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昭和将棋史


大 山 康 晴 著 昭 和 将 棋 史 岩 波 新 書 7

昭和将棋史


朝 euruS borea$ 大 山 康 晴 著 昭 和 将 棋 史 岩 波 新 書 7 0

昭和将棋史


4 名 人 位 に 就 く 社 団 法 人 日 本 将 棋 連 盟 昭 和 二 十 四 年 八 月 一 日 、 日 本 将 棋 連 盟 は 、 「 社 団 法 人 」 と し て 発 足 し た 。 任 意 団 体 な ど と い う 、 あ い ま い な 形 の 集 団 で な く 、 社 会 的 に は っ き り と 権 利 を 持 ち 、 義 務 を 負 う 団 体 に 昇 格 で き た わ け で あ る 。 し か も 、 営 利 法 人 で は な く 、 公 益 の 社 団 法 人 と し て 法 的 に 認 可 さ れ た の だ か ら 、 い ろ い ろ な 方 面 に 発 展 す る 可 能 性 が 出 て き た 。 そ れ ま で の 日 本 将 棋 連 盟 は 、 一 時 分 裂 を 起 こ し た り 、 将 棋 大 成 会 な ど と 名 称 を 変 更 し た こ と と に か も あ っ た の だ か ら 、 い ま の 将 棋 連 盟 と は 、 ま っ す ぐ に つ な が ら な い 感 じ も な く は な い 。 く こ こ で は 、 現 在 の よ う に 「 社 団 法 人 日 本 将 棋 連 盟 」 と 明 記 で き る の が 、 昭 和 二 十 四 年 八 月 一 日 以 降 で あ る こ と を 記 し て お き た い 。 新 し い 将 棋 連 盟 の 発 足 と と も に 、 東 京 都 中 野 区 昭 和 通 り 二 丁 目 に 、 対 局 場 と 事 務 所 が 新 設 さ 112

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棋 聖 戦 出 現 さ て 、 将 棋 会 館 が 完 成 し た 昭 和 三 十 六 年 当 時 、 サ ン ケ イ 新 聞 社 は 王 位 戦 の 出 現 に 刺 激 さ れ た ら し く 、 将 棋 連 盟 に 大 型 棋 戦 づ く り を 提 案 し て き た 。 大 型 と い え ば 、 む ろ ん タ イ ト ル 戦 し か な い が 、 将 棋 連 盟 も 新 聞 社 も タ イ ト ル の 名 称 に 悩 ん だ 。 将 棋 連 盟 と し て は 大 型 棋 戦 の 誕 生 は 大 歓 迎 だ っ た が 、 軽 率 な 対 応 を す る と 、 他 の タ イ ト ル 戦 に 悪 い 影 響 を 与 え る 恐 れ が あ る 。 特 に 朝 日 新 聞 、 毎 日 新 聞 、 読 売 新 聞 が 主 催 し て い る 名 人 戦 、 王 将 戦 、 九 段 戦 ( 昭 和 三 十 七 年 か ら 十 段 戦 ) は 将 棋 連 盟 の 支 柱 で 、 三 社 に 悪 感 情 を 持 た れ て は 、 と 代 時 の 理 事 会 は 頭 を 悩 ま し た よ う で あ る 。 王 苦 心 惨 憺 の 結 果 、 「 棋 聖 戦 , と い う 名 称 が あ み 出 さ れ た 。 五 「 棋 聖 」 と い う 文 字 か ら す れ ば 、 こ れ は 最 高 の 称 号 と 言 っ て よ い 。 江 戸 時 代 に 、 天 野 宗 歩 と 5 う 棋 士 が い た が 、 あ ま り の 強 さ に 「 棋 聖 天 野 宗 歩 」 の 名 で よ ば れ て い た こ と が 知 ら れ て い る 。 五 冠 達 成

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戦 前 の 将 棋 界 を 当 第 昭 和 13 年 春 , 倉 敷 に て ・ 右 か ら 父 護 ( か な え ) , 1 人 お い て 木 見 先 生 , 同 夫 人 , 筆 者 , 弟 勇 , 母 千 佐 世 ・

