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現代日本の文学 22 宮本 百合子 壺井 栄 集


壺 井 栄 集

現代日本の文学 22 宮本 百合子 壺井 栄 集


現 代 日 本 の 文 学 22 全 60 巻 宮 本 百 合 子 壺 井 栄 昭 和 46 年 5 月 1 日 初 版 発 行 昭 和 57 年 10 月 1 日 25 版 発 行 集 著 者 発 行 者 発 行 所 宮 本 百 合 子 壺 井 栄 古 岡 滉 鑾 学 習 研 究 社 東 京 都 大 田 区 上 池 台 4 ー 40 ー 5 〒 145 振 替 東 京 8 ー 142930 電 話 東 京 ( 720 ) 1111 ( 大 代 表 ) 印 刷 大 日 本 印 刷 株 式 会 社 暁 印 刷 株 式 会 社 製 本 株 式 会 社 若 林 製 本 工 場 本 文 用 紙 三 菱 製 紙 株 式 会 社 表 紙 ク ロ ス 東 洋 ク ロ ス 株 式 会 社 製 函 永 井 紙 器 印 刷 株 式 会 社 * こ の 本 に 関 す る お 問 合 せ や ミ ス な ど が あ り ま し た ら , 文 書 は , 東 京 都 大 田 区 上 池 台 4 丁 目 40 番 5 号 ( 〒 145 ) 学 研 お 客 さ ま 相 談 セ ン タ ー 現 代 日 本 の 文 学 係 へ , 電 話 は , 東 京 ( 03 ) 720 ー 1111 へ お 願 い し ま す 。 OKenji Miyamot0,Masumi Kat0 1971 Printed in Japan 本 書 内 容 の 無 断 複 写 を 禁 す ISBN4 ー 05 ー 050232 ー 1 C0393

現代日本の文学 22 宮本 百合子 壺井 栄 集


壺 井 栄 集 目 次 壺 井 栄 文 学 紀 行 「 小 豆 島 」 の 旅 二 十 四 の 瞳 襠 大 根 の 葉 注 解 壺 井 栄 文 学 ア ル ・ ハ ム 評 伝 的 解 説 本 多 秋 五 瑩 ・ 三 実 ・ 四 一 0 紅 野 敏 郎 当 穴 四 奎 草 部 和 子 四 六 五 装 幀 大 川 泰 央 写 真 撮 影 生 井 公 男 作 品 校 正 会 田 紀 雄 編 集 責 任 桜 田 満 製 作 担 当 武 田 穎 介

