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検索対象: 現代日本の文学 Ⅱ― 3 北原 白秋 斎藤 茂吉 釈 迢空 集

現代日本の文学 Ⅱ― 3 北原 白秋 斎藤 茂吉 釈 迢空 集から 316件ヒットしました。

現代日本の文学 Ⅱ― 3 北原 白秋 斎藤 茂吉 釈 迢空 集


大 石 田 時 代 の 歌 を 収 録 し た 第 十 六 歌 集 『 白 き 山 』 歌 集 自 き 山 ー 上 昭 和 十 四 年 七 月 、 蔵 王 熊 野 岳 山 頂 の 歌 碑 を 背 に 。 昭 和 九 年 八 月 に 建 立 さ れ た 最 初 の 茂 吉 歌 碑 で 、 文 字 は 自 筆 左 昭 和 一 一 十 一 年 、 最 お 川 河 畔 で 。 こ の 年 か ら 二 年 間 山 形 県 ・ 大 石 田 に 住 む 昭 和 22 年 8 月 16 日 , 東 北 御 巡 幸 中 の 天 皇 に 短 歌 の 御 進 講 に 赴 く と こ ゆ う き あ い 差 う か ろ 。 左 は 結 城 哀 章 果 ( 上 山 に て ) ィ 一 お う く ま の た け 昭 和 26 年 夏 , 箱 根 強 羅 の 山 荘 に て 次 男 宗 吉 ( 北 経 美 ) と 。 れ が 最 後 の 根 滞 在 と な る 昭 和 26 年 11 月 4 日 , 文 化 勲 章 拝 受 の 翌 日 自 宅 で 。 右 か ら 次 女 昌 子 , 孫 茂 一 , 妻 輝 子 , 茂 吉 , 孫 の 章 二 と 恵 子 , 長 男 茂 太 , 茂 太 の 妻 美 智 子

現代日本の文学 Ⅱ― 3 北原 白秋 斎藤 茂吉 釈 迢空 集


時 、 宮 廷 の こ と に 関 し て 、 は な は だ し く 神 経 質 で あ っ た 時 の 一 部 の 勢 力 を 意 識 し て の こ と で あ っ た 。 大 津 皇 子 は 天 武 天 皇 の 皇 子 、 母 は 天 智 天 皇 の 皇 女 で 持 統 天 皇 の 姉 に あ た る 大 田 皇 汝 。 母 や ま べ し ゅ ち ょ , と 同 じ 天 智 天 皇 の 皇 女 山 辺 を 妃 と し た 。 朱 鳥 元 年 九 月 、 天 武 天 し ら ぎ 皇 崩 御 後 ま も な く 、 新 羅 僧 行 心 ら に そ そ の か さ れ て 謀 叛 を 企 て た が 発 覚 す る と こ ろ と な り 、 同 年 十 月 三 日 、 訳 語 田 の 地 に て 処 死 者 の 書 刑 さ れ た 。 行 年 一 一 十 四 。 = 石 死 者 の 書 古 代 = ジ 。 フ ト で は 、 死 者 の に お け る 旅 路 は 決 = 石 耳 面 刀 自 藤 原 足 の 女 。 鎌 足 の 第 一 一 子 不 比 の 妹 で 、 大 友 し て 平 穏 な も の で は な く 、 無 数 の 危 険 が そ の 行 程 の 前 途 に 横 た 皇 子 の 妃 だ っ た と い う 。 い っ き の み や わ っ て い る と 考 え ら れ て い た 。 い わ ゆ る 『 死 者 の 書 』 と は 、 こ 三 ズ 伊 勢 の 国 : : : 巫 女 斎 宮 の こ と 。 斎 宮 は 伊 勢 の 神 宮 に 奉 仕 の 旅 路 を 安 全 な も の と す る 目 的 で 、 紀 元 前 二 千 年 頃 、 。 ハ 。 ヒ ル ス じ ゅ じ ゅ っ て き し た 未 婚 の 皇 女 、 ま た は 王 女 を い う 。 こ こ で は 大 津 皇 子 の 同 母 の 巻 き 物 や 動 物 の 皮 に 、 呪 術 的 に 書 か れ た も の で あ る 。 著 者 が あ み だ ぞ う 姉 儁 驪 の こ と 。 十 四 歳 で 斎 宮 と な り 、 皇 子 の 死 の 一 か 月 半 『 山 越 し の 阿 弥 陀 像 の 画 因 』 の 中 で 「 ゑ ち ぶ と も ど き の 本 」 と 後 朱 鳥 元 年 十 一 月 十 六 日 、 一 一 十 六 歳 の と き に 帰 京 し て い る 。 自 ら 述 べ て い る よ う に 、 こ の 作 品 は そ の 『 死 者 の 書 』 を 意 識 し 三 一 九 「 巌 石 の 上 に : : : 」 大 伯 皇 女 の 弟 を 悲 し む 歌 。 『 万 葉 集 』 巻 、 、 0 て 書 か れ て い る 。 最 初 、 昭 和 十 四 年 一 月 か ら 三 月 に わ た っ て 「 日 本 評 論 」 に 連 載 し 、 昭 和 十 八 年 九 月 、 青 磁 社 か ら 刊 行 さ れ 三 一 九 う っ そ み の : ・ 祠 前 ・ 一 六 五 。 た 。 四 六 判 百 八 十 一 一 ペ 1 ジ 、 定 価 三 円 八 十 銭 。 装 梶 は 著 者 の エ = 一 〈 一 一 上 山 奈 良 県 北 城 郡 と 大 阪 府 南 河 内 郡 の 境 に あ る 山 。 葛 城 の 一 一 上 山 と い わ れ 、 葛 城 山 脈 の ひ と つ 。 二 峰 あ り 、 ヒ : 」 カ 雄 岳 夫 に な り 、 数 種 の △ 山 越 し 阿 弥 陀 像 > の 図 版 五 枚 を 挿 圦 し 、 見 返 し に は 紺 紙 金 泥 の 写 経 風 を 摸 し 、 光 明 皇 后 筆 の 楽 毅 論 を 印 刷 で 高 く ( 五 一 〇 メ ー ト ル ) 、 南 が 雌 岳 で や や 低 い ( 四 七 四 メ 1 し た 。 な お 、 青 磁 社 本 刊 行 に 際 し 、 著 者 は 全 編 に お よ ぶ 改 訂 を ト ル ) 。 雄 岳 の 頂 上 に 一 一 上 神 社 と 大 津 皇 子 の 墓 が あ る 。 た だ し お こ な っ た 。 著 者 は 、 「 日 本 人 の 考 へ た 山 越 し の 阿 弥 陀 像 の 由 著 者 は 、 本 書 の 第 一 一 章 で は 、 墓 の あ り 場 所 を 山 頂 と は し て い な 来 を 書 く こ と は 、 日 本 人 総 体 の 精 神 分 析 の 一 部 に 当 る こ と を す む ち ま ろ 解 る や う な こ と に な る か も し れ ぬ 」 ( 『 山 越 し の 阿 弥 陀 像 の 画 因 』 ) 一 一 三 一 藤 原 南 家 郎 女 「 南 家 」 は 不 比 等 の 子 、 武 智 麻 呂 の 流 れ 。 武 と 言 い 、 ま た 、 自 分 の 作 品 の 多 く が 消 え 去 る こ と に な っ て も 、 智 麻 呂 の 子 、 豊 成 の 女 が こ の 郎 女 。 注 『 死 者 の 書 』 だ け は 残 る 、 と 言 0 た と い う が 、 発 表 当 時 は あ ま = 一 = 一 天 若 日 子 の 昔 語 り 天 っ 神 の 使 と し て 聞 雲 に 下 り 、 下 照 姫 を り 評 判 に な ら な か っ た 。 妻 と し て 、 天 っ 神 に 叛 い て 殺 さ れ た 。 ア ジ シ キ タ カ ヒ コ ネ ノ 神 し が つ ひ こ も や 三 一 七 彼 の 人 滋 賀 津 彦 。 実 は 大 津 皇 子 。 そ う 名 づ け た の は 、 発 表 に よ っ て 喪 屋 を 破 壊 さ れ 、 肉 体 か ら 遊 離 し た 霊 魂 を 呼 び 迎 え る 釈 迢 空 集 注 解 お お つ の み こ む お さ だ て ん む お お た の ひ め み こ む ほ ん

