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検索対象: 現代日本の文学 40 堀田 善衛 深沢 七郎 集

現代日本の文学 40 堀田 善衛 深沢 七郎 集から 477件ヒットしました。

現代日本の文学 40 堀田 善衛 深沢 七郎 集


448 三 月 、 「 妖 術 的 過 去 」 を 「 群 像 」 に 発 表 。 四 月 、 「 別 冊 ア サ ヒ 芸 能 問 題 小 説 特 集 」 で 、 野 坂 昭 如 と 「 当 代 う ん こ 談 義 」 と 題 し て 対 談 。 同 月 、 「 私 の 動 物 記 」 を 「 東 京 新 聞 」 に 発 表 。 六 月 、 「 は じ め て 書 い た 原 稿 」 を 「 群 像 」 に 発 表 、 七 月 、 『 百 姓 志 願 』 を 毎 日 新 聞 社 か ら 刊 行 。 十 二 月 、 「 衆 生 無 辺 」 を 「 新 潮 」 に 発 表 ( 昭 和 四 十 四 年 ( 一 九 六 九 ) 五 十 五 歳 六 月 、 「 文 芸 」 で 「 自 然 と 文 学 」 と 題 し て 井 伏 鱒 一 一 と 対 談 。 九 月 、 「 べ え べ え ぶ し 」 ( 庶 民 烈 伝 ー そ の 五 ) を 「 文 芸 に 」 発 表 。 同 月 、 「 異 説 太 閤 記 」 を 「 小 説 「 宝 石 」 に 発 表 ( 十 一 一 月 ま で 連 載 ) 。 十 月 、 「 土 と 根 の 記 憶 」 ( 庶 民 烈 伝 ー そ の 六 ) を 「 海 」 に 、 十 一 月 。 「 無 妙 記 」 を 「 文 芸 」 に 、 十 二 月 、 「 お お 、 野 ざ ら し 芭 蕉 」 を 「 太 陽 」 に 発 表 昭 和 四 十 五 年 ( 一 九 七 〇 ) 五 十 六 歳 一 月 、 「 女 形 」 を 「 文 学 界 」 に 発 表 。 『 庶 民 烈 伝 』 を 新 潮 社 か ら 刊 行 。 「 巷 説 武 田 信 玄 」 を 「 文 芸 」 に 発 表 。 昭 和 四 十 六 年 ( 一 九 七 一 ) 五 十 七 歳 一 月 、 「 小 さ な ロ マ ン ス 」 を 「 文 学 界 」 に 発 表 。 こ の 年 譜 は 、 大 和 書 房 版 『 深 沢 七 郎 選 集 』 の 年 譜 )

現代日本の文学 40 堀田 善衛 深沢 七郎 集


三 な ど と 同 期 で 卒 業 し 、 福 沢 諭 吉 を 尊 敬 す る 読 書 好 き も ア ハ ト 風 に 改 造 す る 。 日 本 海 に 面 し て 困 難 な 埋 立 の 英 国 型 の 紳 士 で あ っ た 。 彼 は 古 い し き た り に 縛 ら れ 事 業 を す る 。 つ い に は 陸 に あ が っ て ト ラ ッ ク 運 送 業 を て い る 廻 船 問 屋 を 合 理 化 、 近 代 化 し よ う と さ ま ざ ま な は じ め る な ど さ ま ざ ま な 事 業 を 行 っ た が す べ て 失 敗 ば く だ い 努 力 を し た が 、 結 局 時 勢 に は 勝 て な か っ た 。 明 治 末 期 し 、 莫 大 な 借 金 だ け が 残 る 。 そ し て 実 業 界 か ら 手 を ひ か ら 大 正 期 に か け 、 時 代 遅 れ の 和 船 な ど で は 商 売 で き き 、 県 会 議 員 、 議 長 な ど 地 方 の 有 力 政 治 家 に な っ た 。 な く な り 鉄 製 の 貨 物 船 を 持 っ 船 会 社 に な ら な け れ ば 大 養 木 堂 、 永 井 柳 太 郎 な ど 政 界 の 名 士 た ち が 続 々 や っ 生 き の び る こ と が で き な か っ た 。 資 本 主 義 的 経 営 に う て く る 。 家 で は 日 本 各 地 の 一 族 が 集 ま っ て 連 日 、 破 産 ま く 切 リ 替 え た も の だ け が 、 今 日 大 会 社 と し て 盛 え て の 後 始 末 の 親 族 会 議 が ひ ら か れ る 。 母 は 貧 し い 人 々 の い る が 、 殆 ん ど の 問 屋 は 没 落 し た 。 函 館 の 廻 船 問 屋 で た め の 託 児 所 を ひ ら く な ど 社 会 事 業 に 打 ち こ む よ う に あ っ た 亀 井 勝 一 郎 の 生 家 も こ の 頃 没 落 し て い る 。 堀 田 な る 。 そ う い う 大 正 末 期 か ら 昭 和 初 期 の 不 景 気 時 代 の 勝 文 は 善 衛 の 生 ま れ た 直 後 起 っ た 米 騒 動 で は 、 祖 母 の 没 落 す る 旧 家 に 堀 田 善 衛 は 育 っ た の で あ る 。 チ ェ も あ っ て 買 占 め て い た 米 倉 を ひ ら き 廉 売 し 、 風 呂 そ れ に し て も 日 本 の 文 学 者 は 地 方 の 名 門 、 豪 家 の 出 釜 で か ゆ を つ く り 貧 し い 人 々 に 与 え る な ど し て 襲 撃 を 身 が 多 い こ と に 驚 か さ れ る 。 島 崎 藤 村 、 田 山 花 袋 、 正 免 れ た と い う 。 こ の 生 後 一 年 の 米 騒 動 、 シ ベ リ ア 出 兵 宗 白 鳥 、 近 松 秋 江 な ど の 自 然 主 義 文 学 者 を は じ め 北 原 は 祖 母 な ど か ら 聞 か さ れ た た め で あ ろ う 。 堀 田 善 衛 の 白 秋 、 萩 原 朔 太 郎 、 佐 藤 春 夫 、 川 端 康 成 、 井 伏 鱒 二 、 、 い に 強 い 関 心 を 持 っ て 残 り 、 後 年 「 夜 の 森 」 な ど の 作 太 宰 治 、 木 山 捷 平 、 坂 口 安 吾 、 埴 谷 雄 高 、 河 上 徹 太 郎 、 ロ 聞 が 、 つ ま れ る 亀 井 勝 一 郎 、 檀 一 雄 、 火 野 葦 平 等 々 、 数 え あ げ れ ば き ) か な い ほ ど だ 。 そ の 殆 ん ど が 没 落 し か か っ て い る 旧 勝 文 は 工 面 し て 鉄 製 の 蒸 気 船 を 神 戸 の 造 船 所 に 発 注 し 、 少 年 だ っ た 堀 田 善 衛 が 金 の で 綱 を 切 り 進 水 式 が 家 で あ り 、 彼 ら は そ の 家 か ら 脱 出 し 上 京 し 文 学 者 に な 一 丁 つ れ た り し た が 、 そ の 汽 船 も や が て 人 手 に わ た る る 。 特 に 越 中 の 堀 田 善 衛 の 生 家 は 、 越 後 の 坂 口 安 吾 の 問 屋 式 の 代 表 的 建 築 と し て よ く 写 真 集 に も 載 っ た り し 生 家 と 状 況 が よ く 似 て い る 。 代 々 そ の 地 方 き っ て の 名 こ 、 沿 員 を と め た り 、 門 で 富 豪 で あ っ た が 、 父 の 代 か ら 家 産 が 傾 き 、 と も に 密 航 者 や 密 輸 品 を か く ま っ た り す る 隠 れ 二 階 の あ る 、 黒 光 り す る 大 き な 堀 田 家 の 屋 敷 地 方 の 有 力 政 治 家 に な る 。 ( 坂 口 家 に も 大 養 木 堂 や 加 め ん お の

