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自分史の書き方

柳沼正秀さんの人間関係クラスターマップ ( その 2 ) く具体的な実践活動など > ・関東学生 ESS ティベート大会企画実行 ( 早稲田、慶應大学等の ESS との交流 ) ・毎日ウィークリー友の会発足つウィークリー班学生スタッフ ・英国、米国語学研修ツアー企画つ日本旅行社員とのネットワークはその後も継続 く毎日ウィークリー > ◇江口英文毎日局長 ◇毎日新聞の先輩 . ・毎日教育新聞 ( 企画没 ) 、週刊囲碁・将棋新聞企画 ( 企画没 ) ・毎日小中学生年鑑発刊・全国教科書ルート開拓 ・先輩諸氏 く教育開発準備室 > ◇室長 つ当時は、英文毎日とプロジェクトチームの準備室の両方に机があった ◇英語学校校長 : マック鈴木 ・プリンストンカレッジで英国教育制度の研究・留学中、毎コミの語学研修生の受入アルバイト ・英国銀行から融資を受けるため く英国留学 > ・ 5 ~ 7 月南米 ( ベルーからメキシコまで ) ヒッピー旅行 学校の運営事業計画書を作成 ・プリンストンカレッジ ・ Y M C A ◇記者クラブ仲間 ( 現在も付合いが継続 ) ◇毎日新聞の同僚記者◇共同通信や各新聞社の記者 ・記者クラブで各社の記者と交流・浜松商取材の折、静岡駅前ガス爆発事故 く静岡支局 > ・ F 高校ブラスパンド日中交流の同行取材・県議選、参議院選挙等の取材 ◇支局長◇各デスク く日本将棋連盟 > く週刊将棋・企画創刊 > ◇加藤治郎名誉九段 ( 早稲田大学将棋部の大先輩 ) ◇大山康晴 15 世名人 ( 当時の連盟会長 ) ◇常務 ◇木村義雄 14 世名人 ( 初の実力名人 ) ◇升田幸三元名人 ( 大山名人の宿命のライバル ) ◇日本将棋連盟役員 ◇創刊時メンバー ◇週刊将棋スタッフ ・奨励会からスタッフへ く仕事での出会い > 1973.4 く毎日新聞社 > ~ 1978.7 ・英文毎日局 1977.4 毎日ウィークリー ~ 19787 ◇上司、先輩、同僚 19787 ~ 1979.7 ・県警クラブ 1979.1 ・市政クラブ ~ 1983.6 ・県政クラブ く毎日コミュニケーションス > ・週刊将棋部次長 19837 ・週刊将棋編集長 ~ 1985 く主な毎コミメンバー > ◇役員、先輩、同僚 ・週刊将棋創刊の根回し、後ろ盾・週刊将棋発行の全面協力を得る・実力名人以降の将棋界の取材 ・アレビ解説で憧れの升田元名人の聞き手役を務める く駒音コンサート企画 > く企画・事業立案 > ・週将ブックス発行っ実用書の発行へ・写真でつづる将棋昭和史企画 ・山本直純氏 : 将棋とクラシックのコラボを企画・楽団将棋連盟会長など ・ファミコン将棋ネット対局システム ( つ囲碁・将棋・麻雀のネット対戦へ ) ・システム会社等との合同企画・ PC ソフト「森田将棋」「東大将棋」の開発販売っコンピュータ将棋協会のメンバーとの出会い ・ Mac 関連書籍の発行 : 理系学生らと P C 書籍を発行・公認会計士らとコラボ企画で p C 雑誌「 T H E 1 2 3MAGAZINE 」を発行 ・米国 P C フェア、 M A C ワールド取材でアラン・ケイ、スティーブ・ジョブズの発想にカルチャーショックを受ける ・ D T P システムを構築つ就職情報誌の編集作業の効率化を図る ・汎用コンピュータつ P C へのダウンサイジングを実践・新しい配送システムの導入 ・広報部長として全国大学の就職部を回る ・将棋・囲碁・麻雀のネット対戦システムを構築 ・新退職金の制度を導入 く団塊の世代・講座 > ・「備えあれば」読売新聞夕刊連載 ・「ノジュール」 50 代からの自分ライフ ( J T B バブリッシング ) ・日経マスターズ < ゆとりの「老後生活」設計 > ( 日経 B P ) ・いきいき 50 から ( 毎日新聞連載 ) など く PC 月刊誌・企画創刊 > く編集システムプロジェクト > く就職情報・業務・広報部 > くゲーム雑誌・企画創刊 > く総務部 > く日本 F P 協会 > ◇ FP 協会関係メンバー 同協会東京支部 く日本 FP 協会東京支部 > ◇東京支部 FP メンバー 1987 ~ 1990 ・出版部部長 ・編集システム室長 ・就職情報広報業務部長 ・編集部長 ・総務部長 く F P 時代 > 日本 F P 協会 1991 ~ 1992 1993 ~ 1994 1995 ~ 1996 1997 ~ 1998 く書籍執筆 > ・わが家の F P 読本 ( 日本 F P 協会 ) ・定年退職後の生活 & 資産設計の描き方 ( すばる舎 ) ・「 FP 」になって独立・開業わずか 2 年で年収 1 千万円を稼ぐ ! ( すばる舎 ) ・わが家のマネープラン入門ポートフォリオ運用でお金をそだてる ( ロ ーカス・共著 ) 長 員 委 ム 長ラ 支オ 員 委 報員 広委 査理 調倫