現代日本の文学 Ⅱ― 3 北原 白秋 斎藤 茂吉 釈 迢空 集


昭 和 十 六 年 ( 一 九 四 一 ) 五 十 九 歳 巡 幸 の 天 皇 に 拝 謁 。 十 一 月 三 日 、 大 石 田 を 去 り 、 翌 日 世 田 谷 区 代 田 Ⅷ 四 月 、 佐 渡 に 旅 し 、 帰 途 郷 里 を 訪 ね た 。 十 二 月 、 太 平 洋 戦 争 勃 発 。 一 ノ 四 〇 〇 の 自 宅 に 帰 る 。 昭 和 十 七 年 ( 一 九 四 一 l) 六 十 歳 昭 和 ニ 十 三 年 ( 一 九 四 八 ) 六 十 六 歳 し ろ も も 一 一 月 、 歌 集 『 白 桃 』 を 刊 行 。 五 月 、 還 暦 を 記 念 し て 笹 谷 峠 を 越 え る 。 一 月 、 養 母 斎 藤 ひ さ 没 。 四 月 、 歌 集 『 遍 歴 』 を 刊 行 。 十 月 、 正 倉 院 、 八 月 、 『 伊 藤 左 千 夫 』 刊 。 夏 、 強 羅 に こ も り 『 作 歌 四 十 年 』 を 執 筆 。 京 都 御 所 を 拝 観 し 、 山 陰 を へ て 中 村 憲 吉 の 墓 参 を 行 う 。 昭 和 十 八 年 ( 一 九 四 一 一 l) 六 十 一 歳 昭 和 ニ 十 四 年 ( 一 九 四 九 ) 六 十 七 歳 夏 、 強 羅 で 「 短 歌 初 学 門 」 ( 未 完 の ま ま 全 集 に 収 録 ) の 稿 を つ づ け る 。 一 一 月 、 『 茂 吉 小 文 』 、 三 月 、 『 島 木 赤 彦 』 、 四 月 、 歌 集 『 小 園 』 を 刊 行 。 さ ね と も 十 月 、 茂 太 、 字 田 美 智 子 と 結 婚 。 同 月 『 小 歌 論 』 、 十 一 月 、 『 源 実 朝 』 、 五 月 、 皇 居 で 陪 食 。 七 月 、 『 幸 田 露 伴 』 、 八 月 、 歌 集 『 白 き 山 』 、 九 じ よ , し 歌 集 『 の ぼ り 路 』 、 十 二 月 、 『 正 岡 子 規 』 を そ れ ぞ れ 刊 行 し た 。 月 、 『 近 世 歌 人 評 伝 』 を 上 梓 。 こ の 年 夏 頃 か ら 衰 弱 が 目 立 ち 始 め た 。 昭 和 十 九 年 ( 一 九 四 四 ) 六 十 一 一 歳 昭 和 ニ 十 五 年 ( 一 九 五 〇 ) 六 十 八 歳 一 月 、 茂 太 応 召 。 夏 、 『 作 歌 四 十 年 』 を 書 き つ ぐ 。 七 月 、 『 童 馬 山 房 一 月 、 歌 集 『 と も し び 』 刊 ( 五 月 、 読 売 文 学 賞 を 受 け る ) 。 六 月 、 夜 話 第 一 』 、 九 月 、 同 第 一 一 を 刊 行 。 十 一 月 、 長 女 百 子 が 結 婚 し た 。 歌 集 『 た か は ら 』 、 十 月 、 『 明 治 大 正 短 歌 史 』 、 十 一 月 、 歌 集 『 連 山 』 こ の 年 、 「 ア ラ ラ ギ 」 は 十 一 一 月 号 を 最 後 に 休 刊 と な る 。 を 刊 行 。 十 月 、 左 側 不 全 麻 痺 に お そ わ れ る 。 十 一 月 、 新 宿 区 大 京 町 昭 和 ニ 十 年 ( 一 九 四 五 ) 六 十 三 歳 一 三 に 移 る 。 か な か め 四 月 、 単 身 で 郷 里 金 瓶 の 斎 藤 十 右 衛 門 方 に 疎 開 し た 。 同 月 、 『 文 学 昭 和 ニ 十 六 年 ( 一 九 五 一 ) 六 十 九 歳 や し や ご 直 路 』 を 刊 行 。 五 月 、 空 襲 で 東 京 の 自 宅 と 旧 病 院 ( 当 時 都 に 移 譲 ず 三 月 、 『 続 明 治 大 正 短 歌 史 』 、 四 月 、 『 歌 壇 夜 叉 語 』 、 六 月 、 歌 集 『 石 み ) を 焼 失 。 翌 月 、 妻 と 次 女 が 来 て 同 居 し た 。 八 月 十 五 日 、 終 戦 と 泉 』 刊 。 十 一 月 、 文 化 勲 章 を 受 け る 。 十 二 月 、 歌 集 『 霜 』 刊 。 な る 。 九 月 、 「 ア ラ ラ ギ 」 復 刊 。 昭 和 ニ 十 七 年 ( 一 九 五 一 l) 七 十 歳 昭 和 ニ 十 一 年 ( 一 九 四 六 ) 六 十 四 歳 五 月 、 『 斎 藤 茂 吉 全 集 』 の 刊 行 始 ま る ( 三 十 一 一 年 七 月 完 結 ) 。 十 一 月 、 お お い し だ に と ペ 一 月 末 、 板 垣 丑 だ の 世 話 で 単 身 大 石 田 に 移 り 、 翌 月 か ら 一 一 藤 部 兵 文 化 功 労 年 金 受 賞 者 と な る 。 ち ょ う き ん し よ お く 右 衛 門 家 の 離 れ ( 聴 禽 書 屋 と 命 名 ) に 落 着 く 。 三 月 、 『 童 馬 山 房 夜 昭 和 ニ 十 八 年 ( 一 九 五 = l) 娶 ん 干 、 話 第 三 』 刊 。 同 月 よ り 左 湿 性 肋 膜 炎 を 病 み 、 五 月 上 句 ま で 病 臥 し 二 月 一 一 十 五 日 午 前 十 一 時 一 一 十 分 、 心 臓 喘 息 で 死 去 。 七 十 歳 九 ヶ 月 。 た 。 四 月 、 茂 太 に 孫 茂 一 生 ま れ る 。 八 月 、 歌 集 『 っ ゅ じ も 』 刊 行 。 三 月 一 一 日 、 築 地 本 願 寺 で 葬 儀 及 び 告 別 式 を 執 行 。 戒 名 は 生 前 自 撰 の 十 月 、 御 歌 会 選 者 と な る 。 同 月 、 『 童 馬 山 房 夜 話 第 四 』 刊 。 赤 光 院 仁 誉 遊 阿 暁 寂 清 居 士 。 五 月 一 一 十 四 日 、 郷 里 金 瓶 の 宝 泉 寺 に 分 昭 和 ニ 十 ニ 年 ( 一 九 四 七 ) 六 十 五 歳 骨 埋 葬 、 六 月 四 日 、 東 京 青 山 墓 地 で 埋 骨 式 が 行 わ れ た 。 翌 年 の 一 周 四 月 、 『 短 歌 一 家 一 = ロ 』 『 作 歌 実 語 鈔 』 『 万 葉 の 歌 境 』 、 七 月 、 『 童 牛 漫 忌 に 門 下 の 手 に よ り 、 十 七 冊 め の 最 終 歌 集 『 つ き か げ 』 を 刊 行 。 語 』 、 八 月 、 歌 集 『 遠 遊 』 を そ れ ぞ れ 刊 行 し た 。 八 月 十 六 日 、 東 北 本 林 勝 夫 は い え っ