現代日本の文学 22 宮本 百合子 壺井 栄 集


宮 本 百 合 子 集

現代日本の文学 22 宮本 百合子 壺井 栄 集


る こ と に な っ た と 思 う 。 作 者 が 生 涯 圭 日 き 続 け た 小 豆 島 と ど め て い た の で あ る 。 そ れ は 壺 井 栄 の 「 墓 ず き 」 と の 物 語 は 、 純 粋 塩 養 的 な も の の 成 果 で は な く 、 東 京 の で も い っ た 作 家 的 特 質 の 一 環 で も あ っ て 、 こ の 作 者 の 庶 民 生 活 が と な っ て は し め て 結 実 し た も の で あ る 主 要 作 の な か に 墓 参 場 面 の な い 作 は な い と い っ て い し と い う 感 じ が 私 に は す る く ら い 墓 詣 り が 必 す 出 て る の で あ る が 、 そ れ は 苦 楽 を く ろ し ま て ん じ 作 者 は 大 へ ん 読 書 す き な 娘 で 、 同 郷 の 黒 島 伝 治 や 壺 こ え た 人 生 の 総 焉 の か な た に あ る 安 ら ぎ を 、 自 然 に 肯 定 す る 作 者 の 人 生 的 態 度 に つ な が る も の な の で も あ っ 井 繁 治 と の 交 際 や 文 通 の 道 も ひ ら け た と い う こ と で あ る が 、 結 婚 し た 当 座 は 自 分 が 作 家 に な る こ と な ど 考 え て も い す 、 夫 の 交 友 か ら 近 所 に 住 ん だ 榊 井 知 、 平 壺 井 栄 は 概 算 し て 約 十 年 の 郵 便 局 ・ 役 場 勤 め を し 、 い 子 の 結 婚 生 活 の 型 破 り な 奔 放 さ に 目 を み は っ た と 以 後 、 約 三 十 年 の 作 家 結 婚 十 年 余 た っ て 作 家 に な り 、 も い う 。 ま た 、 こ の 作 者 の 才 能 を 引 き 出 し た の は プ ロ 生 活 を し た 人 で あ っ た 。 レ タ リ ア 運 動 の な か で 知 り あ っ た 佐 多 稲 子 で あ り 、 宮 〈 作 家 と し て の 壺 井 栄 を 準 備 し た 文 学 学 校 は 、 彼 女 が 詩 人 の 繁 治 と 結 婚 し て か ら の 生 活 の な か に あ る よ り は 、 本 百 合 子 で あ っ た 。 ま た 、 戦 後 の 作 者 の 『 妻 の 座 』 ( 昭 む し ろ 彼 女 が 二 十 四 歳 ま で の 青 春 を お く っ た 小 豆 島 の 和 二 十 四 年 ) に 、 夫 の 恋 愛 事 件 に 衝 撃 を う け 「 小 説 を か き 出 し た の も そ の す ぐ あ と だ っ た 」 と の 言 葉 が み え 生 活 の な か に あ っ た 〉 と は 、 壺 井 栄 を 『 大 根 の 葉 』 ( 昭 和 十 三 年 ) に よ っ て 世 に お く っ た 編 集 者 で あ り 、 の ち 作 て い る こ と そ の 他 か ら 、 そ の 種 の プ ラ イ ベ イ ト な 事 情 家 に な っ た 高 杉 一 郎 ( 小 川 五 郎 ) の 評 で あ る が 、 こ の が 彼 女 を 作 家 と し て 育 て た よ う に 解 釈 す る 説 も あ る の で あ る が 、 夫 の 恋 愛 事 件 で マ ナ ジ リ を 決 し て 小 説 を 書 説 は 壺 井 文 学 の カ ナ メ を つ か む 重 要 な も の で あ る と は 思 う け れ ど 、 私 は 壺 井 栄 の 生 活 と 文 学 を 支 え た 蔭 の カ き 出 し た と い う よ う な こ と だ け で 、 仕 遂 げ ら れ る 文 学 は 、 同 郷 出 身 の プ ロ レ タ リ ア 詩 人 壺 井 繁 治 と の 生 活 の が あ る と は 私 に は 考 え ら れ な い ま た 戦 後 の 壺 井 栄 の 成 功 は 、 そ の 夫 を 寺 い の 亭 主 う ち に あ る よ う な 気 が し て な ら な い 。 作 者 が 小 豆 島 で せ ん ば う 的 羨 望 の 的 た ら し め た 観 も あ る が 、 作 家 の 内 部 衝 動 と は た ら き な が ら 身 に つ け た 半 勤 労 者 的 、 半 農 民 的 な 根 い う も の は 、 本 来 、 収 入 の 少 い 配 偶 者 の た め 心 な ら す 太 い 生 活 感 覚 は 、 作 者 が 上 京 し 結 婚 す る と い う 生 活 の 転 機 の な か で 、 そ こ に 自 然 、 都 会 的 な 庶 民 感 覚 を 加 え も 職 を も っ と い っ た よ う な 陰 湿 な 動 機 と 理 由 で 、 発 露 力 い さ ん

現代日本の文学 22 宮本 百合子 壺井 栄 集


現 代 日 本 の 文 学 2 2 宮 壺 集 〈 監 修 委 員 〉 伊 藤 整 井 上 靖 川 端 康 成 ネ 一 一 一 島 由 紀 夫 究 〈 編 集 委 員 〉 習 足 立 巻 一 奥 野 健 男 尾 崎 秀 樹 杜 夫 ( 五 十 音 順 )