現代日本の文学 40 堀田 善衛 深沢 七郎 集


現 代 日 本 の 文 学 40 堀 田 善 衛 桀 ラ 尺 七 集 三 川 井 伊 北 尾 奥 足 崎 野 立 集 端 上 藤 修 ↓ 杜 秀 健 巻 委 紀 康 夫 樹 男 夫 成 靖 整 学 習 研 究 社

現代日本の文学 40 堀田 善衛 深沢 七郎 集


周 一 、 窪 田 啓 作 、 原 田 義 人 ら を 知 る 。 在 学 七 年 間 に 、 下 宿 を 十 六 回 変 り 、 阿 佐 谷 に い た 頃 、 青 柳 瑞 穂 、 堀 辰 雄 を 知 る 。 在 学 中 、 ポ ー ド レ ー ル 、 マ ラ ル メ 、 ベ ル レ ー ヌ 、 ラ ン ポ ー な ど フ ラ ン ス 象 徴 詩 を 中 心 に 主 と し て 十 九 世 紀 以 降 の 詩 を 愛 読 。 そ の ほ か 、 ・ ハ ル ザ ッ ク 、 ネ ル ・ ハ ル 、 ニ ー チ ェ な ど や マ ル ク ス 主 義 の 文 献 な ど も 読 み 、 ま た 神 秘 大 正 七 年 ( 一 九 一 八 ) 主 義 に 魅 せ ら れ も し た 。 こ の 頃 、 学 費 を か せ ぐ た め に し ば ら く 映 画 七 月 十 七 日 、 富 山 県 高 岡 市 伏 木 港 に 生 ま れ た 。 父 は 堀 田 勝 文 、 母 は 会 社 に 動 め 、 ま た 旅 ま わ り の 音 楽 団 に 入 っ た こ と も あ る 。 く に 。 三 男 で あ っ た 。 堀 田 家 は 、 代 々 廻 船 問 屋 を い と な む 旧 家 。 父 の 勝 昭 和 十 七 年 ( 一 九 四 一 l) 二 十 四 歳 文 は 野 口 家 の 出 で 、 慶 大 理 財 科 を 卒 業 後 、 堀 田 家 の 養 子 と な っ た 人 。 九 月 、 慶 応 大 学 を 卒 業 す る 。 卒 業 論 文 は 「 ラ ン ポ ー と ド ス ト エ フ ス 大 正 十 四 年 ( 一 九 二 五 ) 七 歳 キ ー 」 。 十 月 、 国 際 文 化 振 興 会 に 就 職 。 こ こ で 伊 集 院 清 三 を 知 り 、 そ 四 月 、 伏 木 尋 常 小 学 校 に 入 学 す る 。 こ の 頃 、 家 業 の 廻 船 業 は 近 代 資 の 紹 介 で 吉 田 健 一 に 会 い 「 批 評 」 の 同 人 と な る 。 「 批 評 」 で 河 上 徹 本 主 義 の 波 に と り の こ さ れ て 不 振 が つ づ き 、 家 は 零 落 し は じ め る 。 太 郎 、 小 林 秀 雄 、 芳 賀 檀 、 中 村 光 夫 、 山 本 健 吉 、 西 村 孝 次 ら を 知 る 。 父 は 政 治 家 を こ こ ろ ざ す よ う に な り 、 母 は 託 児 所 を は じ め る 。 昭 和 十 八 年 ( 一 九 四 三 ) 一 一 十 五 歳 昭 和 六 年 ( 一 九 三 一 ) 十 三 歳 国 際 文 化 振 興 会 を 辞 す 。 五 月 、 エ ッ セ イ 「 未 来 に つ い て 」 を 「 山 河 」 三 月 、 伏 木 尋 常 小 学 校 を 卒 業 す る 。 四 月 、 石 川 県 立 第 一 一 中 学 校 に 入 に 発 表 。 十 月 、 軍 令 部 臨 時 欧 州 戦 争 軍 事 情 報 調 査 部 に 徴 用 さ れ 、 欧 学 。 中 学 時 代 、 音 楽 に 熱 中 し て 。 ヒ ア ノ を 習 う が 、 耳 を わ ず ら い 、 断 念 。 州 事 情 の 調 査 に 従 事 す る 。 「 批 評 」 に 「 西 行 論 」 を 連 載 し 、 主 と し 昭 和 十 一 年 ( 一 九 三 六 ) 十 八 歳 て 詩 と 詩 論 を 発 表 。 こ の 年 、 中 国 に 対 す る 関 心 を 深 め 、 中 国 語 を 習 う 。 三 月 、 石 川 県 立 第 一 一 中 学 校 を 卒 業 す る 。 四 月 、 慶 応 義 塾 大 学 法 学 部 昭 和 十 九 年 ( 一 九 四 四 ) 一 一 十 六 歳 政 治 学 科 予 科 に 入 学 。 八 月 、 日 本 海 沿 岸 、 北 海 道 、 樺 太 に 旅 行 。 一 一 月 、 東 部 第 四 十 八 部 隊 に 召 集 さ れ た が 、 肋 骨 を 折 り 胸 部 疾 患 と な 昭 和 十 四 年 ( 一 九 三 九 ) 二 十 一 歳 り 、 富 山 陸 軍 病 院 に 三 か 月 入 院 。 五 月 、 召 集 解 除 。 こ の 年 、 療 養 の 四 月 、 慶 大 法 学 部 政 治 学 科 に 進 学 す る が 、 六 法 全 書 を 読 む こ と を 断 か た わ ら 、 短 篇 三 、 長 篇 一 を 書 い た が 、 い ず れ も 一 一 十 年 の 空 襲 の た 衛 念 し 、 文 学 書 を 耽 読 す る 。 め に 焼 失 し た 。 田 昭 和 十 五 年 ( 一 九 四 〇 ) 二 十 二 歳 昭 和 ニ 十 年 ( 一 九 四 五 ) 一 一 十 七 歳 堀 四 月 、 慶 大 文 学 部 フ ラ ン ス 文 学 科 に 転 科 す る 。 在 学 中 、 白 井 浩 司 、 三 月 、 ふ た た び 国 際 文 化 振 興 会 に も ど り 、 同 会 に 派 遣 さ れ て 、 中 国 鈴 木 重 雄 、 村 次 郎 、 芥 川 比 呂 志 、 加 藤 道 夫 、 那 須 国 男 、 片 山 修 三 ら へ 行 く 。 上 海 で 、 武 田 泰 淳 、 石 上 玄 一 郎 を 知 る 。 五 月 、 武 田 泰 淳 と を 知 る 。 ま た 詩 の 同 人 誌 「 荒 地 」 「 山 の 樹 」 「 詩 集 」 な ど の 同 人 と な と も に 南 京 に 旅 行 、 草 野 心 平 を 知 り 、 詩 誌 「 歴 程 」 の 同 人 に な る 。 り 鮎 川 信 夫 、 田 村 隆 一 、 中 桐 雅 夫 、 三 好 豊 一 郎 、 中 村 真 一 郎 、 加 藤 六 月 、 蘇 州 に 旅 行 。 十 一 一 月 、 中 国 国 民 党 宣 伝 部 に 徴 用 さ れ た 。 堀 田 善 衛 年 囀 1 一 1 ロ