現代日本の文学 Ⅱ― 3 北原 白秋 斎藤 茂吉 釈 迢空 集


435 注 解 れ 、 古 く か ら 書 の 手 本 と し て 用 い ら れ た 。 第 五 編 、 自 選 歌 集 と し て 大 正 十 四 年 五 月 三 十 日 に 刊 行 さ れ た 処 三 吾 出 雲 宿 禰 の ・ : 以 下 の 説 話 は 『 出 雲 国 風 土 記 』 に よ る 。 女 歌 集 。 四 六 判 一 一 百 六 十 六 ペ 1 ジ 。 一 ペ 1 ジ 四 首 組 。 定 価 一 円 三 犬 大 師 太 政 大 臣 に あ た る 官 位 。 こ こ で は 仲 麻 呂 の こ と 。 八 十 銭 。 昭 和 四 年 五 月 、 初 版 本 に 多 少 加 筆 し て 改 造 社 文 庫 第 一 一 お お と も の た び と や か も ち お ば 部 第 五 十 九 編 と し て 二 万 部 再 刊 、 全 集 第 一 一 十 一 巻 に 収 め ら れ た 昊 一 仮 郎 女 大 伴 旅 人 の 妹 で 家 持 の 叔 母 に あ た る 。 伴 の 坂 上 の 郎 女 と い う 。 坂 上 は 小 氏 。 初 め 穂 積 皇 子 、 つ ぎ に 不 比 等 、 さ の は こ の 文 庫 本 で あ る 。 内 容 は 、 明 治 三 十 七 年 の 中 学 生 時 分 よ す く な ま ろ ら に 宿 奈 麻 呂 に 嫁 し 、 宿 奈 麻 呂 と の あ い だ に 一 一 子 が あ る 。 万 葉 り 大 正 十 四 年 に 至 る 作 品 で 、 巻 末 に 自 ら の 短 歌 へ の 関 り を 示 す 歌 人 と し て 著 名 。 長 文 の 「 追 ひ 書 き 」 が 付 さ れ て い る 。 や ま の べ の あ か ひ と 云 一 山 部 の : : : 山 部 赤 人 の こ と 。 赤 人 は 今 で は 万 葉 歌 人 と し て = か の 子 ら や ・ : : ・ 下 句 の 「 ( 生 き の ) ひ そ け さ 」 と い う 語 が あ 名 が 高 い 。 し か し 、 当 時 の 知 名 度 は こ の 程 度 で は な か っ た か と っ て 初 め て こ の 一 首 に 独 特 の 味 わ い が 出 て い る 。 こ の 「 ひ そ け い う 著 者 の 解 釈 が 、 こ う い う 表 現 と な っ て い る 。 さ 」 と い う 語 は 、 「 か そ け さ 」 や 「 さ び し さ 」 な ど の 語 と と も 三 六 一 一 昔 見 し : ・ 『 万 葉 集 』 巻 三 ・ 三 七 八 の 歌 。 に 、 作 者 の 愛 用 語 、 多 用 語 で あ っ た 。 因 み に 、 こ の 歌 集 に は 大 は や ぶ さ わ け の み こ に ん と く め と り の お お き み 三 隼 別 隼 別 皇 子 。 仁 徳 天 皇 と 女 鳥 女 王 を 争 っ て 妻 と し た が 、 正 十 三 年 作 と し て 五 十 一 一 首 の 作 品 が 出 て い る が 、 「 さ び し 」 の あ め わ か ひ こ 天 皇 の 怒 り に ふ れ て 殺 さ れ た 。 著 者 は こ こ で 、 天 若 日 子 、 隼 別 使 用 例 は 十 一 例 で 約 二 割 強 と か な り 多 い 。 こ れ に 「 ひ そ け さ 」 皇 子 、 大 津 皇 子 を 、 朝 廷 へ の 反 逆 者 と し て 、 み な 同 じ 人 格 に み 「 か そ け さ 」 の 例 を 加 え る と 、 十 六 例 で 実 に 三 割 に も な る 。 こ な し て い る 。 れ ら の 語 は 『 海 や ま の あ ひ だ 』 で 定 着 し た と い っ て よ く 、 以 後 ひ ん し ゆ っ 三 曼 陀 羅 の 相 サ ン ス ク リ ッ ト の mandala の 音 訳 。 本 質 を 所 も 迢 空 短 歌 に 独 自 の 味 わ い を 与 え る 語 と し て 頻 出 す る 。 有 せ る も の 、 字 宙 の 真 理 を 表 現 し た も の の 意 味 だ が 、 具 体 的 な = 〈 一 供 養 塔 著 者 に は 旅 の 歌 が 多 い 。 こ の 一 連 は 「 遠 冊 奥 知 家 」 け た が わ 用 例 と し て は 、 壇 、 諸 仏 の 集 ま り を さ す 。 曼 陀 羅 に は 三 種 類 あ 「 木 地 屋 の 家 」 「 気 多 川 」 と 同 じ く 、 奥 遠 州 で の 旅 の 経 験 で あ ぼ さ っ る が こ こ に い う 曼 陀 羅 の よ う な 、 諸 仏 、 菩 薩 、 明 王 、 天 の 集 ま る 。 民 俗 学 者 と し て の 採 訪 旅 行 や 講 演 旅 行 な ど 、 そ の 回 数 は 膨 り を 、 画 像 を か り て 表 現 し た 形 象 曼 陀 羅 が ふ つ う に 知 ら れ て い 大 な も の な の で 、 当 然 と い え ば 当 然 だ が 、 そ れ で は 著 者 独 特 の 、 る も の で あ る 。 つ ま り 、 浄 土 の 相 だ 。 ほ か に 自 性 曼 陀 羅 、 観 想 ま る で 息 づ い て い る よ う な 旅 の 歌 の 説 明 と は い え な い 。 こ こ で 曼 陀 羅 が あ る 。 日 本 で は 平 安 時 代 の 初 め 、 空 海 が 中 国 風 の も の は 、 「 『 日 光 』 の 第 一 号 に 、 供 養 塔 以 下 の 連 作 を 出 し た の は 、 幾 た い ま を 伝 え た 。 な お 、 当 麻 曼 陀 羅 は 、 本 来 曼 陀 羅 と は 区 別 さ れ る ・ ヘ 分 悲 劇 的 な 精 神 が 、 私 の 胸 に あ っ た か ら で 、 而 も 、 こ れ が ゆ く き 、 浄 土 変 相 図 で あ る 。 り な く も 、 私 の 歌 の 出 直 し 、 た て 直 し の 機 会 に な っ た の で あ る 。 そ れ と 共 に 、 『 さ び し さ 物 を て 終 始 す る 、 私 の 歌 の 本 来 の て 海 や ま の あ ひ だ ( 抄 ) ま ( テ 1 マ ) の あ る 処 も 訣 る 訣 で あ る 」 ( 「 自 歌 自 註 」 ) と い う 著 そ う し ょ 三 『 海 や ま の あ ひ だ 』 は 、 改 造 社 が 企 て た 現 代 代 表 短 歌 叢 書 の 者 の 一 言 葉 を 示 し て お く 。 体 質 と 旅 が 見 事 に 合 致 し た こ と は い う し か

