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検索対象: 現代日本の文学 24 高見 順 集

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現代日本の文学 24 高見 順 集


昭 和 3 年 秋 、 日 比 谷 公 園 に て 。 後 列 左 か ら 2 人 目 よ り 順 、 新 田 潤 、 石 田 愛 子 た ち と 昭 和 8 年 9 月 、 新 田 潤 、 渋 川 驍 ら と 創 刊 し た 同 人 堆 社 「 感 傷 」 を 発 表 後 、 「 故 じ 、 0 旧 忘 れ 得 べ き 」 を 連 載 昭 和 11 年 3 月 、 武 田 麟 太 郎 主 宰 の 文 芸 雑 誌 「 人 民 文 庫 」 創 刊 号 。 順 も 参 加 庫 民 昭 和 10 年 ( 28 歳 ) 、 コ ロ ム ビ ア レ コ ー ド に 勤 務 の 頃 。 前 列 中 央 は 高 浜 虚 子 、 そ の う し ろ が 順 。 下 旧 友 新 田 潤 ら と 創 刊 し た 同 人 雑 誌 「 日 暦 」 10 号 記 念 会 ( 昭 和 10 年 4 月 ) で 。 左 よ り 順 、 大 谷 藤 子 、 矢 田 津 世 子 、 円 地 文 子 ら と 。 く 撮 影 者 土 門 拳 > 人 民 社 刊 初 版 本 ( 昭 ・ 11 ・ 10 ) 忘 見 を 第 民 人

現代日本の文学 24 高見 順 集


住 む 。 四 月 、 「 晴 れ な い 日 」 を 「 日 本 評 論 」 に 、 「 路 地 ー を 「 文 芸 」 に 、 五 一 一 十 四 歳 月 、 「 描 写 の う し ろ に 寝 て い ら れ な い 」 を 「 新 潮 ー に 、 六 月 、 「 嗚 呼 昭 和 六 年 ( 一 九 三 一 ) す み れ こ の 頃 か ら 昭 和 八 年 の 検 挙 ま で は プ ロ レ タ リ ア 作 家 同 盟 員 と し て の い や な こ と だ 」 を 「 改 造 」 に 発 表 。 最 初 の 新 聞 小 説 「 三 色 菫 」 を 九 活 動 と と も に 、 日 本 金 属 労 働 組 合 の オ ル グ と し て 非 合 法 革 命 運 動 に 月 か ら 「 国 民 新 聞 」 に 連 載 。 こ れ を 機 に コ ロ ム ビ ア ・ レ コ ー ド 会 社 積 極 的 に 近 づ い て ゆ く 。 を 退 職 し 、 文 生 活 に は い る 。 七 月 、 最 初 の 短 篇 集 「 起 承 転 々 」 を 昭 和 八 年 ( 一 九 三 一 一 l) 一 一 十 六 歳 改 造 社 か ら 刊 行 し 、 十 月 、 「 故 旧 忘 れ 得 べ き 」 を 人 民 社 、 短 篇 集 「 女 一 月 、 治 安 維 持 法 違 反 の 疑 い で 大 森 の 自 宅 で 逮 捕 さ れ 、 三 月 は じ め 体 」 を 竹 村 書 房 か ら 刊 行 。 十 二 月 、 ま み え る こ と の な か っ た 父 死 起 訴 留 保 処 分 で 釈 放 さ れ る 。 こ の 間 、 妻 愛 子 去 る 。 九 月 、 新 田 潤 、 す 。 母 を 伴 い 、 坂 本 家 を 弔 問 す る 。 渋 川 驍 ら と 同 人 雑 誌 「 日 暦 」 創 刊 。 創 刊 号 に 「 感 傷 ー を 発 表 。 昭 和 十 ニ 年 ( 一 九 三 七 ) 一 一 一 十 歳 昭 和 九 年 ( 一 九 三 四 ) 二 十 七 歳 一 月 、 「 寒 い 路 」 を 「 文 学 界 」 に 、 「 白 い 手 を し た 男 」 を 「 新 潮 」 に 一 月 、 「 世 相 . を 「 文 学 界 」 に 、 五 月 「 川 端 康 成 評 伝 」 を 「 文 学 評 論 」 発 表 。 同 じ 月 、 「 描 写 の う し ろ に 寝 て い ら れ な い 」 を 信 正 社 か ら 刊 に 、 六 月 、 「 新 し き 希 望 ・ 遁 辞 , を 「 文 学 界 」 に 、 「 情 痴 の こ と 其 の 行 。 一 一 月 、 「 人 の 世 ー を 「 文 芸 」 に 、 「 生 理 」 を 「 文 藝 春 秋 」 に 、 三 他 」 を 「 日 暦 」 に 、 「 空 の 下 」 を 「 文 化 集 団 ー に 発 表 。 十 一 一 月 、 「 文 月 、 「 地 下 室 」 を 「 日 本 評 論 」 に 発 表 。 七 月 、 短 篇 集 「 虚 実 」 を 竹 化 集 団 」 に 発 表 し た 「 浪 曼 的 精 神 と 浪 曼 的 動 向 」 ( 文 芸 時 評 ) は 、 村 書 房 か ら 刊 行 。 八 月 、 「 工 作 」 を 「 改 造 」 に 発 表 、 短 篇 集 「 手 袋 」 翌 年 創 刊 さ れ る 「 日 本 浪 曼 派 」 に 対 す る 批 判 の さ き が け で あ る 。 を 版 画 荘 か ら 刊 行 。 十 月 、 「 流 木 」 を 「 文 芸 」 に 発 表 。 十 ニ 月 、 短 昭 和 十 年 ( 一 九 三 五 ) 一 一 十 八 歳 篇 集 「 流 木 」 を 竹 村 書 房 か ら 刊 行 。 一 一 月 、 「 日 暦 ー ( 第 七 号 ) に 「 故 旧 忘 れ 得 べ き 」 を 連 載 開 始 。 七 月 発 昭 和 十 三 年 ( 一 九 三 八 ) 三 十 一 歳 行 の 十 一 号 ま で 及 ぶ 。 第 一 回 の 芥 川 賞 候 補 作 品 と な る 。 七 月 、 名 古 一 月 、 こ の 月 で 廃 刊 に な っ た 「 人 民 文 庫 ー に 「 化 粧 」 を 発 表 。 ま た 屋 の 人 、 水 谷 品 子 と 結 婚 。 大 森 区 入 新 井 に 母 と と も に 住 む 。 八 月 、 一 高 時 代 の 旧 友 高 洲 基 の 出 資 で 「 新 公 報 」 を 創 刊 す る が 三 号 で 廃 刊 「 蝙 蝠 」 を 「 行 動 」 に 、 十 月 、 「 起 承 転 々 」 を 「 文 藝 春 秋 」 に 、 十 一 一 と な る 。 一 一 月 、 「 机 上 生 活 者 」 を 「 中 央 公 論 」 に 、 四 月 、 「 神 経 」 月 、 「 私 生 児 」 を 「 中 央 公 論 」 に 発 表 。 「 私 生 児 」 発 表 に よ り 坂 本 家 を 「 文 芸 」 に 、 「 文 学 的 自 叙 伝 」 を 「 新 潮 」 に 、 六 月 、 「 湯 た ん ぼ 雀 」 を と の 関 係 、 悪 化 す る 。 「 文 学 界 」 に 、 九 月 、 「 人 間 」 を 「 文 藝 春 秋 」 に 発 表 。 九 月 か ら 翌 年 昭 和 十 一 年 ( 一 九 三 六 ) 一 一 十 九 歳 二 月 ま で 「 更 生 記 」 を 「 大 陸 」 に 連 載 。 十 月 、 「 盛 り 場 」 を 「 日 本 一 月 、 「 菊 坂 ル ム ペ ン 会 」 を 「 新 潮 」 に 発 表 、 ま た 「 文 芸 時 評 」 を 「 文 評 論 」 に 発 表 ・ 十 一 月 、 短 篇 集 「 人 間 」 を 竹 村 書 房 か ら 刊 行 。 十 一 一 学 界 」 に 三 月 ま で 連 載 。 こ の 「 文 芸 時 評 」 は 第 三 回 文 学 界 賞 を 与 え 月 、 「 あ る 家 の 一 一 階 と 階 下 」 を 「 改 造 」 に 発 表 。 短 篇 集 「 昨 日 の 黄 ら れ る 。 三 月 創 刊 さ れ た 武 田 太 郎 主 宰 の 「 人 民 文 庫 に 「 日 暦 」 昏 」 を 春 陽 堂 か ら 刊 行 。 こ の 年 初 春 頃 よ り 、 浅 草 に 仕 事 部 屋 を 借 同 人 と と も に 参 加 。 九 月 号 ま で 「 故 旧 忘 れ 得 べ き 」 の 続 篇 を 連 載 。 り 、 浅 草 生 活 が は じ ま る 。

