木村 - みる会図書館


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1. リング

クシーのほうに倒れ込んできた。ガシャンという音と共に、男はドアにぶつかって視界の 外に消えていった。 : この、、、ハカヤロー ハランスを崩して立ちゴケしたに違いないと、木村はハザードを出して車を降りた。ド アに傷がついていたら、それ相応の修理費を払わせるつもりであった。信号は青に変わり 後続の車は木村の車を追い越して交差点に入っていく。男は路面で仰向けにひっくりかえ り、足をバタバタさせ、両手でヘルメットを取ろうともがいていた。木村はその男よりも、 まず自分の商売道具を見た。思ったとおり、ドアの部分に斜めに傷が走っている。 「チェッ」 木村は舌打ちしながら男に近づいた。男は、ヘルメットの顎ひもが顎の下でしつかりと 固定されているにもかかわらず、なおも必死でヘルメットを取ろうと、自分の首も一緒に もぎ取りそうな勢いであった。 : それほど息苦しいのだろうか。 グ木村は男の様子が尋常でないことを悟り、傍らに座り込んでようやく「大丈夫か ? 」と ン尋ねた。スモークシールドのせいで、男の表情がよくわからない。男は木村の手を握って、 何かを訴えかけた。すがるようでさえあった。声が出ない。シールドを上げようともしな 。木村は早とちりをした。 「待ってろ、すぐに救急車を呼んでやる」

2. リング

の事故を眺めることができた。というのも、事故に対する責任も、それに伴う反省も、彼 には一切なかったからだ。完全に相手の自損事故であり、注意して避けられるものではな かった。あの時の恐怖はもう忘れかけている。一ヶ月 : : : 、長いといえるのだろうか。浅 川は二年前の恐怖に今なお縛られている。 ただ、どうにも説明がっかない。なぜ、ここを通るたびに、あの時のことを人に話した あきら くなるのか。ルームミラーでチラッと見て、客が眠っている場合はまあ諦めるけれど、そ うでなければ、木村はまず例外なく全ての客にあの時のことを逐一話してしまう、衝動が あった。木村はこの交差点に入るたびにいつも話したいという衝動に襲われるのだった。 「一ヶ月近く前のことだったかなあ : : : 」 まるで話し始めるのを待っていたかのように、信号は木村の目の前で黄色から赤に変わ っていった。 「世の中にはわけのわからないことがたくさんありますよねえ」 話の内容をなんとなくほのめかして、木村は客の関心を引こうとした。浅川は半分眠り グかけていた頭をガバッと起こして、キョロキョロと回りを見回す。木村の声に驚いて、今 ンいる位置を確認したのだ。 「突然死って、この頃、増えてるんですかねえ : : : 、若い連中の間にも ・ : 突然死。木村は先を続けた。 浅川の耳にその言葉は響いた、 すべ

3. リング

リング 「北品川まで : : : 」 行ぎ先を聞いて、木村は小躍りしたい気分になった。北品川は会社の倉庫のある東五反 田のすぐ先で、そろそろ帰庫しようとしていた木村の進行方向と同じである。タクシード ライバーが仕事のおもしろさを実感するのは、自分の読みに従って流れがうまくつながっ じようぜっ た時だ。木村はいつになく饒舌になった。 「これから取材ですか ? 」 疲れのせいで充血した目を窓の外に向け、ぼうっと考えごとをしていた浅川は「え ? 」 と聞き返した。自分の職業をなぜ知っているのだろうと、疑問に思いながら。 「お客さん、新聞記者じゃないんですか」 「週刊誌のほうだけど、よくわかりますねえ」 二十年近くタクシーに乗っている木村は、乗せた場所や服装、言葉遣いから、ある程度 客の職業を推測することができた。一般的に人気のある職業に就いて、しかもそれを誇り に思っている客の場合、仕事に関係した話題にはすぐ乗ってくる。 「たいへんですねえ。こんな早くから」 「いや、逆です。今から帰って寝るところですよ 「あ、じゃあ、わたしと同じだ」 普段の浅川には仕事に対する誇りなどなかった。しかし、今朝は、初めて自分の記事が 、リーズをようやく終え、 活字になった時の、あの満足感を取り戻していた。ある企画のゾ

