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検索対象: 日本の街道 7 海光る瀬戸内・四国

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日本の街道 7 海光る瀬戸内・四国


日 本 の 彳 圭 〒 道 ー ー ー 全 8 巻 ( 書 名 と 責 任 編 集 者 ) 第 1 巻 風 か け る み ち の く 仲 野 浩 喆 渡 辺 信 夫 奥 州 街 道 羽 州 街 道 会 津 街 道 浜 街 道 第 2 巻 江 戸 へ の 道 学 習 院 大 学 男 玉 幸 多 名 誉 教 授 し 東 海 道 日 光 道 甲 州 路 水 戸 ・ 佐 倉 道 大 山 道 第 3 巻 雪 の 国 北 陸 粤 木 下 良 北 国 路 越 後 路 能 登 路 三 国 街 道 千 国 街 道 第 4 巻 山 な み 遙 か 歴 史 の 道 林 英 夫 信 濃 路 木 曾 路 伊 那 路 美 濃 路 飛 騨 路 大 阪 市 立 大 第 5 巻 京 へ の 道 原 田 伴 彦 学 名 誉 教 授 ′ 、 若 狭 路 近 江 路 丹 波 路 大 和 路 伊 勢 路 紀 州 路 第 6 巻 夢 誘 う 山 陽 山 陰 兵 庫 教 育 彡 、 ロ ラ 登 夫 大 学 学 長 ロ 山 陽 道 吉 備 路 安 芸 路 出 雲 路 長 門 路 第 7 巻 海 光 る 瀬 戸 内 ・ 四 国 山 本 大 遍 路 道 金 毘 羅 参 詣 道 土 佐 路 瀬 戸 内 の 海 路 九 州 大 学 第 8 巻 日 燃 ゆ る 九 州 助 教 授 丸 山 雍 成 筑 紫 路 日 向 路 薩 摩 路 長 崎 路 唐 津 街 道 全 巻 完 結 著 者 代 表 ー ー 山 本 大 編 集 者 ー ー ー ー 株 式 会 社 日 本 ア ー ト ・ セ ン タ ー 東 京 都 千 代 田 区 神 田 神 保 町 電 話 ー 東 京 ・ 2 9 4 ・ 3 8 91 郵 便 番 号 101 発 行 者 。 ー ー 堀 内 末 男 発 行 所 ー ー ー 株 式 会 社 集 英 社 東 京 都 千 代 田 区 一 ッ 橋 一 一 ー 五 ー 一 〇 電 話 ー 販 売 部 東 京 ・ 2 3 8 ・ 2 7 81 出 版 部 東 京 ・ 2 3 8 ・ 2 8 31 郵 便 番 号 101 印 刷 所 ー ー ー ー 共 同 印 刷 株 式 会 社 製 本 所 ー 、 ー ー ー 中 央 精 版 印 刷 株 式 会 社 製 本 に は 十 分 注 意 し て い ま す が 、 落 丁 ・ 乱 丁 の 際 は お と り か え い ← 」 ー ) ま 6 ・ す ・ ◎ 集 英 社 Printed in Japan 日 本 の 街 道 7 海 光 る 瀬 戸 内 ・ 四 国 昭 和 五 十 六 年 十 月 一 一 十 一 日 第 一 刷 発 行 03 幻 - ヨ 76007 ー 30

日本の街道 7 海光る瀬戸内・四国


日 本 の 街 道 7 集 英 社 海 光 る 瀬 曷 。 四 国 遍 路 道 金 毘 羅 参 詣 道 上 佐 路 瀬 戸 内 の 海 路

日本の街道 7 海光る瀬戸内・四国


法 華 津 峠 の 展 望 ー ー ー 海 と 山 が 美 し く 、 日 振 島 ・ 戸 島 を は し め 、 晴 れ た 日 に は 九 川 の 山 並 み を 見 渡 す こ と が て き る 南 予 随 一 の 絶 景 。 ぐ ん ち ゅ う 郡 中 か ら 犬 寄 峠 を 越 え 、 中 山 ・ 千 部 坂 か ら 内 子 ・ に い や 南 国 土 佐 か ら 発 す る 道 新 谷 を 経 て 大 洲 に 至 る 大 洲 街 道 、 大 洲 か ら 南 へ 鳥 坂 う の ま ち ほ け づ 土 佐 で は 、 高 知 城 下 の 江 ノ ロ を 起 点 と し て 、 東 へ 峠 を 越 え て 卯 之 町 、 さ ら に 法 華 津 峠 の 険 を 越 え て 吉 わ じ き ち な が ぬ の し だ 田 ・ 知 永 を 経 て 宇 和 島 に 至 る 宇 和 島 街 道 、 宇 和 島 か 布 師 田 ・ 中 島 ・ 物 部 ・ 赤 岡 ・ 和 食 ・ 安 芸 ・ 奈 半 利 へ そ う ず う わ お お ど う ら 野 井 坂 ・ 岩 淵 ・ 僧 都 ・ 緑 を 経 て 、 上 大 道 よ り 松 尾 と 歩 き 、 奈 半 利 よ り 野 根 山 を 越 え て 野 根 に 下 り 、 甲 そ の う 峠 を 越 え て 土 佐 西 端 の 宿 毛 に 至 る 宿 毛 街 道 が 伊 予 南 浦 に 至 る 道 を 土 佐 街 道 ( 東 街 道 ) と い し 部 を 走 っ て い た 。 