現代日本の文学 24 高見 順 集


昭 和 三 十 年 ( 一 九 五 五 ) 四 十 八 歳 ( 一 l) 」 を 文 藝 春 秋 新 社 よ り 刊 行 。 十 二 月 、 「 生 命 の 樹 」 を 講 談 社 よ 一 月 、 「 跛 の 大 」 を 「 新 潮 」 に 、 「 聞 え る 歌 声 ー を 「 群 像 。 に 、 「 い り 刊 行 。 ゃ な 臭 い 」 を 「 文 芸 」 に 発 表 。 同 じ 月 、 ア ジ ア 知 識 人 会 議 と ア ジ 昭 和 三 十 四 年 ( 一 九 五 九 ) 五 十 一 一 歳 ア ・ べ ン ・ ク ラ ・ フ 大 会 に 出 席 す る た め 日 本 を 離 れ 、 東 パ キ ス タ ン 、 一 月 、 「 横 臥 椅 子 」 を 「 新 潮 」 に 、 「 卑 怯 者 」 を 「 中 央 公 論 」 臨 時 増 刊 号 イ ン ド 、 ビ ル マ 、 タ イ な ど を 回 っ た 。 三 月 中 旬 、 帰 国 。 八 月 、 「 蟻 に 、 「 激 流 , 第 一 回 「 或 る 少 年 期 ー を 「 世 界 」 に 発 表 。 四 月 、 「 敗 戦 日 地 獄 ー を 「 新 潮 」 に 発 表 。 評 論 集 「 私 の 文 学 観 」 を 社 会 思 想 研 究 会 記 」 を 文 藝 春 秋 新 社 か ら 刊 行 。 九 月 、 「 高 見 順 詩 集 」 を 凡 書 房 よ り 出 版 部 か ら 刊 行 。 十 一 月 、 「 水 面 」 を 「 世 界 」 に 発 表 。 十 一 一 月 、 「 都 再 刊 。 十 月 、 「 昭 和 文 学 盛 衰 史 」 に よ り 第 十 三 回 毎 日 出 版 文 化 賞 受 に 夜 の あ る 如 く 」 を 文 藝 春 秋 新 社 か ら 刊 行 。 賞 。 十 二 月 、 「 定 本 ・ 高 見 順 日 記 ( 昭 和 二 十 一 年 篇 ) 」 を 凡 書 房 よ り 昭 和 三 十 一 年 ( 一 九 五 六 ) 四 十 九 歳 刊 行 。 六 月 、 「 水 の 上 , を 「 別 冊 文 藝 春 秋 ー に 、 七 月 、 「 断 崖 」 を 「 文 藝 春 昭 和 三 十 五 年 ( 一 九 六 〇 ) 五 十 三 歳 秋 」 に 発 表 。 九 月 か ら 「 生 命 の 樹 」 を 「 群 像 」 に 連 載 ( 十 二 月 ま 一 月 か ら 「 い や な 感 じ 」 を 「 文 学 界 」 に 、 「 文 学 的 現 代 紀 行 」 を 「 群 で ) 。 十 一 一 月 、 随 想 集 「 悪 女 礼 讃 」 を 酒 井 書 店 か ら 、 短 篇 集 「 湿 原 植 像 」 に 連 載 開 始 。 三 月 、 「 異 性 読 本 」 を 角 川 書 店 か ら 刊 行 。 八 月 、 物 群 落 」 を 三 笠 書 房 か ら 刊 行 。 ェ ッ セ イ 「 ち ょ っ と 一 服 」 を 「 朝 日 ジ ャ ー ナ ル 」 に 連 載 。 昭 和 三 十 ニ 年 ( 一 九 五 七 ) 五 十 歳 昭 和 三 十 六 年 ( 一 九 六 一 ) 五 十 四 歳 一 月 、 「 誇 り と 冒 漬 」 を 「 新 潮 , に 、 「 わ が 胸 の 底 の こ こ に は 」 続 「 激 流 , 「 い や な 感 じ 」 の 連 載 続 く 。 一 月 、 「 風 景 ー を 「 新 潮 」 に 発 篇 ( 二 月 ま で で 未 完 ) を 「 文 芸 」 に 発 表 。 一 一 月 、 随 想 集 「 愛 と 美 と 表 。 四 月 、 「 文 学 的 現 代 紀 行 」 を 講 談 社 か ら 、 六 月 、 「 ち ょ っ と 一 死 」 を 宝 文 館 か ら 刊 行 。 五 月 、 「 白 い 猫 し を 「 文 藝 春 秋 」 に 発 表 。 服 」 を 朝 日 新 聞 社 か ら 刊 行 。 七 月 、 「 山 の 手 の 子 , を 「 小 説 中 央 公 同 じ 月 、 随 想 集 「 人 生 の 周 辺 」 を 平 凡 社 か ら 刊 行 。 七 月 、 「 対 談 現 論 」 に 、 十 月 、 「 片 耳 の た れ た 兎 」 を 「 群 像 」 に 発 表 。 代 文 壇 史 」 を 中 央 公 論 社 か ら 刊 行 。 九 月 、 第 一 一 十 九 回 国 際 ペ ン ・ ク 昭 和 三 十 七 年 ( 一 九 六 一 l) 五 十 五 歳 ラ ブ 大 会 が 東 京 で 開 催 さ れ 、 日 本 代 表 と し て 参 加 。 一 月 、 「 女 た ら し 」 を 「 新 潮 . に 発 表 。 同 じ 月 の 「 群 像 」 に 発 表 の 昭 和 三 十 三 年 ( 一 九 五 八 ) 五 十 一 歳 「 純 文 学 攻 撃 へ の 抗 議 」 は 文 壇 に 「 純 文 学 論 争 」 を 巻 き 起 こ し 、 続 け 譜 一 月 、 「 裸 木 、 を 「 新 潮 」 に 発 表 。 一 一 月 、 長 篇 = ッ セ イ 「 エ ロ ス の て 二 月 、 「 純 文 学 の 過 去 と 現 在 , を 、 三 月 、 「 純 文 学 と 昭 和 文 学 」 、 招 宴 」 を 新 潮 社 か ら 、 三 月 、 「 昭 和 文 学 盛 衰 史 ( 一 ) 」 を 文 藝 春 秋 新 四 月 、 「 純 文 学 と 文 士 」 を 「 新 潮 , に 発 表 。 五 月 、 伊 藤 整 、 稲 垣 達 年 社 か ら 刊 行 。 四 月 、 ソ ビ エ ト 作 家 同 盟 の 招 き に よ り ソ ビ = ト を 訪 郎 、 小 田 切 進 な ど と と も に 日 本 近 代 文 学 館 設 立 準 備 会 を 発 足 さ せ 問 、 パ リ を 回 り 、 六 月 末 帰 国 。 九 月 、 「 革 命 の 文 学 と 文 学 の 革 命 」 る 。 八 月 、 「 屠 殺 , を 「 群 像 . に 、 十 一 月 、 連 作 詩 「 お れ の 期 待 」 引 を 岩 波 講 座 「 日 本 文 学 史 」 第 十 一 一 巻 に 発 表 。 十 一 月 、 「 魔 女 裁 判 」 を 「 現 代 詩 手 帖 ー に 発 表 。 こ の 年 、 石 川 淳 ら と と も に 新 た に 芥 川 賞 を 「 群 像 ー に 発 表 、 「 生 命 の 樹 」 の 続 篇 を 完 結 。 「 昭 和 文 学 盛 衰 史 選 考 委 員 に 加 わ る 。

