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検索対象: 現代日本の文学 19 中野 重治 集

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現代日本の文学 19 中野 重治 集


中 野 重 治 む 、 り 。 き も 上 徳 永 直 原 作 「 太 陽 の な い 街 」 の 映 画 化 に 際 し セ / ト の 隅 で 。 前 列 左 か ら 山 岸 外 史 、 菊 池 章 一 、 徳 永 直 、 重 治 、 山 本 薩 夫 、 金 達 寿 上 昭 和 二 十 九 年 刊 「 む ら ぎ も 」 。 大 学 卒 業 前 後 を 描 い た こ の 作 品 に よ り 、 昭 和 三 十 年 度 毎 日 出 版 文 化 賞 を 受 賞 ・ ~ 、 ま 下 し ヤ フ 不 下 〒 1 く も ・ 第 第 ( 昭 和 二 十 九 年 ) 「 む ら ぎ も 」 原 稿 。 第 4 章 冒 頭 の 部 分 左 昭 和 二 十 九 年 「 尾 崎 一 雄 作 品 集 」 出 版 記 念 会 で ス ピ ー チ 。 向 う 側 右 よ り 檀 一 雄 、 尾 崎 士 郎 、 瀧 井 孝 作 、 尾 崎 一 雄 、 谷 崎 精 一 一 、 青 野 季 吉 、 保 高 徳 蔵 、 坪 田 譲 治 、 川 崎 長 太 郎 、 外 村 繁 。 テ ー プ ル の こ ち ら 側 右 よ り 永 井 龍 男 、 中 谷 孝 雄 、 三 好 達 治 、 井 伏 鱒 二 、 上 林 暁 、 中 山 義 秀 、 重 治 、 小 田 嶽 夫 。 手 前 左 か ら 二 人 目 上 野 壮 夫 ( 日 比 谷 山 水 楼 に て ) を ー

現代日本の文学 19 中野 重治 集


0 ヴ 右 ビ 上 た 十 フ 列 ち / と 年 の 重 ( 佐 藤 一 撮 影 ) 央 創 産 地 八 り 分 手 政 六 争 で 月 昭 っ 十 中 の 文 に 備 ま 始 実 ← 手 寺 フ 野 の の 年 毋 昭 日 和 貝 攵 ノ 、 子 五 治 十 お 月 戦 月 の 十 会 年 九 を よ 七 う 年 平 主 る 成 演 四 が そ 長 本 説 月 拘 警 ど 謙 月 五 集 月 に 第 十 さ 日 解 県 集 こ 帰 ・ 文 示 い 間 活 の た 展 十 に 除 郡 出 扉 こ 交 ノ 十 で 間 月 副 た 議 で さ る の 部 院 に オ 文 嵩 : れ 章 に れ 調 べ 昭 ば な を 和 本 十 議 選 多 か 会 学 い 治 共 土 れ な ノ 面 が ワ 装 家 甲 車 14 工 イ ノ 、 工 ト ー -1 作 和 69 央 来 作 治 オ の 動 当 本 三 野 文 年 重 ク ) 日 二 産 兄 部 昭 し さ れ よ フ 文 二 員 挙 ノ 活 上 昭 和 36 年 東 京 メ ー デ ー ー 会 場 に て 左 昭 和 37 年 、 広 津 和 郎 の 70 歳 を 祝 う 会 左 か ら 尾 崎 士 郎 、 重 治 、 井 伏 鱒 、 丹 羽 文 雄 、 尾 崎 一 雄 日 編 集 四 年 化 新 日 学 月 443 、 選 化 当 部 長 月 国 二 治 激 、 共 集 に 和 そ は 回 参 議 員 日 寺 の 野 [ 重 は 昭 年 月 い 取 多 ' い 民 そ し た ム 、 そ を 広 く せ ね 。 な ら と っ の り フ せ あ ろ っ そ れ 攻 こ 奪 て い 、 去 ら て オ こ ア の 開 プ 質 ー リ リ も の を 治 と 、 し 学 荒 争 、 文 、 れ れ 猛 な 野 要 や も の 、 時 は 撃 文 に 中 学 選 委 入 正 重 諸 の な 、 と 文 批 、 の 学 評 こ 動 人 あ た だ る 者 こ 本 目 を く り い 立 は っ た ・ 性 か の が の く ゆ 論 人 治 問 や さ と 期 本 員 準 に 迎 十 和 た い 月 開 た 、 九 日 二 十 召 県 一 の 新 十 塩 た 立 本 月 村 野 日 ェ : 本 、 日 題 。 な ど ヵ ゞ 委 ば て ム を い 結 な 十 日 創 中 兄 兄 じ の は 日 大 文 ー ム の え 五 二 こ 長 一 は 野 日 、 東 れ 田 と フ な 日 十 、 十 、 召 さ 中 重 は と っ 質 的 な 身 オ 丙 0 状 態 お る る 年 戦 束 察 月 の 署 に に 頭 す か 取 や の 力 、 。 て た い わ っ ゆ 後

現代日本の文学 19 中野 重治 集


現 代 日 本 の 文 学 中 野 重 治 集 三 川 井 伊 北 尾 奥 足 編 崎 野 立 集 端 上 藤 修 五 + 杜 秀 健 巻 委 紀 康 夫 成 靖 整 聖 夫 樹 男 学 習 研 究 社