ち 、 奈 半 利 か ら 野 根 ま で の 山 道 を と く に 野 根 山 街 道 か ざ き り よ う せ き あ な な い さ ら に 、 大 洲 か ら 五 十 崎 を 経 て 河 辺 よ り 山 道 を た と い っ た 。 北 に は 、 石 淵 ・ 中 島 ・ 領 石 ・ 穴 内 ・ 吉 延 し ま が わ た じ か わ が わ ど り 、 国 境 を 越 え て 土 佐 の 四 万 川 ・ 檮 原 に 至 る 大 洲 か ら 本 山 を 経 て 吉 野 川 支 流 の 立 川 川 を さ か の ば っ て 街 道 ( 檮 原 街 道 ) や 、 宇 和 島 ・ 広 見 ・ 日 吉 を 経 て 檮 立 川 番 所 に 至 り 、 伊 予 か ら の 道 と 連 絡 す る 土 佐 街 道 原 に 至 る 宇 和 島 街 道 も 開 け て い た 。 ( 北 街 道 ) が あ り 、 北 山 越 え と い っ た 。 西 で は 、 朝 倉 か ら 弘 岡 ・ 高 岡 ・ 戸 波 ・ 須 崎 ・ 久 松 山 よ り 北 へ は 、 堀 江 ・ 北 条 ・ 浜 村 ( じ に 至 り 、 大 井 新 町 か ら 東 南 へ と 道 を た ど り 今 治 に 至 る 今 治 街 ・ 柿 木 山 ・ 窪 川 ・ 一 ノ 瀬 ・ 佐 賀 ・ 上 川 口 を 経 て 中 道 が あ っ た 。 こ の 道 は さ ら に 南 下 し て 桜 井 ・ 医 王 山 村 に 至 る 中 村 街 道 、 さ ら に 中 村 か ら 有 岡 を 経 て 宿 毛 か ら 三 芳 に つ づ い て い る 。 松 山 か ら 東 へ 、 久 米 ・ 平 に 至 り 、 松 尾 峠 を 越 え て 伊 予 に 出 る 宿 毛 街 道 が 西 の ひ わ だ く る み お お 井 ・ 川 上 ( 松 瀬 川 ) を 経 て 檜 皮 峠 に か か り 、 来 見 ・ 大 幹 線 を な し て い た 。 ま た 、 朝 倉 ・ 伊 野 ・ 佐 川 ・ 越 も ち い 頭 を 経 て 小 松 に 至 る 小 松 街 道 が あ っ た が 、 こ の 道 は 知 ・ 池 川 を 経 て 用 居 の 番 所 に 至 り 、 瓜 生 野 の 国 境 を じ よ う き よ う ・ し ゅ う ふ 貞 享 四 年 (& し 、 周 布 郡 の 代 官 矢 野 源 太 が 檜 皮 峠 越 え 、 伊 予 の 東 川 に 出 て 久 万 街 道 に 連 な る 松 山 街 し ま ん と を 中 心 に 三 里 に わ た っ て 桜 を 植 え た の で 、 桜 三 里 街 道 、 窪 川 か ら 四 万 十 川 上 流 に 沿 っ て 江 川 崎 か ら 伊 予 道 の 名 が あ る 。 今 治 街 道 は 三 芳 か ら 小 松 に 至 っ て こ の 広 見 に 出 る 土 佐 街 道 が あ っ た 。 の 街 道 に 連 な る が 、 道 は 東 に 延 び て 讃 岐 街 道 ( 金 毘 以 上 の 主 要 街 道 の ほ か 、 阿 讃 山 地 や 四 国 山 地 を 越 羅 街 道 、 讃 岐 や 阿 波 で は 伊 予 街 道 と い っ た ) と 呼 ば れ た 。 え る 峠 道 の 数 は き わ め て 多 く 、 物 資 運 搬 の 道 と し こ の 街 道 よ り 分 か れ 、 川 之 江 か ら 南 の 山 地 へ と 向 て 、 川 船 の 利 用 と と も に 生 活 に は 欠 か せ な い 道 で あ へ ん ろ か み ぶ ん ひ が し か な が わ か い 、 上 分 ・ 東 金 川 ・ 平 山 ・ 新 宮 を 経 て 堂 成 に 至 っ た 。 ま た 、 四 国 遍 路 ・ 金 毘 羅 参 詣 道 の ほ か 、 石 鎚 た じ か わ や ま つ る ぎ さ ん り 、 笹 ケ 峰 を 越 え て 土 佐 の 立 川 に 至 る 山 道 が 土 佐 街 山 ・ 剣 山 な ど の 山 岳 信 仰 の 道 も 開 け 、 近 世 は こ う 道 ( 北 街 道 ) で あ る 。 し た 信 仰 の 道 が 賑 わ い を 呈 し た 。 か わ べ う ち ) 」 い し づ ち