現代日本の文学 40 堀田 善衛 深沢 七郎 集


昭 和 三 十 年 ( 一 九 五 五 ) 三 十 七 歳 一 月 、 評 論 集 『 乱 世 の 文 学 者 』 を 未 来 社 か ら 刊 行 。 一 一 月 、 「 中 国 は 一 月 、 「 帰 還 」 を 「 世 界 」 に 、 「 は や り う た 」 を 「 群 像 」 、 「 玄 浄 遺 未 来 を 建 設 し て い る ー 惨 勝 ・ 解 放 ・ 基 本 建 設 」 を 「 中 央 公 論 」 に 、 言 」 を 「 改 造 」 に 、 三 月 、 「 倖 せ か ? 」 を 「 文 学 界 」 に 発 表 。 四 月 、 三 月 、 『 現 代 怪 談 集 』 を 東 京 創 元 社 か ら 刊 行 。 六 月 、 第 一 回 ア ジ ア ・ 『 時 間 』 を 新 潮 社 か ら 刊 行 。 五 月 、 「 記 念 碑 ー を 「 中 央 公 論 」 に 連 ア フ リ カ 作 家 会 議 の 準 備 の 打 合 わ せ の た め 、 ソ ・ ヒ エ ト 、 ス ウ ェ ー デ 載 、 八 月 完 。 七 月 、 短 篇 集 『 砕 か れ た 顔 』 を 筑 摩 書 房 か ら 刊 行 。 十 ン 、 フ ラ ン ス 、 ア フ リ カ 諸 国 を ま わ り 、 八 月 帰 国 。 六 月 、 三 田 文 学 月 、 『 夜 の 森 』 を 講 談 社 か ら 刊 行 。 十 一 月 、 埴 谷 雄 高 、 野 間 宏 、 梅 の 編 集 委 員 と な る ( 三 十 七 年 三 月 ま で ) 。 七 月 、 「 宿 望 」 を 「 三 田 文 崎 春 生 、 武 田 泰 淳 、 椎 名 第 三 、 中 村 真 一 郎 ら と と も に 「 あ さ っ て の 学 」 に 発 表 。 十 一 月 、 ラ ジ オ ド ラ マ 「 日 本 の 天 」 (znæ) に よ っ 会 」 を つ く っ た 。 『 記 念 碑 』 を 中 央 公 論 社 か ら 刊 行 。 て 芸 術 奨 励 賞 を 受 け る 。 十 二 月 、 『 堀 田 善 衛 集 』 ( 新 選 現 代 日 本 文 学 昭 和 三 十 一 年 ( 一 九 五 六 ) 三 十 八 歳 全 集 ) を 筑 摩 書 房 か ら 刊 行 。 一 月 、 「 奇 妙 な 青 春 」 ( 「 記 念 碑 」 第 二 部 ) を 「 中 央 公 論 」 に 連 載 、 昭 和 三 十 四 年 ( 一 九 五 九 ) 四 十 一 歳 四 月 完 。 四 月 、 「 ・ か ら の 呼 出 状 」 ( 現 代 怪 談 集 一 ) を 「 別 冊 文 一 月 、 「 河 」 を 「 中 央 公 論 文 芸 特 集 」 に 発 表 。 一 一 月 、 「 運 命 」 を 「 文 藝 眷 秋 」 に 発 表 。 六 月 、 「 ど す 黒 い 川 」 ( 現 代 怪 談 集 一 一 ) を 「 別 冊 文 学 界 」 に 発 表 。 四 月 、 『 河 』 を 中 央 公 論 社 か ら 刊 行 。 戯 曲 「 連 命 」 藝 春 秋 」 に 発 表 。 『 奇 妙 な 青 春 』 を 中 央 公 論 社 か ら 刊 行 。 八 月 、 「 大 が 劇 団 「 民 芸 」 に よ る 初 演 。 七 月 、 評 論 集 『 上 海 に て 』 を 筑 摩 書 房 陰 謀 」 ( 現 代 怪 談 集 三 ) を 「 別 冊 文 藝 春 秋 」 に 、 十 月 、 「 も り か え す 」 か ら 刊 行 。 十 月 、 評 論 集 『 後 進 国 の 未 来 像 』 を 新 潮 社 か ら 刊 行 。 十 を 「 文 学 界 」 に 、 「 王 国 の 鍵 」 ( 現 代 怪 談 集 四 ) を 「 別 冊 文 藝 春 秋 」 一 月 、 「 零 か ら 数 え て 」 ( 第 一 部 ・ 十 二 月 ま で ) を 「 文 学 界 」 に 発 表 。 に 、 十 一 月 、 「 鬼 無 鬼 島 」 を 「 群 像 」 に 発 表 。 十 二 月 、 「 砂 川 か ら ・ フ 昭 和 三 十 五 年 ( 一 九 六 〇 ) 四 十 二 歳 ダ ベ ス ト ま で 」 を 「 中 央 公 論 」 に 発 表 。 十 月 、 ア ジ ア 作 家 会 議 出 席 一 月 、 「 審 判 」 を 「 世 界 」 に 連 載 ( 三 十 七 年 十 一 一 月 ま で ) 。 評 論 集 の た め イ ン ド へ 行 く 。 ビ ル マ 、 タ イ を 経 て 三 十 二 年 一 月 帰 国 。 こ の 『 建 設 の 時 代 』 を 新 潮 社 か ら 刊 行 。 六 月 、 『 零 か ら 数 え て 』 を 文 芸 年 、 日 本 文 化 人 会 議 よ り 平 和 文 化 賞 を 受 け た 。 春 秋 新 社 か ら 刊 行 。 九 月 、 「 海 鳴 り の 底 か ら 」 を 「 朝 日 ジ ャ ー ナ ル 」 昭 和 三 十 ニ 年 ( 一 九 五 七 ) 三 十 九 歳 に 連 載 ( 九 月 ま で ) 。 十 月 、 『 香 港 に て 』 を 新 潮 社 か ら 刊 行 。 四 十 三 歳 二 月 、 「 背 景 」 を 「 文 学 界 」 に 発 表 。 三 月 、 『 鬼 無 鬼 島 』 を 新 潮 社 か 昭 和 三 十 六 年 ( 一 九 六 一 ) 衛 ら 刊 行 。 六 月 、 「 黄 金 の 悲 し み 」 を 「 別 冊 文 藝 春 秋 一 に 発 表 。 十 月 、 三 月 、 ア ジ ア ・ ア フ リ カ 作 家 会 議 東 京 大 会 に 参 加 。 十 一 月 、 中 国 作 既 中 国 作 家 協 会 か ら 日 中 友 好 交 流 の た め 山 本 健 吉 、 井 上 靖 、 中 野 重 治 家 協 会 の ま ね き で 中 村 光 夫 、 武 田 泰 厚 、 椎 名 三 ら と と も に 訪 中 。 堀 ら と と も に 中 国 に 招 待 さ れ 、 約 一 か 月 滞 在 。 十 二 月 、 「 明 日 、 泣 け 」 昭 和 三 十 七 年 ( 一 九 六 一 l) 四 十 四 歳 を 「 別 冊 文 藝 春 秋 」 に 発 表 。 『 イ ン ド で 考 え た こ と 』 を 岩 波 書 店 か 一 月 、 第 二 回 ア ジ ア ・ ア フ リ カ 作 家 会 議 の た め 、 カ イ ロ へ 行 き 、 帰 4 ら 刊 ( 何 ( ) 路 、 武 田 泰 淳 と と も に モ ス ク ワ 、 ・ ハ リ 、 マ ド リ ッ ド を 経 て 、 三 月 帰 昭 和 三 十 三 年 ( 一 九 五 八 ) 四 十 歳 国 。 八 月 、 「 黒 い 旗 」 を 「 文 学 界 」 に 発 表 。 十 月 、 ア ジ ア ・ ア フ 屮

