検索 - みる会図書館

検索対象: 選択 2016年 10月号

選択 2016年 10月号から 102件ヒットしました。

選択 2016年 10月号


( 現 天 皇 ) へ の 譲 位 と 高 松 宮 の 摂 政 の 記 者 会 見 む 」 を 読 み 上 げ た 。 就 任 を 密 議 し た り 、 芦 田 均 首 相 が で 、 生 涯 で 昭 和 一 一 十 年 の 終 戦 の 御 前 会 議 で る は ポ ッ ダ ム 宣 一 一 豆 又 諾 の 「 聖 断 」 を 一 時 直 剣 に 退 位 を 検 討 。 講 和 ・ 独 最 も 影 響 を れ と 立 回 復 の 際 に は 元 内 大 臣 木 戸 幸 一 受 け た 人 物 下 す 際 に 「 武 装 解 除 ・ 戦 争 犯 罪 人 れ も 退 位 を 勧 め る な ど の 動 き が や ま は 誰 か と い の 差 し 出 し は ん 難 き も 、 国 家 と ご ) 撮 な か っ た 。 典 範 規 定 な ど 何 の 防 波 う 質 問 に 国 民 の 幸 福 の た め に は 、 三 国 干 渉 堤 に も な ら な か っ た の で あ る 。 「 皇 室 の 中 時 の 明 治 天 皇 の 御 決 断 に 倣 い 、 決 冫 -9 、 た 皇 か ら あ げ る し か し 昭 和 天 皇 は マ ッ カ ー サ ー 心 し た 」 ( 『 昭 和 天 皇 実 録 』 ) と 述 べ し 天 監 治 元 帥 と の 約 束 な ど を タ テ に 在 位 し こ と が で き た 。 ま た 昭 和 一 一 十 一 年 の 年 頭 詔 書 統 明 続 け た 。 天 皇 の 真 意 は 今 も っ て 判 る と す れ ば 、 懿 年 ( 「 人 間 宣 一 = 〕 」 ) で は 冒 頭 に 「 五 箇 条 最 晩 然 と し な い が 、 本 人 が 昭 和 四 十 一 一 一 祖 父 明 治 天 の 御 誓 文 」 を 付 け 加 ん さ せ た 。 そ し て 退 位 問 題 に つ い て も 、 明 年 四 月 一 一 十 四 日 に 稲 田 周 一 侍 従 長 皇 を あ げ ま す 。 私 は 常 に 祖 父 の 行 の 意 図 は 確 実 に 成 果 を 挙 げ 、 昭 和 に っ た 記 録 が 、 徳 川 義 寛 元 侍 従 い を 心 に 留 め て い ま す 」 と 答 え て 天 皇 の 姿 勢 に 多 大 の 影 響 を も た ら 治 天 皇 の 「 朕 は 辞 職 す る 能 は ず 長 の 日 記 に 添 付 さ れ て い る の を 見 い る 。 ( 高 橋 紘 『 陛 下 、 お 尋 ね 申 し た 。 そ の こ と は 昭 和 天 皇 が こ の を 想 起 し て い た こ と が 稲 田 の 拝 聴 つ け た 。 し 上 げ ま す 』 ) 後 、 昭 和 十 亠 ハ 年 九 月 六 日 と 同 一 一 十 記 録 に あ っ た 。 「 明 治 天 皇 御 紀 編 纂 に 携 わ っ て い し か し な が ら 、 も し 仮 に 、 こ の 実 際 、 昭 和 天 皇 は 歴 史 の 関 頭 に 年 八 月 十 四 日 の 一 一 度 の 御 前 会 議 、 た 三 上 参 次 か ら 聞 い た こ と で あ る 立 た さ れ た 時 に は 必 ず 明 治 天 皇 の そ し て 翌 一 一 十 一 年 一 月 一 日 の 人 間 明 治 天 皇 の 一 言 が 伊 藤 に 対 す る 皮 宣 一 一 一 一 星 寸 、 幾 度 か の 重 要 な 政 治 的 局 肉 の 意 味 を 帯 び て い た と す れ ば 、 が 、 明 治 天 皇 は 、 大 臣 が 辞 職 す る 事 績 に 言 及 し て い る 。 『 昭 和 天 皇 の と は 違 っ て 、 天 皇 は 記 紀 に 書 か 実 録 』 編 纂 に あ た っ た 宮 内 庁 書 陵 面 で 明 治 天 皇 の 事 績 に ち な ん だ 決 三 上 が 進 講 の 際 に 明 治 天 皇 の 「 聖 れ て い る 神 勅 を 打 し な け れ ば な 部 の 研 究 官 は 、 そ の 背 景 に 『 明 治 断 ・ 発 一 一 一 口 を し て い る こ と か ら も い 徳 」 を 称 揚 せ ん と し て 勢 い 余 っ て 深 読 み し て 講 じ 、 昭 和 天 皇 が こ れ ら な い か ら 退 位 で き な い と 仰 せ ら 天 皇 紀 』 編 纂 に あ た っ た 歴 史 学 者 え る の で あ る 。 」 ( 明 治 聖 徳 記 念 学 よ す が れ た と の こ と で あ る 。 明 治 天 皇 の 三 上 参 次 に よ る 大 正 十 三 年 か ら 昭 会 紀 要 所 収 、 高 橋 勝 浩 『 三 上 参 次 を 便 に し た の で は な い か と の 疑 い 思 召 は 尤 も で あ る と 思 う 」 「 わ た が 、 筆 者 の 胸 中 に 頭 を も た げ る の 和 七 年 に 至 る 進 講 の 影 響 の 大 き さ の 進 講 と 昭 和 天 皇 』 ) し の 任 務 は 祖 先 か ら 受 け 継 い だ 此 を 指 摘 し て い る 。 言 っ ま で も な い が 、 昭 和 十 亠 ハ 年 で あ る 。 高 橋 勝 浩 の 論 文 に よ る と の 国 を 子 孫 に 伝 え る こ と で あ る 」 「 ( 進 講 は ) 明 治 天 皇 の 聖 徳 を 再 び 九 月 六 日 は 、 対 米 英 蘭 開 戦 方 針 を 夥 し い 回 数 行 わ れ た 一 一 一 上 の 進 講 は 「 わ た し は 明 治 天 皇 の 思 召 に 鑑 み 、 認 識 さ せ る と と も に 、 立 憲 君 主 と 含 む 、 「 帝 国 国 策 遂 行 要 領 」 を 決 め 毎 回 感 動 的 な も の だ っ た が 、 同 席 苦 難 に ん て 義 務 を 果 た す 方 が 国 し て の あ り 方 を 再 確 認 さ せ る こ と た 御 前 会 議 。 明 治 天 皇 の 御 製 「 よ し た 側 近 ら の 日 記 に 一 部 記 さ れ て 家 に 忠 を 尽 す こ と に な る と 思 う 」 で あ っ た と い え よ う 。 そ れ は 、 ま も の 海 み な は ら か ら と 思 ふ 世 い る だ け で 、 今 と な っ て は 詳 細 は 昭 和 天 皇 は 昭 和 五 十 年 九 月 六 日 さ し く 帝 王 学 の 一 環 で あ っ た 。 そ に な ど 波 風 の た ち さ わ ぐ ら よ く わ か ら な い と い う 。 ( 敬 称 略 ) 89 皇 室 の 風 2016.10 選 択