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高 松 藩 主 の 墓 所 ー ー ー イ ム 生 山 来 迎 院 法 然 寺 は 松 平 家 の 菩 提 寺 て 重 要 文 化 財 を 所 蔵 。 山 項 の 般 若 台 に 墓 地 が あ り 、 南 の 平 池 は 平 清 盛 の 改 築 。 撫 養 町 の 町 並 み ー ー ー 標 : 高 60 メ ー ト ル の 妙 見 山 の 山 頂 に 立 っ 岡 崎 城 を み が 心 に 落 ち 着 き を 与 え る 。 り 、 洲 本 へ と 抜 け る 道 を 淡 路 街 道 ( 撫 養 街 道 ) と い 、 徳 島 西 部 の 蔵 本 か ら 徳 命 の 渡 し を 経 て 大 寺 に 出 た の ち 、 大 坂 峠 を 越 え て 讃 岐 の 坂 元 ・ 馬 宿 ・ 引 田 に 至 る 道 を 讃 岐 街 道 と い っ た 。 徳 島 よ り 南 下 し 、 岩 脇 ・ 桑 野 ・ 日 和 佐 ・ 牟 岐 を 経 て 宍 喰 に 至 り 、 国 境 を か ん の う ら 越 え て 土 佐 の 甲 浦 に 至 る 道 を 土 佐 街 道 ( 東 街 道 ) と 名 づ け 、 こ れ ら を 総 称 し て 五 街 道 と い っ た 。 と き わ 讃 岐 で は 、 高 松 城 正 面 の 常 盤 橋 が 街 道 の 起 点 と な し ど っ て い た 。 東 南 へ 松 島 ・ 牟 礼 ・ 志 度 ・ 津 田 ・ 三 本 松 を 経 て 引 田 に 達 し 、 大 坂 峠 を 越 え て 阿 波 に 入 る 道 を 、 阿 波 で は 讃 岐 街 道 と 呼 志 度 街 道 ( 浜 街 道 ・ 下 道 と も い し ん だ ) と い い 、 池 戸 ・ 平 木 ・ 長 尾 を 経 て 三 本 松 で 志 度 街 道 に 合 す る 道 を 長 尾 街 道 ( 上 道 ) と い っ た 。 南 ぶ っ し よ う ざ ん へ の 道 は 、 城 下 の 丸 亀 町 か ら 御 林 を へ て 仏 生 山 に 至 る 仏 生 山 街 道 で 、 こ れ は 藩 主 の 松 平 氏 が 歴 代 の 廟 所 へ 参 拝 す る 参 詣 道 で あ っ た 。 こ の 道 は 、 さ ら に 南 に 向 か っ て 、 清 水 越 え し て 阿 波 に 通 じ て い た 。 西 に き な し 向 か う 道 に は 郷 東 ・ 鬼 無 ・ 国 分 ・ 坂 出 ・ 宇 多 津 を 経 て 丸 亀 に 達 す る 丸 亀 街 道 ( 丸 亀 で は こ の 道 を 高 松 街 道 え の い え ん ぎ た き の み や と い っ た ) 、 円 座 ・ 滝 宮 ・ 岡 田 ・ 榎 井 を 経 て 琴 平 に こ ん び ら 至 る 金 毘 羅 街 道 ( 琴 平 で は 高 松 街 道 と い う ) が あ っ た 。 以 上 が 高 松 藩 の 五 街 道 と 呼 ば れ る 道 で あ る 。 伊 予 で は 、 松 山 城 西 北 端 の 札 ノ 辻 を 起 点 と し 、 井 あ り え だ な な と り ・ 恵 原 よ り 三 坂 峠 を 越 え 、 久 万 ・ 有 枝 ・ 七 鳥 ・ 東 下 い け が わ 川 を 経 て 予 土 の 国 境 を 越 え て 土 佐 の 池 川 に 至 る 久 万 ま さ き 街 道 ( 土 佐 街 道 ) が あ っ た 。 松 山 よ り 南 下 し て 松 前 ・

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か ん の う ら 十 二 月 廿 三 日 木 下 由 里 」 と 刻 ま れ た 墓 が 注 意 を ひ 甲 浦 か ら 脱 出 し 長 州 に 赴 い た の で あ る 。 ま た 、 文 さ き の よ ま 久 三 年 九 月 、 幽 囚 の 身 と な っ た 武 市 半 平 太 を 救 お う 。 彼 女 は 美 人 で 佐 喜 沢 戸 ) の 庄 屋 に 嫁 い だ が 、 病 気 の た め 愛 児 を 残 し て 離 縁 と な り 、 死 後 霊 魂 が 愛 と し て 、 安 芸 郡 田 野 の 郷 士 清 岡 道 之 助 以 下 二 三 士 児 の も と を 訪 れ た と い い 、 墓 石 を な で る と 雨 が 降 る は 、 元 治 元 年 七 月 、 野 根 山 に 屯 集 し た 。 