自分史の書き方

創刊早々の大トラブルを切り抜ける 「週刊将棋 , は、発行は日本将棋連盟で、編集室は将棋会館の地下。編集と販売は毎日新 聞という形をとった。日本将棋連盟発行という形をとったから、七大タイトル戦を主催す る他のメディアもすべて協力せざるをえなくなり、この企画はビジネスとしても大成功を おさめた。 しかし、スタートして間もなく、大事件がもちあがった。 昭和五九年一月二五日になんとか創刊号が出せてホッとしたのもっかの間、二号目が刷 り上る土曜日の午後一一時過ぎに、私が外出から戻ると、私の席に二号目の刷り出し見本紙 が置いてあった。次の瞬間、一面の見出しを見た私の背筋が凍りついた。 見出しが「〇〇が〇〇を被る」とあるのだ。どう見ても「破る」とは見えない。念のた め辞書で調べたが、もちろん「被るにはそんな意味はない。すぐに編集に電話をする と、「しようがない」という返事。冗談ではない、毎コミの発行であれば、謝って済むか もしれないが、週刊将棋は日本将棋連盟の発行の形態をとっている。このまま発行してし まえば、連盟の信用にキズがついてしまう。私はすぐさま五階のフロア 1 から二階のフロ 144

自分史の書き方

戦、王将戦以外のタイトル戦を扱うとなれば、毎日だけの問題で済む話ではない。ど うしても日本将棋連盟の協力体制が不可欠の企画だ。私は、日本将棋連盟と各新聞社との 関係がそれぞれ微妙な事情を抱えていることは承知していた。最初に持ち込むところを間 違えると、この企画自体が成立しなくなる恐れがある。最終的に、その適任者として考え たのが、将棋界のご意見番でもある加藤治郎名誉九段だった。 加藤九段は、当時では珍しい大学卒の棋士で、しかも早大卒だったから柳沼さんの先輩 にあたる。加藤九段に相談すると、まずは、大山康晴・日本将棋連盟会長 ( 当時 ) のとこ ろに話をもっていけとい、つことだった。 大山会長には、八月に開かれた毎日新聞の名人戦のパ 1 ティの席上で企画を話したとこ ろ、「わかりました。いっからできますか」と、非常に好感触が得られた。後でわかった ことたが、 大山会長は即断即決主義で、しかもせつかちでもあった。 表 すぐに、大山会長が直接、毎日新聞社の山内社長に連絡をして打合せの段取りをしてく 年 分れたのも驚きだった。大山ー山内会談で、週刊将棋は翌年 ( 昭和五九年 ) 一月の創刊が決 章 第 143