選択 2016年 10月号


誉 皇 室 の 風 範 の 起 草 を 終 え 、 初 代 枢 密 院 議 長 い う 観 念 が 根 強 か っ た だ け に 大 き 弊 よ り 来 由 す る も の な り 」 と 主 張 。 引 天 は 辞 職 す る 能 は ず 」 月 明 治 一 一 一 十 四 年 五 月 、 辞 意 を に 転 じ た 明 治 一 一 十 一 年 。 第 一 一 次 内 な 波 紋 を 広 げ て い る 。 「 至 尊 ( 天 子 ) と 雖 人 類 」 と 反 論 を 示 す 伊 藤 博 文 に 対 し 、 明 治 天 皇 は 閣 で 日 清 戦 争 後 の 一 一 一 国 干 渉 に よ り そ こ で 改 め て 明 治 の 皇 室 血 範 成 試 み た 井 上 に 「 本 條 不 用 に つ き 削 こ 、 2 言 っ た と い 、 つ 遼 東 半 島 放 棄 を 決 め た 後 の 明 治 一 一 立 過 程 を 振 り 返 っ て い て 、 は っ と 除 す べ し 」 と 一 喝 し 却 下 し た と い 『 先 帝 と 居 家 処 世 』 ( 長 井 實 、 田 十 九 年 。 第 一 一 一 次 内 閣 で 政 党 の 結 成 気 づ い た こ と が あ る 。 天 皇 の 終 身 う 。 伊 藤 の 言 は か な り 乱 暴 だ が 、 中 英 一 郎 共 編 、 大 正 元 年 、 九 経 社 を 山 縣 有 朋 に 反 対 さ れ た 明 治 三 十 在 位 を 強 引 に 決 め た の は 伊 藤 博 文 明 治 国 家 の 機 軸 に 据 え た 「 万 世 一 だ っ た と 。 一 年 。 そ し て 第 四 次 内 閣 で も 北 清 刊 ) は 次 の よ 、 つ に 伝 え る 。 系 の 天 皇 」 の 継 承 に は 少 し の 柔 軟 「 明 治 一 一 一 十 一 年 山 縣 丙 閣 倒 れ 、 故 事 変 の 軍 事 費 の 財 政 措 置 を め ぐ る 明 治 の 典 憲 体 制 の 立 案 過 程 で 、 性 も 持 た せ た く な か っ た の だ ろ う 。 伊 藤 公 、 大 命 を 奉 じ て 内 閣 を 組 織 閣 内 対 立 で 、 再 一 一 一 の 尉 田 も 拒 み 投 も と も と 明 治 十 一 年 に 右 大 臣 岩 倉 当 然 な が ら 、 こ う し た 経 過 で ま し た る も 、 遂 に 破 綻 を 生 じ 、 三 十 げ 出 し た の で あ る 。 具 視 が 制 度 策 定 の た め 示 し た 「 奉 と め ら れ た 皇 室 血 範 に 明 治 天 皇 は け つ か き ゅ う こ う 四 年 五 月 一 一 日 、 闕 下 に 躬 候 し 、 辞 明 治 天 皇 の 一 言 に 、 さ す が に 伊 儀 局 調 査 議 目 」 に は 「 太 上 天 皇 」 強 い 関 心 を 示 し 、 枢 密 院 で の 審 議 表 を 捧 呈 し て 骸 骨 を 乞 ひ 、 越 え て 藤 も 「 頗 る 恐 懼 」 し た 。 の 項 目 が あ っ た 。 明 治 一 一 十 年 に は 、 の 全 て に 臨 席 し て い た 。 高 輪 会 議 か い し ゃ 十 日 漸 く 御 聴 許 あ り た る が 、 当 時 往 時 は か な り 人 口 に 膾 炙 し た 話 法 制 家 と し て 双 璧 を な し て い た 井 か ら ま だ 十 四 年 。 「 朕 は 辞 職 す る の た ま 先 帝 親 し く 公 に 宣 ふ ら く 『 卿 等 は だ そ 、 つ だ が 、 『 明 治 天 皇 紀 』 に は 上 毅 と 柳 原 前 光 が 典 範 策 定 に 携 わ 能 は ず 」 の 天 皇 の 一 言 に は 、 死 ぬ 辞 表 を 出 せ ば 済 む も 、 朕 は 辞 表 は 載 っ て い な い 。 ち な み に 皇 孫 裕 仁 り 、 両 名 と も 譲 位 を 認 め る 原 案 を ま で 重 責 を 担 わ ね ば な ら ぬ 運 命 を 出 さ れ ず 』 の あ り し か ば 、 公 頗 る 親 王 ( の ち の 昭 和 天 皇 ) が 誕 生 し た ま と め て い た 。 押 し 付 け た 伊 藤 に 対 す る ル サ ン チ - よ ・ つ ′ 、 恐 懼 し た り と い ふ 。 四 十 五 年 間 の は 伊 藤 の 辞 表 捧 呈 の 三 日 前 の 四 し か し 、 同 年 三 月 に 伊 藤 の 高 輪 マ ン と 精 一 杯 の 皮 肉 が 込 め ら れ て い た の で は な い だ ろ う か 月 一 一 十 九 日 で あ る 。 君 臨 の 御 苦 心 如 何 許 り な り け む 、 別 邸 に 井 上 、 柳 原 、 伊 東 巳 代 治 が 此 御 一 語 無 限 の 意 味 あ り 、 恐 懼 す 現 天 皇 が 今 年 八 月 八 日 、 生 前 退 呼 ば れ 開 か れ た 会 議 で 、 伊 藤 は 「 本 そ れ か ら 四 十 三 年 。 治 世 は 大 位 の 希 望 を 示 唆 す る メ ッ セ ー ジ を 案 は そ の 意 の 存 す る 所 を 知 る に 困 正 ・ 昭 和 と 進 み 、 敗 戦 と い う 未 曽 る も の 豈 に 独 り 公 の み な ら む や 」 伊 藤 が 総 理 の 職 を 辞 す る の は 実 出 し た 。 戦 前 戦 後 を 通 じ て 皇 室 典 し む 。 天 皇 の 終 身 大 位 に 當 る は 勿 有 の 国 難 に 昭 和 天 皇 の 退 位 論 が 持 に 四 回 目 だ っ た 。 初 代 首 相 と し て 範 は 天 皇 の 終 身 在 位 を 定 め て お り 、 論 な り 。 昔 時 の 譲 位 の 例 な き に あ ち 上 が る こ と に な っ た 。 近 衛 文 麿 ふ と し の 第 一 次 内 閣 で 帝 国 憲 法 と 皇 室 典 「 天 皇 は 崩 御 す る ま で 天 皇 だ 」 と ら ず と 雖 も 是 れ 浮 屠 氏 ( 仏 僧 ) の 流 と 高 松 宮 宣 仁 親 王 が 幼 少 の 皇 太 子 す こ ぶ く る い え ど も 皇 室 の 風 88 2016.10 選 択