藩 は 謀 反 を と い う 伝 説 が 伝 え ら れ て い る 。 計 る も の と し て 討 伐 軍 を 派 遣 し た 。 関 所 の 近 く か ら 南 に 下 る 道 は 佐 喜 浜 に 通 じ る 道 で 志 士 た ち は こ れ を 知 り 、 い ち 早 く 関 所 を 脱 出 し て あ ぐ ら あ る 。 少 し 下 る と 、 番 所 役 人 の 屋 敷 跡 や 岩 佐 の 清 水 蛇 谷 を 下 り 、 安 倉 の 川 ) か ら 北 上 し 、 竹 屋 敷 の 番 所 お ご う ふ き こ し が あ り 、 番 士 頭 の 川 島 惣 次 の 屋 敷 跡 に は 石 垣 が 残 っ を 避 け て 尾 河 の 川 ) か ら 吹 越 峠 へ 赴 き 、 国 境 を 越 え そ う づ て い る 。 関 所 か ら 東 へ 通 じ る 街 道 は 、 蛇 谷 道 へ の 分 て 阿 波 の 僧 都 谷 か ら 船 津 (\ し に 出 た の で あ る 。 岐 点 を 経 て 野 根 山 主 峰 (f 」 メ ) の 下 を 通 り 、 花 折 甲 浦 へ の 廻 船 が 荒 天 の た め 予 定 通 り 到 着 し な い こ と べ っ ち ゃ く 坂 か ら い っ き に 野 根 の 別 役 に 下 っ て い る 。 四 四 キ が わ か り 、 こ の 道 を と っ た と い わ れ て い る 。 結 局 、 ロ メ 1 ト ル の 野 根 山 街 道 も こ こ で 終 わ る 。 阿 波 藩 に 捕 え ら れ て 軟 禁 さ れ た が 、 土 佐 藩 に 引 き 渡 さ れ て 護 送 の 途 中 、 九 月 五 日 、 一 度 の 取 り 調 べ も な く 奈 半 利 川 畔 で 全 員 斬 首 さ れ た 。 い た ま し い 犠 牲 で 一 、 3 。 ' 一 、 の 」 ハ 、 , 退 路 を 断 0 荒 天 0 海 と こ ろ で 、 こ の 街 道 は 古 代 の 官 道 で あ っ た と の 説 あ る 。 じ よ う き ゅ う っ ち み か ど も あ る が 、 承 久 の 変 で 土 佐 へ 配 流 さ れ た 土 御 門 上 明 治 に な っ て か ら は 、 佐 賀 の 乱 に 敗 れ た 江 藤 新 平 皇 は こ の 道 を 通 っ た と い わ れ 、 山 中 で 吹 雪 に あ い が 、 明 治 七 年 三 月 十 日 、 宇 和 島 に 上 陸 後 、 林 有 造 を は た 「 う き 世 に は か か れ と て こ そ 生 ま れ け め こ と は り 頼 っ て 幡 多 路 を 高 知 へ 向 か っ た 。 二 十 四 日 、 片 岡 健 し ら ぬ わ が 涙 か な 」 の 歌 を 残 し た と 伝 え ら れ て い 吉 宅 で 林 と 会 っ た も の の 、 目 的 を 達 す る こ と が で き き よ 、 つ ほ 、 つ と よ 、 六 代 藩 主 豊 ず 、 逃 避 行 を つ づ け 、 二 十 六 日 、 奈 半 利 で 宿 泊 し る 。 藩 政 時 代 に は 、 享 保 三 年 ( ~ し 隆 の 北 山 越 え が 始 ま る ま で は 参 勤 交 代 路 で あ っ た 。 た 。 翌 二 十 七 日 、 本 街 道 を 避 け て 奈 半 利 川 に 沿 っ て 幕 末 維 新 の 動 乱 の 際 に は 、 こ の 街 道 は 哀 史 を つ づ 北 上 し 、 安 倉 で 一 泊 し て 野 根 山 に 入 っ た が 、 大 雨 と る こ と に な る 。 勤 王 党 の 弾 圧 が 始 ま っ た 文 久 三 年 疲 労 で 苦 し み 、 二 十 九 日 、 甲 浦 に 出 た と こ ろ を 捕 縛 さ れ た の で あ っ た 。 (*l(ll<l) 十 月 に 中 岡 慎 太 郎 が 脱 藩 し て い る 。 柏 木 (% 芸 野 根 山 街 道 は 自 然 の 姿 を そ の ま ま に 今 に 伝 え る 道 し の 自 宅 を 出 て 野 川 谷 を の ば っ て 五 人 組 の 集 落 か ら 街 道 へ 入 り 、 岩 佐 の 川 島 惣 次 宅 で 一 泊 し た の ち 、 で あ り 、 歴 史 の 哀 感 を 秘 め た 道 で あ る 。 米 ケ 岡 開 拓 地 ー ー ー 300 年 前 、 白 石 伝 左 衛 門 が 開 拓 。 戦 後 の 入 植 者 の ニ 十 余 年 間 の 苦 節 の 地 て 、 近 く に お 茶 屋 場 跡 や ー 里 塚 が あ る 。 木 下 由 里 の 墓 ー ー 薄 幸 の 美 人 の 墓 。 愛 児 を 残 し 断 腸 の 思 い て 実 家 に 帰 っ て 病 死 し た 。 母 の 怨 念 と 霊 気 が こ も る 。 3 た か