文藝 2015年 summer


つ け た ポ プ ラ 社 の 「 新 日 本 少 年 少 女 文 学 全 集 ー ( 全 四 〇 巻 ) 。 い ず 全 集 プ ー ム が や っ て き た れ も 一 九 五 七 年 か ら 刊 行 が ス タ ー ト し て い る 。 前 回 は 文 学 全 集 の 嚆 矢 と い う べ き 戦 前 の 「 円 本 プ ー ム 」 か ら 、 先 行 各 社 も 続 々 と 新 シ リ ー ズ を 打 ち 出 し た 。 筑 摩 書 房 は 三 島 由 河 出 書 房 、 角 川 書 店 、 筑 摩 書 房 の 一 一 一 社 が 全 集 を リ ー ド し た 一 九 五 紀 夫 、 野 間 宏 、 大 岡 昇 平 ら 同 時 代 作 家 の ほ か 現 代 詩 歌 や 評 論 も 含 〇 年 代 前 半 ま で を 見 て き た 。 今 回 は そ の 続 き 。 め た 「 新 選 現 代 日 本 文 学 全 集 」 ( 全 三 八 巻 。 一 九 五 八 年 5 ) と 、 一 九 五 〇 年 代 後 半 か ら 一 九 六 〇 年 代 末 ま で の 、 い わ ゆ る 高 度 経 現 代 語 訳 と 詳 細 な 注 解 を 加 え た 「 古 典 日 本 文 学 全 集 ( 全 三 六 巻 済 成 長 期 は 、 文 学 全 集 の 黄 金 期 だ っ た 。 + 別 巻 一 。 一 九 五 九 年 5 ) を 。 角 川 書 店 は 明 治 5 昭 和 の 大 衆 文 学 河 出 ・ 角 川 ・ 筑 摩 の 「 三 強 」 時 代 を 経 て 、 五 〇 年 代 も 後 半 に 入 に も 目 配 り し た 「 現 代 国 民 文 学 全 集 」 ( 全 三 六 巻 。 一 九 五 七 年 5 ) る と 、 日 本 文 学 全 集 界 に も 他 社 が 参 入 、 ジ ャ ン ル も 広 が り を 見 せ 、 を 出 す 一 方 、 大 成 功 し た 「 昭 和 文 学 全 集 ー と は 別 バ ー ジ ョ ン の 業 界 は い よ い よ 活 気 づ く 。 「 昭 和 文 学 全 集 ー ( 全 四 〇 巻 。 一 九 六 一 年 ) と 、 さ ら に は そ れ を 一 一 江 戸 川 乱 歩 、 菊 田 一 男 、 山 岡 荘 八 、 吉 屋 信 子 ら 、 多 彩 な 作 家 を 分 割 し た 「 サ フ ァ イ ア 版 昭 和 文 学 全 集 ー ( 全 二 〇 巻 。 一 九 六 一 集 め た 東 方 社 の 「 新 編 現 代 日 本 文 学 全 集 」 。 後 に 「 新 日 本 古 典 文 年 5 ) 、 「 ル ビ ー 版 昭 和 文 学 全 集 」 ( 全 二 〇 巻 。 一 九 六 一 一 年 5 ) を 、 学 大 系 」 に 引 き 継 が れ 、 古 典 文 学 全 集 の 最 高 峰 と な っ た 岩 波 書 店 と い う 具 合 で あ る 。 の 「 日 本 古 典 文 学 大 系 」 ( 全 一 〇 〇 巻 ) 。 宮 沢 賢 治 、 新 美 南 吉 、 壺 さ ら に こ の 時 期 ( 五 〇 年 代 後 半 5 六 〇 年 代 中 盤 ) の ト ピ ッ ク と 井 栄 、 木 下 順 二 ら を フ ィ ー チ ャ ー し 、 少 年 少 女 向 け 全 集 の 先 鞭 を し て 特 筆 す べ き は 、 業 界 を リ ー ド す る 大 手 出 版 社 や 老 舗 出 版 社 が 【 論 考 】 日 本 文 学 全 集 と そ の 時 代 下 黄 金 0 年 代 か ら 全 集 バ ブ ル の 崩 壊 ま で 斎 藤 美 奈 子 Text: Saito Mi コ ako 348

現代日本の文学 22 宮本 百合子 壺井 栄 集


00 宮 本 百 合 子 集 目 次 宮 本 百 合 子 文 学 紀 行 「 郡 山 」 と 「 光 」 の 族 貧 し き 人 々 の 群 播 州 平 野 注 解 宮 本 百 合 子 文 学 ア ル ・ ハ ム 評 伝 的 解 説 畿 九 草 部 和 子 九 紅 野 敏 郎 四 四 巴 本 多 秋 五 一 セ