4. リング

「で、死因は、突然死だったわけですか」 突然死という病名があるかどうかはわからない。浅川は聞き急いでいた。この事故が、 自分の心のどこに引っ掛かっているのか知らぬまま 「ふざけた話ですよ。わたしの車は止まってたんですよ。勝手に倒れてきたのは、あっち のほうなんだ。なのに、事故証明、おまけにもうちょっとでこっちの保険汚すところで : 。降って湧いた災難ってやつですよ」 「はっきりした日時、わかりますか 「おやおや、何か事件の匂いでも嗅ぎ当てましたか ? 九月の四日か五日、うーん、その あたりだな。時間は午後十一時前後だったと思いますよ」 よみがえ 言ったとたん、木村の脳裏にあの時の光景が甦った。生暖かい空気 : : : 、倒れたバイク から流れ出した真っ黒なオイル。まるで生き物のようにオイルは下水に向かって、這って いた。表面でヘッドライトを照り返し、ドロリとした滴となって、下水に落ちて消えてゆ く、音もなく。感覚器官が一時的な障害に陥ったような具合だった。そして、ヘルメット グを枕にした男の死顔、びつくりした顔。何に驚いているのだ ? ン信号が青に変わった。木村はアクセルを踏む。リヤシートからポールペンの走る音が聞 リこえた。浅川がメモをとっている。木村は吐き気を覚えた。どうして、こう生々しく思い 出してしまうのか。木村はすつばい唾液を飲み込んで、吐き気に耐えた。 「で、死因は何だったんですか ? だえき

5. リング

公衆電話に走りながらも、どうしてただの立ちゴケであんなふうになっちまうんだと合 点がいかない。よほど頭の打ちどころが悪かったのだろうか。 かぶ : ばか言え、ちゃんと、あの野郎、ヘルメット被ってたじゃないか。足とか腕の骨を 折っているようにも見えない。めんどくせえことにならなけれま、 オレの車に ぶつかってけがしたとなると、これは、ちょっと、やばいかもしれねえな。 木村は嫌な予感に襲われていた。 もしけがでもしていたら、オレの車の保険で処理することになるのだろうか。とな ると、事故証明、おまけに警察。 のど 電話を終え、もとの場所に戻ると、男は喉のあたりに手を置いて動かなくなっている。 のぞ 数人の通行人が立ち止まり、心配そうに覗き込んでいた。木村は人をかきわけ、救急車を 呼んだのが自分であることをみんなにア。ヒールした。 おいつ、しつかりしろ、今に救急車が来るからな」 木村はヘルメットの顎ひもをはずす。そして、あれほどもがき苦しんでいたのが嘘のよ うに、ヘルメットはなんなく脱げていった。驚いたことに男の顔は大きくゆがんでいた。 きよ、つカく この表情に言葉を当てはめるとしたら、驚愕。両目をかっと見開き、赤い舌を喉の奥につ まらせて、ロの端からよだれを流している。救急車を待つまでもなかった。ヘルメットを 脱がす時に触れた木村の手は、当然あるべぎ場所にその男の脈拍を発見できなかった。木 村はそっとした。回りの情景からスルスルと現実感が引いていった。

6. リング

るべく左側に寄せて止めた。六本木交差点までの客がついてくれると都合がいい、この場 所で拾う客は割合赤坂、六本木方面が多く、こうやって信号待ちで止まっている間に乗り 込んでくることもしばしばであった。 タクシーの左脇を抜けて、一台のバイクが横断歩道のすぐ手前に止まった。運転してい るのは、ジーンズをはいた若い男だ。木村はチョロチョロと走り回る。ハイクが目障りで仕 方ない。特に、信号待ちしている時、平気で車の前に出てきたり、ドアのすぐ脇に止まる バイクに腹が立った。今日一日、客のツキがあまりよくなく、機嫌が悪かったこともあっ て、木村はおもしろくなさそうな目で若い男を見ていた。フルフ = イスのヘルメットで顔 からだ の表情を隠し、男は歩道の縁石に左足をかけ、股を広け、だらしのない格好で身体を揺ら せている。 足のきれいな若い女が歩道を歩いていく。男はその女の後を追って首を巡らせていった。 ところが、男は女の姿を最後まで追い切らなかった。約九十度首を回したところで、男は 左側のショウウインドウに視線を固定させてしまったのだ。視野の外に出て、女は歩き去 ってゆく。男はそのまま取り残されて、じっと何かに見入っていた。歩行者専用の信号が 点滅を始め、やがて赤に変わった。横断歩道を歩行中の人々は足を速め、タクシ 1 のすぐ 前を通り過ぎてゆく。手を上げて寄ってくる者はいない。木村はエンジンを空ぶかしして、 正面の信号が青に変わるのを待った。 その時、バイクの男は、ビクッと強く身体を震わせたかと思うと両腕を上げ、木村のタ また

7. リング

小栗編集長は、浅川の報告を聞きながら顔をしかめていた。ふっと二年前の浅川の姿が 頭をよぎったからだ。狐に憑かれたように昼夜ワープロに向かい、取材で得た以上の情報 を盛り込んで教祖影山照高の半生を克明に綴っていった、あの時の異常さ。本気で精神科 の医者に診せようとしたぐらい、鬼気迫るものがあった。 ちょうど、時期が重なったのも悪い。二年前、空前のオカルトブームが出版界を飲み込 み、編集室には心霊写真の山が築かれた。一体世の中どうなってるんだと思わせる程、あ らゆる出版社に送りつけられた幽霊譚や心霊写真と称するマヤカシ物の山。世界の仕組み 木村はうれしそうに言った。なぜか、そうするのが自分の使命に思われる。 「後日お電話しますー 「電話番号 : : : 」 「あ、大丈夫。会社の名前メモしましたから。すぐ近くなんですね」 ちゅうちょ 浅川は車から降り、ドアを閉めようとしてしばし躊躇した。確認することに、いい知れ ぬ恐布を感じたのだ。変なことに首を突っ込まないほうがいいんじゃないか、またあの時 の二の舞だそ。しかし、こうまで興味をそそられた以上、黙って見過ごすことは決してで きない。わかりきっている、そんなことは。浅川は、もう一度木村に聞いた。 「その男、確かにヘルメットを取ろうともがき苦しんでいたんですね たん つづ