現代日本の文学 19 中野 重治 集


414 雀 、 江 口 渙 、 蔵 原 准 人 、 窪 川 鶴 次 郎 、 壺 井 繁 治 、 徳 永 直 、 藤 森 成 『 話 四 つ 、 つ け た り 一 つ 』 、 四 月 、 評 論 集 『 批 評 の 人 間 性 』 を 新 日 本 、 『 労 働 者 階 級 と あ た ら し い 文 化 』 を 全 日 本 吉 、 宮 本 百 合 子 と と も に 発 起 人 と な り 、 新 日 本 文 学 会 創 立 準 備 の た 文 学 会 よ り 刊 行 。 産 業 別 労 働 組 合 会 議 出 版 部 よ り 刊 行 。 十 二 月 、 『 論 』 を ナ ウ カ め 働 く 。 十 二 月 、 会 創 立 、 中 委 員 に 選 ば れ る 。 四 十 四 歳 社 よ り 旧 彳 昭 和 ニ 十 一 年 ( 一 九 四 六 ) 四 十 八 歳 三 月 、 日 本 民 主 主 義 文 化 連 盟 発 足 、 五 月 ま で 理 事 長 と し て 働 く 。 四 昭 和 ニ 十 五 年 ( 一 九 五 〇 ) 月 、 衆 議 院 議 員 選 挙 に 福 井 県 で 日 本 化 ( 産 党 か ら 立 候 補 、 落 選 す る 。 六 月 、 第 二 回 参 議 院 議 員 選 挙 に 日 本 共 産 党 か ら 全 国 区 に 立 侯 浦 、 落 五 月 、 評 論 集 『 日 本 文 学 の 諸 問 題 』 を 新 生 社 よ り 刊 行 。 六 月 、 福 井 選 。 七 月 、 母 と ら 、 位 Ⅲ 谷 の 家 で 死 去 。 四 十 九 歳 県 の 衆 議 院 議 員 賻 選 挙 に 立 侯 補 、 落 選 。 「 批 評 の 人 間 性 」 を 「 新 日 昭 和 ニ 十 六 年 ( 一 九 五 一 ) 本 文 学 」 七 月 、 第 四 号 に 発 表 、 翌 年 九 月 号 ま で 荒 正 人 、 平 野 謙 と 十 二 月 、 評 論 集 『 啄 木 」 を 弘 文 堂 よ り 刊 行 。 五 十 歳 昭 和 ニ 十 七 年 ( 一 九 五 二 ) 「 政 治 と 文 学 」 論 争 を す る 。 十 月 、 「 ア カ ハ タ 」 化 部 長 と な る 。 四 十 五 「 新 日 本 文 学 」 電 集 長 を 三 月 り で 花 田 清 郵 と か わ る 。 六 月 、 評 論 集 昭 和 ニ 十 ニ 年 ( 一 九 四 七 ) 一 月 、 「 五 勺 の 酒 」 を 「 展 望 」 に 発 表 。 毛 沢 東 の 文 芸 講 話 の 紹 介 文 『 鶏 外 そ の 側 面 』 を 筑 摩 書 房 よ り 、 『 政 治 と 文 学 』 を 東 方 社 よ り 刊 行 。 「 『 現 段 階 に お け る 中 国 文 学 の 方 向 』 の こ と 」 を 「 前 衛 」 に 発 表 、 占 九 月 、 「 朝 鮮 の 細 菌 戦 に つ い て 」 を 「 新 日 本 文 学 」 に 発 表 。 五 十 一 歳 領 軍 の 検 閲 で 全 文 削 除 を 受 け る 。 四 月 、 第 一 回 参 議 院 議 員 選 挙 に 日 昭 和 ニ 十 八 年 ( 一 九 五 三 ) 本 共 産 党 か ら 立 候 補 、 当 選 し て 三 年 議 員 と な る 。 十 月 、 評 論 ・ 随 筆 六 月 、 評 論 集 『 話 す こ と と 書 く こ と と 』 を 東 京 大 学 出 版 会 よ り 刊 行 。 集 『 楽 し ぎ 雑 談 』 全 四 冊 を 筑 摩 書 房 よ り 刊 行 し は じ め る 。 評 論 集 『 文 十 月 、 長 編 小 説 「 む ら き も 」 を 書 き は じ め る 。 ( 翌 年 五 月 完 結 % 五 十 一 一 歳 昭 和 ニ 十 九 年 ( 一 九 五 四 ) 学 の こ と 文 学 以 前 の こ と 』 を 解 放 社 よ り 行 。 四 十 六 歳 八 月 、 『 む ら ぎ も 』 を 大 日 本 雄 介 会 講 談 社 よ り 刊 行 。 花 田 清 輝 に か 昭 和 ニ 十 三 年 ( 一 九 四 八 ) 一 月 、 『 中 野 重 治 選 集 』 を 筑 摩 書 房 よ り 刊 行 し は じ め る 。 五 月 、 日 わ り 九 月 号 か ら ふ た た び 「 日 本 文 学 」 編 集 長 と な る 。 五 十 三 歳 昭 和 三 十 年 ( 一 九 五 五 ) 本 共 産 党 文 化 部 副 部 長 と な る 。 六 月 、 福 井 県 地 方 に 大 地 震 が あ り 、 一 本 田 の 生 家 つ ぶ れ る 。 七 月 、 評 論 集 『 雪 の 下 』 を 那 珂 書 店 よ り 刊 「 新 日 本 文 学 」 編 集 長 を 四 月 号 か ら 中 島 健 蔵 に 引 き つ ぐ 。 四 月 、 「 わ 行 。 日 本 共 産 党 国 会 議 員 団 の 代 表 と し て 調 査 と 救 援 の た め に 福 井 県 が 読 書 案 内 』 を 和 光 社 よ り 刊 行 。 六 月 、 小 説 集 『 夜 と 日 の 暮 れ 』 を に 赴 く 。 占 領 軍 福 井 軍 政 部 軍 政 官 の 命 令 に よ り 、 森 田 町 で 武 装 警 官 筑 摩 書 房 よ り 刊 行 。 十 一 月 、 『 む ら ぎ も 』 に よ り 昭 和 三 十 年 度 毎 日 隊 に 逮 捕 さ れ 、 東 京 に 押 送 さ れ る 。 ふ た た び 福 井 県 に 赴 く 。 十 二 月 、 出 版 文 化 賞 を 受 け る 。 十 二 月 、 世 田 谷 区 世 田 谷 四 ノ 一 三 に 転 居 。 五 十 四 歳 昭 和 三 十 一 年 ( 一 九 五 六 ) 「 新 日 本 文 学 」 編 集 長 と な り 、 翌 年 三 月 号 か ら 編 集 に た ず さ わ る 。 四 十 七 歳 一 月 、 中 国 人 民 対 外 文 化 協 会 お よ び 中 国 作 家 協 会 か ら 、 日 本 文 学 に 昭 和 ニ 十 四 年 ( 一 九 四 九 ) 一 月 、 「 中 野 重 治 国 会 演 説 集 』 を 八 雲 書 店 よ り 刊 行 。 一 一 月 、 小 説 集 っ い て の 講 病 を 目 的 と し て 日 井 吉 見 、 本 多 秋 五 、 宮 本 顕 治 と と も に 招