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昭 和 12 年 9 月 , 第 1 期 名 人 戦 リ ー グ を 戦 う 木 村 八 段 ( 右 ) と 金 子 八 段 ( 毎 日 新 聞 社 提 供 ) と 棋 ノ あ 群 彳 了 っ も た で の 木 も な く の フ 。 昭 の っ の で 木 た 技 村 あ ら 和 ク で わ あ れ れ 十 あ 見 フ し ・ 先 白 勺 る 、 を ス ん た る た た 。 赤 年 。 生 盤 持 が 0 と 地 と っ 現 坂 か 位 交 を 友 て 棋 わ 以 代 表 月 ら を 外 の れ の 町 い の 新 深 る 指 フ 。 め 四 る の 将 名 歳 め 面 る と し 棋 棋 . 人 い 手 に て の で の 私 い も う 界 大 0 よ の 就 は 最 オ の 技 が 成 ム 位 よ 良 よ 政 は 術 本 式 く の う 界 当 や 聞 だ 、 時 勝 名 か 人 か 貝 オ の 負 始 盛 新 ら 界 定 術 さ を 得 し れ 評 ま 大 の に く た 将 で 抜 た ト っ に

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仲 間 割 れ 実 力 名 人 制 度 が 開 催 さ れ て 、 プ ロ 将 棋 界 は 夜 明 け を む か え た 。 前 に も 書 い た が 一 番 の 喜 び は 、 プ ロ 棋 士 の 収 入 が 大 き く 伸 び た こ と で あ る 。 私 な ど も 、 早 く 八 段 に な ら な け れ ば と せ き 立 て ら れ る 思 い だ ナ と こ ろ が 、 「 好 事 魔 多 し , の 古 き 伝 え が 、 そ の ま ま 出 て 来 た 。 つ ま り 、 仲 間 割 れ が 起 き た の で あ る 。 昭 和 十 年 十 月 の こ と だ っ た 。 第 一 期 の 実 力 名 人 戦 に 参 加 し た 棋 士 は 八 段 の 七 棋 士 だ け だ っ た が 、 関 西 か ら も う 一 人 加 え た 棋 い と 、 い ま で い う 「 仕 掛 け 屋 」 が 出 現 し た の か も 知 れ な い 。 ー ワ ン と も 見 な さ れ る 神 田 辰 之 助 七 段 が 存 在 し て い た こ と の 関 西 。 フ ロ 棋 界 に 、 実 力 で は ナ ン ・ ハ 戦 は 前 に も 紹 介 し た 。 神 田 さ ん に は 大 阪 朝 日 新 聞 社 が 肩 入 れ し て い て 、 「 十 一 日 会 」 な る も の を つ く り 、 東 京 側 と 対 立 の 色 を 濃 く し て い た 。 そ の 点 、 神 田 さ ん は 木 見 八 段 と は 、 全 然 別 の 立 場 3 ゆ れ る 将 棋 界

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大 山 康 晴 1923 年 倉 敷 市 に 生 れ る ・ 1935 年 木 見 金 次 郎 八 段 に 入 門 . 1940 年 四 段 , 48 年 八 段 . 1950 年 第 1 期 九 段 戦 で 初 め て タ イ ト ル を 獲 得 ・ 1952 年 木 村 義 雄 名 人 を 破 り , 名 人 位 に 就 く . 1956 年 永 世 名 人 の 資 格 を 得 る . 1963 年 棋 聖 位 を 獲 得 し , 五 冠 王 と な る . 1976 年 現 役 の ま ま 十 五 世 名 人 と な る . 1980 ー 81 年 王 将 位 に 復 帰 . タ イ ト ル 獲 得 数 ・ 優 勝 回 数 は 1987 年 末 ま で で 124. 現 在 , 社 団 法 人 日 本 将 棋 連 盟 会 長 , 日 中 象 棋 協 会 会 長 . 1955 年 第 1 回 山 陽 新 聞 社 文 化 賞 , 第 1 回 倉 敷 市 文 化 賞 を 受 賞 . 1970 年 倉 敷 市 名 誉 市 民 と な る . 1979 年 紫 綬 褒 章 , NHK 放 送 文 化 賞 , 岡 山 県 三 木 記 念 賞 を 受 賞 . 1987 年 東 京 都 文 化 賞 , 菊 池 寛 賞 を 受 賞 . 著 書 多 数 ・ 昭 和 将 棋 史 1988 年 1 月 20 日 第 1 刷 発 行 0 発 行 者 著 者 岩 波 新 書 ( 新 赤 版 ) 7 定 価 480 円 大 緑 お お 山 川 康 や す る 〒 101 東 京 都 千 代 田 区 ー ツ 橋 2 ー 5 ー 5 発 行 所 岩 波 書 店 落 丁 本 ・ 乱 丁 本 は お 取 替 い た し ま す 電 話 03 ー 265 ー 4111 振 替 東 京 6 ー 26240 印 刷 ・ 製 本 法 令 印 刷 printed in Japan ISBN 4 ー 00 ー 43087 ー X