現代日本の文学 24 高見 順 集


昭 和 十 四 年 ( 一 九 三 九 ) 三 十 二 歳 洋 戦 争 開 始 を 香 港 沖 で 迎 え る 。 一 月 か ら 「 如 何 な る 星 の 下 に 」 を 「 文 芸 」 に 連 載 を は じ め 、 翌 年 一 一 一 昭 和 十 七 年 ( 一 九 四 一 l) 三 十 五 歳 月 で 完 結 。 四 月 、 「 都 会 の 雌 雄 ー ( 前 篇 ) を 「 新 潮 」 に 、 五 月 、 「 私 の 小 タ イ の バ ン コ ッ ク で 元 旦 を 迎 え 、 ま も な く ビ ル マ 戦 線 に 配 属 さ れ 説 勉 強 ー を 「 文 芸 」 に 、 六 月 、 「 通 俗 」 を 「 改 造 」 に 発 表 。 十 月 、 る 。 一 一 月 、 短 篇 集 「 諸 民 族 」 を 新 潮 社 か ら 、 十 一 月 、 評 論 随 筆 集 評 論 随 筆 集 「 私 の 小 説 勉 強 」 を 竹 村 書 房 か ら 、 十 月 、 短 篇 集 「 化 粧 」 「 文 芸 随 感 」 を 河 出 書 房 か ら 刊 行 。 こ の 一 年 は ビ ル マ に あ り 諸 雑 誌 を 青 木 書 店 か ら 、 十 一 一 月 、 評 論 随 筆 集 「 爪 髪 集 」 を 金 星 堂 か ら 刊 に 現 地 か ら 小 説 、 従 軍 記 な ど を 送 る 。 ま た ビ ル マ 作 家 協 会 の 誕 生 に 行 。 こ の 年 の 五 月 、 長 女 由 紀 子 、 誕 生 。 努 力 す る 。 昭 和 十 五 年 ( 一 九 四 〇 ) 昭 和 十 八 年 ( 一 九 四 一 一 D 三 十 三 歳 三 十 六 歳 一 月 、 「 心 理 的 , を 「 中 央 公 論 ー に 発 表 。 四 月 、 「 如 何 な る 星 の 下 に 」 一 月 、 ・ ヒ ル マ か ら 帰 国 。 三 月 、 「 帰 っ て の 独 白 」 を 「 改 造 」 に 、 「 芸 を 新 潮 社 か ら 刊 行 。 五 月 、 「 嫌 人 的 ー を 「 文 藝 春 秋 」 に 、 七 月 、 「 野 術 の 背 景 そ の 他 」 を 「 新 潮 ー に 発 表 。 四 月 、 東 京 大 森 よ り 神 奈 川 県 茨 」 を 「 改 造 ー に 、 九 月 、 「 私 と 商 人 と の 交 渉 」 を 「 文 芸 」 に 発 表 。 北 鎌 倉 に 転 居 。 五 月 、 「 袖 し ぐ れ ー を 「 新 潮 」 に 、 六 月 「 / ー カ ナ こ の 年 の 一 一 月 、 「 文 学 界 」 同 人 に 誘 わ れ た が 辞 退 し 、 七 月 に 丹 羽 文 雄 、 の こ と 」 を 「 日 本 評 論 ー に 発 表 。 七 月 、 三 代 名 作 全 集 「 高 見 順 集 」 石 川 達 三 、 北 原 武 夫 と 共 同 編 集 で 「 新 風 ー を 創 刊 す る が 、 一 号 の み を 河 出 書 房 か ら 刊 行 。 十 月 か ら 翌 年 四 月 に か け て 「 東 橋 新 誌 」 を で 廃 刊 。 十 月 、 日 本 文 学 者 会 が 発 足 、 発 起 人 と し て 名 を 連 ね ゑ 十 「 東 京 新 聞 」 に 連 載 。 一 月 、 評 論 随 筆 集 「 文 芸 的 雑 談 」 を 昭 森 社 か ら 刊 行 。 十 二 月 、 長 女 昭 和 十 九 年 ( 一 九 四 四 ) 三 十 七 歳 由 紀 子 没 。 六 月 、 「 春 寒 」 を 「 文 芸 」 に 発 表 。 同 じ 月 再 び 徴 用 を 受 け 中 国 に 赴 昭 和 十 六 年 ( 一 九 四 一 ) 。 十 一 月 、 南 京 で 開 か れ た 第 三 回 大 東 亜 文 学 者 大 会 に 、 現 地 参 三 十 四 歳 一 月 、 「 午 后 」 を 「 新 潮 」 に 、 「 香 港 の 黒 死 病 」 を 「 文 芸 」 に 発 表 。 加 。 十 一 一 月 、 帰 国 。 こ の 年 、 日 本 文 学 報 国 会 審 査 部 長 と な る 。 同 月 、 画 家 三 雲 祥 之 助 と と も に 当 時 オ ラ ン ダ 領 で あ っ た ジ ャ ワ お よ 昭 和 ニ 十 年 ( 一 九 四 五 ) 三 十 八 歳 び ・ ハ リ 島 に 旅 立 つ 。 一 一 月 、 短 篇 集 「 花 さ ま ざ ま 」 を 実 業 之 日 本 社 、 三 月 、 「 馬 上 候 ー を 「 文 藝 春 秋 ー に 発 表 。 五 月 、 久 米 正 雄 、 川 端 康 「 自 選 小 説 集 」 を 竹 村 書 房 、 四 月 、 評 論 随 筆 集 「 わ が 饒 舌 」 を 富 士 成 ら と 貸 本 屋 「 鎌 倉 文 庫 , を は じ め る 。 九 月 、 出 版 社 「 鎌 倉 文 庫 ー 譜 出 版 社 、 短 篇 集 「 東 京 暮 色 」 を 明 石 書 房 か ら 、 そ れ そ れ 刊 行 。 五 月 創 設 、 常 務 取 締 役 と な る 。 初 旬 帰 国 し 、 七 月 「 ・ ( リ ー の 犬 」 を 「 日 本 評 論 」 に 、 「 文 学 非 力 説 」 昭 和 ニ 十 一 年 ( 一 九 四 六 ) 三 十 九 歳 年 を 「 新 潮 」 に 、 「 諸 民 族 」 を 「 改 造 、 に 発 表 。 九 月 、 旅 行 記 「 蘭 印 三 月 、 「 今 ひ と た び の 」 を 「 婦 人 朝 日 」 に 連 載 ( 七 月 完 結 ) 。 ま た こ の 印 象 」 、 十 一 月 新 日 本 文 学 全 集 「 高 見 順 集 」 を そ れ そ れ 改 造 社 か の 月 の 「 新 潮 , に 「 わ が 胸 の 底 の こ こ に は 」 の 第 一 回 を 発 表 。 以 後 ら 刊 行 。 十 一 一 月 「 あ る 晴 れ た 日 に 」 を 河 出 書 房 か ら 刊 行 。 十 一 月 中 断 続 的 に 書 き 続 け る 。 五 月 「 妖 怪 . を 「 世 界 」 に 、 「 或 る 魂 」 を 「 世 旬 に 陸 軍 報 道 班 員 と し て 徴 用 さ れ 、 十 一 月 下 旬 、 日 本 を 離 れ 、 太 平 界 文 化 」 に 発 表 。 九 月 、 「 仮 面 」 を 「 時 事 新 報 . に 連 載 ( 十 一 月 完