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カ ラ ー ・ 南 海 路 の う た カ ラ ー ・ 随 想 上 佐 街 道 ・ 野 根 山 越 え 大 原 富 枝 街 道 あ る き 富 士 正 晴 街 道 小 史 城 下 町 が 起 点 と な っ た 街 道 山 本 大 街 道 地 図 カ ラ ー ・ 金 毘 羅 道 / 修 験 の 山 八 十 八 カ 所 に 鈴 の 音 流 れ て ー ー ー 遍 路 巡 礼 の 道 三 好 昭 一 郎 土 佐 文 雄 岐 富 士 を 望 む 天 下 の 信 仰 み ち ー ー 金 毘 羅 参 詣 の 道 市 原 輝 士 道 後 へ 通 じ る 湯 治 へ の 道 和 田 茂 樹 霊 山 に 染 ま る 修 験 の 白 衣 ー ー 石 鎚 山 と 剣 山 ・ 山 伏 の 道 武 田 明 目 次 0

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カ ラ ー ・ 南 海 路 の う た カ ラ ー ・ 随 想 上 佐 街 道 ・ 野 根 山 越 え 大 原 富 枝 街 道 あ る き 富 士 正 晴 街 道 小 史 城 下 町 が 起 点 と な っ た 街 道 山 本 大 街 道 地 図 カ ラ ー ・ 金 毘 羅 道 / 修 験 の 山 八 十 八 カ 所 に 鈴 の 音 流 れ て ー ー ー 遍 路 巡 礼 の 道 三 好 昭 一 郎 土 佐 文 雄 岐 富 士 を 望 む 天 下 の 信 仰 み ち ー ー 金 毘 羅 参 詣 の 道 市 原 輝 士 道 後 へ 通 じ る 湯 治 へ の 道 和 田 茂 樹 霊 山 に 染 ま る 修 験 の 白 衣 ー ー 石 鎚 山 と 剣 山 ・ 山 伏 の 道 武 田 明 目 次 0

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城 川 町 土 居 ー ー -- ー 甲 之 森 城 主 北 之 川 氏 の 居 館 に 由 来 し 、 檮 原 と 伊 予 を 士 、 ・ 物 資 交 換 の 要 地 て 、 い 口 ゝ 、 在 町 と し て 発 展 し た 。 般 に は 黒 森 越 え で 伊 予 に 出 る 道 が 利 用 さ れ て い た 。 土 佐 勤 王 党 と 大 石 弥 太 郎 ち な み に 、 那 須 ・ 安 岡 は 天 誅 組 に 参 加 し て 命 を 落 と 文 久 元 年 ( 一 八 ) 六 一 八 月 、 武 市 半 平 太 を 盟 主 と し て 土 し 、 大 石 は の ち に 鹿 児 島 造 士 館 の 教 授 と な っ た 。 佐 勤 王 党 が 結 成 さ れ た と き 、 盟 約 の 檄 文 を 起 草 し た の 黒 森 越 え の 道 は 、 土 地 で は 松 山 街 道 と 呼 ば れ て い は 大 石 弥 太 郎 で あ っ た 。 弥 太 郎 は 郷 士 で あ っ た が 、 文 い ま な り ど う の る 。 越 知 町 今 成 の 集 落 か ら 仁 淀 川 左 岸 に 沿 っ て 堂 久 元 年 、 洋 学 研 究 の 藩 命 を 受 け て 江 戸 に 赴 き 、 勝 海 舟 岡 に 至 り 、 焼 坂 の 急 坂 を 越 え て 袖 野 に 着 く 。 こ こ か の 門 に 入 っ た 。 ま た 、 桂 小 五 郎 ・ 樺 山 三 円 ら 薩 長 や そ の 他 の 志 士 と 交 わ っ て 時 局 に め ざ め 、 国 事 に 尽 力 し ょ ら 北 方 に 清 水 の 集 落 が 見 え る が 、 清 水 は 文 字 通 り 良 う と 決 意 し た 。 い 水 場 で 、 こ こ で は 薬 師 堂 と 呼 ん で い る 。 