殿上人 - みる会図書館


検索対象: 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡
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1. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

( 原文四五ハー ) いては、そう言われる人のことを、お喜びあそばすのもお と、殿上人は、「ああしたことには、何の応対をしましょ う。なまじなことはひどくかえってぶざまでしよう。殿上もしろい しゅじよう の間でも、この話で大騒ぎでしたから、主上もお聞きあそ 一四一円融院の御果ての年 ばして、おもしろがっておいであそばしました」と話す。 もふく えんゅういんりようあん 円融院の諒闇が明けた年、だれもが御喪服を脱ぎなどし 頭の弁も一緒に、繰り返し繰り返し同じことを吟誦して、 て、しんみりとしたことを、宮中をはじめとして、院にお たいへん明るく晴れやかな様子なので、ほかの女房たちも 一ろも へんじよう 出て来て見ている。殿上人や女房たちが、思い思いに、何仕えする人も、「花の衣に」などと、遍昭が詠んだという 昔の世の御事などを、思い出すのに、雨がひどく降る日に、 か話し合って、さて殿上人たちは帰るということで、やは おのわらわ とうさんみ つぼねみのむし さえもん り同じことを声を合せて吟誦して、左衛門の陣に入るまで、藤三位の局に、蓑虫のようなかっこうをした大柄な男童が、 たてぶみ けず 白く削った木に、立文をつけて、「これを差しあげましょ その人たちの声がわたしの耳に聞えた。 きょ しゅじよう みようぶ う」と言ったので、取次の女房が、「どこからですか。今 翌朝、たいへん早く、少納言の命婦という人が、主上の しとみ ものいみ うあす 日明日は御物忌なので、御蔀もお上げしないのですよ」と お手紙を中宮様に差しあげた時に、ついでにこのことを申 し つばね いうことで、下の方は閉めてあるままの蔀の上から、立文 しあげたので、中宮様は、局におりているわたしをお呼び を受け取って、藤三位に、これこれなどとは、お聞かせ申 寄せになって、「そんなことがあったのか」とおたずねあ しあげるけれど、「物忌だから、見るわけにはいかない」 段そばすので、「知りません。何とも意識しないでロに出し なげし ゆきなりあそん ということで、長押の上に突きさして置いたのを、翌朝手 ましたのを、行成の朝臣がそんなふうにわざとこしらえて を洗い清めて、「その巻数を」と、取るのを頼んで、伏し 受け取ったのでございましようか」と申しあげると、中宮 しきし くるみ おが 第 様は、「わざとこしらえて受け取ったとしても」と、にこ拝んであけたところが、胡桃色という色紙の厚ばったいの LO を、変だと見て、段々あけてゆくと、年とった法師のひど にこしておいであそばす。中宮様は、お仕えする女房のだ く変ったくせの強いような者の筆跡で、 れのことをでも、殿上人がほめたとお聞きあそばすのにつ

2. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

くれたけ 情けなくつらかったでしようのに。今後もそんなふうに頼れるのは、呉竹の枝だったのだ。「おお。この君だったの てんじようびと みにし申しあげましよう」などとおっしやってそのあとで、 ですね」と言ったのを聞いて、殿上人たちは「さあ。これ つねふさ 経房の中将が、「頭の弁はひどくおほめになるとか。知っ を殿上の間に行って話そう」というわけで、中将、新中将、 子 くろうど ていますか。先日のわたしへの手紙のついでに、この間の 六位の蔵人たちなどそこにいた人たちは、去った。 草 ことなどを書いていらっしやる。わたしの思いを寄せてい 頭の弁は、あとにお残りになって、「去って行った者た る人が、人にほめられるのは、ひどくうれしいこと」など ちはいったいどういうわけなのかな。お庭の竹を折って、 しきみぞうし と、まじめにおっしやるのもおもしろい。「うれしいこと歌を詠もうとしたのだが、『同じことなら、職の御曹司に が二つ到来しました。あの方がおほめくださっているとい 参上して、女房などを呼び出して詠もう』と言ってやって うことですのに、また、あなたの思う人の中にはいってお来たのに、呉竹の名を、すばやく言われて退散したのこそ、 りましたのでしたよ」などとわたしが言うと、「そんなこ おもしろい。あなたはいったいだれの教えをわきまえて、 とをば、珍しく、今はじめてのことのようにもお喜びなさ普通、人が知りそうもないことを言うのだ」などとおっし ることよ」とおっしやる。 やるので、「竹の名とも知らないで言ったものをも、優雅 だというふうにお思いになってしまっているのでしよう」 一四〇五月ばかりに、月もなくいと暗き夜 と言うと、「それがほんとうだ。知ることはできまいに」 などとおっしやる。 五月ごろのこと、月もなくたいへん暗い晩、「女房がた はお仕えしておいでですか」と大勢の声で口々に言うので、 まじめな話などを、わたしと一緒にして座っていらっし ぎんしよう 中宮様が、「出て見なさい。いつになく騒がしく言うのは やると、殿上人たちが「この君と称す」という詩を吟誦し て、また集って来たので、頭の弁が「殿上の間で話して、 だれか」と仰せになるので、出て「これはだれですか。た ギ一ようさん いへん仰山で、きわだっているお声は」とわたしが言うの予定した本来ののぞみもかなわなくて、どうしてお帰りに に、何も言わないで、御簾を持ち上げて、がさっと差し入なってしまったのです。ひどく妙でしたよ」とおっしやる とう

3. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

谷ッ 一 0 ・ 0X00 0 一 0- 0 ( 0 本書一三八段に相当する。中 ~ 呂定 子は、長徳元年 ( 発五 ) 九月十日故 関白道隆供養の法会を職の御曹司 において行われた。ここは供養の 後の酒宴の場面である全体はは ェックス ば x 形に区切られ明央な構図とい えよう。裳・唐衣姿で控える女房 たちに向い、束帯姿の四人の殿上 人が居並んでいる。酒杯を手にし た殿上人の前には、職の武官と思 われる人物が、片ロの銚子を持っ て対するのも見える左上の屏風 で囲われた部分が中宮の御座所で あろ、つか、そこに中宮の姿はな 中宮は障子を開いて左端の女 房の方にわすかに顔をのぞかせて

4. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

さいゐんゑんが すだれ ゐはり立ちあがりなど、暑く苦しく待ちこうずるほどに、斎院の垣下にまゐり一車の中で座ったまま簾を押し 張ったり。 ななへやヘ四 かた てんじゃうびとところのしゅう こん たる殿上人、所衆、弁、少納言など、七重八重引きつづけて、院の方より走 = 「困す」の仮名表記。 きようえん 三斎院において饗宴が行われる 子 時の相伴の役。 らせて来るこそ、「事なりにけり」とおどろかれてうれしけれ。 草 四車を引き続けて、とみる。 すいはん 五斎院の方向から。 枕殿上人の物言ひおこせ、所々の御前どもに、水飯食はせて、桟敷のもとに、 六行列が始ったのだった。 ぎふしき 馬引き寄するに、おばえある人の子どもなどは、雑色などはおりて、馬のロなセ私の所に殿上人が物を言って よこしたり。 一ぜんく ^ しかるべき所の御前駆の者た どとてをかし。さらぬ者の、見も入れられぬなどぞいとほしげなる。 ち。「所々のを「食はせ」の主語と み - 一し みることもできる。 御輿のわたらせたまへば、簾をある限り取りおろし、過ぎさせたまひぬるに、 九夏に用いる水漬けのご飯。 一 ^ まへ まどひありくもをかし。その前に立てる車は、いみじう制するに、「などて立一 0 物見のために道に設けられた 一九 仮の建物。この前後の文脈不審。 し せうそこ しとわづらひて、消などするこそ、をか = 御前駆どもが招きに応じて桟 つまじきぞ」と、強ひて立つれば、、 敷のもとに馬を引き寄せ。 一ニ声望のある人の子息たちなど しけれ。所もなく立ち重なりたるに、昨日のところの御車、人だまひ引きつづ かんだちめ に対しては、の意か。上達部の前 きておほく来るを、いづくに立たむと見るほどに、御前どもただおりにおりて、駆などは四位五位もっとめたとい う。一説、斎王の御前駆 一三桟敷にいる殿上人の下僕。 立てる車どもを、ただのけにのけさせて、人だまひつづきて立てたるこそ、 一四「とりて」の誤写とみる。御前 かた とめでたけれ。追ひのけられたるえせ車ども、牛かけて、所ある方へゆるがし駆のものの馬の世話をする。 一五それほどでもない前駆。 み・一し もて行くなど、 いとわびしきなり。きらきらしきなどは、えさしも押しひしが一六斎王の御輿。 かさ すだれ ニ 0 さじき 五 げばく

5. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

なかろうと思って出かけたところが、自分のよりもっとす気の毒な感じだ。 2 ばらしい車などを見つけては、何だって出て来たのだろう 斎院の御輿がお通りあそばされると、上げてある簾をあ など感じられるのに、ましてそんな見すばらしい車の主は りったけの車が全部おろし、お通り過ぎあそばされてしま 子 どんな気持で、そうやって見ているのだろう。 うと、大騒ぎしてあたふた動きまわるのもおもしろい。自 草 まちくだ 街を下ったり上ったりして歩きまわる君達の車が、ほか分の前に立っている車は、そんな所に立てるなとひどく止 くるまぞ の車を押し分けて、自分の近くに立っ時などこそ、胸がどめるのに、車副いの者が「どうして立ててはいけないこと ′一ういん きどきするものだ。よい場所に車を立てようと供の者が急があろうか」と、強引に立てるので、とても困って、車の あいだ あ がせるので、朝早く家を出て待っ間がとても長いので、車主に申し入れなどするのこそ、おもしろい。車が空いた場 すだれ の中で座って簾を押し張ったり、立ちあがったりなどして、所もなく重ねて立ててあるのに、昨日ノトコロの御車、そ しようばん さいいん 暑く苦しくて待ちくたびれている折に、斎院の饗のお相伴れに、そのお供の車が後に引きつづいてたくさん来るのを、 くろうどどころしゅう てんじようびと ぜんく に参上している殿上人や、蔵人所の衆、弁官、少納言など どこに立つだろうかと見るうちに、御前駆たちがどかどか ななえ が、七重にも八重にも車を引きつづけて、斎院の方角から と馬からおりて、以前から立っているいくつもの車を有無 走らせて来るのこそ、「行列がすでにはじまったのだった」を一言わさずのけさせて、お供の車までもつづいて立ててい と思わずはっと気がついてうれしいものだ。 るのこそは、とてもすばらしい。追い払われたいくつかの わたしの車に殿上人が物を言ってよこしたり、あちこち粗末な車は、はずしてあった牛をかけて、場所が空いてい すいはん ごぜんく のお方の御前駆の者たちに水飯をふるまって、そのために る方へゆるがして持って行くのなど、ひどくみじめなもの 桟敷のもとに、前駆の者たちが馬を引き寄せると、その中だ。輝かしく堂々とした車などに対しては、そんなにも無 の世間に声望のある人の子息たちなどに対しては、殿上人理に押しつぶすことはできないのだ。見たところとてもき いなか ぞうしき の雑色などは桟敷からおりて、馬のロなどを取って、おもれいな感じではあるけれど、一方田舎じみて妙なふうで、 すだれ しろい。そうではない者が、見向きもされないのなどこそ召使をも絶えす呼び寄せたり、幼児を簾の外に出して座ら のば みこし

6. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

枕草子 272 に、夜も寝ていると、古い建物なので、むかでという物が、れないでそれを心得て応答するのは、おもしろいことであ 一日中落ちかかってきたり、蜂の巣の大きくて、それに蜂るその中でも、女房などこそはそのような物忘れはしない ものだけれど、男はそうでもない。自分が詠んだ歌をさえ がくつついて集っているのなどが、なんともひどく恐ろし てんじようびと いいかげんに覚えているのが普通なのに、斉信の君の物覚 、。殿上人が毎日参上し、夜もここに座ったままで明かし、 えのいい御返事はほんとうにおもしろい。御簾の中にいる わたしたち女房と話をするのを聞いて、「秋ばかりにや、 ぎん だいじゃうくわん 太政官の地の、今やカヰにならむ事を」と声に出して吟女房たちも、外にいる男がたも、何のことか意味がわから し・よう・ ないと思っているのこそ、もっともなことであるよ。 誦していた人こそおもしろかった。 てん ほそどの というのは、この三月の三十日、細殿の第一の戸口に殿 秋になっているけれど、秋のくるという片方の道も涼し じようびと くはない風の、場所柄で、ここはあるようである。それで上人がたくさん立っていたのだが、だんだん静かに退出し とう くろうど もやはり、虫の声などは聞えている。八日に中宮様はお帰などして、ただ頭の中将、源中将、それに六位の蔵人一人 たなばたまつり が残って、いろいろの事を話し、経を読み歌をうたいなど りあそばされたので、七夕祭などの催しで、いつもよりは するのに、「夜もすっかり明けてしまったようだ。帰ろう」 庭が近く見えるのは、場所が狭いからなのであるようだ。 わか と言って、「露は別れの涙なるべし」ということを、頭の げん 一六六宰相中将斉信、宣方の中将と 中将が吟じ出しなさっているので、源中将も一緒に、とて ぎんしよう たなばた さいしよう ただのぶ のぶかた もおもしろく吟誦している時に、「気の早い七夕ですこと」 宰相の中将斉信が、宣方の中将と参上していらっしやる あかっき とわたしが言うのを、ひどくくやしがって、「暁の別れと ので、女房たちが端に出てお話などしている時に、わたし おもむき がだしぬけに、「あしたはどのような詩を」と言うと、斉 いった趣が、ふっと頭に浮んできてしまったままに言って、 みじめなことになったな」と、「万事このあたりでは、こ 信の君は少し思案して、つかえることもなく、「『人間の四 うしたことをよく気をつけないで言うのは、くやしい目に 月』をこそ吟じよう」と応答なさっているのは、とてもお としつき もしろかったことよ。年月の過ぎたことであるけれど、忘あいますね」などと言って、あたりがあまり明るくなって ( 原文七三ハー ) はち げん

7. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

かたうど しいらへたるとて、「すべて物聞えず。方人とたのみきこゆれば、人の言ひふちの治安一一年 ( 一 0 = 一 l) のことで疑わ しい。三巻本「閑院の左大将」。 = 当時「うち臥しの巫女」という るしたるさまに取りなしたまふ」など、いみじうまめだちてうらみたまふ。 巫女がいたことが『大鏡』『今昔物 。、かなる事をか聞えつる。さらに聞きとめたまふ事なし」など語集』などに見える。同一人物か。 一ニ『紫式部日記』に、藤原実成の 言ふ。かたはらなる人をひきゅるがせば、「さるべき事もなきをほとほり出で舞姫の付添として見える人物か。 一三左京の親「うち臥し」に「打ち たまふ、やうこそあらめ」とて、はなやかに笑ふに、「これもかの言はせたま臥して」をかけてからかったもの。 一四「なり」は伝聞。 一五自分の味方をしてくれる人。 ふならむ」と、いと物しと思へり。「さやうにさやうの事をなむ言ひはべらぬ。 一六以前から世間の人が ( 私が左 のち 人の言ふだににくきものを」と言ひて、引き入りにしかば、後にもなほ、「人京に通うと ) うわさをしていると 同じふうに事を解釈なさる。 てんじゃうびと に恥ちがましき事言ひつけたる」とうらみて、「殿上人の、笑ふとて、言ひ出宅本当に「横になる」の意味だけ で言ったのだと言いのがれた。 ひとり でたるなり」とのたまへば、「さては一人をうらみたまふべくもあらざンなる天自分の加勢をさせようと。 一九かんかんに怒る意。 ニ 0 悪口を言うのは。 に、あやし」など言へど、その後は絶えてやみたまひにけり。 三むりにこじつけて言う。 一三殿上人が、そう言えば人が笑 段 うだろうというわけで、でたらめ 一六七昔おばえて不用なるもの を言い出したのだ。 ニ三私との交際。 からゑ ふよう うげん たたみふ 昔おばえて不用なるもの繧繝ばしの畳の旧りて、ふし出で来たる。唐絵の = 四昔は立派だったが、今は役に 立たぬもの。 ニ五 ぢずりも 7 びやうぶおもて 屏風の表そこなはれたる。藤のかかりたる松の木の枯れたる。地摺の裳の花か一宝縹色があせたの。 「あなあやし 一八 きこ 一九 はなだ

8. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

枕草子 322 しやる中宮様の御様子は、たいへん明るく晴れ晴れしてい たちが、見物できそうな端の所に、八人ほど出てちゃんと きわだ なげし 座っていたのだった。一尺余り、二尺ぐらいの高さの長押るこんな場所では、ふだんよりもう少し際立ってお立派で、 ひたいがみ の上に、中宮様はおいであそばす。大納一言様が「私が立っ御額髪をお上げあそばしていらっしやったのだった釵子の みぐし ために、御分け目の御髪が、少し片寄ってくつきりとお見 て隠して、連れて参上いたしました」と申しあげなさると、 きちょう えあそばしていらっしやるのなどまでが : 。三尺の御几 中宮様は、「どうだったか」とおっしやって、几帳のこち いっそう からめ ら側にお出あそばしていらっしやる。まだ御唐衣もお召し帳一双をたがいちがいに立てて、こちらの女房たちの座と き↓っト - 、つ よこながヘり くれない になったままでおいであそばすのが、すばらしい。紅の御の隔てにして、その几帳の後ろには、畳一枚を横長に縁を なげし からあややなぎがさねうちきえび うちぎめ 打衣が並一通りであろうか。中に唐綾の柳襲の御袿、葡萄出して、長押の上に敷いて、中納言の君というのは、関白 うひょうえかみただきみ じずり うわぎ ぞめ いっえ 染の五重がさねの御表着に、赤色の御唐衣、地摺の唐の薄様の御叔父の右兵衛の督忠君と申しあげたお方の御娘、宰 しよう とみのこうじ おんも ぞうがん 絹に象眼を重ねてある御裳などをお召しになっている。そ相の君というのは、富小路の左大臣様の御孫、それらの二 うしたお召物の色は、全くすべてそれに似るべき様子のも人の女房が、長押の上に座って、お見えになっていらっし やる。中宮様はあたりをお見わたしあそばされて、「宰相 のはない てんじようびと はあちらで座って、殿上人の仲間の座っている所を、行っ 「わたしをどう見るか」と中宮様は仰せになる。「すばら て見よ」と仰せになるので、宰相の君は、それと察して、 しゅうございました」などとも、言葉に出しては、世間あ 「ここで三人、きっととてもよく見られますでございまし りきたりである。「長いこと待ったのかしら。そのわけは、 だいぶ によういん よう」と申しあげると、中宮様は「それでは」とおっしゃ 大夫が、女院の御供の折に着て、人に一度見られてしまっ したがさね って、わたしを長押の上にお召し寄せあそばすので、長押 たその同じ下襲のままで中宮の御供にいようのは、よくな う ひとり の下に座っている女房たちは、一人が「殿上を許される内 いと人がきっと思うだろうとて、ほかの下襲をお縫わせに どねり なったその間、おそくなったのだった。ひどく風流心がお舎人がいるようだ」と笑うと、また一人が「コソアラセム と思っていることよ」と一一 = ロうと、さらにもう一人が「ムマ ありなことよ」とおっしやって、お笑いあそばしていらっ けんぶつ さいし ふた

9. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

て、横の方から雪を吹きかけるので、少し傾いて歩いて来 ふかぐっ 二四七五六月のタがた、青き草を る深沓や、半靴などのきわまで、雪がとても白くかかって いるのこそおもしろい 五、六月のタがた、青い草を、ホウにきちんと切って、 赤い着物を着ている男が、小さい笠をかぶって、左右にと 二四四細殿の遣戸を押しあけたれば てもたくさん持って行くのこそ、むやみにおもしろい感じ ほそどのやりど がする。 細殿の遣戸を押しあけたところ、御湯殿の馬道からおり のうし さしめき てくる殿上人が、萎えている直衣、指貫を、ひどくほころ 二四八賀茂へ詣づる道に びているので、押し込みなどして、北の陣の方向に歩いて さんけい かも 行くのに、あいている遣戸の前を通り過ぎないうちは、纓 賀茂へ向って参詣の途中で、女たちが、新しい折敷のよ たら を前に垂して、顔にふさいで通り過ぎてしまうのもおもし うな物を笠としてかぶって、たいへんたくさん立っていて、 歌をうたい、起きたり伏したりするように見えて、ただ何 をするということもなくて、後ろの方に行くのは、いオ ほととぎす 二四五ただ過ぎに過ぐるもの い何のためなのだろうか、おもしろいと見るうちに、郭公 ひたすら過ぎに過ぎて行くもの帆をあげている船。人のことをひどくぶしつけにうたう声は不愉快だ。「郭公よ。 きさまよ。きやつよ。きさまが・くから、おれは田に立 段の年齢。春、夏、秋、冬。 つ」とうたうので、しまいまでも聞かない。いったいどう 二四六ことに人に知られぬもの した人が、「いたく鳴きてぞ」と歌に詠んだものだろう。 、つぐいす・ なかただ 第 とりわけて人に知られないもの人の女親の年とってい 仲忠の子ども時代の生立ちを言いけなす人と、「鶯には くえにち 郭公は劣っているよ」と言う人こそは、ひどく情けなくに るの。凶会日。 くらしい。鶯は夜鳴かないのが、ひどく劣っている。すべ な めどう えい かさ おしき

10. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

てんじゃうびとうへ にがしがとある事、かかる事ーなど、殿上人の上など申すを聞けば、なほいと、 さぶらな へんぐゑ 変化のもの、天人などのおり来たるにゃなどおばえてしを、候ひ馴れ、日ごろ三神仏妖怪などが、仮に人の姿 となって現れるもの。 、とさしもなきわざにこそありけれ。かく見る人々も、家のうち出 過ぐれば、し でそめけむほどは、さこそおばえけめ。とかくしてもて行くに、おのづから面 一三中宮様が。 馴れぬべし。 一四「ひる」は上一段他動詞。多く は「鼻ひる」で、くしやみをする意 物など仰せられて、「われをば思ふや」と問はせたまふ。御いらへに、「いか となる。中古ではよくないことの だいばんどころかた にかは」と啓するに合はせて、台盤所の方に、鼻をいと高くひたれば、「あな前兆とされた。 一五次の「心づきなし、と」と並ん 、ご」ろ、つ ごと 心憂。そら言するなりけり。よしよし」とて入らせたまひぬ。「いかでかそらで「おばゆれば」にかかる。 一六「薄様に」の「に」を仮に「薄様 なり」の連用形とみなす。 言にはあらむ。よろしうだに思ひきこえさすべき事かは。鼻こそはそら言しけ 宅中宮の歌。「空に」は、天にの れ」とおばゅ。「さてもたれかくにくきわざしつらむ」と、「おほかた心づきな意に、証拠なしにの意をかける。 「ただす」は、罪の有無を判断する ただす し」とおばゆれば、わがさるをりも、押しひしぎ返してあるを、ましてにくし意に、下鴨の糺の森の神をかける。 段 「せば : ・ましは仮想。糺の神が、 と思へど、まだうひうひしければ、ともかくもえ啓しなほさで、明けぬればお人にくしやみをさせたからこそ、 証拠はないものの、嘘であること あさみどりうすやう 第 がわかった、の意。『大和物語』 りたるすなはち、浅緑の薄様に、艶なる文を持て来たり。見れば、 ただす 「いつはりを糺の森のタだすきか けてを誓へわれを思はば」を敷く。 「いかにしていかに知らましいつはりを空にただすの神なかりせば えん ふみも そら おも