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430 結 ) 。 同 じ 月 「 今 ひ と た び の 」 を 鎌 倉 文 庫 か ら 刊 行 。 十 二 月 か ら 約 行 。 こ の 年 、 逗 子 に 仕 事 場 を 借 り 、 一 一 十 七 年 初 め ま で 通 う 。 五 カ 月 、 胃 潰 瘍 の た め 病 床 に 臥 し た 。 昭 和 ニ 十 六 年 ( 一 九 五 一 ) 四 十 四 歳 昭 和 ニ 十 ニ 年 ( 一 九 四 七 ) 四 十 歳 一 月 、 「 悲 劇 的 ー を 「 群 像 」 に 、 「 モ ビ レ 」 を 「 中 央 公 論 文 芸 特 集 」 四 月 、 「 或 る 告 白 」 を 「 展 望 」 に 発 表 。 五 月 か ら 「 深 淵 」 を 「 日 本 に 、 「 無 言 の 空 ー を 「 別 冊 文 藝 春 秋 」 に 発 表 。 ま た 「 風 吹 け ば 風 吹 小 説 」 に 連 載 。 同 じ 月 、 詩 誌 「 日 本 未 来 派 」 を 池 田 克 巳 、 菊 岡 久 利 く が ま ま 」 ( 「 わ が 胸 の 底 の こ こ に は 、 続 篇 ) を 一 月 、 三 月 の 「 人 間 」 ら と 創 刊 。 七 月 、 「 真 相 , を 「 改 造 」 に 、 八 月 「 文 学 者 の 運 命 に つ に 発 表 す る 。 三 月 、 「 呟 く 幽 鬼 , を 「 別 冊 文 藝 春 秋 ー に 、 四 月 、 い て 」 を 「 新 潮 」 に 発 表 。 十 一 月 「 仮 面 」 を 青 龍 社 か ら 刊 行 。 「 イ ン テ リ ゲ ン チ ア 」 、 五 月 「 あ る リ べ ラ リ ス ト . を 「 文 藝 春 秋 , 昭 和 ニ 十 三 年 ( 一 九 四 八 ) 四 十 一 歳 に 、 八 月 、 「 砕 か れ た 顔 」 を 「 新 潮 , に 、 「 古 い 庭 , を 「 文 芸 」 に 、 三 月 、 評 論 集 「 文 学 者 の 運 命 」 を 中 央 公 論 社 か ら 刊 行 。 四 月 、 「 道 九 月 、 「 螺 旋 . を 「 文 学 界 ー に 発 表 。 十 一 月 、 「 胸 よ り 胸 に 」 を 黄 土 徳 的 、 を 「 人 間 」 に 、 「 リ ア リ テ ィ と リ ア リ ズ ム ー ー ー 描 写 の う し ろ 社 書 店 よ り 刊 行 。 こ の 年 、 「 日 暦 」 を 旧 同 人 た ち と 復 刊 。 に 寝 て い ら れ な い ・ 再 論 」 を 「 新 小 説 , に 発 表 。 五 月 、 胸 部 疾 患 発 昭 和 ニ 十 七 年 ( 一 九 五 一 l) 四 十 五 歳 病 し 、 翌 月 よ り 鎌 倉 の 額 田 サ ナ ト リ ウ ム に 十 一 月 ま で 入 院 。 前 年 よ り の 、 尖 端 恐 怖 、 白 壁 恐 怖 の ノ イ ロ ー ゼ 嵩 ず る 。 三 月 、 「 朝 昭 和 ニ 十 四 年 ( 一 九 四 九 ) 四 十 一 一 歳 の 波 紋 」 を 朝 日 新 聞 社 か ら 刊 行 。 八 月 、 「 昭 和 文 学 盛 衰 史 , の 「 文 自 宅 療 養 を 続 け た の ち 、 七 月 、 箱 根 仙 石 原 に 転 地 療 養 に 出 か け る 。 学 界 」 へ の 連 載 は じ ま る ( 三 十 一 一 年 十 二 月 ま で 断 続 的 に ) 。 八 月 、 「 深 夜 」 ( 未 完 に 終 わ っ た 「 深 淵 」 の 続 篇 ) を 「 風 雪 」 に 発 表 。 昭 和 ニ 十 八 年 ( 一 九 五 一 一 l) 四 十 六 歳 九 月 、 「 高 見 順 叢 書 』 ( 全 十 五 巻 の 内 、 四 冊 配 本 で 中 絶 ) の 第 一 回 と 一 月 、 「 甘 い 土 」 を 「 世 界 」 に 、 「 十 発 目 の 銃 声 , を 「 文 藝 春 秋 ー し て 「 わ が 胸 の 底 の こ こ に は 」 が 刊 行 さ れ る 。 十 一 月 、 「 詩 集 樹 木 に 、 発 表 。 「 こ の 神 の へ ど 」 を 「 群 像 」 に 連 載 は じ め る ( 十 一 月 完 派 」 を 「 人 間 」 秋 季 増 刊 号 に 発 表 。 結 ) 。 四 月 、 「 イ ヌ フ グ リ 」 を 「 中 央 公 論 ー に 発 表 。 八 月 、 「 反 時 代 昭 和 ニ 十 五 年 ( 一 九 五 〇 ) 四 十 三 歳 的 考 察 ー を 「 新 潮 , に 連 載 ( 十 一 一 月 完 結 ) 。 十 一 一 月 、 市 民 文 庫 版 「 高 一 月 、 「 乾 燥 地 帯 , を 「 群 象 」 に 、 「 旅 中 , を 「 文 学 界 , に 、 「 密 室 」 見 順 詩 集 」 を 河 出 書 房 か ら 刊 行 。 ( 「 深 夜 ー の 続 篇 ) を 「 風 雪 , に 、 コ 一 十 世 紀 作 家 的 自 覚 」 を 「 改 造 昭 和 ニ 十 九 年 ( 一 九 五 四 ) 四 十 七 歳 文 芸 」 に 発 表 。 三 月 、 「 仙 人 掌 」 ( の ち 「 乾 燥 地 帯 」 に ま と め ら れ る ) 一 月 、 「 赤 い セ ー タ ー の 未 亡 人 」 を 「 改 造 ー に 、 「 軽 い 骨 を 「 新 を 「 群 像 、 に 、 四 月 、 「 転 向 」 ( 「 深 夜 」 の 続 篇 ) を 「 風 雪 」 に 、 五 潮 , に 、 「 狂 気 へ の 誘 い 」 を 「 文 藝 春 秋 」 に 発 表 。 「 こ の 神 の へ ど 」 月 、 「 過 程 的 」 を 「 中 央 公 論 文 芸 特 集 」 に 発 表 。 六 月 、 「 胸 よ り 胸 を 講 談 社 か ら 刊 行 。 四 月 、 「 振 幅 」 を 「 世 界 」 に 発 表 。 こ の 月 の 「 別 に 」 を 「 婦 人 公 論 」 に 連 載 、 翌 年 三 月 完 結 。 九 月 、 「 視 角 」 を 「 改 冊 文 藝 春 秋 」 に 「 都 に 夜 の あ る 如 く 」 第 一 回 を 発 表 、 以 後 七 回 に わ し つ 造 」 に 発 表 。 同 じ 月 か ら 「 高 原 の 感 想 」 が 「 文 学 界 」 に 連 載 は じ ま た り 連 載 。 九 月 、 「 湿 原 植 物 群 落 、 を 「 新 潮 」 に 、 十 一 月 、 「 愚 園 る 。 十 一 月 「 詩 集 樹 木 派 」 を 日 本 未 来 派 発 行 所 か ら 三 百 部 限 定 で 刊 路 」 を 「 改 造 」 に 、 十 二 月 、 「 ト リ マ カ シ ー 」 を 「 文 藝 春 秋 」 に 発 表 。