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F . ゝ ヾ ・ メ ・ 、 ー ヾ 2 滯 叫 た 。 ギ タ ー の 先 生 は 、 四 亀 清 子 氏 、 小 倉 俊 氏 、 横 山 ( 後 に 佐 藤 ) 志 、 」 ノ 2 価 智 子 氏 。 こ の 間 、 七 郎 は 、 山 梨 の 実 家 に 帰 っ て 家 事 に 従 事 し た り 、 7 、 「 、 《 い メ 4 、 当 、 東 京 に 出 て 職 を さ が し た り 、 ギ タ ー の 練 習 に う ち こ ん だ り し て 、 日 7 、 、 ム い メ 5 メ 日 を 過 し た の で あ る 。 ー て 6 7 ) 、 7 ・ 0 5 圧 二 十 歳 昭 和 九 年 ( 一 九 三 四 ) 7 、 「 、 ハ い メ 7 き ー = 々 こ の 頃 、 胸 部 疾 患 に か か り 、 病 床 六 か 月 、 以 後 ふ ら ぶ ら と 過 す 。 徴 兵 検 査 は 丙 種 合 格 。 そ の 後 、 再 検 査 し て 丁 種 と な る 。 石 和 町 で 丁 種 こ の 演 奏 会 で 、 七 郎 が 日 本 で 最 初 に そ れ ま で の 羊 腸 絃 に か え て ナ イ は 、 め く ら 、 ち ん ば 、 白 痴 の ほ か は 七 郎 だ け だ っ た 。 や が て 、 満 州 ロ ン 絃 を 使 用 し た 。 四 十 歳 昭 和 ニ 十 九 年 ( 一 九 五 四 ) 事 変 、 支 那 事 変 と つ づ き 、 「 軍 需 産 業 」 と い う 言 葉 が 流 行 す る 頃 、 七 郎 は 軍 需 産 業 の 会 社 に 勤 め よ う と 思 う が よ い 口 が な く 、 徴 兵 保 険 前 年 暮 か ら 、 日 劇 ミ ュ ー ジ ッ ク ・ ホ 1 ル の 正 月 公 演 「 一 日 だ け の 恋 人 」 の ス ペ イ ン 景 で 、 踊 り と 組 ん で 特 別 出 演 。 五 月 ま で つ づ く 。 芸 会 社 ( 富 国 生 命 保 険 ) に 勤 務 す る 。 一 一 十 四 歳 名 を 桃 原 青 一 一 と 名 乗 っ た 。 秋 の 公 演 で も 、 ま た 特 別 出 演 す る 。 昭 和 十 三 年 ( 一 九 三 八 ) 四 十 二 歳 昭 和 三 十 一 年 ( 一 九 五 六 ) 徴 兵 保 険 に 勤 務 し て 間 も な く 、 日 支 事 変 で 出 征 し た 人 の か わ り に 、 二 月 、 「 楢 山 節 考 」 を 書 く 。 日 劇 ミ ュ ー ジ ッ ク ・ ホ ー ル の 構 成 演 出 九 州 の 支 店 に 転 勤 。 博 多 に 生 ん だ 。 二 十 五 歳 を し て い た 丸 尾 長 顕 の す す め で 、 「 楢 山 節 考 」 を 「 中 央 公 論 」 の 新 昭 和 十 四 年 ( 一 九 三 九 ) ー ・ リ サ 人 賞 に 応 募 。 十 月 、 受 賞 。 選 考 委 員 は 伊 藤 整 、 武 田 泰 淳 、 三 島 由 紀 秋 、 博 多 か ら 帰 り 、 丸 ノ 内 明 治 生 命 講 堂 で 、 第 一 回 の ギ タ イ タ ル を 開 く 。 使 用 し た ギ タ ー は 、 宮 本 金 八 翁 作 の 「 瑞 雲 」 。 ギ タ 夫 だ っ た 。 一 年 ほ ど 前 に 書 い た 「 揺 れ る 家 」 を 「 新 潮 」 に 発 表 。 