気持 - みる会図書館


検索対象: 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩
222件見つかりました。

1. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

とができないらしいと、胸を痛めずにはいらっしゃれない。 産をする所へ出かけていたのが戻ってきていたので、安心 恨み言を訴えもし、また泣いてみせたりもして、夜通しあ して宮のお手紙を見ているわけにもいかない。母君も、女 れこれと仰せになり、まだ夜明けには間のある時刻に女君君が今はこのように普通ではない暮しをしているけれど、 を連れてお帰りになる。お越しのときと同じく女君をお抱ただあの大将殿がどのように扱ってくださるかと、それだ きになっていらっしやる。「あなたがたいせつに思ってい けを当てにして心を慰めていたところへ、表だった形では 、らっー ) やっ 0 、らーしい 4 わ亠力は、、き、、か , 」 , っ士「、は 1 レ寺 ( 、丁・ 6 い ないにしても近い所へ引き取ろうというおつもりになった わたしの気持がよくお分りになりましたか」とおっしやる のだから、それならほんとに格好もっくことだし、こんな と、 いかにもと思ってうなすいている女君の様子がまこと ありがたいことはないと思って、おいおいと女房を捜し求 めのわらわ にいじらしく感じられる。右近は妻戸を開けてお入れ申しめたり、女童の見苦しくないのなどを雇い入れて、宇治の やしき あげる。宮は、そのままこの戸口から別れてお立ち出でに 邸へおよこしになる。女君ご自身のお気持にも、そうして なるにつけても、限りなく悲しいお気持である。 いただくのがしかるべき筋と初めからその日を心待ちにし てきたのにとは思うものの、あの一途に無理を押し通そう 〔一九〕匂宮帰京後病臥こうしたお忍び歩きのお帰りには、 宇治で上京の準備進むやはり二条院にお戻りになる。じっ となさる宮の御事を思い出すと、恨み言をおっしやったご さいご気分がおわるくて、お食事などもまるでおとりにな様子や、そのお言葉のあれこれがまざまざと目先に浮んで ゅめまくら らず、日がたつにつれて青白くおやつれになり、ご様子も きて、少しうとうとすると、その御面影がいつも夢枕にお 舟 普通ではないので、主上をはじめどなたもみなご心痛でい 立ちになるので、我ながらまったく情けなくさえ思わずに はいられない らっしやって、ますます騒がしく落ち着かない有様である 浮 から、宮は女君へのお手紙さえもこまごまとはお書きにな 三 0 〕匂宮と薫から文あ雨が降りやまずに何日も続くころに り浮舟の悩み深し 1 らない なると、宮は山路を越えてのお通い 宇治の女君のほうでも、あのこうるさい乳母が、娘のお もおあきらめになって、たまらなく恋しいお気持になられ つまど めのと

2. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

まだお気持もさつばりしないご様子で寝殿のほうへお越し ついでがありさえすれば、大将が自分は謹直な人間だとい になった。大宮のお手紙には、「昨日はどんなに心配であわんばかりにふるまい、またそれを口になさるのをいまい ったことか。ご気分がおわるかった由ですが、もうよくな ましくお思いになって、何のかのとけちをおつけになるの 語 さん」い 物られたのなら参内なさい。長らくお顔を見ないのですか だから、今日は、大将のこうした秘密を見つけだしたのを、 氏 ら」などようにお申しあげあそばすので、お騒がせ申すのどのようにでもおっしやりたいところだったろうが、しか 源 はつらいけれど、宮は真実ご気分もおわるいようなので、 し、宮はそうした冗談事もお口にはなさらず、まことに苦 かんだちめ その日は参内なさらない。上達部たちが大勢お見舞にまい しそうにお見受けされるので、大将は、「困ったことでご られるけれども、御簾の中で一日じゅうお過しになる。 ざいますな。さしておわるいといったご病状でもなく、そ 〔一巴匂宮、病気見舞にタ方になって、右大将が参上なさる。れでいて何日もはっきりいたしませんのは、ほんとによく 来訪の薫と対面する宮は、「どうぞこちらへ」とおっし ないことでございます。どうぞお風邪を十分にお手当てな ねんご やって、くつろいだお姿のままご対面になる。「ご気分が さいますよう」などと、懇ろにお見舞い申しあげておいて おわるくいらっしやるとのことでございましたので、大宮 お帰りになった。なんと気のひけるようなお人よ、このわ ひと も、じつにご心配あそばされまして。どのようなお具合で たしの様子と比べてみて、あの宇治の女はどう思っただろ いらっしゃいますか」と大将はお尋ね申される。宮は、そ うなどと、宮は何につけても、ただ宇治の女君のことばか の大将のお顔を見るなりいっそうお胸が騒いで、あまり多りを時の間も忘れずに思い出していらっしやる。 くをおっしやらず、お心のうちに、「この人は聖僧ぶって その宇治では石山参詣も中止になって、まことに所在な いるとはいうものの、思えば途方もない山伏心というもの い日々である。宮のお手紙には、じつにたいそうなことを かれん よ。あれほど可憐な人をああして放っておき、悠長にかま いろいろとたくさん書いてお持たせになる。それさえも不 えて、長い月日を待ちかねさせているとは」とお思いにな安なお気持なので、時方とお呼びになっていた大夫の従者 っている。いつもなら、さほどのことではなくても何かの で何も事情を知らぬ者をお遣わしになるのだった。右近は、 ( 原文三八ハー )

3. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

じようず こうちき 、。ほんとにお裁縫がお上手なのですから」と言い、小袿「それにしても、お思い出しになることがたくさんおあり ひとえ の単衣をお渡しするのを、どうにもたまらないお気持にな でしように、どこまでも隠しだてをなさるのが情けのうご られて、気分がわるいからといって手も触れずに臥せって ざいます。私はこうした世間の人の着物の色合いのことな いらっしやる。尼君は、この急ぎの縫い物を捨ておいて、 どは久しく忘れてしまっておりますので、上手には仕立て 「どんなご気分なのです」などと心配していらっしやる。 られませんが、それにつけても亡き娘が生きていてくれた くれないひとえ うちき 紅の単衣に桜の織物の袿を重ねて、「あなたにはこうした ら、などと思い出すのでございます。あなたにも、こんな お召し物をお着せ申したかったのでした。なんとも情けな ふうにお世話申されたお方が、この世にいらっしやるので すみぞめ い墨染ですもの」と言う人もいる。女君は、 はないでしようか。私のように目のあたりに娘を死なせて あま′ ) ろも そで 尼衣かはれる身にゃありし世のかたみに袖をかけてし しまった者でさえ、やはりムフごろはどこにいるのかしら、 のばん せめてどこそこと尋ねあてるくらいはしたいと思わずには ゆくえ ( 尼衣の姿に変りはてたこの身に、このはなやかな袖をうち いられないのですから、あなたの行方が分らずに心配申し しの かけて在俗のころの昔を偲ぶことにしようか ) ていらっしやる方々もございましょ , つに」とおっしやるの と書いて、「なんとつらいことか、この世のことは何によ で、女君は、「俗世におりましたころまでは一人はいらっ らずいっか知れわたってしまうものだから、この自分が亡しゃいました。ここ幾月の間にもう亡くなられたかもしれ くなりでもしたあとに、あれこれと聞き合せたりなどして、 ません」と言って、涙の落ちるのを隠すようにして、「な みもと 習 ああまで人を遠ざけ身許をひた隠しにしていたのかと思う まじ思い出すにつけても、かえってつらくてたまらない気 かもしれない」などとあれこれ思い乱れては、「過ぎ去っ持になりますので、申しあげようにも申しあげられないの 手 たことはすっかり忘れておりましたが、このようなお仕立でございます。なんの隠しだてをいたしましよう」と、言 葉少なにお言いつくろいになった。 て物をご用意なさいますにつけて、なんとなくもの悲しい 気持でございます」とおおらかにおっしやる。尼君が、

4. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

な女を相手にそうした色めいたことをなさるのだったらとれで、これといったこともなくご気分がおわるいのであろ 2 もかく、昔から分け隔てなく親しくしてきて、普通では考う。昔のことを思い出してみても、宇治にお越しになれな えられないような仲立ちまでしてあちらへお連れ申したこ かったときのお嘆きは、じっさいはた目にもいたわしいご 語 . りト - ら・けん 物の自分に対して、やましい了簡を起されてよいものか」と様子ではあった」とよくよく思い出してみると、宇治の女 おももち 氏 思うと、まったく不快なお気持である。「この自分が対の がひどく物思いに沈んでいる面持であったのも、その事情 源 御方の御事をどんなにか恋しく思い思いしながらも長い年の一端がお分りになりはじめると、いちいち何もかもお思 月そのままこらえてきているのは、このうえなく慎み深く いあたられるので、まったくやりきれないお気持になられ ふるまってきたからなのだ。実際のところ、あのお方への る。「むずかしいものは人の心ではないか。いかにもいじ 思いは昨日今日にはじまった体裁のわるいものでもなく、 らしくおっとりしているとは見えながら、色めいたところ もともとそれなりの因縁あってのことなのを、ただ、心の のある女ではあった。あの宮のお相手としては、じっさい 中に後ろ暗い隠し事があっては自分としても苦しいことに 似合いの仲なのだ」と、そう思うといっそのことこのまま ちがいないと、それで今まで遠慮しているのだが、それも宮に譲ってしまってもよく、ご自分としては手を引こうと 思えば愚かしいことではあった。近ごろ宮はああしてご気 いうお気持にもなるけれど、「もともと重々しく大事な妻 分がおわるくいらっしやって、いつもより人の出入りの多として扱うつもりの人だったのならともかく、そうではな い取込み中であるのに、どうやってはるばるとあの遠い所 いのだから、やはりあのままああしたかかわりの女として まで手紙を書いておやりになるのだろう。もう通い始めて そのままにしておこう。もうこれきり縁の切れたものとし けそう いらっしやるのだろうか。まったく懸想するには遠い道の て逢わずにいるのも、これまた恋しいことだろう」と、見 りなのだが。そういえば、宮がどうなさったのか分らなく 苦しいくらい、あれこれと心の中でお悩みになっている。 う . わさ て、お行先を搜されていらっしやる日もあったとか噂にも 「自分が愛想づかしをしたとしてそのまま捨てておいたな ひと 聞いたことがある。そのようなことにお悩みになって、そ ら、きっとあの宮がお呼び迎えになることだろう。あの女 ひと いんれん

5. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

るのを、少将の尼が、「それではあまりのなさりようでは たの碁に負けることはありますまい』と尼君に申していら ございませんか。あちら様のお気持も、ひとしお身にしみ っしゃいましたが、とうとう僧都のほうが、二番お負けに なりました。あなた様は、その碁聖の碁よりお上手とお見る折でございましよう。ほんの一言でも、お申しあげにな 語 ることをお聞きあそばせ。まるですぐに変な仲になってお 物受けされます。なんとおみごとな」と感心しているので、 あまびたい 氏 しまいになるかのようにお思いになるのですね」などと言 よい年をした尼額のみつともない姿でこんな物好きなこと 源 やっかい うので、女君はほんとに不安な気持になる。今はお留守で をするのを、女君は、厄介なことに手を出してしまったも ある由を伝えるけれど、昼間の使者が、女君一人だけ居残 のよと思って、気分がよくないからと臥せっておしまいに っていることなどを聞き出していたのであろう、中将は なった。少将の尼は、「ときどきは気晴らしをなさいまし。 せつかくのお若い御身ですもの。ひどく沈み込んでばかり長々と恨み言を述べて、「お声を聞かせていただこうとも 思いません。ただ、おそば近くで申しあげますことを、聞 いらっしやるのが情けなくて、玉に瑕のあるような心地が きにくいとでも何とでもご判断くださいまし」と、あれこ いたします」と言う。女君は、夕暮の風の音もしみじみと れかきくどくもののそのかいもないのに困りきって、「ま もの悲しく感じられるので、思い出すことも多くて、 そで ゅふべ こうした山里では物事の風情に感ずる気 ったく情けな、。 、いには秋のタをわかねどもながむる袖に露そみだるる ( わたしの心には秋のタベのわびしさが格別分っているわけ 持も深くなるものですのに。これはあまりというもので ではないけれども、物思いに沈んでいる袖に涙の乱れ落ちるす」などとなじっては、 ことよ ) 「山里の秋の夜ふかきあはれをももの思ふ人は思ひこ そ知れ 〔一九〕中将来訪浮舟、月がのばってきて風情もおもしろい ( 山里の秋の夜更けの深い情趣をも、物思いのあるお方なら 母尼の傍らに夜を過すころ、昼間に手紙のあった中将がお ばよくお分りになるはずですのに ) 見えになった。女君は、まあいやな、これはなんとしたこ おのずとあなた様のお胸にもこの私の気持は通うはずでし とか、とお思いになって、奥深くへはいっておしまいにな

6. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

じみと悲しい気持である。道すがら泣く泣く京へ上ってき ができなかったのか、と胸の沸きかえる心地がなさるけれ たのである。 ども、いまさらどうなるものでもない。侍従は、「お手紙 宮は、この女房が参上したとお聞きあそばすにつけても、 を焼き捨てたりしていらっしやったのに、どうしてそれと お胸にせまるものがある。お邸の女君に対しては、どうも気づくことができなかったのでございましよう」などと、 具合がわるいので何もお申しあげにならない。寝殿にお出宮が一晩じゅうお相手をおさせになるものだから、明け方 わたどの ましになって、渡殿に侍従の車をお着けさせになる。その までお話し申しあげる。あの巻数にお書きつけになった母 折どういう有様であったのかをこまごまとお尋ねになるの君へのご返事のことなどもお話し申しあげる。 で、侍従は何日もずっと思案にくれていらっしやった女君 宮は、何ほどの者ともおばしめしにはならなかったこの のご様子、そしてまたその晩は泣いておられたことなどを女房まで、しみじみと懐かしくもいじらしくもお感じにな お話し申して、「女君は不思議なくらい何もおっしやらず、 り、「そなたはわたしのところで暮すがよい。あちらの女 まるで頼りなくいらっしやって、ひどく悲しいとお思いに 君とも縁がないわけではないのだから」とおっしやるので、 なることも人にお漏しになることはめったになく、い つも「仰せのようにお勤めさせていただきますにしても、ただ ご自分のお胸にばかりおさめていらっしやったせいでしょ もう悲しいことばかりのように存ぜられますから、いずれ うか、お言い残しになったこともございません。あのよう御周忌などを過しまして」と申しあげる。「では、あらた な気丈なことをお思いっきになろうとは、夢にも思いよら めて参上しなさい」などと、この侍従をまでも残り惜しく 蛉 ぬことでございました」などと、事細かに申しあげると、 お思いになっている。明け方になって侍従が帰っていくと 宮はいっそう悲しいお気持になられて、なんその因縁でと きに、宮は女君のお召料にと用意させておおきになった櫛 そろ にもかくにもなるというのだったらまだしも、どんなにか の箱一揃い、衣箱一揃いを贈物としてお与えになる。あれ 幻思いつめてああした水のなかに身を投げたのであろう、と これと調えさせておおきになったお支度はたくさんあった お思いやりになると、なぜそれを見つけてやめさせること けれども、仰々しいことになりそうなので、ただこの女房 やしき

7. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

317 蜻蛉 胸にしみて悲しいお話ではありませんか。わたしも昨日ち お方であろう。宮がお目をかけておられる方々にしても、 らと耳にしたことでした。あなたがどんなにお嘆きかと、 それそれに並一通りでなく、このうえない方々ばかりなの ひと お見舞も申しあげなければと考えておりながら、ことさら に、それをさしおいて、この女にお心のありたけを傾けら どキ、よう ずほう 他人にお漏しにならぬことのようにお聞きしておりましたれ、世間で大騒ぎをして修法だの読経だの祭りだの祓えだ ので」と、何くわぬふうにおっしやるけれども、ご自身で のと、その道々の者たちが忙しくお勤めしているのは、こ ひと もまったくこらえがたいお気持になられるので、言葉少な の女をお思いになるあまりのご病気のせいだったのだ。い にしていらっしやる。大将は、「しかるべき筋のお相手とや、この自分とても、これほどの高い身分で、当代の帝の してでもお目にかけたいと考えておりました者でして。 御娘を賜っておりながら、この女をいとしく思わずには、 や、しぜんお目にとまることもごギ、いましたでしょ , つか、 られなかった気持は宮に劣っていただろうか。まして、今 やしき お邸にもお出入りする縁故がございましたのですから」な は亡くなってしまったのだと思うと心を静めようにもすべ どと、少しずつ当てつけて、「ご気分のすぐれないときに がないではないか。とはいえ、もう嘆いてみたところで、 は、こうした埒もない世間話をお耳にお入れ申してお心を それも愚かしいことだ。未練がましいことはやめよう」と 騒がせられるのも不都合なことでございます。どうそ十分悲しみをこらえてみるけれども、あれやこれやさまざまに お大事になさいまし」などと申しあげておいて、大将はお 心が乱れて、「人木石にあらざればみな情あり」とロすさ 帰りになった。 んで臥せっておいでになる。 大将は、「よくもまあ宮は思いつめていらっしやったも 女君の野辺送りの作法なども、じっさい簡単にすませて ひと のよ。してみると、あの女はほんとに薄命な一生だったけ しまったのを宮のほうではどうお思いであろうか、と大将 れど、さすがにすぐれた宿運に恵まれたのだった。宮は当 はいたわしくもあり、またはりあいもないことともお思い みかどきさき 代の帝や后があれほどまでに大事にしておられる親王であ になり、「母親の身分が低く、残された兄弟のある者は簡 り、顔だちや風姿からして、当今の世の中にはまたとない 略に、などと世間ではよくそんなことを言うようだし、そ ひと

8. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

にもまして、妹の自分としてはなおさらのこと : : : と聞き さしそこねて流れに落ちてしまったのでした。だいたいが 溺れて命を落す人の多い川でございます」と、女房たちも ながら横になっていらっしやる。 ゆくえ 「まあ恐ろしいこと。大将殿は帝の御娘をいただいていら話し合っている。女君は、「そんなふうにこの身が行方も 語 物っしやるお方ですけれど、その女宮とはもともとご縁故も分らなくなってしまったら、どなたも皆がっかりなさって ないことですから、よかれあしかれやむをえないことと、 ひどく悲しいことと、しばらくの間は哀れんでくださろう 源 おそ けれど、もしこのまま生き長らえていて、世間でもの笑い 畏れ多いことながらそう考えることにいたしております。 この君が宮との間にもしも不都合なことを引き起しでもな の情けないことにでもなったら、それこそいつになっても さったのでしたら、この私としてはどんなに悲しくつらい その悲しい物思いは絶えることもなかろう」と、そこまで ことと思い申そうとも、もう二度とお逢い申すことはなか考えてくると、自分が死んでしまうのにこれといったなん ったでしよう」などと、二人していろいろと話し合ってい のさしさわりもありそうになく、すべて気持がさつばりし ることを聞くと、女君はいよいよ肝のつぶれるような気持てくるけれども、また思い直してみるとじつに悲しくてな ャ : っー ) になる。「やはり、この身を失くしてしまいたい。 らない。母君があれこれと心配しながら話している様子を、 ていては、しまいにはきっと聞くにたえない事態も持ちあ寝たふりをして聞きながら心中につくづくと思い乱れてい る。 がらずにはいないだろう」と思い続けていると、この川の 水音がいかにも恐ろしい響きを立てて流れていくのを、 女君がいかにも気分わるそうにやつれておられるので、 めのと 「これほどは恐ろしくない流れもありますよ。世にまたと母君は乳母にも注意して、「しかるべきお祈りなどをさせ はらえ なく荒々しい所で長らく暮しておいでなのですから、大将てください。祭りや祓などもこれこれのようにして」など みたらし 殿がおいたわしくお思いくださるのも当然ですね」などと、 と頼んでいる。そんなことよりも、御御洗川で恋せじの禊 母君は得意顔に話している。昔からこの川の流れが急で恐をしたいほどの女君の思いなのに、それとも知らすに何や さお ろしいことを話して、「さきごろ、渡守の孫の子供が棹を かやと言い騒いでいる。母君は、「女房の数が少ないよう みかど

9. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

「昔知合いだった人で、大将殿のお供で来ているうちにわめ、空もすべてお見通しではないかと身の縮む思いである たしを見つけ出した人が、またもとに戻って仲よくしたが が、あのひたむきでいらっしやった宮の御ふるまいをどう っているのです」と、仲間の女房たちには言って聞かせて しても思い出さずにはいられないにつけても、一方またこ いる。何もかも右近はいつも嘘ばかりつくことになってしの大将殿にお逢い申しあげることになるのかと思うと、な まっているのだった。 んともっくづく情けない気持である。「宮は、『長年いっし ひと ょに暮してきたどの女をも皆あなた一人のために忘れてし 〔三〕薫、浮舟を訪れ、月も変った。宮はこのように焦慮し 大人びたことを喜ぶていらっしやるけれども、さて宇治まいそうな気がする』とおっしやったものだが、いかにも へお越しになるのは、じっさいご無理である。こうしてい あれから後はご気分がおわるいとのことで、まったくどち ひと みずほう つもあの女のことを思いつめているのでは、とうてい命が らのお方にもいつものようにはお逢いにならず、御修法な 保ちそうにないと心細いお気持も加わり、くよくよとお心 どといって騒いでいる由を聞いているが、今また宮が今夜 を痛めていらっしやる。 のことをお耳になされたらどうお思いになろうか」と思う 大将殿は、少しお暇になられたころに、、 しつものよ , つに につけてもまことに苦しくてならない。この大将殿は、な お忍びでお越しになった。寺で仏などを礼拝される。御誦んといってもやはり、格別なご様子のお方であるし、思慮 ふぜい 経をおさせになる僧に物をお与えになったりして、夕方に深くしっとりと優美な風情でいらっしやって、長らく無沙 こと なってから女君のもとにはお越しになるけれども、この殿汰していた詫び言などをおっしやるにも言葉少なに、 のうし 舟 はそうひどくお姿をやっされるでもなく、烏帽子、直衣の さらに恋しい悲しいなどととりたててではないけれども、 姿はまことに申し分なくおきれいで、お部屋にはいってい しじゅう逢うことのできない恋の苦しさを、品よくお口に ろう らっしやるところからしてこちらが気おくれしたくなるく なさるのは、多弁を弄されるのよりもまさって、誰しもま ったく感にたえるほかないような風格を身につけておられ らい、そのお心づかいも格別である。 とが 女は、どうして顔をお合せすることができようと気が咎るお人柄である。やさしく思いをそそる風情はいうまでも き、よス′ うそ わ

10. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

しは思いもかけない恋の山に踏み迷っていることよ ) しくするのを恨めしく思って、帰りを急ぐ。 この小君は、あなたは見忘れてしまわれたでしようか。 〔一 0 〕浮舟、薫の手紙を尼君が、そのお手紙をひき開けて女 しの ゆくえ わたしとしては、行方知れずのあなたを思い偲ぶ形見と 見、人違いと返事せず君にお見せ申す。昔のままの大将の 語 して、そばにおいている人なのです。 物御筆跡で、料紙にたきしめた香の薫りなど、いつもどおり 氏 などと、まことに情こまやかである。こんなに綿々とお書 この世のものと思われぬほどによくしみている。例によっ 源 きになっているのでは、どうにも言いのがれようすべもな て、すぐさま物事に感心したがる出過ぎ者は、わきからち いが、そうかといって以前の自分とは変り果ててしまって らとのぞき見して、まったく世にも珍しく結構な、と思っ いる今の尼姿を、心ならすも見つけられ申したら、そのと ているにちがいない なんとも申しあげようすべもないほど、さまざまに罪深きの身のちちむ恥ずかしさはいかばかりか、などと思案に そうず いあなたの御心をば、僧都に免じてお許し申すこととし悩んで、今までにもまして晴れやらぬ心は、なんとも言い て、今はせめて、あのときの思いもよらなかった夢のよ表すすべもない。女君はさすがに涙があふれてきてひれ伏 うな出来事の話だけでもしたいもの、と思いせかれる気しておしまいになるので、尼君たちは、まったく世なれぬ お方よ、と扱いかねてしまう。「どのようにご返事を申し 持になっておりますが、それが我ながらけしからぬこと あげましようか」などときつく言われて、女君は、「今は、 と思われるのです。なおさらのこと、他人の目にはどう 気分がかき乱れるように苦しゅうございますので、しばら 思われますか。 く休ませていただいてから、いずれご返事を申しあげまし と、お気持を十分にはお書きになれない。 よう。日のことを思い出そうとしても、まるで何も心に思 法の師とたづぬる道をしるべにて思はぬ山にふみまど ふかな い浮ばず、夢のような出来事と仰せられても不思議なこと ( 僧都を仏法の師と思って山道を分けて訪ねてきたのでした に、どのような夢であったのかと合点がゆかないのでござ が、その山道があなたの所に導いてくれる道となって、わた います。多少気持が落ち着きましたら、このお手紙なども、 ( 原文一一三八ハー ) のり