文藝春秋2016年8月号

ました。将棋を指すときに、和服をら、今度こそ必ずものにしたいとい棋への執念も人一倍ありますが、そ 着るのも初めてだし、地方に移動すう気持ちが強くなりました。そのとの熱は自分のなかで昇華させて、盤 るのも初めて。ほかのタイトル戦きは、まさかそれが名人戦になると上の集中心へと結びつけるようにし ています。 は、対局の前日に棋士も出席する前は予想もしていませんでしたが。 夜祭があるのですが、王座戦だけは大崎昭和を代表する大山康晴十大崎私が将棋連盟の職員になっ それがないので、初めての大舞台と五世名人は、中田さんの師匠。つまた時は、大山先生が会長でした。よ してはやりやすかったですね。 り、佐藤さんは大山先生の孫弟子にく怒鳴られたものです。 大崎結果は二勝三敗で負け。しあたります。大山先生の将棋は並べ佐藤怒ると怖かったと聞いたこ とがあります。 かし今年の二、三月には、渡辺棋王ましたか。 と棋王戦を戦います。こちらも一勝佐藤はい、 著書も読んでいます大崎いやいや、怖いなんてもん 三敗でタイトルには手が届かなかっし、十代の頃から大山先生の将棋はじゃないですよ ( 笑 ) 。 たものの、どちらも壮絶な将棋で、 よく並べました。最近も『名局集』 佐藤でも、大山先生は師匠には 死闘に次ぐ死闘。佐藤さんが指すタ一冊をまるまる並べてみたところでまったく怒らなかったそうです。放 イトル戦は、必ず大激戦になるのです。大山先生の将棋は終盤が正確任主義は、大山一門の特徴なのかも で、簡単には負けない厚みがある。 しれませんね。僕も本当に自由にや 私には魅力的です。 佐藤死闘を目指しているわけで棋士という勝負師の集団のなかでらせてもらいました。 はないんですが ( 笑 ) 、確かにどちも、ひときわ勝利への執念を強く持大崎怒られたことは ? らも苦しい将棋でした。タイトルをつていた気がします。そして、その佐藤うーん、記憶にありません。 大崎中田さんの怒る姿は、私も 獲ることは叶いませんでしたが、執念を表に出しても不自然ではない 「タイトルに手が届く」感覚をこの時代に生きていた。今は執念や闘志想像がっきません。先日、詰将棋作 二回のタイトル戦で掴むことができは内側で燃やして外には見せない人家を交えて中田さんとお酒を飲んで たからこそ、次にチャンスが訪れたが多いですね。僕も負けず嫌いで将いたら、その作家が中田さんに次々 ( 引 0 )

自分史の書き方

、の引き抜きだ 0 た。毎 0 ミは私が毎日新聞社に入社した昭和四八年に創業後、就職情 報、美術、出版事業、海外研修事業などを柱に順調に発展、従業員も百人 ( 現在、マイナ ビグル 1 プで二千四百人の従業員が働いている ) に達しようとしていた。江口氏は、私が毎 一日を辞めて海外に行くらしいとの噂を聞き、毎コミに来ないかと誘ってくれたのだ この誘いを受けて、柳沼さんは毎日新聞を辞めて、毎日コミュニケ 1 ションズへ移り、 江口さんの直接の部下になってしまう。年表を見るとわかるが、それから巧年間毎日コミ ュニケ 1 ションズに勤めたのが柳沼さんのサラリーマン生活のすべてで、そのあとは、フ アイナンシャルプランナ 1 として独立して自分のオフィスを構えるにいたるのだから、柳 沼さんの人生は本当に江口さんといちばん深い関係にあったということができる。 毎日コミュニケ 1 ションズに移って、新規事業として立ち上げたのが「週刊将棋」であ る。将棋人口は日本に約 1000 万人おり、日本でもっとも愛好者が多いゲ 1 ムの一つだ る から新聞各社はそれぞれ独自のタイトル戦をもっており ( 全部で七大タイトル戦 ) 、それを を 表 独占的に報道することで一定の読者をつかんでいた。その他に 3 つの月刊誌があって、そ 年 の 分 れぞれ数万部が発行されていた ( 日本将棋連盟が出している「将棋世界」は川万部 ) 。将棋フ アンは、七大タイトル戦の結果を一刻も早く知りたいし、その刻々の戦いぶり ( 棋譜と解 章 第説 ) を知りたい。それなのに、自分のとっている新聞以外のところが主催しているタイト 141