現代日本の文学 24 高見 順 集


昭 和 三 十 八 年 ( 一 九 六 = I) 五 十 六 歳 十 月 、 「 本 の 手 帖 ー 高 見 順 追 悼 号 刊 行 。 同 じ 月 か ら 「 新 潮 」 に 病 床 で 一 月 、 「 不 正 確 な 生 」 を 「 新 潮 , に 発 表 。 同 じ 月 、 詩 集 「 わ が 埋 葬 」 の 「 日 記 」 の 連 載 は じ ま る 。 を 思 潮 社 か ら 刊 行 。 一 一 月 、 「 あ る 決 意 」 で 「 激 流 ー 第 一 部 を 終 り 、 昭 和 四 十 一 年 ( 一 九 六 六 ) 三 月 、 「 激 流 第 一 一 部 」 と し て 「 下 屯 子 」 を 「 世 界 」 に 発 表 。 四 月 、 九 月 、 日 本 近 代 文 学 館 、 毎 日 新 聞 社 共 催 に よ る 高 見 順 展 が 東 京 新 宿 財 団 法 人 日 本 近 代 文 学 館 発 足 、 初 代 理 事 長 に 就 任 。 五 月 、 「 文 学 界 」 区 伊 勢 丹 で 行 な わ れ た 。 連 載 中 の 「 い や な 感 じ 」 三 十 五 回 で 完 結 。 「 尻 の 穴 」 を 「 群 象 」 昭 和 四 十 ニ 年 ( 一 九 六 七 ) に 発 表 。 七 月 、 「 い や な 感 じ 」 を 文 藝 春 秋 新 社 か ら 刊 行 。 十 月 、 「 大 一 月 か ら 「 世 界 、 に 「 わ が 文 壇 生 活 . ( 日 記 ) の 連 載 は じ ま る 。 六 い な る 手 の 影 、 を 、 「 朝 日 ジ ャ ー ナ ル 」 に 連 載 ( 二 回 で 中 絶 ) ・ こ の 月 、 故 郷 福 井 県 三 国 町 の 東 尋 坊 に 詩 碑 建 立 さ れ る 。 八 月 、 詩 画 集 月 の 五 日 、 癌 の 疑 い で 、 千 葉 大 学 附 属 病 院 に 入 院 。 八 日 、 手 術 。 同 「 重 量 喪 失 」 が 求 龍 堂 よ り 、 未 完 の 第 一 一 部 も 収 録 し た 新 版 「 激 流 , じ 月 、 「 激 流 第 一 部 」 を 岩 波 書 店 か ら 刊 行 。 「 い や な 感 じ 」 新 潮 社 文 が 岩 波 書 店 よ り 刊 行 さ る ・ 学 賞 を 受 賞 。 十 一 月 末 、 退 院 。 昭 和 四 十 三 年 ( 一 九 六 八 ) 昭 和 三 十 九 年 ( 一 九 六 四 ) 五 十 七 歳 三 月 、 「 世 界 」 連 載 の 「 わ が 文 壇 生 活 , 完 結 。 五 月 、 ・ 神 奈 川 県 北 鎌 三 月 、 日 本 近 代 文 学 館 の 設 立 運 動 に よ り 、 菊 池 寛 賞 を 受 賞 。 六 月 、 倉 の 臨 済 宗 東 慶 寺 に 新 た に 墓 を 建 て る 。 十 ニ 月 、 「 新 潮 」 連 載 の 「 日 再 び 千 葉 大 学 附 属 病 院 に 再 手 術 の た め 入 院 。 七 月 、 母 古 代 を 失 う 。 記 」 終 わ る 。 八 月 、 詩 集 「 死 の 淵 よ り 」 を 「 群 像 」 に 発 表 。 十 月 、 「 高 見 順 日 記 」 昭 和 四 十 五 年 ( 一 九 七 〇 ) 全 八 巻 を 勁 草 書 房 よ り 、 「 高 見 順 文 学 全 集 」 全 六 巻 を 講 談 社 か ら 配 二 月 、 「 高 見 順 全 集 」 ( 全 二 十 巻 別 巻 一 冊 ) 、 勁 草 書 房 か ら 刊 行 を 開 本 を 開 始 。 同 じ 月 、 「 詩 集 死 の 淵 よ り 」 、 講 談 社 か ら 刊 行 。 十 一 月 、 始 。 退 院 。 「 詩 集 死 の 淵 よ り 」 に よ り 野 間 文 芸 賞 を 受 賞 。 十 二 月 、 千 葉 本 年 譜 は 、 小 田 切 進 氏 、 保 昌 正 夫 氏 ・ 小 野 芙 紗 子 氏 ・ 市 稲 毛 の 放 射 線 医 学 総 合 研 究 所 附 属 病 院 に 入 院 、 再 び 自 宅 へ 帰 る こ に よ る そ れ そ れ の 、 高 見 順 年 譜 を 参 考 に 武 田 文 章 氏 と が な か っ た 。 