現代日本の文学 19 中野 重治 集


三 月 、 第 四 高 等 学 校 を 卒 業 。 四 月 、 東 京 帝 国 大 学 文 学 部 独 逸 文 学 科 に 入 学 。 一 一 十 三 歳 大 正 十 四 年 ( 一 九 二 五 ) 一 月 、 同 人 雑 誌 「 裸 像 」 を 大 間 知 篤 三 、 深 田 久 弥 、 杉 山 産 七 ら と は じ め る ( 五 月 、 終 刊 ) 。 夏 、 大 間 知 篤 三 、 林 房 雄 の 紹 介 で 新 人 会 に 入 会 。 十 月 、 林 房 雄 、 久 板 栄 一 一 郎 、 鹿 地 亘 ら と 学 内 に 社 会 文 芸 研 究 会 を つ く る 。 明 治 三 十 五 年 ( 一 九 〇 一 l) 二 十 四 歳 大 正 十 五 年 ・ 昭 和 元 年 ( 一 九 一 一 六 ) 一 月 二 十 五 日 、 福 井 県 坂 井 部 高 療 村 ( 現 、 丸 岡 町 ) 一 本 田 第 十 一 号 一 月 、 前 年 「 静 岡 新 報 」 の 懸 賞 小 説 募 集 に 応 じ た 「 愚 か な 女 」 が 一 十 三 番 地 に 父 藤 作 、 母 と ら の 次 男 と し て 生 ま れ る 。 中 野 家 は 自 作 農 等 当 選 、 賞 金 三 十 円 を 得 た ( 選 者 は 室 生 犀 星 ) 。 同 月 、 共 同 印 刷 に ス で 小 地 主 を 兼 ね て い た 。 父 が 煙 靠 専 売 局 に 勤 め て い た の で 、 一 時 神 ト ラ イ キ が お こ り 、 新 人 会 か ら 派 遣 さ れ て 働 く 。 二 月 、 社 会 文 芸 研 奈 川 県 平 塚 明 、 秦 野 町 に い た こ と が あ る 。 父 が 鹿 児 島 に 転 勤 し た と 究 会 員 が 中 心 と な り 、 千 田 是 也 、 小 野 宮 吉 、 山 田 清 三 郎 、 柳 瀬 正 き 、 五 歳 だ っ た 重 治 は 一 本 田 に 帰 り 、 祖 父 母 の も と で 育 て ら れ る 。 夢 、 佐 々 木 孝 丸 、 葉 山 嘉 樹 ら と マ ル ク ス 主 義 芸 術 研 究 会 ( マ ル 芸 ) 兄 は 十 歳 年 長 の 料 ー ・ 。 の ち に 妹 鈴 ・ お 、 は ま を 、 美 代 子 が 生 ま れ る を つ く る 。 四 月 、 窪 川 鶴 次 郎 、 西 沢 隆 一 「 堀 辰 雄 ら と 同 人 雑 誌 「 驢 明 治 四 十 一 年 ( 一 九 0 八 ) ・ ハ 歳 馬 」 を は じ め る 。 終 刊 号 ( 昭 和 三 年 五 月 第 十 一 一 号 ) を の ぞ き 毎 号 、 四 月 、 福 井 県 坂 井 郡 第 三 高 椋 尋 常 小 学 佼 に 人 学 。 の ち 、 高 椋 西 尋 常 詩 、 評 論 、 翻 訳 を 発 表 。 十 一 月 、 日 本 プ ロ レ タ リ ア 文 芸 連 盟 が 日 本 小 学 校 と 改 称 さ れ る プ ロ レ タ リ ア 芸 術 連 盟 ( プ ロ 芸 ) と 改 称 、 マ ル ク ス 主 義 芸 術 研 究 会 大 正 三 年 ( 一 九 一 四 ) 十 二 歳 、 連 盟 に 参 加 。 中 央 委 員 に 選 ば れ る 。 三 月 、 高 椋 西 尋 活 小 校 業 ) 四 月 、 福 井 県 立 福 井 中 校 に 入 、 二 十 五 歳 昭 和 ニ 年 ( 一 九 二 ヒ ) 大 正 八 年 ( 一 九 一 九 ) 十 七 歳 一 月 、 「 無 産 者 新 聞 」 に 文 芸 欄 が 設 け ら れ 、 寄 稿 者 と な り 、 主 と し 三 月 、 福 井 県 立 福 井 中 学 校 卒 業 。 八 月 、 兄 耕 一 、 ウ ラ ジ オ ス ト ッ ク て 詩 を 発 表 。 三 月 、 東 京 帝 国 大 学 を 卒 業 。 四 月 、 「 文 芸 戦 線 」 同 人 譜 で 病 死 。 九 月 、 金 沢 市 の 第 四 高 学 校 文 科 乙 類 に 人 。 に 推 薦 さ れ 、 断 わ る 。 五 月 、 翻 訳 『 レ ー ニ ン の ゴ オ リ キ ー へ の 手 紙 』 大 正 九 年 ( 一 九 二 〇 ) 十 八 歳 を 叢 文 閣 よ り 工 ョ 行 六 月 、 日 本 ・ フ ロ レ タ リ ア 芸 術 連 盟 が 分 裂 、 労 農 年 六 月 、 四 高 短 歌 会 で の 歌 四 営 は じ め て 四 高 の 「 北 辰 会 雜 誌 」 に の る し 芸 術 家 連 盟 ( 労 芸 ) が 発 足 し た 際 、 久 阪 栄 二 郎 、 鹿 地 ・ は 、 佐 野 碩 ら 在 学 中 、 短 歌 、 鰄 小 説 な ど の 習 作 を 発 表 。 二 度 落 第 。 室 生 犀 星 を と ・ フ ロ 芸 に 残 る 。 ヒ 月 、 機 関 誌 「 プ ロ レ タ リ ア 芸 術 一 を 創 刊 、 編 集 に た ず さ わ る 。 一 一 十 一 一 歳 大 正 十 三 年 ( 一 九 二 四 ) 昭 和 三 年 ( 一 九 二 八 ) 日