黒 森 山 南 翌 二 年 六 月 ご ろ 、 京 都 で 坂 本 龍 馬 に 会 い 、 藩 主 豊 範 方 の 、 集 落 の 結 節 点 と も い う べ き 街 道 の 要 衝 で あ と 随 兵 が 上 京 し た と き の 駐 屯 場 所 と し て 、 妙 心 寺 の 調 る 。 薬 師 堂 か ら は 山 道 に か か る が 、 黒 森 山 ( 一 9 」 査 を 依 頼 し た 。 そ し て 、 姫 路 に 赴 い て 上 京 途 中 の 藩 の せ い す け こ み な み ト ) へ と 尾 根 が 一 直 線 に 延 び て い る 。 稲 村 ・ 清 助 の 監 察 小 南 五 郎 右 衛 門 と 武 市 半 平 太 に 会 い 、 藩 主 が 参 集 落 を 右 に 見 て 杉 林 の 中 を の ば る と 、 一 一 所 権 現 を 祀 内 す る こ と 、 妙 心 寺 を 宿 所 と す る こ と 、 容 堂 と と も に っ た 山 頂 に 着 く が 、 道 は 山 腹 を ぬ っ て 鈴 ケ 峠 に 通 じ 事 に 当 た る こ と を 進 言 し た と い う 。 十 月 に は 藩 命 で 九 州 へ 行 っ た が 、 独 断 で 藩 主 土 佐 守 の 使 者 と 名 乗 っ て 、 て い る 。 雑 木 林 や 熊 笹 に お お わ れ た 道 を た ど り 、 よ 長 崎 奉 行 よ り オ ラ ン ダ の 新 式 銃 を 分 け て も ら う こ と に 八 四 〇 メ に 達 す る 。 う や く 鈴 ケ 峠 ( ー 成 功 し た 。 峠 に は 燈 明 台 や 杉 の 大 木 が あ っ て 、 昔 の 旅 の け わ 文 久 三 年 八 月 十 八 日 の 政 変 の の ち 、 勤 王 党 の 獄 が 起 し さ を し の ば せ て い る が 、 こ こ か ら 急 な 道 を 北 に 下 こ っ た 。 弥 太 郎 は 武 市 ら を 救 援 す る た め 、 建 白 書 を 提 か り や ま ひ う ら る と 狩 山 日 浦 ( 齬 Ⅷ し に 着 く 。 西 進 し て 竹 ノ 谷 か ら 出 し た が 成 功 し な か っ た 。 し か し 、 藩 主 の 心 を 動 か 用 居 川 ( 土 居 川 ) に 沿 っ て 北 西 に 進 み 、 用 居 の 関 所 し 、 豊 範 は 救 援 の た め 奔 走 し た の で あ る 。 こ の よ う な ぞ う し 弥 太 郎 の 陰 の 努 力 を 忘 れ て は な ら な い 。 を 通 っ て か ら 水 ノ 峠 よ り 雑 誌 山 の 峰 伝 い に 国 境 を 越 な な と り え て 伊 予 の 東 川 ( 上 美 川 郡 ) に 抜 け 、 七 鳥 ( 一 里 塚 が 現 あ り え だ 存 ) ・ 有 枝 を 経 て 久 万 に 至 る 。 い わ ゆ る 松 山 街 道 と な ど を 持 ち 帰 っ て 販 売 し た の で あ る 。 ち ょ う さ ん 久 万 街 道 と が 合 す る わ け で 、 こ の 黒 森 越 え の 道 が 佐 こ の 道 は ま た 逃 散 の 道 で あ り 、 脱 藩 の 道 で あ り 、 て ん め い ・ 松 山 を 結 ぶ 街 道 で あ っ た 。 こ の 道 は 、 人 の 往 来 軍 用 道 路 で あ っ た 。 天 明 七 年 ( ← し 、 池 川 ・ 用 居 ・ だ け で な く 物 資 運 搬 の 道 と し て 利 用 さ れ て い た 。 須 名 野 川 の 飢 饉 で 苦 し ん だ 農 民 は 、 藩 の 統 制 す る 平 紙 お く り ふ 崎 や 宇 佐 の 商 人 が 塩 干 魚 を 運 び 、 帰 り に は 椎 茸 や 紙 の 自 由 販 売 と 、 送 夫 23 次 の 公 用 往 来 に 出 る る ) の 制 度 の も ち い お か ひ ら が み 9