選択 2016年 10月号


安 倍 と ニ 階 虚 飾 の 蜜 月 一 千 客 万 来 と は こ の こ と を 一 一 一 一 口 う の 心 理 に さ ざ 波 を 立 て た の が 、 安 倍 て 二 階 の 耳 に 到 達 し た 。 こ の 一 連 と は な か っ た 。 だ ろ う 。 自 民 党 の 幹 事 長 に 一 一 階 俊 の 意 向 伝 達 の 経 路 だ っ た 。 安 倍 は の 流 れ は 、 一 一 階 と 雖 も 政 局 運 営 の 「 期 限 あ り き で は な く 、 静 か に ま 博 が 就 任 し て ほ ほ 一 一 カ 月 。 壅 只 ・ 一 一 階 と 直 接 連 絡 を と っ て い な い 主 導 権 は あ く ま で も 自 分 が 握 る と ず は さ ま ざ ま な 方 か ら 話 を 伺 い た 永 田 町 の 自 民 党 本 部 四 階 に あ る 幹 安 倍 が 伝 え た 相 手 は 腹 心 で 幹 事 長 い う 安 倍 の 強 い 意 志 の 表 れ と 見 て 。 天 皇 陛 下 の 年 齢 、 公 務 の 負 担 ) ) 0 事 長 室 へ の 訪 問 客 は 引 き も 切 ら な 代 行 の 下 村 博 文 。 第 三 者 を 経 由 し の 現 状 を 鑑 み て 、 ご 心 労 に 思 い を 。 面 会 予 定 時 間 の 一 一 一 十 分 オ ー 致 し な が ら 、 何 が で き る か を し つ 自 民 党 本 部 四 階 の ク 監 視 の 強 化 ー は 当 た り 前 で 、 自 民 党 内 の 空 気 か り と 考 え て い き た い 」 が 一 変 し た 。 し か し 、 首 相 安 倍 晋 天 皇 陛 下 の 生 前 退 位 問 題 に 端 を 天 皇 を 容 認 し 、 皇 位 継 承 順 位 を 性 こ れ を 受 け て 政 府 は 「 天 皇 の 公 ば ん 医 、 よ 一 一 一 が 蟠 踞 す る 首 相 官 邸 と の パ ワ ー 発 し た 皇 室 問 題 に 関 し て も 安 倍 は 別 に 関 係 の な い 長 子 優 先 と す る 報 務 の 負 担 軽 減 等 に 関 す る 有 識 者 会 バ ラ ン ス が 大 き く 変 わ っ た か と な 一 一 階 に 出 番 を 与 え る こ と は な い 。 告 書 を 提 出 し た 。 報 告 書 を 主 導 し 議 」 を 発 足 さ せ る 。 初 会 合 は 十 月 る と 、 そ う で は な い 。 安 倍 は こ こ 協 議 す ら し て い な い 。 一 一 階 は 八 月 た の は 当 時 の 官 房 長 官 福 田 康 夫 。 中 旬 に な る が 、 そ の 有 識 者 会 議 の そ と い う 場 面 で 一 一 階 と は 真 逆 の 方 一 一 十 五 日 、 記 者 団 に 明 言 し た 。 秋 篠 宮 家 に 長 男 の 悠 仁 さ ま が 誕 生 名 称 が 示 す よ う に 「 生 前 退 位 」 の 針 を 打 ち 出 す 。 に わ か に 浮 上 し た 「 女 性 尊 重 の 時 代 に 、 天 皇 陛 下 だ し た の を 契 機 に 女 性 天 皇 、 女 性 宮 文 言 は な く 、 あ く ま で も 安 倍 は 一 衆 議 院 の 解 散 風 も 安 倍 の 一 声 が 震 け が 女 性 は 適 当 で な い と い う の は 家 創 設 問 題 は お 蔵 入 り し た 。 そ の 代 限 り の 特 例 法 で 対 処 す る 意 向 を 源 地 だ っ た 。 お か し い 。 時 代 遅 れ だ 。 国 民 に も 背 景 に は 、 皇 位 継 承 を 男 系 男 子 に 強 く に じ ま せ た 。 諮 問 機 関 の 座 長 一 一 階 は 例 年 通 り 自 民 党 大 会 を 通 違 和 感 は な い の で は な い か 」 限 る 日 本 の 文 化 伝 統 に 強 い こ だ わ に は 、 安 倍 に 首 席 秘 書 官 と し て 仕 常 国 会 召 集 前 の 一 月 に 予 定 し 、 会 対 す る 安 倍 は 皇 位 継 承 を 軸 に し り を 持 っ 安 倍 の 音 間 が あ っ た と み え る 今 井 尚 哉 の 叔 父 で も あ る 元 経 場 の ホ テ ル も 予 約 し た 。 と こ ろ が た 皇 室 の あ り 方 に 関 し て 極 め て 厳 ら れ て い る 。 報 告 書 が 提 出 さ れ た 団 連 会 長 今 井 敬 を 起 用 し た 。 安 倍 が 「 待 っ た 」 を 掛 け 、 三 月 五 格 な 考 え を 貫 く 。 一 一 〇 〇 五 年 の 月 、 後 に 官 房 長 官 が 福 田 か ら 安 倍 に 交 安 倍 の 執 念 は そ れ だ け で は な い 。 日 の 開 催 が 決 ま っ た 。 こ の 結 果 生 泉 純 一 郎 政 権 時 に 皇 位 継 承 者 が 代 し た か ら だ 。 生 前 退 位 の 流 れ を つ く っ た 宮 内 庁 じ る 約 一 一 カ 月 の 空 白 期 間 に 解 散 ・ 「 男 系 男 子 」 に 限 定 さ れ る 限 り 将 安 倍 は 八 月 八 日 に 天 皇 陛 下 が 生 の 人 事 で も 安 倍 は 大 ナ タ を 振 る つ た 。 天 皇 陛 下 の ビ デ オ メ ッ セ ー ジ 総 選 挙 が 行 わ れ る の で は な い か と 来 的 に 継 承 者 不 在 に な る 縣 か ら 、 前 退 位 の 「 お 気 持 ち 」 を 表 明 し た の 疑 心 暗 鬼 を 生 ん だ 。 さ ら に 議 員 小 泉 の 私 的 諮 問 機 関 が 女 性 ・ 女 系 後 も 、 自 ら の 考 え を 一 歩 も 譲 る こ の 公 表 で も 中 心 的 な 役 割 を 担 っ た 「 経 産 省 主 導 政 権 」 の 歪 ん だ 人 間 模 様 い え ど 安 倍 と ニ 階 「 虚 飾 の 蜜 月 」 2016.10 選 択