現代日本の文学 19 中野 重治 集


昭 和 三 十 六 年 三 月 < ・ 作 鑷 家 会 議 東 京 大 会 に て 左 か ら 野 間 宏 、 堀 田 善 衛 、 ひ と り お い て 、 青 野 季 吉 、 佐 多 稲 子 、 草 野 心 平 、 亀 井 勝 一 郎 、 重 治 、 阿 部 知 一 一 、 芹 沢 光 治 良 MON も 0 し け 、 そ / コ ・ " ル レ バ / ン 0 三 好 達 治 詩 集 の 会 に て 右 か ら 吉 田 健 一 、 ひ と り お い て 石 川 淳 、 重 治 、 伊 藤 信 吉 、 石 原 八 束 、 左 端 後 姿 河 盛 好 蔵 ( 昭 和 三 十 七 年 ) 会 書 記 長 と い う 具 合 に 、 組 織 面 で の 仕 事 が 多 忙 を き わ め て い た 。 こ れ に 加 え て 、 昭 和 二 十 五 年 一 月 に は コ ミ ン フ ォ ル ム の 日 本 共 産 党 批 判 が あ り 、 い わ ゆ る 「 五 〇 年 問 題 」 が 生 じ 、 十 、 一 月 に は 「 人 民 文 学 」 が 発 刊 さ れ て 混 乱 は 文 学 運 動 の 場 面 で も 顕 在 化 し て き て い た 。 か れ の 戦 後 に お け る 本 格 的 な 創 作 活 動 は 、 こ れ ら の 問 題 が 一 応 は お さ ま り 、 昭 和 一 十 九 年 に 『 む ら ぎ も 』 を 完 成 し た こ ろ か ら で あ る 。 こ こ で 「 本 格 的 な 」 と い う 意 味 は 、 言 う ま で も な く 、 戦 後 ほ と ん ど 断 片 の よ う な 短 篇 し か 発 表 し て 来 な か っ た 中 野 重 治 が 、 文 字 通 り 個 の 完 結 し た 文 学 的 世 界 を 作 り あ げ た 点 を 指 し て の こ と で あ る 。 ま た そ れ と と も に 、 戦 後 の 文 学 の 流 れ の な か で 、 漸 く 中 野 重 治 が そ の 頂 上 に ま で 突 出 し て き た と い う 意 味 で も あ る 。 そ の 主 題 が 大 学 卒 業 間 際 に お け る 自 己 の 選 択 の 回 顧 的 確 認 と い う こ と も あ っ て 、 プ ロ レ タ リ ア 文 学 運 動 に 投 し た 時 代 の 具 体 的 な 個 物 に 迫 る 明 晰 な 対 象 把 握 や 、 プ リ ミ テ イ ヴ な 青 春 の 心 情 を 潔 癖 に 再 現 せ ん と し た 『 歌 の わ か れ 』 の 緊 張 し た 文 体 は 、 も う こ の 『 む ら ぎ も 』 に は 見 ら れ な し 、 。 け れ ど も 、 そ の 代 り に 中 野 重 冶 は 、 回 想 に 回 想 を 継 ぐ 内 的 意 識 の 持 続 に 耐 え る 文 体 を 、 こ の 作 品 で 獲 得 し て い た 。 現 代 文 学 の 表 現 史 に お い て も 、 こ れ は 明 ら か に 一 章 を 要 求 で き る 高 度 な 文 体 を 達 成 し て い る 。