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だ 書 か れ た こ と の な い よ う な 、 日 本 人 の 内 的 世 界 を 描 き 出 そ う と し た も の で 、 そ の 点 で は 普 通 の 小 説 を 読 む こ の 小 説 は 、 幾 代 も に 渡 る 人 び と の 心 の 底 に 、 あ る 7 の と 少 し 違 っ た 理 解 の 仕 方 が 必 要 か と 思 わ れ る 。 い は 意 識 下 の 意 識 の 中 に 、 執 念 深 く ひ そ か に 流 れ つ づ 『 死 者 の 書 』 の 作 者 が 小 説 の 主 人 公 と し て ま ず 登 場 さ け る 前 代 の 執 着 が 、 新 し い 世 の 浄 化 を 経 て 、 新 し い 生 お つ の み こ し つ ひ こ せ て く る 大 津 皇 子 ( 滋 賀 津 彦 ) は 、 死 後 百 年 近 く も た っ 活 の 情 熱 に 昇 華 し て ゆ く こ と を 書 い て い る と 言 え よ う 。 て 、 一 一 上 乢 の 心 の 中 で そ の 感 覚 を よ み が え ら せ 、 死 し か も 作 者 は 、 人 間 の 内 的 な そ う い う 営 み は 、 古 代 お と め の 間 際 に こ の 世 の 清 く 美 し い 乙 女 の 上 に 凝 ら し た 執 着 の 一 時 期 に だ け あ っ て そ こ で 終 っ た の で な く 、 そ れ ぞ か っ し 」 - っ ・ を よ み が え ら せ る 。 し か も そ の 執 着 の 思 い は 、 大 津 皇 れ の 時 代 な り の 姿 で 、 今 も わ れ わ れ の 心 の 内 的 な 葛 藤 と し て 続 い 子 の み に 限 ら す 、 遠 く は 大 国 主 の 娘 を 愛 し て 天 の 神 の て い る と 考 え て い る 。 だ か ら 、 こ の 小 説 は あ め わ か ひ こ め と リ の お お き な 罰 を 受 け る 神 代 の 天 若 日 子 や 、 女 鳥 女 王 に 懸 想 し て 命 単 な る 古 代 小 説 で は な く 、 現 代 の わ れ わ れ の 心 に も 、 は や ふ さ わ け の お お き み 十 分 に 語 り か け て く る 力 を 持 っ て い る は ず な の で あ る 。 を 絶 た れ る 隼 別 王 を は じ め 、 古 代 の 村 の 世 々 の 男 の 心 に ひ そ む 、 し す ま り カ た い 執 念 の 、 い に ま で ひ ひ き あ う さ て 、 一 生 を 独 身 で 過 し 、 頼 り に す る 養 子 を 黄 島 思 い で あ る 。 で 戦 死 さ せ た 戦 後 の 迢 空 、 晩 年 の 迢 空 の 短 歌 作 品 は 、 大 津 皇 子 の 死 に 際 の 思 い は 、 そ れ か ら 三 代 を 経 た 今 歌 集 『 倭 を ぐ な 』 に 収 め ら れ て い る 。 『 倭 を ぐ な 』 は 、 な ん け い ら つ め の 藤 原 氏 の 娘 、 南 家 の 郎 女 の 上 に ま で 及 ん で ゆ く が 、 そ の 内 容 が 「 倭 を ぐ な 」 と 「 倭 を ぐ な 以 後 」 の 二 部 ー そ う め い 郎 女 の 側 か ら い え ば 、 新 し い 世 の 聡 明 な 智 恵 と 宗 教 心 分 か れ 、 前 者 は 戦 争 中 か ら 昭 和 二 十 二 年 末 ま で の 作 品 、 を 身 に つ け た 姫 の 心 は 、 古 い 大 津 皇 子 の 執 着 を 、 新 し 後 者 は 二 十 三 年 か ら 亡 く な る 二 十 八 年 ま で の 作 品 を 収 あ み だ ぶ つ い 阿 弥 陀 仏 へ の 宗 教 的 な 憧 と し て 浄 化 さ せ て 行 く 録 し て い る 。 本 集 で は 、 そ の う ち の 「 倭 を ぐ な 」 の 立 ロ 姫 は 大 津 皇 子 の 葬 ら れ た 二 上 山 の 男 獄 ・ 女 獄 の 間 に 姿 か ら 歌 を 抄 出 し た 。 を 現 わ す 金 色 の 仏 の 姿 に 引 き 寄 せ ら れ 、 そ の 宗 教 的 自 戦 死 し た 子 を み 輯 く 歌 、 国 敗 れ た の ち の 人 の 心 の 覚 を 深 め て ゆ く の で あ る 。 姫 の 新 し い 智 と 愛 に よ っ て 、 荒 廃 を 悲 し む 歌 、 荒 廃 の 中 か ら 次 の 世 を 負 う 幼 い 者 、 し ず お ん ね ん 久 し く 鎮 ま ら な か っ た 大 津 皇 子 の 古 代 的 怨 念 も 安 ら ぎ 若 い 者 に 末 長 い 望 み を 撼 そ う と 願 う 歌 な ど 、 そ の し を 得 る 、 と い う の が 、 『 死 者 の 書 』 の 一 つ の 主 題 で あ く は げ し い 内 容 は 、 戦 前 の 歌 に 見 ら れ な い も の が あ る お お く お だ け 0 ろ 、 つ 0