選択 2016年 10月号


連 載@ ら 実 践 の 記 録 で あ る 『 雪 と 足 と 』 無 我 夢 中 の 思 い で 導 か れ て い る よ が 出 た 。 む の た け じ の 人 と な り は う な も の だ 」 と 回 想 し て い る 。 こ の 一 一 冊 で 知 れ る 。 帰 宅 し て 「 辞 め て き た 」 と 告 げ 若 僧 は む の へ 手 紙 を 書 き 、 「 た る と 、 妻 の 美 江 は 「 そ う で す か 」 い ま っ 」 を 購 読 し 、 「 た い ま っ 」 に と た け 答 え た と い う 。 田 5 、 つ に 、 区 入 り た い と 思 っ た 。 し か し 社 員 採 け 出 し の 秋 田 時 代 に 得 た こ の 伴 侶 用 の 予 定 は す で に な く 、 「 行 く の な し に 「 た い ま っ 」 は な か っ た 。 れ つ ば く な ら 朝 日 新 聞 が い い 」 と 言 わ れ た 。 裂 帛 の 気 合 で 点 火 さ れ た 「 た い ま 五 十 三 年 前 、 「 こ ん な 人 が い た 力 す る 記 事 を 書 い た 責 任 を 取 っ た む の の 退 社 の 経 緯 に つ い て は 、 つ 」 の 炎 は 週 刊 か ら 月 刊 へ 、 そ し の か 」 と い う 驚 き と と も に 一 冊 の と い う 事 実 で あ っ た 。 昭 和 天 皇 も 『 た い ま っ 十 六 年 』 が 岩 波 現 代 文 て 休 刊 を 余 儀 な く さ れ る が 、 火 種 本 を 読 み 終 え た 若 僧 が い た 。 取 ら な か っ た 戦 争 責 任 を 自 ら に 問 庫 に な っ た 二 〇 一 〇 年 の 本 誌 四 月 を 守 れ た の は 妻 の お か げ だ っ た 。 む の た け じ 著 『 た い ま っ 十 亠 ハ 年 』 う て 、 一 一 一 十 歳 で 職 を 辞 し た 新 聞 記 号 で 触 れ た 。 拙 著 『 夜 ご と 、 言 葉 「 愛 し 合 う こ と は 、 向 き 合 っ て 目 に 灯 が と も る 』 に 入 っ て い る か を 合 わ せ る こ と で は あ り ま せ ん 。 は 企 画 通 信 社 刊 。 箱 入 り な が ら 土 者 と は 一 体 何 者 な の で あ ろ う 。 む の た け じ は 一 九 一 五 年 の 生 ま 簡 約 す れ ば こ う だ 。 く さ い 装 丁 で 定 価 五 百 円 だ っ た 。 腕 を 組 ん で 、 共 に 同 じ 一 点 を み つ 新 聞 に 関 心 を 持 っ て は い た が 、 れ 。 三 六 年 、 只 外 国 語 学 校 を 卒 ポ ッ ダ ム 宣 一 『 長 又 諾 を 受 け 、 新 聞 め る こ と で す 」 一 丑 且 則 、 九 十 歳 の 夫 に 向 か っ て ま だ 曖 味 な ま ま で 、 人 生 に 処 す る 業 し て 報 知 新 聞 入 社 。 四 〇 年 、 朝 社 と し て ど う す べ き か 。 む の は 「 こ に 、 ま あ ど う に か な る だ ろ う と 高 日 新 聞 へ 転 じ 、 四 五 年 八 月 十 五 日 れ じ や 戦 争 の 原 因 と な っ た も の は 「 こ こ ら で 文 章 の シ ン ズ イ を 書 か を く く っ て い た 若 僧 は 、 横 っ 面 を に 退 社 。 四 八 年 、 秋 田 県 横 手 市 で 解 決 さ れ な い 。 ま た 戦 争 が 始 ま る な い と い け な い の で は あ り ま せ ん か 」 と 言 い 置 い て 先 立 っ た と い う 張 り 飛 ば さ れ た よ う に 田 5 っ た 。 週 刊 新 聞 「 た い ま ? を 倉 。 七 だ ろ う 。 新 聞 は ま た 戦 争 協 力 の 記 著 者 は 「 ど ん な に さ さ や か な 仕 八 年 に 休 刊 後 は 、 講 演 と 著 作 で 苛 事 を 書 く こ と に な る 。 社 員 は み な 奥 さ ん に 、 今 ご ろ 再 会 し た ろ う か 。 事 で も 、 お れ は こ れ だ と い う 仕 事 烈 な 時 代 批 判 を 続 け た 。 八 月 一 一 十 や め て 、 新 時 代 の 新 聞 人 と し て 自 彼 岸 で 会 い た い だ ろ 、 つ 人 が い る 。 一 人 は 折 に 触 れ 懐 か し が っ た 信 に 自 分 を 打 ち 込 み た い 」 と 記 し 、 一 日 、 死 去 。 百 一 歳 だ っ た 。 他 と も に 認 め ら れ る 人 た ち だ け が 、 「 人 間 の 生 き 方 に 美 し い 生 き 方 が 『 た い ま っ 十 六 年 』 は 六 四 年 の 一 一 新 し い 新 聞 を 作 る べ き だ 」 と 主 張 夫 韓 一 郎 で あ る 。 南 方 従 軍 特 派 員 あ る と す れ ば 、 そ れ は 自 分 の 立 場 月 、 版 元 を 理 論 社 に 代 え て 「 定 本 」 し た 。 の ち に 「 全 身 が カ ッ カ ッ 燃 と し て 半 年 仕 え た 信 夫 に 新 聞 記 者 を は っ き り さ せ た 生 き 方 だ 」 と 書 と し 、 そ の 秋 に は 文 藝 春 秋 新 社 か え て い た 。 現 在 だ っ て 、 あ の 時 の の 真 骨 頂 を 見 て 、 敬 愛 の 念 は 生 涯 不 変 だ っ た 。 信 夫 は 威 張 り く さ る い て い た 。 若 僧 が 人 知 れ ず 、 く よ 軍 部 と 正 面 切 っ て 渡 り 合 い 、 部 内 く よ と 抱 え て い た 年 齢 相 応 の 「 悩 で は 信 賞 必 罰 を 徹 底 し 、 何 よ り 部 み 」 な ん ぞ 木 っ 端 微 塵 で あ っ た 。 下 の 真 摯 な 仕 事 を 丸 ご と 尊 重 し た 。 若 僧 が 驚 愕 し た の は 、 戦 争 に 協 た い ま つ の 火 消 え る ~ 遇 一 谷 0 本 に 遇 う 94 2016.10 選 択