現代日本の文学 19 中野 重治 集


現 代 日 本 の 文 学 中 野 重 治 集 全 60 巻 昭 和 45 年 12 月 1 日 初 版 発 行 昭 和 57 年 10 月 1 日 26 版 発 行 著 者 発 行 者 発 行 所 中 野 重 治 古 岡 滉 鑾 学 習 研 究 社 東 京 都 大 田 区 上 池 台 4 ー 40 ー 5 〒 145 振 替 東 京 8 ー 142930 電 話 東 京 ( 720 ) 1111 ( 大 代 表 ) 印 刷 大 日 本 印 刷 株 式 会 社 暁 印 刷 株 式 会 社 製 本 文 勇 堂 製 本 工 業 株 式 会 社 本 文 用 紙 三 菱 製 紙 株 式 会 社 表 紙 ク ロ ス 東 洋 ク ロ ス 株 式 会 社 製 函 永 井 紙 器 印 刷 株 式 会 社 * こ の 本 に 関 す る お 問 合 せ や ミ ス な ど が あ り ま し た ら , 文 書 は , 東 京 都 大 田 区 上 池 台 4 丁 目 40 番 5 号 ( 〒 145 ) 学 研 お 客 さ ま 相 談 セ ン タ ー 現 代 日 本 の 文 学 係 へ , 電 話 は , 東 京 ( 03 ) 720 ー 1111 へ お 願 い し ま す 。 OShigeharu Nakano 1970 Printed in Japan ISBN4 ー 05 ー 050229 ー 1 C0393 本 書 内 容 の 無 断 複 写 を 禁 す