現代日本の文学 Ⅱ― 3 北原 白秋 斎藤 茂吉 釈 迢空 集


ュ を ・ 物 を Ⅲ 財 昭 和 十 三 年 、 改 造 社 が 企 画 し た 「 新 万 葉 集 』 の 審 査 員 一 同 と 。 前 列 右 か ら う つ は 太 田 水 穂 、 窪 田 空 穂 、 三 人 お い て 与 さ の あ き こ 謝 野 品 子 、 後 列 右 か ら 迢 空 、 斎 藤 茂 吉 ・ 第 の こ と よ ル 第 空 第 二 歌 集 『 春 の こ と ぶ れ 』 ( 昭 和 5 年 1 月 , 梓 書 房 か ら 刊 行 ) は る ス 右 昭 和 5 年 , 藤 井 春 洋 ( 昭 和 19 年 に 迢 空 の 養 子 と な る ) の 国 学 院 大 学 卒 業 を 記 念 し て 昭 和 10 年 12 月 , 沖 繩 へ の 民 俗 採 訪 旅 行 の 途 次 キ の ペ マ ロ い 昭 和 11 年 7 月 , 中 学 ・ 大 学 時 代 の 恩 帥 三 矢 重 松 の 歌 碑 除 幕 式 で 。 前 列 左 か ら 武 田 祐 吉 , 迢 空 昭 和 15 年 , 国 学 院 大 学 講 堂 に て 「 大 倭 未 来 記 」 を 上 演 す る に 際 し て ( 前 列 左 か ら 三 人 目 迢 空 )

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434 た め の モ ガ リ が 完 成 し な か っ た 。 し た が っ て 天 若 日 子 は 、 生 者 さ れ る 公 文 書 を い う 。 も ん む と し て 復 活 す る こ と は も ち ろ ん 、 死 者 と し て も 完 成 し な い 者 と 三 当 天 真 宗 豊 祖 父 尊 文 武 天 皇 の こ と 。 げ ん め い な っ た 、 と い う の が そ の 「 昔 語 り 」 で あ る 。 話 0 日 本 根 子 天 津 御 代 豊 国 成 姫 の 大 尊 元 明 天 皇 の こ と 。 い ら つ め = = = 横 佩 家 藤 原 南 家 の 豊 成 ( 郎 女 の 父 ) の 家 。 豊 成 は 伊 達 者 で = 当 大 伴 家 持 父 は 橘 。 七 八 五 年 八 月 、 中 納 一 = 〔 従 = 一 位 で 没 し た 。 普 通 の 人 が た て に 佩 く 太 刀 を 横 た え て 吊 っ た こ と が 、 第 六 章 に 万 葉 歌 人 で 、 『 万 葉 集 』 の 成 立 に 深 く 関 係 し て い る 。 大 伴 氏 の 出 て く る 。 氏 の 上 と し て 衰 退 し つ つ あ っ た 大 伴 氏 を 率 い た 。 藤 原 氏 と そ の = 話 四 筋 、 不 比 等 の 一 子 武 智 麻 呂 の 開 い た 南 家 、 一 一 子 の 、 反 対 勢 力 の 中 で 、 仲 麻 呂 の 死 の 八 か 月 程 前 、 天 平 宝 字 八 年 正 月 し き け 4 ′ - 力 し き ょ ) け 三 子 宇 合 の 式 家 、 四 子 麻 呂 の 京 家 。 こ れ を 藤 原 四 家 と い う 。 に は 仲 麻 呂 暗 殺 計 画 に 関 係 し た か ど で 左 遷 さ れ る な ど 、 悩 み つ つ 、 不 遇 の ま ま 終 っ た 。 三 一 一 四 大 織 冠 藤 原 氏 の 祖 鎌 足 の こ と 。 大 織 冠 は 大 化 改 新 後 制 定 さ れ た 冠 位 の 最 高 位 で 、 臣 下 と し て 鎌 足 が 初 め て そ の 冠 位 を 授 け 三 四 0 氏 上 家 大 氏 小 氏 さ ま ざ ま の 系 統 に 門 流 が 分 れ た 中 で 、 そ の ら れ た の で 、 後 に 鎌 足 の こ と を そ う い う よ う に な っ た 。 一 族 の 長 と な る 者 が 出 る 家 。 本 家 。 三 一 一 四 淡 海 公 藤 原 不 比 等 の こ と 。 品 一 大 師 藤 原 恵 美 中 卿 藤 原 仲 麻 呂 の こ と 。 ほ っ そ う し ゅ , 三 一 一 四 摂 録 摂 政 の 唐 名 。 品 一 義 淵 僧 正 奈 良 朝 初 期 に 法 相 宗 を 伝 え た 高 僧 。 て ん ち じ ん し ん は う ぎ よ 三 一 一 六 大 友 皇 子 天 智 天 皇 の 皇 子 で 、 天 皇 崩 御 後 の 壬 申 の 乱 ( 六 七 三 四 一 道 鏡 法 師 孝 謙 女 帝 と 結 び 、 政 界 に 暗 躍 し た 。 官 位 を き わ め お お あ ま の み こ て ん む 一 l) に 、 大 海 人 皇 子 ( 後 の 天 武 天 皇 ) に 敗 れ 自 し た 。 た 後 、 皇 位 ま で も ね ら お う と し て 失 脚 し た 。 じ と う げ ん , き び の ま き び 三 一 一 六 高 天 原 広 野 姫 尊 持 統 天 皇 の こ と 。 三 巴 藤 原 広 嗣 式 家 の 字 合 の 子 。 玄 昉 ・ 吉 備 真 備 ら の 専 横 を 排 し 三 一 天 も っ た ふ : : : 大 津 皇 子 の 歌 。 万 葉 集 巻 三 ・ 四 一 六 。 藤 原 氏 の 家 運 を 盛 り 返 す べ く 、 天 平 十 一 一 年 ( 七 四 〇 ) 九 月 、 北 三 一 穴 子 代 ・ 名 代 当 時 、 天 皇 、 皇 后 、 皇 族 な ど が 、 御 子 の な い 場 九 州 で 乱 を 起 こ し た が 、 追 討 軍 に 敗 北 し た 。 合 に 、 そ の 代 わ り と し て 自 分 の 名 を 後 代 に 伝 え る た め に 、 民 団 品 一 一 弓 削 新 発 意 道 鏡 を さ す 。 を 組 織 し て 私 有 し た も の を い う 。 三 旧 草 に : 『 万 葉 集 』 巻 十 四 ・ 三 四 五 二 の 歌 。 す ぐ あ と に ひ ろ つ ぐ 三 三 三 仲 麻 呂 藤 原 広 嗣 の 乱 の 後 政 界 に 進 出 し て 、 叔 母 に あ た る 光 上 の 句 を 思 い 浮 か べ て い る 。 著 者 は 、 新 式 旧 式 の 家 が 建 ち 並 ぶ み よ う こ う ご う 明 皇 后 の 信 を 得 た 。 そ の 後 、 太 政 大 臣 に 相 当 す る 大 師 に な る な 京 の 街 の 風 景 を 、 家 持 に 「 こ れ で よ い の だ 」 と 思 わ せ る こ と に こ う け ん は ん ら ん ど 権 勢 を ふ る っ た が 、 孝 謙 上 皇 と 争 っ て 叛 乱 を 起 こ し 、 天 平 宝 よ っ て 、 著 者 の こ の 歌 に 対 す る 解 釈 を 示 す と と も に 、 家 持 の 世 字 八 年 ( 七 六 四 ) 九 月 、 敗 死 し た 。 間 に 対 す る 気 持 と 、 そ の 性 格 を 作 っ た わ け で あ る 。 = = = 称 讃 浄 土 仏 摂 受 経 唐 の 三 蔵 法 師 玄 奘 の 漢 訳 し た 阿 彊 ら 。 品 五 う つ り 行 く : ・ 『 万 葉 集 』 巻 一 一 〇 ・ 四 四 八 三 の 歌 。 お く に ぬ し の こ と 三 毛 今 の 太 上 天 皇 孝 謙 天 皇 の こ と 。 三 八 千 矛 の ・ : 『 古 事 記 』 に 伝 わ る 国 主 命 の 歌 謡 。 し ん お う ぎ し し よ う 三 三 九 太 政 官 符 中 央 官 庁 の 中 枢 で あ る 太 政 官 か ら 、 下 の 役 所 に 出 三 発 楽 毅 論 晋 の 王 羲 之 の 書 に な る 小 楷 の 法 帖 。 絶 世 の 名 と さ