四 十 三 歳 昭 和 三 十 ニ 年 ( 一 九 五 七 ) ー ・ リ サ イ タ ル は 戦 争 中 、 第 十 七 回 ま で つ づ い た 。 三 十 一 一 歳 一 月 、 「 中 央 公 論 」 に 「 東 北 の 神 武 た ち 」 を 発 表 。 同 月 、 『 楢 山 節 考 』 昭 和 ニ 十 一 年 ( 一 九 四 六 ) を 中 央 公 論 社 よ り 刊 行 。 一 一 月 、 「 文 芸 」 で 「 楢 山 節 考 」 を め ぐ っ て こ の 頃 、 乾 性 ロ ク マ ク 炎 と な る 。 三 十 五 歳 と 題 し 、 井 伏 鱒 二 と 対 談 。 四 月 、 「 三 つ の エ チ ュ ー ド 」 を 「 知 性 」 終 昭 和 ニ 十 四 年 ( 一 九 四 九 ) 月 上 と い う 名 で 旅 廻 り 刊 号 に 発 表 。 こ の 中 で 「 魔 法 使 い の ス ケ ル ツ オ 」 は 、 一 九 四 七 年 こ の 年 か ら 昭 和 二 十 九 年 ま で 、 芸 名 ジ ミ ー ・ ー 頃 、 山 梨 県 石 和 で 書 い た も の が 、 た ま た ま ギ タ ー の 楽 譜 の 間 か ら 発 の ・ ハ ン ド に 入 っ た り 、 衣 類 の 行 商 の 仲 間 に 入 っ た り し た 。 三 十 八 歳 見 さ れ た も の 。 「 月 の ア ・ ヘ ニ ン 山 」 は 、 一 九 五 四 年 頃 書 い た も の 。 昭 和 ニ 十 七 年 ( 一 九 五 一 l) 戦 後 、 七 郎 に と っ て 初 の ギ タ ー ・ リ サ イ タ ル を 、 神 田 で 開 同 月 、 「 中 央 公 論 」 で 、 「 土 の 匂 い の す る 文 学 」 に つ い て 石 坂 洋 次 郎 と 対 談 し た 。 く 。 そ の と き の 曲 目 は 、 四 十 四 歳 昭 和 三 十 三 年 ( 一 九 五 八 ) F. ヾ ~ メ 、 ー ヾ 1 疑

現代日本の文学 40 堀田 善衛 深沢 七郎 集


現 代 日 本 の 文 学 40 堀 田 善 衛 深 沢 七 郎 全 60 巻 著 者 発 行 者 発 行 所 田 善 衛 深 沢 七 郎 古 岡 滉 集 昭 和 57 年 10 月 1 日 26 版 発 行 昭 和 46 年 2 月 1 日 初 版 発 行 堀 学 習 研 究 社 東 京 都 大 田 区 上 池 台 4 ー 40 ー 5 〒 145 振 替 東 京 8 ー 142930 電 話 東 京 ( 720 ) 1111 ( 大 代 表 ) 印 刷 大 日 本 印 刷 株 式 会 社 暁 印 刷 株 式 会 社 製 本 文 勇 堂 製 本 工 業 株 式 会 社 本 文 用 紙 三 菱 製 紙 株 式 会 社 表 紙 ク ロ ス 東 洋 ク ロ ス 株 式 会 社 製 函 永 井 紙 器 印 刷 株 式 会 社 * こ の 本 に 関 す る お 問 合 せ や ミ ス な ど が あ り ま し た ら , 文 書 は . 東 京 都 大 田 区 上 池 台 4 丁 目 40 番 5 号 ( 〒 145 ) 学 研 お 客 さ ま 相 談 セ ン タ ー 現 代 日 本 の 文 学 係 へ , 電 話 は , 東 京 ( 03 ) 720 ー 1111 へ お 願 い し ま す 。 ◎ Yoshie Hotta, Shichiro Fukazawa 1971 本 書 内 容 の 無 断 複 写 を 禁 す Printed in Japan ISBN4 ー 05 ー 050250 ー X C0393