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か れ た が 、 外 務 省 に よ り 尿 券 発 給 を 拒 否 さ れ る 。 四 月 、 評 論 集 『 外 り 刊 行 。 九 月 、 妹 美 代 子 死 去 。 五 十 九 歳 と の つ な が り 』 を 筑 摩 書 房 よ り 刊 行 。 十 月 、 「 萩 の も ん か き や 」 を 昭 和 三 十 六 年 ( 一 九 六 一 ) 「 群 像 」 に 発 表 。 新 日 本 文 学 を 中 心 と す る 戦 後 文 学 連 動 の 評 価 、 そ 評 論 「 途 中 の 問 題 」 を 「 新 潮 」 一 一 月 号 か ら 十 一 一 月 号 ま で 連 載 。 三 月 、 の 他 の 間 題 を め ぐ っ て 、 「 一 九 五 六 年 の 問 題 の 一 つ 」 を 「 新 日 本 文 ア ジ ア ・ ア フ リ カ 作 家 会 議 東 京 大 会 に 日 本 代 表 団 の 一 人 と し て 出 席 。 学 」 一 、 一 一 月 号 に 発 表 。 ひ き つ づ き 「 事 実 と 解 釈 」 を 十 一 、 十 二 月 、 七 月 、 日 本 共 産 党 第 八 回 大 会 に 出 席 、 中 央 委 員 に 選 ば れ る 。 六 十 歳 昭 和 三 十 七 年 ( 一 九 六 一 D 翌 年 一 月 号 に 掲 載 し て 杉 浦 明 平 と 論 争 。 五 十 五 歳 一 月 、 ひ き つ づ き 新 日 本 文 学 会 副 議 長 に 選 ば れ る ( 議 長 阿 部 知 一 1)0 昭 和 三 十 ニ 年 ( 一 九 五 七 ) 一 月 、 長 編 小 説 「 梨 の 花 」 を 「 新 潮 」 に 発 表 、 翌 年 十 一 一 月 ま で 連 載 。 同 事 務 局 長 を 辞 任 。 一 一 月 、 評 論 集 『 活 字 以 前 の 世 界 』 を 筑 摩 書 房 よ 論 集 『 事 実 と 解 釈 』 を 講 談 社 よ り 刊 行 。 七 月 、 小 説 集 『 萩 の も ん り 刊 行 。 三 月 、 室 生 犀 星 死 去 、 葬 儀 委 員 長 を つ と め る 。 六 十 一 歳 か き や 』 を 筑 摩 書 房 よ り 、 評 論 集 『 ハ イ ネ の 橋 』 を 村 山 書 店 よ り 刊 昭 和 三 十 八 年 ( 一 九 六 三 ) 行 。 十 月 、 中 国 作 家 協 会 と 中 国 人 民 対 外 文 化 協 会 か ら 招 待 を 受 け 、 五 月 、 「 ア ー ド レ ル 海 水 浴 場 の 写 真 師 」 を 「 文 芸 」 に 発 表 。 五 、 六 山 本 健 吉 、 井 上 靖 、 多 田 裕 計 、 十 返 筆 、 堀 田 善 衛 、 本 多 秋 五 と と も 月 、 「 。 フ ロ ク ラ ス テ ィ ネ ー シ ョ ン 」 を 「 群 像 」 に 発 表 。 八 月 、 『 中 野 に 北 京 、 上 海 、 杭 州 、 重 曖 、 成 都 、 武 漢 、 広 州 な ど を 訪 間 、 十 二 月 重 治 全 集 』 全 十 九 巻 完 結 。 六 十 一 一 歳 昭 和 三 十 九 年 ( 一 九 六 四 ) 帰 国 。 新 日 本 文 学 会 副 議 長 に 選 ば れ 、 事 務 局 長 を 兼 ね る 。 五 十 六 歳 一 「 三 月 、 「 標 準 語 の 問 題 」 を 「 新 日 本 文 学 」 に 発 表 。 五 月 、 ハ イ 昭 和 三 十 三 年 ( 一 九 五 八 ) ・ ハ イ ネ 「 メ モ ワ ー ル 」 を 翻 訳 。 日 本 共 産 党 第 八 回 中 央 委 員 一 月 、 妹 鈴 子 死 去 。 『 映 画 雑 感 』 を 講 談 社 よ り 刊 行 。 評 論 「 中 国 の ン リ ヒ 旅 」 を 「 新 日 本 文 学 」 三 月 号 か ら 十 月 号 ま で 連 載 。 「 梨 の 花 」 完 結 。 会 総 会 で 「 志 賀 ・ 鈴 木 問 題 に つ い て の 意 見 」 を 述 べ る 。 同 月 、 小 説 五 十 七 歳 「 声 帯 模 写 」 を 「 群 像 」 に 発 表 。 七 月 、 同 じ く 第 九 回 中 央 委 員 会 総 会 昭 和 三 十 四 年 ( 一 九 五 九 ) 三 月 、 『 中 野 重 治 全 集 』 を 筑 摩 書 房 よ り 刊 行 し は じ め る 。 全 十 九 巻 。 で 「 四 ・ 一 七 ス ト ラ イ キ 自 己 批 判 に つ い て の 意 見 」 を 述 べ る 。 七 月 、 五 月 、 『 梨 の 花 』 を 新 潮 社 よ り 刊 行 。 ソ ビ エ ト 作 家 同 盟 第 三 回 大 会 十 二 月 、 「 標 準 語 の 問 題 」 を 「 新 日 本 文 学 」 に 発 表 。 八 月 、 「 眺 め 」 に 招 か れ 、 新 日 本 文 学 会 の 代 表 と し て 、 日 本 文 芸 家 協 会 代 表 の 石 川 を 「 群 像 」 に 発 表 。 日 本 共 産 党 第 十 回 中 央 委 員 会 総 会 で 、 神 山 茂 夫 ト ビ リ シ な ど を 訪 の 党 規 律 違 反 容 疑 問 題 に つ い て の 幹 部 会 の 処 置 に 反 対 し 、 党 員 権 三 譜 達 三 と と も に 出 席 、 モ ス ク ワ 、 レ ニ ン グ ラ ー ド 、 れ る 。 十 月 、 ク ル ト ・ リ 、 ー ト ゲ ン 『 オ オ カ ミ に 冬 な し 」 ( 上 巻 ) カ 月 の 停 止 、 査 問 に 附 す る 措 置 を 受 け る 。 九 月 、 第 十 一 回 同 総 会 が 「 神 山 ・ 中 野 の 除 名 に か ん す る 決 議 」 を 決 定 。 十 一 月 、 東 京 、 大 阪 で 年 の 翻 訳 を 岩 波 書 店 よ り 刊 行 。 ( 下 巻 は 翌 年 三 月 刊 。 ) 五 十 八 歳 の 「 日 本 の こ え 」 主 催 の 「 十 月 社 会 主 義 大 革 命 四 十 七 周 年 記 念 集 会 」 昭 和 三 十 五 年 ( 一 九 六 〇 ) 一 月 、 『 梨 の 花 』 よ り 、 第 十 一 回 読 売 文 学 賞 を 受 け る 。 六 月 、 『 忘 れ に 出 席 、 演 説 を す る 。 日 本 共 産 党 第 九 回 大 会 で 「 志 賀 、 鈴 木 、 神 ぬ う ち に 』 を 筑 摩 書 房 よ り 刊 行 。 七 月 、 『 中 国 の 旅 』 を 筑 摩 書 房 よ 山 、 中 野 の 処 分 承 認 に つ い て の 提 案 」 が な さ れ 、 「 除 名 処 分 承 認 に

