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検索対象: 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡
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1. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

お勤めをしていらっしやったのを、関白様が「わたしに貸 ましあそばされるので、戸口で、女房たちが、色とりどり ごんだいなごん そでぐち してやってください、その数珠をしばらく。お勤めをして 幻の袖口を現して、御簾を引き上げていると、権大納言様が、 関白様の御沓を取っておはかせ申しあげあそばす。その御来世にすばらしい身の上になろうと思って借りるのだ」と 子 した おもおも いうことなので、女房たちが集って笑うけれど、やはりと 様子は、たいへん重々しくおきれいに容儀正しく見え、下 草 がさねきょ 襲の裾を長く引いて、あたりも狭いまでのお姿でそこに侍てもすばらしいことだ。中宮様におかせられてはこれをお 枕 していらっしやる。何より先に、「まあすばらしい。大納聞きあそばして、「仏になった場合こそ、関白よりはまさ るでしよう」と言って、にこにこしておいであそばすので、 言ほどのお方に、関白様は沓をお取らせになるよ」と見ら また今度は中宮様が、すばらしく感じられてお見申しあげ れる。山の井の大納一言、その弟君たち、その他お身内では る。大夫様がおひざまずきあそばされていることを、繰り ない人々などが、濃い色ー黒ーをひき散らしてあるように、 とうかでん ふじつばへい 藤壺の塀のきわから、登華殿の前まで座って並んでいるの返し申しあげると、中宮様は、「いつものひいきの人」と に、関白様はとてもほっそりとたいへん優雅なお姿で、御お笑いあそばされる。まして、大夫様ののちの御栄華のあ はかし りさまを中宮様がお見申しあげあそばされたのだったら、 佩刀の具合などをお直しになってちょっと立ち止っておい だいぶ せいりようでん であそばされる時に、宮の大夫様が、清涼殿の前にお立ちわたしの言うのも道理とお思いあそばされることだろうに。 あそばされておいでなので、その大夫様はおひざまずきあ 一三三九月ばかり夜一夜降り明かしたる雨の そばされるはずがないようだと見るうちに、関白様が少し 九月のころ、一晩中降って夜明けを迎えた雨が、今朝は お歩き出しあそばされると、すっとおひざまずきあそばさ ゃんで、朝日がばっと明るくさしている時に、庭の植込み れたのこそ : ・ : 。やはり、お積みになった前世の御善業の の菊の露がこばれるほどに濡れてかかっているのも、とて 程度はいったいどれほどなのだろうと関白様をお見申しあ らもんすすき もおもしろい。透垣、羅文、薄などの上に張りめぐらして げたのこそ、すばらしいことだった。 ある蜘蛛の巣がこばれ残って、所々に糸も切れそうな様子 女房の中納言の君が、忌日ということで、奇特な態度で くっ ぜんごう すいがし じゅず

2. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

こうべん はり、ひどくわれながら身の程知らずに、どうしてこのよ さるのを、抗弁のことばなどを申しあげるのは、目を疑う うに宮仕えに立ち出てしまったことかと、汗がにじみこば ばかりで、あきれるほどまで、赤らめたところでどうしょ うもないことながら、顔が赤らむことであるよ。大納言様れて、ひどくつらいので、いったい何を御応答申しあげよ くだもの うか。ちょうどよい具合に陰になるものとして差しあげて は御果物を召しあがりなどして、中宮様にも差しあげなさ いる扇をまで大納一言様がお取り上げになっているので、ふ る。 ひたいがみ みきちょう りかけて顔を隠すべき額髪のみつともなさをまで考えると、 大納言様が、「御几帳の後ろにいるのは、だれだ」とき 「すべてほんとうに、わたしのそうした様子がみすばらし っと女房におたずねになるのであろう、そして女房が「こ く見えていることであろう、早くお立ちになってくださ れこれです」と申しあげるのであろう、座を立ってこちら い」などと思うけれど、扇を手でもてあそんで、「この絵 においでになるのを、どこかほかへいらっしやるのであろ はだれが描かせたのか」などとおっしやって、急にもお立 うかと思うのに、たいへん近くお座りになって、お話など ふ そで みやづか なさる。わたしがまだ宮仕えに参上しなかった時に、お聞ちにならないので、顔に袖を押し当てて、うつぶしに臥し もからぎぬ ているのは、裳や唐衣におしろいが移って、顔はまだらで きおきなさったのだったことなどを、「ほんとうにそうだ あろう。 ったのか」などとおっしやるので、今まで御几帳を隔てて、 大納言様が長いこと座っていらっしやるのを、もちろん 遠くからよそ目にお見申しあげるのでさえ気おくれをおば えていたのだったのに、ひどく思いがけなくて、じかにおつらいとわたしが思っているだろうと中宮様はお察しあそ 段 こればしていらっしやるのだろうか、大納言様に「これを御覧 向い申しあげている気持は、現実とも感じられない。 ぐぶ ぎようこう なさい これはだれが描いたのですか」と申しあげあそば まで、行幸などを見物するのに、供奉の大納言様が、遠く 第 からこちらの車のガにちょっとお目をお向けになる場合は、すのを、うれしいと思うのに、「いただいて、見ましよう」 したすだれ と申しあげなさるので、中宮様は、「やはりここへ」と仰 車の下簾の乱れをあらため、こちらの人影が透いて見える せあそばすと、大納言様は「わたしをつかまえて立たせな かもしれないと、扇をかざして顔を隠した、それなのにや おうぎ す

3. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

みくしげどの もからぎめ いる限りの人はすべて、裳、唐衣を、御匣殿にいたるまで へノホドゾ」などと言うけれど、そこに入って座って見物 こうちき が着ていらっしやる。関白様の北の方は、裳の上に小袿を するのは、たいへん光栄だ。「こんなことがあった」など と、自分から言うのは、自己宣伝でもあり、また、中宮様着ていらっしやる。関白様は「絵に描いてあるようなすば の御ためにも、高貴な御身分がら軽々しく、「こんな程度らしいみなさんの御様子ですね。イマイラへ今日ハと申し ′ : つよう・あい の人間をまで御寵愛なさったのだろう」などと、自然、物あげなさるのですよ。三、四の君よ、中宮様の御裳をお脱 おんあるじ がせなさい ここの御主としては中宮様こそがそれでいら 事を心得て、世間のことをかれこれ非難などする人は : そんなわけで、わたしには、もったいながったところでど っしやるのだから。御桟敷の前に陣屋をおすえ置きあそば していらっしやるのは、並一通りのことだろうか」と言っ うしようもないことながら、恐れ多い中宮様の御事がかか て、感にたえずお泣きあそばす。なるほどお喜びももっと わってもったいないけれど、事実あることなどは、また、 どうして書かすにおかれようか。ほんとうにわたしの身の もだと、女房たち一同も涙ぐむような気持でいる折に、わ からぎぬ たしが赤色の表着に桜襲の五重の唐衣を着ているのを、関 はどに過ぎたこともきっとあるであろう。 キ一じき ひと ・よろ・いん 白様は御覧あそばして、「法服一そろいを僧にくださった 女院の御桟敷、また、方々のたくさんの桟敷を見わたし のだが、急に、もう一つ入用だったから、これをこそお借 ているのは、すはらしい。関白様は、先に女院の御桟敷に り申しあげればよかったのだったな。それでは、もしかし 参上なさって、しばらくたってから、こちらに参上なさっ ちぢ ていらっしやる。大納言お二方が御供としておいでになり、 たらまたそのような物を切って縮めたのか」と仰せあそば 以さんみ 三位の中将は、陣に近く参上したままの姿で、道具を背負すので、また笑った。大納言様、それは少し後ろに下がっ て座っておいでになったのだが、それを聞いて、「きっと 2 って、とても似つかわしくしゃれたかっこうでおいでにな ひとこと せいそうず 第 る。殿上人、四位、五位の人々が、たくさん連れ立って、 清僧都の法服であろう」とおっしやる。一言だっておもし ろくないことはないのだ。 御供に伺候して並んで座っている。関白様が桟敷にお入り 僧都の君は、赤色の薄色の御衣、紫の袈裟、とても薄い あそばして中宮様をお見申しあげあそばすと、女房たちの、 かたがた うわぎ がさねいっえ 、一ろも かた

4. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

みきちょう よろしい。それにしても、あなた方はこの宮の御心をば、 物を御使いに差し出して、三、四人御几帳のもとに座って ろく いる。「あちらに行きまして、御使いの禄の事をいたして 引どういうふうだと理解し申しあげて、大勢参上していらっ しやるのかな。いかにいやしく物をお惜しみあそばされる まいりましよう」と言って、関白様がお立ちになってしま 子 わたくし 宮だからといっても、何とまあ、私は宮がお生れあそばさ ったあとで、中宮様は御手紙を御覧あそばされる。御返事 草 れた時から、たいへんお世話を申しあげてきているのだけ は、紅梅の紙にお書きあそばされるのが、御召物の同じ色 れど、いまだにおさがりのお召物一つだってくれてやって に映り合っているそのすばらしさ、そうした御配慮をやは かげぐち りそれとまで御推量申しあげる人はおそらくないのであろ はくださらないそ。何で陰ロとしては申しあげよう」など とおっしやるのがおもしろいので、みな、女房たちは笑っ うと思うと残念だ。「今日は特別に」ということで、関白 てしまう。「ほんとうにわたしめをばかげているといって、 様の御方から、禄はお出しあそばされる。女の装束に紅梅 さかな こうお笑いあそばされる。フリ恥ずかしい」などと仰せあ の細長を添えてある。肴などがあるので、御使いを酔わせ じようなにがし そばすうちに、宮中から御使いとして式部の丞某という たいと思うけれど、御使いは「今日は大切な事の世話役で しゅじよう 者が参上した。主上の御手紙は大納言様がお取りになって、 あなた様、お許しくださいませ」と、大納言様にも うわづつみ 申しあげて、座を立ってしまう。 関白様にお差しあげあそばすと、上包を引き解いて、「と ても拝見したいお手紙ですね。もし宮のお許しがございま 姫君たちなどはたいへんお化粧をきれいに仕立てて、そ すなら、あけて拝見いたしましよう」と仰せあそばすと、 れぞれ紅梅の御召物をわれ劣らじとお召しである中に、三 おんまえ みくしげどの の御前は、御匣殿や二番目の姫君よりも大柄でおふとりに 妙なことと中宮様はお思いのようである。「もったいなく かた もありますから」と言って、関白様はお差しあげあそばすなっていて、北の方などと申しあげたほうがよくお似合い になりそうだ。 と、中宮様はお手にお取りあそばされても、おひろげあそ ばされるようでもなく、おふるまいあそばされる御心づか 関白様の北の方もこちらへお渡りあそばしていらっしゃ ま いなどはめったにないほど御立派だ。隅の間から女房が敷る。御几帳を引き寄せて、わたしたち新参の女房どもには めしもの ほそなが めしもの

5. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

( 原文一五五ハー ) ついて人が言うことは、決してうそではない。それを拝見う少し明るくあらわであるのに、大納言様は、たいへんど したがさねきょ したあとでは、髪の毛の悪かろう人も、それにきっとかこ っしりとしていておうつくしげで、御下襲の裾がたいへん すだれ つけるであろう。あきれるほどおごそかにお立派で、やは長く、あたり狭しといった様子で、車の簾を引き上げて、 りどうしてこうした中宮様のようなお方に親しくお仕え申「早く」とおっしやる。かもじを入れて整えてあるわたし からぎめ しあげるのだろうと、わが身ももったいないと感じられる の髪も、唐衣の中でふくらんで、妙なかっこうになってし ので、御輿が前をお通り過ぎあそばす間、わたしたちの車まっているであろう、その髪の色の黒さ赤さまで見分けら ながえ の、榻にいっせいに轅をおろしてあった、それにまた牛どれてしまうに違いないほどの明るさであるのが、とてもや ーをーー - し、刀ナ′ . し もをかけて、中宮様の御輿の後ろにつづいて行く気持の、 りきれない感じなので、急にも降りるわナこま、 すばらしく興味のある様子は、言いようもない 「先に、後ろに乗っている人からこそ」などと言っている とう だいもん 積善寺にお着きあそばしたところが、大門のそばで、唐時に、その人もわたしと同じ気持なのであろうか、大納言 しよう こまいぬおど つづみ もったいのう 楽を奏して、獅子や狛犬が踊り舞い、笙の音や鼓の声に、 様に、「後ろへお離れあそばしてください じようき 上気して何もわからなくなってしまう。これま、、 ございます」などと言う。大納言様は「恥すかしがりなさ どこの仏の御国などに来てしまったのだったのかしらと思 るね」と笑って、お立ち離れなさった。やっとのことで降 われるほど、楽の音は空に響きのばるように感じられる。 りたところ、近寄っていらっしやって、「『むねたかなどに あげばり 門内に入ってしまうと、いろいろな色の錦の幄に、御簾を見せないで、隠して降ろせ』と中宮がおっしやるので、こ へいまん 段 たいへん青々と掛けわたし、屏幔などを引きまわしている うしてやって来ているのに、察しの悪いことだ」とおっし 様子は、すべて全くこの世のこととは感じられない。中宮 やって、わたしを引き降ろして、連れて中宮様の所に参上 さじき 第 様の御桟敷に車を差し寄せたところが、またこの御きよう なさる。「中宮様が大納一言様にそのようにきっと申しあげ あそばしているのであろう」と思うことが、もったいない 幻だいの殿方がお立ちになって、「早く降りよ」とおっしゃ る。乗った所でさえすでにそうだったのに、ここでは、も 中宮様の御前に参上すると、はじめに車から降りた女房 がく

6. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

みどころ ので、木立などの見所のあるものは、まだない。ただ、屋 二五六関白殿、二月十日のほどに、法興院の 敷の様子が、身近で、見た目に明るく気持がよい感じだ。 ほこいんしやくぜんじ あおにびかたもん 関白道隆様が、二月十日のころに、法興院の積善寺とい 関白様がこちらへお渡りあそばされた。青鈍の固紋の御 みどう いっさいっ・くよう によういん さしぬき のうし くれない ぞさんりよう う御堂で一切経の供養をあそばされる折に、女院、中宮様指貫、桜の直衣に紅の御衣三領はどを、じかに御直衣の下 もおいであそばすはずなので、二月初めのころに、中宮様 に重ねてお召しになっていらっしやる。中宮様をはじめと りようもん は二条の宮へお入りあそばされる。わたしは夜が更けて、 して、紅梅の濃いのや薄い色の織物、固紋、綾紋などを 眠たくなってしまったので、何事も注意して見す、翌朝、 そのころはこの八丈というタケタカは特になかった 日がうらうらとさし出ているころに起きたところ、御殿は そこに侍している限りの女房たちが着ているので、あ もえ からぎめ とても白く新しく、見た目に明るくうつくしく造ってあっ たり一帯がただ光り輝いて、その中で、唐衣としては萌黄、 きのう ゃなぎ て、御簾をはじめとして、何やかやは昨日掛けたのである 柳、紅梅などもある。 ま ようだ。御設備は、獅子や狛大など、いつの間にはいって 関白様は中宮様の御前にお座りあそばされて、お話など いちじよう かんぜん 座り込んだのだろうと、おもしろい。桜が一丈ぐらいの高申しあげあそばされる。中宮様の御応答の間然する所のな みはし さで、たいへんよく咲いているような姿で、今御階のもと いのを、里にいる人たちにちらっとでものそかせたいもの にあるので、「ひどく早く咲いていることよ。梅こそたっ だと思ってお見申しあげる。関白様は女房たちをお見渡し じっ た今盛りのようなのに」と見えるのは、実は造花なのでああそばして、「宮におかせられては、何をお思いあそばし いろつや 段 ろう。あらゆる点からいって、花の色艶など、ほんとうに ておいでなのだろうか。こんなにたくさんすばらしい人た 咲いているのに劣らない。どんなに作るのに面倒だったこ ちを並べておいて御覧あそばすのこそ、何ともうらやまし ひとり 第 とだろう。雨が降るなら、きっとしばんでしまうだろうと いことだ。一人たりとも劣った人はいないね。この人たち はみなしかるべき家々の娘なのだからね。たいしたものだ。 見るのが、残念だ。小家などというものがたくさんあった 場所なのを、それを取り払って今度お造りあそばしてある十分に目をかけてこそ、おそば仕えをおさせあそばすのが こいえ こまいめ こだち じ

7. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

( 原文八八ハー ) あかっき つばね おおきみ 暁には、早く局に下がろうなどと、自然急がれること 上に献上させたのだったが、「ともあきらの王」と書いて かずらき であるよ。中宮様が、「葛城の神だって、もうちょっとい あったのを、たいへんおもしろがりあそばされたのだった。 なさい」などと仰せになるので、「なんとかしてはすかい ふ 一八二宮にはじめてまゐりたるころ にでも御覧あそばすように」と思って、臥す姿勢でいるか とのもりづかさにようかん み・うし ′ ) てん ら、お部屋の御格子もお上げしない。主殿司の女官が参上 中宮様の御殿にはじめて参上したころ、何かと恥ずかし して、「これをお上げになってくださいまし」と一 = ロうのを、 いことが数知らずあって、涙も落ちてしまいそうなので、 よる みきちょう 毎日、夜出仕して、中宮様のおそばの三尺の御几帳の後ろ女房が聞いて上げるのを、「そうするな」と仰せになるの で、女官は笑って帰って行った。中宮様が何かとおたずね にひかえていると、中宮様は絵などをお取り出しになって になったり、仰せになったりするうちに、長い時間がた お見せあそばしてくださるのさえ、それに手も出せそうに もなく、わたしはむやみと困惑した気持でいる。「この絵てしまったので、中宮様は、「局へ下がってしまいたくな ってしまっているのだろう。では、早くお下がり」と言っ はこうこうだ、あの絵はかくかくだ」などと仰せになるの とも、しび - たかっき に、高坏におともし申しあげている御灯火なので、髪の筋て、「夜になったら早く来るように」と仰せになることよ。 しつ・一う わたしが膝行して、御前から隠れて局に退出するやいな なども、かえって昼よりははっきり見えて恥ずかしいけれ むぞうさ そで がまん や、局の格子を無造作に上げたところ、雪がたいへんおも ど、我慢して見などする。ひどく冷えるころなので、袖か しろい。「今日は、昼ごろ参上せよ。雪空で曇ってまる見 段らお出しあそばしていらっしやる御手がちらっと見えるの うすこうばい えでもあるまい」などと、中宮様が、たびたびお召しにな が、たいへんつやつやとしている薄紅梅色であるのは、こ あるじ のうえもなくすばらしくていらっしやると、こうした世界るので、この局の主の女房も、「そうばかり引きこもって 第 いらっしやろうとするのですか。あっけないほど簡単に、 を見知らない民間の人間の気持では、「どうしてかしら。 かた 町こうした方が、世にいらっしやったのだった」と、自然は御前に伺うことを許されたのは、中宮様にはそうお思いあ そばすわけがあるのでしよう。人の好意にそむくのはにく っとした気持になるまで、お見つめ申しあげる。

8. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

しもづか れる時に、関白様のお邸の方から、侍の者たち、下仕えの お姿をお見せにならないので、心が晴れない気持がする。 おうぎ 参集している女房たちは、供養当日の装束や、扇などのこ者などが来て、大勢花の木のもとに、ずんずん近寄って来 とを話し合っている者もある。また、女房たちの中には互て、引き倒して取って、「『こっそり行って、まだ暗かろう うちに取れ』とこそ仰せられたのだったが。夜が明けはな しに競争して、「わたしは何で用意などしよう。ただ、あ れてしまったのだった。まずいことをしたな。早く早く」 るので間に合せて何とか」などと言って、相手から「いっ ものとおり、あなたったらとばけて」などとにくまれる。 と倒して取るので、たいへんおかしくて、「『言はば言は かねずみ 夜分、里に退出する人も多い。こういうことのために退出む』と、兼澄の歌のことを思ってこういうことをしている のか」とも、身分教養のある相手なら言いたいところだけ するのだから、中宮様もおとどめあそばすことがおできに めす ならない れど、「あの花を盗む人はだれだ。悪いことでしよう。ク テン知らないでいたんだったわ」と言うと、笑って、いよ 関白様の北の方は毎日こちらにお越しで、夜もおいでに いよ逃げて、引っぱって持ち去った。やはり関白様の御心 なり、姫君たちなどもいらっしやるから、中宮様の御前し はすばらしくていらっしやることだ。茎に、花が濡れて丸 は人がたくさん伺候しているので、たいへんよい。宮中か まってついて、どんなに見るかいもなかったことだろうの らの御使いは、毎日参上する。御前の庭の桜は、色はまさ るということはなくて、日など当ってしばんで、はじめの にと見て、わたしは部屋の中に入ってしまった。 との かもんづかさ 掃部司の者が参上して、御格子をお上げ申しあげ、主殿 時にくらべて悪くなるので、情けないのに、雨が夜降った もり にようかん 段 寮の女官がお掃除をすっかりおすませ申しあげてから、中 翌朝は、ひどくかたなしだ。たいへん早く起きて、「泣い 宮様はお起きあそばされたところ、花がないので、「まあ て別れようとする時の顔に、劣るような気がする」と、こ 第 の桜についてわたしが言うのを中宮様がお聞きあそばして 思いもよらないこと。あの花はどこへ消えていったのか」 しまったのだった。「雨が降る気配がしたのは確かね。桜と仰せになる。「明け方、『盗む人がいる』と言う声がした ようだったのは、それでもやはり枝などを少し折るのかと はどうかしら」とおっしやって、お目をおさましあそばさ やしきほう さぶらい

9. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

枕草子 322 しやる中宮様の御様子は、たいへん明るく晴れ晴れしてい たちが、見物できそうな端の所に、八人ほど出てちゃんと きわだ なげし 座っていたのだった。一尺余り、二尺ぐらいの高さの長押るこんな場所では、ふだんよりもう少し際立ってお立派で、 ひたいがみ の上に、中宮様はおいであそばす。大納一言様が「私が立っ御額髪をお上げあそばしていらっしやったのだった釵子の みぐし ために、御分け目の御髪が、少し片寄ってくつきりとお見 て隠して、連れて参上いたしました」と申しあげなさると、 きちょう えあそばしていらっしやるのなどまでが : 。三尺の御几 中宮様は、「どうだったか」とおっしやって、几帳のこち いっそう からめ ら側にお出あそばしていらっしやる。まだ御唐衣もお召し帳一双をたがいちがいに立てて、こちらの女房たちの座と き↓っト - 、つ よこながヘり くれない になったままでおいであそばすのが、すばらしい。紅の御の隔てにして、その几帳の後ろには、畳一枚を横長に縁を なげし からあややなぎがさねうちきえび うちぎめ 打衣が並一通りであろうか。中に唐綾の柳襲の御袿、葡萄出して、長押の上に敷いて、中納言の君というのは、関白 うひょうえかみただきみ じずり うわぎ ぞめ いっえ 染の五重がさねの御表着に、赤色の御唐衣、地摺の唐の薄様の御叔父の右兵衛の督忠君と申しあげたお方の御娘、宰 しよう とみのこうじ おんも ぞうがん 絹に象眼を重ねてある御裳などをお召しになっている。そ相の君というのは、富小路の左大臣様の御孫、それらの二 うしたお召物の色は、全くすべてそれに似るべき様子のも人の女房が、長押の上に座って、お見えになっていらっし やる。中宮様はあたりをお見わたしあそばされて、「宰相 のはない てんじようびと はあちらで座って、殿上人の仲間の座っている所を、行っ 「わたしをどう見るか」と中宮様は仰せになる。「すばら て見よ」と仰せになるので、宰相の君は、それと察して、 しゅうございました」などとも、言葉に出しては、世間あ 「ここで三人、きっととてもよく見られますでございまし りきたりである。「長いこと待ったのかしら。そのわけは、 だいぶ によういん よう」と申しあげると、中宮様は「それでは」とおっしゃ 大夫が、女院の御供の折に着て、人に一度見られてしまっ したがさね って、わたしを長押の上にお召し寄せあそばすので、長押 たその同じ下襲のままで中宮の御供にいようのは、よくな う ひとり の下に座っている女房たちは、一人が「殿上を許される内 いと人がきっと思うだろうとて、ほかの下襲をお縫わせに どねり なったその間、おそくなったのだった。ひどく風流心がお舎人がいるようだ」と笑うと、また一人が「コソアラセム と思っていることよ」と一一 = ロうと、さらにもう一人が「ムマ ありなことよ」とおっしやって、お笑いあそばしていらっ けんぶつ さいし ふた

10. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

みきちょう らしいものですよ」などと、ひたすらせきたてて出仕させ御几帳のほころびの所から、ちらっとのそき込んだ。 のう るので、無我夢中の気持がするけれど参上するのも、ひど 殿ではなくて大納言様が参上あそばしたのだった。御直 さしめき 衣、指貫の紫の色が、雪に映えておもしろい。柱のそばに くつらい。火焼屋の上に雪が降り積っているのも、珍しく 子 ものいみ お座りになって、「昨日今日、物忌でございましたが、雪 おもしろく、中宮様の御前近くには、いつものとおりいろ 草 がひどく降りましたので、どうしておいでか気がかりで」 りの火をたくさんおこして、それにはことさらだれも座っ 枕 なしえ じん ひおけ ていない。中宮様は沈の御火桶、それの梨絵をしたのに向などとおっしやる。「『道もない』と思ったのに、どうして っていらっしやる。上席の女房がお身のまわりのお世話を おいででした」と、中宮様の御応答があるようだ。大納言 おんみ なさったのだったが、そのままおそば近く侍している。次様はお笑いになって、「御身にしみて『あはれと』もおば わたくし すきま える者と私を御覧あそばすかと思いまして」などとおっし の間に、長形のいろりに、隙間なく座っている女房たちが、 ものな からぎめた 唐衣を垂れるように着ている様子が、物馴れて気楽なのを やる御様子は、これよりまさろうものは何があろうか。物 見るのもうらやましく、それらの女房たちは、お手紙を取語にひどく口から出放題に言っている数々のことに、劣ら ないようだなと感じられる。 り次ぎ、立ったり座ったり動作する様子など、遠慮したふ くれないからあやうわぎ うもなく、おしゃべりをし、にこにこと笑 , つ。「いったい、 中宮様は白い御下着幾枚もの上に、紅の唐綾の表着を二 おぐし みやづか いつになったら、あんなふうに宮仕えの仲間にはいりきれっと、白い唐綾とをお召しになっている、それに御髪がか るだろうか」と思うのまで、気おくれをおばえる。奥の方かっておいであそばす御様子などーー絵に描いてあるのを こそは、こうしたことは見るのだがーーー現実にはまだ知ら で三、四人集って、絵など見る者もある。 しばらくたって、先払いが高くかけ声をするので、「殿ないので、夢を見ているような気持がする。 大納一言様が女房とお話をし、冗談ごとなどなさるのを、 が参上なさるようです」と言って、女房たちが散らかって いるいろいろな物を取り片づけなどするので、わたしは、 女房がその応答を少しも恥ずかしいとも思っていないで、 奥に引っ込んでーーとはいえ、見たい気持なのだろう 言い返し申しあげ、ありもしないことなどをお言いかけな ひたきや でほうだい