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290 川 も や は 黄 に か が や き ぬ 朝 日 子 の の ぼ る が ま に ま わ が 立 ち 見 れ ば 最 上 川 の 川 上 の 方 に た ち わ た る 狭 霧 の う づ も 常 な ら な く に 最 上 川 の 川 の 面 よ り た ち の ぼ る う す く れ な ゐ の さ 霧 の う づ 昭 和 二 十 一 年 お は い し だ 春 た っ と お も ほ ゆ る か も 西 日 さ す 最 上 川 の 水 か 青 に な り て 大 石 田 移 居 蔵 王 よ り 離 り て く れ ば 平 ら け き 国 の 真 中 に 雪 の 降 る 見 ゅ ひ た ぶ る に 雪 か も 解 く る 真 向 ひ の 山 の い た だ き け む り を あ げ て と こ ろ 朝 な タ な こ の 山 見 し が あ ま の は ら 蔵 王 の 見 え ぬ 処 に ぞ 来 し て う か い し づ か な る 空 に も あ る か 春 雲 の た な び く 極 み 鳥 海 が 見 ゅ も が み が は 最 上 川 の 支 流 の 音 は ひ び き つ つ 心 は 寒 し 冬 の ゆ ふ ぐ れ 一 つ ら の 山 並 白 く お ご そ か に ひ だ を 保 ち て 今 ぞ か が や く わ れ う つ さ す た け の 君 が な さ け に あ は れ あ は れ 腹 み ち に け り 吾 は 現 最 上 川 の 岸 の 朝 雪 わ が 踏 め ば ひ く き あ ま つ 日 か う ・ ヘ を 照 ら 身 も や す 紅 色 の 靄 昭 和 一 一 十 一 年 二 月 十 四 日 ( 陰 暦 一 月 十 三 日 ) 大 石 田 雪 ふ り て 白 き 山 よ り い づ る 日 の 光 に 今 朝 は 照 ら さ れ て ゐ ぬ ひ む が し に 雪 の お も ひ き り 降 れ る 山 ひ だ ふ か ぶ か と 天 そ そ る 山 こ ) し よ く も や き さ ら ぎ の 日 い づ る と き に 紅 色 の 靄 こ そ う ご け 最 上 川 よ り 白 き 山 か た あ さ ひ こ さ 挈 り