現代日本の文学 19 中野 重治 集


「 村 の 家 」 を 「 経 済 往 来 」 に 発 表 。 七 月 、 評 論 集 『 論 議 と 小 品 』 を 八 月 ま で 連 載 。 八 月 、 「 空 想 家 と シ ナ リ オ 」 を 「 文 芸 」 に 発 表 、 十 現 代 文 化 社 よ り 刊 行 。 十 月 、 小 林 秀 雄 ・ 林 房 雄 ら に よ る 雑 誌 「 文 学 一 月 ま で 連 載 。 十 一 月 、 小 説 集 『 空 想 家 と シ ナ リ オ 』 を 改 造 社 よ り 界 」 同 人 と な る こ と を 求 め ら れ 、 辞 退 。 村 山 知 義 、 窪 川 鶴 次 郎 ら と 劇 行 。 こ の 年 、 千 駄 ヶ 谷 分 室 の 仕 事 を や め る 。 三 十 八 歳 諷 刺 文 学 研 究 会 を つ く る 。 十 一 月 、 村 山 、 窪 川 、 森 山 啓 、 壺 井 繁 治 昭 和 十 五 年 ( 一 九 四 0 ) ら と サ ン チ ・ ク ラ ・ フ を つ く る 。 十 二 月 、 『 中 野 治 詩 集 』 を ナ ウ 四 月 、 小 説 集 『 汽 車 の 焚 き 』 を 小 山 書 店 よ り 刊 行 。 六 月 、 『 中 野 重 カ 社 よ り 刊 行 、 一 分 削 除 の 処 置 を 受 け る 。 評 論 集 『 子 供 と 花 』 を 治 随 筆 抄 』 を 筑 書 房 よ り 劇 行 。 七 月 、 「 斎 藤 茂 吉 ノ オ ト 」 を 「 日 沙 羅 書 店 よ り 刊 行 。 林 房 雄 、 青 野 季 吉 、 江 口 渙 、 平 林 た い 子 、 武 田 本 短 歌 」 に 発 表 、 翌 年 末 ご ろ ま で 「 日 本 短 歌 」 、 「 中 央 公 論 」 、 「 臨 床 文 化 」 な ど に 連 載 。 八 月 、 小 説 集 「 歌 の わ か れ 』 を 潮 社 よ り 刊 行 。 太 郎 ら の 発 起 で 独 立 作 家 ク ラ ・ フ 結 成 、 参 加 す る 。 三 十 九 歳 昭 和 十 六 年 ( 一 れ 四 一 ) 昭 和 十 一 年 ( 一 九 三 六 ) 三 十 四 歳 ー 一 月 、 父 藤 作 、 一 本 田 で 死 去 。 十 二 月 、 太 平 洋 戦 争 開 始 と と も に 一 月 、 「 小 説 の 書 け ぬ 小 説 家 」 を 「 改 造 」 に 発 表 。 三 月 、 二 ・ 事 件 に つ い て 「 一 市 民 と し て の 感 想 」 を 「 時 局 新 聞 」 に 発 表 、 同 紙 金 国 的 検 挙 が 行 な わ れ た が 、 東 京 を 離 れ て い た た め 、 一 応 身 柄 拘 東 発 禁 を 受 け る 。 四 月 、 「 閇 二 月 二 十 九 日 」 を 「 新 潮 」 に 、 「 独 立 作 家 を ま ぬ か れ る 。 四 十 歳 ク ラ ・ フ に つ い て 」 を 「 改 造 」 に 発 表 。 十 月 、 サ ン チ ョ ・ ク ラ ブ 解 散 。 昭 和 十 七 年 ( 一 九 四 一 D 」 了 。 同 月 、 「 思 想 一 一 月 、 東 京 に 帰 る 。 以 後 、 「 召 集 」 ま で 、 京 警 視 庁 、 の ち 世 田 谷 十 一 月 、 呼 伝 『 ハ イ ネ 人 生 読 本 』 を 六 芸 社 よ り 甲 彳 犯 保 護 観 法 」 実 施 に よ り 、 敗 戦 ま で 保 護 観 察 処 分 を 受 け る 。 警 察 署 に 出 頭 、 取 調 べ を 受 け る 。 六 月 、 日 本 文 学 報 国 会 発 足 、 小 説 昭 和 十 ニ 年 ( 一 九 三 七 ) 三 十 五 歳 部 会 ・ 評 論 随 筆 部 会 会 員 と な る 。 『 斎 藤 茂 吉 ノ 十 ト 』 を 筑 搴 占 房 よ 一 月 、 小 説 集 『 小 説 の 書 け ぬ 小 説 家 』 を 竹 村 書 店 よ り 刊 行 。 六 月 、 四 十 一 歳 「 汽 車 の 罐 焚 き 」 を 「 中 央 公 論 一 に 発 表 。 十 二 月 、 内 務 省 警 保 局 に 昭 和 十 八 年 ( 一 九 四 三 ) な イ ー よ っ て 、 宮 本 百 合 子 、 戸 坂 潤 、 岡 邦 雄 ら と と も に 、 執 禁 止 ( 出 版 一 月 、 『 新 版 茂 吉 ノ オ ト 』 を 筑 摩 書 房 よ り 間 ー 。 四 十 二 歳 社 な ど へ の 示 唆 に よ る ) の 処 置 を 受 け る 。 昭 和 十 九 年 ( 一 九 四 四 ) 」 ハ 月 、 「 『 暗 夜 行 路 』 雑 談 」 を 「 志 賀 直 哉 研 究 」 に 発 表 。 十 月 、 世 田 昭 和 十 三 年 ( 一 九 三 八 ) 三 十 六 歳 譜 一 月 、 独 」 作 家 ク ラ ・ フ 解 散 。 五 月 、 世 田 谷 区 世 Ⅲ 谷 二 ノ 一 一 七 二 へ 谷 区 船 橋 明 の 武 蔵 金 属 研 究 听 に 人 り 、 圧 延 伸 張 工 と し て 翌 年 六 月 ま 転 居 。 東 京 市 職 業 紹 介 所 知 識 階 級 失 業 者 係 を 通 じ て 、 東 京 市 社 会 局 で 働 く ( 、 社 の 人 々 の 庇 護 の も と に 外 論 な ど を 執 第 。 四 十 三 歳 年 調 査 課 千 駄 ヶ 谷 分 室 に 臨 時 雇 と な る 。 執 筆 禁 止 の 処 置 ゆ る み 、 十 一 一 昭 和 ニ 十 年 ( 一 九 四 五 ) 月 、 「 芸 術 上 の 雑 支 」 を 「 浙 一 に 発 表 。 六 月 、 「 召 集 - を 受 け 、 二 等 兵 と し て 世 田 谷 の 部 隊 に 入 隊 、 長 野 県 ー オ こ 行 く 。 八 月 、 敗 戦 。 九 月 、 「 召 集 」 を 解 除 さ れ 、 昭 和 十 四 年 ( 一 九 三 九 ) 県 郡 東 塩 日 キ 冫 ノ 三 十 七 歳 一 一 月 、 長 女 卯 女 生 ま れ る 。 四 月 、 「 歌 の わ か れ 」 を 「 新 」 に 発 表 、 一 本 田 、 つ い で 東 京 に 帰 る 。 十 一 月 、 日 本 共 産 党 に 再 人 党 。 秋 田 雨