選択 2016年 10月号


長 官 の 風 岡 典 之 を 退 任 さ せ た の だ 彦 を 送 り 込 ん だ 。 西 村 は 警 視 総 監 政 治 姿 勢 に 対 す る 批 判 的 な 立 場 は ( 岸 田 派 ) に 隠 然 た る 影 響 力 を 保 持 っ た 。 表 向 き は 七 十 歳 を 迎 え た 風 経 験 者 。 首 相 官 邸 で 生 前 退 位 問 題 変 わ ら な い 。 す る 古 賀 誠 と 一 一 階 が 頻 繁 に 連 絡 を 岡 の 「 定 年 退 官 」 の 印 象 を 与 え て を 仕 切 る 官 房 副 長 官 の 杉 田 和 博 も そ の 福 田 と 一 一 階 が 極 め て 近 い 関 取 り 合 っ て い る こ と に 対 し て も 、 い る が 、 事 実 上 の 更 迭 と 言 っ て い 警 察 庁 出 身 で あ る 。 気 心 が 知 れ た 係 に あ る の は 自 民 党 内 で 周 知 の 事 安 倍 は 警 戒 を 怠 ら な い 。 幹 事 長 代 後 任 の 長 官 に は 宮 内 庁 次 長 の 警 察 庁 で 宮 内 庁 を 固 め る 人 事 実 。 対 中 外 交 を 含 め て 安 倍 と 一 一 行 の 下 村 に 加 ん 総 裁 特 別 補 佐 に 西 山 本 信 一 郎 を 昇 格 さ せ た が 、 後 任 を 異 例 の タ イ ミ ン グ で 断 行 し た 。 階 ・ 福 田 ら の 距 離 感 の 違 い は 埋 め 村 康 稔 を 起 用 し た の も 自 民 党 本 部 の 次 長 に 内 閣 危 機 管 理 監 の 西 村 泰 安 倍 は 生 前 退 位 問 題 に 関 し て は す が た い ほ ど の 落 差 が あ る 。 政 界 を 四 階 の ク 監 視 の 強 化 ク と 見 て い い べ て を 自 分 引 退 し た と は い え 、 自 民 党 宏 池 会 だ ろ う 。 で 取 り 仕 切 蚊 帳 の 外 に 置 か れ た 産 省 の ド ン 事 る と い う 強 い 音 間 を 示 確 か に 一 一 階 は 安 倍 の 党 総 裁 と し に 決 め た 。 一 一 階 の 手 元 に は 党 本 部 ニ し た の だ っ て の 任 期 の 延 長 に 言 及 し て 間 を 置 の 事 務 局 が 実 施 し た 情 勢 調 査 の 結 左 た 。 か ず に 党 内 に 協 議 の 場 を 設 け る な 果 が あ っ た 。 若 狭 へ の 支 持 率 は 五 首 こ れ に 対 ど 、 わ ず か の 期 間 で 結 果 を 出 し て 割 を 超 え 、 し か も 自 民 党 支 持 層 の 儲 し て 「 女 性 き た 。 只 都 知 事 選 で 混 乱 し た 自 八 割 が 若 狭 を 支 持 し て い た 。 こ れ 安 天 皇 」 に 積 民 党 壅 只 都 連 と 都 知 事 小 池 百 合 子 で は ど ん な 候 補 を 立 て て も 勝 ち 目 極 的 だ っ た と の ク 交 通 整 理 ク も 二 階 の 存 在 な が な い こ と は 明 白 だ っ た 。 「 こ こ で 若 狭 に 対 立 候 補 を 立 て た が 福 田 は 今 回 く し て で き な か っ た に 違 い な い の 天 皇 の お 一 一 階 は 自 民 党 本 部 入 り す る 際 、 ら 自 民 党 只 都 連 は 橋 下 徹 に し て 隙 気 持 ち 表 明 必 ず 本 部 一 階 に あ る 都 連 事 務 局 に や ら れ た 大 阪 の 一 一 の 舞 い に な る 」 一 一 階 は 若 狭 公 認 の 決 断 の 理 由 を 邸 に 関 し て 周 立 ち 寄 る 。 そ こ で 都 連 サ イ ド の 感 官 辺 に 「 天 皇 触 を 探 っ た 上 で 小 池 と 間 合 い を 図 こ う 説 明 し た 。 た だ し 「 小 池 憎 し 」 る の 感 情 が 治 ま ら な い 都 連 に も 配 慮 ぎ 陛 下 の 催 促 」 り な が ら 落 と し ど こ ろ を 探 っ た 。 出 と 漏 ら し た 。 そ の 結 果 、 小 池 を 支 援 し て 都 連 が を 怠 ら な か っ た 。 都 議 会 議 員 や 区 政 治 の 表 舞 「 除 名 」 を 強 く 求 め た 衆 院 議 員 の 議 会 議 員 ら の 処 分 に つ い て は 一 切 ラ 省 台 に は ほ と 若 狭 勝 に つ い て 、 一 一 階 は 「 厳 重 注 ロ 出 し を し な い こ と も 約 東 し た 。 経 ん ど 姿 を 見 意 処 分 」 で 終 わ ら せ た 。 そ れ だ け 絶 妙 な 采 配 に 党 内 に 異 論 は 出 な か 耕 一 せ な い 福 田 で な く 若 狭 を 小 池 が 抜 け た 衆 院 議 っ た 。 し か し 安 倍 に と っ て 何 事 に 今 だ が 安 倍 の 員 來 只 十 区 の 補 欠 選 挙 の 公 認 候 補 っ い て も 素 早 く 絶 妙 な 結 論 を 導 く れ 宿 安 日 豸 安 倍 晋 ミ 49 安 倍 と ニ 階 「 虚 飾 の 蜜 月 」 2016.10 選 択