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三 坂 峠 旧 道 一 一 一 松 山 と 久 万 を 結 ぶ 街 道 の 難 所 て 標 高 720 メ ー ト ル 。 か っ て は 、 馬 の 背 に 荷 物 を 積 ん だ 馬 子 の 唄 声 も 聞 こ え た 。 自 然 の 悪 条 件 を 克 服 し て 人 々 は 物 資 を 運 び 、 文 化 を 文 化 の 香 り を 運 ん で く れ る も の は 海 と 陸 の 道 で あ っ 受 容 し 、 生 活 の 糧 を 得 て き た の で あ っ た 。 り よ う せ い 陸 地 が こ う し た 状 態 で あ る の で 、 い き お い 海 路 が 古 代 の 令 制 で 、 道 は 大 路 ・ 中 路 ・ 小 路 に 区 別 さ 主 要 な 交 通 路 と な っ て い た 。 波 静 か な 内 海 と 荒 波 の れ て い た 。 飛 鳥 か ら 奈 良 ・ 平 安 初 期 の 律 令 時 代 は 、 ナ い し 打 ち 寄 せ る 外 洋 と の 別 は あ る が 、 四 国 に は 古 く か ら 京 師 と 九 州 の 大 宰 府 と を 結 ぶ 道 は 政 治 ・ 軍 事 ・ 外 交 港 が 発 達 し 、 本 土 と の 連 絡 港 と し て 、 あ る い は ま た 上 き わ め て 重 要 で あ っ た 。 そ の た め 山 陽 道 は 大 路 と 商 港 ・ 避 難 港 と し て の 機 能 を 果 た し て き た の で あ 定 め ら れ て お り 、 こ れ に つ い で 京 師 を 守 る た め 東 と ら ・ さ ん る 。 そ れ に し て も 、 中 央 か ら は 遠 く 離 れ た 島 国 で あ 海 ・ 東 山 の 二 道 が 重 視 さ れ て 中 路 と い わ れ て い た 。 る た め 、 外 に 広 が っ た 海 の 開 放 的 な 明 る さ は あ る 畿 内 と 四 国 を 連 ね る 南 海 道 は 、 他 の 街 道 と も ど も 小 が 、 島 国 の も っ 閉 鎖 性 は い な め ず 、 『 古 事 記 』 に 路 と な っ て い た 。 と は い え 、 北 九 州 と 上 方 と は 陸 の 「 面 四 つ あ り 」 と 記 さ れ た 四 国 の 顔 は 、 政 治 や 経 済 山 陽 道 の ほ か 、 瀬 一 尸 内 海 の 海 路 に よ っ て 強 く 結 ば れ か み が た の 中 心 で あ る 上 方 に 向 い て い た 。 そ の 間 を 連 絡 し 、 て お り 、 南 海 道 と い っ て も 、 讃 岐 ・ 伊 予 の 瀬 戸 内 海 に 面 し た 地 域 は 早 く か ら 港 が 開 け 、 海 の メ ー ン ル ー ト を 形 成 し て い た 。 「 = 配 流 の 地 ・ 天 離 る 夷 辺 い つ ぶ ん じ ん ぐ う 伊 予 や 土 佐 の 「 風 土 記 」 逸 文 に 神 功 皇 后 の 廻 国 伝 け い こ う ち ゅ う あ い 説 が 伝 え ら れ 、 伊 予 で は 景 行 天 皇 ・ 仲 哀 天 皇 ・ 聖 ゞ を 徳 太 子 の 道 後 の 湯 へ の 入 湯 伝 説 が 記 さ れ て い る 。 早 く か ら 海 路 の 開 け て い た こ と を 物 語 る 説 話 で あ る じ よ め い さ い め い が 、 『 日 本 書 紀 』 に よ る と 、 舒 明 天 皇 ・ 斉 明 天 皇 が 伊 予 の 道 後 温 泉 へ 赴 い て お り 、 瀬 戸 内 海 の 航 路 は か な り 便 利 に な っ て い た こ と が 想 像 さ れ る 。 『 万 葉 集 』 に は 、 斉 明 天 皇 の と も を し た 額 田 王 に き た っ 熟 田 津 に 船 乗 り せ ん と 月 待 て ば か て ぬ か た の お お き み 27 ー ー - 城 下 町 が 起 点 と な っ た 街 道

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道 後 温 泉 本 館 ( 右 ) と 又 新 殿 ( 左 ) ー 一 本 館 は 「 神 の 湯 」 と 称 し 明 治 27 年 の 、 又 新 殿 は 皇 族 湯 て 明 治 32 年 の 建 築 。 