現代日本の文学 22 宮本 百合子 壺井 栄 集


三 十 六 歳 一 一 月 、 上 京 し 壺 井 繁 治 と 結 婚 。 豊 多 摩 郡 世 田 谷 町 字 三 宿 に 住 む 。 四 昭 和 十 一 年 ( 一 九 三 六 ) 月 、 太 子 堂 の 借 家 に 移 転 。 隣 家 に 林 芙 美 子 、 近 所 に 平 林 た い 子 夫 妻 冥 宮 本 百 合 子 に つ い て 長 野 県 上 林 温 泉 に 行 く 。 ま た 佐 多 稲 子 に 童 が 住 み お 互 い に ど ん 底 生 活 の な か で 文 学 的 雰 囲 気 を 楽 し む 。 徳 田 秋 話 を 書 く よ う す す め ら れ 、 坪 田 譲 治 の 作 品 を 読 み 、 「 大 根 の 葉 」 の 声 や 白 石 実 三 の 小 説 筆 耕 を す る 。 七 月 、 母 に 死 な れ た 姪 を 引 き 取 執 筆 に と り か か る 。 る 。 十 一 一 月 、 母 死 去 。 昭 和 十 三 年 ( 一 九 三 八 ) 三 十 八 歳 昭 和 三 年 ( 一 九 二 八 ) 二 十 八 歳 二 月 、 「 海 の 音 」 を 「 自 由 」 に 、 九 月 、 「 大 根 の 葉 」 を 「 文 藝 」 に 発 一 一 月 、 繁 治 と 三 好 十 郎 が 発 起 人 と な り 左 翼 芸 術 連 盟 が 結 成 さ れ 、 事 表 。 務 所 を 幡 ヶ 谷 の 自 宅 に お い た 。 三 ・ 一 五 事 件 の 前 後 繁 治 は た び た び 昭 和 十 四 年 ( 一 九 三 九 ) 三 十 九 歳 検 挙 さ れ 、 栄 も 暴 圧 反 対 の ビ ラ 撒 き を 手 伝 う 。 初 夏 、 浅 草 橋 の 時 計 三 月 、 「 風 車 」 を 「 文 藝 」 に 、 五 月 、 「 桃 栗 三 年 」 を 「 新 潮 」 に 、 八 部 品 卸 商 小 川 商 店 の 記 帳 係 に 就 職 。 こ の 年 、 「 婦 女 界 」 が 生 活 記 録 月 、 「 都 会 の 子 ・ 田 舎 の 子 」 を 「 婦 人 公 論 」 に 、 十 月 、 「 た ん ぼ ば 」 を 募 集 、 「 。 フ ロ 文 士 の 妻 の 手 記 」 で 入 選 、 書 い た も の が 活 字 に な つ を 「 婦 人 公 論 」 に 発 表 。 昭 和 十 五 年 ( 一 九 四 〇 ) 四 十 歳 た 最 初 で あ る 。 昭 和 五 年 ( 一 九 三 〇 ) 三 十 歳 春 と 秋 、 伊 勢 の 的 矢 町 に 祖 父 の 墓 を 訪 ね て 行 く 。 二 月 、 「 赤 い ス テ 八 月 、 い わ ゆ る シ ン パ 事 件 の 連 累 者 と し て 繁 治 逮 捕 さ れ る 。 戦 旗 社 ッ キ 」 を 「 中 央 公 論 」 に 、 「 暦 」 を 「 新 潮 」 に 、 「 廊 下 」 を 「 文 藝 」 で 封 筒 の 宛 名 書 き や 発 送 係 の 仕 事 を う け も ち 、 の ち 、 同 社 を 自 宅 に に 発 表 。 三 月 、 『 暦 』 を 新 潮 社 よ り 刊 行 。 佐 多 稲 子 と 朝 鮮 を 旅 移 し 雑 誌 発 行 の た め 献 身 的 な 努 力 を す る 。 十 二 月 、 繁 治 、 保 釈 と な 行 。 八 月 、 「 窓 」 を 「 改 造 」 に 、 九 月 、 「 柳 は み ど り 」 を 「 新 潮 」 に る 。 発 表 。 昭 和 十 六 年 ( 一 九 四 一 ) 四 十 一 歳 昭 和 七 年 ( 一 九 三 一 l) 三 十 二 歳 三 月 、 繁 治 再 び 逮 捕 さ れ る ( 出 獄 は 九 年 四 月 ) 。 入 獄 者 へ の 面 会 や 一 月 、 「 帰 郷 」 を 「 新 潮 」 に 、 一 一 月 、 「 裏 の 柿 の 木 」 を 「 日 の 出 」 に 発 表 。 三 月 、 最 初 の 創 作 集 『 暦 』 に よ り 第 四 回 新 潮 文 芸 賞 を 受 賞 。 差 入 れ の 活 動 を 通 じ て 宮 本 百 合 子 や 佐 多 稲 子 を 知 る 。 四 十 二 歳 昭 和 八 年 ( 一 九 三 = l) 三 十 三 歳 昭 和 十 七 年 ( 一 九 四 一 I) 三 月 、 「 垢 」 を 「 現 代 文 学 」 に 発 表 。 五 月 、 「 十 五 夜 の 月 」 を 島 崎 藤 三 月 、 父 死 去 。 昭 和 九 年 ( 一 九 三 四 ) 三 十 四 歳 村 編 『 新 作 少 年 文 学 選 』 の た め に 書 き お ろ す 。 七 月 、 「 同 い 年 」 を こ の 年 、 雑 誌 「 進 歩 」 ( 現 代 文 化 社 ) に 豊 子 の 筆 名 で 、 処 女 作 「 長 「 中 央 公 論 」 に 発 表 。 四 十 三 歳 屋 ス ケ ッ チ 」 を 書 く 。 昭 和 十 八 年 ( 一 九 四 = l) 昭 和 十 年 ( 一 九 三 五 ) 三 十 五 歳 四 月 、 「 客 分 」 を 「 新 潮 」 に 、 五 月 、 「 め が ね 」 を 「 少 国 民 の 友 」 に 発 表 。 夏 、 書 き お ろ し 童 話 「 海 の た ま し い 」 ( の ち に 「 柿 の 木 の あ 四 月 、 「 婦 人 文 芸 」 に 「 月 給 日 」 を 発 表 。