選択 2016年 10月号


の 四 六 年 か ら み ず ほ 銀 行 の 前 身 の 出 馬 、 ト ッ プ 当 選 を 果 た し て い る 。 物 産 副 社 長 の 長 女 ・ 裕 子 。 章 一 郎 ど の よ う な 手 打 ち が 行 わ れ た の か 。 一 つ 、 日 本 勧 業 銀 行 の 総 裁 を つ と そ し て 八 〇 年 に は 鈴 木 善 幸 内 閣 で の も 、 つ 一 人 の 子 供 が 厚 子 で 、 嫁 い 由 美 子 の 結 婚 の 数 奇 な 巡 り 合 わ め た 西 田 太 郎 だ 。 夫 と な っ た 西 田 建 設 相 と し て 初 入 閣 。 八 六 年 に は だ の は 旧 大 蔵 官 僚 の 藤 本 進 だ 。 藤 せ を た ど る 。 夫 は ヤ マ タ ネ ( 旧 山 は 後 に 、 全 ト ヨ タ 労 働 組 合 連 合 会 静 岡 県 知 事 選 に 打 っ て 出 て 当 選 し 、 本 は そ の 後 、 財 務 省 審 議 官 で 退 官 。 種 産 業 ) の 現 社 長 ・ 山 﨑 元 裕 だ が 、 会 長 ( 全 ト 連 ) に 就 任 す る 。 章 一 郎 九 三 年 に 病 気 を 理 由 に 辞 任 す る ま 三 井 住 友 海 上 火 災 保 険 に 天 下 り し 、 そ の 実 父 で 同 社 元 会 長 ・ 誠 三 の が 会 社 の 経 営 を 担 う 傍 ら 、 そ の 組 で そ の イ ス を 守 っ た 。 い ま は & <Q イ ン シ ュ ア ラ ン 妻 ・ 初 恵 は 森 永 製 菓 第 三 代 社 長 だ 合 の ト ッ プ を 義 兄 が 務 め る 。 普 通 章 一 郎 と 博 子 は 一 一 人 の 子 宝 を 授 ス グ ル ー プ ホ ー ル デ ィ ン グ ス 取 締 っ た 森 永 太 平 の 長 女 だ 。 そ し て 初 恵 の 妹 で 次 女 の 恵 美 子 が 嫁 い だ の の 企 業 な ら 「 ま ず あ り 得 な い 破 廉 か っ た 。 一 人 は 無 論 、 章 男 で 生 ま 役 兼 イ ン タ ー リ ス ク 総 研 会 長 を つ 恥 な 取 り 合 わ せ 」 ( 業 肋 ) だ ろ う 。 れ た の は 五 六 年 。 結 婚 は 留 学 先 だ と め て い る 。 関 係 者 に よ る と 、 そ が 後 に 同 社 第 五 代 社 長 と な る 松 崎 一 方 、 和 可 子 の 嫁 ぎ 先 と な っ た っ た 米 国 で っ と め て い た コ ン サ ル れ ま で 旧 通 産 省 や 旧 運 輸 省 が 中 心 昭 雄 。 そ の 二 人 の 間 に は 「 昭 恵 」 の は 大 昭 和 製 紙 ( 現 日 本 製 紙 ) 創 業 テ ィ ン グ 会 社 を 退 職 し 、 ト ヨ タ に だ っ た ト ヨ タ と 官 界 と の パ イ プ は な る 娘 が 生 ま れ て い る 。 ほ か で も 家 の 斉 藤 家 。 創 業 者 ・ 知 一 郎 の 次 入 社 し た 直 後 の 八 五 年 で 、 相 手 は こ の 結 婚 を き っ か け に 「 霞 が 関 全 な い 。 現 首 相 夫 人 だ 。 結 果 論 と は 男 ・ 滋 与 史 に 降 嫁 し た 。 実 兄 は の 昨 年 一 一 月 に 死 去 し た 田 淵 守 一 匹 二 井 体 に 広 が っ て い っ た 」 と い う 。 い え 、 豊 田 家 は 何 と 安 倍 晋 三 と も つ な が っ て い る こ と に な る 。 こ れ ち に 同 社 ト ッ プ と な り 、 「 東 海 の 男 系 子 孫 で グ ル ー プ 各 社 を 支 配 暴 れ ん 坊 」 と も 異 名 を と っ た 名 物 で は 社 員 た る も の 柏 手 の 一 つ も 打 経 営 者 の 了 英 。 百 一 一 十 五 億 円 で 落 達 郎 ・ 絢 子 夫 妻 の 間 に 生 ま れ た 遺 恨 の 相 手 。 そ れ ば か り か 、 貸 出 ち た く な ろ う か 一 族 で は そ の ほ か に も 佐 吉 の 札 し た ゴ ッ ホ の 絵 画 「 医 師 ガ シ ェ 達 也 ( 現 デ ン ソ ー セ ー ル ス 副 社 長 ) 金 の 回 収 に 走 り 、 ト ヨ タ を 一 段 と の 肖 像 」 と 百 十 九 億 円 の ル ノ ワ ー と 由 美 子 も 豊 田 家 の 閨 閥 拡 大 に 一 窮 地 に 追 い 込 ん だ 。 喜 一 郎 は こ の 弟 ・ 佐 助 の 娘 だ っ た 節 子 が —Z< ル 「 ム ー ラ ン ・ ド ・ ラ ・ ギ ャ レ ッ 役 買 っ て い る が 、 達 也 の 結 婚 は 妙 時 の 住 銀 と の 交 渉 で 神 経 を す り 減 >< ( 現 グ ル 1 プ ) 創 業 家 ト 」 を 「 死 ん だ ら 棺 桶 に 入 れ て も 出 身 で 同 社 の 社 長 ・ 会 長 を 歴 任 し に 因 縁 め い て い る 。 住 友 銀 行 ( 現 ら し 、 そ の 心 労 で 急 逝 し た と も い ら う 」 な ど と 発 一 一 一 一 口 し 、 波 紋 を 起 こ 三 井 住 友 銀 行 ) 一 兀 頭 取 、 堀 田 庄 一 一 一 わ れ て い る 。 し か も 頭 取 の 堀 田 と た 伊 奈 輝 三 に 降 嫁 す る な ど 人 脈 と し た り も し た 。 の 息 子 で 同 行 兀 取 締 役 、 堀 田 健 介 は 六 五 年 、 当 時 経 営 危 機 に 陥 っ て 血 脈 の 増 殖 を 重 ね た 。 そ の 一 方 、 斉 藤 家 は 系 譜 を た ど っ て い け ば の 娘 ・ 真 理 を 妻 と し て 迎 え て い る い た プ リ ン ス 自 動 車 工 業 ( 後 に 日 産 一 族 に 迎 え 入 れ た 女 性 が 生 ん だ 男 か ら だ 。 中 曽 根 康 弘 や 福 田 赴 夫 に も た ど り と 合 併 ) の 救 済 問 題 を 巡 っ て も ひ 系 子 孫 は 利 三 郎 の 子 供 ら 同 様 、 着 く 。 滋 与 史 本 人 も 結 婚 後 、 大 昭 何 し ろ 住 銀 と い え ば 戦 後 の ド ッ と 悶 着 起 こ し て い る 。 支 援 を 懇 請 次 々 と 豊 田 自 動 織 機 や ア イ シ ン 精 和 製 紙 副 社 長 か ら 政 界 へ と 身 を 転 ジ ラ イ ン 不 況 で ト ヨ タ が 倒 産 寸 前 し て き た 堀 田 を 時 の 社 長 、 石 田 退 機 な ど グ ル ー プ 各 社 の 要 職 に つ か じ 、 六 四 年 に は 吉 原 市 ( 現 富 士 市 ) に 追 い 込 ま れ た 際 、 「 機 屋 に 貸 せ 三 は 「 鍛 冶 屋 の 私 ど も で は 不 旦 谷 せ 、 支 配 の ネ ッ ト ワ ー ク を 強 固 に の 市 長 に 当 選 。 六 九 年 に は 自 民 党 て も 、 鍛 冶 屋 に は 貸 せ な い 」 と し で し よ う か ら 」 と 一 蹴 し た の だ 。 一 し て い っ た 。 世 で は こ れ を 門 閥 政 公 認 で 旧 静 岡 一 一 区 か ら 衆 議 院 選 に て ト ヨ タ の 緊 急 融 資 要 請 を 断 っ た 体 、 因 糴 言 を 乗 り 越 え る の に 両 家 で 治 と 呼 ぶ 。 ( 敬 称 略 ) ト ヨ タ の 女 た ち と 「 政 略 結 婚 」 2016.10 選 択