8. リング

倒れたバイクの車輪はまだゆっくりと回り、エンジン部から流れ出した黒いオイルが路 面に伝わって下水の中に滴り落ちている。風はなく、晴れ渡った夜空を背景に真上の信号 が再び赤に変わった。木村はヨロヨロと立ち上がり、道路脇のガードレールにつかまって、 もう一度チラッと路面に横たわった男を見た。男はヘルメットを枕に直角に近い格好で頭 を立て、その姿はどう見ても不自然であった。 : オレが置いたのだろうか、あの男の頭を、あんなふうに、ヘルメットの上に。ヘル メットが枕になるように。なんのために ? 数秒前のことが思い出せない。大きく開いた両目がこっちを向いている。悪寒が走った。 生暖かな空気が、今、すっと肩先を通り過ぎていったように思う。熱帯夜にかかわらず、 からだ 木村は身体の震えが止まらなかった。 内堀の緑色の水面は早朝の秋の色を映し出していた。暑い九月もようやく終わろうとし グている。浅川和行は地下のホームに降りかけたが、ふと気が変わり、九階から見た水の色 ンをもっと間近に感じようと、外に至る階段を上った。出版局の汚れた空気が、瓶の底に澱 リがたまるように地下へと沈んでいる気がして、急に外の空気を吸いたくなったのだ。皇居 の緑をすぐ前に見ると、高速五号線と環状線が合流するこのあたりの排気ガスもそう気に はならず、まだ明けたばかりの空、朝の冷気と共に新鮮に輝いている。 わき おり

9. リング

でしまう恐怖があることは知っている。 振り返っても、そこに : そうであってくれれま や、きっとそうに違いな、。 は何もない。きっと、何もない。 智子は振り返りたい欲望に駆られた。さっさとなんでもないことを確かめ、一時も早く こんな状態から抜け出したかった。しかし、本当にただそれだけのことだろうか。背中は 泡立っていた。肩のあたりで湧き起こった悪寒が背筋を伝って下へ下へと這い降り、冷た い汗で e シャツはぐっしよりと濡れていた。単なる思い込みにしては、肉体の変化が激し 過ぎる。 : 一口かが言っていた、肉体は精神よりも正直だって。 一方で、声がする。振り向いてしまえ、何もあるはずないじゃないか。残りのコーラを 飲んで早く勉強に戻らないと、明日の試験どうなっても知らないぞ。 はじ グラスの中でピシッと音をたてて氷が割れた。そして、その音に弾かれたように、智子 は思わず振り返ってしまった。 グ ン九月五日午後十時五十四分 東京品川駅前の交差点 目の前で信号が黄色に変わった。突っ切れないこともなかったが、木村はタクシーをな

10. リング

「いえね、一ヶ月近く前だったかなあ。あそこで信号待ちしているわたしの車に、突然バ イクが倒れかかってきましてね、走っていてコケたわけじゃないんですよ、止まっていて、 急にパタッて。それで、どうなったと思います。あ、運転していたのは、十九歳の予備校 生だったんだけど、 : 死んじまいやがってね、これが。びつくりしましたよ、救急車は 来るわ、 ハトカーは来るわ。おまけにオレの車でしよ、ぶつかったの。丁ライ騒ぎですわ 浅川は黙って聞いていたが、十年来の記者としての勘をひらめかして、即座にドライバ ーとタクシー会社の名前をメモした。それは本能的ともいえる早さであった。 「死に方がね、ちょっとおかしいんですよ。とにかく、もの凄い勢いでヘルメットを取ろ うとして : 仰向けになってバタバタ : 、オレが救急車を呼びにいって、戻ってみる と、もう、オシャカ」 「場所はどこですか ? 」 浅川の目は完全に覚めていた。 「あそこですよ、ほら たかなわ 駅前の横断歩道を渡ったところを、木村は指差した。品川駅は港区高輪にある。浅川は そのことを頭に焼き付けた。もし、あそこで事故が起こったとしたら、管轄の警察は高輪 署である。そして、頭の中で素早く、高輪署の内部に入り込むルートをたぐっていた。大 手新聞社の強みは、まさにここにある。あらゆる分野に張り巡らしたコネを新聞社は持っ しの ていて、時によってその情報収集能力は警察のそれを凌ぐことさえあるのだ。 すご