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サ ト ス ヰ ジ ャ ウ 女 部 屋 を 膝 行 り 出 る こ と す ら 、 た ま さ か に も せ ぬ 、 郎 女 の た 。 幼 い か ら の 聡 さ に か は り は な く て 、 玉 ・ 水 精 の 美 し さ ジ ュ ン タ ウ ス デ マ ス マ ス こ と で あ る 。 順 道 な ら ば 、 今 頃 は 既 に 、 藤 原 の 氏 神 内 の が 益 々 加 っ て 来 た と の 噂 が 、 年 一 年 と 高 ま っ て 来 る 。 ヒ ラ ラ カ オ ン カ ミ キ ミ カ ジ コ カ ス ガ ミ ャ ン ロ ワ ラ ハ メ テ ン ジ ャ ウ 枚 岡 の 御 神 か 、 春 日 の 御 社 に 、 巫 女 の 君 と し て 仕 へ て ゐ る 姫 は 、 大 門 の 閾 を 越 え な が ら 、 童 女 殿 上 の 昔 の 畏 さ を 、 追 イ ゾ キ ミ チ は ず で あ る 。 家 に 居 て は 、 男 を 寄 せ ず 、 耳 に 男 の 声 も 聞 か 想 し て 居 た の で あ る 。 長 い 甃 道 を 踏 ん で 、 中 門 に 届 く 間 に ず 、 男 の 目 を 避 け て 、 仄 暗 い 女 部 屋 に 起 き 臥 し ゝ て ゐ る 人 も 、 誰 一 人 出 あ ふ 者 が な か っ た 。 恐 れ を 知 ら ず 育 て ら れ た で あ る 。 世 間 の 事 は 、 何 一 つ 聞 き 知 り も 、 見 知 り も せ ぬ や 大 貴 族 の 郎 女 は 、 虔 し く 併 し の ど か に 、 御 堂 々 々 を 拝 ん で 、 う に 、 お ふ し た て ら れ て 来 た 。 岡 の 東 塔 に 来 た の で あ る 。 ョ コ ハ キ カ キ ッ こ ゝ か ら は 、 北 大 和 の 平 野 は 見 え ぬ 。 見 え た と こ ろ で 、 郎 寺 の 浄 域 が 、 奈 良 の 内 外 に も 、 幾 つ と あ っ て 、 横 佩 墻 内 と 讃 へ ら れ て ゐ る 屋 敷 よ り も 、 も っ と 広 大 な も の だ 、 と 聞 い 女 は 、 奈 良 の 家 を 考 へ 浮 べ る こ と も し な か っ た で あ ら う 。 て 居 た 。 さ う で な く て も 、 経 文 の 上 に 伝 へ た 浄 土 の 荘 厳 を ま し て 、 家 人 た ち が 、 神 隠 し に 遭 う た 姫 を 、 探 し あ ぐ ん で う っ す そ の 建 て 物 の 様 は 想 像 せ ぬ で は な か っ た 。 だ が 目 の 居 よ う な ど ゝ は 、 思 ひ も よ ら な か っ た の で あ る 。 唯 う っ と モ ト タ ダ コ レ あ た り 見 る 尊 さ は 唯 息 を 呑 む ば か り で あ っ た 。 之 に 似 た 驚 り と 、 塔 の 下 か ら 近 々 と 仰 ぐ 、 二 上 山 の 山 に 、 現 し 世 の カ ッ ソ レ き の 経 験 は 曾 て 一 度 し た こ と が あ っ た 。 姫 は 今 其 を 思 ひ 起 目 か ら は 見 え ぬ 姿 を 惟 ひ 観 よ う と し て 居 る の で あ ら う 。 し て 居 る 。 簡 素 と 豪 奢 と の 違 ひ こ そ あ れ 、 驚 き の 歓 喜 は 、 此 時 分 に な っ て 、 寺 で は 、 人 の 動 き が 繁 く な り 出 し た 。 最 印 象 深 く 残 っ て ゐ る 。 朝 の 勤 め の 間 も 、 う と / 、 し て 居 た 僧 た ち は 、 爽 や か な 朝 ミ ヒ ラ * ダ イ ジ ャ ウ テ ン ワ ウ ジ キ ダ ウ 今 の 太 上 天 皇 様 が 、 ま だ 宮 廷 の 御 あ る じ で 居 さ せ ら れ た 頃 、 の 眼 を い て 、 食 堂 へ 降 り て 行 っ た 。 奴 婢 は 、 共 々 も ち 場 ハ ッ サ イ サ ウ ヂ ボ ク ボ ク 八 歳 の 南 家 の 郎 女 は 、 童 と し て 、 初 の 殿 上 を し た 。 穆 々 持 ち 場 の 掃 除 を 励 む 為 に 、 よ う ・ ヘ の 雨 に 洗 っ た や う に な っ ス ナ チ た 、 境 内 の 沙 地 に 出 て 来 た 。 た る 宮 の 内 の 明 り は 、 ほ の か な 香 気 を 含 ん で 、 流 れ て 居 た 。 ミ チ ャ ウ ダ イ 書 そ こ に ご ざ る の は 、 ど な た ぞ な 。 昼 す ら 真 夜 に 等 し い 、 御 帳 台 の あ た り に も 、 尊 い み 声 は 、 ゴ ト の - セ ウ セ ウ 昭 々 と 珠 を 揺 る 如 く 響 い た 。 物 わ き ま へ も な い 筈 の 、 八 歳 岡 の 陰 か ら 、 恐 る / 、 頭 を さ し 出 し て 問 う た 一 人 の 寺 奴 は 、 ト ガ 者 の 童 女 が 感 泣 し た 。 あ る べ か ら ざ る 事 を 見 た 様 に 、 自 分 自 身 を 咎 め る や う な 声 死 ケ ッ カ イ 「 南 家 に は 、 惜 し い 子 が 、 女 に な っ て 生 れ た こ と よ 」 と 仰 を か け た 。 女 人 の 身 と し て 、 這 入 る こ と の 出 来 ぬ 結 界 を 犯 オ ソ せ ら れ た 、 と 言 ふ 畏 れ 多 い 風 聞 が 、 暫 ら く 貴 族 た ち の 間 に 、 し て ゐ た の だ っ た 。 姫 は 答 へ よ う 、 と は せ な か っ た 。 又 答 ハ 第 チ く り 返 さ れ た 。 其 後 十 一 一 年 、 南 家 の 娘 は 、 一 一 十 に な っ て ゐ へ よ う と し て も 、 か う 言 ふ 時 に 使 ふ 語 に は 、 馴 れ て 居 ぬ 人 イ ラ ツ メ ガ ウ ジ ャ ウ チ ト ハ ッ テ ン ジ ャ ウ ハ ズ イ ラ ツ メ ジ ャ ウ ゴ ン ン キ ミ ツ ツ マ オ モ ミ ャ ウ ア シ ゲ ソ レ ソ レ ウ ッ フ ガ ョ