選択 2016年 10月号


ム ロ 米 国 で 「 世 襲 政 治 家 」 が 流 行 ら ぬ 理 山 ー ー 上 下 両 院 で は 長 ら く 「 一 割 以 下 」 中 露 主 導 独 裁 国 家 連 合 の 増 殖 ■ ュ ー ラ シ ア の 大 半 覆 、 つ 「 反 米 同 盟 」 旧 WORLD ・ 情 報 カ プ セ ル バ チ カ ン 銀 行 改 革 は 見 事 に 「 頓 挫 」 盟 ロ ー マ 法 王 が 守 旧 派 に 変 節 " ア ル カ ー イ ダ が 着 々 と 覆 活 ー ビ ン ラ デ ィ ン の 息 子 を 「 旗 頭 」 に 囲 シ ン ガ ホ ー ル が 「 先 端 研 究 の 都 」 に ー ー 「 規 制 緩 和 」 で 世 界 を 魅 了 す る 島 国 中 国 が 独 ハ イ テ ク 企 業 を 「 爆 買 い 中 」 ー ー 第 四 次 産 業 革 命 「 丸 ) 」 と パ ク る 」 戦 略 。 多 重 危 機 を 抱 え た ア ジ ア の 海 ■ 日 本 「 国 防 力 」 に 透 け る 限 界 中 国 政 争 乱 戦 の 行 方 ・ 習 近 平 は 三 期 目 」 を 全 、 つ で き る か 14 12 太 平 洋 の ル ー ル を 決 め て き た 米 国 が 、 そ の 地 位 を 守 れ そ う に な い 。 顕 著 な の は TPP だ 。 対 中 国 戦 略 の 要 に な る は す が 、 自 国 で の 批 准 す ら 危 う い 体 た ら く 。 足 元 を 見 る 中 国 海 空 軍 は 、 日 本 周 辺 で 好 き 放 題 を 始 め た 。 ( 6 頁 ) 紙 3 連 載 〈 巻 頭 イ ン タ ビ ュ ー 〉 ケ ン ト ・ カ ル ダ ー ・ 特 別 リ ポ ー ト ・ 太 平 洋 の 覇 権 よ ろ め く 米 国 オ バ マ 「 対 中 外 交 」 の 負 の 遺 産 天 皇 の 生 前 退 位 や 「 も ん じ ゅ 」 廃 炉 の よ う な 大 問 題 で 、 意 外 に も 安 倍 は 二 階 と 協 議 も せ ず 、 出 番 を 与 え な い 。 経 産 省 人 脈 が 動 か す 政 権 な の に 、 長 く 大 臣 を 務 め た 「 ド ン 」 二 階 が 蚊 帳 の 外 。 微 妙 な 隙 間 カ 昿 が り だ し た 。 ( 48 頁 ) 崩 れ そ う な ア ジ ア の 「 冷 た い 平 和 」 イ 6 盟 連 載 ↑ 着 権 力 の 研 究 〉 新 潟 県 新 潟 日 報 ー ・ 政 治 ・ 情 報 カ プ セ ル 翠 相 候 袖 小 泉 進 次 郎 の 孤 独 ・ 試 金 石 「 農 政 改 革 」 の 怪 し い 雲 行 き 。 安 倍 と ニ 階 虚 飾 の 蜜 月 ・ 「 経 産 省 王 導 政 権 」 の 歪 ん だ 人 間 模 様 連 載 〈 政 界 ス キ ャ ン 〉 新 べ ラ ル 保 守 」 は 死 ん だ の か た だ の お 飾 り 「 規 制 改 革 推 進 会 議 」 ー ー ア ベ ノ ミ ク ス 「 手 詰 ま 阯 の 象 徴 品 南 ス ー ダ ン で 自 衛 官 職 の 危 機 ■ 「 駆 け 付 け 警 護 」 な る 安 保 法 の 虚 構 連 載 〈 罪 深 き は こ の 官 僚 〉 藤 本 武 士 ( 資 源 エ ネ ル ギ ー 庁 ガ ス 市 場 整 備 室 長 ) ー ー 「 接 待 攻 勢 」 受 け ガ ス 業 界 と 癒 着 2016.10 選 択

選択 2016年 10月号


人 事 部 長 と 人 事 計 画 上 官 か ら の 絶 対 服 従 の 〈 哭 下 に 従 事 件 簿 に は 散 見 さ れ る 。 課 長 も 事 実 を 把 握 し わ な け れ ば な ら な い 厳 格 な 組 織 体 一 九 九 四 年 に は 海 将 補 が 訓 練 中 な が ら 防 衛 省 内 局 に 系 だ か ら こ そ 、 そ こ に 規 律 や 団 結 の 部 下 に サ ン ゴ の 採 取 を 命 じ て 職 報 土 ロ し な い ま ま 、 内 心 は 醸 成 さ れ る 。 し か し 、 こ れ は 権 乱 用 で 停 職 処 分 を 受 け 、 書 類 送 部 で 握 り つ ぶ そ う と 外 部 か ら 閉 ざ さ れ た 閉 鎖 性 や 内 向 検 に 。 年 に は 陸 将 補 が 出 張 中 に 画 策 し た か ら で あ る き の 思 考 ・ 論 理 と い っ た 負 の 側 面 公 用 車 で ゴ ル フ に 出 か け 、 同 じ く だ が 、 天 網 恢 恢 疎 と 表 裏 一 体 の 関 係 で も あ る 。 し か 職 権 乱 用 で 停 職 処 分 と な っ た 。 な に し て 漏 ら さ ず 。 ね も 、 国 防 と い う そ の 性 格 上 、 競 争 二 〇 〇 九 年 に は 陸 将 補 が 職 務 中 つ か 悪 事 は バ レ る 。 せ 相 手 が 存 在 し な い の で 、 一 般 社 会 に イ ン タ ー ネ ッ ト で わ い せ つ サ イ 退 案 の 定 、 噂 が 次 第 に に あ る 業 界 同 士 の 競 争 や 牽 制 な ど ト に 見 入 っ て い た こ と が 発 覚 す る 。 広 ま り 、 五 年 後 に 人 県 と い う も の と は 全 く 無 縁 で あ る 。 一 〇 年 に は 、 茨 城 県 内 の 駐 屯 地 に 祥 事 部 長 は 西 部 方 面 総 壅 呈 士 演 習 場 や 舞 鶴 を 舞 台 と す る 所 属 す る 陸 将 補 が ク リ ス マ ス 行 事 幹 員 監 、 人 事 課 長 は 第 九 重 大 な 隠 蔽 事 件 は 、 こ う し た マ イ に 使 う た め 、 部 下 に 指 小 し て 〕 田 師 団 長 と い ず れ も 陸 ナ ス の 側 面 が 如 実 に 表 れ た に す ぎ 士 演 習 場 の 私 有 地 に あ る モ ミ の 木 民 行 将 ポ ス ト に 、 東 部 方 な い の だ 。 を 勝 手 に 伐 採 さ せ た 。 い ず れ も 減 面 警 務 隊 長 は 陸 将 補 を 政 治 資 金 の 「 公 私 混 同 」 問 題 で 給 の 処 分 が 下 さ れ た 。 そ の ほ か 業 感 に の 、 つ の う と 就 い て 賭 壅 只 都 知 事 を 辞 職 し た 舛 添 要 一 氏 者 か ら の 供 応 、 接 待 ゴ ル フ 、 部 下 権 威 を 振 り か ざ し て が 残 し た 記 億 は 、 「 せ こ い 」 の ひ へ の パ ワ ハ ラ 、 セ ク ハ ラ も 後 を 絶 い た が 、 万 事 休 す 。 と 一 一 一 一 〔 だ が 、 こ れ を 笑 え な い 事 案 も た な い ( 百 十 一 頁 表 ) 。 全 員 が 停 職 処 分 を 食 ら 、 つ 羽 目 に な 司 〈 目 の 金 田 秀 昭 海 将 ら 一 一 人 の 海 っ た 。 将 と 海 将 補 一 一 一 人 が 停 職 処 分 と な り 、 幹 部 自 衛 官 に 蔓 延 す る 雫 和 ポ ケ こ の 前 年 の 一 九 九 九 年 一 一 月 に は 、 金 田 氏 は 依 願 退 職 に 追 い 込 ま れ た 。 自 衛 隊 は 硬 直 的 で 閉 ざ さ れ た 特 影 響 を 与 え て い る の で は な い か 海 上 自 衛 隊 の 護 衛 艦 「 は る な 」 が い ず れ も 「 事 件 簿 」 に 記 録 さ れ 、 殊 な 集 団 だ が 、 そ れ だ け が 不 正 や 海 外 派 遣 も 災 害 派 遣 も そ こ だ け 見 海 自 舞 鶴 基 地 の 岸 壁 に 係 留 中 、 高 隠 蔽 体 質 を 物 語 る 事 例 だ が 、 当 時 腐 敗 の 素 地 な の だ ろ う か 。 防 衛 省 れ ば 活 躍 し て い る け れ ど も 、 平 時 性 能 一 一 十 ミ リ 機 関 砲 の 実 弾 一 一 発 を を 知 る 防 衛 省 背 広 組 の は 「 氷 内 局 の 関 係 者 は 「 閉 鎖 社 会 の 反 動 は 大 半 の 部 隊 が 訓 練 ば か り で 、 米 山 中 へ 誤 射 。 そ れ が 隠 さ れ た ま ま 、 山 の 一 角 で は な い か 。 事 の 大 小 を で 倒 錯 し た 将 官 が 生 ま れ て き て い 国 や 英 国 の よ う な 過 酷 さ か ら は 程 四 カ 月 後 に 明 る み に 出 て 舞 鶴 市 や 別 に す れ ば 、 法 令 に 抵 触 す る 事 案 る 側 面 に 加 ん て 、 実 は 幹 部 自 衛 官 遠 い 」 と 語 る 。 京 都 府 が 激 怒 し た 。 海 上 幕 僚 監 部 は 他 に も 埋 も れ て い る 公 算 が 大 き 」 『 平 和 ポ ケ 』 し て い る 者 が 少 な こ れ に 呼 応 す る よ う に 、 当 事 者 へ の 報 告 を 怠 っ た 当 時 の 護 衛 艦 隊 い 」 と 疑 念 を 抱 く 。 く な い こ と も 組 織 の 弛 み に 大 き な の 陸 自 佐 官 ク ラ ス は 「 佐 官 に な れ 、 刀 し 力 し 2016.10 選 択 自 衛 隊 「 将 官 不 祥 事 」 一 覧 112

