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検索対象: 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩
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1. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

引歌一覧 441 ( 古今・冬・三一穴壬生忠岑 ) 歌の言葉に即した連想が、忘れようとしている過去をまざ 消ゆらむ 白雪が降って積っている山里では、その雪が消えそうなうえ まざと引き出していく趣である。 に、そこに住んでいる人の心までも消え入りそうなはど心細 飽かざりし君が匂ひの恋しさに梅の花をそ今朝 ともひら ( 拾遺・雑春・一 00 五具平親王 ) い思いであろうか は折りつる そで 名残惜しいと思ったあなたの袖の香が恋しく思われるままに、 「消ゅ」は、雪が消える、人の思いが消え入る、の両義。 たお あの香を思わせる梅の花の枝を今朝手折ってしまった。 物語では、年末の宇治の山里の心細さをかたどる。ただし、 もっと積極的な引歌もありそうだが、かりにこの歌を掲げ物語では、前項の引歌に連接しながら、浮舟の懐旧の念を ておいた。 かたどる。「飽かざりし匂ひ」とは、匂宮のことである。 君がため春の野に出でて若菜摘むわが衣手に雪浮舟が他の花よりも紅梅に心惹かれるのは、匂宮の「飽か 9 1 上 ( 古今・春上・一一一光孝天皇 ) ざりし匂ひ」がしみついているためかと、語り手が推測す は降りつつ そで あなたのために、春の野に出て若菜を摘んでいる私の袖に、 る趣であるが、浮舟の無意識の情動を捉えた行文である。 そで た 雪がちらちら降りかかってくる。 ・・ 5 色よりも香こそあはれと思ほゆれ誰が袖ふれし ( 古今・春上・三三読人しらず ) 「衣手」は袖の歌語。物語では、新春を迎えて、妹尼から宿の梅ぞも 色よりも香こそすばらしく思われる。誰が袖をふれて、その の贈歌に応じた浮舟の歌「雪ふかき・ : 」にふまえられ、長 移り香をわが家のこの梅の花に残したのか。 寿を祈る歌となっている。 ・・ 1 月ゃあらぬ春や昔の春ならぬわが身ひとつはも前出 ( ↓匂宮 3 四七一ハー上段など ) 。物語では、浮舟の独詠歌 ( 古今・恋五・七四七在原業平 ) との身にして 「袖ふれし人こそ見えね・ : 」の歌にふまえられる。前項の 月は昔のままの月なのか、春は昔のままの春なのか。わが身 引歌で、語り手が浮舟の無意識の情動を推測したのを受け 一つだけはもとのまま、変ることとてないが : て、ここでは浮舟自身が「袖ふれし人」匂宮との思い出を ねや はっきり意識している。ここでも、歌の言葉が媒介となる 前出 ( ↓早蕨 3 三六五ハー上段 ) 。物語では、浮舟が「閨のつ ことによって、忘れていたい過去が甦ってくる体である。 ま近き紅梅の色も香」も、過ぎ去った昔に変らぬとして、 この歌を「春や昔の」と想起する。それがさらに次の引歌「色よりも・ : 」の歌が、出家した浮舟の心をなおも揺さぶ おうせ っているといえよ , つ。 表現を呼び起して、往時の匂宮との逢瀬を想起させていく。 ひ

2. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

その言葉にこの歌がふまえられていると、古来注釈に指摘・ -4 ・一 1 晴るる夜の星か河辺の蛍かもわが住む方の海人 4 されてきた。必ずしも引歌としなくともよさそうだが、匂のたく火か ( 伊勢物語・八十七段 ) 宮は名高い歌枕としての地名を紹介したのであるから、歌 晴れた夜空の星であろうか。あるいは河辺の蛍なのだろうか。 いさりび 語 意とは無関係でも、この歌が想起されてよいであろう。 それとも、わが住む方角の漁師の燃す漁火なのか。 物 たちばな 橘は実さへ花さへその葉さへ枝に霜置けまし物語では、宇治川対岸の隠れ家にいる匂宮が「かのわが住 ときはぎ みんごうにつそ ( 岷江入楚 ) 源て常磐木 む方を見やりたまへれば」と遠望する。その趣がこの歌に 橘には実まで花まで、その葉まで霜が置け。今までにもまし よっているか。必ずしも引歌としなくともよいかもしれな て、いよいよ栄える常磐木であるよ。 やましなこはた 出典未詳。『万葉集』には、聖武天皇の作として、下の句 ・・ 3 山科の木幡の里に馬はあれど徒歩よりそ来る君 と・」は 「枝に霜置けどいや常葉の木」 ( 巻六・一 000 とある。万葉時を思へば ( 拾遺・雑恋・一一一四三柿本人麿 ) 代、橘は、その常緑の葉が永遠を象徴するものとして、歌 山科の木幡の里に、馬はあるけれども、私は歩いてやってく る。あなたのことを思うと : によく詠まれた。物語では、匂宮が橘の小島の常磐木が繁 っているのに寄せて、浮舟に「千年も経べき緑の深さを」前出 ( ↓椎本四八二ハー下段など ) 。物語では、匂宮の、浮舟 と言い、「年経ともかはらむものか・ : 」と詠み、変らぬ契への言葉。浮舟に「峰の雪みぎはの氷・ : 」の歌を詠み与え りを誓った。 た匂宮は、その歌に「道はまどはず」と詠んだところから いめかみとこ 8 . -4 ・ 4 ・ 1 犬上の鳥籠の山なる名取川いさと答へよわが名も、この歌を想起して「木幡の里に馬はあれど」と引いた 洩らすな ( 古今・恋三・墨滅歌・一一 0 八読人しらず ) 宇治へは難儀な道中だけれども熱心にやってきたとする、 犬上の鳥籠の山麓を流れる名取川ではないが、浮名を取って匂宮らしい訴え方となっている。 はいけないから、「さあ、存じません」と人には答えてくれ。 ・ 5 恨みても泣きても言はむ方ぞなき鏡に見ゆる影 おきかぜ けっして私の名を言ってくれるな。 ならずして ( 古今・恋五人一四藤原興風 ) し ( き、、らゾ」、つに あの人を恨んでも、また悲しさに泣いても、 前出 ( ↓紅葉賀三七八ハー上段など ) 。物語では、匂宮が浮舟 に仕える侍従らに、自分と浮舟の仲を口外するなとロ封じ も訴えようがない。鏡に映っている自分の姿に対する以外に する言葉として用いられた。

3. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

日のためにこそ、あの人に逢いたいのである。 浮舟 前出 ( ↓須磨 3 三五四ハー下段 ) 。物語では、浮舟の所在をつ 0 ′し 0 、、 11 1 上 恋しくは来ても見よかしちはやぶる神のいさむきとめた匂宮が、その寝所で朝を迎え、何事も命あればこ と、つりゆろ・ る道ならなくに ( 伊勢物語・七十一段 ) そではないかと、なおも逗留を決意する叙述。この歌の 恋しいと思うなら訪ね来てくれ。恋の道とは、神のきびしく 「生ける」の語句から反転して、次に「ただ今出でおはし 禁する道でもあるまいものを。 まさむはまことに死ぬべく思さるれば」の叙述も導かれる。 た 『伊勢物語』では、伊勢の斎宮へ勅使として訪れた男に、 ただし、これを「恋しとは誰が名づけけむ言ならむ死ぬと いがき そこに仕える女が「ちはやぶる神の斎垣も越えぬべし大宮ぞただにいふべかりける」 ( 古今・恋四・六九八清原深養父 ) に 人の見まくほしさに」と詠み与えた、それへの男の返歌と よる引歌表現とみる説もあるが、「生ける」も「死ぬべく」 して詠まれている。「ちはやぶる神の斎垣」「ちはやぶる神も、ともに「恋ひ死なむ」の歌から出た照応表現とみたい。 のいさむる」が、禁じられた恋を表す。物語では、宇治の ・・ 5 春霞たなびく山の桜花見れども飽かぬ君にもあ るかな 覧浮舟のもとへ通いがたいとする薫について、神のいさめよ ( 古今・恋四・六八四紀友則 ) 一りもつらい、としてこの歌を引いている。世間体を気にし 春霞のたなびく山の桜花はいくら見ても見飽きることがない すぎる薫への揶揄もこめられていようか。 が、それと同じようにあなたに逢うことも、どんなに逢って のち . 1 90 1 も見飽きることがないのだ。 恋ひ死なむ後は何せむ生ける日のためこそ人は - ももよ たと 見まくほしけれ ( 拾遺・恋一・六会大伴百世 ) 女の美しさを、霞のたなびく山の桜に喩えた歌。「見れど 恋しさに焦れ死んでしまった後は、何になろう。生きている も飽かぬ」は、『万葉集』で土地ばめなどの讃歌に盛んに 425 引歌二覧 、この「引歌一覧」は、本巻 ( 浮舟 ~ 夢浮橋 ) の本文中にふまえられている歌 ( 引歌 ) で、脚注欄に掲 示した歌をまとめたものである。 一、掲出の仕方は、はじめこ、丨 冫弓歌表現とみられる本文部分のページ数と行数をあげ、その引歌および出 典を示し、以下、行を改めて、歌の現代語訳と解説を付した。 あ あ

4. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

「招ぎ」をもひびかす語。物語では、中将から浮舟へ頻繁浮舟が薫を回想して、「薄きながらものどやかにものした まひし人とする。ここでいう「薄き」は、薫の思い方が 4 にもたらされる消息についていう。この歌の「荻の葉 : ・音 深くないという意であるから、必ずしもこれを引歌としな はしてまし」を底流させながら、「荻の葉に劣らぬほどほ 語 くてもよいかもしれないが、「薄きながらも・ : 」の語気が、 どに」とする。「荻の葉」からその葉ずれの音を想像させ、 物 この歌の文脈に近い 氏さらに「訪れ」の語音をも重ねて律調的になっている。 はっせがはふるかはヘ ふたもと 源 ・・ 6 山鳥のほろほろと鳴く声聞けば父かとそ思ふ母 ・・ 7 初瀬川古川の辺に二本ある杉年を経てまたも あ ( 玉葉・釈教・ = 六一四行基 ) かとそ思ふ 逢ひ見む二本ある杉 ( 古今・雑体・旋頭歌・一 00 九読人しらず ) 山鳥のほろほろと鳴く声を聞くと、父かと思う、あるいは母 初瀬川の古川のほとりの二本杉。年をとったら再び逢おう一一 かとも思 , つのだ。 本杉。 けそう 前出 ( ↓玉鬘団四二七ハー下段 ) 。物語では、浮舟の孤独な手物語では、中将の懸想を避けるべく母尼の部屋に身を隠し た浮舟が、ようやく夜明けを迎え、鶏の声を聞いてほっと 習歌「はかなくて・ : 」にふまえられた。浮舟自身の意識で は、初瀬の地の象徴として「二本の杉」と詠んだにすぎなする。その鳴き声から、「母の御声を聞きたらむは、まし ていかならむ」と思うところに、この歌をふまえた。 かったが、おのずと匂宮と薫との関係を詠んでしまったこ ・・たらちめはかかれとてしもむばたまのわが黒髪 とになる。この手習歌を見つけた妹尼は、その具体的な人 ( 後撰・雑三・一一一四一僧正遍照 ) をなですやありけむ 間関係など知るよしもないが、「二本は、またもあひきこ 母親は、このように髪を削ぎ落して出家せよというつもりで、 えん・ : 」と、あなたには恋人がいたらしいとの冗談を言い 幼いころの私の黒髪を撫でたのではなかっただろうに。 かける。浮舟と妹尼の、「二本杉」をめぐる何気ないやり 詞書によれば、遍照が出家剃髪した時の歌。「たらちめ」 とりが、浮舟を震えあがらせることになった。 ひとへ ・ 1 夏衣薄きながらぞ頼まるる一重なるしも身に近は「たらちね」に同じ、母親の意。物語では、出家を決意 ( 拾遺・恋三・全三読人しらす ) ければ した浮舟が、大事な美しい黒髪を惜しみながら、「かかれ 夏衣は薄いながらも頼もしく思われる。一重であることが、 とてしも」と、この歌を口ずさむ。いよいよ出家となると、 かえって身近で親しいものだから。 慈母の情も顧みられて、感情が複雑に揺れ動く ・・ 2 白雪の降りてつもれる山里は住む人さへや思ひ 夏の薄衣に、男女の仲の親近感を見てとった歌。物語では、

5. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

いかだ 語 ところで、物語の大尾と密接な関係のある巻名「夢浮橋ーの意味するものは何か。「浮橋」は、小舟や筏 つな 氏を繋ぎ集めてその上に板を渡して橋の代用とするものであり、『後撰集』ごろから歌語として用いられ、も 源つばら男女の愛の危機、「中絶え」の不安を託するものであった。たとえば『後撰集』にはこんな歌が見え 男の、女の文を隠しけるを見て、もとのめ ( 本妻 ) の書き付けはべりける四条御息所女 うきはし へだてける人の心の浮橋をあやふきまでもふみ ( 文・踏み ) みつるかな 宇治十帖では、この語とともに「宇治橋ーの語も男女の「中絶え」を暗示する語として用いられているが、 その意味するところは深い。『河海抄』は一説として「夢浮橋」の巻名は、古歌の、 世の中は夢の渡りの浮橋かうちわたしつつ物をこそ思へ に拠ると言っている。「世の中」とは男女の仲の意である。この歌はすこし形を変えながらも薄雲巻や若菜 上巻に引歌として用いられていることは、つとに藤原定家も『奥入』に指摘していることであって、男女の 仲の危うさを浮橋にたとえることは、紫式部の習性でもあった。また定家には、周知のとおり、 春の夜の夢の浮橋とだえして峰に分かるる横雲の空 ( 『新古今和歌集』春上 ) の名歌がある。『源氏物語』末巻は幽艶の美を誇りながら、しかも不安に満ちた男女の愛の世界であること を、彼は知っていたのであった。 しかし問題は残っている。『源氏物語』は、それでは人間の営みのすべてをむなしいものと観じ去ったの ふみ

6. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

どうして訪れないということがあろうか 「雨」は、涙の象徴でもある。『古今集』にも業平の歌とし て収載 ( 恋四・七 0 五 ) 。藤原敏行が業平のもとにいた女に、雨出典未詳。相手に誠意がないから訪ねてくれないのだと難 のために行けないと言ってきたのに対して、業平が女に代じた歌。物語では、浮舟が、匂宮との仲が発覚して身を破 語 って詠んだ歌。物語では、浮舟が薫に贈った「つれづれと滅させるかと危惧する文脈に引かれる。「八重たっ山に籠 るともかならずたづねて、我も人もいたづらになりぬべ 氏身を知る雨の : ・」の歌にふまえられ、雨で来訪がないとは し」と、この歌を裏返して、匂宮は自分がどんな所に隠れ 源わが身のったなさもいよいよ思い知らされるとした。 ても捜し出すだろうから世間のもの笑いになろう、とする。 ・ 7 わびぬれば身をうき草の根を絶えて誘ふ水あら みたらしがは ( 古今・雑下・九三八小野小町 ) ・ 8 恋せじと御手洗川にせしみそぎ神はうけずもな ばいなむとそ思ふ ( 伊勢物語・六十五段 ) りにけるかな どうしようもなく落ちぶれてわが身がいやになっているので、 あの人を恋すまいと御手洗川でみそぎをしてみたけれども、 根がなく漂うほかない浮草のように、誘う水ー誰でも誘って その祈願を神は受けてはくれないのだった。 くれる人さえあれば、どこへなりといっしょに行ってしまお 、つ A 一田じ、つ 前出 ( ↓朝顔団四一八ハー下段など ) 。物語では、母君が「祭、 はらへ 詞書によれば、文屋康秀が三河掾に任じられた時、同行す祓など」と言ったのから転じ、浮舟自身の恋の苦悩をいう。 たけふ ・・ 4 道のロ武生の国府に我はありと親に申し るように誘われて詠んだ歌。「浮き」「憂き」が掛詞。物語 みちのくち ( 催馬楽「道ロ」 ) たべ心あひの風やさきむだちゃ では、薫が浮舟の都への転居を四月十日と決めたのに対し 越の道のロの武生の国府で、この私が無事に暮していると、 て、浮舟が「さそふ水あらばとは思はず : ・浮きたる心地の 親に申してください。気のあったよい風よ、サキムダチャ。 みすれば」と叙述する。この歌に即して、自分は浮草のよ うにはかない身の上だとしながらも、誘う水に身をまかせ「道のロ」は「越の道のロ」の意、越前国。「武生」は今の 福井県武生市、越前国の国府があった。紫式部も父為時が るだけにはすまい 、と己が人生を見つめている。 ・・ 2 白雲の八重立っ山にこもるとも思ひ立ちなば尋越前守として赴任した時、同行した。「心あひの風」は、 ( 紫明抄 ) 気の合う意に、「あいの風」 ( 順風の意 ) の意をひびかせた ねざらめや 白雲が幾重にも重なって立ちのばるような深い山にこもって 一首は、女が親にも知らせず地方に流離する内容。物語で いるとしても、あの人が本当に尋ねようと心に決めたのなら、 は、母といっしょにいたいとする浮舟に、母が、たといあ おの まつり

7. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

わもこ まきばしら 0 ・ワ 1 らなり ( 古今六帖・第五「枕」 ) 我妹子が来ては寄り立っ真木柱そもむつましゃ 独り寝の床にたまっている涙では、重たい石の枕も浮いてし ゆかりと思へば ( 紫明抄 ) まいそうである あの人が来ては寄り添い立っていた真木柱、私にはそれさえ 語 前出 ( ↓須磨 3 三五五ハー下段など ) 。物語では、入水を前にい も親しみ深い。縁故のものと思われるものだから : ・ 物 前出 ( ↓須磨 3 三五三ハー下段など。ただし、第四句「そもむつま 氏よいよ思い乱れて涙にくれる浮舟について、この歌を引き 源ながら「枕のやうやう浮きぬるを」と叙述する。 しき」 ) 。物語では、浮舟の死への悲嘆にくれる匂宮が、薫 ・・ 9 今日過ぎば死なましものを夢にてもいづこをは と対面して、生前の浮舟が向き合っていた相手としての薫 かと君が問はまし ( 後撰・恋二・六四一中将更衣 ) を、親しみ深い真木柱と見立てた。 さっき はなたちばな そで 今日が過ぎたら死んでもよさそうなものを、夢にでも、どこ ・燗・ 3 五月待っ花橘の香をかげば昔の人の袖の香ぞす る を目当てに私の墓を、あなたは訪ねてくれるだろうか。訪ね ( 古今・夏・一三九読人しらす ) てはくれまい 五月を待って咲く花橘の香をかぐと、昔のあの懐かしい人の 袖の香が思い起される。 「はか」は、目当て、墓の両意。物語では、浮舟が入水直 前に匂宮に詠み送った歌「からをだに : ・」にふまえた。 前出 ( ↓花散里三九一ハー上段など ) 。物語では、薫が、もし やしき 「はか」を誰にもはっきり示さずに孤独に死のうとする歌も浮舟が存命ならば今日あたり京の邸に迎えていたものを、 になっている。 と回想する。この歌をふまえて「橘の香のなっかしきに」 とあるが、これに限らず、このあたりの叙述全体にこの歌 の回想の情緒が浸潤している。 わが庵は都のたつみしかそ住む世を宇治山と人 ・燗・ 4 亡き人の宿に通はばほととぎすかけて音にのみ はいふなり ( 古今・雑下・九八三喜撰法師 ) 泣くと告げなむ ( 古今・哀傷・八五五読人しらす ) 前出 ( ↓四二九ハー上段 ) 。物語では、浮舟の死を知った薫の 死んだあの人のいるところを訪ねてもらえるものなら、はと 言葉に「心憂かりける所かな」とあるが、この歌によって、 とぎすよ、私があの人のことを思い出しては、声に出して泣 いてばかりいると、告げてほしいものだ。 宇治すなわち憂き所と思われている。これは、橋姫巻以来 の認識でもある。 「ほととぎす」は、冥土と往来する鳥、あるいは昔を思い

8. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

引歌一覧 別れた後の孤独を詠んだ歌。物語には、匂宮の浮舟に対すする連想が固定されてきたが、ここでは浮舟によってそれ る気持で、「恨みても泣きても、よろづのたまひ明かして」 が自覚された。このあたりから、浮舟は、わが身を憂しと とある。これは、別れた後ではなく、後ろ髪を引かれる思 して運命を痛恨するようになる。 くもゐ いで浮舟のもとを立ち去らねばならない、複雑に動揺する ・・ 6 白雲の晴れぬ雲居にまじりなばいづれかそれと 気持をかたどっている。 君は尋ねむ ( 花鳥余情 ) まゆ ・・川たらちねの親のかふ蚕の繭ごもりいぶせくもあ 私が死んで煙となり、白雲の晴れやらぬ空にまじりこんでし るか妹にあはずて ( 拾遺・恋四人空柿本人麿 ) まったら、どれを私と思ってあなたは尋ねてくれることだろ 親の養っている蚕が繭の中にこもっているように、まったく ゅううつ ひとあ 気が晴れず憂鬱なことよ。あの恋しい女に逢わずにいるもの 出典未詳。死んでは尋ねようもないから生命あるうちに逢 だから。 ってはし、、 の気持をこめた歌。物語では、浮舟の、匂宮 前出 ( ↓常夏 3 三九八ハー上段 ) 。物語では、両親 ( 今上帝と明 への返歌「かきくらし・ : 」の歌の後に付随させた引歌。そ 石の中宮 ) に大事にされている匂宮のことをいう。大事に の歌の「晴れせぬ峰の雨雲に」あたりとも照応しあう。 されるだけに宇治行きもままならぬ窮屈な身の上だ、と宮 『玉の小櫛』は「ほととぎす峰の雲にやまじりにしありと 自身が思う。それを語り手が「かたじけなし」と評するあ は聞けど見るよしもなき」 ( 古今・物名・四四七平篤行 ) を引く たり、やや揶揄的である。 として、「まじりにしとあるを、まじりなばととりなした わが庵は都のたつみしかぞ住む世を宇治山と人る意、いとおもしろし」と説く。また、「行く舟の跡なき はいふなり ( 古今・雑下・九八三喜撰法師 ) 波にまじりなば誰かは水の泡とだに見む」 ( 新勅撰・恋四・九四一 私のあばら屋は都の東南にあって、こんなふうに暮している。読人しらず ) を引歌とする説もある。 その宇治山のことを、世の人々は世を憂しと言うそうである。 ・・川かずかすに思ひ思はず問ひがたみ身を知る雨は 前出 ( ↓橋姫 3 四七七ハー下段など ) 。物語では、薫から「水ま降りぞまされる ( 伊勢物語・百七段 ) さるをちの里人いかならむ・ : 」と詠みかけられた浮舟が、 あなたが私を心から思ってくれているのかいないのか、それ 四手習歌として「里の名をわが身に知れば・ : 」と詠んだ歌に、 を尋ねることができないので、私の運命をよく分ってくれる これがふまえられている。橋姫巻以後、宇治を憂き山里と 雨がいよいよはげしく降っているのだ。

9. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

よさみのおとめ ( 万葉・巻一一・一一 = 四依羅娘女 ) 起させてくれる鳥とされた。物語では、薫が亡き浮舟を追りといはずやも 懐して「宿に通はば」と、ひとり口ずさむ。前項の引歌 帰る日を今日か今日かと私が待っているあなたは、石川の貝 に亠まじっているとい , つでは . ないか 「五月待っ・ : 」の「花橘」とも照応しながら、追懐の場が 形成されている。 題詞によれば、柿本人麿が死んだ時に、妻の依羅娘女が詠 ・・ 5 世の中の憂きたびごとに身を投げば深き谷こそんだ歌。「貝」の文字で記されているが、「峡」の意と解す なきがら ( 古今・雑体・誹諧歌・一 0 六一読人しらす ) 浅くなりなめ る説もある。物語では、薫が、浮舟の亡骸がどこの水底の この世をつらいと思う、そのたびごとに身を投げたとすれば、 貝殻とまじっているのだろう、とする。ただし、ここには 深い谷もきっと浅くなってしまうだろう。 「貝」とはなく、「うっせ」 ( 空になった貝殻 ) とある。 前出 ( ↓タ顔田四四七ハー上段など ) 。物語では、宇治で右近か ・Ⅲ・ 9 人の親の心は闇にあらねども子を思ふ道にまど ( 後撰・雑一・一一 0 三藤原兼輔 ) ら浮舟の実情を聞いた薫が、浮舟の入水に思いをめぐらすひぬるかな 子を持っ親の心は、闇の道を歩いているわけでもないのに、 叙述。自分が放置しなかったら彼女が「深き谷をも求め」 わが子を思って取り乱し、道に迷ってしまうことだ。 ることなどあっただろうか、と思ってもみる。 もと ^ ・ 0 1 11 1 世を厭ひ木の木ごとに立ち寄りてうつぶし染め前出 ( ↓桐壺田四三八ハー上段など ) 。物語では、薫が浮舟を喪 ( 古今・雑体・誹諧歌・一 0 六八読人しらず ) の麻の衣なり った母への弔問に、この歌を引いて同情する。 すみか 私は世を捨てて樹下石上を住処とする身となり、木陰があれ ・・行く先を知らぬ涙の悲しきはただ目の前に落っ わたる ばそこを宿にうつぶしているが、この衣こそうつぶし染めの るなりけり ( 後撰・離別羇旅・一三三四源済 ) 麻の衣というものである。 将来いっ逢えるか分らないと思う、その悲しみの涙が、ただ 目の前にこばれ落ちたのだった。 覧「木の下」は、出家の者が住処とする樹下石上のこと。「う 一つぶし」は、下向きに寝ることと、うつぶし染め ( 僧衣な 前出 ( ↓須磨 3 三五二 ( ー上段など ) 。物語では、薫から厚情あ 歌 どの黒色染め ) のこと。物語では、薫の挨拶に対して、弁ふれる手紙をもらった浮舟の母が、恐縮しながら、この歌 の尼が「うつぶし臥してはべる」と言い、尼の生活に徹し をふまえ、当座は悲しみの涙にくれるばかりで、と応する。 ているとして姿を現さなかった。 草枕紅葉むしろにかへたらば心をくだくものな あ らましゃ ( 後撰・羇旅・一三六五亭子院 ) ・Ⅲ・ 1 今日今日と我が待っ君は石川の貝に交じりてあ きめ うしな

10. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

一 ^ うち 心より外に世にありと知られはじむるをいと苦しと思す心の中をば知らで、男てくれるな、と前歌を切り返した。 一六浮舟の歌として取り次ぐ趣。 宅以下、簾中の尼たちの反応。 君をもあかず思ひ出でつつ恋ひわたる人々なれば、女房「かく、はかなきつい 「知らで、男君をも : ・」に続く。 ニ 0 ほか でにも、うち語らひきこえたまへらむに、、いより外に、世にうしろめたくは見天浮舟の心内を察知せす。 一九亡き姫君のことはもちろん、 な ) け えたまはぬものを。世の常なる筋に思しかけずとも、情なからぬほどに、御答昔の婿の中将のことをも。 ニ 0 女君 ( 浮舟 ) の意思に背いて、 中将は油断のならぬふるまいは決 へばかりは聞こえたまへかし」など、ひき動かしつべく言ふ。 してしないお方なのに、の意。 さすがに、かかる古代の心どもにはありつかず、いまめきつつ、腰折れ歌好三世間並の色恋沙汰には受け取 らすとも、人情の分る程度に ニ四 かたぎ ましげに、若やぐ気色どもは、、 しとうしろめたうおばゅ。限りなくうき身なり一三年寄の昔気質とは不似合いに。 昔の女房気質のままに、の意。 けりと見はててし命さへ、あさましう長くて、いかなるさまにさすらふべきなニ三下手な歌。 ニ四浮舟は、誰かが強引に中将を な す らむ、ひたぶるに亡きものと人に見聞き棄てられてもやみなばやと思ひ臥した手引しかねないと不安である。以 下、己が悲運の身を思う。 一七七ハー注天。 まへるに、中将は、おほかたもの思はしきことのあるにや、いといたううち嘆ニ五↓ ニ六「山里は秋こそことにわびし ニ六 ね けれ鹿の鳴く音に目をさましつ 習きつつ、忍びやかに笛を吹き鳴らして、中将「鹿の鳴く音に」など独りごっけ つ」 ( 古今・秋上壬生忠岑 ) 。 毛昔の妻との思い出。 はひ、まことに、い地なくはあるまじ。中将「過ぎにし方の思ひ出でらるるにも、 手 ニ ^ 今から思いを寄せてくれそう かた なかなか心づくしに、今はじめてあはれと思すべき人、はた、難げなれば、見な方とて、いそうにないので。暗 、浮舟の冷淡さをいう。 やまぢ えぬ山路にも、え思ひなすまじうなん」と、恨めしげにて出でたまひなむとすニ九↓賢木一五九ハー注 = 五の歌。 けしき ニ•P ふ ニ九