自分史の書き方

柳沼正秀さんの自分史年表 ( 活動実績・財産・歴史的背景ほか ) S64 / H8 H9 HI 0 . HI 1 : HI 2 : HI 3 : HI 4 : HI 5 : HI 6 . HI 7 : HI 8 HI 9 : H20 S23 . S24 . S25 : S26 : S27 : S28 S29 : S30 . S31 : S32 S33 : S34 S35 ・ S36 : S37 S38 : S39 S43 S44 S45 H6 H7 S42 S46 S47 S48 S49 S50 S52 S53 S54 S55 S60 S61 S62 S63 H2 H3 H4 H5 S40 S41 S51 S56 S57 S58 S59 H 1 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 1948 194919501951 195219531954 1955 1956 1957 1958 1959 1960 1961 1962 1963 1964 1995 1996 1967 1968 1969 1970 1971 1972 1974 1975 1986 1987 1988 1989 1990 1991 1992 1993 1994 1965 1966 1973 1976 1977 1978 1979 1980 1984 1985 1981 1982 1983 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 47 48 9 10 1 1 12 13 14 20 22 23 24 26 27 39 42 45 46 1 5 17 18 25 28 29 30 32 36 37 38 40 43 44 33 34 35 ロン フ ライフデザイン 21 事務所開設 備 早稲田大学教育学部 毎日新聞社 リ 毎日コミュニケーションズ 校 留学 毎日インターナショナル 4 2 3 年 年 年 年 日本 FP 協会調査広報委員日本 FP 協会 ( 兼務 ) 教育開発準備室 総務部長 週刊将棋部次長 生 生 生 生 倫理委員 英文毎日局 ( 毎日ウィー毎コミと共同企画 日本 FP 協会東京支部副支部長 アニス部新聞部 将棋部 クリー担当 ) ・短期海外留学 編集局 ( 静岡支局 ) 「 FP 独立「定年退職後 関東学生 ESS 甲子園で浜松商の 開業」本の資産設計の 関東大学将棋 デイへ、一ト 将棋名人戦 取材・記者の目 を出版描き方」出版 学校訪問新人戦団体準優勝 毎日新聞に移籍 ( 静岡駅前ガス爆発 ) 大会を企画 学生村・ 海外短期留学を 企画 ( 英国・米毎日小中学生年鑑 民宿の建替え ゴヤ展 計画案作成 ( アルバイト ) 国に出張 ) 独自取次ルート開拓 ゴヤ展で販売ノウハウ 英国の生涯教育を研究 在学中社会を 電算・メールシステム構築 知るためアルバイトを 陳氏に商売の基本を叩き込まれる南米に 3 ヶ月間ヒッチハイク旅行 38 職以上やる 毎日新聞中村博彦氏毎日インター ( 陳氏 ) 月山・竜さん毎日新聞江口末人氏マック鈴木氏 ( 英国 ) 静岡支局安田デスク ◇社会勉強のため ◇ 5 年ごとに ◇英国流人生 30 種類以上の 新しい仕事をする 