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二 十 八 歳 学 界 」 に 、 八 月 、 「 物 い わ ぬ 人 」 を 「 近 代 文 学 」 に 発 表 。 十 一 月 、 昭 和 ニ 十 一 年 ( 一 九 四 六 ) こ の 年 、 ひ き つ づ い て 上 海 に 滞 在 、 「 祖 国 喪 失 」 「 歯 車 」 な ど の 草 稿 『 広 場 の 孤 独 』 を 中 央 公 論 社 か ら 刊 行 。 を 書 き は じ め る 。 五 月 、 評 論 「 反 省 と 希 望 」 を 「 改 造 評 論 」 ( 上 海 ) 昭 和 ニ 十 七 年 ( 一 九 五 一 l) 三 十 四 歳 に 発 表 。 十 月 、 盗 難 に あ い 、 所 持 品 な ど す べ て を 失 う 。 一 月 、 「 広 場 の 孤 独 」 そ の 他 に よ り 第 二 十 六 回 芥 川 賞 を 受 け る 。 二 昭 和 ニ 十 ニ 年 ( 一 九 四 七 ) 一 一 十 九 歳 月 、 「 断 層 」 を 「 改 造 」 に 、 「 潜 函 」 を 「 中 央 公 論 」 に 、 「 歴 史 」 を 「 別 一 月 、 帰 国 。 二 月 、 世 界 日 報 社 に 入 社 。 六 月 、 「 上 海 で 考 え た こ と 」 冊 文 藝 春 秋 」 に 、 三 月 、 「 燈 台 へ 」 を 「 群 像 」 に 、 四 月 、 「 無 人 地 帯 」 を 「 中 国 文 化 」 の 創 刊 号 に 発 表 。 十 二 月 、 詩 「 断 章 」 を 「 日 本 未 来 を 一 新 潮 」 に 、 五 月 、 「 石 を 愛 す る 男 」 を 「 文 学 界 」 に 、 ル ポ ル タ 派 」 に 発 表 。 ー ジ ュ 「 朝 霞 と 立 川 」 を 「 婦 人 公 論 」 に 発 表 。 短 篇 集 『 祖 国 喪 失 』 昭 和 ニ 十 三 年 ( 一 九 四 八 ) 三 十 歳 を 文 藝 秋 新 社 よ り 刊 行 。 七 月 、 「 不 幸 へ の 意 志 」 を 「 群 像 」 に 、 八 月 、 吉 田 健 一 と 共 訳 で キ ル ケ ゴ 1 ル の 『 追 憶 の 哲 理 』 を 大 地 書 房 「 幸 福 へ の 意 志 」 を 「 新 日 本 文 学 」 に 発 表 。 八 月 、 「 影 の 部 分 」 を よ り 刊 行 。 九 月 、 世 界 日 報 社 解 散 の た め 退 社 、 神 奈 川 県 逗 子 に 居 を 「 文 藝 眷 秋 」 に 発 表 。 十 一 月 、 「 国 境 」 を 「 群 像 」 に 発 表 。 短 篇 集 定 め た 。 十 二 月 、 「 波 の 下 」 を 「 個 性 」 に 発 表 。 『 捜 索 』 を 未 来 社 か ら 刊 行 。 十 二 月 、 「 重 慶 の 墓 」 を 「 文 芸 」 に 発 表 。 昭 和 ニ 十 四 年 ( 一 九 四 九 ) 三 十 一 歳 三 十 五 歳 昭 和 ニ 十 八 年 ( 一 九 五 = l) 一 月 、 佐 々 木 基 一 、 山 下 肇 ら と と も に 社 会 時 評 「 闇 黒 の 生 態 」 を 二 月 、 「 鹿 地 事 件 に 於 け る 小 説 的 解 釈 」 を 「 新 潮 」 に 、 「 危 険 な 物 」 「 新 日 本 文 学 」 で 担 当 す る 。 五 月 、 「 国 な き 人 々 」 を 「 世 界 の 動 き 」 を 「 文 学 界 」 に 発 表 。 『 堀 田 善 衛 集 』 ( 新 文 学 全 集 ) を 河 出 書 房 か ら に 、 「 共 犯 者 」 を 「 個 性 」 に 発 表 。 十 一 月 、 ツ ワ イ ク 「 最 後 の 賭 」 を 刊 行 。 七 月 、 武 田 泰 淳 と の 対 談 「 現 代 に つ い て 」 を 「 文 学 界 」 に 、 翻 訳 し 、 「 個 性 」 に 発 表 。 八 月 、 「 砕 か れ た 顔 」 を 「 改 造 」 に 発 表 。 『 広 場 の 孤 独 ・ 祖 国 喪 失 』 昭 和 ニ 十 五 年 ( 一 九 五 〇 ) 三 十 一 一 歳 ( 現 代 日 本 名 作 選 ) を 筑 摩 書 房 か ら 刊 行 。 九 月 、 「 工 場 の な か の 橋 」 び よ ′ カ 一 月 、 「 被 革 命 者 」 を 「 改 造 文 芸 」 に 発 表 。 三 月 ま で 病 臥 し た 。 五 を 「 新 潮 」 に 、 十 月 、 「 破 滅 型 」 を 「 新 潮 ー に 、 「 広 場 日 記 」 を 「 群 月 、 「 祖 国 喪 失 」 を 「 群 像 」 に 、 「 彷 徨 え る 猶 太 人 」 を 「 人 間 」 に 発 像 」 に 、 十 一 月 、 「 時 間 」 を 「 世 界 」 に 発 表 。 『 歴 史 』 を 新 潮 社 か ら 表 。 七 月 、 読 売 新 聞 社 渉 外 部 に 一 週 間 動 務 し た 。 十 一 月 、 『 モ ー ・ ハ 刊 行 。 十 一 月 十 一 一 日 、 父 堀 田 勝 文 死 去 。 サ ン 詩 集 』 を 翻 訳 し 酣 燈 社 よ り 刊 行 。 十 一 一 月 、 「 捜 索 」 を 「 新 潮 」 三 十 六 歳 昭 和 ニ 十 九 年 ( 一 九 五 四 ) に 、 「 十 二 月 八 日 ー 悔 恨 の 名 に お い て 」 を 「 婦 人 画 報 」 に 発 表 。 一 月 、 「 夜 の 森 」 を 「 群 像 」 に 、 三 月 、 「 或 る 公 爵 の 話 」 を 「 文 芸 」 昭 和 ニ 十 六 年 ( 一 九 五 一 ) 三 十 三 歳 に 発 表 。 六 月 、 「 囚 わ れ て 」 を 「 群 像 」 に 、 七 月 、 「 山 川 草 木 」 を 一 一 月 、 「 夜 来 香 」 を 「 文 学 界 」 に 、 五 月 、 「 歯 車 」 を 「 文 学 」 の 創 「 改 造 」 に 、 「 受 難 楽 」 を 「 文 学 界 」 に 、 十 月 、 「 水 際 の 人 」 を 「 別 刊 号 に 、 八 月 、 「 広 場 の 孤 独 」 の 前 半 を 「 人 間 」 の 終 刊 号 に 、 九 月 、 冊 文 藝 春 秋 」 に 、 十 一 月 、 「 萩 原 朔 太 郎 と 金 子 光 晴 」 を 岩 波 講 座 『 文 「 広 場 の 孤 独 」 の 全 部 を 「 中 央 公 論 文 芸 特 集 」 に 、 「 漢 奸 」 を 「 文 学 の 創 造 を 鑑 賞 』 ① に 、 十 二 月 、 「 雪 ど け 」 を 「 群 像 」 に 発 表 。