和 田 茂 樹 道 後 へ 通 じ る 湯 治 へ の 道 愛 媛 大 学 名 誉 教 授 じ よ め い 『 日 本 書 紀 』 に よ れ ば 、 舒 明 天 皇 は 、 そ の 十 一 年 ゅ の み や 神 話 時 代 に さ か の ば る 記 録 (){ 三 ) 十 二 月 十 四 日 「 伊 予 の 温 湯 宮 に 幸 す 」 、 翌 十 う ま や さ か の み や 日 本 最 古 、 四 国 で 一 つ と い わ れ た 道 後 温 泉 へ の 二 年 四 月 十 六 日 厩 坂 宮 に 還 幸 し 、 四 カ 月 も 滞 在 さ い め し 「 湯 治 の み ち 」 は 、 遍 路 道 や 金 毘 羅 道 の よ う な 固 有 し て い た 。 斉 明 天 皇 は そ の 七 年 ( 六 , ) 正 月 六 日 、 西 な に わ の も の で は な い 。 海 路 と 陸 路 と 、 近 代 に な っ て は 汽 征 の た め 難 波 を 出 港 、 備 前 国 大 伯 に 寄 港 し 、 十 四 日 に き た っ い わ ゆ の か り み や は 船 ・ 鉄 道 ・ 空 路 と 変 じ た 。 「 御 船 伊 予 熟 田 津 の 石 湯 行 宮 に 泊 っ 」 と 、 難 波 か ら な の お お っ 瀬 戸 内 海 は 、 四 国 と 本 州 ・ 九 州 と を 結 ぶ 大 き な 海 九 日 の 航 程 を 要 し た 。 三 月 二 十 五 日 那 大 津 ( 博 多 ) い よ の く に ふ ど き い つ ぶ ん お お あ ま の み こ お お な な か の お お え の お う じ 路 で あ っ た 。 『 伊 予 国 風 土 記 』 逸 文 に よ れ ば 、 大 穴 着 の 間 、 中 大 兄 皇 子 ( 後 の 天 智 天 皇 ) 、 大 海 人 皇 子 く だ ら す く な ひ こ な の み こ と む ち の み こ と お お く に ぬ し の み こ と 持 命 ( 大 国 主 命 ) と 少 彦 名 命 に よ っ て 、 温 泉 の ( 後 の 天 武 天 皇 ) も 同 行 、 湯 治 二 カ 月 余 、 百 済 救 援 の 効 験 が は じ め て 知 ら れ 、 そ の 後 、 行 天 皇 と 皇 妃 、 た め に 瀬 戸 内 海 沿 岸 諸 国 か ら 将 兵 を 徴 発 し て い た の ち ゅ う あ い じ ん ぐ う 仲 哀 天 皇 と 神 功 皇 后 な ど の 道 後 来 浴 が 記 さ れ 、 従 で あ る 。 熟 田 津 出 港 に さ い し て 詠 ん だ 、 く ま そ 熟 田 津 に 船 乗 り せ む と 月 待 て ば 来 地 元 で は 熊 襲 征 伐 や 、 筑 紫 征 討 な ど の 西 征 の 途 次 、 道 後 温 泉 に 立 ち 寄 っ た と 説 か れ た が 、 他 に 論 拠 潮 も か な ひ ぬ 今 は 漕 ぎ い で な ( 額 田 王 ) 七 一 七 — 、 の 歌 が あ る 。 『 万 葉 集 』 初 期 の 代 表 作 で 、 九 州 へ は な い 。 風 土 記 編 纂 の こ ろ ( 七 二 四 ) 海 上 交 通 の 向 け て の 気 迫 が 感 じ ら れ る で あ ろ う 。 六 〇 — 七 〇 年 進 出 に つ れ て の 伝 承 で あ ろ う 。 ほ う こ う や ま べ の あ か ひ と 法 興 六 年 ( 推 古 天 皇 四 年 、 「 九 ) 、 聖 徳 太 子 は 、 僧 恵 後 、 山 部 赤 人 も 、 聖 徳 太 子 や 熟 田 津 の 歌 を 懐 か し ん じ か つ ら ぎ の お み ゅ の お か い よ の ゆ 慈 と 葛 城 臣 を 従 え て 来 浴 し 、 湯 岡 の 側 に 碑 文 を 建 で 「 伊 予 温 泉 に 至 り て 作 れ る 歌 一 首 并 に 短 歌 」 を 詠 て た 。 わ が 国 最 古 の 金 石 文 の 一 つ と し て 重 視 さ れ て じ た 。 『 万 葉 集 』 に 収 め た 四 国 の 歌 で は 西 の は て 、 い る が 埋 没 し て 、 『 伊 予 国 風 土 記 』 に そ の 全 文 を 知 り 船 旅 出 港 の 詠 草 と い う べ き で あ ろ う 。 う る の み で 、 今 は 幻 の 碑 と な っ て い る 。 太 子 の 滞 在 平 安 時 代 に は 、 都 に 帰 っ た 伊 予 守 の 話 か ら 、 伊 予 ゅ げ た は 小 一 月 、 対 朝 鮮 政 策 の た め か と い わ れ て い る 。 の 湯 桁 翁 槽 ) が 数 多 く の 譬 え に 、 日 常 用 い ら お お く た と ぬ か た の お お き み