が 作 成 し 、 晶 子 未 亡 人 の 校 閲 を 受 け た も の で す 。 昭 和 四 十 年 ( 一 九 六 五 ) 五 十 八 歳 病 床 で 七 月 十 三 日 ま で 、 日 記 を 書 き 続 け る 。 八 月 十 六 日 、 東 京 目 黒 区 の 駒 場 公 園 で 近 代 文 学 館 の 起 工 式 が 行 な わ れ る 。 翌 十 七 日 午 後 五 時 三 十 一 一 分 永 眠 。 十 六 日 付 で 文 化 功 労 者 に 推 さ れ る 。 八 月 二 十 日 、 日 本 文 芸 家 協 会 、 日 本 ペ ン ク ラ ブ 、 日 本 近 代 文 学 館 の 三 団 体 に よ る 葬 儀 が 青 山 斎 場 で 、 川 端 康 成 を 葬 儀 委 員 長 と し て 行 な わ れ た 。 戒 名 、 素 雲 院 文 憲 全 生 居 士 。 八 月 、 「 群 像 」 「 文 芸 」 が 追 悼 特 集 を 組 む 。

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新 ネ 島 代 書 に 人 心 帝 国 料 国 「 い を 受 諸 学 第 ト ら 店 は 「 つ 文 藝 春 秋 新 社 刊 「 敗 戦 日 記 」 ( 昭 和 二 十 四 年 四 月 刊 ) の 初 版 本 る さ 發 渙 詔 大 の 結 終 爭 戦 北 鎌 倉 の 自 宅 応 接 室 に あ る ホ ー ー で ( 昭 和 三 十 四 年 二 月 ) ア ン ド レ ・ シ ャ ン ソ ン 夫 妻 と 歌 舞 伎 座 に て 。 左 よ り 順 、 桑 原 武 夫 、 夫 妻 、 品 子 夫 人 ( 昭 和 十 二 年 九 月 ) い た 。 む し ろ 昔 読 ん だ 時 よ り も 立 わ っ て 来 る こ と に 驚 派 に 見 え る の で あ っ た 」 ( 「 作 家 論 」 ) と 言 い 、 多 少 ふ ざ け な が ら で は あ る が 、 「 天 オ 」 と い う 言 葉 を 持 ち だ し た り ま で し て 賞 讃 し て い る 昭 和 十 五 年 の 春 、 「 文 学 界 」 か ら 同 人 に な る よ う に 勧 誘 さ れ た が 、 高 見 は こ れ を 辞 退 し 、 「 日 暦 」 以 来 の 仲 間 や 丹 羽 文 雄 、 石 川 達 三 、 北 原 武 夫 ら と 七 月 「 新 風 」 を 創 刊 し た 。 し か し 軍 部 の 圧 力 が 発 売 元 の 中 央 公 論 社 に 加 え ら れ 、 「 新 風 」 は 創 刊 号 一 冊 だ け で 廃 刊 さ れ た 。 こ の 頃 か ら 「 遠 く へ 旅 立 と う 」 と い う 想 い に か ら れ て い ら ん い た 高 見 順 は 、 翌 年 一 月 、 三 雲 祥 之 助 と 蘭 印 へ 出 か け て っ た 。 彪 大 な 「 高 見 順 日 記 」 が 書 き は じ め ら れ た の は 、 そ の 旅 に 出 発 し た 一 月 二 十 六 日 か ら で 、 途 中 と ぎ 以 後 死 れ た り 、 紛 失 し た 部 分 な ど も な い で は な い が 、 の 直 前 の 昭 和 四 十 年 七 月 十 三 日 ま で 書 き 続 け ら れ た 。 そ の う ち 昭 和 一 十 六 年 五 月 六 日 ま で の 約 九 千 枚 分 が 高 見 順 日 記 」 全 八 巻 九 冊 に 収 め ら れ た ほ か 、 晩 年 の 部 分 お お や け も 没 後 、 「 新 潮 」 「 世 界 」 両 誌 に 連 載 さ れ て 公 に な っ て い る 。 伊 藤 整 は こ の 日 記 の こ と を 、 「 一 人 の 文 士 が そ の 心 と 生 活 を 語 り な が ら 、 あ る 時 代 の 万 人 の 心 と 生 活 を 語 っ た 、 と い 、 つ よ 、 つ な お も む き が あ る 」 と 言 っ た こ と が あ る が 、 や が て 戦 局 が け わ し く な り 、 し だ い に 執 筆 お の 不 能 の 状 態 に 追 い こ ま れ る と 、 日 記 の 中 に 「 己 れ を 吐 455