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並 日 一 11 一 口 か っ し か ま ま 五 月 、 江 口 章 子 と 結 婚 、 千 葉 県 東 葛 飾 郡 真 間 の 日 蓮 宗 亀 井 院 に 寄 寓 一 月 、 斎 藤 茂 吉 と の 互 選 歌 集 を 刊 行 。 三 月 、 長 男 隆 太 郎 出 生 。 四 月 、 さ ん や し え ん す る 。 七 月 、 南 葛 飾 郡 小 岩 村 三 谷 に 移 り 、 「 紫 烟 草 舎 」 を 創 立 。 同 民 謡 集 『 日 本 の 笛 』 、 六 月 、 童 謡 集 『 祭 の 笛 』 、 八 月 、 長 歌 集 『 観 相 月 、 詩 集 『 雪 と 花 火 』 、 十 月 、 散 文 集 『 白 秋 小 品 』 を 刊 行 。 十 一 月 、 の 秋 』 、 十 月 、 童 謡 の お 話 『 羊 と む じ な 』 を 刊 行 。 九 月 、 山 田 耕 筰 す す め と 「 詩 と 音 楽 」 を 創 刊 、 通 巻 十 三 冊 、 民 衆 詩 派 と の 論 争 も 展 開 。 「 鱇 草 の 花 」 創 刊 、 通 巻 一 一 冊 。 雀 と 哀 歓 す る 清 貧 の 生 活 が つ づ く 。 三 十 八 歳 大 正 十 ニ 年 ( 一 九 二 三 ) 三 十 一 一 歳 大 正 六 年 ( 一 九 一 七 ) し よ し 六 月 、 上 京 、 動 坂 に 住 み 、 窮 乏 を 極 め る 。 七 月 、 弟 鉄 雄 、 出 版 書 肆 六 月 、 詩 集 『 水 墨 集 』 を 刊 行 。 こ の 年 、 信 州 大 屋 の 農 民 美 術 研 究 所 ア ル ス を 創 立 。 九 月 、 紫 烟 草 舎 を 解 散 。 門 下 を 解 放 、 詩 誌 「 詩 篇 」 開 所 式 後 、 妻 子 と 別 所 温 泉 、 碓 加 嶺 に 遊 び 、 前 田 夕 暮 ら の 知 友 と 三 ま ん だ ら み た け い ん ば ぬ ま と 歌 誌 「 曼 陀 羅 」 を 発 行 さ せ 、 顧 問 と な る 。 妹 家 子 、 山 本 鼎 と 結 婚 。 浦 三 崎 、 武 州 御 嶽 、 印 旛 沼 、 塩 原 に 旅 し 、 ロ 語 歌 も 試 作 。 七 月 、 童 大 正 七 年 ( 一 九 一 八 ) 三 十 三 歳 謡 集 『 花 咲 爺 さ ん 』 を 刊 行 。 九 月 、 震 災 で 山 荘 半 壊 、 竹 林 に 幽 居 。 よ な ( た 三 十 九 歳 二 月 、 小 田 原 十 字 お 花 燗 に 転 居 。 七 月 、 鈴 木 三 重 吉 の 「 赤 い 鳥 」 創 大 正 十 三 年 ( 一 九 二 四 ) ち ょ う ′ 、 , よ し う え し よ う り よ う 刊 に 協 力 、 童 謡 面 を 担 当 し 、 新 童 謡 運 動 を 起 こ す 。 秋 、 小 田 原 天 神 四 月 、 千 樫 、 夕 暮 、 善 麿 、 迢 空 、 吉 植 庄 亮 ら と 歌 誌 「 日 光 」 創 刊 。 で ん じ よ , し 山 の 浄 土 宗 樹 高 山 伝 肇 寺 に 寄 寓 。 「 雀 の 生 活 」 を 「 大 観 」 に 連 載 。 五 月 、 歌 謡 集 『 あ し の 葉 』 、 十 一 一 月 『 お 話 ・ 日 本 の 童 謡 』 を 刊 行 。 三 十 四 歳 大 正 八 年 ( 一 九 一 九 ) 四 十 歳 大 正 十 四 年 ( 一 九 二 五 ) ま ど 三 月 、 小 説 「 葛 飾 文 章 」 を 「 中 央 公 論 」 に 発 表 、 つ づ い て 小 説 「 金 五 月 、 随 筆 集 『 季 節 の 意 』 、 童 謡 集 『 子 供 の 村 』 を 刊 行 。 六 月 、 長 み み す く か ら ふ と 魚 経 」 を 「 雄 弁 」 に 連 載 、 窮 乏 を 脱 す る 。 夏 、 境 内 に 簡 素 な 「 木 兎 女 篁 子 出 生 。 八 月 、 庄 亮 と 樺 太 ・ 北 海 道 旅 行 。 帰 途 、 松 島 に 遊 ぶ 。 四 十 一 歳 の 家 」 と 竹 林 に 小 方 丈 を 建 立 。 七 月 、 「 東 京 日 日 新 聞 」 選 歌 集 『 木 馬 大 正 十 五 年 ・ 昭 和 元 年 ( 一 九 二 六 ) こ う た ふ た え に じ 集 』 、 九 月 『 白 秋 小 唄 集 』 、 十 月 、 処 女 童 謡 集 『 ト ン ボ の 眼 玉 』 刊 行 。 五 月 、 上 京 、 谷 中 天 王 寺 墓 畔 に 転 居 。 三 月 、 童 謡 集 『 二 重 虹 』 、 六 大 正 九 年 ( 一 九 二 〇 ) 三 十 五 歳 月 、 随 筆 集 『 風 景 は 動 く 』 、 童 謡 集 『 か ら た ち の 花 』 、 九 月 、 童 謡 集 こ ろ 一 月 、 一 一 月 、 小 説 「 哥 路 」 を 「 大 阪 朝 日 新 聞 」 に 連 載 。 一 一 月 、 散 文 『 象 の 子 』 刊 行 。 十 一 月 、 詩 誌 「 近 代 風 景 」 創 刊 、 通 巻 一 一 十 一 一 冊 。 四 十 一 一 歳 集 『 雀 の 生 活 』 を 刊 行 。 五 月 、 隣 接 地 に 赤 洋 館 を 新 築 、 地 鎮 祭 昭 和 一 一 年 ( 一 九 二 七 ) 後 、 事 情 あ っ て 章 子 と 離 婚 。 八 月 、 『 白 秋 詩 集 』 第 一 巻 を 刊 行 。 三 月 、 馬 込 緑 ヶ 丘 に 転 居 、 詩 論 集 『 芸 術 の 円 光 』 刊 行 。 八 月 、 「 東 京 三 十 六 歳 日 日 新 聞 」 の 依 嘱 で 木 曾 川 ・ 長 良 川 に 旅 行 。 秋 、 静 岡 で 民 謡 制 作 。 大 正 十 年 ( 一 九 二 一 ) の ふ る 四 十 三 歳 一 月 、 片 上 伸 、 山 本 鼎 ら と 「 芸 術 自 由 教 育 」 を 創 刊 、 通 巻 九 冊 、 童 昭 和 三 年 ( 一 九 二 八 ) , さ ぎ 二 月 、 樺 太 ・ 北 海 道 紀 行 集 『 フ レ ツ 。 フ ・ ト リ ツ 。 フ 』 を 刊 行 。 四 月 、 年 謡 論 も 発 表 。 四 月 、 佐 藤 菊 子 と 結 婚 。 五 月 、 童 謡 集 『 兎 の 電 報 』 、 六 月 、 散 文 集 『 童 心 』 、 七 月 、 詩 歌 論 集 『 洗 心 雑 話 』 、 八 月 、 第 三 歌 世 田 谷 若 林 に 転 居 。 七 月 、 「 大 阪 朝 日 新 聞 」 の 依 嘱 で 郷 土 と 瀬 戸 内 は な が し ぶ ん ご 集 『 雀 の 卵 』 、 十 二 月 、 翻 訳 童 謡 集 『 ま ざ あ ・ ぐ う す 』 を 刊 行 。 海 上 空 を 飛 行 後 、 妻 子 と 豊 後 に 遊 ぶ 。 十 月 、 白 選 歌 集 『 花 樫 』 刊 行 。 三 十 七 歳 大 正 十 一 年 ( 一 九 一 一 一 l) 四 十 四 歳 昭 和 四 年 ( 一 九 二 九 ) あ ? こ )