現代日本の文学 19 中野 重治 集


0 す を 宮 本 百 合 子 が 検 挙 さ れ た と き 、 そ の 留 守 宅 に 集 ま っ た 友 人 た ち 。 前 列 右 か ら 柳 瀬 正 夢 、 原 泉 、 戒 居 仁 平 治 、 山 田 き よ 、 窪 川 鶴 次 郎 、 林 真 澄 、 壺 井 繁 治 。 後 列 右 か ら 中 野 鈴 子 、 佐 多 稲 子 、 壺 井 栄 、 松 山 文 雄 、 重 治 ( 昭 和 10 年 5 月 ) 柏 木 町 時 代 書 斎 に て ( 昭 和 10 年 頃 ) 事 実 と そ の 負 い 目 に よ っ て 中 野 重 治 は 、 自 分 た ち の 家 の 意 味 を 発 見 す る と 同 時 に 、 子 種 と い う こ と 、 性 と い う こ と の 次 元 か ら も 、 権 力 者 の 自 己 維 持 の エ ゴ イ ズ ム を 批 判 す る 眼 を 養 っ て い た の で も あ る 。 そ し て こ こ に 、 兄 耕 一 の 問 題 が か ら ん で く る 。 少 年 期 の 中 野 重 治 に と っ て 、 十 歳 年 上 の 兄 は 、 少 年 の か け え 眼 を 村 の 外 の 世 界 に 開 か せ て く れ る 掛 替 の な い 存 在 で あ っ た こ と は 、 『 梨 の 花 』 に よ っ て も 理 解 で き よ 、 つ 。 が 、 こ の 人 の こ と は 、 よ く 分 ら な い 。 た だ こ の 人 は 、 大 正 七 年 に 東 大 の 法 学 部 を 卒 業 し て 結 婚 、 朝 鮮 銀 行 に 就 職 し て 京 城 に 渡 り 、 翌 八 年 に ウ ラ ジ オ ス ト ッ ク で 病 死 し て い る 。 し か も そ の 結 婚 は 、 け っ し て 両 親 よ み ま だ 中 に 嘉 さ れ る 性 質 の も の で は な か っ た ら し い 野 重 治 が 高 等 学 校 の 時 分 に 書 い た 習 作 『 姉 の 話 』 に は 、 「 急 激 な 政 変 の こ ろ か ら だ ん だ ん 傾 い て き た 姉 の 家 が 、 そ の 父 の 死 に よ っ て 全 く 倒 れ て し ま い 、 ど う に も で き な く な っ た 母 親 が 、 二 人 の 娘 に 美 し い 着 物 を 着 せ て さ さ や か な 商 売 を 始 め る よ う に な っ た と き 、 」 と あ り 、 「 そ し て 姉 は 兄 よ り も 年 が 一 つ 上 だ っ た の で も あ る 」 と も あ る 。 そ れ と あ か ら さ ま に 呼 ぶ に は あ ま り に 痛 々 し い 「 商 売 」 の 女 性 と 兄 と の 結 婚 は 、 馳 ち に も 等 し い 行 為 で は な か っ た か 。 こ こ に 非 権 力 者 側 の 人 間 の 不 自 由 な 、 家 に 結 ば れ た 性 の 拘 束 か 425