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4 第 を 第 上 昭 和 30 年 頃 、 日 劇 ミ ホ ー ル の 楽 屋 裏 で 左 昭 和 29 年 、 日 劇 ミ ジ ッ ク ・ ホ ー ル の 正 月 公 演 、 一 日 だ け の 恋 人 " に 特 別 出 演 。 踊 り 手 は 、 美 は 、 う の は ま れ 高 い 関 ひ な 子 ジ ッ ク ュ て 居 坐 ろ う と し な い た め に 、 飾 ら す 、 歪 め ら れ す 、 生 地 自 体 の 味 わ い で あ ら わ れ て く る 。 そ し て 、 こ の 現 実 の 図 に 視 入 る 彼 の 目 の 深 度 と 率 直 さ に つ れ て 、 そ の 生 地 の 果 て に 、 或 る 底 深 い 自 然 の 姿 の よ う な も の が あ ら わ れ て く る 。 こ う い う 人 間 の 底 か ら あ ら わ れ て く る 自 然 と い う も の こ そ 、 あ の 問 い か 触 れ よ う と し た 、 一 種 の 生 の 手 ざ わ り 、 生 の 基 本 の 音 調 な の で あ る 。 こ こ に 『 太 陽 の 季 節 』 の 作 者 の 言 葉 が あ る 。 同 時 に 出 発 し な が ら は と ん ど 正 反 対 の 方 向 へ と 歩 い た 石 原 慎 太 郎 か 彼 を 、 「 稀 有 な る 存 在 論 の 作 家 」 と し て 賛 え る と き 、 、 そ こ に は 本 質 的 な 洞 察 が あ り 、 ま た 同 時 代 の ( ( 文 学 者 の 美 し い 賛 辞 が あ る 。 し よ せ ん 「 私 は 所 全 、 総 べ て 文 学 の 根 は 存 在 論 だ と 思 う 。 そ し て 、 そ の 作 品 の 中 に 、 そ の 作 家 自 身 の オ ン ト ロ ジ ー を 持 た ぬ 作 家 は 一 流 と は 一 一 口 え な い 。 は レ え ひ ょ わ そ う し た 観 点 で 見 れ ば 、 日 本 の 殆 ど の 文 学 が 脾 弱 な 二 流 で し か な い ( 略 ) そ し て 深 沢 七 郎 は 日 本 の 文 壇 の 中 で 、 作 家 自 身 の オ ン ト ロ ジ ー を 持 っ 稀 有 な る 作 家 の 人 で あ る 」 ( 大 和 書 房 「 深 沢 七 郎 選 集 」 3 月 報 ) こ の 自 分 を 耒 く 隠 し て し ま っ て い る 人 間 に と っ て 475