設計の出会い アル / ヾイトをする 早大闘争で大学がたびたび ロックアウトに ・ケネティ大統領・ビートルズ来日 ・安田講堂事件 暗殺 ・東海道新幹線・早稲田闘争 ・大阪万博開催 開通 ・東京オリンピック開催・べ平連運動広がる ・沖縄返還 福田赳夫 田中角栄 和暦 西暦 年 数 満年齢 0 2 春日部市で 学校・会社 誕生 主 学年・所属部課 所 属 活 動 具体的な 実 活動・仕事 8 4 3 1 7 3 年生 立高 旧不 5- 立ロ 2 年生 玉日 埼春 1 年生 3 年生テニス立ロ 立ロで 立中 上人 市土 2 年生陸上部陸 3 宮砂 大大 1 年生野球部 立東 市土 6 年生 宮砂 大大小 5 年生転校 小 4 年生 粕 3 年生 立 市 2 年生 立ロ 日 春 1 年生 1 編集システム室長 就職情報 広報 業務部長編集部長 出版部部長 PC PC 「週刊将棋」 書籍月刊誌 DTP システムを ゲーム月刊誌を 2 誌創刊 新聞創刊 発行創刊 構築 テレヒ解説で 写真でつづるファミコンによる将棋通信対戦 升田元名人の 聞き手を務める将棋昭和史ゲームを企画運用 日本初の FP 事務所を取材 DC アドバイザー取得 キャリアカウンセラー ( CDA ) 取得 AFP 取得国際資格 CFP を取得 日本での FP の先駆者との出会い キャリアカウンセラー FP 勉強会に参加、 勉強会に参加 FP のネットワークの構築 生活設計・キャリア相談が ◇ 50 歳時に FP で独立をする ライフワークに 大塚に自宅兼 妻勤続 25 年表彰事務所開設 ・小泉自民党衆院選挙 ・米国同時多発テロ 圧勝 ・民主党 ・介護保険制度・イラク戦争 参院選 創設 ・自衛隊イラク派兵勝利 ・日経平均 1 万円割れ < 能力の財産 > 財 産 八代先生松下先生 鷲山先生佐々木先生 ◇中学校の先生に なりたい 遠藤先生 中山先生 草壁先生 金子先生 く人脈の財産 > 大山 15 世名人 ◇趣味の将棋新聞を ◇後半の人生設計を 考え始める 創刊する 長女長女 生徒国立中都下に戸建て 会長入学 住宅購入 ・昭和天皇・バブル経済崩壊 ・プラザ合意 ( 円高 ) 崩御 ・ベルリンの壁崩壊 ・ソ連解体 ・国鉄民営化・天安門 事件 ・消費税導入 宇野宮沢喜一 竹下登 海部俊樹→ 人生の転機・節目 参考記述欄 マンンヨン マンンヨン 購入 購入 ・静岡駅前ガス爆発事故 長女大学留学 ・地下鉄サリン事件 ・阪神淡路大震災 ・日本版金融ビッグバン発表 長女誕生 ・ロッキード事件 ・堺屋太一「団塊の世代」出版 ・日中平和友好条約締結・カレーインパルス墜落 ・東名日本坂トンネル事故 鈴木善幸 ・ 1947 年 ( 昭和 22 年 ) 日本国憲法施行 ・朝鮮戦争勃発・テレビ放送開始 ・街頭テレビ人気 ( プロレス ) ・サンフランシスコ講和条約 石橋湛山 片山哲吉田茂 鳩山一郎→岸信介→ 芦田均 ・ソ連が人工衛星打上成功 ・池田内閣所得 倍増計画 ・あさま山荘事件 理 歴 歴史的背景 ・極東軍事裁判 ・米国ベトナム戦争本格介入っつつつつつつつつつつつつつつつつ・サイゴン陥落 福田康夫 小泉純一郎 小渕恵三 人 勇 田 村山富市 森喜朗 橋本龍太郎→ 細川羽田孜 安倍晋 佐藤栄作ー 中曽根康弘 大平正芳→ 三木武夫→