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将 棋 連 盟 を 背 負 う こ と に な る で あ ろ う と 予 見 し て い た 。 山 田 さ ん は 清 廉 潔 白 を 信 条 と し 、 将 棋 の 研 究 熱 心 な 点 で は 及 ぶ 者 な し 、 と 断 言 し た い ほ ど の 人 だ っ た 。 ま た 、 後 輩 の 指 導 に も 、 は か り 知 れ な 月 い 情 熱 を 傾 け て い た 。 そ ん な タ イ プ の 棋 士 は 過 去 に も ほ と ん ど い な か っ た か ら 、 山 田 さ ん が 、 。 フ ロ 和 棋 界 を 変 え て い く の で は な い か 、 と 期 待 す る 仲 間 る も フ ァ ン も 少 な く な か っ た 。 戦 と こ ろ が 、 若 く し て 、 め っ た に な い 難 病 に と り 貶 つ か れ 、 昭 和 四 十 五 年 六 月 、 早 逝 し て し ま 0 た 。 八 神 戸 に 行 っ て い た 私 は 知 ら せ を 受 け て 、 呆 然 と し 山 た 。 プ ロ 将 棋 界 の 一 大 損 失 を 感 じ と り な が ら 、 あ ま り の こ と に 一 一 = ロ 葉 が な か っ た 。 よ き 先 輩 塚 田 さ ん の 逝 去 に も 、 残 念 な 思 い を し た 。 ま た 、 戦 後 の 荒 廃 を ハ ネ と ば し て 、 プ ロ 棋 界 204

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ん 周 囲 の 目 が 冷 た く な る よ う に 感 じ ら れ た の に は 閉 ロ し た 。 そ の 後 、 突 然 「 南 九 州 に 移 動 」 の 命 令 が 出 た 。 こ れ で 助 か っ た と 喜 ん だ が 、 今 度 は 参 謀 長 が た い へ ん 将 棋 好 き だ っ た の で 、 参 謀 長 付 の 雑 役 夫 を さ せ ら れ た 。 も っ と 困 っ た 立 場 に な っ た そ と が っ か り し た が 、 参 謀 長 の 部 屋 は 独 立 し て い て 、 み ん な と 顔 を 合 わ せ る 時 間 が 少 な か っ た の で 、 救 わ れ た 気 持 ち で あ っ た 。 私 の 仕 事 は 割 合 楽 で 、 軍 隊 生 活 と し て は 、 恵 ま れ て い た と 思 う 。 た だ し 突 如 グ ラ マ ン が 飛 来 し て 、 十 秒 遅 け れ ば こ の 世 と の 別 れ と い う 場 面 に 出 会 っ た こ と が 一 度 だ け あ っ た が 、 後 は の ん び り が 多 か っ た 。 だ か ら 、 一 日 の 役 目 を 終 え て 、 眠 り に つ い た 時 、 ま ぶ た に 浮 か ぶ の は 、 ま ず 将 棋 関 係 の 人 々 の 顔 で あ っ た 。 将 棋 大 成 会 消 え る 棋 昭 和 一 一 十 年 五 月 、 東 京 小 石 川 小 日 向 台 町 の 将 棋 大 成 会 本 部 は 空 襲 に あ っ て 焼 け て し ま っ た 。 本 部 の 事 務 所 が な く な っ て 、 将 棋 大 成 会 は 無 一 文 の 状 態 に な り 、 新 聞 将 棋 も 消 え て い た か ら 、 戦 収 入 の 道 も 途 絶 え て し ま っ た 。 会 長 の 木 村 名 人 も 、 意 地 っ 張 り で 負 け ず 嫌 い の 点 で は 人 後 に 落 ち な か っ た が 、 つ い に 将 棋 大 成 会 の 解 散 を 宣 言 し た ら し い 。