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カ 作 家 会 議 書 記 局 出 席 の た め 、 コ ロ ン ボ に 行 き 、 同 月 帰 国 。 十 一 昭 和 四 十 ニ 年 ( 一 九 六 七 ) 四 十 九 歳 一 月 、 「 沖 縄 の 祈 り 」 を 「 世 界 」 に 、 「 墓 を め ぐ る 」 を 「 文 学 界 」 に 、 月 、 『 堀 田 善 衛 集 』 ( 日 本 文 学 全 集 ) を 新 潮 社 か ら 刊 行 。 昭 和 三 十 八 年 ( 一 九 六 = l) 四 十 五 歳 三 月 、 「 紀 元 節 と 俳 句 」 を 「 世 界 」 に 発 表 。 ソ ・ ヒ エ ト 、 ヨ ー ロ ツ ・ ハ 、 一 月 、 エ ッ セ イ 「 〈 な か じ き り ー 〉 極 北 か な れ の 果 て か 」 を 「 文 芸 」 中 近 東 へ 旅 行 。 十 月 、 「 〈 鑑 賞 席 〉 汚 れ た 手 」 を 「 朝 日 ジ ャ ー ナ ル 」 に 発 表 。 〈 な か じ き り 〉 は 〈 8 〉 ま で つ づ い た 。 六 月 、 「 風 景 異 色 」 に 、 「 外 の 私 的 な 註 若 干 」 を 「 季 刊 芸 術 」 に 発 表 。 を 「 文 学 界 」 に 発 表 。 十 月 、 「 盟 神 探 湯 」 を 「 文 学 界 」 に 発 表 。 『 審 昭 和 四 十 三 年 ( 一 九 六 八 ) 五 十 歳 判 』 を 岩 波 書 店 か ら 、 『 堀 田 善 衛 集 』 ( 新 日 本 文 学 全 集 ) を 集 英 社 か 四 月 、 「 ″ か く れ く に ″ の 熊 野 」 を 「 太 陽 」 に 、 六 月 、 「 一 冊 の 本 」 ら 刊 行 。 を 「 展 望 」 に 、 「 思 痛 記 ( 続 ) 」 を 「 増 刊 朝 日 ジ ャ ー ナ ル 」 に 、 九 昭 和 三 十 九 年 ( 一 九 六 四 ) 四 十 六 歳 月 、 「 こ と ば の こ と か ら 」 を 「 文 学 界 」 に 発 表 。 十 月 、 『 若 き 日 の 詩 三 月 、 「 あ る ヴ ェ ト ナ ム 人 」 を 「 文 学 界 」 に 、 「 感 想 」 を 「 近 代 文 学 」 人 た ち の 肖 像 』 を 新 潮 社 か ら 刊 行 す る 。 十 一 月 、 「 沖 縄 と 石 川 木 の 終 刊 号 に 発 表 。 「 文 学 的 断 面 』 を 河 出 書 房 新 社 か ら 刊 行 。 七 月 か と 」 を 「 別 冊 サ ン デ 1 毎 日 ー 読 物 専 科 」 に 発 表 。 ら 、 九 月 ま で 、 キ ュ ー ・ ハ ソ ビ エ ト 、 フ ラ ン ス へ 旅 行 。 昭 和 四 十 四 年 ( 一 九 六 九 ) 五 十 一 歳 昭 和 四 十 年 ( 一 九 六 五 ) 四 十 七 歳 一 月 、 「 小 国 の 連 命 ・ 大 国 の 運 命 」 を 「 朝 日 ジ ャ ー ナ ル 」 に 連 載 ( 六 一 月 、 「 我 慢 に つ い て 」 を 「 展 望 」 、 「 ヘ ミ ン グ ウ ェ イ 旧 宅 」 を 「 文 月 ま で ) 。 『 美 し き も の 見 し 人 は 』 を 新 潮 社 か ら 刊 行 。 一 月 二 十 二 学 界 」 に 発 表 。 五 月 、 中 野 重 治 と と も に 東 ド イ ツ ・ ベ ル リ ン お よ び 日 、 野 間 宏 、 野 坂 昭 如 ら 六 十 一 名 と 共 に 東 京 大 学 全 共 闘 支 持 を 声 ワ イ マ ー ル で 開 か れ た ベ ル リ ン ・ ワ イ マ ー ル 国 際 作 家 合 同 に 出 席 。 明 。 二 月 、 沖 縄 米 民 政 府 の 労 働 布 令 撤 回 を 百 十 六 名 の 文 化 人 グ ル ー 「 ・ ヘ ト ナ ム に 平 和 を 」 の 市 民 集 会 を 小 田 実 、 開 高 健 ら と 提 唱 。 七 月 、 ・ フ と と も に 支 持 し て 声 明 文 を 発 表 。 韓 国 の 暗 黒 裁 判 に 対 し て 、 阿 部 「 思 痛 記 」 を 「 朝 日 ジ ャ ー ナ ル 」 に 発 表 。 十 一 月 、 ア ジ ア ・ ア フ リ 知 二 、 中 野 好 夫 ら 六 十 七 名 と 共 に 反 対 声 明 。 カ 作 家 会 議 日 本 協 議 会 の 文 化 講 演 会 で 講 演 す る 。 昭 和 四 十 五 年 ( 一 九 七 〇 ) 五 十 二 歳 昭 和 四 十 一 年 ( 一 九 六 六 ) 四 十 八 歳 三 月 、 書 き 下 ろ し 『 橋 上 幻 像 』 を 新 潮 社 か ら 刊 行 。 四 月 、 「 海 」 の 一 月 、 「 若 き 日 の 詩 人 た ち の 肖 像 」 を 「 文 芸 」 に 連 載 ( 四 十 三 年 五 シ ン ポ ジ ウ ム 「 ソ ル ジ ェ ニ ー ツ イ ン の 除 名 を め ぐ っ て 」 に 出 席 。 十 月 ま で ) 。 『 キ ュ ー ・ ハ 紀 行 』 を 岩 波 書 店 か ら 刊 行 。 三 月 、 「 ふ る さ と 月 、 イ ン ド で 開 か れ た ア ジ ア ・ ア フ リ カ 作 家 会 議 に 出 席 。 十 一 一 月 帰 を 行 く ー 高 岡 」 を 「 週 刊 朝 日 」 に 、 五 月 、 「 ル イ ス ・ カ ト ウ ・ カ ト ウ 君 」 国 。 を 「 文 学 界 」 に 発 表 。 七 月 、 「 最 大 の 矛 盾 に つ い て 」 を 「 世 界 」 に 、 八 月 、 「 航 空 路 の 思 想 」 を 「 世 界 」 に 、 「 感 想 一 つ 」 を コ 二 田 文 学 」 に 、 九 月 、 「 風 邪 っ 引 き の 道 化 役 」 を 「 世 界 」 に 、 十 月 、 「 少 数 意 見 」 を 「 別 冊 潮 」 に 発 表 。 十 二 月 、 『 歴 史 と 運 命 』 を 講 談 社 か ら 刊 行 。 ( こ の 年 譜 は 、 各 種 の 年 を 参 考 に し て 編