選択 2016年 10月号


TEL 汁 ( 7 こ 斗 ) き ( 7 こ 斗 ) ◎ 寺 b 5 气 ( 5 ~ こ 〇 ペ 皇 づ プ 5 ) ・ き 談 澪 凸 ロ 呂 ロ ロ ロ ( 2016 ・ 10 ) 購 読 者 ご 紹 介 キ ャ ン ペ ー ン 用 ハ ガ キ 會 ハ ガ キ 表 面 の 説 明 を よ く ご 覧 下 さ い 。

選択 2016年 10月号


社 会 ・ 文 化 も 不 後 の x ・ セ ネ ラ 非 絲 台 の 一 多 事 多 鄭 の 者 ■ 業 界 ガ リ バ ー で 始 ま る 「 三 頭 政 治 」 の 暗 闘 こ 身 “ 泉 田 自 越 で 東 京 電 力 の 高 笑 い 店 ニ 頁 ■ 柏 崎 原 発 「 来 年 再 稼 働 」 を 巡 る 妄 動 済 連 載 〈 ク ロ ズ ・ ア ッ プ 〉 態 の る 状 立 陥 亠 月 柳 俊 彦 ( *-æ 九 州 社 長 ) ー ー 大 型 上 場 で も 「 視 界 不 良 」 の 船 出 業 績 慧 降 下 と 載 〈 企 業 研 究 〉 三 越 伊 勢 円 (C) ー 癒 え ぬ 合 併 の 後 遺 症 ~ 一 〃 対 ロ シ ア 「 一 兆 円 」 経 済 支 援 の 大 愚 ー 1 詐 取 さ れ る 北 方 領 土 交 渉 の 「 手 付 金 」 立 を 川 経 済 ・ 情 報 カ プ セ ル 際 車 が 拍 連 載 〈 経 営 者 東 京 裁 判 〉 終 ぶ 回 田 重 久 ( タ カ タ 会 長 兼 社 長 ) ー ー ー 「 殺 人 工 ア バ ッ グ 」 で 優 良 家 業 を 潰 す よ み 凋 貨 痛 が の の 立 位 対 い 首 部 買 界 内 ト ヨ タ の 女 た ち と 政 略 結 爆 業 。 買 う な か れ 「 ソ フ ト ハ ン ク 社 債 」 ー ー 主 幹 事 ・ み ず ほ 証 券 が 犯 し た 「 禁 じ 手 」 客 ぎ 膨 日 次 は 必 ず 儲 け る 資 産 運 用 の 「 王 者 」 た ち ー ー 国 際 金 融 界 を 牛 耳 る 「 ビ ッ グ 5 」 訪 相 満 を ま 覧 和 % 社 会 ・ 文 化 ・ 情 報 カ プ セ ル 感 止 閲 平 共 が の の が 事 ト ち 東 大 医 学 部 で l—<@級 論 文 不 正 民 祥 イ た ■ 税 金 が 消 え た 「 糖 尿 病 研 究 」 の 暗 部 コ ン ト ラ バ ス 名 手 「 河 原 泰 則 」 の 異 彩 ー ー 世 界 最 高 峰 の 低 音 を 奏 で る 「 サ ム ラ イ 」 出 で 匁 次 」 、 「 , ~ ) ・ 害 裏 セ 氏 僞 造 ワ イ ン 汚 笨 日 本 で 拡 大 中 災 の に コ 頁 ■ 「 カ モ 」 に さ れ る 無 邪 気 な 愛 飲 家 。 そ フ 川 る 、 ル ま 日 本 の サ ン ク チ ュ ア リ ・ シ リ ー ズ 繝 腐 が ゴ あ ら だ 待 は だ か 隊 挺 状 れ 衛 。 罪 表 。 自 衛 隊 蒋 官 不 祥 当 一 覧 , 、 ツ ー 自 い 、 の 織 く な ど ケ モ ラ ル 決 壊 「 高 級 幹 部 」 の 醜 悪 な 罪 状 組 抱 ら な ポ 皇 室 の 風 ー 岩 井 克 己 日 本 の 科 学 ア ラ カ ル ト 美 の 艶 話 ー 佐 伯 順 子 % 本 に 遇 う ー 河 谷 史 夫 % 誤 審 の ス ホ ー ツ 史 ー 中 村 計 マ ス コ ミ 業 界 ば な し ・ 写 真 提 供 / 時 事 通 信 フ ォ ト 共 同 通 信 イ メ ー ジ ズ 産 経 新 聞 社 毎 日 新 聞 社 な ど 2016.10 月 号 ・ 目 次 【 短 期 連 載 】 豊 田 家 の 研 究 2 世 界 の キ ー ハ ー ソ ン ⅱ 国 内 人 事 情 報 Book Reviewing GIobe 加 追 想 バ テ レ ン の 世 紀 ー 渡 辺 京 ニ 西 風 醜 交 差 点 ー 読 者 の 声 ・ 編 集 者 の 声 2016.10 選 択