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も 、 城 も い ま は ふ た た び 完 全 に 復 活 し て 、 被 害 の 痕 跡 濠 ば た 内 側 に 登 記 所 が あ っ た 。 あ る の は そ れ だ け で 、 は た お り さ え と ど め て い な い 。 こ こ ら へ ん は む か し か ら 機 織 の 濠 の 外 輪 に は む か し の 士 族 屋 敷 の 残 り が あ っ た 。 柴 田 の 亡 ん だ あ と は 、 あ の 『 鬼 本 多 と か や が 』 の 本 多 作 左 盛 ん な と こ ろ で 、 丸 岡 の 町 に は 家 内 工 業 的 な 小 工 場 が は ず た く さ ん あ る 。 機 の 音 が こ こ ま で き こ え て く る 筈 で す 衛 門 の 一 門 が 住 ん だ が ( 本 多 作 左 の 「 一 筆 啓 上 、 火 の よ 、 と 案 内 役 の 福 井 支 社 ( 編 集 部 注 ・ 学 研 福 井 支 社 ) の 方 が 用 心 、 お 仙 泣 す な 、 馬 麟 せ 」 と い う 有 名 な 手 紙 に 出 て い う の で 耳 を す ま し た が 、 風 の 具 合 に よ る の か 音 は き く る 「 お 仙 」 は 、 丸 岡 城 の 第 六 代 城 主 に な っ た 本 多 成 こ え て こ な か っ た 。 城 は 昭 和 二 十 六 年 か ら 三 十 年 ま で 重 の 幼 名 で あ る ー ー ー 筆 者 ) 、 そ の あ と 日 向 か ら 有 馬 が ご い っ し ん か か っ て 修 復 さ れ 再 建 さ れ た も の だ が 、 中 野 さ ん は そ 来 て 住 ん だ 。 こ の 有 馬 の と き に 明 治 御 一 新 に な っ た 。 だ ん 長 ー 、 の こ と に つ い て も 書 い て い る 。 有 馬 は 明 治 に 男 爵 に な り 、 後 に 子 爵 に な っ た か も 知 れ 「 な る ほ ど 、 霞 ヶ 城 は た し か に 国 宝 だ っ た 。 お そ ら く な い 。 五 万 石 と い う か ら 小 大 名 だ っ た わ け だ ろ う 。 元 の 姿 さ な が ら に 、 今 度 ふ た た び そ れ が 建 て ら れ た も 私 の 祖 父 は 維 新 の と き に 二 十 八 歳 く ら い だ っ た 。 明 の だ ろ う 。 け れ ど も 、 そ れ は あ の 城 で は な い 。 あ れ で 治 何 年 か 、 こ の 城 が 売 物 に 出 た 。 私 の 祖 父 が そ れ を 買 と ん は な い 。 石 垣 も 積 み 直 し た 。 そ の 石 垣 の 石 く ら い カ お う か と 思 い つ い て ・ ー 丨 ー 私 の 祖 父 と い う の も よ ほ ど 頓 そ れ を 父 親 に 相 談 元 の を 使 っ た 精 い つ ば い の と こ ろ だ ろ う 。 土 台 も 、 柱 狂 な と こ ろ が あ っ た の だ ろ う 。 も 、 板 も 、 屋 根 瓦 も 、 す べ て 新 し く つ く っ た 。 こ れ は 、 し た 。 祖 父 は 叱 り と ば さ れ て 田 5 い と ど ま っ た 。 」 こ れ を 柴 「 さ て 、 戦 争 が す ん で 、 そ れ か ら 三 年 ほ ど し て 、 こ の 坂 井 よ し ん ば 元 の に 瓜 二 つ に し ろ あ れ で は な い 。 田 は 築 か な か っ た 。 本 多 は こ こ に 住 ま な か っ た 。 有 馬 郡 か ら 吉 田 郡 、 そ れ か ら 福 井 市 へ か け て 大 地 震 が 起 っ も 住 ま な か っ た 。 こ れ は 、 明 治 の は じ め に 、 む ろ ん な い た 。 非 常 に 激 烈 な も の で 、 何 で も 、 地 震 そ の も の は さ だ か ら 、 「 こ の だ か ら 、 売 り に は 出 さ れ な か っ た 。 」 ほ ど 大 き く も な か っ た の だ が 、 地 表 に 近 い と こ ろ で そ デ き じ ん れ を 再 び 国 宝 に し て は な ら ぬ と 私 が い う の で あ る 」 れ が 始 ま っ た た め 、 破 壊 は か え っ て 甚 を き わ め た と 現 在 丸 岡 城 は 重 要 文 化 財 に 指 定 さ れ て い る が 、 こ れ か 聞 い た 。 丸 岡 町 は 全 体 完 全 に つ ぶ れ 、 霞 ヶ 城 も 完 全 ー セ ン ト 使 っ て な 4 は た ぶ ん 復 元 が 、 も と の 材 料 を 。 ハ に つ ぶ れ た 。 」 昭 和 二 十 三 年 の 福 井 地 震 で 完 全 に つ ぶ れ た 丸 岡 の 町 さ れ た た め で は な か ろ う か 。 や た ら に 崩 れ て い た 城 を