自分史の書き方

も弁明すらせずにひたすら頭を下げるのみ。これにはさすがの私も口をあんぐりせざるを 得なかった。 そして、上司は部屋に帰ってくるなり、私を会議室に連れて行き、「これで俺の点数が 減点された。どうしてくれるんだ」と怒鳴り散らす有様。このとき、サラリ 1 マンの本音 と悲哀を見たような気がした。この上司を哀れとさえ思った。 まさし / サラリー マンの悲哀を感じさせるエピソードである。 「週刊将棋」発行の舞台裏 年表を見るとわかるが、柳沼さんには、もう一つのキャリアとして将棋がらみの仕事が ある。柳沼さんは子供のときからの将棋ファンで、大学でも入学してすぐに、将棋部に入 る 作部しているくらいだ。その早稲田大学将棋部時代に、関東大学将棋新人戦 ( 団体 ) で準優 勝しているくらいだから、相当の腕なのである。その柳沼さんが、自分史の第六章を「週 の 分 歳 ( 198351987 ) 」として、次のように書いている 刊将棋の特別秘話肪 5 ・目 章 ~ 「人生の十大事件として一番目に何を挙げるか」と問われれば、私は躊躇なく「週刊将 ちゅうちょ 139

週刊東洋経済 2017年12月31日 1月7日号

特集 / 2017 年大予測 ンピュ 1 タがプロ棋士に勝利 ビ、インタ 1 ネットで大き / 、取り上 戦う一方で、コンピュータと コンピュータや < ーが進歩す 川年前までは笑い げてもらった。今まで将棋に興味が棋士の付き合い方も重要なテーマだる中で、人間が優位な領域というの 話のたぐいだったが、 はあるのでしようか 今や誰も驚か なかった方にも関心を持ってもらえと感じます ない事象になりつつある。今後、棋るきっかけになったと感じている。 将棋ソフトは妙な先入観を持たな 棋士でもタイトルを数多く取るト 士はコンピュータ、その先にある ただ、古くからの将棋ファンは 将棋に限らず、人間はいろんな ップ棋士には強烈な個性がある。そ ( 人工知能 ) とどう付き合ってい 「プロ棋士は絶対的に強い」と思っ経験を積むことで先入観にとらわれういった個性が将棋に表現され、フ くのか。永世名人で日本将棋連盟会ているので、プロ棋士がコンピュー て新しい発想が出てこないことがあアンに評価されている。とはいえ、 長でもある谷川浩司氏に聞いた。 タに負けるところを見たくないとい る。それだけに、コンピュ 1 タと対最近はソフトにもかなり個性が出て う人も多かったかもしれない。 局をすることで、「こんな指し方も きたので人間だけの領域ではなくな コンピュータ将棋は現在、ど ってきているかもしれない。 まだあるんだな」と気づかされるこ 人間には強烈な個性 のぐらいのレヘルに達しているので とはある 今後、コンピュータが進化して 補完できる関係を築く しょ , つか ただ、研究の中で、コンピュ 1 タ も、人間同士の戦いが面白いと言っ プロ棋士のトップレベルと言って 今後も棋士とコンピュータとの指し手を最後の最後に参考意見とてくれる将棋ファンはいると思う。 して聞くのよ、 : : も過言ではないだろう。 2013 年の戦いは続くのでしようか ( ししカ最初からソフ「将棋は対話である」と昔から言わ から電王戦と銘打って、現役棋士と あと 152 回くらいと考えてい トに尋ねるのはいかがなものかと思れてきた。対局中に会話を交わすこ コンピュ 1 タによる 5 対 5 の団体戦る。トップ棋士が対局をすればそろう。まずは自ら思考して、自分なり とはないが、 駒を動かす一手一手に をしてきた。プロ側が負け越すとい そろ終わりかと : ・ の結論を出すことが大事だ は棋士の強い思いが込められてい 、つ年もあり、思ったような結果が出 る。多くの「会話」が盤上で交わさ 目歳 ないこともあった。 れることを、将棋ファンが楽しみに 7 直近では年 455 月に、トップ しているのではないだろうか。 0 棋士の一人である山崎隆之八段がコ 対コンピュータ、 < ーで得ら 史 2 ンピュータと 2 局指したが、 2 局と れた知見は世の中の役に立っ ? れ も敗北した。コンピュ 1 タの強さを お互いに長所と短所がある。うま 0 ま期 認めざるをえない。 く補い合うことが必要だ。どのよう済 2 ュ数 ヒ得 棋士とコンピュータが対局す に関連していくのかはわからない経 1 デ獲 ることの功罪についてはどのように が、コンピュ 1 タと人間との戦いで凍 お考えですか の知見が、医療の現場や災生較助の週 プラスの面としては、人間対コン ような場面で役立ってほしいと思っ 7 が学 に中名 ピュ 1 タということで新聞やテレ たのでている。 ( 聞き手【翆ロ龍吾 ) 1 「対 4 はいっか世の中の 日本将棋連盟会長谷日止ロ司 ′役に立っ 2 / 〃 rv ル

長谷川伸全集〈第12巻〉

昭和 26 年

長谷川伸全集〈第14巻〉

昭和 13 年