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第 一 高 等 学 校 文 科 甲 類 に 入 学 。 三 年 間 の 寮 生 活 の 間 、 母 と 別 居 。 大 正 十 四 年 ( 一 九 二 五 ) 十 八 歳 ダ ダ イ ズ ム の 影 響 を 受 け 高 洲 基 、 村 松 敏 ら と は じ め て の 同 人 誌 「 廻 転 時 代 」 を 創 刊 。 こ の 頃 、 築 地 小 劇 場 に 通 い 、 ・ ハ ン フ レ ッ ト に 投 稿 す る 。 大 正 十 五 年 ( 一 九 一 一 六 ) 十 九 歳 一 月 、 祖 母 コ ト 没 。 明 治 四 十 年 ( 一 九 〇 七 ) 昭 和 ニ 年 ( 一 九 二 七 ) 一 一 十 歳 一 月 三 十 日 ( 戸 籍 面 で は 一 一 月 十 八 日 ) 、 福 井 県 坂 井 郡 三 国 町 平 木 七 一 月 、 徴 兵 検 査 の た め 母 と と も に 故 郷 の 三 国 町 を 訪 れ る 。 四 月 、 東 十 八 番 地 に 生 ま れ る 。 本 名 、 高 間 義 雄 ( の ち 芳 雄 ) 。 名 づ け 親 は 生 京 帝 國 大 学 文 学 部 英 文 学 科 に 入 学 。 九 月 、 同 じ 英 文 科 の 半 田 祐 一 家 の 隣 の 金 鳳 寺 の 住 職 新 龍 師 で あ る と い わ れ る 。 母 高 間 古 代 は ( 新 田 潤 ) ら と 「 文 芸 交 錯 」 を 創 刊 。 小 説 、 評 論 な ど を 発 表 。 さ ん の す け 三 国 町 の 人 。 父 坂 本 ( 阪 本 ) 釤 之 助 は 旧 尾 張 藩 の 永 井 家 の 出 の 人 昭 和 三 年 ( 一 九 一 一 八 ) 二 十 一 歳 で 、 当 時 は 福 井 県 知 事 。 の ち 名 古 屋 市 長 、 勅 選 貴 族 院 議 員 な ど を 経 二 月 、 壺 井 繁 治 、 三 好 十 郎 、 上 田 進 ら と 左 翼 芸 術 同 盟 を 結 成 。 五 月 、 わ し づ き ど う さ ん び ん て 枢 密 顧 問 官 と な る 。 鷲 津 毅 堂 門 下 の 漢 詩 人 と し て も 著 名 で 、 三 蘋 そ の 機 関 誌 「 左 翼 芸 術 」 創 刊 号 に は じ め て 「 高 見 順 」 の ペ ン ネ ー ム と 号 し た 。 永 井 荷 風 は 釤 之 助 の 長 兄 の 息 で あ り 、 詩 人 阪 本 越 郎 は 順 で 小 説 「 秋 か ら 秋 ま で 」 を 発 表 。 ま も な く こ の グ ル ー プ は 全 員 ナ ッ の 異 母 兄 に あ た る 。 プ に 加 盟 。 七 月 、 東 大 の 左 翼 系 同 人 雑 誌 が 結 集 し て 「 大 学 左 派 、 創 明 治 四 十 一 年 ( 一 九 〇 八 ) 一 歳 刊 。 小 説 、 評 論 な ど を 発 表 す る 。 劇 団 制 作 座 に 参 加 し 演 出 を 担 当 前 年 の 十 一 一 月 、 父 釤 之 助 、 鹿 児 島 県 知 事 に 転 任 。 こ の 年 の 九 月 、 母 、 し 、 石 田 愛 子 を 知 る 。 順 と 祖 母 コ ト を 連 れ て 東 京 市 麻 布 区 五 百 五 十 番 地 森 安 方 に 移 住 。 そ 昭 和 四 年 ( 一 九 一 一 九 ) 一 一 十 一 一 歳 の 後 、 竹 谷 町 、 新 堀 町 な ど 麻 布 区 内 を 転 々 。 六 月 、 「 十 月 」 創 刊 。 小 説 「 序 ( ま く ら ) 」 を 発 表 。 ま た 同 じ 月 創 刊 大 正 ニ 年 ( 一 九 一 lll) 六 歳 の 「 時 代 文 化 」 に も 参 加 。 い く つ か の 小 説 お よ び 評 論 を 発 表 。 東 京 市 麻 布 区 東 町 小 学 校 に 入 学 。 家 の 近 く に 「 ホ ト ト ギ ス 」 派 の 俳 昭 和 五 年 ( 一 九 三 〇 ) 一 一 十 三 歳 み ず す ま し 譜 人 岡 本 癖 三 酔 が 住 み 、 俳 句 の 手 ほ ど き を う け る 。 俳 号 水 馬 。 三 月 、 東 大 卒 業 。 卒 業 論 文 は ま George Bernard Show as a dra ・ 大 正 八 年 ( 一 九 一 九 ) 十 一 一 歳 matic satirist" 父 釤 之 助 の 紹 介 状 を 持 ち 、 上 田 万 年 博 士 を 訪 れ 、 年 東 京 府 立 第 一 中 学 校 に 入 学 。 中 学 時 代 、 武 者 小 路 実 篤 、 有 島 武 郎 な 就 職 を 依 頼 す る 。 の ち 市 川 三 喜 教 授 の 紹 介 で 研 究 社 の 英 和 辞 典 編 ど の 白 樺 派 の 作 家 に 親 し み 、 ま た ス ト リ ン ド ベ ル ヒ を 読 み 強 い 感 銘 纂 部 に 臨 時 雇 と し て 勤 め る 。 秋 、 コ ロ ム ビ ア ・ レ コ ー ド 会 社 に 教 育 を 受 け る 。 部 員 と し て 就 職 。 十 月 、 「 侮 辱 ー を 新 潮 社 発 行 の 「 文 学 時 代 」 新 鋭 大 正 十 三 年 ( 一 九 一 一 四 ) 十 七 歳 作 家 総 出 動 号 に 発 表 。 こ の 年 、 石 田 愛 子 と 結 婚 。 母 と 別 れ 、 大 森 に 日

