 唐 津 に 向 か う に は 、 倉 か ら 博 多 岡 ) を 経 て 唐 津 に 出 る 唐 津 街 道 を 利 用 し た 。 秋 月 街 道 は 、 ' 、 ' 、 ~ 「 な , 一 石 0 秋 月 を 通 り 、 筑 後 0 久 留 米 ~ 抜 け る 道 で あ っ た 。 1 、 そ = を 込 、 , す 要 を は 第 、 い . 、 第 物 当 ィ す

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豊 田 寛 三 大 分 大 学 助 教 授 頼 山 陽 の 文 人 交 遊 の 旅 日 田 往 還 も 、 日 田 側 か ら は 「 中 津 城 路 」 で 、 中 津 側 で は 通 例 頼 山 陽 の 西 遊 「 日 田 街 道 」 と い っ て い る が 、 こ こ で は 、 全 路 程 を ら い さ ん よ う 「 日 田 往 還 」 と 一 括 し て 呼 ぶ こ と に し よ う 。 文 政 元 年 ( ) 、 当 代 第 一 級 の 文 人 頼 山 陽 (E< た の む ら ち く で ん た け た 一 八 ) は 、 故 郷 広 島 か ら 九 州 旅 行 に 赴 い た 。 田 能 村 竹 田 と 竹 田 城 下 町 彼 は こ の 間 、 各 地 で 幾 多 の 旧 友 と 会 い 、 ま た 新 た た の む ら ち く な 友 を も 得 た 。 こ の 旅 で 詠 ん だ 詩 を ま と め た 『 西 遊 山 陽 が 竹 田 を 訪 れ た 最 大 の 目 的 は 、 親 友 田 能 村 竹 で ん 稿 』 は そ の 詩 名 を 一 挙 に あ げ た と い わ れ て い る 。 こ 田 ( 一 七 七 七 。 ' ) に 会 う た め で あ っ た 。 竹 田 に 住 む 岡 城 の 旅 も 終 わ ろ う と し て い た 文 政 元 年 十 月 二 十 三 日 、 主 は 、 文 禄 三 年 ()9 入 部 し た 中 川 氏 で あ っ た 。 岡 山 陽 は 豊 後 国 直 入 郡 岡 城 下 に 入 っ た 。 一 週 間 を 岡 城 藩 七 万 石 の 城 下 町 が 竹 田 で あ る 。 中 川 氏 は 入 部 後 、 た け た 下 の 竹 田 に 過 ご し た 彼 は 、 十 一 月 三 日 に は 日 田 郡 隈 旧 領 主 大 友 氏 の 重 臣 志 賀 親 次 の 館 を 引 き 継 ぎ 、 そ こ 町 へ 着 い た 。 し ば ら く の 滞 在 の 後 、 い っ た ん 筑 後 国 を 岡 城 と し た び 岡 城 は 阿 蘇 溶 岩 台 地 上 に 位 置 す る 、 久 留 米 、 肥 後 国 熊 本 へ 行 き 、 再 び 隈 町 に 戻 り 、 十 一 一 文 字 ど お り 天 然 の 要 害 で あ る 。 や ま ぐ に 月 五 日 に は 山 国 川 沿 い を く だ り 、 同 十 七 日 、 豊 前 国 現 在 、 建 物 な ど は す べ て 破 壊 さ れ 、 ま さ に 「 荒 中 津 を 去 っ た 。 城 」 と な っ て い る が 、 加 藤 清 正 の 進 言 で 新 設 さ れ た た い こ や ぐ ら 私 た ち は い ま 、 頼 山 陽 の 足 跡 を 辿 る こ と に よ っ と い う 大 手 門 へ 至 る 石 段 と 石 畳 道 、 太 鼓 櫓 ・ 鐘 櫓 て 、 歴 史 の 散 策 を こ こ ろ み る こ と に し よ う 。 跡 、 三 の 丸 ・ 二 の 丸 ・ 本 丸 の 石 垣 は 、 往 時 を し の ば 豊 後 竹 田 ー 日 田 ー 中 津 の 街 道 は 、 江 戸 時 代 の 地 誌 せ る 壮 大 な も の で あ る 。 本 丸 の 北 側 下 に あ る 月 見 櫓 『 豊 後 国 志 』 に よ れ ば 、 豊 後 竹 田 ー 日 田 の 道 は 、 直 跡 の 石 垣 は 、 急 峻 な 断 崖 の う え に 築 か れ て い る 。 っ ち い ば ん す い 一 八 七 一 5 、 日 田 入 郡 側 か ら は 「 日 田 郡 永 山 布 政 所 路 」 と い し 本 丸 跡 に は 、 土 井 晩 翠 ( 一 九 五 二 ) の 『 荒 城 の 月 』 た き れ ん た ろ う 郡 側 か ら は 「 直 入 郡 岡 城 路 」 と い っ た 。 中 津 へ の 道 の 詩 碑 、 そ の 作 曲 者 滝 廉 太 郎 ( ~ 九 〇 三 九 5 ) の 像 国 東 半 島 鶴 崎 △ 英 彦 山 耶 馬 溪 . ・ . 菊 池 溪 谷 .. 川 △ 久 住 山 瀬 ノ 本 至 熊 本 △ 阿 蘇 竹 田 ぶ ん せ い / 、 ま 776

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日 向 青 島 - ー 一 日 向 灘 に 浮 か ぶ 周 囲 約 860 メ ー ト ル の 小 島 。 「 鬼 の 洗 洋 板 」 と 呼 ば れ る 奇 岩 に 囲 ま れ 、 中 央 に 青 島 神 社 が 祀 ら れ て い る 。 日 向 街 道 は 、 豊 後 か ら 宗 太 郎 越 え で 日 向 に 入 っ た 道 が 千 穂 ) を 抜 け 、 北 方 か ら 延 岡 に 出 て 、 日 向 街 道 に 結 ば れ み や こ の し よ う 延 岡 に 出 て 、 参 勤 交 代 に 使 わ れ た 日 向 東 方 の 細 島 、 古 代 人 吉 か ら は 、 加 久 藤 越 え を し て 、 小 林 ・ 都 城 に 出 て の 港 美 々 津 を 通 り 、 秋 月 氏 三 万 石 の 高 鍋 、 島 津 氏 の 支 藩 飫 肥 で 結 ば れ 、 こ の 道 を 飫 肥 街 道 と 呼 ん だ 。 こ の 三 つ の ニ 万 七 千 石 の 佐 土 原 、 清 武 ・ 山 狩 屋 ( 山 仮 屋 ) を 経 て 、 道 が 日 向 の 主 な 道 だ が 、 日 南 海 岸 沿 い の 延 岡 か ら 高 鍋 ま 伊 東 氏 五 万 三 千 石 の 飫 肥 、 そ し て 鹿 児 島 へ 向 か う 道 で あ で を 除 い て は 山 ま た 山 で 、 山 な み も 南 へ 行 く ほ ど 険 し く る 肥 後 街 道 か ら は 、 高 原 、 ま た は 馬 見 原 か ら 三 田 井 ( 高 旅 人 は 難 渋 を き わ め た 。 わ を ノ 02