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人 た ち に よ っ て 開 か れ た 時 、 そ の 席 に 石 田 愛 子 が 出 席 意 を か た め 、 五 年 間 に わ た る サ ラ リ ー マ ン 生 活 に 終 止 し 、 高 見 夫 妻 と 握 手 を し た 。 井 上 友 一 郎 の 小 説 「 高 見 符 を 打 っ た 。 「 文 芸 時 評 」 で 「 文 学 界 」 賞 を 受 賞 し 、 ー う し - う ろ う 順 」 に は 、 高 見 だ け で な く 、 井 上 た ち ま で 驚 き 周 章 狼 九 月 に は 最 初 の 単 行 本 「 起 承 転 々 」 が 短 編 十 作 品 を 収 狽 す る 様 子 が 書 か れ て い る 。 こ の 時 、 愛 子 を 引 っ ぱ っ め て 改 造 社 か ら 、 翌 十 月 に は 短 編 集 「 女 体 」 が 竹 村 書 て き た の は 田 村 泰 次 郎 と 十 返 一 ( 肇 ) だ っ た ら し い が 、 房 か ら 刊 行 さ れ た 。 ひ だ 愛 子 も 悪 び れ す に 起 っ て 祝 辞 を 述 べ た と い う 日 華 事 変 が は じ ま っ た 昭 和 十 二 年 七 月 、 飛 騨 の 白 川 と こ ろ で 「 故 旧 忘 れ 得 べ き 」 の 後 半 が 発 表 さ れ た 「 人 村 に 出 か け 、 庄 川 を め ぐ っ て 展 開 さ れ た 水 力 電 気 会 社 民 文 庫 」 は 、 昭 和 十 一 年 三 月 、 「 文 学 界 」 の 小 林 秀 雄 や と 木 材 会 社 の 激 烈 な 係 争 に 取 材 し た 「 流 木 」 を 書 き 、 林 房 雄 の 傾 向 に あ き た り す 思 っ て い た 武 田 麟 太 郎 が 、 「 文 芸 」 十 月 号 に 発 表 し た 。 こ の 小 説 は 高 見 順 の い わ オ こ の 年 の 十 新 た に 高 見 の は か 、 「 現 実 」 と 「 日 暦 」 の 同 人 を 中 心 ゆ る 「 左 翼 も の 」 の 最 後 の 作 品 と な っ こ 。 に 旧 作 家 同 盟 系 の 新 進 作 家 を 結 集 し て 創 刊 し た 雑 誌 で 月 、 「 人 民 文 庫 」 の メ ン バ ー 十 五 人 は 新 宿 の 喫 茶 店 大 あ る 。 「 日 暦 」 に 途 中 か ら 参 加 し た 円 地 文 子 、 田 宮 虎 山 で 徳 田 秋 声 の 研 究 会 を 開 い た が 、 い き な り 飛 び 込 ん 彦 、 矢 田 津 世 子 ら も 加 わ り 、 保 田 與 重 郎 ら の 「 日 本 浪 で き た 刑 事 に 全 員 が 手 錠 を か け ら れ 、 淀 喬 署 に 逮 捕 さ 曼 派 」 が 「 浪 漫 的 詩 精 神 」 と 民 族 主 義 を 高 唱 し た の に れ る と い う 事 件 が お こ っ た 。 高 見 、 新 田 、 荒 木 、 田 宮 、 対 し 、 武 田 や 高 見 た ち 「 人 民 文 庫 」 で は 「 散 文 精 神 」 田 村 、 立 野 信 之 、 本 庄 陸 男 ら 研 究 会 の メ ン ノ ヾ ー ー 亠 日 に よ る 批 判 的 リ ア リ ズ ム を 唱 え 、 フ ァ ッ シ ズ ム 的 な 潮 釈 放 さ れ た が 、 こ の で き ご と が き っ か け と な り 、 翌 昭 流 に 対 抗 し た 。 和 十 三 年 一 月 号 か ぎ り で 「 人 民 文 庫 」 は 廃 刊 さ れ た 。 こ の 年 、 高 見 は 「 故 旧 忘 れ 得 べ き 」 を 「 人 民 文 庫 」 こ の 前 後 の 経 緯 は 戦 後 の 長 編 「 深 淵 」 に 詳 し い に 連 載 し た ほ か 、 「 文 芸 時 評 」 を 「 文 学 界 」 に 連 載 し た 高 見 順 の 浅 草 で の 生 活 が は し ま っ た の は こ の 頃 か ら 「 描 写 の う し ろ に 寝 て い ら れ な い 」 を 発 表 す る な で あ る 。 住 居 者 が ほ と ん ど 芸 人 ば か り の 五 一 郎 ア パ ど 目 ざ ま し い 活 躍 が は じ ま り 、 五 月 か ら 「 国 民 新 聞 ト に 部 屋 を 借 り て 、 高 見 は 六 区 を 毎 日 プ ラ ブ ラ ほ っ つ に 最 初 の 新 聞 連 載 小 説 「 三 色 す み れ 」 ( 後 に 「 遙 か な る き 歩 い た 。 間 も な く 傑 作 如 何 な る 星 の 下 に 」 が 、 こ 朝 」 と 改 題 ) を 書 く こ と に な っ て 、 筆 一 本 で す す む 決 こ で 書 き は じ め ら れ た 。 . せ ん 450

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わ が 胸 の 底 の ご こ は 。 の 月 回 ・ 4 月 ・ ワ 」 カ 日 エ ー 刀 ・ ー : 。 。 版 は 版 。 。 行 山 田 冖 」 昭 和 26 年 、 北 鎌 倉 の 自 宅 で 、 川 端 康 成 氏 と く 撮 影 者 安 倍 寧 > 日 本 未 来 派 発 行 所 刊 「 樹 木 派 」 ( 昭 和 25 年 11 月 刊 ) 昭 和 27 年 冬 、 奈 良 ・ 東 大 寺 に て ( ノ イ ロ ー ゼ の 頃 ) 「 朝 の 波 紋 」 ( 五 所 平 之 助 監 督 ) 映 画 化 記 念 前 夜 祭 で 、 高 峰 秀 「 、 池 部 良 と ( 昭 和 一 十 七 年 二 月 )